世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
81歳と春の花と国会混迷
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 私事で恐縮だが、本日(4月13日)は筆者の誕生日である。満81歳になったが、これは我が国の男性平均寿命と同じで、厚かましくも人並みに生き抜いてきたことになる誕生日には妻と外で会食するのが慣例だが、その妻も3年前から認知症で入院中のため傍にはいない。そこで病院を訪れ彼女に81歳になったことを伝えたところ、”お父さん、もっと長生きしてね”と言い、ふと右目を見るとうっすらと涙が流れていた。一方、妻に年を聞くと、分からないと言う。

 実は75歳だが、アルツハイマー病を患って脳の萎縮が止まらず、自分の年さえも分からないのだ。残念ながら1年ほど前から寝た切りになり、経口摂取も出来ない終末期を迎えている。元気な時はあれほど快活に笑った笑顔も、悲しい時はあれほど流した涙も、最近は共に無く無表情である。ところが、本日は珍しく饒舌になり、少しだが涙も流してくれた。既に他界は時間の問題と言う結論が出ながら、なお延命医療を続けざるを得ない悲しい現実に葛藤する毎日を送っている。

 

 このような中途半端な介護・見舞いがいつまで続くのであろうかと思うと、切なく虚しくもなる。その行き場の無いはけ口を求めるかのように、妻が入院後はガーデニングに精を出している。マンション住まいだが、幸いにルーフバルコニーと玄関ポーチを合わせて70屬曚匹里なり広いスペースがあり、四季折々の花を咲かせようと様々な鉢やプランターを置いている。今の季節柄、春の花として、遅咲きの八重桜や枝垂桜、チューリップ、つつじ、ストック、パンジーなどがある。

 

  

 ポーチで咲くチューリップ、つつじ、バルコニーで咲く八重桜、つつじなど

  ストック、パンジーなど

 

 時々(男性なのにと言いたげに)なぜ花いじりに精を出すのですか?と来客に問われるが、妻の代わりとして生甲斐を花に求めているのかも知れない。また、花は人間のように物は言わないが、水をやるなど丹精を込めて手入れすれば、それに応えるかのように美しい花を咲かせてくれる。人間様のように裏切ることが絶対に無いのだ。誠に嬉しいではないか。

 

 裏切りと言えば、最近の安倍政権は堕落し、私物化は目に余る酷いものだ。例えば、財務省関係では森友学園問題で国有地取引に関する決済文書の改ざん、文部科学省では加計学園問題で首相案件と発言した首相秘書官、防衛省では南スーダンPKOと陸上自衛隊のイラク派遣の日報問題、厚生労働省では裁量労働制の不適切データ問題など目白押しで、国会は混迷して形骸化している実情だ。税金の無駄遣いの何物でもなく、国民に対する背信である

 今や1億総疑念を抱いているにも拘わらず、安倍晋三首相はじめ誰一人潔く大臣を辞めようとせず、厚顔にも居座り続ける。3月16日付け幣ブログ『森友文書の改ざんと男の美学』の通り、黒白をハッキリ付ける欧米諸国では、この種スキャンダルは即退陣である。発展途上国ではクーデターが起こり命が狙われたりもするが、誠にオメデタイ平和ボケした我が日本では斯様な過激なことは起こりにくい。と言って現政権に甘えてもらっては国民は迷惑千万である。安倍内閣の消費期限がとっくに切れていることを忘れてはなるまい。

 

 国内では数々の不祥事を抱えるが、外交だけが得意とされる安倍首相は確かにキャリアは長くなったが、具体的な成果は何一つ上げていない。例えば、北朝鮮の拉致問題、ロシアとの北方領土問題、アメリカのTPP復帰等の通商問題など諸問題が山積だ。にも拘わらず、4月17日からの訪米では、またトランプ大統領とのゴルフにうつつを抜かす見通しのよう。その無神経さはとても理解し難く、いい加減にしてもらいたいものだ。

 

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| ワールド・トラベラーの人生 | 22:51 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
傘寿を迎えて想う
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 今からちょうど80年前の今日、1937年4月13日に厚かましくもこの世に生を受けた。そして72年前の終戦をはさんで5分の4世紀を生き抜き、正真正銘の傘寿を迎えた。本来の傘寿は数え年で80歳を指すようだが、筆者の場合は現代風の満年齢の80歳である。それにしても月日の経つのが速いことを改めて痛感する昨今だ。

 私たちはある年齢になると、長寿祝いをされるような年齢を迎える年がある。先ず、最初の節目が還暦(60歳)である。以降は古希(70歳)、喜寿(77歳)、傘寿、米寿(88歳)、卒寿(90歳)、白寿(99歳)、百寿(100歳)がある。大相撲の番付で言えば、傘寿は幕下か十両あたりに相当するのであろうか。 

 

 長寿と言えば、長寿を迎えた人を何らかの形でお祝いする、いわゆる長寿祝いがある。しかし、常日頃の精進が悪いのか、或いは人徳が無いためであろうか、筆者の周りにはそのような動きは皆無のようだ。もっとも、長寿祝いをすると、それ以上は長生きしなくなると言うことでお祝いをしない人もいるようである。見栄を張る訳ではないが、出来れば長生きしたい筆者もその類になろう。

 実は、オメデタイ長寿祝いどころでない事情もある。度々幣ブログで触れている通りパートナーである妻が2年前より認知症で入院しており、不帰の人になるのが時間の問題という冷酷な現実がある。最近も肺炎を併発し、点滴を受けるなど少々危篤状態が続くので心配な毎日だ。加えて、2人の息子夫婦と孫5人の合計9人の身内がいるが、恥ずかしながらほとんど没交渉である。親として己の教育が悪かったと、因果応報を全面的に受け入れざるを得ない不甲斐なさだ。

 

 不快な思いをする人がいるかも知れないが、80年の人生をサッと回顧してみよう。大阪市で産声を上げたのは戦前の1937年(昭和12年)で、7月には日中戦争の発端となった盧溝橋事件があった年である。その後第二次世界大戦が勃発し(1939年)、太平洋戦争に突入した(1941年)。1944年に大阪市の国民学校(現小学校)に入学したが戦時色が強くなり、翌年にアメリカ軍の激しい空襲を逃れるため両親の故郷である徳島市へ学童疎開した。

 

 

    5歳の頃

 

 だが、皮肉にも疎開先で大空襲に遭い、幼心ながら戦争の怖さと悲惨さを実体験し、1945年8月15日にあの終生忘れ難い終戦の日を迎えたのである。これを機に戦後の日本は全てが変わったと言っても過言ではない。徳島市の小学校を卒業後、中学校1年の時に大阪市に戻り、同市の中学校、高校、大学を出て憧れの世界に飛躍する商社マンになった。

 その頃から我が日本は右肩上がりの高度経済成長時代に入り、その先兵となって貢献したのが担当の合成繊維の輸出であった。頻繁な海外出張のほかに、1974年〜1984年にはクウェートとインドネシアに駐在した。後にワールド・トラベラーと呼ばれるようになった礎は、この時代に築かれたと言えよう。

 

   

   大学生時代     クウェート駐在時代   インドネシア駐在時代

            右端が筆者、左端が妻
 

 リタイア後も世界各地をかけ巡り、1995年に南極・北極点・北朝鮮、2007年にアフガニスタン・ソマリア、2011年には最新の独立国、南スーダンを訪れた。今まで旅した国・地域は272にもなる。その間、2009年からプライベート・ミュージアム「世界の人形館」を無料公開し、講演活動も含めささやかな社会貢献活動に残り限られた余生を捧げている。主たる目的は、地域の活性化と国際化推進である。 

 「世界の人形館」の運営を支えてくれた妻の姿が消えてから早や2年が経つ。人間死は避けて通れないものとか、会うは別れの始めと分かっていながら、さてその当事者になると切なく悲しくもなる。実のところ、孤独死だけは避けたいと、世代を問わず他人様との交流に心がけている。特にご近所に住む小学校1年生の利発で可愛い女の子、塚本采花(ことは)ちゃんが毎週訪ねて来るのが嬉しく、長生きに必要な元気をもらった上に生甲斐にもなっており誠に有難い。

 

   

  南極でペンギンと仲良く   北極点に立つ       小学校に入学した

                            采花ちゃんと


 80歳と言えば日本の男性の平均寿命だ。今後は余禄と思って気楽に余生を送りたいのだが、入院病床を全国的に1割減らす計画があることを知らされ不安である。各都道府県がまとめた地域医療構想によれば、年間40兆円を超える国民医療費を減らすため入院患者を在宅医療に移行を目指すらしい。

 しかし、病床減に伴う受け皿確保、例えば、どのようにして訪問医などを確保するのであろうか。昔はいざと言う時に駆けつけてくれる町医者が多く、在宅医療や介護は可能であった。しかし、今は訪問医が皆無に近く、課題は多いようだ。筆者もいずれはお世話になろうことでもあり、先行きが気掛かりである。

 

 また、我が国にも深刻な影響を与えそうなアメリカによる北朝鮮への武力行使が囁かれ、国内では森友学園問題などの対応で真相究明に背を向けて無視する安倍政権の傲慢さなど、内外共に穏やかならぬ情勢下では安寧な余生は望めそうもないようだ。

 今後の唯一の楽しみは、やはり認知症防止にもなる執筆活動になろう。昨夏以降は筆を休めているが、ぼちぼち再始動したいと思っている。もっとも売れない本をいつまでも懲りずに書くのは、いささか気恥ずかしいのだが・・・。

 

追記 

 先刻件の女の子、ことはちゃんが来館し、傘寿祝いにとケーキをプレゼントしてくれた。早速一緒に食べてお祝いをしてくれたが、何の血のつながりも無い子供と、ケーキを買って下さったママさん(恵美さん)の優しい心根に感涙した次第である。(4月13日夜)

                 ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇     

 

私ことワールド・トラベラーには下記著書があり、ご関心ある方は是非ご愛読下さい。 

 

書名 出版社 定価 表紙

私はワールド・トラベラー
世界257ヵ国・地域を

旅した男

 文芸社 1,500円

272の国と地域を制覇した77歳のワールド・トラベラーはたった1人で紛争地を旅した

 幻冬舎 1,400円

トラベル・イズ・トラブル 
安全な旅は退屈だ!!

 ルネッサンス

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1,300円

ワールド・トラベラーだけが知る素顔のイスラム

シリア内戦等も詳しく紹介

 新潮社 1,500円

世界を動かす少数民族

少数民族の世界から現代世界の縮図と課題が見える

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楽でない旅こそ最高だ!!

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世界の人形館 TEL 04−7184−4745
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| ワールド・トラベラーの人生 | 07:55 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
ワールド・トラベラーにとっての戦後70年
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 終戦から早や節目の70年が経ち、まさに光陰矢の如しを実感する。その間に戦後間も無くの闇市時代から高度経済成長を経て、成熟した少子高齢化時代に入った。戦前のような昔なら、70年も生きる人は少なかった。1937年(昭和12年)4月生まれの傘寿にほど遠からぬ私ことワールド・トラベラーは、学童疎開や米軍空襲による非情で怖い洗礼を受けるなど約50〜60%の戦時体験がある戦中派である。戦前と戦後をよく知る世代だけに、ひときわ感慨深いものがある。
 また、今年は安倍晋三首相の戦後70年談話をはじめ、テレビでも戦後70年番組や戦後70年ドラマなど、「戦後70年」絡みの話題が実に多い昨今だ。敗戦後の我が国は様々な混乱や矛盾を抱えたが、日本国内に限っては平和を享受してきた。だが、日本の戦後がある程度成功した分、歴史認識に対し中途半端な曖昧さが残ったのは否定しがたい。冷戦後に台頭してきた各国のナショナリズムがその曖昧さを見逃さず、その顕著な例が中国や韓国である。

 同じ敗戦国でも、近隣諸国との関係修復なしでは国際社会への復帰が困難と考えたドイツは、曖昧な姿勢ではなく関係改善に尽力した。日本とはまったく対照的だ。と言うのは、我が国は米国だけを向いていれば安泰であった。歴代の政権も戦争の責任を明確にせず、今になって戦後の評価が揺らぎ始めている。グローバルな世界史観に基づいて我が国が戦後歩んで来た道程を謙虚にレビューし、今後歩むべき道を熟考する機会を持つべきであろう。
 太平洋戦争での海外戦没者の数は、およそ210万人が軍人や軍属、約30万人が民間人の合計240万人(沖縄や硫黄島も含む)。しかし、戦後70年経っても半数近くの約113万柱の遺骨が、収容されずに残っている。最近では安保法案を巡る与野党の対立が、遺骨収容強化の法案整備を遅らせているとか。戦後処理が終わっていないケースがまだまだ多いようである。

 まったくの私事になり恐縮だが、激動の1945年(昭和20年)ごろからの出来事を振り返り、戦争と平和などについて少々語ってみたい。それは「戦後のレジームからの脱却を提唱する」安倍晋三首相をはじめ、
戦争や戦時体験の無い今の政治家の諸先生に、特に傾聴していただきたいことでもある。

 商都・大阪の街の北側を流れる淀川の畔にある都島区都島中通で生まれ、同区の国民学校(現小学校)の1年まで育った。しかし、当時は
太平洋戦争が日毎に激しくなり、全国各地でアメリカ軍の空襲が絶えなかった。一年生の終業式を終えて間もなくの昭和20年(1945年)3月、空襲を逃れて生地の大阪から父母の出身地、徳島市へ学童疎開した。だが、皮肉にも避難先で米軍の空襲に見舞われたのだ。
 同年6月1日より空襲が始まり、度々防空壕に駆け込んで避難した。そして1945年7月4日未明に徳島大空襲があり、家族と共に市内(出来島本町)から郊外へ逃げ、足が取られそうな田んぼの中を逃げまどった。その時に
母親は焼夷弾の直撃を受け、左腕の肉がえぐられ、骨が見えるほどの重傷であった。父親の方は口元付近を焼夷弾がかすっただけで事なきを得たが、あと数センチずれていたら命を落としていたであろう。幸い筆者をはじめ、弟や妹たち無事であった。

 翌月の8月15日の正午にあの昭和天皇の重々しい玉音放送を聴いたが、まだ8歳と幼かったこともあり意味がよく分からなかった。後で父親より戦争に負け、終戦を迎えたことを知らされた。それは国民学校2年の時であった。その後は徳島県下最古の小学校、内町小学校を卒業し、徳島中学校に進学後の1951年(昭和26年)に大阪に戻った。
 文字通り激動に満ちた終戦と、混乱と貧しさが渾然一体とした戦後であった。特に育ち盛りの時期であっただけに、食料不足が深刻な問題であった。米国のマッカーサー元帥の指揮下にあった連合国軍占領は約7年続いたが、この占領は悪いことばかりではなかった。特に米軍進駐のお蔭で英語という外国語が身近なものになった。その恩恵を受けたのがなんとワールド・トラベラーで、将来世界に雄飛したいとの志がこの頃から芽生えた次第だ。

 ところで、8月になると、各地で打ち上げられる花火で想い出されることがある。2週間前にも妻が長期入院している北柏のリハビリ病院の屋上で、彼女と一緒に観覧した。世界を股にかけて旅して来た
ワールド・トラベラーは、当然のことながら香港や中国をはじめ世界各地で花火を愛でた。

  
      華やかな香港の花火           幻想的な手賀沼の花火

 夏の夜空を豪華絢爛に彩る花火を観ると、米軍が落とし多数の死傷者を出した焼夷弾にそっくりなのを今も鮮明に脳裏に焼き付いている。特に上述のように焼夷弾で重傷を負った亡き母の苦痛は終生忘れがたい。その傷は息子の筆者ですらまともに見ることができないほどで、94歳で他界するまでその傷跡は消えることは無かった。
 
 世界の旅人は世界遺産や景勝地などを物見遊山するに留まらず、
戦争の悲惨さを今も伝える強制収容所など、痛ましい戦争の傷痕が残る負の遺産なども数多く訪れている。例えば、2002年5月に2度目のポーランド訪問をした時には、「アンネの日記」作者アンネも収容されたアウシュヴィッツ収容所や、「第2アウシュヴィッツ」と呼ばれたビルケナウ収容所を見学した。ちなみに、アウシュヴィッツはドイツ名で、ポーランド名の「オシフィエンチム」を使わないと現地では通用しないので要注意だ。
 
両収容所で約300万人の人々が殺害されたと言われ、ア
ウシュヴィッツ収容所のゲートで見かけた「ARBEIT MACHT FREI (働けば自由になる)」と言う看板の文字がむなしい。収容所跡地は博物館として公開され、特に囚人棟が必見。収容者から没収した生活用品・眼鏡・義足、山のように積まれた人間の頭髪、膨大な数のカバンなどを見ると、鬼気迫るものがある。また、ビルケナウ収容所ではずらりと建つバラックの内部は蚕棚のような粗末な木造ベッドが並び、大勢の収容者が身を寄せ合ったとか。

    −−− 
ウシュヴィッツ収容所 −−−

  
   赤レンガの囚人棟    入口の前に立つ筆者     ビルケナウ収容所

 1999年6月に太平洋に浮かぶ島々をアイランドホッピングしたが、ミクロネシア連邦のチューク(旧トラック)諸島では今も残る太平洋戦争の傷痕を垣間見た。約50の島々が半径50kmもの世界最大の環礁アトールを造り、さらにその中に大小40以上の島々が美しいラグーン(内海)に点在する。島々の大半に日本名が名付けされたように、太平洋戦争当時は旧日本海軍の重要なベースであった。
 諸島は米国の植民地であったフィリピンと、太平洋艦隊の母港があるハワイの真珠湾を結ぶライン上に位置していた。この地理的重要性と、太平洋の荒波から環礁によって隔離された広大なラグーンを持っており、日本海軍の一大拠点が建設された。ゆえに、「日本の真珠湾」とも呼ばれた。環礁の中心島は旧日本軍統治時代に春島と呼ばれ、またモエン島の旧名を持つウエノ島。面積は八丈島の1/4強で、島内には南国情緒溢れる教会が多く見られる。

 チューク諸島観光のハイライトは、何と言っても海底戦跡公園であろう。ウエノ島の南に位置するデュブロン島周辺のラグーンの海底には、撃沈された日本軍や米軍の軍用機が数十機、船が60隻以上が当時のまま眠る。ワールド・トラベラーはこの公園など訪れるラグーン巡りのツアーに参加した。
 沈没船から残留品を引き揚げることが法律的に禁じられているため、全般的に保存状態は良好だ。特にウマン島(冬島) 西の沖合いで水深約10mに沈む第二日野丸は、ボートの上からでも見えるほど。そこでシュノーケリングで潜って見学したが、積まれていた武器などがはっきりと見え、幻想的な沈船の世界が広がっていた。

          −−− チューク諸島でのワールド・トラベラー −−−

  
 ウマン島沖合いの海底に サラト水道近くの無人島 ライレイレイでシュノーケリング
   沈む第二日野丸


 悲惨な戦時体験をしたことが無く、戦争の本当の怖さを知らない戦後派の政治家たちが集団的自衛権を云々するのが末恐ろしい。年老いても今もなお世界を行脚し272ヵ国・地域を訪れたワールド・トラベラーが旅先でいつも祈願するのは、気障な言葉になるかも知れないが世界平和である。
 世界に類を見ない平和憲法と言われる現行憲法を都合良く解釈改憲し、国会で安保法案をゴリ押しするように通そうとしている。憲法学者の大半が反対し、国民の多くが望んでいないであろう政府の強引な手法は、常軌を逸していると言っても的外れではなかろう。ぜひ一考も二考もしてもらいたいものだ。


                 ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 著紹介

世界199ヵ国と73地域を制覇したワールド・トラベラー ペンネーム:高 やすはるの新刊書「トラベル・イズ・トラブル」がルネッサンス・アイより発売されました。

            
ワールド・トラベラーがすすめる世界の旅の醍醐味            
                     トラベル・イズ・トラブル
                  
 安全な旅は退屈だ!!

         

定価本体1,300円+税 最寄りの書店でお買い求め又は注文可能 アマゾンなどインターネットショッピングもできます。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫十分な世界の人形館でお買い求めできます。ご連絡下さい。

お問い合わせ:
世界の人形館 
TEL 04−7184−4745
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| ワールド・トラベラーの人生 | 09:19 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
The World Traveller Hopes 2015 Peaceful & Prosperous !
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                   A Happy New Year !
                        謹賀新年 ! 
       Selamat Tahun Baru !

                              新年 好 !
        ! كل سنة و أنتم بخير
              Feliz Año Nuevo ! 
             नया साल मुबारक हो !

Dear Readers

 The last year 2014 caused numerous disputes in the world came to an end, and the new year 2015 is yet to start. In  starting the new year, we, The World Traveller & The World Doll Museum(WDM) are celebrating this special occasion with our loved readers, friends and families. 

 Taking this opportunity, We would like to call on the world to redouble its efforts for peace wituout any wars, disputes and prejudices, and also would say “ Peace is always possible, and it has to be sought continuously ”. 
      Afganistan:Sitting on 
    tank left near Bamiyan

No more civil wars in Syria, Ukraine, Iraq, Afganistan etc.! The World Traveller who has stayed in many disputed countries knows well their misery and wretchedness.
 
  Let me introduce myself  !  My name is (Mr.) Yasuharu Ko , born in Osaka, Japan. I  am going to be 78 years old in this


   WT 世界人 standing  
   on North Pole,1995
April. I  have two special names. One is   called The World Traveller  (WT) which has been given by an  American traveller in an exploration  to North Pole in 1995. Another is
 世界人 (Sekaijin in Japanese) named by  a Nowegian young student at The
World Doll Museum last year.  
 
 The World Traveller has travelled  272 countries and regions 
for
 nearly half century as under-mentioned list, and that is 
widely rumored as Guinness World
 Record or an unbelievable world record. Furthermore, Sekaijin is told to be a specialist or an expert in Islam since he has lived in Islamic countries such as Kuwait and
Indonesia for 9 years, and also has travelled the Islamic World longing for beautiful mosques for 42 years.

     WT(right) wearing an      Arabic dress in Kuwait
 
Continents Africa Asia Europe Americas Oceania/Polar Toal
Countries
Regions
55
  1
48
12
47
21
35
17
14
22
199
  73
Taotal 56 60 68 52 36 272

 From time to time, WT is ready to write very useful travel reviews around the world to broaden your global outlook and to seek world peace. Any question or request on World trip is welcome anytime. Please Contact  ko-yasu@maple.ocn.ne.jp in English or in JapaneseDon't hesitate it ! Get started with us !

 
Please also pay visit to our private museum,  The World Doll Museum or 世界の人形館 in Abiko City, Japan subject to booking prior to visit if you like it. Do discover the the borderless world just in a glance ! Also have the feeling of a foreign trip at the
  museum which has various  exhibits collected by The World Traveller ! An admission fee is free for a charity activity with Omtenashi or おもてなし ( cordial   hospitality) serving Japanese tea or ocha,coffee etc.
        Visitors from Finland
   For  International Cultural Exchange, WDM has received many visitors from United States, United Kingdom, Austalia,  Canada, Norway, Finland, Netherland, Russia, China, Taiwan, Korea, Bangladesh, Iran etc.

 Just for your reference, The World Traveller will shortly publish a book from a leading pabulisher Gentosha,Tokyo with the author's name of Gerald Yasuharu Ko or 高 やすはる. Its title is " 77-year-old World Traveller conquering 272 countries & regions has taken trips to Disputed Areas around the world in only one !  " or  272の国と地域を制覇した77歳のワールド・トラベラーはたった1人で紛争地を旅した! in Japanese. 
 You are kindly requested to buy the book (though written in Japanese)  if you are interested in it.  WT would appreciate dear readers are of much concern to the said book.


         
                                     (The Book's  Cover) 

 Please bear in mind that The World Traveller is able to speak and/or undestand much or less the above-mentioned languages:  English, Chinese, Indonesian, Arabic, Spanish, Hindi as well as Japanese.


                          ◇◇◇    ご案内    ◇◇◇
                        
(Information in Japanese)

 ワールド・トラベラーのプライベート・ミュージアム、「世界の人形館」の見学者は実に多彩です。国際的なヴァイオリン奏者、アンナ・スタルノフスカヤさんもその一人。日露混血の才能豊かな彼女がプロデュースする、親子で楽しめるクラシック・コンサートが、千葉県我孫子市で次の通り行われます。世界の人形館はこの素晴らしいコンサートに賛同し後援しています。
 今回はアンナさんのデビュー30周年記念演奏会です。また、特別ゲスト奏者(フルート)として、著名な経営者でもある(株)龍角散の代表取締役社長の藤井隆太氏が出演します。酷寒の折柄ですが、是非ご来場下さい。お待ちします。


     
 アンナ・スタルノフスカヤさん       ポスター            藤井隆太氏

          ☆☆☆ ニューイヤーコンサート ☆☆☆

日時: 2015年1月18日(土) 15:00 開演 (14:30開場 〜
17:30終演) 
場所:我孫子市けやきプラザふれあいホール
アクセス:常磐線・千代田線 我孫子駅南口徒歩1分
入場料:一般 1300円 子供(4歳以上)・学生 700円   
演奏者:アンナさんはじめ約10人の奏者の大半が女性という異色の
顔ぶれ。
お問い合わせ:TEL: 0297−68−9517 ジョイ・ファミリーコンサーツ 
又は
              
04−7184−4745 世界の人形館
                            E−MAIL  ko-yasu@maple.ocn.ne.jp 

                 ★★ 急告 ★★
    
コンサートの招待券を先着3名様にプレゼントします。ただし、ワールド・トラベラーが館長を務める
世界の人形館へ電話またはメールして頂き、ご手数ながら、当館まで受け取りに来て下さい。

TEL:04−7184−4745 又は Eメール:ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

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4分の3世紀を生きて ― 幻の観桜会などもあった節目
13

 一昨日、2012年4月13日は私ことワールド・トラベラーの75回目の誕生日であった。言い換えれば、厚かましくも4分の3世紀を生き抜いたことになる。
 その証として、ピンク色の国民健康保険被保険者証がライトブルーの後期高齢者医療被保険者証に変わった。愈々後期高齢者に仲間入りし、我が人生の最終章を迎える。来世まで何年残されているのであろうかと思うと、なんとなく寂しくなる。逆に、何年先まで寿命を伸ばせるのかとプラス思考で思うと、挑戦心のようなものが湧いてくる。
  
 生まれた1937年は様々な事が起きた年であったようだ。例えば、日中戦争の発端になった盧溝橋事件。7月7日、北京南西20kmの蘆溝橋で日中両軍が衝突し、8年間にわたる日中全面戦争へと突入した。12月13日には日本軍が南京を占領し、日本軍による中国人の大量虐殺、いわゆる南京虐殺があった。因みに、盧溝橋は2006年9月、南京は2009年7月に訪問。
 全長260m、幅が7.5mの盧溝橋は、11のアーチ型の橋桁から成る。欄干の上には、石造りの獅子が500ほど並ぶ。「東方見聞録」の中でマルコポーロは、世界で最も美しい橋と讃えている。
 
 一方、南京は江蘇省の省都で、人口は約610万人。三国志時代に孫権が呉の都に定めるなど、北京・西安・洛陽と並ぶ中国四大古都の一つである。近代以降も1912年には孫文がこの地で中華民国の成立を宣言するなど、中国近代史を飾って来た。それだけに見どころが実に多く、しかも史跡はスケールが大きいものが多い。その代表的なスポットが、市街地東側にそびえる標高448mの紫金山の麓に点在する。例えば、三民主義を唱えた革命の父、孫文の陵墓である中山陵、明の初代皇帝、朱元璋の陵墓である明孝陵などがある。

  
  北京郊外:盧溝橋   南京:明孝陵の参道     南京:中山陵

 国内では、文化勲章の制定、川端康成の小説「雪国」の出版、プロ野球公式試合のスタート、日本通運やキャノンの会社設立、「もしも月給が上がったら」の流行歌、広沢虎造の浪曲「森の石松」の”馬鹿はしななきゃなおらない”の流行語、米国のヘレン・ケラー女史の来日などがある。
 
 丑年生まれの有名人として江利チエミ、 森喜朗、 稲尾和久、 加山雄三、 美空ひばり、 伊東四郎、 緒形拳、 橋本龍太郎、 小渕恵三などがおり、首相経験者が多いのが目立つ。ただし、 半数以上が物故者になっている。因みに、当時の物価は封書が4銭(現在80円)、葉書は2銭 (同50円)であった。
 
 太平洋戦争が激しくなり、空襲を逃れて生地の大阪から父母の出身地、徳島へ学童疎開した。しかし、皮肉にも避難先で米軍の空襲に遭い、1945年8月15日の終戦を迎えた。その後、中学生時代に大阪に戻り、大学卒業後は商社に入ってクウェートやインドネシアに駐在するなど、ワールド・トラベラーの道を歩むことになり今日に至っている。その間の人生は平坦ではなく、正に山あり、谷ありの紆余曲折の連続であった。
 詳しい自叙伝は、機会を改めて後日ユックリとお話したい。

  
 幼少時代(1942年)   青年時代(1957年)   1976年クウェート
写真右端が5歳の筆者    20歳、大阪で      給油所で民族衣装姿

 
 この大きな節目を迎えたこの数日、ささやかながら画期的な事がいくつかあった。まず、昨日、4月14日の午前は野田佳彦首相主催の「桜を見る会」に招待され、妻とともに新宿御苑で桜を観賞する事になっていた。そもそもこの観桜会は1917年に皇室主催で始まったもので、当時皇室専用であった御苑がこの日に限り民間人に開放された。その年に活躍した政財界や文化界、芸能界やスポーツなど各界の著名人が招待され、盛大に催される。故に招待されるのは名誉である。ところが、4月12日から16日の間に北朝鮮が長距離弾道ミサイルを打ち上げるとの報が入り、急遽中止が決まった。
 一方、北朝鮮はあくまで人工衛星の打ち上げと主張して4月13日朝ミサイルを発射したが、約2分後に空中爆発して黄海の海上に落下した。この北朝鮮の打ち上げ強行により幻の観桜会となり、楽しみにしていた妻などはさぞかしガッカリしたであろう。
 
 1995年4月30日〜5月4日に北朝鮮を訪問、その模様は幣ブログ、「北朝鮮−社会主義の化石」国家への旅」で同国の実情を紹介したが、27年経った今も、昔と変わらないのが北朝鮮の実像かも知れない。
 この打ち上げ失敗により、飢える民が多いのに約8億5000万ドル(およそ700億円)が浪費されたと聞く。これは北朝鮮の年間輸出の半分以上に相当する巨額で、中国産トウモロコシが約250万トンが買え、数年分の食料不足が解消できるとの由。
 
 2011年9月5日の幣ブログ「
駅頭王がドジョウ首相に」で紹介したように、若かりし無名時代の野田首相の実像を拝見したことがある。あれから28年の歳月が流れ、野田氏はどのように変貌したのであろうか。観桜会でお会いして現在の実像を確かめたかっただけに、実のところ残念至極である。
 日本人にとって春最大のみどころであるお花見が、民主党政権になってから昨年と本年と2年連続で中止になったのは異例である。大震災と北朝鮮ミサイル打ち上げがあったとは言え、中止になったのは政権政党の多難さを暗示しているようだ。

  一方、ミサイル発射の前日に民主党の幹部達40人ほどが集まり、夜桜をちゃっかり楽しんだと聞く。身内の観桜会とは言え、招待された上記首相主催の「桜を見る会」がドタキャンされた身になると、実の所やるせない気持ちになる。やはり同党にはマニフェストを守らないと言うマイナスイメージが、どこまでも付きまとう。

 午前の観桜会が流れたので、千葉県我孫子駅前の会場で午後に行なわれた私の講演会に集中する事ができた。結果的にはむしろ良かったようだ。「PKO派遣の南スーダンと激動のアラビアを旅して」と題する講演会は、我孫子の文化を守る会主催の異文化を学ぶ講座である。昨年の10月2日の第1回講演
240国・地域を旅して」が好評を受け、2回目のシリーズ講演。
 初回講演後間もなく11月15日から12月15日まで、南スーダン、ケニア、アフリカ、マダガスカル、レユニオンのアフリカ、イエメン及びソコトラ島、ドバイの中東を回った。 
 
 当日はあいにく冷たい雨が降り、果たしてどれだけの人が聞きに来られるのか、実のところ心配であった。しかし、結果は大盛況で、定員を大幅に超える参加者があった。
 これは単なる外遊のお話ではなく、日本外交の問題点や国際化に就いても触れるレベルの高い講演をしたいとの私の想いが、予想外の反響を呼んだ様だ。また、講演会場が千葉県我孫子駅南口徒歩1分のけやきプラザで、足の便が良かったのも幸いしたのであろう。


   
  会場のけやきプラザ正面   講演会のポスター    講演中の筆者
 
 午後2時から始まった講演会の参加者の顔ぶれはなかなか多彩で、
松崎公昭総務副大臣、櫻田義孝前衆議院議員(秘書)、今井勝県議会議員、元県議や我孫子市議などの政治家諸先生のほかに、画家などのアーティストの顔も見かけた。

 講演の内容は概ね2011年12月19日のブログ「
PKO派遣の南スーダン、危険なイエメンへの旅−245国・地域制覇」の通りであるが、加えて弱体化する一方の日本外交の問題点に就いて次の通り私見を述べた。
 

日本外交に想うこと

 政府が南スーダンにPKO(国連平和維持活動)派遣に躊躇するフシが一時期あった様だが、結局昨年12月20日の防衛会議で、陸上自衛隊にPKO派遣命令が出た。2012年1月から先遣隊が順次ジュバ入りし、2月19日に陸上自衛隊施設部隊の本隊約120人がチャーター機で羽田空港を出発し翌日現地入りした。その後、資機材搬入など準備は順調に進み、4月2日からジュバ市内で道路工事を始めた。総勢240人体制で10月まで工事するが、政府は5年ほど延長も想定している。
 PKO派遣に関して、日本は国際社会で概ね協調的のようだ。しかし、海外に出かけて痛感するのは、日本の外交力が年々歳々低下し、我が国の貢献度がそれほど高く評価されていない現実である。特に毎年首相がコロコロと変わる不安定さは、諸外国ではジョークの種、つまり馬鹿にされている実情に日本の政治家は目を覚まして欲しい。

 立派な道路を新設し、劣悪な既存道路を改修するのは、南スーダンの政府や国民に喜ばれるのは間違いない。しかし、単にやりっ放しではなく、工事した道路に日本ゆかりの名前を付けさせるなど、日本のプレゼンス(存在感)や影響力を末永く堅持する工夫が必要。こう言う場合にこそ、近年弱体化が懸念される日本外交の実力が試される。要するに無条件で道路工事を引き受けるのではなく、現地の特権階級だけを太らせる温床になる援助はすべきではない。
 
世界を旅して43年以上になるが、この間日本に対する評価は随分変わり、ソニーなどのブランドが持てはやされた時代は去った。一方、米ソ冷戦終結後は中国、最近ではインドのなど新興国の急速な発展で多極化が進む一方、日本の場合は埋没化が進む。特に外交面で影が薄く、この打開策として、(1)外国を熟知する民間の海外駐在経験者をブレーンとして活用、(2)民主、自民の2大政党の垣根を払った継続的で信念のある超党派外交が望まれる。

  
 スーダン:ジュバでPKO  イエメン:ソコトラ島:桜の   ドバイ:ディラ地区より
  活動の陸上自衛隊  様な花を咲かせるボトルツリー  運河ドバイクリーク眺望 
                                  
 
 講演後すぐに世界の人形館がある自宅に帰った。間もなく市長が来られ、引続き後援を要請された。しかし、常日頃の濃密でないお付き合いを考えると、率直なところ複雑な心境になった。この種の話は、当館を愛する人を支援する、あくまで人物本位を基本的なスタンスとしたいと思っている。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

筆者のプライベート・ミュージアム、世界の人形館は、245カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、壷、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを展示しています。ご興味ある方はご遠慮なくご来館下さい。お待ちします。但し、セキュリティなどのため、下記要領で予約をお願いします。
TEL:04−7184−4745  又は  Eメール: 
ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

世界に関する事であれば、ワールド・トラベラーとして何でも講演します。ご希望があれば、ご連絡ください。慈善活動のため、謝礼は不要です。


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