世界の人形館からの夢メッセージ

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ワールド・トラベラーの南極物語
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 私ことワールド・トラベラーの分身である世界の人形館の見学者から、”最も素晴らしかった海外旅行はどこですか?”との質問をよく受ける。これに対して間髪入れず、”文句無く断トツに南極です”と応答する。
 商社マンとしてインドネシアのジャカルタ駐在時代、1983年7月に公開され話題になった映画「南極物語」は、当時の日本映画最高配給収入59億円、観客動員数およそ880万人を記録するなどの大ヒット作品であったと聞く。ここでは筆者のささやかな南極の冒険物語をお話したい。
 
 北半球にある日本と違い、南半球にある南極の今頃(2月下旬)は夏の終わりに相当する。忘れもしないあの阪神大震災の翌日、1995年1月18日に南極へ旅立った。生まれて初めての未知の極地旅行で、胸が大いに高鳴るものがあった。
 中立的な南極条約によって人類が共有する国境の無い大陸、地球上で5番目に大きな大陸でもある南極。日本から1万4000kmも離れて雪と氷に閉ざされ、人を容易に寄せ付けない白い大陸に足跡を残し、大感動した秘境旅行であった。
 
 当時は今頃とほぼ同じ超円高時代で、米国の極地専門クルーズ会社に直接コンタクトして参加申し込みした。お陰で円高メリットを享受し、旅行費用は随分安くて済んだ。因みに、同社が運行する南極クルーズに参加した100人ほどの参加者のうち、日本人は筆者だけであった。

 さて、成田を出発してアメリカのサンフランシスコとマイアミを経由し、チリの首都サンチアゴに到着。同市内、北郊外の港町バルパライソ、ビーチリゾートのヴィーニャ・デル・マルなどを観光後、サンチャゴのホテルでクルーズに参加する多数の欧米人グループに合流した。 
 合流後は空路でチリのプンタアレナス経由でアルゼンチンの港町ウシュアイアに着き、ロシアの極地専用耐氷客船アラ・タラソワ号(3941トン)に乗船。船長をはじめ乗組員のほとんどがロシア人で、船内ではロシア語が英語に次ぐ公用語であった。出航後は南米大陸の最南端ホーン岬、荒天で恐れられるドレーク海峡などを通過し、一路南極大陸を目指した。

  
南極大陸が中心の南半球 クルーズ船アラ・タラソワ号   南極クルーズマップ 
                                         
 このクルーズで訪れたのは南米の突端から1000kmほど離れた南極半島の一帯で、最初の足跡を刻んだのは同半島の北西海岸沖合いに浮ぶトリニティ島。ウシュアイアから乗船して2日半が経過し、成田出発から数えると4日も要したことになる。
 日中のアクティビティは、ゾディアックという大型のゴムボートで上陸してペンギンやアザラシなどを観察した。船内では極地専門家より英語で、南極に関するアカデミックで様々な講義を聴き、久し振りに学生気分になった。夜になると暖かい2人部屋の船室で泊まり、相棒は年配のアメリカ人であった。毎日がエキサイティングな日課を繰り返し、船はひたすら南下を続けた。

 ジェンツーペンギンの楽園となっているクーバービル島、風光明媚なパラダイス・ベイなどを訪れた後、折り返して逆に北上した。南極半島沖合いに平行するように浮ぶ南シェトランド諸島の島々を回り、デセプション島では珍しい温泉体験をした。南極のような酷寒地で暖かい温泉があるとは想像も出来ないであろう。その後半島の東海岸に広がるウェッデル海に点在する島々を巡り、幼少時から憧れであった南極へのアドベンチャー・ジャーニーを無事終えた。

 帰路はまた難所のドレーク海峡を渡り、北上して1982年3月〜6月の英国・アルゼンチン間の紛争で有名になったフォークランド諸島に寄った。アルゼンチン本土から500kmほど沖合いの大西洋に位置する同諸島で、多数の大きなアホウドリなどを観察した。「阿呆(アホウ)」にもならず正常な精神状態で、空路でプンタアレナス経由サンチアゴに戻った。
 最後はプエルトモンなどチリ南部の寒冷なパタゴニア地方を駆け足で回り、サンチアゴからマイアミとサンフランシスコ経由で成田に着き帰国した。
       
 出会った主な動物は、先ず第一に産卵とふ化が終わったばかりのアデリーペンギン、ジェンツーペンギン、ヒゲペンギン、マカロニペンギンなどの親子たちの集団。ペンギンの仲間では最もお洒落なマカロニペンギンは体長70cm程度で、赤みがかったくちばしと頭部の鮮やかな黄色の飾り羽根が特徴である。いかにもイタリア男性のような気取った伊達男ぶりがひときわ目立つため、マカロニと呼ばれているとか。
 数万羽のペンギンが群がる大きなコロニー(繁殖地)に立ち入ると、糞の強烈な匂いが鼻を突き、絶えずお喋りしているようで騒々しい。因みにペンギンの主な餌はエビに似たオキアミで、クジラやアザラシの主食にもなっている。

    
 アデリーペンギン     クーバービル島海岸の     ミナミゾウアザラシ
                     ジェンツーペンギン繁殖地で
 
 第二は大きなものになると体重がなんと2〜3トンあろうか、巨体を持て余し大儀そうに寝そべるゾウアザラシだ。特に一夫多妻型で圧倒的に大きな体を持つミナミゾウアザラシのオスは、10〜20頭ほどが群がるメスグループの中で豪勢なハーレムを形成する。人類の男性諸君にとっては、なんとも羨ましい限りである。

 南極ではペンギンもゾウアザラシも人間を恐れることもなく、まるで仲間だとでも思っているように自然に振る舞う。人間様が彼らの生活空間にお邪魔していると言った感じは、これまで経験したことがほとんど無かった。それだけに野生動物との触れ合いは、実に興味津々で爽快でもあった。     
  
 これら野生動物との触れ合いのほかに、白い小山か小島のような氷山、時々轟音を立てて海に崩れ落ちる名も無き巨大な氷河、白い氷の山脈が連なる大パノラマ、幅がわずか400mほどしかなく絶景が続くルメール海峡、早朝のダイナミックなザトウクジラのホエール・ウォッチング、デセプション島での温泉入浴、毎日船内での食事に舌鼓を打ったグルメ、正装して楽しんだウェルカム・パーティーとスペシャルディナー、エステ体操やロシア語会話教室などのアクティビティ、欧米の乗船客と交流した語らい、大歓迎を受けた各国の南極観測基地の訪問、大揺れで船酔いした難所のドレーク海峡通過、最初は睡眠不足になった幻想的な白夜など、普通の旅行では得られない貴重な体験が多々あり、充実したクルーズを思う存分堪能した。

 1911年12月14日ノルウェーのロアール・アムンゼンが人類史上初めて南極点に到達したが、今では原則的に誰でも行ける時代になった。筆者が参加した南極クルーズを問題も無く楽しむための注意事項は次の通りである。
 クルーズ観光の時期(12月〜2月)は南極では夏になり、最低気温は摂氏マイナス約10度、最高0〜5度と心配するほど寒くはない。しかしブリザード(猛吹雪を伴う強風)が吹くと、体感温度は最高でも一気にマイナス15〜20度位まで下がるので要注意である。一面が白銀の世界では、ひときわ目立つ赤などの原色系統のパーカー(防寒服)も不可欠だ。またゾディアックボートを乗り降りする時には冷たい海水に足が浸かるので、防水性のゴム長靴が欠かせない。
 
 一方、クルーズ船内で最低2回の歓迎とお別れディナーパーティーがあるので、お洒落でフォーマルな服装を準備しておく方が望ましい。またデセプション島では南極唯一の温泉に入浴するチャンスがあるので、入浴希望者は海水パンツや水着を持参する必要がある。折角のチャンス、ぜひトライされては!。

  
  クーバービル島の海岸   デセプション島ペンダラム    荒れるドレーク海峡
  で遊ぶペンギン       ・コウブの温泉で入浴

 南極への旅は他の大陸にはない、まさにスケールが大きい神秘的な大自然紀行であった。同時に旅行出発前日に多数の死者が出た阪神大震災があり、大阪出身の筆者は関西に住む身内などの安否が気掛かりであった。一時は急遽南極行き断念も考えたほどで、生涯忘れ得ぬ旅でもあった。
 
 その後、1995年7月に北極点、1997年8月にカナダ北極、2003年8月にスヴァールバル諸島を訪れた。ほかに、グリーンランドは1997年8月と2003年8月の2回、アラスカは1995年8月と2000年1月の2回など、世界の極地を度々訪れたが、南極には遠く及ばないことを改めて実感した。
 因みに、1995年の北極点クルーズで、仲良くなったアメリカ人のクルーズ参加者より、ワールド・トラベラーという名誉な(?!)称号を頂戴した。以降はこの称号を活用し、ご利益が意外にあるので些か驚いている。

 数年前より筆者の海外旅行は激減しているが、それでも毎年欠かさず出かけている。お蔭様で現在まで245の国・地域を旅することが出来た。
 しかし、加齢のために確実に体力は低下する一方で、いつかは打ち止めにしなくてはならない。その最後を締めくくる旅になるのは、妻と一緒に旅するつもりのラスト・フロンティア、南極の再訪であろう。今から5年後の八十路の話になるかも知れない。
 
 結論を言えば、究極の外国旅行は南極の右に出るものは無いと言っても過言ではない。故に海外旅行好きの人には、口癖のように南極がイチオシとお勧めしている。きっと人生観、価値観、世界観などが一変するであろう。筆者も南極への旅立ちを契機にし、己がチェンジ出来たような気がする。

    ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

筆者のプライベート・ミュージアム、世界の人形館
では、245カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、壷、
照明ランプ、絵皿、万華鏡などを展示しています。 ご興味ある方はご遠慮なくご来館下さい。お待ちします。但し、セキュリティなどのため、下記要領で予約をお願いします。
 TEL:04−7184−4745 又は Eメール
: 
ko-yasu@maple.ocn.ne.jp


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