世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
東日本大震災の被災地、南三陸町を訪ねイースター島を懐かしむ
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 あれから8年、あと10日も経てば東日本大震災後8年になる。歳月は人を待たず、早いものだ。そんな大震災の被災地の一つ、宮城県の南三陸町をつい先日の2月25日〜26日に訪れた。大震災後すぐに被災地慰問を思い立ったが、行きそびれ今日に至ってしまった。しかし、2月3日付け幣ブログ『初めての救急車と映画『一陽来復』 上映会&トーク』で触れた大震災の語り部、南三陸ホテル「観洋」の第一営業次長である伊藤 俊さんに会いたくなり、急遽現地に赴いた次第だ。

 上野駅から新幹線「はやぶさ」に乗車すること約1時間半、仙台駅に着いたが意外に近いと実感した。駅前の喫茶店で簡単な昼食を取った後、ホテルが迎えに来たシャトルバスに乗って2時間後に投宿する南三陸ホテル観洋に到着した。波静かな志津川湾に臨み、客室が240室ほどもある三陸海岸最大級のリゾートホテルだ。オーシャンビューの広い客室と絶景の露天風呂、1000名収容のコンベンションホールなどに加え、海の幸が自慢の宿だ。夕食では近海で獲れたコリコリした鮑の踊り焼き、キラキラいくら丼などの美食に舌鼓を打った。

 

 

   ホテル前で星野さんと     ホテル内のレストラン

       まるで親子のよう?!

 

 新鮮な海の幸で彩られた夕食 伊藤さん、星野さん、齋藤さん

                 と楽しく会食

 

 筆者の到着を待っていたかのように伊藤次長に出迎えて頂き、更に前日から語り部フォーラムに出席のため同ホテルに泊まっていた一般社団法人 三月のひまわりの代表理事、星野真弓さんが合流した。東京から来た彼女は、手刺繍や被災関連のイベントを通して被災地を支援する篤志家である。日が暮れない内にとお二人にお付き合い願い、伊藤さんの案内でテレビでも度々観たことがある同町の志津川地区を訪れた。

 あの忌まわしい3.11大震災から間もなく8年になろうとする現地視察は、今更の遅きの感は拭えなかった。しかし、翌朝訪れた戸倉地区を含め、今も復興事業が続いている現場を見て、20m超の巨大津波に襲われた大震災の傷跡が未だ癒えてない事を痛感した。

        

        −−− 復興事業が続く志津川地区 −−−

 

    志津川地区の右奥に   志津川を背にして星野さんと

  ホテル観洋が見える 

 

 実際に被災現場を見て、この天災(一部は人災もあろうが)から得た教訓などを風化させてはならないとの想いが強くなった。同時に、地味なことで大変と思うが、今後とも伊藤さんらには末永く語り部を続けて頂きたいと祈念したい。また、大震災後からずっと被災地の人たちを支援し、激励してきた被災県外者の星野さんには敬意を表したい。

 更に初対面のホテルの女将、阿部憲子さんの大震災時における的確な人道的対応、即ち避難所として周辺住民も受け入れた事にも感銘を受けた。なかなか貫禄があり、決断力もある方の様である。また、夕食を共にした齋藤左恵子さんも個性的で、忘れ難いものがある女性だ。色々な出会いがあるのが旅であり、故にその虜になるのも旅であろう。

 

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  語り部バスで語る伊藤さん     右から女将の阿部さん、

                筆者、星野さん

 

 さて、今回の視察旅行で最も関心があったのが、実は志津川地区にある「さんさん商店街」のそばに立つモアイ像である。「モア−チョ」という名の像は 、2013年に南米・チリ領のイースター島からやって来た人面を模した石像彫刻である。モアイという言葉には「未来に生きる」という意味があり、その意味通り南三陸町にとってモアイ像は希望のシンボルだ。「大震災に負けず、一歩一歩復興を目指そう!」と勇気づけられる存在であり、またイースター島との堅固な絆の象徴でもある。

 

 

  さんさん商店街で伊藤さん、モアイ像を背にして星野さんと

     星野さんと 

 

 ところで、この石像の本場であるイースター島を、私ことワールド・トラベラーは1995年5月に旅したことがある。フランス領ポリネシアのタヒチ島に寄った後、南太平洋にポツンと浮かぶ絶海の孤島である同島を訪れた。現地では「広い大地」を意味するラパ・ヌイと呼ばれるが、正式名はパスクア島である。因みに、イースター島という名前は1722年の復活祭(イースター)の日に発見されたのをオランダ人が名付けたものだ。その旅の模様を紹介しよう。
 

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 イースター島へのアクセスはタヒチのパペーテからと、チリ本国の首都サンチャゴからの空路しかない。この旅ではパペーテからラン航空のフライトに搭乗、約5時間後に島の中心地ハンガロア村の南外れのマタべリ空港に着いた。火山の噴火によって形成された島には大木が生えておらず、茶褐色の丘や岩場などに雑草が生い茂る。なだら

かで荒涼たる大地が見渡す限り広がり、孤島感が一層ひしひしと伝わって来る。

 この島が世界的に有名になったのは1000体ほどもある人面を模した石造彫刻モアイで、祖先の象徴である守り神だ。大きさは3〜4m、重量は20トン程度が多いが、最大級は20m、重量は100トン近くにも達する。島の周囲は約60km、車なら3時間ほどで一周できるほどの小さな島だが、見どころは結構多い。

 

 島の東部にあるアフ・トンガリキはイースター島最大のアフ(聖なる祭壇)で、海を背にして15体ものモアイ像が立って圧巻である。以前このアフはモアイ倒しや津波で壊滅寸前であったが、日本のクレーン会社(タダノ)などの協力により見事に復元された。このアフから標高約200mのラノ・ララク山を登って行くと、その中腹におよそ400体のモアイ像が散乱していた。半身だけのもの、顔だけ見えているもの、捨てられたような倒れたモアイ像もある。

 

  

       アフ・トンガリキ            倒れそうなモアイを

                    支える?筆者

 

 実はこの付近はモアイの製作工場であった所だ。一般に完成したモアイは海岸近くにあるアフに立てられ、その多くは海を背にして島の集落に向かって立っていた。しかし、島西部にあるアフ・アキビ は島では例外的で、唯一海を見つめる7体のモアイが立つ。また、初期に製作されたモアイのため、プカオ(帽子)を載せていない。一方、島の北岸に立つアフ・ナウナウでは、4対のモアイにプカオが載っている。

 

 

     アフ・アキビの前で                アフ・ナウナウ 

 

 モアイ像以外の見どころは、島の南西端にあるラノ・カウ山 がイチ押しだ。直径1600mほどの巨大な火口湖を持つ休火山は、チチカカ湖のようにトトラが生える水面と火口の淵には200mほど標高差がある。山頂の展望台から眺める神秘的なカルデラ湖と絶壁を同時に見る感動は、なんとも言い尽くし難い。この山から南の岬に向かって歩くと、オロンゴ儀式村がある。村と言っても名ばかりで、入口が小さい石積みの住居があるだけだ。ここでは毎年のリーダーを決める鳥人儀式が行われ、付近の岩には鳥人などの岩絵が残る。

 

         −−− 休火山ラノ・カウ−−−

 

   巨大な火口湖を俯瞰    展望台でのワールド・トラベラー

 

 イースター島を旅してから早や4半世紀近くになる。その後どのように変貌しているのであろうか?出来れば再訪し、その昔に出会ったモアイと再会したいものだ。彼らも筆者と同様に歳をとったであろう。

 

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 モアイ像が立っている「さんさん商店街」で、地元に多少でも貢献しようとで少し買い物をした。しかし、他に訪れる客も見当たらず、閑散としていた。要らぬお世話かも知れないが、いつまで持ちこたえられるのか些か心配でならない。今回の視察を機会に年に何度かは南三陸などの被災地を訪れ、地元民を激励したいと思料している。

 わずか2日間の短い南三陸町視察を終えて帰途に就く前に立ち寄ったのが、西隣町の登米市にある「みやぎの明治村」や津山もくもくランド。特に、みやぎの明治村では、旧登米高等尋常小学校校舎であった教育資料館、裁判所などにも使われた水沢県庁記念館、白壁が鮮やかな武家屋敷通りでは明治の香りが漂い、印象深いものがあった。

 

      −−− みやぎの明治村のお勧めスポット −−−

 

     教育資料館         武家屋敷通り  

 

 死者・行方不明者・震災関連死を含め、2万2131人が犠牲になった大震災だが、今も約3100人がプレハブの仮設住宅で過ごし、約5万2千人が避難生活を続けているとか。一方、復興庁は2年後の2021年3月末に廃止を踏まえ、原発災害への対応、地元産業の再生、人口減少などの諸問題が残るが、どのように解決するのであろうか?被災地に住んでいないとは言え、気懸りでならない。いずれにせよ、現在の復興庁の後継となる組織作り、例えば防災庁?の立ち上げが喫緊の課題となろう。

 

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| 事件・災害 | 16:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
2度目の米朝首脳会談が行われるハノイ慕情
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 5日後の5月27日から28日までの2日間、2度目の米朝首脳会談がベトナムの首都ハノイで開催される。アメリカのドナルド・トランプ(Donald John Trump)大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との2回目の首脳会談は、当初はセキュリティー上の都合で、APEC(アジア太平洋経済協力会議)も開かれたベトナム中部の都市ダナンでの開催をアメリカは希望した。しかし、北朝鮮側が大使館のあるハノイでの開催を強く希望し、アメリカが押し切られた形だ。

 

 

             ハノイの古い街並みを俯瞰

 

 トランプ大統領は、「金委員長と会うことを楽しみにしている。」とした上で、「金委員長の指導力のもとに偉大な経済大国となるだろう」と強調し持ち上げた。また、最近は非核化につき北朝鮮に対する頑なな態度を軟化させ、北朝鮮が欲しがる見返りが必要なことに気付いたようだ。要するに、先ずは北朝鮮との信頼醸成をする、アメリカの方針転換が垣間見られる。

 米朝の実務者協議では依然として非核化の溝が埋まらないのに、何故急に2回目の首脳会談に前のめりになっているのであろうか?アメリカ国内では「メキシコ国境での壁建設」「ねじれ国会」「ロシア疑惑」などで内政が苦境に立つ中、外交で成果を上げたいと同大統領のビジネスマンとしての強かな計算と思惑があるようだ。

 

 ところで、16日に報じたロイター通信によれば、金正恩委員長が27日〜28日のトランプ大統領との再会談に先立ち、25日からベトナムを訪問する見通しとか。会談が近付くにつれ関係国の準備が加速しており、21日から北朝鮮の金赫哲(キム・ヒョクチョル)対米特別代表がアメリカ国務省のビーガン北朝鮮政策特別代表とハノイで実務協議を続けている。一方、専用列車で北朝鮮の平壌から中国経由で、26日にハノイに乗り込む案もあるようだ。

 いずれにせよ、ベトナム政府は米朝首脳再会談とは別に、北朝鮮の金委員長を国賓待遇で受け入れ、最高指導者グエン・フー・チョン共産党書記長との会談や、ハノイ周辺視察などを設定する準備を進めている。同委員長が25日にベトナム入りした場合、米朝首脳再会談の前に北朝鮮・ベトナム両国の首脳会談の日程が組み込まれそうだ。

 

 米朝の交渉はこれまでのところ北朝鮮ペースと言え、北朝鮮に足元を見られている形勢のようである。このままでは肝心の非核化が進まない事態も想定され、交渉は長期化しよう。北朝鮮に核を廃棄させるための非核化交渉が、いつの間にか北朝鮮の核を温存したまま、実質的に核軍縮交渉にすり替わると言うリスクも懸念される。一方、前回のシンガポール会談で蚊帳の外に置かれた我が日本政府は、どのように対処するのであろうか?

 拉致問題の進展などの期待もあるが、むしろ不安のほうが多いのではないだろうか?例えば、トランプ大統領が首脳会談の成果を急ぐあまり、アメリカ本土を射程とする大陸間弾道ミサイル(ICBM)の廃棄だけを先行させる恐れも否定出来ないことだ。これは日本を射程に収めるものも含め、あらゆる射程のミサイル廃棄を北朝鮮に求める我が国の方針と矛盾し問題である。

 

 セレモニー的な前回の会談に比べて様々な駆け引きが暗躍しそうな2回目の首脳会談の舞台になるハノイは、1996年10月と2002年12月の2度訪れている。既に2017年3月2日の幣ブログ『天皇、皇后両陛下ご訪問のベトナムの旅(1)−古都ハノイとフエ』で紹介済みで一部重複するが、再度ハノイについて触れてみよう。

 

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 ダイナミックで活気あるベトナム南部の最大都市ホーチミンと対照的に、1760kmも北に位置するハノイは落ち着きのある古都である。人口は700万人を超え、ベトナム第二の大都市だ。11〜13世紀の李朝時代に都になった街には由緒ある寺も多く、ホーチミンに比べると落ち着いた情緒がある。市街地はベトナム有数の川・ホン川(紅河)の右岸に広がり、この川の近くにあるのがホアンキエム湖 である。街のほぼ中心にあり、レロイ王の伝説で有名だ。度々ホン川の氾濫でできた湖は、かつて川とも繋がっていたとか。

 湖の北岸近くにある島では18世紀築の玉山祠が建っており、この付近はハノイ市民にとっては憩いの場所になっている。岸から赤く塗装された木製の太鼓橋・フク橋を渡ると島に着き、島内には文学の神スオン王や、13世紀モンゴルの侵略を撃退し活躍したチャンフンダオなどが祭られている。また、湖の中央に浮かぶ小島には亀の塔が建つ。湖の北側は古い家並みが続く旧市街になっており、一帯はハノイ36通りと呼ばれて様々な店が並び、タイムスリップしたような風情がある。

 

   

     ホアンキエム湖          玉山祠      

 

 ホアンキエム湖の約2km西には、1070年建立の文廟(孔子廟)がある。1076年には国内初の大学・国子監が敷地内に置かれ、王族と貴族の子弟や官僚が学んだ。学問にご利益のある場所として、観光客だけでなく多くのベトナム人が訪れる。必見はハノイの象徴の一つになっており、19世紀の阮(グエン)朝時代に出来た奎文閣の池の両側にずらりと並び壮観な82の石碑だ。昔の官僚登用試験、科挙の合格者の名前と出身地が刻まれた石碑が、石造りの亀の上に乗っている。

 

  

   文廟前に立つ筆者                 文廟の奎文閣

 

 文廟から1kmほど北には、一柱寺と言う小さなお寺がある。李王朝時代の11世紀に建てられた寺は一本柱で支えられ、池に浮かぶ蓮の花のようと形容される。そのユニークな外観からフランス統治時代の建物と並び、ハノイを代表する歴史建造物として有名である。李朝の王が世継ぎに恵まれていなかった頃、蓮の上で子供を抱いた観音菩薩の夢を見て待望の子供を授かったとされる。王がその謝恩にと建てた由で、子宝に恵まれるご利益を祈願する人々で賑わいを見せる。

 

   

    一柱寺         ホー・チ・ミン博物館 

 

 一柱寺の南側には、1990年に建てられたホー・チ・ミン博物館がある。ベトナム人指導者の故ホー・チ・ミン主席および外国の支配に抵抗するベトナムの革命闘争に捧げられた博物館で、主席の遺品や革命の歴史などを展示している。一方、北側には1975年に建てられたホー・チ・ミン廟がある。総大理石造りの堂々たる建物がひときわ目立ち、廟内には主席の遺体がガラスケースに入れられ安置されている。廟の外に出て道なりに行くと、主席が住んでいた高床式の木造家屋があり、庶民的であった故人の人徳が偲ばれる。

 

 

       ホー・チ・ミン廟                          水上人形劇

 

 ほかに、1000年もの歴史を持ちベトナム名物として有名なタンロン水上人形劇場が、ホアンキエム湖の玉山祠の近くにある。会場はホーチミンのような屋外ではなく屋内で、水をはった7〜8m四方の池状の立派なステージが設置され、華やかなショーを堪能した。ステージ左手には歌手と楽団が陣取り、水牛や龍、アヒルや魚などが水上と水中を自由自在に動き回り興味深い。素朴な感じの人形などが繰り広げる幻想的な世界は、ベトナム人の真の心を見た思いで感動的であった。

 

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 何故トランプ大統領は北朝鮮との対話にかくもご執心なのであろうか?今年のノーベル平和賞と大統領再選と言うダブル受賞!?を意識しているのであろうか?

 

後記

 23日に特別専用列車で平壌を出発した金正恩委員長は中国を南下し、約66時間後の26日朝に中国国境に近いベトナム北部のドンダン駅に到着し、乗用車に乗り換えてハノイ市内に向かった。中国内で列車は、河南省の鄭州、湖南省の長沙、同自治区の南寧、広西チワン自治区の憑祥などを通過した模様で、その距離はおよそ2600kmとか。一方、トランプ大統領も26日夜に大統領専用機でハノイ空港に到着した。両首脳による会談は予定通り27日からハノイの最高級ホテル、ソフィテル・メトロポールホテルで始まった。

 

 

               ソフィテル・メトロポールホテル

 

 しかし、初日は順調であった会談の結末はあっけなく、想定外のものとなった。2日目の会談ではワーキングランチ(昼食会)が中止になるなど、首脳会談は事実上決裂に終わった。トランプ大統領は早々とハノイを去り、帰国の途に就いた。一方、金正恩委員長は3月2日まで滞在し、種々視察する実を取る意向の様だ。合意に至らなかった主因は肝心の非核化の進め方につき両国間の溝が埋まらず、他方北朝鮮が求めた完全な制裁解除をアメリカが拒絶したとか。

 北朝鮮にとり誤算との見方もあるが、そうとも言い切れないであろう。 首脳会談では一見成果が無かったようだが、滞在中の経済発展が目覚ましいベトナム視察で何か収穫があった筈である。やはり筆者が推察した通り、金正恩委員長は35歳の若輩ながら、侮れない手強いネゴシエーターのようである(2月28日)。

 

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| 世界の旅−アジア | 01:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
2人の大統領が存在して混乱するベネズエラの旅(1)
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 南米の北部にありカリブ海に面する産油国のベネズエラで、1人であるべき大統領が何と2人も正統性を争って存在するため、全土で混乱が広がっている。この政治的な混乱が続く同国では、食料や医薬品の不足から周辺国のコロンビア・ペルー・エクアドルなどへ300万人以上の難民が避難しており、これは人口の1割強である。国連などによれば、今年中に難民の数は500万人を超えると見られる。周辺国での受け入れ態勢の強化が課題となり、国際社会の早急な対応が迫られている。

 世界有数の産油国でありながら内紛が続くベネズエラでは、2013年4月より独裁を続けるマドゥーロ大統領(56歳)に対抗して、過日グアイド国会議長(35歳)が暫定大統領になると宣言した。この2人の大統領が反目する異常な事態に対し、「アメリカの裏庭」と呼ばれる中南米で影響力を強化したい中国・ロシア・キューバ・トルコなど11ヵ国・地域がマドゥーロ大統領を、アメリカ・カナダ・イギリス・ドイツ・フランス・ブラジル・コロンビアなど44ヵ国がグアイド国会議長を支持すると言う、国際社会をも巻き込んだ政争が続いている。また、軍や警察の幹部によるマドゥーロ政権からの離反表明が相次いでいるとか。

 

 特に深刻な問題は食料品や医薬品などの極端な不足により物価が高騰し、今年1月の物価上昇率は年率で268万%にまで膨れ上がるハイパーインフレを惹起している。筆者が持っているボリーバル紙幣(写真右)は、紙

切れ同然の実情だ。混迷するベネズエラを巡り、グアイド国会議長を支援するアメリカが先月に経済制裁を強化したのに加え、今月からはマドゥーロ政権側が欧米諸国からの人道支援物資の受け取りを拒否していることから物不足がさらに加速しているとか。IMF(国際通貨基金)によれば、同国の物価上昇率は年内に年率で1000万%を上回る可能性も出ている。

 また、アメリカからの人道支援物資を拒否する大統領側と反発する野党側の対立が深刻化し、国内では大規模な反政府デモも起きている。マドゥロ政権側が国境の橋を封鎖してアメリカからの人道支援物資の受け入れを拒否するが、一方デモ参加者は物資の受け入れを求め、野党指導者側のグアイド氏も「支援物資は23日には届くだろう」と宣言。対するマドゥロ政権のアレアサ外相はニューヨークの国連本部で会見を開き、アメリカによる経済制裁こそ国民を苦しめていると批判した。

 

 2人の大統領の承認問題で今や世界を二分する様な混乱に陥っているベネズエラだが、観光面では実に多様な顔を持つ魅力的な国である。筆者は1996年6月、2002年4月、2003年7月の3度も訪れている。既に2013年3月24日幣ブログドミニカなどカリブ勢が活躍したWBC野球とチャベス死去』で、小説「ロストワールド」の舞台ギアナ高地と落差世界一の滝・エンジェル・フォール、中南米有数の大都会カラカスを簡単に紹介しているが、今回はカラカスに絞り詳述しよう。

 

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 ベネズエラの北部に位置する首都カラカスは、カリブ海沿いのシモン・ボリーバル国際空港から山をひとつ越えた盆地にある。空港を出ると、この山の向こうに大都会があるとは信じがたい一面の緑が広がる。しかし、内陸にあるカラカス市内に近付くにつれ、現代的なハイウェイが縦横無尽に走る。豊かな石油資源のお陰で20世紀に入り急発展した近代的な首都は、人口500万人を超える南米有数の世界都市だ。近郊の衛星都市を含めた人口は約2000万人を数える。

 

 

  ハイウェイがカラカスの   旧市街セントロの中心

    街並みを彩る      ボリーバル広場に立つ筆者   

 

 カラカスの中心は標高が約960mのカラカス盆地にあり、市街地は盆地に沿って東西に細長く伸びる。南米の主要都市の多くに見られる植民地時代の懐かしい面影はほとんど目に付かないのが、カラカスである。石油資源と言う富によって、南米の他の諸国の都市よりもいち早く経済的発展を遂げたのだ。完全にアメリカナイズされた現代的な街並みの中で、数少ないコロニアル様式の情緒を残すのが旧市街セントロである。

 その中心地となるのがボリーバル広場で、初のベネズエラ憲法が読み上げられた場所だ。広場には南米開放の父」シモン・ボリーバルの像が建ち、その周りには歴史的な建物が並ぶ。例えば、東側に1595年に創建後1674年に再建されて内部が名画で飾られたカテドラル、南西には壮麗な白亜の建物と金色のドームが目立ち天井画が独特の国会議事堂、カテドラルの南側には現在もベネズエラの国民的英雄として人気があるボリーバルの生家と博物館、北側には外観が美しいサンタ・カピージャ教会ある。

 

  

     カテドラル     ボリーバルの生家と博物館

 

 一方、急膨張するカラカス市街地をばっちり一望するなら、街の北にそびえる標高が2215mのアビラ山がイチ押し。ケーブルカーに乗ること約10分で肌寒いくらいの頂上に着いたが、東西に本当に細長い街並みのパノラマに大感動した。その後、頂上の反対側に目を向けたが、あいにく雲がかかり、期待した真っ青なカリブ海は望めなかった。ほかに新市街の繁華街タマナコ、スラム街バリオなども散策した。

     

 アビラ山の山頂から市街地を望む    国会議事堂

 

  正直に言って、カラカスにはこれぞと言う見どころは少ない。やはりベネズエラ観光のハイライトは地方にあり、例えばギアナ高地と落差世界一の滝・エンジェル・フォールなどの魅力については、次回で紹介したい。

 

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 上述のベネズエラの政治的混乱もご多分に漏れず、やはり他の大国が内政干渉する代理政争の場となったのは遺憾だ。今一度原点に回帰し、ベネズエラの国内問題として早期解決を祈りたい。

 

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| 世界の旅―南米 | 22:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
初めての救急車と映画『一陽来復』 上映会&トーク
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 この3週間余は本ブログを更新しなかったので、一体どうしたのですか?との問い合わせが数多く寄せられた。筆者を真に気遣う、誠に有難い愛読者の皆さんである。実はこの間、2つの大きな出来事があった。

 

 その1は、間もなく82歳になるかなり長い人生で、10日前(1月24日)の朝に初めて救急車で柏市の病院へ搬送されたのだ。それまでの1週間ほどは強烈な抗がん剤の副作用で、満足に食事が出来なかった。特に緊急入院した日は早朝から絶えず吐き気がするなど気分が悪く、ベッドから起き上がれない始末。加えて4年前から認知症で妻が長期入院中のため寂しい独居生活を強いられており、いざと言う時に助けてくれる家族が傍にいない悲しい実状だ。最後に頼るのは救急車しかないと、広中さんと言う居住マンションの親切な管理人さんに救急車を呼んでもらった次第である。

 

 

     入退院を繰り返した市立柏病院

 

 実は救急車のお世話になる4 日前にも入院した経緯がある。この時はまだ体力が残っており、自分でタクシーを呼んで病院に向かい入院した。3日後に退院したのだが、2日後にまた体調を崩して先述の通り再入院する羽目になった。その後2日間は嘔吐・吐き気・下痢の三重苦が続くので、点滴で何とか凌いだ。やっと3日目からお粥が食べられるようになり、あまり長居では出来ない境遇なので5日目に退院した訳である。それにしても抗がん剤の様々な副作用は想定外で、手足のひび割れや食欲不振なども加わり、近々抗がん剤治療を主治医に申出るつもりだ。家族の支援も特に無いので、無理に延命する気持ちは更々無い。

 

 冒頭に「初めての救急車」と言ったが、正確に言えば国内でのお話である。実は海外では約11年前の2008年9月に旅したニュージーランドで、レンタカーを運転中に事故を起こして救急車で運ばれた前科?がある。既に2017年11月10日付け幣ブログ『 80歳にして人生初の入院と手術 』で、概略は紹介済みだ。それは正に九死に一生の大ピンチであった。商都オークランドから約450km北西方向に伸びる北島の最北端を目指し、当初は長距離バスなどを利用して出かけるつもりでいたが、北端までバス便がないことが分かった。そこで朝にオークランドでレンタカーを借り、最北端のレインガ岬に向かった。

 ところが、運転直後から車のどこかで不思議な異常音がして気にはなっていたが、夕刻には岬の手前まで行きたいと休憩も十分取らずに急いだ。道は平坦であったが、比較的細い道が多く、しかも九十九折のようにくねくねしアップダウンも多い。そのためであろうか何度も車はスピンし、疲労も加わりウトウトしかけた。もうすぐ岬という所で、目の前にトラックかトラクターのような大型車両が迫り、目の前が真っ白になったところで気を失った。

 

  

 

 暫らくして正気に戻り、レンタカーの前部を大破する事故を起こしたことを知った。先ほどの真っ白に見えたのは、エアバッグが破裂した瞬間だ。このバッグとシートベルトのお蔭で助かったようだが、胸が圧迫されたようで息苦しくほとんど身動きできなかった。間もなく救急車が来て近くの町カイタイアの病院に運ばれ、検査結果は骨折ではなく単なる打撲傷だと分かり、暫く休養して薬をもらって退院した。その間に病院から支払要求は一切無く、異国で人の情けに泣いた。その夜は近くのモーテルで泊まり、翌朝はバスを乗り継いでオークランドに戻った。なお、詳細は幣著書『 トラベル・イズ・トラブル 』をどうぞ!

 

 その2は、昨日(2月2日)我孫子市のけやきプラザふれあいホールで開催された映画『一陽来復』の上映会&トークである。このイベントは一般社団法人 三月のひまわりが主催者で、筆者のプライベートミュージアム「世界の人形館」などが後援したもの。1月11日付け幣ブログなどで、懸命に集客のPRしてきた経緯がある。収容人員550人が満席になるほどの大盛況で、三月のひまわりの代表理事であり、著名な手刺繍家、星野真弓さんをはじめ、関係者の皆さんに祝意を表し、同時にその多大の労苦に対し敬意を払いたい。

 一方、筆者が招待した人たちの多くから、「なぜ世界の人形館がスポンサー(出資)として後援したのですか?」「なぜスポンサーなのに舞台で挨拶や紹介が無かったのですか?」などの質問を数多く受け、一瞬返答に窮することもあった。また、「報われない發気鵝壁者)が可哀そう!」との同情の声も上がったほどだ。この経緯や背景などに就いては、筆者なりに言いたいこと多々あるが、この際は敢えて黙っておくのが男らしい「男の美学」と思っている。

 

 

     舞台前の筆者   挨拶する尹さん(中央)、左端は

               星野さん、右端は伊藤さん

 

 映画は尹美亜さんと言う女性が監督の東日本大震災を語り継ぐドキュメンタリー映画で、映画の本流と言われる娯楽作品ではない。市民一人ひとりが防災意識を持つことが如何に大切であるかを啓蒙する真摯な教育映画と言えよう。従い、行政が中心になってこのイベントを開催するのが順当だが、行政(我孫子市)が断ったため、代わりに当方が出資して肩代わりした特異な経緯がある。

 そのためであろうか、市長と教育長は来賓席に座っていた筆者を見て謝意を表することは無く、むしろ無視する一方だったが、或る程度事情を知る常識家で人情家の副市長からは何度も「代わりに引き受けて頂き、感謝します。」との丁重な労いの言葉があった。両者の対応は極めて対照的で、副市長の慰めについ感涙したものだ。

 

 イベント開催まで種々紆余曲折などがあったが、素晴らしく感動的なこの名画を全国的な規模で上映を続けて下さいと尹さんにエールを送る手紙を差し上げた。なお、彼女は在日韓国人三世とかで、日本人とは言え筆者の姓(癲砲眛本人的でないため、ある種の親近感を覚えた次第だ。ひょっとすれば、お互いにルーツは同じかも知れないと思うと、彼女の益々の活躍を祈念せずには居られない心情になる。

 

 

   (右より左へ)星野さん、  世界の人形館で伊藤さんを

      尹さん、筆者     囲んで左が筆者、右が関市議

 

 また、後半のイベントは、大震災の語り部として活躍する南三陸ホテル「観洋」の第一営業次長、伊藤 俊さんの教訓で彩られた興味深いトークで締めくくられた。なお、上映会の直前に、伊藤さんに世界の人形館をご見学頂いたが、いささかでもお役に立ったのであろうか?いずれにせよ、近々現地に出向いて激励し、東北の震災復興のささやかな一助に貢献したいと念じている。

 

(後記)

 三月のひまわりの代表理事、星野真弓さんのご両親が遠路わざわざ筆者を訪ねて来られた。用件は上記上映会で、スポンサーである筆者に礼を尽くさなかったとしてお詫びに来られたのだ。腰のいお似合いのご夫婦から、筆者が大好きな美しいお花などを頂戴した上に、幣著書までお買い上げ頂く丁重な気配りに却って恐縮した次第である。

 子はいくつになっても、親にとっては子なのであろう。子を想う親御さんの愛情に、ついほろりとさせられた。このお返しとして、今後とも三月のひまわり主催のイベントを資金的に支援して

   世界の人形館でのご両親と筆者

行く旨をご両親に伝えた。その後、近くの回転寿司店で、昼食を共にしながら歓談してお別れした。(2月8日) 

 

               ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

 上記著書『トラベル・イズ・トラブル安全な旅は退屈だ!!

ルネッサンス・アイ 1,300円+税 のお買い求めは、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。

 

   

 

お問い合わせ:
世界の人形館 
TEL 04−7184−4745
         E−MAIL  
ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

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竹田JOC会長の訴追はゴーン逮捕・長期拘留への報復!?
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 世界を舞台にした報復合戦と言えば、最近ではアメリカと中国が覇権争いを続ける熾烈な貿易摩擦があるが、今度は我が日本とフランスによる報復合戦が繰り広げられそうである。ヘタをすれば、両国間の外交問題にも発展しかねない雲行きだ。本日(11日)フランスの司法当局が、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの招致を巡る贈賄疑惑で、日本の招致委員会の委員長で日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長を訴追する手続きを開始した。同会長の疑惑は、少なくとも2016年5月の時点で捜査が行われた事実がある。

 日本の招致委員会は、国際陸上競技連盟(IAAF)前会長で国際オリンピック委員会(IOC)委員でもあるラミン・ディアク氏の息子と関係が深いシンガポールのコンサルタント会社、ブラック・タイディングズ社(BT)に2013年7月と10月に、合計約2億3000万円を振り込んでいた。ちょうど東京五輪招致が決定したのは2013年9月7日のため、その前後の多額の入金につき贈賄があったのではと疑われていた。しかも、BT社への支払金の一部が、オリンピック招致に関するフランス国内での汚職やマネーロンダリング(資金洗浄)に使われたとの疑惑があるようだ。

 

 その後、疑惑報道は続いたものの訴追の動きは特に無かった。それが最近になって捜査の再開が表面化した訳だが、竹田氏は昨年12月10日にフランスの司法当局から事情聴取を受けたという。一方、日産自動車のカルロス・ゴーン前会長は、昨年11月19日東京地検特捜部に逮捕された。さらに12月10日は金融商品取引法違反の容疑で再逮捕の当日で、同日午後には特捜部が特別背任で追起訴している。この絶妙とも言えるタイミングでの捜査開始は、ずばりゴーン氏逮捕と長期拘留に対する報復と受け取らざるを得ない。
 因みに、国際政治の世界では自国民が不当な理由で他国に拘束されたと見做したら、報復するのが鉄則とされる。沈静化していた贈賄容疑の捜査が今になって訴追手続きに入ったことは、日本側に強烈なカウンターパンチを見舞ったことになる。当然の事ながら日本政府は表向きは否定し平静を装うであろうが、フランス政府からのお返しのメッセージと捉えるのが常識であろう。ゴーン氏が日本側の人質になっているのに対し、フランス側は竹田氏を見返りの人質として確保したいのであろう。

 上述のような「目には目を」式の報復の応酬は、実は国際政治の世界では日常茶飯事である。最近でも、中国の通信機器大手、ファーウェイ(華為技術)の最高財務責任者がアメリカの要請でカナダで逮捕されたことを受け、中国は同国内にいるカナダ人の元外交官やビジネスマンを拘束した。また、昨年12月にロシア人女性がスパイ容疑によりアメリカで有罪になると、ロシアは同月にアメリカ人男性を同じくスパイ容疑で拘束した。

 なお、相手国の国民を同じ程度の容疑を理由にして拘束することは、関係国間の事態を悪化させないための最善策とも言われる。竹田氏JOC会長も、先述の通りゴーン前会長と同じく他国の関係者への資金提供が不正として疑われている。過去の事態収束の例を参考にし、日本側は現実的且つ迅速な対応が迫られよう。具体的には、先ず東京地検特捜部は一刻も早くゴーン容疑者を釈放し、日仏間の不協和音を解消すべきであろう。日本の常識が世界では非常識になることが多いのを忘れてはなるまい。

 

 結論として、日本政府としては、ゴーン容疑者の件は世耕経済産業大臣と山下法務大臣、竹田JOC会長の件は櫻田五輪大臣、外交問題に発展すれば河野外務大臣に絡む広範囲な事案になり、安倍政権にとり真摯な対処が求められるであろう。

 

(追記)

 本日行われた記者会見で、竹田氏JOC会長は贈賄関与を否定した。しかし、会見はわずか約7分間だけで終わり、フランス司法当局が調査中との理由だけで質疑応答は一切受け付けなかった。これでは説明責任を果たしたとは言えず、海外メディアの不信感は益々増幅し、日本側にとっては決してプラスにはなるまい(1月15日)。

 

           ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇ 

   ☆☆☆ 映画『一陽来復』上映会&トーク ☆☆☆


 筆者が運営しているプライベート・ミュージアム「世界の人形館」のファンは実に多彩で、刺繍家の星野真弓さんもその一人です。彼女が代表理事を務める「一般社団法人 三月のひまわり」が主催する東日本大震災関連の映画上映会を、世界の人形館が唯一のスポンサーとして支援します。

 

日時: 2019年2月2日(日) 13:30 開演

        (13:00開場)

場所:我孫子市けやきプラザふれあいホール

アクセス:常磐線・千代田線 我孫子駅南口徒歩1分

入場料:1,000円

 

              

 

 酷寒の折柄ですが、是非ご来場下さい。お待ちします。

なお、チケットをお求めの方は下記の所へご連絡下さい。

三月のひまわり(星野)TEL 03−5652−1561 

    または

世界の人形館  (癲TEL 04−7184−4745 

               E−MAIL  ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

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平成最後の新年と「世界の人形館」に想う
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     謹 2019年(平成31年)!
           A Happy New Year !

                 新年好!

                Feliz Año Nuevo ! 
                         Selamat Tahun Baru !
                         नया साल मुबारक हो !
                                   ! 
كل سنة و أنتم بخير

 

 亥年の元旦のお天気は今年もよく晴れ、しかも無風に近く比較的暖かかった。我が家(マンション)のルーフバルコニーでは、例年であればサザンカが咲き乱れるのだが、本年は開花する兆しが全く無い。何故だろうか?半世紀も連れ添った妻が不治の病とされる認知症で2015年6月に長期入院以降、強いられている不便この上ない独居生活もついに5年目に入った。訪れる人も無く、安寧で静かではあるが孤独な年末年始であった。

 孤独な年末年始と言えば、ゴーン日産元会長をふと想起した。拘留が度々延長され、寒かろう拘置所で過ごし越年した。かつて絶頂期にあった同容疑者から見れば、地獄に突き落とされた様なものであろう。娘の話では体重が9kgも減った由だが、もう少し人道的な見地から然るべき配慮があってもと思うのだが・・・。

 

  

      遠くに筑波山を望む  サザンカの代わりに人形館

                                                  で鮮やかに咲くハイビスカス

 

 加えて筆者は、一昨年11月の前立腺肥大の手術からちょうど1年、不覚にも昨年11月には大腸がんの手術を余儀なくされた。かなり進行していたため、手術後も抗がん剤治療を続けている。この治療を始める前に副作用のことを聞かされていたが、実際に始めてみると想定外の副作用に悩まされている。しかし、人生100年時代の世相下、長生きしたければ我慢するほかないであろう。

 

 一方、世界に目を向けて見ると、不透明な世界経済が気懸りである。年の暮れも押し迫った昨年12月30日に11ヵ国が加盟するTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が正式に発効した追い風もあるが、全般的には逆風が吹くのが懸念される。昨年末の世界株安の後遺症や、一時休戦状態の米中貿易摩擦、と言うより貿易戦争の再燃などの諸問題があるからだ。

 我が日本では安倍長期政権は7年目に入り、批判が多い一強体制が続くようだ。だが、得意と言われる外交は、頻繁に外遊を繰り返しジャパンマネーをばら撒くだけで、一向に成果や実績を上げていないのが腹立たしくてならない。今年こそロシアとの北方領土問題や北朝鮮の拉致問題が具体的に進展、或いは決着するのであろうか?

 

 さて、新年早々から鬱陶しくて重い、しかもプライベートな話になり誠に恐縮だが、筆者にとって本年も厳しい見通しである。80歳代になり2年連続して手術をしているだけに、特に終活の加速が喫緊になろう。その要となるのが私ことワールド・トラベラーが社会貢献のためにと無料公開しているプライベート・ミュージアム「世界の人形館」の行く末である。

 現況などについては、詳述した2017年12月2日付け幣ブログ『「世界の人形館」の近況−多様な来館者を迎えて』と違い、最近は更に来館者が減っている。今も入院中で且つ終末期を迎えている妻のことを想うと、積極的に来館者を受け入れる気持ちになれず、またその体制にもなっていない。往時の盛況ぶりに比べれば、閑古鳥が鳴き開店休業に近い侘しい趣だ。

 

 しかし、たとえ体調が悪くても、或いは妻の見舞い・介護などで多忙でも、来館希望があれば受け入れだけは続けたい。ささやかながらも世界の人形館という舞台を通し、我が国の真のグローバル化推進の一助になりたいとの想いが今も強いからだ。また、世界最大の旅行サイト、トリップアドバイザーの口コミ情報で、我孫子市の美術館・博物館ベスト10の5位にランクされており、この口コミで来館する見学者が意外に多い。

 とは言え、以前は年の割には元気者と言われた筆者も寄る年波を考えると、早晩は人形館を次代の誰かに引き継がねばならない。身内に継承者がいそうでないだけに、最悪の場合は店仕舞いになるかも知れないが・・・。もちろん本件の対応に就き、今まで放置していたり、或いは無策だった訳ではない。それなりに努力はしたのだが・・・。実は有力な引き受け手候補と思しき個人や団体などに接触してきたが、なかなか後継者が決まらないのだ。

 

             −−− 世界の人形館 −−−

  

       メインホール       オリエントルーム

 

 その理由は種々あるようだが、最大の原因は、プライベート・ミュージアムから想像も出来ないほど、所蔵品が多すぎることであろう。世界の民俗人形の2000体以上をはじめ、膨大な数の世界の紙幣とコインなど、合計すれば数万点、いや十数万点にも及ぶ膨大なコレクションだ。立派な博物館並みに展示するなら、体育館ぐらいの広さが必要とするため尻込みするらしい。

 

 本ブログの愛読者、或いはその関係者の中で「世界の人形館」を引き継ごうとの結構な篤志がある方がおれば、ご遠慮なく手を挙げて頂きたい。そのために、先ずは下記の通り当館にお問い合わせ頂き、出来ればご観覧下さい。お待ちしています。

 

TEL:04−7184−4745

携帯:090−8726−5599

Eメール: ko-yasu@maple.ocn.ne.jp  

 

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| 世界の人形館 | 17:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
ワールド・トラベラーが選んだ2018年の重大ニュース
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 認知症で4年目の入院生活を送り、終末期を迎えXデーの到来を待つ妻の見舞い・介護で忙殺された一方、不覚にも自らも大腸がんの手術を余儀なくされ多難であった2018年も、あと1週間を残すだけの平成最後の師走となった今年も国内外で様々な事件があったが、特に グローバル時代のトラブルを象徴するような日産と仏ルノーの主導権争い、29もの台風が発生した台風の被害、スポーツ界の不祥事、国会での紛糾などが忘れ難い。例の如く272ヵ国・地域を旅した私ことワールド・トラベラーの独断と偏見に基づき、2018年の重大ニュースを列挙し回顧しよう。

 

史上初の米朝首脳会談が行われ緊張緩和が進む

 6月12日にアメリカのトランプ大統領と北朝鮮金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が、シンガポールで史上初となる米朝首脳会談を行った。両首脳は会談後、金正恩氏が「完全な非核化」に取り組み、トランプ氏が体制の「安全の保証」を約束するとした共同声明に署名した。朝鮮戦争(1950年〜53年)以来、敵対関係にあった米朝両国の首脳が直接会談し、非核化を明記した文書をまとめた意義は大きい。

 しかし、非核化の進め方や検証方法などで合意に至らず、具体性に欠ける内容ともなった。会談後にアメリカのポンペオ国務長官は何度も訪朝し、非核化の工程表や検証方法につき交渉したが、一進一退の状態が続く。現時点では技ありで、北朝鮮が優勢と見るべきであろう。詳細は5月16日付け幣ブログ『史上初の米朝首脳会談が開催されるシンガポールの今昔』参照。

 

日産のゴーン会長を逮捕

 11月19日に東京地検特捜部は、高額過ぎるとされる役員報酬を有価証券報告書に過少記載していたとして、日産自動車会長のカルロス・ゴーン容疑者ら代表取締役2人を金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)の疑いで逮捕した。日産が捜査に協力する代わりに刑事処分を軽くする司法取引が適用され、ゴーン容疑者は日産と三菱自動車の会長職を解任された。日産はフランス政府が筆頭株主を務める同国のルノーと、三菱自動車との3社連合を組む。だが、規模の小さいルノーが出資比率で優位に立ち、日産とルノーの間で摩擦が生じていた。

 東京地検特捜部は12月10日に2人の容疑者と日産を同法違反で起訴し、さらに21日には、ゴーン被告を特別背任容疑で再逮捕した。しかし、前会長は一貫して容疑を否認し続けているとか。拘留は越年の見通しだが、我が国の拘留の長期化と言うやり方が果たして人権などに配慮しているのか、国際的には問題になろう。詳細は11月24日付け幣ブログ逮捕されたゴーン前日産会長を育んだレバノンを懐かしむ(1)参照。

 

タイの洞窟で少年ら13人全員救出

 7月10日までにタイ北部のチェンライのタムルアン洞窟に閉じ込められていたサッカークラブの少年12人と男性コーチの計13人が救出され、遭難から18日目で全員が奇跡的な生還を果たした。少年らは6月23日に洞窟に入ったが、大雨による増水で出られなくなった。タイ当局に加えアメリカやイギリスの洞窟救助専門チームなどが加わり、懸命な捜索救助活動が行われた。詳細は7月5日付け幣ブログ『タイの洞窟で少年らが閉じ込められたチェンライとタイタンビカス開花

 

メジャー新人王に大谷翔平

 アメリカ大リーグの年間最優秀新人選手(新人王)が11月12日に発表され、アメリカン・リーグではエンゼルスの大谷翔平選手が選ばれた。日本選手ではイチロー外野手(マリナーズ)以来17年ぶりで、4人目である。同選手は、投手で4勝2敗、打者では打率2割8分5厘、本塁打22本、10盗塁を記録し、「ベーブ・ルースの再来」として話題となった。なお、10月に右肘を手術し、来シーズンは打者に専念する見通しのよう。詳細は4月9日付け幣ブログ『It's Sho-Time ! 「二刀流」の大谷翔平選手が活躍するロサンゼルスの想い出』参照。

 

南北首脳会談、朝鮮半島非核化で合意

 4月27日に韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が、軍事境界線上の板門店(パンムンジョム)にある韓国側施設「平和の家」で初会談したが、2000年、2007年に続く3度目の南北首脳会談だった。両首脳は「朝鮮半島の非核化」を目指すとした板門店宣言に署名し、6月に控えていた米朝首脳会談を前に南北の結束をアピールした。

 その後、両氏は5月26日にも板門店で再会談した。だが、アメリカと北朝鮮の非核化協議が停滞する中、本格的な南北経済協力や休戦状態の朝鮮戦争の終戦宣言は実現の目途は立たない。文氏は米朝の歩み寄りを促すため、9月に北朝鮮を訪れて正恩氏と会談したが、非核化の具体策など巡る米朝の溝は埋まりそうもない。詳細は4月28日付け幣ブログ『南北会談で想起した23年前の板門店と拉致問題で無力な日本外交』参照。

 

アメリカと中国の貿易摩擦が激化

 3月23日にアメリカのトランプ大統領は、鉄鋼とアルミニウムの輸入制限を発動した。これに対し、中国は4月2日、豚肉やワインなど米国製品への関税上乗せを実施した。さらに7月〜9月には、アメリカが合計2500億ドル相当の中国製品を対象に関税を引き上げ、中国もすかさず合計1100億ドル相当の米国製品への報復関税で対抗した。12月にブエノスアイレスで開催された主要20カ国・地域(G20)首脳会議に合わせて行われた米中首脳会談では、アメリカが日用品などの中国製品に対する関税引き上げを一時凍結することで一致した。これで両大国の貿易戦争は休戦した格好だが、このまま米中の覇権争いがすんなりと収束しないであろう。

 

平昌五輪で日本は冬季最多13メダル

 2月9日〜25日に行われた第23回冬季五輪平昌(ピョンチャン)大会で、日本は金4、銀5、銅4の計13個のメダルを獲得した。これは1998年長野大会の計10個を上回り、冬季で過去最多となった。特に注目を集めたフィギュアスケート男子では、羽生結弦選手が右足の負傷を乗り越えて連覇し、7月には個人として最年少となる国民栄誉賞が授与された。

 女子スピードスケートでは、小平奈緒選手、高木菜那と美帆の姉妹選手らが金メダルなどを獲得した。また男女を通じて日本勢初めてのメダルとなる銅メダルを獲得したカーリング女子(LS北見)は、北海道なまりの「そだねー」が、今年の新語・流行語年間大賞に選ばれた。詳細は4月28日付け幣ブログ平昌五輪とトンガ紀行』参照。

 

同時多発的に起きた西日本豪雨

 7月5日から数日間にわたり記録的な豪雨が西日本各地を襲い、死者・行方不明者は240人を超えた。豪雨災害としては、平成に入り最悪の人的被害となった。被害の特徴は、河川の氾濫や冠水、土砂崩れなどが広域で同時多発的に起きたことだ。住宅被害は全国で5万棟を超え、特に岡山・広島・愛媛の3県で6000棟超が全壊した。

 一方、避難指示・勧告の対象は最大860万人を超えたが、犠牲者の多くが自宅で被災し、避難所に足を運んだのは3万人に満たなかった。今回の災害でも全国からは多くのボランティアが集まる支援の輪が広がり、ピーク時には1日で約1万8000人が被災地に入り浸水家屋の片付けや土砂の除去などをした由。詳細は7月22日付け幣ブログ豪雨と猛暑をそっちのけの国会閉幕』参照。

 

(番外編)

櫻田大臣を表敬訪問

  12月14日に永田町の東京オリンピック・パラリンピック大臣室で、懇意にしている櫻田義孝大臣を表敬訪問し激励申し上げた。最近メディアでよく報道され、時には揶揄される大臣の素顔は、明るく気さくな御仁である。

筆者よりも一回り若いが、何かと波長が合う間柄だ。大臣就任祝いとして贈呈した地球儀と共に記念写真を撮ったが、地球儀を俯瞰しながら国家・国民を想い、世界を多角志向して頂きたい。詳細は10月2日付け幣ブログ『待望の大臣に就任した政治家との交流:櫻田大臣表敬訪問など』参照。 

 

 上記以外にもリストアップしたい重大ニュースが多々あるが、あとは読者の皆さんのほうで選んで頂きたい。そして、4月に元号が変わる明年は、今年よりも明るい話題が一つでも多い1年となるよう祈念したい。 

 

 I'll see you next year!    

 

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外国人受け入れ拡大で期待される国ベトナムの旅(2)
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 一昨日(10日)に閉幕した第197臨時国会では、最大の焦点であった外国人労働者の受け入れを拡大する改正出入国管理法など、政府が提出した法案全てが成立した。特に来年4月から施行される改正入管法の採決強行ぶりは正視に耐えないもので、明らかに審議時間不足の消化不良法案以外の何物でもない。いくら人出不足問題が喫緊とは言え、拙速主義の禍根を残したのではないかとの疑念は消えそうもない。

 この法案成立によって「特定技能」という新たな在留資格は、技能水準によって2段階になる。在留期限は最長5年で家族帯同が認められない特定技能1号と、在留期限は上限が無く免許制で家族帯同が可能な特定技能2号である。政府は5年間で最大34万5000人の受け入れを見込み、建設や介護など14業種を検討の対象とするが、下手をすれば「取らぬ狸の皮算用」にも成りかねない。

 と言うのは、我が政府が期待したほどの人材が集まらないリスクもあるのだ。人出不足は日本だけのものではなく、他のアジアの経済成長が著しい新興国などでも深刻で、人材の奪い合いが熾烈なようだ。外国人に求められる技能の中でも、彼らにとってハードルが高いのは日本語習得であろう。日本以外ではあまり使えない日本語ゆえに、むしろ日本を敬遠して他国で働きたいとの希望者が多いと聞く。

 

 さて、外国人材で特に期待されているのは、働き者のベトナム人であろう。外食で出かけて入ったレストランの多くでは、ベトナム人が甲斐甲斐しく働く。計画経済から市場経済への転換後は経済発展が目覚ましいベトナムは1994年9月、1996年10月、2002年12月の3度も訪れており、既に2017年3月2日の幣ブログ『天皇、皇后両陛下ご訪問のベトナムの旅(1)−古都ハノイとフエ』で紹介済みだ。今回はホーチミン以南の南部につき、触れてみたい。

 

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 サイゴン川沿いに広がるベトナム最大の経済都市ホーチミンは、フランス植民地時代のシックなコロニアル様式の建物が点在する情緒ある街並みを形成する。一方では、解放後の急速な発展による開発ラッシュで、どこも人、人、人、バイク、バイクで溢れエネルギーが充満する。観光のスタートはホーチミン市人民委員会庁舎 の公園広場がおススメだ。通称ホーチミン市庁舎は1908年に当時のサイゴン市庁舎として建てられ、優雅なフレンチコロニアル様式の建物は観光客に人気がある。建物正面前の公園広場には建国の父ホー・チ・ミン像が設置され、腰かけた「ホーおじさん」と寄りそう少女の像が立つ。

 

 

    ホーチミン市人民委員会庁舎         庁舎前の公園広場

 

 この公園からサイゴン川に向かって東に延びるメインストリートがグエンフエ通りで、この通りの北側を平行するのがドンコイ通り。土産物店やレストランなどが多く、散策にも良い。市庁舎から約700m西に行くと統一会堂(旧大統領官邸)がある。1966年築のかなり豪華な建物は、南ベトナム政権時代に独立宮殿と呼ばれた旧大統領官邸だ。1975年4月30日に解放軍の戦車が官邸に無血入城し、ベトナム戦争は終わった。大統領作戦室で記念撮影した。ここから北西500mほどにあるのが、1880年に建てられたネオゴシック様式が見事なサイゴン大教会だ。尖塔の高さ58が、実際よりもひときわ高く見える。この大教会の対面にあるのがサイゴン中央郵便局で、パリのオルセー美術館はモデルにしたと言われ、内部の半円形の天井が素晴らしくクラシックな雰囲気を醸し出す。

 

   

        旧大統領官邸      サイゴン大教会前の筆者  

 

 市の中心部から西へ約5m行くと、在ホーチミンの華僑の大半が住むチョロンというチャイナタウンがある。見どころは1914年に完成したチョロン最大の中央市場、ベンタイン市場だ。生鮮食品、繊維、雑貨など品揃えが豊富で、ベトナムにいながら中国のムードが漂う。街にはいくつかの仏教寺院があるが、南部ベトナム一の規模を誇るのがヴィンギエム寺(永源寺)で日本とも縁が深い。日本留学の僧が開いた寺は1971年と新しいが、、石段を上がった右手にある「平和の鐘」と称される鐘楼は日本の曽洞宗の寺から寄贈されたもの。ベトナム伝統の一つとして知られる水上人形劇はロンヴァン水上人形劇 を鑑賞した。会場は統一会堂の西側にあり、初めて観るショーに魅入られた。

 

 

  ベンタイン市場を散策         水上人形劇

 

 市庁舎前の公園からメインストリートのレロイ通りに出て約200m北上すると、繁華街ドンコイ通りと交差する近くにサイゴン・オペラハウスとも呼ばれるホーチミン市民劇場がある。1900年にオープンした建物はやはり フレンチ・コロニアル様式で、パリのプティ・パレ美術館に似たファサード(建築物の正面部分)がひときわ目立つ。市民劇場からサイゴン川に向かう途中で、色彩溢れるユニークな建物が目に入った。黄色の壁に囲まれたヒンドゥー教寺院のスリ・タンディ・ユッタ・バニで、中に入ると青やピンクの世界が広がる。回廊の柱には神様を描いた絵があり、壁や床に貼られたアンティーク調のタイルが美しい。サイゴン川に出るとそこは港になっており、約2時間のクルーズを楽しんだ。ハイカラな船上ホテルがある一方、今も水上集落に暮らす貧しい人たちの姿も見かけた。

 

 ホーチミンから車で国道1号線を南西に向かう事およそ2時間、メコン川クルーズの拠点となるメコンデルタ河口の町ミトーに着いた。竜眼やマンゴーなど果物の産地、或いは米粉で作られるフーティウ麺の本場として知られる。町の東側にあるミトー市場に少し寄った後、船乗り場から小さなモーター付きの木造船に乗り込みメコンクルーズに出かけた。全長4000km、遥かチベットを源流に持つメコン川が長い旅路の末に辿り着くのがベトナム南部である。この地域を流れる頃には川幅はなんと3kmほどにも及び、多くの支流を縦横に延ばす大河となる。日本ではちょっと体験できない大河の魅力を楽しめるのがメコン川クルーズだ。

 

 

   ミトー付近のメコン川   ジャングルクルーズを楽しむ

 

 両岸のジャングルを眺め、のんびりと川風に吹かれ茶色く濁ったメコン川の雄大な流れの中を行く。その間甘いココナッツのジュースを飲みながら、寛ぐのがなんとも心地良かった。メコン川の周囲ではココナッツの栽培も盛んで、そのヤシやマングローブの林を小さな手漕ぎボートでくぐって行くのが熱帯ジャングルクルーズ。覆いかぶさるようなヤシの葉の中をくぐって行く一方、観光客を載せた小舟が次々とやって来るので、衝突しないように避けながら進んで行く少々リスキー体験が楽しめる。その後は中州にあるタイソン島に上陸し、果樹園を散策した。島のレストランでは、パイナップル・バナナ・竜眼・ランブータン・ドラゴンフルーツなど色々なトロピカル・フルーツ付きのランチを堪能した。 

 

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 現行の技能実習制度では、実習生を送り出す国での悪質なブローカーの暗躍が問題になっている。この点では先輩格の韓国を見習うべきであろう。政府間で情報を共有し、悪質ブローカーが関与した労働者は入国させないシステムが確立しているからだ。

 

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| 世界の旅−アジア | 12:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
移民キャラバンの中心国・ホンジュラスの旅
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 国内では外国人労働者の受け入れ拡大を目指す出入国管理法が衆議院で強引に可決され、参議院で審議中だが、この法案が移民法ではないかと懸念する向きもある。一方国外では、1万人近い移民キャラバンがアメリカを目指しているのが話題になっている。中米諸国からアメリカへの移民を目指す移民キャラバンという一団を、15年ほど前から移住労働者を支援する非営利団体が案内してきた。

 貧困や治安悪化などから逃れようとアメリカとメキシコ国境に移動し難民申請する訳だが、これまでの参加者は数百人〜千人と小規模であった。そのうちアメリカとの国境に到達するのは1割程度に過ぎず、しかも難民申請が認められるのは僅かで大半がメキシコに残留するとの由。

 

 今年は10月13日に出発したホンジュラスの先頭グループをはじめ、エルサルバドルからもキャラバン参加が加わり、グアテマラやメキシコを経てアメリカ国境を目指している。既に先頭集団はアメリカと国境を接するメキシコ北部の町ティファナに到着し、高さ6mほどもある高い国境の壁をよじ登り不法入国を試みる

(写真)が、アメリカ側は排除に懸命だ。自国第一主義を唱えるトランプ政権は国境管理を強化しており全米から集めた約5000人の兵士を配し、後方で国境警備隊をサポートする。

 しかし一方では、移民労働力に依存してきたアメリカ経済への影響を懸念する意見もある。と言うのは中米諸国からの移民は、アメリカの農園などで貴重な労働力になってきたのだ。トランプ大統領の厳しい政策は、アメリカ国内に数多くいるメキシコ系移民にも多大の不安感を与えている。さて、筆者は移民キャラバンの中心になっているホンジュラスを、19981年と2000年12月に訪れている。その旅の模様を紹介しよう。

 

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 ホンジュラスの面積は日本の約3分の1の11万2492k屐⊃邑は約740万人。中米では珍しく内戦が無かった国だが、中米ではニカラグアと並んで最も貧しい国である。産業の中心は農業で、高原地帯で生産されるコーヒーの多くは輸出され、バナナの生産やエビの養殖も盛んだ。

 

 首都テグシガルパは海抜990mのテグシガルパ谷中に位置し、朝晩は少し寒いくらい冷える。丘が多くて細い坂道が続き、家々がびっしり建て込むさまは、ペルーのクスコを10倍ほど大きくした感じだ。壮麗な教会群が目立つ街中は、クリスマスをひかえて活気があった。コロニアル調の建物が多い街の中心は、立派な外観のカテドラルが建つ中央公園だ。このカテドラルの見どころは、スペイン・コロニアル芸術の傑作と言われる細工が美しい祭壇である。

 

       −−− テグシガルパ −−−

 

     市街地を俯瞰        カテドラル前の筆者

 

 中央公園から北西方向に歩いて約5分の所に建つドローレス教会も、なかなか優美である。この両教会の周辺はホテルやレストランの多い商業地区で、華やかさがあり賑わう。新市街から南下してチキート川を渡ると旧市街に入るが、川に架かる橋のたもとなどが風情があった。家々が建て込んで坂が多い市街地を一望するなら、街の北外れにあるピカッチョの丘が一押し。丘の上からの眺望が素晴らしく、カフェや小さな動物園があるので市民憩いの場でもある。

 

   

 中央公園で地元民と交流     チキート川に架かる橋

 

 郊外では、街から東へ車で40分ほどにあるバジェ・デ・アンヘレスが見逃せない。名前の通り天使が住んでいるような感じの穏やかな町で、標高1310mの高原にありテグシガルパに比べるとヒンヤリする。民芸品の里として素焼きの食器など素朴な味わいの民芸品が売られ、のどかな佇まいが良い。

 

                      −−− バジェ・デ・アンヘレス −−−

 

 

 ホンジュラスのマヤ遺跡と言えば、西部にあるコパン遺跡が一押しだ。グアテマラとの国境からわずか10kmほどにあり、代表的なマヤ文明都市遺跡で石碑や神殿階段装飾が見事だ。最盛期は西暦450〜800年頃と言われ、何よりも遺跡を有名にしているのは深い彫りの美しい彫刻群だ。遺跡に入ると、まず、広々としたグラン・プラザという広場に出る。ここには多くの石碑が置かれているが、大半はコパンの絶頂期の18ウサギ王(695〜738)が建てたもの。彫りの深い立体的な石像(ステラ)が数多く作られ、特にステラBが、双頭の蛇や亀などの祭壇と共に興味深く見応えがある。

 広場の南側には球戯場があり、日本の蹴鞠のようなボクアトクという奉納競技がプレーされたとか。この球戯場の東南に高さ約30mの神聖文字の階段 があり、コパン朝の歴史絵巻が2500余の象形文字刻まれている。この階段の南にあるアクロポリスを通り過ぎて更に南に進むと、西広場に出る。その一角にある祭壇Qと呼ばれる四角い石の彫刻は、マヤ暦に関するものと言われる。

 

 

 コパン遺跡:ステラB     コパン遺跡:球戯場

 

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| 世界の旅−中米・カリブ海 | 13:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
逮捕されたゴーン前日産会長を育んだレバノンを懐かしむ(1)
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 ゴーンショックというトランプ大統領も影が薄くなるほどの経済事件が、連日大きく報道されている。コストカッターとして名を馳せ日産自動車再生の救世主と言われたカルロス・ゴーン代表取締役会長が、腹心のグレッグ・ケリー代表取締役と共に、金融商品取引法の違反、つまり有価証券報告書の虚偽記載容疑で東京地検特捜部に逮捕されたのだ。同容疑者の約10億円という高額の役員年報酬については以前から賛否があり、直近の過去8年間だけでも約80億円の過小申告があったよう。因みに、ゴーン容疑者に対する容疑は、日産社内の内部通報に基づき固められ、司法取引を利用した由。 

 加えてジーア(Zi-a)という子会社を

通してブラジル・リオデジャネイロ、レバノン・ベイルート(写真)、フランス・パリ、オランダ・アムステルダムに約20億円の高級住宅を購入させ、無償で提供を受けていたなど、他にも絶対的な権力をバックにして過度の

 公私混同があったとされる。これを受けて 日産自動車は一昨日(22日)に臨時取締役会を開き、ゴーン容疑者の会長職を解任して代表権を外し、ケリー容疑者の代表権も外すことを決めた。また、兼務している三菱自動車の会長職も、近々開かれる臨時取締役会で同様の提案がされる見通しである。

 

 しかし、ゴーン容疑者が会長兼最高経営責任者(CEO)を兼務するフランスのルノーは、取締役会でCEO職の暫定的な代行を置くことにしたものの、会長兼CEO職の解任は見送り、日本側の日産と三菱自動車と対応が全く異なっている。また、ルノー側はむしろ同社に統合されるのを嫌う「日産のクーデター」と捉えている様で、ルノーに15%出資し最大株主であるフランス政府もマクロン大統領が乗り出すなど、かつて国営企業であった同社を擁護する動きがある。

 因みに、約20年前の日産は倒産寸前であったが、ルノーの出資を仰ぎゴーン前会長が最高執行経営者(COO)として派遣され、同社の傘下に入り更生を図った。その後日産は前会長の強力なリーダーシップの下、V字回復して2003年には2兆円の負債を完済した。更に2017年には、ルノー&三菱自と合わせた世界販売台数は1060万台超と世界一を達成した。 なお、ルノーは日産に43%出資して議決権を持つが、同社の売上高は日産の6割ほどに過ぎないねじれとなっており、このねじれがルノーと日産の主導権争いの主因になっているのでは?

 

 今回の事件の主役になっているゴーン容疑者が、ブラジル・フランス・レバノン3ヵ国の国籍を持つ多重国籍者であることも興味深い。1954年にブラジルで生まれ、約10年間の少年期はレバノンで育ち、その後フランスのパリで学び、フランスの大手タイヤメーカー、ミシュランに入社後ルノーにスカウトされた経歴を持つ。両親はレバノン人で、現地名の発音はゴーンでなくゴスンで、高名な一族として知られる。1974年〜1977年に近くのクウェートに商社マンとして駐在経験のある筆者は、レバノン人と取引した事もあり彼らの商才を熟知している。

 カリスマ性を感じるオーバーアクション気味の言動と、英仏語やアラビア語など数か国語を操るバイリンガルは正しくレバノン人である。更に遡れば海上交易に従事し、優れた商人であったフェニキア人の末裔である。クウェート駐在時代に彼の祖国とも言うべきレバノンへ8度も出張しており、リタイア後の2000年6月と2005年1月にも旅しており、中東諸国の中でも大好きな国の一つだ。イスラム教徒が圧倒的に多い中東では、珍しくキリスト教徒も多い多様なモザイク国家である。かつて「中東のパリ」と称えられた美しき首都ベイルートと、その郊外を紹介しよう。

 

   ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 

 1970年代中頃までのベイルートは政情が安定し、冬は温暖で夏もあまり暑くなく、嬉しい事にお酒も飲めるため日本の駐在員が多数住んでいた。当時担当していた取引先の合繊メーカー(東レ)の中東事務所がベイルートにあり、クウェートから打ち合わせのために年に数回も出張した。実は打ち合わせとは表向きで、勤務地のクウェートが禁酒国で娯楽も少なく、戒律が厳しいイスラム教国から一時的に逃避するのが主目的の出張であった。また時々家族(妻・長男・次男)を引率して旅行した。

 レバノンの面積は岐阜県と同じ10400k屬閥垢い、荒涼たる砂漠が多い中東では珍しく緑が多い。2000〜3000級のレバノン山脈とアンティレバノン山脈が、地中海沿いとシリアとの国境近くを走る。気候は地中海性で、一年中さんさんと陽光が降り注ぎ快適そのものだ。その歴史もアルファベットが生み、ギリシアやローマ以前に

      港よりレバノン山脈を望む

フェニキア人が活躍した輝かしい時代を持つ。

 20世紀後半に油開発ブームが到来すると、周辺の中東産油国のサウジアラビアやクウェートなどがレバノンに多額の投資をしたお陰で、中東最大の金融センターに成長した。小国とは言え実に変化に富み多様性がある、魅力満載の観光立国であった。しかし、宗教的に複雑な「モザイク国家」は、1975年頃から始まった内戦で美しい町並みや国土が無残にも破壊されてしまった。
     

 南ヨーロッパの港町を彷彿させるような開放的なベイルートは、西側は紺碧の地中海沿いの海岸、東側は「中東のスイス」と呼ばれ冬には冠雪して白銀の世界となる山岳地帯が広がる。街はイスラム教徒が多く住む西ベイルートと、キリスト教徒が多い東ベイルートに大別されるが、見どころは西ベイルートの方が多くて面白い。例えば、ラウシェ地区の地中海沿いの風光明媚な海岸通りコルニーシュには、多くのカフェやレストランが並んで活気があり、陽光あふれる南欧風の開放的なムードが漂う。この近くにはベイルートのランドマーク、鳩の岩と呼ばれる2つの巨大な岩がある。真っ青な地中海に立っており、記念撮影には絶好のポイントだ。

 

  

 地中海に面した ベイルート俯瞰 海岸通りコルニーシュで長男・次男と 

 

    −−−ベイルートの名所・地中海に浮かぶ鳩の岩−−−

 

1975年家族(妻・長男・次男)と   2005年に訪れた筆者

 

 ほかに、見逃せないスポットとして、ショッピングのメッカとして賑わうのがメインストリートのハムラ通りでホテルなども集中しており、かつては夜のお相手もしてくれるヨーロッパの女性たちが多い歓楽街でもあった。また、白砂海岸ラムレッタル・バイダ、庶民的な下町バルビール、内戦時(1975年〜1990年)は戦場になり往時の面影がほとんど残らない旧市街(エトワール広場、ローマ浴場跡、マロン派教会、マーサー広場)などがある。一方、東ベイルートは、教会が点在し高級住宅街が続くが、観光面では若干魅力を欠く。

 

 郊外は市内から北へ約24kmにあるカジノ・ドゥ・リバンは、ヨーロッパ的な雰囲気が漂う。豪華なショーが名物で、特に巨象が舞台をのっしのっしと歩き迫力満点だった。南48kmほどにある宮殿ベイト・エディーンはシューフ山地の中に静かに佇む。19世紀にレバノンを統治した支配者が建てたものでイスラム伝統建築の集大成として知られ、訪問当時は大統領の夏の宮殿として使われていた。中央に噴水のある中庭が美しい宮殿に囲まれ、ハマーム(浴場)の装飾が素晴らしく、宮殿内にあるモザイク博物館も見逃せない。

 

   

     エトワール広場        下町バルビール

 

 

ハムラ通り付近を長男と次男と共に    ベイト・エディーン

  散策中に地元民に囲まれる   

 

 豪華で魅惑的なカジノとショー、海と山の幸が堪能できオレンジが最高に美味しいグルメ、すぐかっとなるが開放的でお人好しなレバノン人気質、商売上手なレバシリ商人など、今となれば夢物語のような楽しい思い出ばかりが懐かしく残像のように残る。

 

   ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 

  東京地検特捜部の厳しい取り調べに対し、逮捕されたゴーン前日産会長は徹底的に容疑を否認するであろう。だが、前会長の私物化は日を追うごとに明らかにされ、約40億円のストック・アプリシエーション・ライトという株価連動報酬(SAR)も有価証券報告書に記載していなかった様だ。

 今後フランス政府を巻き込んで紛糾すれば、場合に依っては日本とフランスの外交関係にも影響しよう。日産とルノーの両社は生産と部品調達の統合や経営合理化を業界では前例のないレベルまで進めてきただけに、提携を解消するという「離婚」は極めて至難であろう。クリスマスを間近に控え、今後の成り行きが注目される。

 

後記

フランスのルノーはカルロス・ゴーン被告の会長兼最高最高経営責任者(CEO)職の辞任を24 日に承認し、後任にタイヤ大手のミシュランCEOのジャンドミニク・スナール氏が就任した。これで日産・三菱・ルノー3社すべての会長職を辞したことになり、裸の王様同然になった同被告は今後どのように反論するのであろうか?(2019年1月26日)

カルロス・ゴーン被告が保釈金10億円を納付し、逮捕から108日ぶりに東京拘置所から保釈された。東京拘置所から出てきた姿はマスク・眼鏡・作業着を着用して変装しており、かつてのカリスマ性のある剛腕経営者のイメージからかけ離れたものであった。敏腕の弁護士らによる最強弁護団 vs 検察との対決は、被告が真っ向から容疑を否定するだけに、その去就が国内外で注目されよう。(2019年3月6日)

 

                                 ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

無料講演を引き受けます。

  私ことワールド・トラベラーは講演・講義を全国各地で行っています。主目的は地域や街の活性化と真の国際化推進、そして三流とも揶揄される日本外交再生などの一助です。そのために世界に関することであれば、旅行、文化芸術、宗教、歴史、政治や外交に関する国際情勢、グルメ、環境、経済や産業などジャンルを問わずワールド・トラベラーとして恥ずかしくない講演をします。しかも272ヵ国・地域を旅した実体験をベースに、他人様の情報をコピペ(切り貼り)しない異色のノンフイクションをありのままにお話します。
 ご希望があれば、ご遠慮無くお申し出下さい。因みに、慈善活動のため謝礼は一切不要ですが、ご希望の主旨が筆者の平和的な理念などに反する場合は勝手ながらお断りすることもあります。予めお含み置き下さい。


                    ― ― ―  講演会風景 ― ― ―
  
 プロジェクターを駆使し講演     地球儀を前にして      満席の会場で熱心に聴講する
  するワールド・トラベラー       スピーチする筆者       多数の参加者たち 


お問い合わせ:世界の人形館 
                     TEL 04−7184−4745
      E−MAIL 
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