世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
内戦が泥沼化するイエメンの幻想紀行(その1)
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 内戦と言えば、誰もがすぐシリアを想起するであろう。だが、世界に知れ渡ったシリア内戦の陰に隠れ、泥沼化する一方の内戦国がある。中東の最貧国と言われるイエメンである。その象徴的なことが2週間ほど前(12月4日)にあり、イエメンのサレハ前大統領が殺害されたのだ。3年前から首都サナアを共に実効支配してきたイスラム教シーア派の反政府勢力「フーシ派」との同盟関係が決裂し、前大統領の自宅が爆破されて死亡した由。

 

  イエメン内戦は、2015年3月に隣国のサウジアラビアが介入してから激化した。サウジアラビアは紅海の石油輸出ルートを守るため、南部を中心に勢力を保つハディ大統領派を支援する。これに対し、北部や中部で支配地を拡大するイスラム教シーア派系の武装組織

  フーシ派は、イランやハディ派と対立するサレハ前大統領派と協力関係にあったとみられている。イエメン内戦は言わば長年敵対関係にある、サウジアラビア VS イランの代理戦争とも言えよう。

 

 一方、国土の一部はテロ組織「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」の勢力圏で、掃討戦を展開するアメリカの空爆も続いている。2012年までの30年にわたってイエメンを統治していたサレハ氏は、2014年にフーシ派が首都サヌアを含む広範な国土を掌握した際に同派に合流した。だが、先月になって同氏とフーシ派との同盟関係が決裂してサナアでの激しい市街戦になり、同氏は激化した市街戦に巻き込まれて死亡した訳だ。

 豊かな産油国が圧倒的に多い中東のアラビア半島にあってイエメンは産油国だが、原油生産量が少ないこともあり人々は貧しい。また、1962年にイエメン王国が崩壊後は南北に分かれて内戦が始まり、1990年に南北イエメンが統一され現在のイエメン共和国ができた。その後南部ではイスラム原理主義の過激派アルカーイダが台頭し、その指導者であったウサーマ・ビン・ラーディンの父親はこの地の出身だ。

 

 近世のイエメンは上述の様に内戦が絶えない貧しい問題国だが、その昔、紀元前8〜2世紀頃は華やかな栄光の時代であった。即ち、ソロモン王とシバの女王のロマンスで知られるシバ王国時代に、特産の乳香などで地中海とインドを結ぶ海のシルクロードの要地として繁栄した。そのためヨーロッパ人から「幸福のアラビア」と呼ばれほど憧れの的となり、アラビア文化発祥の地が現在のイエメンである。


  

 そんな神秘性を秘めた国を私ことワールド・トラベラーは、1998年3月〜4月と2011年12月の2度も旅している。旅の一部は2011年12月19日付け幣ブログ『PKO派遣の南スーダン、危険なイエメンへの旅−245国・地域制覇』で紹介しているが、今回は1998年の最初の旅を中心に詳述しよう。

 

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 何千年の歴史を刻んできた首都サナアは、標高約2300mに位置する高原都市で人口は約175万人。その雰囲気は「アラビアンナイト」を彷彿させ、まるでおとぎの国のお菓子の街のよう。世界最古の町の一つとも言われ、1986年にユネスコの世界文化遺産「サナア旧市街」として登録された。この古都は街の中心を南北に走る通称エアポート・ロードと呼ばれるアリ・アブドゥル・モグニ・ストリート通りを境にして、新市街と旧市街に分けられる。

 町全体が生きた博物館のような佇まいの古都の最大の見どころは、もちろん旧市街である。正門とも言うべきバーバル・ヤマン(イエメン門) から入ると、高いもので50mはあろうか、石と日干しレンガで出来た伝統的な中高層建物が密集する。道行く男たちのほとんどは、腰にジャンビーアという短剣を差し、まるでコブ取り爺さんのように片方の頬をふくらませてカートを噛んでいる。あたかも中世の世界にタイムスリップしたような錯覚に陥る。

 

  

  サナア:イエメン門  ジャンビーア   サナア:旧市街を散策の筆者

 

 スーク(市場)の奥へを進むと、細い路地の両側に小さな店が並ぶ。ここでお土産にと名物のジャンビーアを買おうとお店に入り、一目見て気に入ったのがあったので購入した(上の真ん中の写真)。因みに、360度のパノラマが楽しめる絶好の撮影ポイントとしてお勧めしたいのが、旧市街の一角にあるアル・カスビ・ホテルの屋上だ。家々の窓枠には白いレースで縁取りされたように美しいデコレーションが施され、まるで中世のお伽の世界に迷い込んだよう。

 サナア郊外も見逃せないスポットがいくつかある。サナアから北西約15kmにあるワディ・ダハールがお勧めで、乾いた赤茶色の岩山に囲まれ緑が溢れる。必見は小さな丘の上に建つロックパレスで、1930年代のイエーメン支配者の別荘だったものだ。今にも丘から倒れ落ちそうな不安定な感じを受けるが、雲ひとつない青空に鮮やかに映える。マーリブへ向かう途中のアル・ガラス近くで、標高2300mのエブン・ゲイラン峠があり、西部劇に出てくるような雄大なスケールの山岳風景が眺望できる。

 

  

 サナア:旧市街を俯瞰   ワディ・ダハール:  エブン・ゲイラン峠

                   ロックパレス    

 

 中国が造ったサナアからホデイダに向かう急峻な道は230kmほどだが、旅行者を惹きつける魅力に溢れ変化がある。特に首都を出てマナハまでは景勝ルートで、緑豊かなコーヒー畑、遠くに聳える富士山とほぼ同じ高さのナビー・シュアイブ山(3760m)、マトゥナ峠を超えると棚田で埋め尽くされた山の斜面など、見応え十分だ。マナハに着いて大きな石だらけの未舗装の道を5kmほど進むと、険しい岩山の上にハジャラという町がある。

 標高2800mの町には4〜5階建の堅固な石造りの家々が並び、花崗岩や玄武岩が積み上げられ白い漆喰で縁取られているのが美しい。また、町全体が城壁に囲まれており、オスマン・トルコ占領時代は要塞になった。この後3000m近い標高差の山道を一気に下って行くと、緑が急に少なくなりワディが広がる。ひんやりしていた風も熱風に変わり、イエメン西部に広がるティハマという紅海沿いの平野に入った。

 

  

ハジャラ:石造りの家が並ぶ カートを噛む男 タイズ:サビル山より俯瞰

散策するワールド・トラベラ

 

 サナアの南256kmのタイズ昔ながらの古い建物や城壁が残り、イエメン第2の都市らしからぬ落ち着いた風情がある。古都のイメージを早く把握したいならサビル山が一押し。3000mを超える山頂に行かなくても中腹から、南北に迫る険しい山間にあるタイズの町並みが一望でき絶景だ。モスクが林立する旧市街で絶対見逃せないのが、サビル山麓に建つアル・アシュラフィヤ・モスク。2つの白いミナレット(尖塔)がひときわ人目を引き、その尖塔の上から旧市街の素晴らしい眺めが楽しめる。

 因みに、タイズからアデンに向かう途中のオアシスにホエミの温泉があり、プールのような温泉場で地元民が入浴していた。まさか温泉があるとは思っていなかったので、水着は持参していなかったため泳げなかったのが残念至極であった。

 

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 サウジアラビアの攻撃機などによる空爆の激化で、世界遺産のサナアの旧市街が無残にも破壊されたと聞き及ぶ。ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)はイエメンの輝かしい歴史を傷つけていると非難し、国際法にフォローして即時攻撃の停止を呼びかけたが効果は無いようだ。シリアの二の舞になるのではなかろうかと思うと、人類の無智と無恥に腹立たしくもなる。

 

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トランプ大統領が首都と認定したエルサレムの想い出
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 3つの宗教の聖地が集中する都市をご存知であろうか? 火種の絶えない中東で一時は猛威を振るったイスラム国(IS)がやっと崩壊したのも束の間、今度は宗教対立という新たな火種ができた。それは一昨日(12月6日)アメリカのトランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定し、大使館を現在のテルアビブから移転することを決めたのである。昨年の大統領選での公約を順守することで、支持基盤の親イスラエル系の保守勢力などをつなぎ留めたい国内向けの政治判断が強いとの由。

 在イスラエル米国大使館の移転はクリントン政権下の1995年に制定の米国内法で義務付けられて入るが、歴代大統領は中東の安全保障への影響に配慮し、半年ごとに移転判断を先延ばしする大統領令に署名してきた。しかし、トランプ大統領の娘婿でユダヤ教徒でもあるクシュナー大統領上級顧問が取り組んでいる中東和平交渉を軌道に乗せるため、同大統領は一度は表明した「移転の先延ばし」を撤回してエルサレムの首都認定という「パンドラの箱」を開けてしまったようだ。 

  トランプ政権は「過去22年間、米国が大使館の移転を自制したにもかかわらず中東和平は進展しなかった」と述べ、今回の措置は中東和平の行方には影響しないと主張する。また、パレスチナ自治政府が将来の首都と位置づける 東エルサレムについては

 「パレスチナの支配地域だ」と述べ、エルサレム全体がイスラエルの首都だとするイスラエル政府の立場を追認したわけではないと釈明する。さらに、最近はアラブ諸国がイスラエルへの接近姿勢を強める中、今回の措置をアラブ諸国が受け入れ、自治政府も結果として追認するとの計算もあったとみられる。


 だが、現実には身内のティラーソン国務長官やマティス国防長官が懸念していた通り、即座に中東各地で反発が噴出し、クシュナー氏が主導する中東和平交渉は頓挫する公算が大との見方が強まっている。また、アメリカの情報機関も今回の措置がパレスチナやイスラム過激派による反イスラエル闘争に火をつける可能性が大きいほか、中東での米国権益がテロ攻撃の標的にされかねないとの情勢分析を強めているとか。国際社会もパレスチナ自治区をはじめとする中東諸国はもちろん欧州もこぞって反対しており、北朝鮮までが批判する始末だ。

 

 ここで中東通でない限り理解しがたいエルサレムにつき纏めてみよう。イスラエルは1948年の第一次中東戦争で西エルサレム、1967年の第三次中東戦争で東エルサレムを占領して市全体を同国の首都として宣言したが、国際的に認められていない。と言うのは、1948年にイスラエルが建国宣言すると、当時住んでいた多数のパレスチナ人が難民になった。彼らはイスラム教徒が多く、東エルサレムを将来の独立国家の首都と主張する。国際社会もアメリカの歴代政権も、「エルサレムの地位はイスラエルとパレスチナの和平交渉で決めるべき」としてきた。このため各国はテルアビブを事実上の首都とみなし大使館を置く。

 因みに、エルサレムの約1km四方の壁に囲まれた旧市街には、古代ユダヤ王国の神殿の一部とされる嘆きの壁、キリストの墓と言われる場所に建てられた聖墳墓教会、イスラム教の預言者ムハンマドが昇天したとされる岩のドームがある。要するに狭い場所にユダヤ教、イスラム教、キリスト教の聖地が混在するのだ。もし、アメリカがエルサレムを最終的に首都として認め大使館を移転すると、特に聖地を大切にするイスラム教徒の反発を招き、ひいては中東全体を混沌化し不安定にする懸念が大であるからだ。

 

             −−− 嘆きの壁での2人 −−−

  

     トランプ大統領       ワールド・トラベラー

   (ネットより転用・加工)

 

 斯様に複雑な街エルサレムを私こワールド・トラベラーは1994年12月に訪れており、その時の模様は2017年 1月 24日付け幣ブログ「 トランプ大統領ゆかりのユダヤ教の国、イスラエルの旅 」で述べている。一部重複するかも知れないが、今一度エルサレムはどんな都市か紹介しよう。

 

 神の名の下に4000年の昔から民族の興亡を賭けて数え切れない戦いの舞台となる歴史を刻んで来た街は、標高790mの小高い丘の上に位置し、丘と坂が多く変化に富む。見どころが多い旧市街の東にある、ケデロンの谷上にあるのがオリーブ山である。標高825mの丘はユダヤ教徒にとっては聖地巡礼の最終ゴールであり、ここからエルサレムの街並みがばっちり見下ろせる。なだらかないくつもの丘にまたがり、その斜面に薄いベージュのエルサレム石で統一された建物がびっしり建つ。

 訪れたのは朝日が出て間もなくで、街全体が神秘的に輝くような中で、ひときわ目立つのが黄金色が眩い岩のドーム。預言者ムハンマドが天馬に乗り昇天したと伝えられる聖なる岩の上に建ち、預言者の足跡も残る。このドームはユダヤ教も、ダビデ王と神との契約が収められた箱を祀った場所として譲らない。後ほど岩のドームに行き見学し、黄金色のドームを支える八面体の建物のブルータイルの美しさに見惚れたが、ドーム全体の写真を撮るならオリーブ山の方が一押しだ

 

  

  オリーブ山より旧市街を望む筆者 嘆きの壁(手前)と岩のドーム(後方)

 

 岩のドームが建つ神殿の丘は古くはソロモンの神殿があった場所とされ、ユダヤ・イスラム・キリストの3宗教の聖地になっている。岩のドームと共にイスラム教徒にとって重要なのが、銀色のドームを持つアル・アクサー寺院だ。ムハンマドが神と共に夜空を旅した地とされる。この丘を囲む西側の外壁が、ユダヤ民族の永遠の故郷と有名な嘆きの壁である。壁の前で正装姿で聖書を読む人や、壁に顔を押し付けるように祈る人など熱心な信者が絶えない。この壁がある広場で壁の上を見ると、岩のドームが黄金色に輝いていた。

  この嘆きの壁から西北へ600mほど、キリストが十字架の刑場へ最期の道を歩んだヴィア・ドロローサ(苦難の道)進むと、キリスト教徒にとり重要な聖墳墓教会がある。新約聖書には、弟子のユダに裏切られたイエス・キリストが十字架に磔にされたと書かれている場所だ。現在この教会はカトリック教会、アルメニ使徒教会、東方正教会、シリア正教会、コプト正教会の教派により共同管理されており、一日中それぞれ何らかの教派によるなどの祈祷が行われている。

  

神殿の丘、中央に岩のドーム ヴィア・ドロローサ   聖墳墓教会 

 手前がアル・アクサー寺院

 

 我々日本人は一般的に宗教に無関心だが、外国、特にイスラム教やユダヤ教などを信仰する教徒にとっては、宗教は日常生活のベースになっている。それだけに宗教対立は国家間の争いにまでなることが往々にしてあり、その点では我が日本は天下泰平の平和な国と言えよう。

 

(後記)

●トランプ米大統領はエルサレムのイスラエル首都認定撤回を求める国連の緊急特別総会の決議案に賛成票を投じた国に対し、金融支援を打ち切る構えを示した。この暴力団紛いの恫喝に対し、ヨーロッパなど世界各国の首脳が素早く反発した。同大統領が有言実行なのは結構だが、どうも品性が無い御仁のようだ(12月22日)。

●国連の緊急特別総会で、アメリアに方針の撤回を求める決議案を128ヵ国の賛成多数で採択した。しかし、反対9、棄権35、欠席21の合計65ヵ国もあり、賛成国への財政援助援助停止の警告をちらつかせた影響があった様だ。因みに、反対した9か国はグアテマラ、ホンジュラス、マーシャル諸島、ナウル、パラオ、ミクロネシア、イスラエル、トーゴの弱小国である。 

●アメリカはイスラエルの建国70年に合わせて在イスラエル大使館を商都テルアビブからエルサレムに移転した。しかし、東エルサレムを将来の独立国家の首都と想定するパレスチナは直ぐに猛反発し、パレスチナ自治区ガザでは4万人が抗議デモに参加した。イスラエル軍との衝突で、少なくともパレスチナ人43人が死亡し、2000人が負傷した。1日の犠牲者としては、イスラエル軍がイスラム組織ハマスに大規模攻撃した2014年以降で最悪規模となった(2018年5月14日)。

 

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クルド独立の住民投票が強行されたイラク・クルド自治区の旅
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 イラク中央政府は勿論、トルコ、イラン、アメリカなど国際社会が猛反対する中、少数民族のクルド人を主体とするイラク北部の自治政府「クルディスタン地域政府(KRG)」が、去る9月25日に独立の賛否を問う住民投票を強行した。クルド人住民の多くは賛成票を投じ、独立に賛成が92.73%に達した。早速KRGのバルザニ大統領は政府に独立に向け協議に応じるよう求めたが、政府は住民投票は無効として応じない。住民投票結果に法的拘束力が無いとは言え、KRG、つまりクルド自治区とイラク政府の対立は激しくなる一方だ。

 対抗措置としてイラク政府はクルド自治区内にある2空港(アルビルとスレイマニア)を管理する権限を政府に移譲しなければ、両空港での国際便の発着を禁止するとし各国の航空会社に通知したが、KRGは移譲を拒絶した。今後陸路も封鎖されれば、同自治区の孤立が深刻化しそうだ。また、イラクの国民議会はKRGが実効支配する油田地帯の北部キルクーク州など係争地への軍派遣と、自治区内の在外公館の閉鎖を求める決議した。四面楚歌に追い込まれた感じの自治区だが、中東諸国と対立するイスラエルが支持する唯一の国とは皮肉である。

 

 因みに、クルド人だが、「国を持たない最大の民族」と呼ばれる。総人口は約3000万人で、独自の言葉と文化を持つ。第一次世界大戦後にオスマン帝国の領土の一部は、イギリス・フランス・ロシア間の交渉で一方的に国境線が引かれた。クルド人が住む地域はトルコ南東部、イラン北西部、イラク北部、シリア北東部に分断された。その後は各国で少数民族として迫害され、同化を強要された。苦難の歴史であったが故に、各国で自治要求や独立運動を展開する。しかし、自国内にクルド人を抱える関係国は警戒を強める。

 

  

住民投票終了後にKRG旗  イラク・クルド自治区とクルド人の分布図

 を振り喜ぶクルド人

(ネットより転用・加工)

 

 特に国内のクルド人独立機運が強い隣国のトルコとの緊張が高まっている。実はトルコには人口の約2割、約1500万人がクルド人とされ、独立を目指すクルド人の非合法組織「クルディスタン労働者党(PKK)」が武装闘争を続ける。今も内戦が続くシリアの北部でも、クルド人の台頭が著しい。同国のクルド人組織・民主統一党(PYD)は過激派組織イスラム国(IS)の拠点を攻め、支配地域を拡大中だ。詳しいことは幣著書『ワールド・トラベラーだけが知る素顔のイスラム』をご購読願いたい。

 

 筆者はそんな注目を集めるイラクのクルド自治区を2013年7月に訪れ、旅の概要は2013年7月31日付け幣ブログ『ギネス更新(!?)265ヵ国・地域を旅し, Travel is Trouble 痛感』で触れている。面積は日本の1/5強の8万k、人口は約550万人。1970年イラク北部で設置された自治区で石油を産出し、サダム・フセイン大統領政権崩壊後は経済発展が著しい。東京にある日本クルド友好協会の紹介状のお陰で特別入国できたが、滞在中の外出や移動は自治区内に限定され、治安問題もありバグダッドやモスール行きなどは諦めざるを得なかった。

 

アルビル空港で出国の際に三脚を武器と見做され没収されるトラブルはあったものの、自治区内の治安は概ね良かった。特にクルド人は老若男女を問わず友好的で人懐っこく、こちらが日本人だと分かると一層親日的になる。撮影中の筆者を見ると近づき、必ずと言って良いほど一緒に写真を撮って欲しいとせがまれるほど。また、

クルド人家族と仲良く)

アルビルのホテルオーナー、ザイトナ氏が親身になって相談に乗っていただき、意外に快適な滞在を楽しめたのも忘れがたい。滞在中に訪れた3主要都市を紹介しよう。

 

 先ず自治区の主都になっているアルビルは、バグダードの北およそ350kmに位置する。人口は約150万人の大都市だが、紀元1世紀アッシリア人のアディアバネ王国の都であった古い歴史を持つ。自治政府が独自に進める油田開発から得る豊富な資金をベースに好調な経済成長が続いており、「第2のドバイ」とも呼ばれるほど活況を呈する。街の至る所で建設ラッシュが見られ、特に市街地周辺の幹線道路沿いは高層ビルなどの建設が目立つ。

 旧市街地の中心には、シタデルと呼ばれる巨大な古い城塞がそびえる。約1400年前に建造され人々が住むようになったが、2013年から保存修復工事が進められていた。シタデルの南側は大きな中央広場があり家族連れで賑わい、広場を囲むようにして大きなバザールが広がる。市内にモスクが数多くあるが、最も目立つのは壮麗なジャーメ・ジャリール・ハイヤット・モスクだ。他に街の西外れにあるサーミ・アブドラ・ラフマン・パークという街最大の公園と、東外れにあるファミリー・モールという巨大なショッピングセンターも見逃せない。

 

                              −− アルビルを散策観光する筆者 −−

  

アルビルの象徴・世界最大級 ジャーメ・ジャリール ファミリモールで

  のシタデル(城塞)   ・ハイヤット・モスク  クルドの若者たちと
   

 アルビルの南東200kmほどにあるスレイマニアは、人口が約100万人の自治区第2の都市だ。タクシーを拾って出かけたが、途中でイラク最大の人造湖であるドゥカーン湖を見かけ、遠くに霞むようにザグロス山脈が連なり、その向こうはイランである。峠を下りる前に小高い丘があり、眼下を見るとドゥカーン湖を水源とするレッサー・ザーブ川が流れ、濃紺の川と周囲の赤茶けた不毛の山地とのコントラストが目にも鮮やかで、この川の両岸にドゥカーという町の家々が見える。

 さてスレイマニアだが、特に見どころも無さそうな特色のない街で期待外れであった。敢えて言えば、街の中心にあり、買物客で賑わいを見せるバザールと、その心臓部に建つモスクぐらいであった。当初は1泊する予定であったが、適当なホテルが無いため、急遽アルビルへ戻る日帰りツアーとなった。

 

  

    スレイマニアの新市街の    レッサー・ザーブ川が流れる

    中心を散策する筆者       ドゥカーンの町並み

 

 一方、アルビルの北西153km、トルコ国境まで60kmと近いドホークは、自治区第3の町で人口は約50万人。アルビルを車で出て1時間ほど走ると、チグリス川の支流であるアッパー・ザーブ川が見えてきた。橋を渡って西進すればモスルに出るが、過激派組織・イスラム国(IS)の支配下に入る直前で危険なため右折して北上した。その後高度がどんどん上がり峠を登りつめ盆地に入ると、急に視界が開けてドホークの市街地が広がっていた。

 北側と南側に山々が見えるが、特に北斜面は標高が約2000mの山並みが町に迫り、山の斜面にへばり付くようにして建つ建物も多い。町から南西へ25kmほどにはチグリス川が流れる。東西に細長い町の東部は新市街で、その一角にあるグランド・モスクはかなり立派で、中に入ると直ぐに冷たいお水飲ませてくれホッとした。町の西側は旧市街になっているが、中東独特の大きなバザールが無いようであった。

 

  

     ドホークの市街地を俯瞰     チグリス川の支流を散策

 

 イラクのクルド自治区の独立を問う住民投票は、本日(10月1日)に行われるスペインのカタルーニャ自治州の住民投票にも多大の影響を与えそうだ。カタルーニャ自治州の方は投票結果が拘束力を持つだけに、スペイン中央政府は投票阻止に躍起のようだ。イラク以上の混乱が起こりそうである。

 

(後記)

 クルド独立の夢ははかなく消えたようである。クルディスタン地域政府(KRG)自治区の独立の賛否を問う住民投票から3週間の10月中旬、イラク軍侵攻により油田地帯キルクーク州の実効支配地域を失った。原因はKRGの軍事組織ペシュメルガの一部部隊の裏切りだ。KRGはタラバニ元大統領が創設した「クルディスタン愛国同盟」とバルザニ全KRG大統領派の「クルディスタン民主党」から成るが、KRG独立を望まないイランがイラク政府と組んでタラバニ派に働きかけ、内部から崩した模様だ。

 

                ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

私ことワールドトラベラーにはクルド人に関する次の著書があるので、ご関心ある方は是非ご愛読頂きたい。

世界を動かす少数民族』幻冬舎 1,350円+税

 

   

 

 なお、幣著書のお買い求めは、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。

お問い合わせ:
世界の人形館 
TEL 04−7184−4745
        E−MAIL 
 ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

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46年ぶりに国王が来日のサウジアラビアの旅
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الله أكبر 

 神アッラーは偉大なりを日々信奉するイスラムの守護者の国王が来日する。日産1050万バーレルの世界最大級の石油産出量を誇るサウジアラビアの国王が、明日(3月12日)約半世紀ぶりに日本を訪れる。15日まで滞在し、安倍晋三首相とも13日に会談する予定である。今回のサルマン国王(81)の訪日は、1971年のファイサル国王以来46年ぶりのこと。

 因みに、国王と言っても、日本の天皇陛下などのような象徴的なものではない。サウジアラビアはサウード家を国王に戴く政教一致の絶対君主国家で、世界でも数少ない統治王家の名前を国名にする。従い、サルマン国王は大統領も兼ねているような文字通りの実力者であり大富豪でもある。 

 

 中東アラブの産油国の首長の外遊は、超豪勢なことで有名だ。今回も王子と閣僚それぞれ約10人のほかに、王族や企業幹部なども同行し総勢1200人とみられる。お陰で東京都内の高級ホテルの客室は予約で埋まり、移動のための高級ハイヤーが400台も確保されるなど、ちょっとした「サウジ特需」になっているようだ。

 

  サウジアラビアは産油国が多いアラブ諸国の中でも最大の経済規模を誇り、世界でも第20位である。国土面積は世界13位の約215万k屐米本の約6倍)で、人口は約3200万人の大国である。しかし、長引く原油安で財政状況は悪化しており、石油に代わる産業として製造業やサービス業の成長を目論んでいる。 

 (サウジアラビア国旗)

  サウジアラビア・日本の両国首脳会談では「日・サウジ・ビジョン2030」を発表し、海水の淡水化や太陽光発電などで数十件の協力事業を盛り込む。このビジョン2030のサウジ側の推進者が、サルマン国王の七男のムハンマド副皇太子(31)だ。一方、日本側は同国の石油依存か

らの脱オイル改革を支援しながら、ビジネスチャンスの拡大を画策する。

 

 サウジアラビアと言えば、すぐに石油を思い浮かぶ人が多いが、もう一つ忘れてならないのは聖地メッカを擁するイスラム発祥の地であること。私ことワールド・トラベラーは1974年〜1977年に商社マン(三井物産)として隣国のクウェートに駐在したが、ビザ問題や同国が観光の鎖国政策によりサウジ訪問は叶わなかった。

 しかし、1999年11月に経済視察団の一員と称し、業務ビザを取得し入国する特殊なツアーに参加することができた。このツアーの全責任を負うサウジアラビア航空のフライトに搭乗し、首都リヤドの空港に着いた。約2週間にわたる特別な意味を持つ観光旅行の模様を紹介しよう。

 

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   聖地メッカを擁するイスラムの発祥地であるイスラム世界の顔、そして現代は世界有数の石油大国になったが、今もベールに包まれた知られざる沙漠の国をほぼ一周した。サウジアラビア航空便で成田空港から出発し、バンコク経由で首都リヤドの空港に着いた。到着早々成田の数十倍はありそうな世界最大級の規模を持つ、豪華なキング・ハリッド空港に度肝を抜かされた。 

 リヤドや近郊の遺跡などを訪れた後、東部のアラビア湾沿いの町ダーランへ向かい、同地をベースにして国営石油会社やアラビア半島で最も古い町などを訪ねた。その後空路でイエメン国境に近い南部の高原都市アブハへ飛び、サウジアラビア最大の国立公園を観光後、今度はリヤド経由でヨルダン国境に近い北部のタブクへ飛んだ。

 

            (サウジアラビア各地を巡るワールド・トラベラー)

  

リヤド:キング・ファハド ダーラン郊外:世界  アブハ:アシール国立

   ・スタジアム    最大のナツメヤシ林   公園のアルマ博物館前

 

 この後聖地メディナに向け、「アラビアのローレンス」で知られるへジャズ鉄道沿いの砂漠道路を南下した。途中今回の旅のハイライト、およそ2000年前にナパテア人が築いた壮大で美しい岩窟墓遺跡マダイン・サーリをたっぷり見学。その後も南下を続けてイスラム第二の聖地メディナに入り、ドライバーの機転で異教徒は禁止されている神聖なスポットを車窓より眺めることができた。

 最終訪問地は、サウジ最大の街、商都ジェッダであった。到着後は紅海に面した港町の情緒豊かな旧市街などを散策したが、同国の他の町々にはない魅力がある。偶々日本のプロサッカーチーム(ジュビロ磐田)の試合があったので急遽応援に出かけ、中山雅史選手らと面会して激励した。観戦後すぐにバンコク経由で帰国した。

   

    マダイン・サーリ遺跡      メディナ:預言者モスク      リヤド:内務省ビル

 

 さて、ベールを脱いでくれたサウジアラビアは、予期以上に観光資源が豊富な国である。たとえば、絶対に見逃せないものとして、リヤドの充実した博物館と奇抜なデザインの建物、近郊の砂漠で楽しんだ乗馬、サウジアラビアとバーレーンを結ぶ長大な海上大橋、世界最大のナツメヤシ林、イエメンとの国境に近い2500m前後の険しい山岳地帯と独特のストーンハウス、かって巡礼で賑わったであろうヒジャズ鉄道夢の跡、奇岩が多い山々に囲まれ彫られた壮麗にして広大なマダイン・サーリ遺跡、最もアラブらしい雰囲気が漂うジェッダの旧市街と特徴的な出窓などが挙げられる。

 ほかに、枯れた海藻で赤く染まるという名前の由来とは違ってどこまでも青かった紅海、その海に浮かぶ白亜のモスク、アラブ料理ではサウジ風炊き込みご飯「カプサ」を賞味したグルメ、男性ばかりでお色気がなかったが素朴さがかえって良かった民族舞踊なども印象的であった。良き思い出が満載で、期待以上に楽しい旅となった。一方、アルコール類はご法度、女性にアバヤという黒いマントやニカブというスカーフを着用させる服装規定があるなど、敬虔なコーランの国の厳しい制約は、隣国クウェートに在住したことがあり違和感は無かった。

   

   

ダーラン:海上大橋キング・  ジェッダ:旧市街   アブハ近郊:観光村で

  ファハド・コーズウェイ             民族舞踊ショー出演者と

 

 しかし、突然のフライトキャンセル、完成済みと聞かされていた新築ホテルが実は未完成のため強いられた数々の不便、一部のスポットでは写真撮影制限で思う存分撮れなかったことなど、想定外のトラブルに困惑し失望もした。やはりアラブはアラブである。まだまだ観光後進国の実情を認識したが、サウジ旅行の最たる特徴である「異文化体験」を実感する貴重な旅となったのは確かだ。特に紀元前3世紀から紀元後1世紀ごろにアラビア半島を中心に、栄華を極めた隊商民族ナバテア人の古代遺跡マダイン・サーリーは見事というほかなかい。

 北の首都がヨルダンのぺトラ、対する南の首都はマダイン・サーリであったナバテアの壮大な栄華が偲ばれた。荒涼たる砂漠の中に佇む壮麗な古代遺跡は、かの有名なヨルダンのぺトラにも劣らない。巨大な岩山を削って造られた墳墓群の壮大さと美しさは圧倒的で、「呪われた都」の伝説が人々を寄せ付けず、妖しく謎めいた魅力を持つ遺跡だ。これほどのスケールの遺跡なら、他国ならとっくに観光化されるのが普通。だが、この遺跡には遺跡内を一周する遊歩道と説明の看板がぽつんと立つだけで、勿体ないことこの上ない。

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 

  筆者がクウェート駐在時代からずっと懸念してきた産油国でのポストオイルの件だが、サウジアラビアの将来はどうなるのであろうか? サルマン国王と同年配で間もなく80歳を迎える身として、存命中はやはり本件がいつまでも気掛かりである。

 

               ◇◇◇ お知らせ ◇◇◇

             (筆者の著書紹介)
     
ワールド・トラベラーだけが知る素顔のイスラム

 

            イスラムの本質と変質を分かり易く詳述し、サウジアラビア、

    シリア、イスラム国のことも詳しく紹介するイスラムの手引書

     

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| 世界の旅−中東・北アフリカ | 12:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
トランプ大統領ゆかりのユダヤ教の国、イスラエルの旅
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 中学生時代から浮気もせず朝日新聞を一途に購読して来たが、最近は看板の天声人語をはじめ面白くない記事が多いようだ。そのためか昔のように毎日几帳面に目を凝らすように読むことはなく、半月ほど溜めてサッと乱読することが多い。今日もその溜め読みを始めたのだが、真っ先に目に飛び込んで来たのが1月23日付け夕刊1面トップ。『「禁断」の豚骨イスラエル魅了』という見出しの記事だが、かつて中東に駐在経験のある筆者にとり大変興味深い。

 記事によれば、このたび豚骨スープを売り物にする日本のラーメン店が、中東のイスラエルに初めて進出したのだ。地中海に面する商都テルアビブでラーメン専門店がオープンし、満席の客たちから一斉に歓声が上がったそうだ。しかし、イスラエルと言えばエルサレムというユダヤ教の聖地があり、国民の8割近くがユダヤ教徒である。しかもユダヤ教はイスラム教と同様に豚の類は厳禁につき、まさに「禁断の豚骨ラーメン」になる。だが、美食には宗教や国境の壁も無いようだ。宗教のタブーに拘らない世俗派を狙った大胆な新手のイスラエル商法が注目される。

 

       

 

 ユダヤ教=イスラエルと言えば、今や世界中で時の人となり怖い者知らずの感があるトランプ米国大統領を思い出す。同大統領が「秘密兵器」と自慢する長女のイヴァンカさんが、ユダヤ教徒のクシュナー氏との結婚に先立ちキリスト教徒からユダヤ教徒に改宗し、ヤエルというユダヤ名を持っているのだ。因みに、クシュナー氏の祖父母はポーランドから米国へ移民したユダヤ人で、トランプ政権発足に伴い大統領上級顧問に就任している。トランプ大統領はオバマ前政権よりもイスラエル寄りは鮮明であり、どうも隠れキリシタンならぬ「隠れユダヤ教徒」の趣があるようだ。

 同大統領が殊の外イスラム教徒に対して厳しいのは、永年のイスラエルvsイスラム諸国対峙の背景があるからに他ならない。イスラエル重視の証左として、2月初めに同大統領はイスラエルのネタニヤフ大統領と会談するとも聞く。我が安倍晋三首相は先を越される感じで、アメリカという大国は依然としてユダヤ系に牛耳られているのだ。しかも、最近厄介な問題がある。トランプ大統領がパレスチナ側主張のエルサレムをイスラエルの首都として、アメリカ大使館を現在のテルアビブからエルサレムに移すと表明した。また、イスラム教徒や難民の入国を阻止する動きだ。中東和平に水を差すような火種になりかねない。

 

 上述の詳細は幣著書『世界を動かす少数民族』でユダヤ系アメリカ人を紹介しており、イスラエルの旅をレポートした『ワールド・トラベラーだけが知る素顔のイスラム』と共にご購読願えれば幸甚である。

 

       世界を動かす少数民族              ワールド・トラベラーだけが 

  少数民族から世界の課題が分かる          知る素顔のイスラム 』

   

       幻冬舎 定価1,350円+税                    新潮社 定価1,500円+税

 

 以上の次第で世界中に話題を提供し続けるトランプ大統領と共に、注目したいのが小国だが隠然たる実力と影響力を秘めたイスラエルである。1994年12月と2005年2月に、筆者はユダヤ人の国イスラエルとアラブ人が住むパレスチナ自治区を訪れたが、その旅の模様を紹介しよう。

 

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 パレスチナの語源になったペリシテ人が住んでいた「カナン」という地で、旧約聖書や新約聖書に書かれた場所が今も残る。それは1948年に建国されたユダヤ人の国イスラエルと、その土地を追われイスラム教を信仰するアラブ人が住むパレスチナ自治区だ。 筆者は商社マンとして1970代のクウェート駐在員時代から、2つの民が1つの国土に相克する四千年の歴史を辿る旅を熱望し続けた。しかし、中東戦争によりクウェートなどアラブ諸国と、イスラエルが敵対関係にあったため実現しなかった。

 その後1993年になり、「オスロ合意」という暫定自治協定が成立した。この機会を逃すまいと、また現地の治安も問題なかろうと判断した。そこで翌年の暮れに出発した訳だが、現地への直行便がないため往復路ともにローマ経由になった。待望のイスラエルの商都テルアビブに到着し、「ノー・スタンピング」で入国手続きした。入国審査でこのことを言わないとパスポートにイスラエルのスタンプが押され、以降はアラブ諸国に入国できなくなるからだ。

 

 入国後すぐに首都エルサレムへ向かい、ユダヤ教・イスラム教・キリスト教の三聖地が混在する旧市街や、郊外にあるキリスト生誕地ベツレヘムなどを観光。その後は荒涼たる土漠や奇景の山地を南下して、海抜マイナス400mの死海に向かった。保養地のエンボケックでは、誰もが海に浮いてしまうという珍しい浮遊体験などに挑戦した。

 

  

エルサレム:旧市街。手前 死海:浮遊する筆者 死海付近:月の谷のような 

が嘆きの壁、奥が岩のドーム           ソドム山地の奇景

 

 死海を後にし今度は北上してヨルダン渓谷を経由し、世界最古の町エリコなどを訪れてイエス伝道活動の中心地ガリラヤ湖に向かった。聖母マリアが受胎告知を受けた教会など見学後、テルアビブに戻り帰国した。面積は九州の半分しかない小国だが、見どころが見事に凝縮され毎日がエキサイティングであった。実に多様で変化がある観光大国だ。

 

 エルサレムでは旧市街がイチオシだ。わずか1km四方の狭い地区に、歴史的なモニュメントが集まる。たとえば、敬虔なユダヤ教徒が一心不乱に祈り続ける「嘆きの壁」、 預言者ムハンマドが昇天したという伝説があるイスラム教の「岩のドーム」、キリスト教はイエス復活前に遺体が安置されたとされる場所に建つ「聖墳墓教会」という3宗教の聖地が集まっており実に興味深い。

 

         

 これらの中でも、黄金色に燦然と輝く岩のドームが旧市街などと共に、東1kmほど離れた標高818mのオリーブ山からバッチリと一望できる。

 

 因みに、エルサレムに就いてだが、イスラエルは1948年の第1次中東戦争で西エルサレムを獲得し、さらに1967年の第3次中東戦争で東エルサレムを併合した。エルサレム全域を不可分の首都とするが、国際的には認められていない。一方、パレスチナ側は、東エルサレムを将来のパレスチナ国家の首都とする方針を堅持してきた。東西エルサレムの境界にあるのが旧市街である。

 

  

 エルサレム:嘆きの壁 ベツレヘム:キリストが   ヨルダン川渓谷

             生まれた生誕教会地下 

 

 エルサレム以外では、一面赤茶けた丘陵が続く死海の畔に突如として現れる岩山の要塞マサダ、みぞれが降り寒さで震えたエルサレムから一転して暖かい死海で楽しんだ浮遊体験と泥のエステ、意外に小さいので驚いたヨルダン川渓谷、数々の説教と奇跡を起こしたイエス伝道拠点の湖畔の教会群、茶色の荒涼とした大地と対照的な真っ青なガリラヤ湖、テルアビブのダイアモンド研磨工場見学なども興味が尽きない。また、2005年に訪れたイスラエル最南端のリゾート地エイラットも忘れがたい。  

 

 一方、パレスチナが支配する地域で必見の町はベツレヘムだ。エルサレムの南10kmにあり、ダビデ王もこの町の出身とされる。町のハイライトと言えば、イエスが生まれたとされる洞窟の上に建てられた聖誕教会だ。また、エルサレムの北東約50kmにある世界最古の町エリコは、海抜下350mは世界で最低地にあるので知られる。約1万年くらい前から人類が生活した居住跡があり、古代シナゴーグ(ユダヤ教会)やエリシャの泉が見逃せない。

 

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 因みに、1994年に訪れて以降パレスチナを再訪していない。その後イスラエルはパレスチナ自治区の周りに堅固な高さ8m、全長700kmにも及ぶグレートウォールと呼ばれる分離壁を建設した。目的はテロ対策のためとするが、実際はパレスチナ側に食い込むような形で建設され、国際司法裁判所も国際法上違法だとの判断を下した。

 特にヨルダン川西岸ではイスラエルの入植が続き、自治区の総面積5660k屬量鵤恭笋実質的にイスラエル領に組み込まれているとか。飛び地のガザ地区も含め、イスラエルの実効支配地域の拡大が続けば、イスラエル&パレスチナ自治区の和平は遠のくばかりだ。親イスラエルとされるトランプ大統領の中東政策が気掛かりである。

 

            ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇  

 

 幣著書のお買い求めは、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、筆者が無料公開で運営するプライベートミュージアム世界の人形館でお求め下さい。
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自爆テロが絶えないトルコへの旅(その2)
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 また、トルコで自爆テロがあった。ただし、リオ五輪が開催中でもあり、新聞やテレビなどメディアの報道はさほど目立つものではなかった。8月20日午後11時ごろ(日本時間の21日午前5時ごろ)、シリアとの国境に近いトルコ南東部の都市、ガジアンテップで行われていた結婚式会場で爆発があった。54人が死亡し、そのうち29人が18歳以下の子供である。今のところ犯行声明が出ていないが、政府は過激派組織ISのメンバーやその関係者による犯行とみている。

 トルコでは昨年から今年にかけ、ISやクルド系の過激派組織が関わったとされる爆弾テロ事件が相次いで発生している。例えば、今年1月に最大都市イスタンブールで自爆テロがありドイツ人観光客12人の死亡に続き、6月にはアタチュルク国際空港で起きた自爆テロで45人の犠牲者を出した。また、首都アンカラでは、昨年10月に103人、2月と3月には合計66人が死亡する爆弾テロがあった。
 

 さらに、このところトルコ南東部や東部で警察署などを狙った爆発事件が度々起き、市民が巻き添えになるケースも増えている。そして、7月15日には失敗に終わったが、一部の軍人たちがクーデターを企てた。政府は事件関係者として軍の司令官総数の約4割にあたる150人もの処分し、また7万人以上の警官や公務員を粛清した。こうした情勢下の絶えない自爆テロは、トルコの治安維持に更なる課題となろう

 一方、トルコと国境を接するシリア北部では、クルド系武装勢力「シリア民主軍」が勢力を拡大中だ。同軍は8月初めにIS支配地であった北部の要衝マンビジュを制圧し、ISにとって大打撃となった。因みに、以前よりガジアンテップにはシリアに通じる密輸ルートが多数あり、昨年末までISは人や物の出入りに使ってきた。だが、米国主導の有志国連合との連携を強めるトルコは国境管理を強化しており、ISはこれに反発を強めているとされる。

 

 シリア内戦や少数民族クルド人の勢力などを巡り、トルコと各国、特にアメリカやロシアとの立場は図示する通り複雑である。国内に独立志向が強いクルド人を多く抱えるトルコはクルド人勢力を警戒するが、同盟関係にあるアメリカは逆にクルド人を支援しており立場を違える。また、クーデター未遂の首謀者とされ、アメリカに亡命中のイスラム教指導者・ギュレン師の引き渡しを巡り両国はぎくしゃくする。一方、トルコ軍機によるロシア軍機墜落以来、途絶えていたロシアとの関係は最近正常化した。だが、ロシアは依然としてシリアのアサド政権を支援し、同政権と敵対するトルコと立場が異なる。

 

    

 

 同国を取り巻く環境は、ヨーロッパから押し付けられた格好の難民引受けも加わり厳しいものがある。しかし、何と言っても焦眉の急は、クルド人問題であろう。同国としては、トルコ・シリア国境にまたがり両国のクルド人がイラクにあるような自治区を造ることを防ぐのが最重要課題になるが、ロシアもアメリカと同様にクルド人勢力を支持するだけに厄介だ。

 シリア内戦との絡みや超大国アメリカとロシアとの関与も加わり、今後も自爆テロが続くようであれば、最悪トルコが内戦状態になるのではと懸念する。加えて、首相時代も含めて13年間もの権力の座にあり「暴君」とも言われるエルドアン大統領が、強権的な政治手法を誤ると政情騒乱に拍車を掛け墓穴を掘るかも知れない。

 

 さて、今回は世界最大の少数民族と言われるクルド人が多く住むトルコ南東部の旅を紹介したい。

 

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  商社マン(三井物産)時代の1973年3月に初めてトルコを訪れて以降、合計10回も旅している大好きな国の一つである。特に最大都市イスタンブールは、2016年1月20日付け幣ブログテロで想起したイスタンブールとジャカルタ二都物語」でこの街の魅力を詳述している。本題のトルコ東部を約2週間にわたり回ったのは、2002年10月のことであった。

 

 ガジアンテップはイスタンブールの南東1120kmほど、人口は100万人を超える大きな商工業都市である。シリア国境まで60kmと近く交通の要衝として栄えてきたが、見どころはさほど多くない。市内で最も目立つのが、旧市街の小高い丘の上に堂々とそびえるガジアンテップ城塞だ。6世紀にビザンチン帝国のユスティニアヌス1世により建設された城の内部には、イスラム時代になって加えられたモスクやハマームの跡がある。

 一方、城塞の正面門前は職人街が形成されている。昔から街には銅製品の伝統技術があり、軒先で打ち出しや彫金作業が繰り広げられているのが興味深い。買物客が多い旧市街のバザールでは、重さが小さいものでも5〜6kg、中には20kg超はあろうか巨大なスイカが売られており驚いた。単に大きいだけではなく、お味のほうも甘くて美味しい。

 

             (ガジアンテップのスナップ)

  

 ガジアンテップ城塞を    旧市街のバザール     巨大なスイカに驚く

   背にする筆者

 

 見どころが少ないガジアンテップを離れると見逃せない必見スポットが数多くある。西から東へ順を追うと、山頂の巨大な神像群が夕陽に輝く神秘の山・ネムルート、エッグハウスと呼ばれる日干し煉瓦造りの家が多くトンガリ帽子屋根がユニークなハラン村、メソポタミア文明を生んだ悠久の流れチグリス川とユーフラテス川、美しいムラティエの滝、エメラルドグリーンの湖水が絵のように美しいトルコ最大の湖・ヴァン湖、全長5.5kmの城壁を持ちトルコ南東部最大の都市ディヤルバクル 、好天に恵まれバッチリと拝観したノアの方舟伝承の地アララット山と山麓の町ドゥバヤジットなど。

 写真撮影などに絶好の景勝スポットが次から次へと現れ、旅人を飽きさせない。古代より東西文明の十字路に位置し、幾多の民族が往き交う舞台となった魅惑のイスラム大国、トルコの面目躍如だ。シリア、イラク、イランと国境を接し、少々治安の問題があるが、それを補って余りがある摩訶不思議な魅力を秘めている。だからこそ、何度も再訪したくなる。

 

  

     ムラティエの滝    ネムルート:山頂での ハラン:名物エッグハウス

                ワールド・トラベラー 

  

 ヴァン湖:アクダマル島   ユーフラテス川    ドゥバヤジット:聖書の山・
    とアルメニア教会              アララットを背にして

 

  トルコの旅と言えば、誰もが訪れるイスタンブールやカッパドキアなどのトルコ西部や中部が有名である。だが、強いて穴場を挙げて欲しいと求められるなら、トルコ東部、特に今回紹介した南東部を一押ししたい。治安面のリスクはあるものの、それほどの魅力があるからである。

 

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 私ことワールド・トラベラーには、トルコ、クルド人、シリア内戦などに関する著書が次の通りいくつかある。ご関心ある方は是非ご購読頂きたい。

 

   世界を動かす少数民族 』    『ワールド・トラベラーだけが

                    知る素顔のイスラム 

     クルド人などを紹介      トルコや過激派組織ISを詳説

  

   幻冬舎 定価1,350円+税     新潮社 定価1,500円+税   

 

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| 世界の旅−中東・北アフリカ | 14:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
初の女性東京都知事誕生とカイロの想い出
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 Tokyo elects Yuriko Koike as first female governer!

と外電は一斉に報じた。

 

 全国で7人目となる女性知事、そして国家クラスの東京都で初めての女性知事が誕生した。昨31日に行われた東京都知事選で、元防衛相の小池百合子氏が当選した。3強による選挙で300万票近く獲得し、自公など与党が推薦する元総務相と民進・共産など野党が推すジャーナリスト2人の男性候補に圧勝した。所属する自民党の都連への推薦願いを取り下げ、政党や組織のバックアップを受けずに挑んだが、同氏が身上とする決断力と行動力で見事に勝利した。

 もっとも自民党の推薦が無くとも、この世の中は男性よりも女性が多いという確実な女性の組織票をベースにした絶対優位は否めないであろう。実質的に1紅(女性)2白(男性)になった今回の選挙だが、もしこれが一時出馬が噂された蓮舫氏が出て2紅2白になっていれば違った展開になっていたかも知れない。因みに、小池氏の当選は、既に7月4日付の幣ブログ「バングラデシュの人質テロとイスラム国(IS)の国際テロ拡散」で早々と予想していた。

 

 ブラックボックス的な都政の透明化など意欲満々の新知事(以下彼女と呼ぶがご容赦願いたい)に就き、1988年からスタートしたテレビ東京番組「ワールドビジネスサテライト」のメインキャスタ―時代から興味を持っていた御仁である。当時の筆者は総合商社マンの現役時代で、テレビ東京の母体は勤務先の会社が創立し発展した日本経済新聞である。仕事にも関係がある彼女の番組はずっと欠かさず視聴していたが、時々とちる事があっても、美貌に加えて持ち前の愛嬌と度胸でリカバリーする臨機応変さが印象的であった。

 その後は政界に転身して日本新党、新進党、自由党、自民党を渡り歩き、政界の渡り鳥とも評された。今日の新都知事があるのは1970年代前半のエジプトのカイロ大学留学時代に、その基礎が築かれたと言えよう。ご両親の「人と同じことはやるな」という教えを実践しようとアラビア語を習得したとされる。丁度その頃の筆者は、1973年に初めてエジプトのカイロやアレキサンドリアなどに出張し、翌年には近くのクウェートで商社(三井物産)の駐在員として赴任した。年齢では15歳も年長の筆者だが、中東アラブの関係者としてはほぼ同期で彼女と縁があったようだ。

 

 新知事とは直接面談した機会は無いが、最近でもこんなご縁があった。イスラム国(IS)が話題になった昨年9月にワールド・トラベラーだけが知る素顔のイスラム(新潮社)』を出版し、イスラムの指南書として安倍首相、岸田外相など7人の国会議員に、丁重過ぎるほどの手紙を付けて献本した。だが、達筆の丁寧な礼状が届いたのは小池百合子氏だけで、他の諸氏には完全に無視された経緯がある。

 

           

            小池百合子氏の丁寧な礼状、百合柄のレターヘッドが美しい!

 

                  

               献本した『ワールド・トラベラーだけが知る素顔の

          イスラム(新潮社)』1,500円+税

 

 変わり身が早いとも言われるが、実に律儀な人で年長者や高齢者を気遣う人のようでもある。将来性のある中東アラブ諸国で使われるアラビア語に着眼するなど、得意とする柔軟な発想力を生かして混乱した都政を立て直し、「東京大改革」を是非とも成就して頂きたい。

 掛け声だけが威勢良いアベノミクスが不発気味で、その恩恵が全国津々浦々実感出来ない折柄、この際東京発信の「日本大再生」も大いに期待したい。都民ではない千葉県の住民だが、今後とも外野席から熱きエールを送りたき次第。

 

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 若き彼女が学んだカイロには、1973年3月に初訪問以降5回も訪れている。商社マン時代の1973年に、勤務地の大阪からエジプト産の綿布輸入の商用で2度も出張した。多少の不安も感じながら長年の夢が実現し、初めて未知なるアフリカ大陸の土を踏んだ。「母なる大河」ナイル沿いに発展して来た5000年の歴史を誇る文明発祥の地で、イスラム世界の象徴であり憧れでもあるエジプトは、見るもの聞くものすべてが驚きの対象になった。

 アフリカ大陸最大の都市であるカイロは、古くからナイル河デルタの要衝として発展を続ける。古さと新しさが渾然とする活力ある街は、世界的に有名なギザ・ピラミッドの観光拠点として知られる。旧市街ではエジプト近代化の父ムハンマド・アリが建てた1857年築の巨大なモスクのガーマ・ムハンマド・アリ、ナイル河畔など訪れた。近郊のギザでは、クフ王・カフラー王・メンカウラー王の3大ピラミッド、頭は人間で体はライオンのスフィンクスが見どころ。ピラミッド付近で、生まれて初めてラクダ乗りを楽しんだ。

 

 クウェート駐在時代の1975年12月〜1976年1月は、家族(妻・長男・次男)を連れて再訪した。この旅では上記の訪問スポットのほかに、旧市街ではモカッタムの丘に建つ城塞シタデル、観光客用市場のハーン・ハーリーを訪ねた。もちろん、ギザ・ピラミッドへも出かけたが、何度見てもその圧倒的なスケールに驚かされる。古代世界七不思議の一つとして知られる三大ピラミッドは、北の方から、高さ137mのクフ王ピラミッド、143mのカフラー王ピラミッド、65.5mのメンカウラー王ピラミッドがずらりと並ぶ。

 

    

 ギザのスフィンクスと  巨大なモスク、ガーマ・ ナイル河畔を散策する

 ピラミッドを背に妻と ムハンマド・アリのモスク ワールド・トラベラー

  

 ギザの三大ピラミッド  スフィンクスを背に ベリーダンスを楽しむ筆者

 

 1995年12月の旅では、エジプト考古学博物館や軍事博物館を見学し、ナイル川をクルーズしてベリーダンスとディナーを堪能した。5度目の2005年1月〜2月の旅では、再びエジプト考古学博物館を見学した。約10万点に及ぶコレクションがあり、古代エジプトの遺物の収集と展示では世界一。見どころは数多くあるが、必見すべきは、英国人ハワード・カーターがルクソール西岸の王家の谷で発見したツタンカーメンの黄金のマスク。ほかに、ピラミッドやスフィンクスに照明を当て古代エジプト史を分かり易く語る音と光のショーが秀逸であった。

 

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                ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

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| 世界の旅−中東・北アフリカ | 23:59 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
テロで想起したイスタンブールとジャカルタ二都物語
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 「飛んでイスタンブール」という歌で有名になったトルコの大商都イスタンブールと、その昔「じゃがたらお春」ゆかりのインドシアの首都ジャカルタ、この2つの大都市に共通するものは何であろう?その1は、イスラム圏にあること。その2は筆者ことワールド・トラベラーが大好きな街であり、特にジャカルタには若かりし1970年代から商社マンとして5年も住んだ事があるからだ。最近この二都でイスラム国(IS)絡みの憎むべきテロ事件が続発した。
 まず、1月12日にブルーモスクなどの名所が集まるイスタンブールの一角で自爆テロがあり、ドイツ人観光客9人を含む10人が犠牲になった。続いて2日後の1月14日にはジャカルタのビジネス街の中心地で、同時多発的な攻撃により2名が死亡した。特に後者の事件現場は昔カジノがあった所で、筆者が駐在時代によく出かけたことは、幣ブログ「
カジノの功罪を考える」で紹介している。事件後にともにイスラム国(IS)による犯行と分かったが、この2つの連鎖的なテロ事件はISの活動範囲がアジアまで広がった事を意味し不気味でもある。

 元々トルコとインドネシアはともにイスラムを国教と定めていないが、国民の約9割がムスリム(イスラム教徒)という点で両国は共通する。世界最大のイスラム教国であるインドネシアには約2億人300万人のムスリムがおり、トルコの約7400万人を加えると、実に1億7700万人にもなる。これは世界のイスラム人口およそ16億人の17%余りを占める。
 また、両国は東西冷戦時代から外交面では西側に近いため、1979年のイランでのイスラム革命以降にイスラム復興の動きが加速する中、イスラム過激派組織からターゲットにされてきた経緯がある。これら世界有数にして穏健なイスラム大国を標的にして攻撃するのは、ISにすればこれほど効率の良いテロの場所は滅多に無かろうと言うのが彼らの皮算用であろう。

 「 ISは転移するガン細胞だ 」とカーター米国防長官は例えているが、まさに名言である。だが、貧困や格差など現代世界の普遍的な矛盾によって助長されて来たと言えるISの台頭につき、ISを空爆するという切除手術だけでガン細胞を壊滅するには限界があるのではないか?むしろガン細胞が転移しにくい状態に仕向けることも必要ではなかろうか?と思料する。おっと、前置きが長くなり恐縮である。では、本題の二都物語を始めよう!


    ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 アジアとヨーロッパの2つの大陸にまたがり、古代より東西文明の十字路に位置するのがトルコである。幾多の民族が往き交う舞台となった魅惑のイスラム教国に惚れ込み、中東では最も多く訪れた国(駐在したクウェートを除き)だ。特に、商社マン(三井物産)時代の1973年2月に初めて訪れた玄関口のイスタンブールはお気に入りの街で、同国を訪問すると必ず立ち寄ることにしている。 
 このトルコの地理的な特徴、つまり東洋と西洋の接点は、現代ではシリア内戦などから逃れようとする難民の最大の受け入れ国になっている。さらに、ドイツなどのヨーロッパ諸国に向かう難民や移民の経由地として、今も東西移動の重要な接点である。そんなトルコに惚れ込んで10回も訪問しており、その都度立ち寄るのがイスタンブールだ。1975年1月には駐在地のクウェートより、妻、小学生であった長男と次男を連れて家族旅行した。

 「ヨーロッパとアジアの架け橋」や「東西文明の接点」の街と呼ばれるイスタンブールはトルコの最大都市で、人口は約1400万人。香港などに似た情緒もあり、異国での旅情を大いに誘う。地中海と黒海をつなぐ要衝の港町は、ヨーロッパ側の旧市街に見どころが多い。世界で唯一2つの大陸にまたがる街は何度訪れても多彩な魅力に溢れ、見どころが満載なので何度訪れても飽きる事がない。

                        −−−イスタンブールの懐かしきスナップ−−−

  
  ブルーモスクを背にして  ベリーダンス鑑賞  家族(妻・長男・次男)と
                        グランド・バザールで買物


 例えば、トプカプ宮殿、ブルーモスク、アヤソフィヤ博物館、グランド・バザールの4点セットは、誰もが知っている必見の定番スポットなので説明は省く。是非おススメしたい穴場は地下宮殿だ。4世紀から6世紀に造られた地下の大貯水池は、重要な水瓶としてトプカプ宮殿に住んだスルタンの喉を潤したとか。そして宮殿の目玉は、一番奥に横たわる2つのメドゥーサの妖しい顔であろう。
 エキゾチックで多様な街の顔を見たいなら、海から展望するボスポラス海峡クルーズが一押し。船上より巨大要塞ルメリ・ヒサール、壮麗なドルマバフチェ宮殿やスルタン夏の離宮ベイレルベイ宮殿などがばっちり眺望できる。何と言っても開放感と爽快感が満喫できるのがたまらない。

 イスタンブ
ールから9500km南東にジャカルタが位置する。かつて
ワールド・トラベラーは、1979年~1984年の5年間ほど同地で駐在したことがある。ジャワ島の北西部に位置するインドネシアの首都で、人口は950万人を超え同国最大である。戦前まではバタビアと呼ばれるなど、日本とは古くから深い繋がりがある。華僑系が多い旧市街と、官庁やビジネス街などの新市街から成る。
 旧市街で店やレストランを開いているのはほとんどが華人だ。街の北側はジャワ海に向けて扇を半開きにしたような形をしており、その中央をチリウン川が蛇行する。商業地のコタを核とする旧市街が広がり、運河がある辺りはオランダ植民地時代の名残りを留める。南下すると新市街があり、官庁街などが広がる街の中心モナス周辺と、高級住宅地やショッピング街になっている南のクバヨラン・バルに分かれる。

 ジャカルタ観光のスタートは、インドネシアのヘソとも言うべきモナス、独立記念塔がおススメ。ムルデカ広場の中央に高々とそびえる通称モナスは、高さ137mもあり街随一のランドマークになっている。この広場付近には、東南アジア最大級のイスラム寺院イスティクラル・モスク、外観が優美なカテドラル、ジャワ原人の化石などが展示される国立中央博物館がある。


                                −−− ジャカルタ三景 −−−
  
   旧市街コタの中心を俯瞰    遊びにきた家族と  勤務先事務所で秘書に
                                      モスクを背にして      囲まれる筆者


 約5年間に及んだ駐在員生活で最大の想い出は、2人の息子の教育の関係で強いられた単身生活であろう。もっとも、1982年7月〜8月には家族が遊びに来たが・・・。筆者と同じ境遇の単身赴任者が数人集まって御殿のような豪邸で寮生活を送ったが、5〜6名の召使が何から何まですべて身の回りの世話をしてくれた。
 これに加えて勤務先の会社から専用車と運転手を提供してくれる、まさに日本では富裕層とて経験できないような贅沢さであった。平民の筆者としては、最初にして最後の王侯貴族の生活を満喫した次第だ。
今から思えば夢物語のようで、まさに懐かしさで感無量である。    

    ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 イスタンブールとジャカルタという庶民的で魅力たっぷりの街を最後に訪れてから、早や9年ほどが経つ。このブログを書いていると、また再訪したいとの思いが沸々と湧き出てくる。だが、実は認知症で1年近く長期入院で苦しむ妻を案じると、その気持ちも萎えてしまう。できれば元気になってもらい、昨年1月に行うべきであった金婚式をこの二都へ旅して成就したいのだが、それは単なる夢で終わるのであろうか?歳月は人を待たないようだ。


           ◇◇◇ お知らせ ◇◇◇

        (ワールド・トラベラーの新刊書紹介)
           
世界を動かす少数民族


 超大国アメリカの真の実力者は誰?台頭著しい中国を支える東南アジア経済界の覇者は誰?イスラム国に敢然と立ち向かう勇者は誰?知られざる少数民族から現代世界の縮図と課題が克明に分かる。詳しくは近々発売の『世界を動かす少数民族(幻冬舎)』をご購読下さい。定価本体1,350円+税

     

 お買い求め又はご注文は、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。
お問い合わせ:

世界の人形館 TEL 04−7184−4745
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| 世界の旅−中東・北アフリカ | 23:17 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
宿敵 サウジアラビアvsイランはスンニ派vsシーア派
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 年明け早々燃え続ける火薬庫・中東で、また新しい火種がひとつ増えた。サウジアラビアによるイスラム教シーア派指導者・ニムル師の死刑執行をきっかけに、スンニ派の盟主サウジアラビアと、シーア派の最大国イランの国交断絶である。一昨日(1月3日)にイランと断交したサウジアラビアの外相は翌日、イランへの民間機発着や国民のイラン渡航を禁止し、経済関係も断絶する考えを表明した。
 同日バーレーンとスーダンもイランとの断交を宣言し、アラブ首長国連邦(UAE)も駐イラン大使を召還するとか。中東の2大国の対立は、周辺諸国を巻き込んで深刻化しているようだ。両国関係は2011年に中東で広がった民主化運動「アラブの春」で、一気に険悪化したと、
我が日本でも両国の対立を殊更に報道しているが、それは昔からあったことで珍しくもないのだ。

 今回の対立の発端は、テロ活動に従事した罪で死刑判決を受けたシーア派指導者ニムル師が処刑されたことだ。同じシーア派の指導者が国を治め、同師を処刑しないよう要請してきたイランが猛反発したのは当然だ。最高指導者ハメネイ師の「サウジアラビアは神アッラーの報復に直面するだろう」との声明通り、イランにあるサウジ大使館や領事館は暴徒化した群衆に襲われて放火された。
 一方、サウジアラビアから見れば、ニムル師は伝統的なサウジの体制転覆を唱えた危険人物で、宗派対立を煽っているのはイラン側だと反論した。ともに保守的なイスラム教国で産油国だが、共和制でシーア派を国教とするイランと、その影響力の拡大を防ぎたいスンニ派の王制国家サウジアラビアの長年の因縁めいた覇権争いだ。それは当事国だけしか分からない複雑な問題であり、サウジの隣国クウェートで1974〜1977年に駐在経験がある筆者にはある程度理解できるものだ。

 筆者が昨年9月に出版した著書『 ワールド・トラベラーだけが知る 
素顔のイスラム (新潮社) 』で、サウジアラビアvsイランにつき詳述しており、その一部を紹介する。サウジ・イラン断絶後から、政府関係者や国会議員諸氏から些か的外れのコメントが出ているが、
現地経験の欠如によるものであろう。是非とも幣著書をご精読頂きたい。
 
          

                  ( イスラム対策に最適のガイドブック )
 『 ワールド・トラベラー だけが知る
素顔のイスラム 』 新潮社 定価1,500円+税

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仲が悪いイランとサウジアラビア
 
◇ 人種が違う−イランはペルシャ人、サウジはアラブ人
 
 中東=アラブというイメージを持つ人が多かろう。答えはノーである。先ず、ユダヤ人の国イスラエルを除外しなければならない。中東でのイスラム教を信仰するアラブ民族主義の高まりの受け、1945年にアラブ連盟が設立された。今では22ヵ国と1地域(パレスチナ)が参加し、本部はカイロ。その中心メンバーはアラブ人の国サウジアラビアである。
 しかし、加盟国の中にイランの名前が無い。何故だろう?確かにイランの国教はイスラムである。しかし、イランの人々はアラブ人ではなく、ペルシャ人なのだ。オリエントを支配したあの壮大なペルシャ帝国の末裔で、人種はインド・アーリア系である。言うなれば、浅黒いアラブ人ではなく、色白なヨーロッパ系だ。アーリアはサンスクリット語で「高貴な」意味するだけにイラン人は誇りが高く、アラブ人をなんとなく見下す。

◇イスラムの宗派が違う−スンニ派とシーア派

 
 イランから蔑まされた感じのアラブ人側では、特にイスラム発祥の聖地メッカがあるサウジアラビアにしてみれば面白くない。イスラムの正統派・スンニ派の本場として、しかもワッハーブ派という厳格な教義を国教としている。お酒をはじめ、音楽、踊り、映画などの娯楽は一切御法度だ。また、女性に対する規律が厳しく、男女別々が徹底する。女性は外で働けず、家族以外の男性に姿を見せてはならない。
 他方、異端派と言われるシーア派の国イランは、イスラム革命があったとはいえ、戒律はサウジアラビアに比べずっと緩い。テヘランなどの都市部では洋装姿で街中を颯爽と歩く女性もおり、職場などで女性の社会進出もかなり進んでいる。また、筆者は大学生時代からイラン人との交流があり、精神的にイラン人のほうがアラブ人よりも日本人に近いことを実感してきた。偶像崇拝禁止もそれほど厳格ではない。


    
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 サウジアラビア、イラン両国の政府が、宿敵の存在を国内の引き締めに利用しているフシもある。また、下がる一方の原油価格を反転させるため、阿吽の呼吸で中東情勢の不安を煽り相場を操作しようと目論んでいることも考えられる。ただ、両国の対立はスンニ派とシーア派が混在する中東全体の分断を招くばかりではなく、過激派組織・イスラム国(IS)の活動をまた活発化させかねない事態も憂慮されよう。

            ◇◇◇ お知らせ ◇◇◇

        ☆☆☆ ニューイヤーコンサート2016 ☆☆☆

 ワールド・トラベラーのプライベート・ミュージアム、世界の人形館の見学者は実に多彩です。国際的なヴァイオリン奏者、アンナ・スタルノフスカヤさんもその一人。日露混血の才能豊かな彼女がプロデュースする、みんなで楽しめるクラシック・コンサートが、千葉県我孫子市で次の通り行われます。世界の人形館はこの素晴らしいコンサートに賛同し後援しています。

                       

酷寒の折柄ですが、是非ご来場下さい。お待ちします。なお、チケットをお求めの方は世界の人形館へご連絡下さい。
お問い合わせ:世界の人形館 TEL 04−7184−4745


        (ワールド・トラベラーの主な著書紹介)

   私はワールド・トラベラー               『 272の国と地域を制覇した77歳の
  世界257ヵ国・地域を旅した男 』   
      ワールド・トラベラーは
                 文芸社 
          たった1人で紛争地を旅した』 幻冬舎
     
定価本体1,500円+税           定価本体1,400円+税

    

                 『 トラベル・イズ・トラベル         
                  安全な旅は退屈だ!!』                    
                    ルネッサンス・アイ                
                   
定価本体1,300円+税           

        

お買い求め又はご注文は、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。
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シリア内戦に想うシリアへの懐かしき旅路
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 今話題の或る国につき、このブログ愛読者の皆さんに2つ質問したい。その1は、トルコの南に位置し、メソポタミア文明を育んだユーフラテス川が流れる国とは? その2は、世界最古の町がある国とは?
 時間を省いて答えを急ごう。その国とはシリアである。そして、緊迫の度を増している最近の国際情勢で世界の耳目を集めているのが、シリア内戦だ。

 2011年1月チュニジアで発火したアラブの春は、10年以上政権の座にあり、中東では比較的安定していると言われたシリアにも及んだ。民主化要求デモが2011年3月から激化したのに対し、アサド大統領は激しく武力弾圧してきた。
 一方、反体制派が武器を持って立ち上がり、軍を離れた兵士らも「自由シリア軍」などを組織したため、武力衝突に至り泥沼の内戦に陥った。これまでの死者は11万人を超え、レバノン・ヨルダン・トルコ・エジプト・イラクなど周辺諸国の国外へ脱出した難民は実に200万人近くに達する。

 最初は1国の内戦から、今では外国も巻き込み国際問題化した感がある。アメリカやフランスなどの欧米側は反体制派を支持するに対し、ロシアや中国は以前よりアサド政権を擁護し、国際社会もハッキリと対立する。
 特にロシアが真っ向から反対するのは、シリアとの軍事的・経済的な利害関係のほかに、反体制の過激派の動きがロシア国内のイスラム過激派組織(チェチェンなど)を触発することを懸念しているようだ。

 その後さらに面倒な問題が起きた。首都ダマスカス郊外で、国際条約で禁止されている化学兵器(猛毒のサリン)が使用され、死傷者が多数出たとされる。化学兵器使用に関しても、アメリカは政権側が使用し、少なくとも1429人を殺害したとの断定に対し、ロシアは使ったのはむしろ反体制派と主張する。いったいどちらが正しいのであろうか?
 昨日(30日)シリア外務省は、アサド政権による化学兵器使用を断定した米政府の報告書に就き「反体制派やインターネットの情報をベースにしており、虚偽と粉飾に満ちる」と強く反発。同国の国防相も「シリア軍はいかなる軍事攻撃に対して備えており、必ず反撃する」と、アメリカやフランスが攻撃に踏み切った場合の報復を明言。

 こうした欧米の対応に比べ、地元の中東22ヵ国・機構で構成されるアラブ連盟は国連と歩調を合わせようとしている。しかし、エジプト、イラク、レバノンなどは軍事介入には慎重で、連盟内の足並みは揃っていないようだ。

    
    内戦で破壊され荒廃した町     周辺諸国へ脱出した難民たち
          ( インターネットより転用・加工 )

 その後、2003年のイラク戦争の教訓に学ぶべきとして、イギリスの下院議会がアサド政権への武力行使を否決し、米英仏同盟から離脱した。「紳士の国」はやはり紳士的な常識人が多いようだ。他方、アメリカとフランスは力に任せ、理屈っぽい国民性(?)が滲み出ているようだ。
 一方、シリア国内の当事者である反体制派も一枚岩ではないらしい。様々なグループ、例えば自由シリア軍、クルド人組織、イスラム過激派の寄せ集めであるのも問題の根源のようだ。これが内戦の泥沼化に拍車をかけ、国連などによる政治的な解決を難しいものにしていると言えよう。

 世界の隅々まで旅したワールド・トラベラーにとって、シリアは忘れ難い国の一つである。それだけに、世界遺産の古代都市ダマスカスは内戦で被害を受けたのであろうか? 広大なパルミラ遺跡? シリア第2の都市アレッポは? 十字軍城塞のクラックデ・シュバリエは? ボスラの中東最大のローマ劇場は?と想い、心配でならない。
 シリアの旅は2度ある。最初は商社マンとして働いたクウェート駐在時代、1976年12月家族(妻・長男・次男)を連れて訪れた。2度目は2000年6月は筆者のみツアーに参加した。この時にダマスカス到着早々驚くようなハプニングがあった。ほんの数日前に当時の絶対的な権力者と言われたアサド大統領が死去し、シリア全国どこへ行っても故大統領の遺影が掲げられ、人々は喪に服していた。暫らくして息子の現大統領が後継者になった因縁の旅でもあった。

 ヨーロッパ、アジア、アフリカ大陸の十字路に位置する西アジアで、古代オリエント文明の華が咲いて多くの隊商たちが往来し、数千年にわたる厚い歴史の層が幾重にも重なるシリアには見どころの観光スポットが多い。
 
 先ず首都ダマスカスでは、715年に建てられた世界最古のモスク、ウマイヤド・モスクが有名である。聖ヨハネの首が収められている内部は、歴史を積み重ねた絨毯が敷き詰められ、まるで時が止まったような静寂な空間が漂う。この世で最初の殺人があったという伝説のカシオン山は、首都の街並みが一望できる人気の展望ポイントだ。おススメは、昼間よりも夜景の方が幻想的で素晴らしい。
 ダマスカスの南110kmほどヨルダンとの国境に近い、小さな村ボスラは、シタデルという城砦の裏に中東最大のローマ劇場がある。抜群の保存状態の良さと、その迫力十分に圧倒される。訪れる人もまばらでひっそりとした片田舎に、2000年前の大遺跡があるのが不思議でならない。

    
  ダマスカス:ウマイヤド・モスク パルミラ:1976年12月に家族旅行
                   記念門で、筆者の右が長男と次男

        
  クラックデ・シュバリエ:1976年       ボスラ:ローマ劇場を訪れた
  左より妻・長男・次男・世界の旅人     ワールド・トラベラー  
   
 ダマスカスと共にシリア観光の双璧が、約290km北東に位置するパルミラ遺跡だ。抜けるような青空の下、砂漠の中に忽然と現れる壮大な遺跡に驚愕した。2度目の旅では、25年ほど前の記憶はそのままだが、遺跡周辺は様変わりしていた。数多くのホテル、レストラン、商店などが建ち並ぶタドモールという人口3万人近い町ができ、遺跡の中に数本の道ができたことである。
 見どころ満載の遺跡のスタートになるのが、遺跡の入口に立つ記念門。その門ををくぐると、きれいな形で残る立派な列柱道路が真っ直ぐに伸びる。この遺跡のハイライトだ。この道を進むと左側に円形劇場、次に 4本の柱によって支えられる巨大な四面門に出る。遺跡の西側に広がる墓の谷では、ナボ神殿のために寄付したエラベル家の塔墓や、壁画が美しい3兄弟の地下墓室が見逃せない。遺跡の北側には高さ150mの岩山にそびえるアラブ城砦があり、夕陽を眺めるには絶好のポイントで、この城砦から遺跡全体が一望でき絶景。

 トルコとの国境に近い北部シリアの中心都市アレッポはギリシャ人・ローマ人・ペルシャ人・モンゴル人など東西の覇者が波乱の歴史を刻んだ町である。最大の見どころは、深さ22mの堀、周囲2.5kmの城壁に囲まれた難攻不落の堅固なアレッポ城lが一押し。18世紀に造られた均整美を誇る城門は、かみそり刃が入らないほどの石組みが見事。城砦の上から古都のパノラマが一望できる。
 スークと呼ばれる市場は、長さ約1kmのメインストリートと平行し無数の細い路地が走る。中東一の規模を持ち、迷宮と混沌の世界が広がる。スークの一角にあるハーン・アル・ワジールは、入口が白黒の石のデザインで目立つ。16世紀にできた隊商宿キャラバンサライがあった所で、今は土産物屋になっている。しかし、アレッポは内戦で最激戦地の一つになった由で、旧市街にあるスークも見る影も無く焼け落ちたと聞く。とても信じ難く悲しいことだ。

 シリアの二大都市を結ぶ幹線道路沿いにも、おススメしたいスポットがある。12もの水車で知られる町ハマはオロンテス川が町の真ん中を流れる緑豊かな人口約30万人の町。この川の両岸にシリアの砂漠を見慣れた目には新鮮に映る美しい庭園があり、その庭園で直径20m近い大きな水車が重苦しい音をきしませ、しぶきを上げながら回り続けてダイナミックだ。
 十字軍が築いた最大規模の城塞クラックデ・シュバリエは、切り立った急勾配の丘の上に建つ。十字軍が残した多くの城砦の中でも、最も美しく保存状態が良いと言われる。1271年にマムルーク王朝に攻略され、ヨーロッパ風とイスラム風の特色が調和した東西融合が見られる。この城からの眺めは、二重防壁の間にある堀が美しい。

    
   アレッポ:難攻不落のアレッポ城   ハマ:大風車の前に立つ
                      ワールド・トラベラー

 筆者はちょうど2ヵ月前に、イラクのクルド自治区を旅した。しかし、シリアから大量の難民が流入するなど危険だとされ、是非視察して見たいと思ったシリア国境近くへは出かけることが出来なかった。それだけに中東有数の歴史がある麗しの国シリアの内戦が一刻も早く終結し、平和の到来を祈念したい想いが強い。

 それにしても欧米などの外国の不必要とも考えざるを得ない内政干渉が、シリアの内戦問題を一層複雑化しているように思えるが 、如何なものであろうか 。いずれにせよ、明らかに過ちを犯したと言うべきイラク戦争参入のような二の舞は絶対回避し、その時に得た貴重な教訓を活かしてもらいたいものだ。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

筆者(ペンネーム:高やすはる)が著した本が文芸社より発売されています。
 書名は「私はワールド・トラベラー 世界257ヵ国・地域を旅した男」、
  定価は本体1、500円+税。最寄の書店でお買い求め、又は注文できます。
  
また、アマゾンや楽天ブックスなどのインターネット・ショッピングもできます。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合、常に在庫が十分あります世界の人形館(TEL:04−7184−4745 ) で確実にお買い求めできます。

 尚、本書は単なるトラベルガイドブックではありません。日本の将来を憂い、特に三流とも揶揄される日本外交に対し、ズバリ直球でもの申す本物志向の提言書でもあります。是非ともご愛読のほど宜しくお願いします。    

   
   

           表紙カバーと帯                 口絵

★  無料講演を引き受けます。
 世界に関する事であれば、旅行、文化、芸術、宗教、歴史、政治や外交に関する国際情勢、グルメ、環境、産業など、ワールド・トラベラーとして何でも講演します。ご希望があれば、ご連絡下さい。慈善活動のため、謝礼は一切不要です。但し、ご希望の趣旨が筆者の理念などに反する場合は、お断りすることもあり、予めお含み下さい。

 ワールド・トラベラーが館長を務める
世界の人形館では、265カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、
  照明ランプ、絵皿、万華鏡などを多数展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。慈善活動につき、入館料は無料です。
  但し、セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。
  TEL:04−7184−4745 又は Eメール: 
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