世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
北朝鮮の船が拘留されている米領サモアの旅
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 最近は世界各地で外国船が拿捕・拘留され、国際的に問題になっている、例えば、イベリア半島南端にあるイギリス領のジブラルタルでイランのタンカーが拿捕され、そのお返しとばかりイランがホルムズ海峡でイギリスのタンカーを拿捕して拘束している。これら事件よりも前に、ワイズ・オネスト号という北朝鮮の貨物船が3か月近くアメリカ領サモアで拘留され続けている由。

 元々この北朝鮮籍船は国連安全保障理事会の対北朝鮮制裁決議に違反、石炭を北朝鮮から輸出した容疑で1年4か月前にインドネシアに拿捕された。その後

アメリカの司法当局の押収令状に基づく執行によりインドネシアからアメリカにき渡された経緯がある。件の貨物船は米領サモアの最大の港、ツツイラ島パゴ・パゴ港の真ん中で拘留(写真)されているため、危険だとして地元住民も不安がり困惑しているとか。

 

 そんなアメリカ領サモアを、筆者は2009年9月に訪れている。サモアと言えば、実は2つあるから紛らわしい。一般的に知られるのはサモアという独立国で、イギリス連邦の加盟国だ。前回の7月21日付幣ブログ『プラスチックごみ削減に乗り出したサモアの旅』で詳述済みで、日付変更線を挟んで東方に位置するのが米領サモアだが独立国ではない。同地の旅の模様を紹介しよう。

 

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 米領サモアの面積は197k屐⊃邑は約5.4万人である。主島のツツイラ島はサモア諸島で最も東に位置し、主都のパゴ・パゴは島の中央部にある。見どころは中心地のファガトゴ地区にあるサマセット・モームが宿泊したサーディ・トンプソン・インくらいで、見逃せないスポットは郊外に多い。例えば、サマーセット・モームの小説「雨」の舞台で有名になった標高523mのレインメーカー山はパゴ・パゴの東にあり、山頂付近に雲が集まると雨になるので呼ばれるようになった。幸いにも筆者滞在中は雨にも遭わず、変化に富んだ美しい島内の周遊を堪能した。

 

              −−− レインメーカー山 −−−

 

               ウツレイを散策する筆者

 

       −−−ファガトコ地区 −−−

 

バス停で現地の女子高校生と サーディ・トンプソン・イン

   仲良く歓談

 

 数ある風光明媚なスポットの中でもピカ一の絶景は、パゴ・パゴの東北約8km、島のほぼ中央の北海岸沿いのアフォノ・パス〜パティア間だ。パゴ・パゴからレインメーカー山麓を通過して九十九折の山道を進むと、アフォノ峠からパティアにかけ右側の海の方に細長い岩島が見える。まるでギザギザした櫛の歯のようで、コックス・コームと呼ばれるが正式名はポーラ島。しかし、パティア村のビーチに着くと、櫛の歯のようには見えないので不思議だ。

 

 −−− パティア付近のコックス・コーム−−−

 

 

 火山島のツツイラ島内には、ほかに絶景の海岸がいくつかある。レインメーカー山南麓にあるブレイカーズ・ポイント、パゴ・パゴと空港の中間にあるファツ・ロック、花瓶の形をした小さなロック・アイランドが浜辺にそそり立つタプタプ岬だ。また、島の西部には立派な教会が多いが、優美なレオネの会衆派教会がひときわ目立つ。

 ファガトゴの東、ウツレイでは、岬のようになっているゴート・アイランド・ポイントがなかなか風光明媚で、島の象徴レインメーカー山を正面に見ることが出来る。因みに、ツツイラ島は複雑な海岸線を持つ割に沖合いに浮ぶ島が少ないが、アウヌウ島が島の東側にポツンと浮ぶ。500人ほどが住む面積が3k屬両島で、アウアシから渡し船に乗って約20分で着く。目の前に立派な教会があり。右の方に行くと遊泳に適した美しいビーチがある。

 

 

  レオネの会衆派教会    アウヌウ島のビーチ

 

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 訪れる旅人もまばらな南太平洋の島で長期拘留される北朝鮮の老朽化した貨物船は、地元民から見れば不気味な幽霊船のように映るかも知れない。金正恩委員長はトランプ大統領と直談判して問題解決を図るのであろうか、その行方が興味深々である。

 

(後記)

 アメリカ政府が米領サモアで管理下に置いていた北朝鮮籍貨物船につき、ニューヨーク州南部地区連邦地裁は同国政府による没収を認める判決を出した。今後は米国財務省が売却処分することになるが、北朝鮮は貨物船の早期返還を求めて反発する可能性が大である(10月21日)。 

 

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プラスチックごみ削減に乗り出したサモアの旅
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 妻が不治の病とされる認知症で入院して早や5年目に入り、余儀なくされている不便この上ない独居生活。普通であれば慣れるはずだが、加齢の影響によるのか逆に億劫になることが増えている。特にその一つがごみ出しである。今や我が国ほどゴミ出しのうるさい国は無かろう一方、過剰包装で売られる食品などの商品は減る気配は無さそう。プラスチックごみの整理処分を怠れば、ごみが増える一途の悪循環を繰り返すことになる。

 しかし、世界に目を向けると、プラスチックごみの削減に前向きな国が結構多い。特に太平洋の島国が積極的に乗り出してるのは、地球温暖化に直結する問題があるからである。ごみの埋め立て地が海岸近くにある島国が多く、気候変動で海面が上昇すれば、プラスチックごみが海に流れてしまうからだ。このためサモアの首都アピアに本部がある太平洋地域環境計画事務局(SPREP)は、サモアのほかバヌアツなど8ヵ国・地域でプラスチックごみのレジ袋を禁止している。

 

 スーパーでは紙のレジ袋、カフェでは竹のストローが使われているとか。そんなプラスチックごみ削減の先頭に立ち、この分野では我が日本よりも先進国である南太平洋の島国サモアを、筆者は1995年5月と2008年9月の2度訪れている。その旅の模様を紹介しよう。

 

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 サモアの面積は2381k屬板纂荼の5分の4ほどの広さで、人口は約20万人。9つの島から成るが、メインアイランドは第二の島、ウポル島で、サモア総人口の8割ほどの約16万人が住む。首都のアピアは島の北部中央にあり、人口約5万人はサモア唯一の都市だ。海沿いにコロニアル風の建物が続き、開放的でノンビリした南太平洋のムードが漂う。アピア湾に沿って東西に走るメイン・ビーチ・ロードと、そこから南へのびるバエア・ストリートを中心に、町は半日もあれば歩き回れる。その起点は中心地にある白い時計塔で、大きなロータリーに建ち「アピアのへそ」とも言われる。

 

 

          時計塔        サモア観光局

 

 ここから300mほど東に進むと、フリー・マーケットがある。日本の「蚤の市」と同じで、衣料品や日用雑貨、手工芸品、装身具、化粧品などが売られており賑わう。メイン・ビーチ・ロードを逆に西へ約300m歩くと、サモアの伝統的建物ファレ風のサモア観光局が見えてくる。近くの7階建ての政府庁舎は1993年に中国政府の援助によって建てられ、屋上のファレがひときわ目立つ。一方、 町の北西外れに位置するムリヌウ半島は、ファレ様式を現代風にアレンジした丸屋根が特徴的な国会議事堂などサモアの行政機関が集中する。この半島は古い都があった場所で、王たちの墓や気象台などもある。

 

            −−−アピアを散策する筆者−−−

 

    政府庁舎         国会議事堂

 

 ホラ貝のよな形をした島の内部は未開の熱帯雨林に覆われて標高1000m級の山がいくつかある。島民の多くは海岸沿いに住み、サモアの伝統的な家屋ファレで昔ながらの生活様式を守り通している。アピアから南へ4kmほど行った閑静な場所に、「宝島」や「ジキル博士とハイド氏」で知られる小説家、ロバート・ルイス・スチーブンソンの博物館がある。ここはスーブンソンが晩年過ごした邸宅で、コロニアルスタイルの2階建てがバエア山麓に建つ。入口から邸宅に至る広大な芝生を歩くと、ヨーロッパにいるかのような錯覚に陥る。また手入れされた芝生の緑と、博物館の赤い屋根のコントラストが何とも妙である。

 

 

  ロバート・ルイス・    パパセーアの滑り台

 スチーブンソン博物館

 

 また、南西約6kmの山麓にあるパパセーアの滑り台は天然の滑り台で、渓流にある3つの岩の間を縫って滝壷に飛び下りるのだ。筆者はあいにく水着を持参していなかったので試せなかったが、元気なニュージーランドの若者達が楽しんでいた。ほかに、島の西岸沖に浮かぶ小島、マノノ島へ小さなボートに乗ること30分で着いたが、1台の車もない長閑な島であった。空港を出てアピアに向かう途中にある1905年築のカトリック大聖堂も見逃せないスポットだ。さらに島の西端、アレイパタからラロマヌ・ビーチに至る海岸は綺麗な白砂ビーチが続き、ダイビングやシュノーケルも楽しめる。

 

 

    マノノ島        ラロマヌ・ビーチ

 

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 海に流れ出た大量のプラスチックごみが引き起こす環境汚染が、今や世界的な大問題になっている。過日の大阪で開催された主要20カ国・地域(G20)首脳会議でも、主要議題の一つに挙げられた。世界の中でもプラスチックごみ排出が多い我が日本、私たち一人一人が真摯に向き合わなければならない問題であろう。

 

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275ヵ国・地域を制覇した82歳の一人旅(2)スペインの飛び地領メリリャ&セウタ
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 スペインの離島と言えば、カナリヤ諸島やマジョルカ島が有名である。筆者は2001年10月と2003年5月に夫々訪れている。では、モロッコ内、つまりアフリカにある飛び地領、メリリャとセウタをご存じであろうか?それを知る方は極めて少なかろう。過日6月17日〜25日に5年ぶりに海外旅行した訳だが、先ず最初に訪れたのが地中海に浮かぶイビサ島で、その旅の模様は6月30日 付幣ブログ『275ヵ国・地域を制覇した82歳の一人旅(1)イビサ島など』で詳述済みだ。今回はその続編を紹介しよう。

 

  イビサ島を出発して空路でマドリード経由で向かったのが、1995年に自治権を与えられたメリリャ。面積は20k屬如⊃邑は約8万人。東側は地中海に臨み、三方がモロ

コに囲まれた扇形をしている。スペイン領とは言え、モロッコ系の住民もおりイスラム色も感じる。モロッコが領有権を主張するが、スペインはその要求に応じない。アフリカ諸国からの亡命中継基地になっており、不法移民を防ぐためにモロッコとの国境に高さ6mの金属フェンスが張り巡らされている。最近の情勢は落ち着いているとのことだが、いつまで安定した状況が続くのであろうか気懸りではある。

 メリリャの中心地はビーチ近くにあるスペイン広場。この広場から北東に約5分歩くと文化広場があり、男の子たちがサッカーに興じていた。広場の北側にそびえ立つのがアルカサバ、15世紀末にスペインが築いた要塞である。その城壁は中々立派で、要塞は西側の新しい要塞と東側の新しい要塞から成る。その新旧要塞の間に美しい入江が深く切れ込み、言葉を失うほど絶景だ。また、要塞の南側は古い町並みが残る旧市街で、更に南下すると港に出る。

 

           ーーー 新旧要塞と入江 ーーー

 

 

 一方、スペイン広場から西に広がるのが新市街で、20世紀初頭に建てられた立派な建物が多い。また、キリスト教・イスラム教・ユダヤ教・ヒンドゥー教の寺院が混在し、4つの宗教文化が見事に調和している。スペイン名物の闘牛場は広場から南西へ歩いて10分ほどにあり、入場しなかったが立派な外観はひときわ目立つ。

 

 

 文化広場でサッカーに       闘牛場

 興じる少年達と仲良く

 

 次にメリリャの西およそ250kmにあるセウタは、当初はタクシーやバスを乗り継いでモロッコ領内に入って向かうつもりであった。しかし、メリリャ到着後の調べで陸路は時間がかかるので、代わりにヘリコプター便があることを知り、高いが時間も節約できるので利用した。搭乗後1時間後にセウタに着いたが、その場所はなんと港の中にある狭い駐機場であった。機内から観たセウタは地中海に突き出た半島に位置し、スペイン本土に近い故か本国に似た町並みが眼下に広がっていた。面積は18.5k屐人口は約9万人とセウタとほぼ同じだがイスラム色は無い。セウタにも自治権が与えられている。

 

 セウタ観光の起点は細長い半島の付け根にあるアフリカ広場がオススメ。広場を囲むようにし、セウタ政庁、カテドラル、アフリカ聖母教会などの立派な建物が建つ。西へ約5分歩くと、高くて堅固な城壁とサンフェリペ壕がある。「セウタ地峡」とも呼ばれる最も幅の狭いところで、16世紀にポルトガル人が築いた城跡だ。その地峡にあるのが、サンフェリペ壕という美しい運河である。なお、城跡内には大きな広場があり、その一角に美術館がある。また、壕の南側には広い白砂のチョリージョビーチがあり、大勢の海水浴客で賑わっていた。このビーチ沿いの道を約3km南下するとモロッコとの国境があるが、意外に緊張感は無く国境職員たちと一緒に写真を撮った。

 

           −−− 城壁とサンフェリペ壕 −−−

 

 

 

    セウタ政庁      モロッコとの国境

 

 アフリカ広場から反対方向の東方、半島の最東端には標高204mのアチョ山がそびえる。ギリシャ神話「ヘラクレスの柱」とされ、山頂には城壁が残されている。近くに展望台があり、セウタの町並みと地中海を眺望でき見晴らしが良い。一方、広場から北へ10分ほど歩くと港湾地区になり、ヨットハーバーやマリティモ・デル・メディテラネオ公園という大プールがあるテーマパークに出る。この公園から南へかなり急な坂道を上がると、ヨーロッパ的な旧市街が広がり、いくつかの広場では夏休み中の子供たちがサッカーなどをして遊んでいた。

 

 

  アチョ山展望台    鳩と遊ぶ小さな男の子と

 

 短時間の滞在であったが、メリリャとセウタの観光を楽しんだほかに、地中海で獲れる海の幸も堪能した。定番のエビやイワシのほかに、セウタで賞味したスペイン語でバラダという魚、日本語で言えばクロダイのお味が忘れ難い。

 

 

  メリリャで食べたエビ  セウタで賞味したクロダイ

 

 セウタ観光後はフェリーでジブラルタル海峡を渡ってアルへシラスに着き、バスに乗り継いでコスタ・デル・ソル(太陽海岸)の玄関口、マラガに入った。同地での観光については、別途紹介したいと思っている。

 

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 この旅行前に私ことワールド・トラベラーが訪れた国・地域は272であったが、今回のイビサ島・メリリャ・セウタの3地域を加え275になった。早速だが、朝日新聞の記者が取材に来た。近々掲載予定だが、どんな記事になるのか楽しみである。

 

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275ヵ国・地域を制覇した82歳の一人旅(1)イビサ島など
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 6月17日〜25日、実に5年ぶりの海外旅行をした。それも82歳のかなり高齢の一人旅である。現地のホテルではチェックインの時にパスポート提示を求められるが、それを見たレセプションは一様に驚いた。年齢的には、父または祖父のような存在であるからだ。5年近く前に妻が今のところ不治の病とされる認知症で入院し、しかも2年前から延命措置を受けているため長期の外出による不在が許されない。加えて筆者自身がこの間に2度も手術し、特に昨年11月には末期直前の大腸がん手術をした経緯もあり、私ことワールド・トラベラーの海外渡航記録は272ヵ国・地域で終わると半ば諦めていた。

 しかし、一度しかない人生をこのまま終えるのは不完全燃焼となり悔いが残るため、妻の病院や知人などに根回して1週間程度の旅をすることを決意した。もちろん、知人らの中には筆者の体調などを考えて旅行の是非を問う声もあったが、手術後のリハビリも兼ねて旅に出ることを決断した。ただ、足元には不安があるので、事前のトレーニングが必要と考えた。そこで出発の2週間前からは毎日1〜2時間歩いたり、住んでいる10階のマンションのエレベーターを使わず歩いて階段を上り下りして鍛えた。

 

 目的地は地中海に面したスペイン本土ではない僻地であった。先ず、最初に向かったのが地中海に浮かぶバレアレス諸島の一つ、イビサ島である。成田空港か

らイベリア航空機に搭乗し、マドリード経由で島に着いた。諸島で3番目に大きく、面積は約572k屬覇本の淡路島とほぼ大きさだ。人口が13.3万人の島の歴史は古く紀元前10世紀に遡り、かつてフェニキア人の貿易基地であった。1960年代〜70年代はヒッピーが移住する楽園となり、その後は連夜パーティーが催されるパーティーアイランドとなり、現在は世界中からリゾート客やクラブファンが押し寄せるリゾートアイランドとして有名である。

 世界遺産になっている島内観光のハイライトは、島内最大の町イビサタウンにある旧市街だ。フェリーやヨットなどが停泊する港近くに土産物屋やレストランが軒を連ねるマリーナ地区、漁師たちが暮らすペニャ地区、城壁に囲まれたダルト・ビラ地区から成る。見どころはダルト・ビラ地区で、タウレス門から入り上って行くとサンタ・ルシア砦があり、旧市街や港が一望でき絶景だ。さらに坂道を上って行くとカテドラルに着き、展望台からイビサの町と港が見渡せる。また、町のあちこちの建物で、情熱的なブーゲンビリアが美しく咲き乱れ旅情を添える。

 

            −−− イビサタウン−−−

 

 マリーナ地区:港    マリーナ地区:大通り

 

    ブーゲンビリアが美しい旧市街

 

ダルト・ビラ地区:城壁 ダルト・ビラ地区:展望台

 

 カテドラルを頂にして建物が折り重なるような旧市街の風景を堪能するなら、港内巡りのボートツアーが一押し。港の北側で降りて約10分北西に歩くと、ディスコクラブで有名なパチャがある。午前0時〜6時の営業なので入場は断念したが、お店の外観はけばけばしく独特だ。ここから20分ほど北東へ進むと、一気に視界が開けたタラマンカ海岸に出る。ビーチの幅は数十メートルしかないが、大勢の海水浴客が甲羅干しの日光浴を楽しみ泳ぐ人はわずか。海水パンツに着替えて少し泳いだが、やはりがん手術の傷跡が気になった。

 因みに、イビサらしさを感じるのは夜10時過ぎで、レストランやバーなどは午前3時頃まで営業して大勢のバカンス客で賑わう。通りを歩く人たちの服装や化粧も一種異様で、不夜城の世界が広がる正に享楽の島である。お店の中にはシーシャと言う中東のイスラム圏でお馴染みの水タバコを置いており、現役時代にクウェート駐在の経験がある筆者も、イランなどで吸ったことがあるだけに懐かしかった。

 

 

   パチャ      ディスコバーで美女たちと

               歓談する筆者

   

 港より旧市街を俯瞰     タラマンカ海岸

 

 島の北西部に位置するイビサ第2の町、サン・アントニは、イビサタウンからバスに乗ること約30分で到着した。バスターミナルから西へ約5分歩くと、広場のようなフォンツ通りという遊歩道があり、噴水が見事である。この広場から100m南にはがあり、多数のヨットをはじめ様々な船が停泊し華やかな佇まいだ。この付近から西へ1kmほど行くと、断崖になった海岸に出て地中海が広がる。遊歩道を少し北進すると、チルアウト音楽を世界に広めたカフェ・デル・マールなどの有名バーやレストランが並び、印象的なサンセットを楽しめる。

 

    −−− サン・アントニ−−−

 

 噴水が美しいフォンツ通り  カフェ・デル・マール

 

 イビサ島滞在の最後に南沖合に浮かぶフォルメンテーラ島まで足を延ばした。イビサタウンの港から高速船に乗ること30分で島の玄関口、ラ・サビーナに到着し、バスで島内観光した。先ず最初に訪れたのが島の中心地サン・フランセスクで、次に向かったのが東端にあるモラ灯台。真っ青な海と荒々しい断崖絶壁とのコントラストが鮮やかだったが、バスに乗り遅れてヒッチハイクして向かったのがエス・カロ海岸。イビサ島と違い透明度が高く、エメラルドグリーンとコバルトブルーの海が息を呑むほど美しかった。

 

   −−− フォルメンテーラ島−−−

 

    (透明度が高いエス・カロ海岸)

 

  モラ灯台付近      イビサタウンで賞味したエビ

 

 観光に加えて豊かな海の幸にも舌鼓を打ち、エビやイワシなど賞味するグルメも堪能するイビサ島の旅であった。

 

                (続く)

 

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一国二制度が骨抜きにされつつある香港の今昔(1)
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 中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」の改正案に反対する大規模デモが香港で行われた。主催者発表では103万人が参加したが、2003年の「国家安全条例」案に反対した50万人規模のデモを大きく上回わる返還後最大となる。条例改正案に反対の声は、学生や労働者、実業界など香港社会の幅広い層に広がっている。今回の改正案が成立すれば、香港市民んはもちろん、香港に住んだり渡航した外国人や中国人までもが、中国側からの要請があれば本土に引き渡されることになる。そうなれば日本人旅行者も対象になり、他人事では済まされない。

 

   激しい反対運動など国内外で圧力が強まる中で、逃亡犯条例改正案は6月12日から立法会で審議が始まる予定。現立法会は親中派の体制派が優勢で、法案は月内(20日ごろ)に可決される見通しだ。因みに、デモ参加者は「中国共産党政府が香港政府に犯罪者を中国に送ることを命

大規模な抗議デモ  

(ネットより転用加工)    

じるのは、香港人にとって非常に恐ろしい」と語っている。今後しばらくは抗議活動を行うデモ隊と、現地警察の間で激しい衝突が続き、最悪は死者も出しかねない雰囲気のようである。

 

 1997年に英国から中国に返還された香港の地位は、当初の50年間は現況を維持するものであった。つまり、社会主義制度を導入せず、従来の資本主義制度や生活様式を保持した状態での「高度の自治」を認めるもの。しかし、返還後は2017年の香港行政長官選挙で普通選挙の採用を決定したが、中国の中央政府に反対する人物の立候補を実質的に排除するなど、徐々に一国二制度が骨抜きにされ崩壊しつつある。もっともこの制度は最終的には台湾統一を視野に入れて構想されただけに、歴史的背景などが異なる香港では無理があったのであろう。

 斯様に騒々しい香港だが、およそ半世紀前は「東洋の真珠」と称えられ、「100万ドルの夜景」は世界的に有名になった。また、当時は大陸側の九龍でビルの中に縫製工場があり、当時商社マン(三井物産)として大阪で繊維を担当していた筆者は1970年10月の初訪以降6回も出張した。その後は旅行なども含め合計10度訪れているほど、大好きなかつての英国植民地だ。1977年7月にはクウェート勤務から帰国の途中、家族(妻・長男・次男)で訪れた。今回は大陸側の対岸にあり、先述の大規模デモが行われた香港島を紹介しよう。

 

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●英国植民地時代(約50年前)

 香港島観光のハイライトは、標高が551mもある最高地点のビクトリアピーク。登山電車の山頂駅(標高389m)の前にある展望台から、対岸の九龍など大陸側を含め香港の全景を見下ろす事ができる。それは壮観で美しく、特に100万ドルの夜景は幻想的だ。

次に、島の西南岸にあるアバディーン(香港仔)は、島陰の入江に住む水上生活者蛋民の基地。香港の水上生活者の大部分がここに集まり、多数の小舟とジャンクがびっしりとひしめき合っていた。人気のフローティング・レストラン「ジャンボ」で、海鮮料理に舌鼓を打った。

 

   ビクトリアピーク展望台

  

友人と一緒の筆者(左)  展望台よりの俯瞰  タイガーバウム庭園

 

                               (アバディーン) 

   

 家族で訪れ、水上生活者が     ジャンボレストラン

  住む小舟を背にして

 

 最も印象的であったのがタイガーバウム庭園である。万能家庭常備薬「万金薬」で巨富を築いた胡文虎という実業家が、1935年に巨費を投じて造った別邸だ。丘の斜面を利用して造った庭園には、仏教の故事から取り入れた仏像・怪物・様々な姿態の裸女などが現れ、地獄極楽の絵巻的パノラマはすべて極彩色でグロテスク。だが、かつては香港観光の代表的スポットも19年前に閉園し、その後は香港政府の管理下に置かれている由で時の移ろいを痛感する。

 

●返還後(2004年)

 中国へ返還後に最も変貌したのが、香港島中央部の北岸に位置するワンチャイ(湾仔)。特にシーサイド・プロムナードは、中環の高層ビル、ビクトリア湾、九龍半島などすべてが近くに見える絶好のロケーションだ。国際的な見本市会場の香港会議展覧中心を取り囲むように海沿いに良く整備された広い遊歩道が付けられ、潮の香りがする心地良い海風に吹かれて最高の気分になる。また、このセンターの前には香港が中国に返還された時に式典が行われた金紫荊広場がある。金色の金紫荊(香港の象徴的な花ハナズオウ)が立ち、観光客の記念撮影ポイントになっている。

 

 

湾仔の香港会議展覧中心など俯瞰 シーサイド・プロムナードを

                   散策する筆者

 

  

   金紫荊広場に立つ金紫荊       レパルスベイ

 

  また、アバディーンは昔の漁村のイメージがほとんど残っておらず、情緒が消え失せていた。さらに、映画「慕情」の舞台になったレパルスベイ、スタンレー・マーケットとビーチ、ビジネスセンターの中環(セントラル)広場、香港島の北端・北角(ノースポント)なども昔の面影は無い。一方、島の西部にあるビクトリアピークの展望台からは、足元は中環(セントラル)の高層ビル群、その後ろに広がるビクトリア湾、遠くに対岸の九龍半島を眺望できる。昼も夜も出かけたが、香港を代表する近代的な佇まいは昔と変わらぬ魅力がある。

 

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 この20年ほどで経済的にも軍事的にも大発展した中国は、米国と貿易摩擦で激しく対立し、国内でも香港、新疆ウイグル自治区やチベットなどの諸問題を抱える内憂外患、多事多難の様である。21世紀の巨龍の動静が何かと気懸りな昨今だ。

 

後記

●抗議デモはその後も続き、最近は香港島の対岸、中国本土側にある九龍半島でも大規模な抗議デモが行われている。また、抗議のため自殺者も出ており、収束の目途が立ちそうもない(7月9日)。

●抗議デモなどの混乱は3カ月経っても続くため、香港政府は「逃亡犯条例」の改正案の廃案を発表した。だが、反対派の要求はほかにもあり、完全には終息していない(9月4日)。

 

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世界最大の民主主義国・インドの旅(3)
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 「世界最大の民主主義国」はどこかご存じであろうか?それは表題の通り、なんと約9憶人の有権者がいるインドである。中国に次ぐ約13.6憶人の人口と日本の約9倍もある広大な国土を持つだけに、第17回インド下院総選挙は4月11日から5月19日まで地域ごとに7回に分けて投票が行われた。投票を分けたのは投票所がおよそ100万か所もあり、選挙スタッフや警察官などの要員確保が困難であったためとか。

 開票は一昨日(5月23日)一斉に行われ、現職のモディ首相が率いるインド人民党(BJP)が大勝した。BJPは前回の2014年総選挙の結果を上回り、単独で303議席、連立で348議席を獲得した。BJP単独でも下院議席数543の過半数を上回り、選挙前の下馬評を覆す圧勝となった。一方、かつて政権政党であった国民会議派(INC)も議席数では若干増えたが、単独で52議席、連立でも98議席を獲得するに留まり伸び悩んだ。我が国の安倍政権下の一強多弱に似ている。

 

 今回のインド人民党の大勝の背景には、モディ首相自身の強いリーダーシップとカリスマ性に負うところが大と言われる。同首相がテロへの報復として2019年2月に実施したパキスタン支配地域への空爆などに示された強い指導者像、低所得層に対する大幅減税や医療費

      モディ首相

保障の導入、小規模農家に対する補助金支給など、国民の過半数を占める農民層と低所得層に寄り添った政策が国民に広く受け入れられたようだ。一見混乱も無く終わった総選挙であったが、ヒンドゥー教の身分制度カーストが今も色濃く影を落とし、折角の投票を拒まれた人たちもいたよう。

   本来は有権者として記載されるべきところリストに名前が無い人たちが、驚くなかれおよそ1憶2000万人もいた由。その大部分は不可触民と呼ばれたダリトなどの下位カースト、女性やイスラム教徒だ。また、インドでは子供の出生届が徹底されず、自身の身分を証明できない国民も多い。種々問題を抱えていても、2人の大統領が実存するベネズエラや、大統領選挙の開票結果に抗議するデモと暴動があったインドネシアのような混乱が起こらない。さすがインドであり、故に世界最大の民主主義国と呼ばれるのであろう。

 

 因みに、モディ首相に就いては、2014年8月31日付の幣ブログ『インド首相来日に想うインドの旅(1)』で紹介済みである。また、インドが抱える深刻な大気汚染問題に関し、2016年2月23日付のブログ『PM2.5が世界最悪の国インドの旅(2)』で詳述している。これらブログで、インドの北部・西部・南部の都市や遺跡を紹介したが、今回は1996年3月と2003年4月に訪れた、ヒンドゥー教と仏教の聖地が多いインド北東部について触れてみよう。

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━

 

 世界の屋根ヒマラヤ山脈の南側、インド亜大陸の北東部を流れる母なる大河・ガンジス川流域の中心都市は、ヴァーラーナーシ(英語名ベナレス)である。人口120万人の都市はヒンドゥー教最大の聖地として有名で、静かに流れる悠久の大河ガンジス沿いにある。聖なる河の岸辺で沐浴すれば罪はすべて清められ、ガート(堤)で焼かれた遺体は灰となり、川に流されれば解脱できるとされる。これを信じてインド各地から多数の巡礼者が訪れる。

 

                    (ヴァーラーナーシ)

 

マニカルニカー・ガート付近  ガンジス川遊覧を少年と

                 共に楽しむ筆者

 

 火葬場にもなっているガートで知られるのは、ダシャーシュマメード・ガートとマニカルニカー・ガートである。夜明け前にホテルを出て、早朝のガンジス川の遊覧を楽しんだ。幻想的な日の出を鑑賞し、辺りが明るくなった後にガートを見やると、大勢の老若男女が沐浴に精を出していた。一方、北10km郊外にあるサルナートは仏教四大聖地の一つで、ブッダ(釈迦)が初めて説法した地である。ダメーク・ストゥーパという高さが43mほどある仏塔が立派だ。6世紀にアショカ王によって建てられた遺跡は一部破壊されているが、ストゥーパの外側には今も美しい模様がハッキリと残る。

 

 仏教の聖地と言えば、ヴァーラーナーシの東方郊外に多い。例えば約200km東方に位置するブッダガヤは、釈迦成道(悟り)の地として有名だ。釈迦が菩提樹の下で瞑想に耽り、仏教では最高の聖地のハイライトは、高さが52mもある美しい大塔がひときわ目立つマハーボディー寺院(大菩提寺)だ。ここから約80km北東にあるラジギールは5つの山々に囲まれた盆地にあり、岩山の一つラトナギリ(多宝山)の頂上には世界平和塔 が白く輝いていた.。ラジギールを出て北20kmのナーランダはイスラム教徒に破壊される12世紀まで仏教学の中心地となり、レンガ積みの巨大な仏塔がある仏教大学址が見ごたえがある。

 

  

ブッダガヤ:マハー  ラジギール:世界平和塔 ナーランダ:仏教大学址

 ボディー 寺院                            

 

 ナーランダからビハール州の州都パトナ経由で向かった北西150kmには、釈迦が娼婦から食を受けた地とされるヴァイシャリある。猿が掘ったとされる沐浴池ラーマ・クンドのそばに柱頭がライオンのアショカ王石柱がそびえ、大きなアーナンダ塚もあり夕陽に輝く景色が印象的だった。ヴァイシャリからさらに230kmほど北西に向かうと、釈迦入滅(涅槃)の地クシナガルに着く。釈迦が待者アーナンダに看取られ入滅した沙羅双樹と、綺麗な涅槃像が横たわるパリニルバナ寺が見どころだ。

 

 

   クシナガル:涅槃像     ヴァイシャリ:沐浴池 

 

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━

 

 中国に迫る大国でありながら、中国のように人権問題などで国際的な批判を浴びないのは、ヒンドゥー教や仏教の影響に依る穏やかな国民性がベースにあるようだ。

 

                ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

無料講演を引き受けます。

  筆者は講演・講義を全国各地で行っています。主目的は地域や街の活性化と真の国際化推進、そして三流とも揶揄される日本外交再生などの一助です。そのために世界に関することであれば、旅行、文化芸術、宗教、歴史、政治や外交に関する国際情勢、グルメ、環境、経済や産業などジャンルを問わずワールド・トラベラーとして恥ずかしくない講演をします。しかも272ヵ国・地域を旅した実体験をベースに、他人様の情報をコピペ(切り貼り)しない異色のノンフイクションをありのままにお話します。
 ご希望があれば、ご遠慮無くお申し出下さい。因みに、社会貢献活動のため謝礼は一切不要ですが、ご希望の主旨が筆者の平和的な理念などに反する場合は勝手ながらお断りすることもあります。予めお含み置き下さい。

 

 因みに、主な講演実績(2011年以降)は次の通りです。

2011年1月25日「ケニア」我孫子市立根戸小学校で 我孫子市教育委員会主催
2011年10月2日 「240国・地域を旅して」我孫子市生涯学習センターで 我孫子の文化を守る会主催
2012年4月14日 「PKO派遣の南スーダンと激動アラビアを旅して」 我孫子けやきプラザで 文化を守る会主催
2012年8月5日  「アジアの昔と今」横芝光町立図書館ハイビジョンホールで  横芝光町図書館主催
2012年11月3日 「世界255か国・地域を旅して」中央学院大学の学園祭で 中央学院大学主催
2013年8月10日 「世界の仮面など」けやきプラザで  我孫子南まちづくり協議会主催
2013年9月29日 「グローバル時代を生きる」あびこ市民プラザで  我孫子市国際交流協会主催
2013年11月9日 「世界の紛争地帯を訪れ、平和を語る」あびこ市民プラザで  我孫子の文化を守る会主催
2014年6月19日 「世界の辺境地や紛争地帯を訪れてこそ、本当の世界が分かる」 グラン・レジデンス主催
2014年9月13日 「イスラム世界に住み働き旅して41年」柏市中央公民館で  伸光堂千葉販売主催
2014年12月6日 「世界旅行のススメ」四街道市で 視覚障害者総合支援センターちば主催
2015年2月24日 「イスラムとの腐れ縁」柏市中央公民館で  柏南交友会主催
2018年10月12日 「272ヵ国・地域を旅したワールド・トラベラーが想う真の国際化」東京海事センタービルで  JAPAN NOW 観光情報協会主催 

2019年7月3日  東京都内で講演予定   

                    ― ― ―  講演会風景 ― ― ―
  
プロジェクターを駆使し講演  地球儀を前にして   満席の会場で熱心に聴講
 するワールド・トラベラー スピーチする筆者  する多数の参加者たち 

 

お問い合わせ:世界の人形館 
                     TEL 04−7184−4745
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| 世界の旅−アジア | 19:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
チキンレース化した米中貿易摩擦
15

 今世紀初の新しいタイプの大戦 ? or 新種の冷戦が勃発しようとしている。制裁関税で攻める一方のアメリカのトランプ大統領に対抗、懸命に報復関税で応酬する中国の習近平国家主席。下手をすれば共倒れになるかも知れない覇権争いを、2大国がなりふり構わず繰り広げている。アメリカのトランプ政権は昨日(10日)、中国からの2000憶ドル(約22兆円)分の輸入品に対する関税を引き上げる第3弾の追加制裁関税を発動した。かつて米中の貿易量は年間20憶ドルだったが、現在のそれは1日だけで20憶ドルに達している。

 対立を続けるアメリカと中国の閣僚級、米国側はライハイザー通商代表とムニューシン財務長官、中国側は劉鶴副首相が出席した交渉がワシントンで始まったが、不調に終わり10%の関税が25%に引き上げられた。さらに、対中国制裁の第4弾として追加関税が課されていない約3000億ドル(約33兆円)分にも課税するよう、トランプ大統領は通商代表部(USTR)に指示した。一時は沈静化していた米中貿易摩擦の再燃は避けがたく、世界経済に動揺が広がるチキンレースになりつつある様だ。

 

  

 

 因みに、加熱する米中貿易摩擦の序章は1918年7月6日の第1弾の発動で始まった。アメリカは中国からの輸入品340憶ドル分に対し25%の関税を上乗せしたが、対する中国は同額の報復関税を課した。続く第2弾として160憶ドル分の25%追加関税が同年8月23日に発動され、アメリカの制裁に対して中国も同様の報復をして対抗した。さらに9月24日に第3弾の関税措置が発表されたが、その後関税引き上げは一時的に見送られ、両国間で交渉が続けられていた。今回の突然とも言うべき暗転により、中国の習近平国家主席はこのまま引き下がるとは思えない。下手をすれば、習近平氏が強力に推進する一帯一路(幣ブログ『イタリアが参画する中国の一帯一路』参照)にも少なからず影響を与えるのでは?

 

   トランプ大統領が振り下ろした制裁の代償は、相手方の中国は勿論、アメリカ自体も負いかねないであろう。アメリカ国内でも困惑している様で、中国の報復関税を実際に払うのはアメリカ側の輸入業者であり、そのツケは同国の

 米国の港で陸揚げされた

 輸入貨物(ネットより)

企業や消費者に回ってくる。今回の第3弾は衣料品や食料品など生活必需品が多く、小売業界は閉店が続発するのではとの見方がある。また、中国がアメリカの農産品に報復の高関税を課すため、トランプ大統領の支持層である農家も困窮しているはずだ。

 一方、外野席にいる様な感じの我が日本だが、日本経済への悪い波及も不可避であろう。中国製品の部品の多くは今も日本から供給されており、アメリカ向けの中国製品の輸出が減れば日本からの輸出も減る悪循環に陥るからだ。長く続いている我が国の景気に最近陰りが出ているのは、米中摩擦に依るところが大のようである。従い、対岸の火事として傍観を続ける訳には行くまいが、むしろピンチはチャンスにもなる。外交力を発揮して両大国間の仲裁を買って出れば、意外な展開があるかも知れない。

 

 ところで、交渉が斯様に難航するのは、貿易摩擦だけでなく、先端技術や安全保障を巡る覇権争いも繰り広げているからだ。アメリカは中国による自国産業への補助金支給が外資との自由な競争を妨げているとして見直しを迫まる。まさにチキンレースを彷彿させる両大国の報復合戦がいつまで続くのか予測困難だが、この調子で推移すれば中国で最大1.5%、米国は0.6%、それぞれ国内総生産(GDP)が押し下げられるとの試算がある。いずれにせよ、両国間の交渉がこじれ、世界恐慌と言う最悪のシナリオにならないよう、米中両国の冷静な妥結交渉を期待したい。

 272の国・地域を旅した私ことワールド・トラベラーは駐在こそしていないが、中国(本土)はなんと20回、アメリカは15回も訪れたことがある大好きな国だ。両国は一見、水と油の様な関係だが、実は共通点も意外に多く、特にそれは若い世代に顕著だ。例えば、共にお金と力に頼る拝金主義者が多く、年長者をさほど大事にしないことだ。なんと言っても驚きは英語も中国語も語順などの文法が似ていることで、日本人よりも中国人のほうが英語が上手いと言われるのはこのためだ。
 

 世界の覇権争いでしのぎを削り、貿易戦争の様相を呈している米中摩擦など鬱陶しいことが多い世俗だが、拙宅(世界の人形館)で可愛いイラクの人形、麗しい花、華やかなランプなどを観ていると自然に癒され和む。これこそが令和と実感する次第である。

 

(後記)

(1)中国は今夜600憶ドル分に対し、6月1日に最大25%に引き上げる報復の追加関税を発表した。このエンドレスな米中の制裁合戦は日本の国内景気にも波及し、内閣府は景気の基調判断を6年2か月ぶりに「悪化」へと下方修正した。(5月13日)

(2)トランプ大統領は第4弾として中国からの輸入品3000憶ドル分に対し、9月1日に10%の追加関税を発動すると表明した。さらにアメリカの財務省は、中国を意図的に通貨安を誘導する「為替操作国」と認定した。米中は貿易に加え通貨でも対立し、国の両大覇権争いは加熱する一方である。(8月6日)

(3)トランプ大統領は第4弾の追加関税として、中国からの輸入品2500憶ドル分への25%追加関税の第1〜3弾につき、10月1日から30%に引き上げると表明した。さらに、9月1日からの第4弾も税率を10%から15%に引き上げる。対する中国は報復として、750憶ドル分の米国製品に5〜10%の関税を上乗せすると表明した。両国の報復の応酬合戦は終息の兆しが一向に見えない。(8月24日)

 

             ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

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| 国際経済 | 21:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
10連休の大型GW格差に想う
11

 4月27日から5月6日までの超長〜い10連休、史上初の大型GWが間もなく終わろうとしている。正直なところ、やっとと言う感じである。この間に改元があり、5月1日には元号が平成から令和に改められた。前回の30年前の改元時は天皇崩御もあり、むしろ重苦しいムードであったと記憶する。しかし、光格天皇以来202年ぶりに天皇が存命中退位される今回は、翌日に新天皇陛下即位の儀式があり、厳粛ながらも晴れやかな祝賀ムードが漂っていた。

 さて、昭和・平成・令和の3時代を生き抜き、先月82歳になった筆者だが、妻が不治の病(認知症)で4年ほど前から長期入院のため不便この上ない独居生活を強いられている。今まで経験したことが無い10連休をどう過ごすのか、率直に言って連休前は一抹の不安を抱いていた。しかし、それは取り越し苦労に終わったようだが、やはり長過ぎると言うのが偽らざる実感である。筆者的には休みの期間が長かっただけで、内容的にはさほど充実したものにならなかったと反省している。

 

 GWの前半、平成最後の良き想い出となったのが、4月29日〜30日に次男の嫁と唯一の孫娘と一緒に、名古屋と妻の実家がある奈良県の大宇陀に出かけたことだ。初日に新幹線で向かった名古屋では、先ずつつじが咲き誇る名古屋城を訪れた。高校3年生の孫娘とツーショットを撮った時、ふと14年前にシンガポール動物園で抱っこしてやったことを想起し、時の流れを痛感して些か感傷的になった。将来この孫娘が結婚し、出来れば曾孫を抱っこするまでは長生きせねばと想ったりもした。

 

  

 名古屋城の天守閣を    2005年7月シンガポール

  背にして孫娘と      動物園で孫娘を抱っこ

 

 

  つつじが咲き乱れる名古屋城       次男の嫁や孫娘と

 

 その後、伊勢神宮に次ぐ大宮と言われる熱田神宮や、庭園が見事な徳川園を訪れた。観光後は一旦ホテルに帰り、また外出して繁華街・栄の錦通りの台湾料理店で夕食を取った。翌朝は近鉄で奈良県・宇陀市の大宇陀に向かったが、市と言っても少々秘境めいたものすら感じる町である。妻の実兄や実弟に妻の病状説明するなどして去り、夜に帰宅した。因みに、新幹線は往復路共に満席で混雑していたが、嫁が手抜かりなくチケットを手配していたので助かった。感謝である。

 

 

    熱田神宮を参拝      大宇陀の妻の実家前で

 

 令和になったGWの後半は、体調を崩して2日間も寝込む最悪のスタートとなった。先月末に関西方面へ出かけ帰宅直後から両足が浮腫み、しかも体全体の関節が痛み、全く歩行困難になってしまったのだ。GW期間中の病院は休診していると諦めていたが、念のため電話してみると明日(3日)だけ診療を行うとの由。おめでたい令和の幕開けは病院通いから始まった訳だが、医師の診断結果は塩分の過剰摂取によるもので、特に病名は無いと聞かされたが納得しかねた。

 翌日は足の具合が少し良くなったので、都内で下宿する大学4年の初孫に久しぶりに会いたいと電話したところ、早速自宅に来てくれた。連休返上で就職活動中のようだが、幼少時はあれほどやんちゃで活発であった子がすっかり大人しくなり少々驚いた。今となっては14年前の2005年7月にインドネシアのバタム島へ連れて行き、一緒に泳いだことが懐かしくてならない。来春どんな社会人になるのか、期待感もある反面いささか気懸りでもある。

 

 

    世界の人形館で初孫の     インドネシアのバタム島で

     就職活動状況を聴く        一緒に遊泳する 

 

 誰もが初めて経験した10連休というスーパーGWであったが、いいこと尽くめばかりではなく、明暗もあったのではなかろうか?つまり、大型連休格差が生まれたのではなかろうか?GW期間中に数度入院中の妻を見舞ったが、病院で働く看護師や介護士の勤務ぶりは普段通りであった。彼らにとって10連休は無縁だったであろう。足が浮腫んで駆け込んだ病院も、多数の患者で混雑していた。長時間待たされたが、とにかく診てもらった時は有難くホッとした。時折立ち寄る青果店は営業していたが、好物のイチゴが品切れでガッカリした次第だ。

 政府は国民誰もがウィンウィンとなることを期待した今回の10連休と推察するが、現実にはその恩恵に浴することが出来ない人たちが意外に多かったのではなかろうか。医療や介護の関係者は患者を重んずれば長期の連休は取れないし、日給や時間給で働く人たちは収入減は不可避だ。確かに海外旅行組には良いが、その人数は総人口の1割にも満たない少数派であろう。今回の10連休のような半ば強制的な大型連休の推進よりも、むしろ欧米諸国のように各人が取りたい時に長期の連休が自由に取れるよう、社会制度を変革すべきではないかと思料する。

 

 最後にもう一つ気になることがある。新元号「令和」の選定過程などを振り返ってみると、安倍晋三首相が主導したと思われる強い政治色の臭いがすることだ。また、今回の長過ぎた10連休も、7月の参院選や10月の消費税値上げなどを意識した、安易なポピュリズムと受け取らざるを得ない。

 

(後記)

  大手百貨店の10連休の期間中の売上高の伸び率は、前年の同時期に比べて数%増と期待外れに終わったようだ。やはり「休みが長過ぎた」という声があった由。

 

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| 国内旅行 | 00:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
平成最後のブログ:春の東北路とインバウンド
10

 少し旧聞になるが、10日前の4月16日から3日間、宮城県と山形県を回った。初日は新幹線で午前10時過ぎに仙台駅に着き、三月のひまわりの代表、星野真弓さんに合流した。去る2月下旬に宮城県の被災地、南三陸町を訪れた時にもお付き合いして頂いた彼女だが、今回は2日間ほぼフルアテンドをお願いした。駅には南三陸ホテル「観洋」の伊藤峻次長が迎えに来られ、以降ずっと車でご案内して頂いた。感謝、感謝である。

 

 3.11大震災後の東北復興のため社会貢献する星野さんの人脈を辿る最初の訪問先は、石巻市の「石巻珈琲工房いしかわ」の石川光晴社長。元々は義歯を作っておられたが、20年ほど前にコーヒー好きが高じて焙煎機を購入し、今や東北を代表するコーヒー屋さんになった異色の経営者だ。焙煎機がある工房で美味しいコーヒーを飲んだ後、石巻有数のレストラン・浜長で新鮮なお刺身料理をご馳走して頂くなど思いもよらぬ歓待に大感動。また、筆者は現役時代の商社マン時代にコーヒー豆を担当していただけに、懐かしく話が殊の外弾んだ。

 ちょうど工房いしかわで居合わせたのが、様々な木製品を制作する木工の工房、木遊木の遠藤伸一社長。東日本大震災で最愛の3人の子供さんを亡くし、大震災後の人々の姿を追ったドキュメンタリー映画「一陽来復」に主演格で出演している。被災者でありながら、被災者を支援する社会貢献活動家でもある。遠藤さんとお別れする時に木製のメモ・ペン立てのお土産を頂戴したが、温もりと安定感がある作品で、早速の自宅の書斎に置き愛用している。

 

  

 珈琲工房いしかわで、石川社長、 浜長で絶品の魚料理を賞味

遠藤社長、星野代表、伊藤次長と

 

 次に向かったのが、大震災で被害を受けたが壁新聞を発行したことで菊池寛賞を受賞した石巻日々新聞、児童74人と教職員10人が死亡した代表的な震災遺構の旧大川小学校、三男を亡くし大川小学校児童の遺族である佐藤和隆さんと水耕栽培の野菜工場などだが、特に小学校と水耕栽培が印象的であった。

 その後は石巻市に隣接する登米市のヘラブナの釣り場として知られている平筒沼に寄り、宿泊地の南三陸町に入りホテル観洋に投宿した。夜は前回(2月)と同様に齋藤左恵子さんも加わり楽しい夕食を取った後、なんと20年ぶりにカラオケを堪能したが、同席者は筆者の年相応の古い歌に辟易し困惑したであろう。

 

 

旧大川小学校を背にする筆者 佐藤さんの水耕栽培の野菜工場

 

 翌17日は 観洋の女将・阿部憲子さんと懇談後、石巻市に住む日野峻さんが運転する車で各地を回った。元教頭先生をされた人で、今は総合コンサルタントをしておられる本当に親切な方である。先ず、石巻市のお茶やおしゃべりを楽しめる図書館・百俵館を訪れた後、東松島市の防災体験型宿泊施設・KIBOCHA(キボッチャ)、松島町の奥松島と磯崎に寄った。磯崎ではホタテの浜焼きに舌鼓を打ち、近くの高城駅から電車に乗って仙台に向かった。

 同地では深松組の気鋭の深松社長を訪ね、ミャンマーなどの案件で情報交換した。その後は名残惜しかったが星野さんと別れ、体調が良かったので帰京せず、急遽隣の山形県の山形市へ電車で向かった。車窓から眺める風景は山また山で、奥羽山脈越えだ。山越えが終わると、急にパッと開けた山形盆地に出る。村山盆地とも言われる盆地に抱かれているのが、目的地の山形市だ。

 

 

平筒沼ふれあい橋で星野さんと  ホテル観洋で阿部女将、

 まるで親娘のよう!?     日野さん、星野さんと

 

 到着後は駅構内にある観光案内所で問い合わせたところ、南東郊外の蔵王温泉が面白いと聞きバスで向かった。乗ること小1時間で温泉に着いたが、既に午後7時近くになり宿探しで思いのほか手こずり、結局バスターミナル前の「つるや」という旅館で泊まった。自噴する自家源泉は蔵王特有の乳白色の強酸性で硫黄の香りがし、長旅の疲れを癒すことが出来たのが気に入り、翌朝まで3度も温泉に入るほどであった。翌18日は朝早くから、樹氷通りなど蔵王山麓の町をぶらぶらしたが、標高が880mもあるので残雪が見受けられて外気もヒンヤリだ。

 旅館から蔵王ロープウェイに乗ることを勧められ、乗ること約20分で標高1661mの地蔵山頂駅に着いた。そこは日本でも有数の蔵王温泉スキー場のゲレンデが広がり、スキーヤーが颯爽と滑っていた。駅舎の上には展望台があり、360度の素晴らしいパノラマが広がる。周りの蔵王連峰などの山並みは今も白く冠雪し、因みに厳冬期は見事な樹氷で知られる。展望台から下りてゲレンデを散策したが、積雪はまだ1m以上もあり歩くのが困難で何度も滑って転んだりもした。ここでタイから来た老夫婦と娘の親子3人連れに出会ったが、雪の無い南国から来ただけに初めて雪に触れたのであろうか大喜びで、記念写真を撮ってあげた。

 

                −−− 蔵王温泉スキー場 −−−

 

 未だ雪化粧の蔵王の山並み     ゲレンデで寛ぐ

 

 下山後は山形市に戻り、山形駅近くにある霞城公園(山形城跡)を訪れた。東大手門の手前から眺めると、ちょうど満開の桜がお堀に美しく倒映して絶景だ。城内に入ると広場になっており、中央付近には最上義光公の騎馬像が立つ。また、広場の南側は桜の木がずらりと並んで咲き誇り、桜並み木の下は花見客でいっぱい。筆者も近くの売店でお団子とイチゴを買い、賞味しながら暫し花見を堪能した。ここでもおやっと思ったのが、タイ人観光客の姿が目立ったことだ。午後2時過ぎに新幹線に乗り帰途に就いたが、車窓からも桜花爛漫を眺めることが出来た。

 

          −−− 山形市の霞城公園 −−−

 

     東大手門付近      城内に咲く見事な桜

 

 春の東北路を行くこの旅で、特に印象的なことが2つある。一つは大震災前は風光明媚であったろう奥松島の海岸が、見上げるように高い無機質なコンクリートの防潮堤に遮られ全く見えないことだ。いくら防災のためとは言え、巨費を投じて美しい自然を破壊してまでも無粋な防潮堤と言う箱物が果たして必要であったかどうか?疑問視せざるを得ない。

 もう一つは蔵王温泉スキー場や山形市の霞城公園で見かけた、タイ人観光客のなんと多いことか。近年のインバウンド(訪日外国人旅行)急増の効果は、大都市ばかりではなく地方でも波及している様だ。2020東京オリンピック・パラリンピックを控え、誠に喜ばしいことである。

 

 最後に、2日間まるで親子のように接して頂いた星野さんに多謝したい。私事で恐縮だが、筆者には2人の50代の息子がいる。だが、不運にも娘には恵まれなかっただけに、実の娘と一緒に旅しているのではないかと錯覚するぐらい、楽しい春の東北紀行を堪能した次第だ。この旅の数日前に誕生日を迎えた経緯もあり、いつまでも82歳の良き想い出として記憶に残ろう。

 

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連続爆発テロで緊迫するスリランカの旅(1)
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 昨日(4月21日)はキリスト教のイースター(復活祭)であったが、キリスト教徒や外国人を狙ったような残忍なテロがあった。スリランカの最大都市コロンボをはじめ3都市で、キリスト教会や高級ホテルなど8か所で連続爆破テロがあったのだ。日本人女性1人を含む253人が死亡、約500人(4人の日本人含む)が負傷した由。

 コロンボではシャングリラホテルやシナモン・グランドホテルなど4つの高級ホテル、聖アンソニー教会、デマタゴダ地区のほかに、コロンボ北郊外のネゴンボの聖セバスチャン教会や、東部のバティカロアのザイオン教会でほぼ同時に爆発があ

爆発が起きた教会内部

(ネットより転用・加工)

り、自爆テロと見られる。死者は日本人に加え、アメリカ・イギリス・インド・中国・ポルトガル・オランダなど外国人も多く含まれている模様。犯行声明は出ていないが、イスラム国(IS)とつながるイスラム過激派組織(ナショナル・タウヒード・ジャマアート」(NTJ))の関与が濃厚のよう。

 

 スリランカと言えば、昔から紅茶で有名だが、近年は26年間も続いた内戦が国際的に知られる。2009年に多数派で仏教徒のシンハラ人と少数派でヒンドゥー教徒のタミル人との内戦が終結し、経済成長が続いている。在留邦人は800人近くおり、日本からの旅行者も増加の一途で2016年には約45000人に達した。失うものはあっても、得るものが無いのが内戦である。その再発を誰も望むまい。

 そんなスリランカを危険な激しい内戦の最中、22年前の1997年12月に旅したが、コロンボはゴーストタウンと化していた。だが、美女のフレスコ画が鮮やかなシギリヤ・レディで有名な一枚岩のシギリヤ・ロック、「スリランカの京都」と呼ばれる古都キャンディ、グリーンカーペットのような広大な茶畑、インド洋に面した美しいビーチなど観光資源が素晴らしい。今回はコロンボとその以北を紹介する。

 

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━

 

 面積は日本の約6分の1の6万5525k屬如⊃邑は約2100万人であるから人口密度は日本と同じだ。首都は1985年にコロンボから遷都されたスリ・ジャヤワルダナプラ・コッテ(通称コッテ)で、コロンボの中心部から南東約10kmに位置する。市街地はコロンボと隣接しており、実質的にコロンボの一部とも言えよう。人口約75万人のコロンボはスリランカ西岸に位置する同国最大の港町で、今も植民地時代の街並みが残る。

 

 街の中心は、コロンボ港とベイラ湖を繋ぐ運河を鋏んで西側に位置するフォート地区と、運河の東側にある庶民的な下町のペター地区から成る。官公庁やオフィスが多いフォートでひときわ目立つのが時計塔 で、この時計塔から300mほど北東、目抜き通りヨーク・ストリートに建つカーギルスは、1844年創業の老舗百貨店だ。大通りに面して堂々と建つ重厚な姿は、植民地時代の栄華を物語る。ただ、この辺りの高層ビル(世界貿易センターなど)は、内戦による爆弾テロで壁や窓が吹き飛ばされたままになっていた。

 

 

コロンボ市街地とインド洋俯瞰 カーギルス付近を散策する筆者  

 

 フォートの南、ゴール・ロード沿いに広がるインド洋に面しているのがゴール・フェイス・グリーンという緑地だ。広い芝生でホッケーなどに興じる人たちがいたが、日没時になると夕陽がインド洋を赤く染める。一方、ベイラ湖のすぐ南にはヴィハーラ・マハデーウィ公園があり、かつてはシナモンの栽培が行われていた。広い園内では花々が咲き乱れ、仏像も立っている。南郊外にあるデヒワラ動物園はアジア最大級の動物園と言われるが、オランウータン以外は物足りなかった。

 

 

ゴール・フェイス・グリーン ヴィハーラ・マハデーウィ公園

 

 スリランカで一番人気のある観光地と言えば、コロンボの北東163kmにあるシギリヤ・ロック。5世紀に狂気の王・カッサパ1世によって建造された都市遺跡で、ジャングルの中に忽然と立ちはだかる標高370mの岩山だ。エアーズロックに少し似ているが、頂上部分はライオンの頭の形をしている。蓮の水路というお濠を渡って岩山に向かっていくと、水の広場がある。そこには王の沐浴場などがあり、広い庭園になっている。そこを通り抜けていくと、愈々シギリヤ・ロック登山の始まりだ。

 

 

   シギリヤ・ロック    シギリヤ・ロック前に立つ

 

 初めは巨大な岩が折り重なる間を抜け、しばらく石の階段を登って行くと鉄製のらせん階段があった。その階段を上り西側の断崖の中腹に着くと、謎に満ちたシギリヤ・レディのフレスコ画が現れる。当初は岩肌に約500人の女性が描かれていたが、王宮の女性たちを描いたとも妖精の姿であるとも言われる。現在見ることができるのは18体のみだが、色彩は今も鮮やかで美しい。フレスコ画の下に位置する回廊の壁はミラー・ウォールと呼ばれ、鏡の回廊を見て進むとライオンの入口という踊り場に出る。

 巨大なライオンの爪の形をした宮殿の入口があり、断崖絶壁にへばりつくように延びる急な石段を登り切り頂上に辿り着いた。そこには王宮跡などがあり、天界へ昇ったような眺望が開けていた。周囲360度には見渡す限りの緑の樹海が広がり、その絶景に思わず息を呑んだ。

 

 

シギリヤ・レディを背にして      宮殿の入口付近

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━

 

 訪問時は内戦が続いていたため全般的に鬱陶しいムードの旅であったが、一つだけ心も体もリラックスできるものがあった。それはインド伝来の伝統的な医学であり究極の健康法であるアーユルベーダ を体験したことだ。マッサージ中はつい眠くなるほど気持ち良く、およそ1時間後に終わったが、心体ともに爽快であった。

 

              ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

 スリランカ内戦を詳述した筆者(ペンネーム:高やすはる)の著書がありますのでご案内します。

272の国と地域を制覇した77歳のワールド・トラベラーはたった1人で紛争地を旅した!

 

      

      幻冬舎 定価本体1,400円+税 

 

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