世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
コロナ倒産
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 新型コロナウイルス感染拡大対策の緊急事態宣言が全面解除された。およそ1ヵ月半ぶりのことだが、この間かつて経験したことの無い外出自粛や休業などを強いられた。当初は休業と補償がセットは当然と思われていたのだが、政府の対応が曖昧であったためか戸惑った事業者も多かった。評判が悪かった30万円給付は急遽10万円一律給付になったが、さて給付となると時間がかかっているよう。また全国民に配布予定のいわゆるアベノマスクも、不良品が混じるトラブルもあったのであろうか、未だに筆者のところには届けられていない。どうも賞味期限切れの、あまり有難くないマスクになりそうだ。

 中国・武漢から発生した新型コロナウイルス感染は拡大の一途をたどり、世界の感染者は550万人、死者は35万人に迫ろうとしている。実に196の国と地域で感染が確認され、文字通りのパンデミック(世界的大流行)になってしまった。とくに経済などへの影響は甚大で、1929年の株価大暴落により引き起こされた世界恐慌以来のコロナ恐慌が世界を席巻している。倒産や休廃業・解散も、最終的には2008年のリーマン・ショックを上回るであろう。

 

         (帝国データバンク資料を引用・加工)

 

 例えば、かつてレンタカーの代名詞にもなった、あのハーツが倒産した。1918年にアメリカで創業し、長い歴史を持つ海外レンタカーのリーディングブランドであった。半世紀以上も前から世界を旅して来た私ことワールド・トラベラーが現地の空港に着き、ターミナル内を見回して目立ったのがイエローとブラックのハーツ看板。もちろん、同社のレンタカーを利用し、各地をドライブしながら観光を堪能したものだ。ほかに、アメリカの老舗百貨店・JCペニーも倒産した。

 

 

             ハーツのカウンター

 

 一方、国内では、「うどんすき」が名物の東京美々卯が閉店した。40年以上も前の現役時代に時折通ったお店だ。創業地が筆者の故郷・大阪だけに、想い出深いものがある。因みに、先日倒産したアパレル企業のレナウンは、筆者にとり大学を出て商社に就職した当時(1960年代)は、憧れた有名な優良会社であった。あれから約60年、今更ながら時の移ろいを感じて切なくなる。

 

        東京美々卯

 

 都内でカフェを営む知人の情報によれば、倒産や閉店が増えている由。タイムラグを考えると、今後さらに増えるであろう。政府は1次補正予算も含め230兆円規模の、世界最大級の経済対策をすると言っている。しかし、実際の実効的な真水金額はおそらくその何分の1であろうし、また手続きが煩雑で給付は大幅に遅れるであろう。中小や零細事業者はそれまで耐えられず、破綻するのではと懸念する。また、新型コロナウイルスに対するワクチンや治療薬が無い現実を踏まえると、第二波、第三波の感染拡大も想定される。緊急事態宣言が全面解除されたと言っても決して安心できまいし、感染のヤマ場はこれからかも知れない。

 

                   ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

無料公開中

 ワールド・トラベラーが館長を務める世界の人形館では、275カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを多数展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。社会貢献活動につき、入館料は無料です。セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。
  TEL:04−7184−4745 又は Eメール:ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

          −−−世界の人形館の館内−−−

 

 

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新型コロナウィルス は感染症に慣れっこのアフリカを脅かすか?
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 その後の新型コロナウイルス感染は、発生した中国では終息したようだが、アメリカやヨーロッパ諸国などでは依然として感染拡大が続く。今や世界の感染者は360万人を超え、死者は25万人以上になった(5月5日現在)。我が日本も毎日の感染者数が減少傾向とは言え、依然として3桁を記録している。このため、5月6日までの緊急事態宣言が5月31日まで延長された。一方、海外ではロックダウン(都市封鎖)を延長する国や段階的に解除し始める国など、出口戦略につき対応に差が出てきている。

 今後注目すべきは、13億人の人口を抱えるアフリカでの感染拡大であろう。5月3日時点では、アフリカにおける感染者数は42,713人、死亡者数は1,754人とそれほど多くない。最も感染者が多い国は南アフリカの6,336人に対し、南部アフリカのレソトは未だ感染者ゼロである。また、死者数が多いのはアルジェリアの459人だが、感染者は存在しても1人も死亡者を出していない国も、ルワンダ・ウガンダ・マダガスカルなど10ヵ国ある。脆弱な医療基盤を考えると、良く頑張っていると言えよう。

 

   アフリカを旅する筆者ことワールド・トラベラー

 

南アフリカ:ヨハネスブルグ  レソト:マセル郊外の

黒人専用居住区ソウェト    要塞タバ・ボシウ

 

 しかし、世界で最も貧しい地域であるアフリカでは、特にサハラ砂漠以南のアフリカでは、新型コロナ以外の感染症で年間270万人が命を落としている。その内訳は、特に5歳未満の子供への影響は深刻で、死亡者の30%弱の77万8千人を占める。その内訳は、マラリアの罹患者は約2億人で、死亡者は40万8千人のうち27万8千人が5歳未満の子供たちだ。HIV/ エイズによる死亡者は72万人、5歳未満は5万7千人。結核は40万5千人が死亡し、5歳未満は1万7千人。さらに下痢症でも65万3千人が死亡、そのうち25万5千人は5歳未満の子供が占める。

 総人口が約13憶人のうち、6億人以上が20歳未満の若いアフリカだが、年間174万人に及ぶ子供の命が消えている。これに新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な流行)が本格的にアフリカまで拡大すれば、その数をさらに増やしてしまう可能性が高い。また、アフリカ特有の問題も懸念される。例えば、ロックダウンで高まる食料危機とステイホームがむしろ危険なことであろう。

 

   食料危機に就いては、西部アフリカ、特にナイジェリア北東部は危機的とか。同地域は元々イスラム過激派組織ボコ・ハラムの活動により治安が悪化し、多数の人が国内避難民として国際機関な

ナイジェリア最大都市ラゴス

どの支援物資に頼っていた。ナイジェリアは3月30日にロックダウンを始めたため国境が閉鎖され、支援団体の動きが制限されてしまったのだ。近隣諸国のブルキナファソ・ニジェール・マリ・カメルーンの一部地域も危機的状況とされ、世界食料計画(WFP)も500万人以上が食料危機に陥る可能性があると警鐘を鳴らしている。

 

 

ブルキナファソ:バニのモスク ニジェール:ブボン村

 

 

マリ:ドゴン族の仮面踊り  カメルーン:ルムシキの

                マンダラ山系

 

 また、新型コロナ対策でホームステイを厳しく徹底すると、人とモノが動かなくなり、路上販売や日雇いなどで生計を立てる貧困層は、十分な食料を得ることも病院にかかることも出来ない。因みに、2014年から2016年に西アフリカでエボラ出血熱が流行した際、現在と同様に人の移動を制限した結果、日常的な医療サービスが中断された。そのためエボラ以外の疾病で死亡する人が増えたとの調査結果もある。

 

 新型コロナウイルス感染は今まで北半球で拡大してきた訳だが、グローバル化時代の今後で懸念されるのは南半球、特にアフリカ諸国での感染拡大である。また、過去の感染症の歴史を振り返ると、第二波、第三波の襲来であり、そのカギを握るのはアフリカであろう。そんなアフリカを275ヵ国・地域を旅した私こそワールド・トラベラーは、54ヵ国すべての国を訪れている。種々問題を抱えているが、意外に懐の深い大好きな国々が多い。

 即効的なワクチン開発には時間を要するため、新型コロナウイルス感染の終息にはあと2〜3年はかかる見方もある。そうなれば1年延長した東京オリパラ開催も危うくなり、中止という最悪のシナリオも捨てきれない。故に、早期終息の鍵を握るのは、アフリカ諸国かも知れない。世界保健機関(WHO)は、「アフリカで感染防止に失敗すれば、数千万人が感染し、流行は数年間続く」との声明を出している。

 

(後記)

 ガーナの首都アクラ郊外の港町にある水産加工場で、1人の従業員から何と533人に新型コロナウイルスの集中感染が広がった由。実効再生産数は何と533とは驚きである。信じがたい同様のことが今後アフリカ各地で発生すれば、爆発的な感染拡大、つまり文字通りのパンデミックになる恐れが懸念される(5月12日)。 

 

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天国へ旅立った妻との想い出
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 見合い結婚して満55年になる直前の12月12日午後3時18分、妻は長年の闘病も空しく永眠した。死亡診断書に記載の死因は、アルツハイマー型認知症。約5年前に入院したが、脳の萎縮が進む一方のため食事が口から摂れなくなり、2年半前からIVH(中心静脈栄養)のカテーテル留置医療を受けていた。1年前後で他界するのが普通のようだが、病院の主治医も驚くほど延命を続けた。だが、3年目を迎えた今年に入ると絶えず熱を出し、低空飛行を続けて時間の問題となった。臨終の直前は安らかではなく、息遣いも荒く壮絶な死に様であった。しかし、最期を看取ることができ、夫としての務めを果たせのはハッピーとせねばなるまい。

 妻は50歳の時に胃ガンで手術し、67歳の時に2度めの手術は子宮ガンであった。一方、60歳過ぎからアルツハイマー型認知症の症状が出始め、後にパーキンソン病も患っていることが分かった。また、50歳代に難聴が目立ち始めたほか、骨粗しょう症なども患った。まさに「病のデパート」と言った感じで、様々な病魔が彼女を襲った。にも拘わらず、60歳代前半までは大好きなバレーボールを続け、ママさんバレーボール全国大会の千葉県代表として何度も出場した。温和な外見に似ず、負けず嫌いの頑張り屋であった。しかし、さすがに病魔に勝てなかった次第で、享年77歳は人生100年時代の折柄早すぎるかも知れない。

 

      −−− 半生を捧げたバレーボール −−−

  

1996年12月静岡市の 2005年11月福岡市のネンリンピックふくおか

  全国家庭婦人大会      (筆者も同行した)

 

 4日後に通夜、5日後に葬儀が柏市で行われた。妻の葬儀などが恙無く終わり、忙中閑ありだ。ホッとはしているが、空虚感も漂う不思議な景色が広がる。今生の妻との永遠の別れのセレモニーでは、様々なハプニングがあった。先ず私事で恐縮だが、事情あって10年間も会えなかった長男側の3人の孫に再会できたのだ。頻繁に会っている次男側の2人の孫、合わせて5人の孫に囲まれた時は、82年の人生で最高の至福。これも亡き妻の企画・演出であろう。大学生や高校生になった彼らの将来が楽しみである。また、千葉県議会の今井勝副議長やカフェRainbowの星野真弓さんなど親しいFB友が多数、ご多忙にも拘わらず参列して頂いた。

 

 

  柏セントラルホール  5人の孫たちに囲まれた筆者


 しかし、最大のハプニングは、私が日本語などを教えている中国人留学生、曹偉光くんの飛び入り参加である。江蘇省の徐州出身の23歳の大学院生で、日本の文化や伝統なども学んでもらうため、特別に声掛けしたものだ。当日は親族扱いで葬儀に参列してもらい、火葬場では亡き妻の骨を拾い、最後は精進落としの会食で5人の孫たちと歓談した。奇しくも初孫が彼と同年で、話が弾んだようだ。曹くんにとっては滅多に回り逢えない貴重な体験になり、日中友好推進のささやかな一助になれば幸甚である。

 

 

FB友の星野さん一家と歓談 孫たちと一緒の曹くん(左端)

 

 葬儀が終わって時間が経つにつれ、永遠に旅立った妻との懐かしき想い出が走馬灯のようによぎるが、特に夜になると悲しく切なくなる。思い出深い、筆者との楽しかった(と故人が思う)海外旅行のスナップの一部を紹介しよう。

 

 

 1998年8月バルト海を   1996年1月フィジー旅行

   クルーズ      フィジー人の歓迎を受ける

 

 2001年2月台湾へ旅行   200年4月イタリア旅行

 アミ族の衣装を着る   ローマのトレビの泉で

 

 最後に、喪主である筆者の御会葬御礼の「お礼の言葉」を、恥ずかしながら以下披露する。

 

『 ヒサ子 頑張ってくれてありがとう また夫婦になろうな 』

 妻との出会いは、55年前のお見合いでした。素朴な一面とえくぼが可愛い笑顔に惹かれ、結婚しました。第一印象と変わらず温厚で控えめなところもあれば、明るく少し強情なもあり・・・様々な表情を見せてくれる妻との日々は、とても楽しいものだったと振り返っています。専業主婦として息子2人を育て上げ、家をしっかり守りつつ、趣味も満喫していた妻。刺繍や料理を楽しみ、バレーボールに情熱を注いでいました。50歳の時に胃がんの手術を受けた後も続け、千葉県代表としてママさんバレーボールの全国大会に出場したほどです。その活躍ぶりに驚くと同時に、本当に頑張り屋な妻だったと改めて感心します。

   その後も様々な病魔に襲われ、がんの手術に2度耐えながらも家庭を良く守り、ワールド・トラベラーとして世界を旅して来た勝手気ままな私を支えてくれました。頑張った分、どうかゆっくり休んで欲しい。そして生まれ変わったなら、また夫婦になろう。今生では認知症のため互いに辛い思いを

したから、次は身も心も元気なままで、大好きなクウェートやドバイへもう一度行こう、南極にも連れて行ってあげたい・・・今はただそう願うばかりです。(後略)』

 

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初めての救急車と映画『一陽来復』 上映会&トーク
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 この3週間余は本ブログを更新しなかったので、一体どうしたのですか?との問い合わせが数多く寄せられた。筆者を真に気遣う、誠に有難い愛読者の皆さんである。実はこの間、2つの大きな出来事があった。

 

 その1は、間もなく82歳になるかなり長い人生で、10日前(1月24日)の朝に初めて救急車で柏市の病院へ搬送されたのだ。それまでの1週間ほどは強烈な抗がん剤の副作用で、満足に食事が出来なかった。特に緊急入院した日は早朝から絶えず吐き気がするなど気分が悪く、ベッドから起き上がれない始末。加えて4年前から認知症で妻が長期入院中のため寂しい独居生活を強いられており、いざと言う時に助けてくれる家族が傍にいない悲しい実状だ。最後に頼るのは救急車しかないと、広中さんと言う居住マンションの親切な管理人さんに救急車を呼んでもらった次第である。

 

 

     入退院を繰り返した市立柏病院

 

 実は救急車のお世話になる4 日前にも入院した経緯がある。この時はまだ体力が残っており、自分でタクシーを呼んで病院に向かい入院した。3日後に退院したのだが、2日後にまた体調を崩して先述の通り再入院する羽目になった。その後2日間は嘔吐・吐き気・下痢の三重苦が続くので、点滴で何とか凌いだ。やっと3日目からお粥が食べられるようになり、あまり長居では出来ない境遇なので5日目に退院した訳である。それにしても抗がん剤の様々な副作用は想定外で、手足のひび割れや食欲不振なども加わり、近々抗がん剤治療を主治医に申出るつもりだ。家族の支援も特に無いので、無理に延命する気持ちは更々無い。

 

 冒頭に「初めての救急車」と言ったが、正確に言えば国内でのお話である。実は海外では約11年前の2008年9月に旅したニュージーランドで、レンタカーを運転中に事故を起こして救急車で運ばれた前科?がある。既に2017年11月10日付け幣ブログ『 80歳にして人生初の入院と手術 』で、概略は紹介済みだ。それは正に九死に一生の大ピンチであった。商都オークランドから約450km北西方向に伸びる北島の最北端を目指し、当初は長距離バスなどを利用して出かけるつもりでいたが、北端までバス便がないことが分かった。そこで朝にオークランドでレンタカーを借り、最北端のレインガ岬に向かった。

 ところが、運転直後から車のどこかで不思議な異常音がして気にはなっていたが、夕刻には岬の手前まで行きたいと休憩も十分取らずに急いだ。道は平坦であったが、比較的細い道が多く、しかも九十九折のようにくねくねしアップダウンも多い。そのためであろうか何度も車はスピンし、疲労も加わりウトウトしかけた。もうすぐ岬という所で、目の前にトラックかトラクターのような大型車両が迫り、目の前が真っ白になったところで気を失った。

 

  

 

 暫らくして正気に戻り、レンタカーの前部を大破する事故を起こしたことを知った。先ほどの真っ白に見えたのは、エアバッグが破裂した瞬間だ。このバッグとシートベルトのお蔭で助かったようだが、胸が圧迫されたようで息苦しくほとんど身動きできなかった。間もなく救急車が来て近くの町カイタイアの病院に運ばれ、検査結果は骨折ではなく単なる打撲傷だと分かり、暫く休養して薬をもらって退院した。その間に病院から支払要求は一切無く、異国で人の情けに泣いた。その夜は近くのモーテルで泊まり、翌朝はバスを乗り継いでオークランドに戻った。なお、詳細は幣著書『 トラベル・イズ・トラブル 』をどうぞ!

 

 その2は、昨日(2月2日)我孫子市のけやきプラザふれあいホールで開催された映画『一陽来復』の上映会&トークである。このイベントは一般社団法人 三月のひまわりが主催者で、筆者のプライベートミュージアム「世界の人形館」などが後援したもの。1月11日付け幣ブログなどで、懸命に集客のPRしてきた経緯がある。収容人員550人が満席になるほどの大盛況で、三月のひまわりの代表理事であり、著名な手刺繍家、星野真弓さんをはじめ、関係者の皆さんに祝意を表し、同時にその多大の労苦に対し敬意を払いたい。

 一方、筆者が招待した人たちの多くから、「なぜ世界の人形館がスポンサー(出資)として後援したのですか?」「なぜスポンサーなのに舞台で挨拶や紹介が無かったのですか?」などの質問を数多く受け、一瞬返答に窮することもあった。また、「報われない發気鵝壁者)が可哀そう!」との同情の声も上がったほどだ。この経緯や背景などに就いては、筆者なりに言いたいこと多々あるが、この際は敢えて黙っておくのが男らしい「男の美学」と思っている。

 

 

     舞台前の筆者   挨拶する尹さん(中央)、左端は

               星野さん、右端は伊藤さん

 

 映画は尹美亜さんと言う女性が監督の東日本大震災を語り継ぐドキュメンタリー映画で、映画の本流と言われる娯楽作品ではない。市民一人ひとりが防災意識を持つことが如何に大切であるかを啓蒙する真摯な教育映画と言えよう。従い、行政が中心になってこのイベントを開催するのが順当だが、行政(我孫子市)が断ったため、代わりに当方が出資して肩代わりした特異な経緯がある。

 そのためであろうか、市長と教育長は来賓席に座っていた筆者を見て謝意を表することは無く、むしろ無視する一方だったが、或る程度事情を知る常識家で人情家の副市長からは何度も「代わりに引き受けて頂き、感謝します。」との丁重な労いの言葉があった。両者の対応は極めて対照的で、副市長の慰めについ感涙したものだ。

 

 イベント開催まで種々紆余曲折などがあったが、素晴らしく感動的なこの名画を全国的な規模で上映を続けて下さいと尹さんにエールを送る手紙を差し上げた。なお、彼女は在日韓国人三世とかで、日本人とは言え筆者の姓(癲砲眛本人的でないため、ある種の親近感を覚えた次第だ。ひょっとすれば、お互いにルーツは同じかも知れないと思うと、彼女の益々の活躍を祈念せずには居られない心情になる。

 

 

   (右より左へ)星野さん、  世界の人形館で伊藤さんを

      尹さん、筆者     囲んで左が筆者、右が関市議

 

 また、後半のイベントは、大震災の語り部として活躍する南三陸ホテル「観洋」の第一営業次長、伊藤 俊さんの教訓で彩られた興味深いトークで締めくくられた。なお、上映会の直前に、伊藤さんに世界の人形館をご見学頂いたが、いささかでもお役に立ったのであろうか?いずれにせよ、近々現地に出向いて激励し、東北の震災復興のささやかな一助に貢献したいと念じている。

 

(後記)

 三月のひまわりの代表理事、星野真弓さんのご両親が遠路わざわざ筆者を訪ねて来られた。用件は上記上映会で、スポンサーである筆者に礼を尽くさなかったとしてお詫びに来られたのだ。腰のいお似合いのご夫婦から、筆者が大好きな美しいお花などを頂戴した上に、幣著書までお買い上げ頂く丁重な気配りに却って恐縮した次第である。

 子はいくつになっても、親にとっては子なのであろう。子を想う親御さんの愛情に、ついほろりとさせられた。このお返しとして、今後とも三月のひまわり主催のイベントを資金的に支援して

   世界の人形館でのご両親と筆者

行く旨をご両親に伝えた。その後、近くの回転寿司店で、昼食を共にしながら歓談してお別れした。(2月8日) 

 

               ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

 上記著書『トラベル・イズ・トラブル安全な旅は退屈だ!!

ルネッサンス・アイ 1,300円+税 のお買い求めは、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。

 

   

 

お問い合わせ:
世界の人形館 
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寒さと病と孤独のトリレンマ
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 また鬱陶しく愚痴るような私事になり誠に恐縮だが、今の筆者はトリレンマ、つまり寒さと病と孤独を負う三重苦に悩む毎日を送っている。遠からず81歳になるかなりの老体にとっては苦行であり、しかも初体験でもあり戸惑うばかりである。

 

 トリレンマの(1)は寒さだ。今週は最強の寒波襲来で、昨日(1月22日)は4年ぶりの大雪になった。積雪も20センチ超となり、マンションに住む我が家のルーフバルコニーではこんもりと綿のような雪が積もった。雪景色の佇まいはなかなか捨てがたい魅力があるが、数年前には滑って捻挫した苦い体験があり、危険なため近付かないで遠くから眺めるだけである。また歴史的とも言われる寒気がしばらく居座りそうにつき、日陰の雪が融けるのには1週間ぐらいは要しよう。

 

    

                     (我が家のルーフバルコニーに積もった雪)

 

 さて、寒くなると朝起きるのが大変である。特に3年前より妻の長期入院で完全な独居生活を強いられているので、以前のように起こしてくれる連れがいない。故に一度は起きても、またベッドに戻ることが度々だ。不規則になりがちな生活を是正してくれるのが、毎週月曜日〜金曜日の朝(10時前後)に電話を掛けて下さるモーニングコールである。我孫子北地区福祉協議会が行っている電話訪問で、うら若き(と想像したい)女性たちが丁寧且つ親切な口調で話しかける。誠に有難いボランティアサービスで感謝に耐えない。

 

 トリレンマの(2)は病であり、2つの問題を抱える。前者は筆者自身で昨年11月初めに、80年の人生で初めて入院・手術した前立腺肥大の結果が思わしくなく、入退院も繰り返した。手術後に併発した尿道炎が治るどころか、最近は悪化する始末だ。具体的には頻尿と、真逆の閉尿を繰り返し、さらに失禁が絶えないためオムツが欠かせない。そこで執刀医に問い詰めると、最初は3か月待って欲しいとの話が間もなく過ぎようとなると、今度は10人に1人の割合しか感染しない悪質な菌に侵されたと弁明して不運を嘆く。結局真相は闇のようである。

 

   後者は幣ブログでも3年ほど前より時々紹介している、認知症で入院中の妻のことである。昨年6月より食べ物や飲み物を口にする経口摂取が一切出来なくなり、代わりにIVHという経管による中心静脈栄養法に依存している。要するに終末期医療であり、換言すれば延命以外の何物でもない。昨秋より病院から「危ない(危篤)、危ない」と言われ通し

次男の嫁や孫娘と共に妻を見舞う

で低空飛行状態を続けるだが、顔色だけは見たところ元気そう。

 だが、首から下は骨だらけの可哀そうな姿で、夫でありながら正視出来ない。介護士もオムツ交換の時は、筆者に見ないようにと席を外すことを促すほどだ。きっと上述の尿道炎が完治するまで、妻は懸命に待っているのかも知れない。そう想うと、愛しい妻が一層いじらしくなり、いつもの如く悲しく切なくなる。

 

 トリレンマの(3)は孤独である。「あなた、孤独ですね」と言われるとショックを受ける人が大半のようだが、実際に孤独であっても一般的には隠す傾向がある。筆者の場合は後述の経緯があり、孤独であることをむしろ公言している。残念ながら時間の問題という終末期を迎えている妻をほぼ毎日見舞い・介護する訳だが、それが3年も続くと実質的に死別状態の心境になる。加えて、共に2時間近く離れた所に住む長男とは実に8年間、次男とは3年間も没交渉である。親の教育が悪かったのであろうか、或いは不徳の致すところか、お恥ずかしい限りだ。唯一の救いと言えば、数か月ごとに訪ねて来る次男の嫁と孫であろうか。

   因みに、最近近くに住む知人で4歳ほど年長の男性からよく電話がかかり、また拙宅に来られて身の上話などを聞かされる。健康の不安や金銭問題などを抱えておられるようだが、娘夫婦宅で同居しているとは言え妻に先立たれた孤独感から逃れることが出来ないようだ。しかも孤独であることを決して吐露しようとしないが、特に用も無いないのに度々電話してくるのは孤独感を癒そうとしたい表れではと思わざるを得ない。人は老年期になれば活動や交際の範囲が狭められ、人や社会

とのりが減り孤独になりがちは至極当然なのだが・・・。 

 

 ところで、大雪が降った昨日は通常国会が召集され、安倍晋三首相は施政方針演説で「人づくり革命」の実現を訴えた。” あらゆる人にチャンスがあふれる1億総活躍社会に向けて、人づくり革命を、皆さんと共に進めていこうではありませんか ”と呼びかけたが、今回も単なる言葉遊びに終わるのではなかろうか?確か数年前にも1億総活躍社会を声高に唱えたが、その後は具体的なフォローアップや成果のレビューも特に無く終わったように記憶している。

 筆者自身は単なる口先や掛け声だけに終わりがちな政府に頼らず、残り19年余がある人生100年時代を見据え、前述のトリレンマを克服してプラス志向で前進したいと念じている。もっとも寒さという自然現象は、いくら人類が進化を遂げてもコントロール出来るものではあるまいが・・・。いずれにせよ、1度しか無い人生を悔いの無いものとし、もし妻が先に他界した場合は彼女の分まで長生きしようと誓っている。親しい友人や知人もそう勧めてくれ、激励もしてくれる。

 

読者の皆さんへ

 今回の幣ブログに対し、ご意見やアドバイスがあれば忌憚なくお寄せ頂きたい。お待ちします。

  連絡先: 世界の人形館 TEL 04−7184−4745
                     E−MAIL  
ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

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80歳にして人生初の入院と手術
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 幣ブログの前号(10月21日付け)で予告した通り、今月1日から9日間も入院していた。頻尿が苦痛の前立腺肥大の手術を受けるためだが、80年の人生で初めての入院は他人から珍しいのではと言われる。手術と言えば数年前の白内障があるが、日帰りで入院しなかった。また、戦前の国民小学校時代に学童疎開した徳島市で蓄膿の手術を受けたが、定かではないが確か日帰りだったと記憶している。たとえ入院であったとしても、1泊程度ではと・・・。 

 因みに、当初は1週間の入院予定であったが、2日遅れに加え完治していない条件付きの退院を強いられた。理由は前立腺肥大の手術そのものは成功したものの、膀胱の機能が弱いため肝心のおしっこが出ないのだ。そのため(人工)尿管を付けたまま退院して自宅療養することにしたが、暫くは通院が必要な見通しである。認知症で終末期を迎えている妻を案じるあまり入院・手術をずっと見合わせてきたのが、結果的には遅過ぎて機を逸したかも知れない。しかし、今更ぼやいても得るものは無く、時間を掛けてでも全治を目指し前向きに頑張る他あるまい。

 

 生来じっとしていられない性格だけに9日間の入院生活は実に退屈で、しかも苦痛すら伴うものであった。2年半も寝たきりの入院生活を送っている妻の心境や如何にと想うと、それは残酷という言葉以外は見出せず切なくなる。斯かることを想定して本を5冊ほど病室に持ち込み読書に勤しんだが、すっきりとした心境になるには程遠かった。だが、単調になりがちなルーティンを救ってくれたのが、多用にも拘わらず訪れて頂いた多数の見舞客である。中には独居生活を送っている筆者を気遣い、入院時に車で病院まで送ってくれたり、また連日見舞いに来て励まして頂いた方もいた。

 私事で誠に恐縮だが2人の実の息子たちがいながら、不徳の致す故か見放された感があっただけに、人の情けを有難く感じた次第だ。「情けは人の為ならず」を実感したわけだが、人に対して損得を抜きにして情けを掛けておけば,巡り巡って自分に良い報いが返ってくることを知らされた有意義な初入院でもあった。また、普段あまり気にも留めなかった健康の有難みを噛みしめながら、条件付きの退院に対しリハビリに懸命である。この機を活かして80年の人生をリセットし、最近話題になっている人生100年時代に備えたいものだ。

 

 さて、入院と言えば、私ことワールド・トラベラーにも外国で忘れ得ぬ想い出が2つある。共に一旦は入院しかけたのだが、結局はその日に退院したのである。その一は、2004年6月下旬から1ヵ月余りアメリカをほぼ一周する長旅であった。後半の7月中旬には中西部を巡り、ラピッドシティからミネアポリスに向かうフライトの機内でトラブルが発生した。それまでに蓄積された疲労か、或いは厳しい保安検査のストレスか、吐いた上に下痢をした。ミネアポリスのホテルに着くと直ぐに数時間休息したが、体調が回復しないため急遽近くの病院に駆け込んだ。

 

   

 

 受付に病状を説明し、待っている患者がほとんどいないのですぐ検査と治療をしてもらえるものと思った。しかし、その後、医者・看護師・検査技師など5〜6人が入れ代わり立ち代わり現れるが、全員が金太郎飴のような同じ質問をするではないか!結局、検査が始まったのは1時間後で、超スローな対応にイライラしっ放しで筆者もこれには業を煮やした。

 その後病状も少し良くなったようなので、3時間後に「次の予定があるからユックリできない」と言い残し、薬ももらえないまま病院を出た。いかにも近代的でスピーディと思っていたアメリカの病院は、患者本位ではない、とんでもない所であった。詳細は幣著書『トラベル・イズ・トラブル パート2』を!

 

 その二は、2008年8月〜9月にオーストラリア、ニュージーランド、米領サモア、クック諸島、サモアを訪れる南太平洋巡りをした時のこと。全般的に平穏な旅で終わりそうであったが、九死に一生の大ピンチがニュージーランドであった。オークランドからレンタカーで約450km北西に位置する北島の最北端、レインガ岬を目指した時だ。

 運転直後から車のどこかで異常音がして気にはなっていたが、夕刻には岬の手前まで行きたいと思い、ランチも休憩も十分取らずにひたすら急いだ。道路は平坦に見えるが比較的細い道が多く、加えて九十九折のようにくねくねしアップダウンも多い。そのためであろうか何度も車はスピンするほど危険なドライブとなり、疲労も重なってウトウトしかけた。

 

           

 

 もうすぐレインガ岬という岬の直前で、目の前にトラックのような大型車両が迫り、目の前が真っ白になったところで気を失った。暫らくして正気に戻り、レンタカーの前部を大破する事故を起こしたことを知った。先ほどの真っ白に見えたのは、実はエアバッグが破裂した瞬間だ。このバッグとシートベルトのお蔭で助かったわけだが、胸が圧迫されたように息苦しくほとんど身動きできなかった。

 間もなく救急車が来て近くの町カイタイアの病院に運ばれたが、検査結果は骨折ではなく打撲傷と分かった。旅行スケジュールもタイトなため入院せず、薬をもらって当夜は近くのモーテルで泊まった。翌朝バスを乗り継いでオークランドに戻り、幸運にも打撲傷で済み旅を続けたが、それでも完治するまで1ヶ月以上を要した。詳細は幣著書『トラベル・イズ・トラブル』を!

 

(後記)

退院してから5日後に病院に出かけ、件の尿管を外してもらったところ、おしっこが勢いよく出たので安堵した。と思ったのも束の間、今度は1時間ごとに尿意を催すではないか?手術前の2時間ごとのトイレよりも超酷い頻尿で、特に夜は全く熟睡できず不快きわまりなかった。

 そこで翌日また病院に駆け込んだところ、尿道炎と膀胱炎を併発していることが分かり、これが頻尿の原因である。全治までには少なくとも数週間は要する見込みで、手術そのものは上手く行っても合併症を伴うリスクをある事を思い知らされた。人生初めての入院はトラブル続きのほろ苦い体験であった。(11月17日)

その後、頻尿に加えておしっこが出ないではないか?すぐに病院に駆け込み診てもらったところ、今度は尿道がふさがる尿閉を起こしていることが分かり、即再入院となった。妻や家のことが気掛かりで3日後に再退院したが、今回の手術に伴うトラブルはいつまで続くのであろうか不安でならない。(11月25日)

 

               ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

 上記の幣著書:

  『トラベル・イズ・トラブル』 『 トラベル・イズ・トラブル パート2

   安全な旅は退屈だ!!     楽でない旅こそ最高だ!!     

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