世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
275ヵ国・地域を制覇した82歳の一人旅(2)スペインの飛び地領メリリャ&セウタ
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 スペインの離島と言えば、カナリヤ諸島やマジョルカ島が有名である。筆者は2001年10月と2003年5月に夫々訪れている。では、モロッコ内、つまりアフリカにある飛び地領、メリリャとセウタをご存じであろうか?それを知る方は極めて少なかろう。過日6月17日〜25日に5年ぶりに海外旅行した訳だが、先ず最初に訪れたのが地中海に浮かぶイビサ島で、その旅の模様は6月30日 付幣ブログ『275ヵ国・地域を制覇した82歳の一人旅(1)イビサ島など』で詳述済みだ。今回はその続編を紹介しよう。

 

  イビサ島を出発して空路でマドリード経由で向かったのが、1995年に自治権を与えられたメリリャ。面積は20k屬如⊃邑は約8万人。東側は地中海に臨み、三方がモロ

コに囲まれた扇形をしている。スペイン領とは言え、モロッコ系の住民もおりイスラム色も感じる。モロッコが領有権を主張するが、スペインはその要求に応じない。アフリカ諸国からの亡命中継基地になっており、不法移民を防ぐためにモロッコとの国境に高さ6mの金属フェンスが張り巡らされている。最近の情勢は落ち着いているとのことだが、いつまで安定した状況が続くのであろうか気懸りではある。

 メリリャの中心地はビーチ近くにあるスペイン広場。この広場から北東に約5分歩くと文化広場があり、男の子たちがサッカーに興じていた。広場の北側にそびえ立つのがアルカサバ、15世紀末にスペインが築いた要塞である。その城壁は中々立派で、要塞は西側の新しい要塞と東側の新しい要塞から成る。その新旧要塞の間に美しい入江が深く切れ込み、言葉を失うほど絶景だ。また、要塞の南側は古い町並みが残る旧市街で、更に南下すると港に出る。

 

           ーーー 新旧要塞と入江 ーーー

 

 

 一方、スペイン広場から西に広がるのが新市街で、20世紀初頭に建てられた立派な建物が多い。また、キリスト教・イスラム教・ユダヤ教・ヒンドゥー教の寺院が混在し、4つの宗教文化が見事に調和している。スペイン名物の闘牛場は広場から南西へ歩いて10分ほどにあり、入場しなかったが立派な外観はひときわ目立つ。

 

 

 文化広場でサッカーに       闘牛場

 興じる少年達と仲良く

 

 次にメリリャの西およそ250kmにあるセウタは、当初はタクシーやバスを乗り継いでモロッコ領内に入って向かうつもりであった。しかし、メリリャ到着後の調べで陸路は時間がかかるので、代わりにヘリコプター便があることを知り、高いが時間も節約できるので利用した。搭乗後1時間後にセウタに着いたが、その場所はなんと港の中にある狭い駐機場であった。機内から観たセウタは地中海に突き出た半島に位置し、スペイン本土に近い故か本国に似た町並みが眼下に広がっていた。面積は18.5k屐人口は約9万人とセウタとほぼ同じだがイスラム色は無い。セウタにも自治権が与えられている。

 

 セウタ観光の起点は細長い半島の付け根にあるアフリカ広場がオススメ。広場を囲むようにし、セウタ政庁、カテドラル、アフリカ聖母教会などの立派な建物が建つ。西へ約5分歩くと、高くて堅固な城壁とサンフェリペ壕がある。「セウタ地峡」とも呼ばれる最も幅の狭いところで、16世紀にポルトガル人が築いた城跡だ。その地峡にあるのが、サンフェリペ壕という美しい運河である。なお、城跡内には大きな広場があり、その一角に美術館がある。また、壕の南側には広い白砂のチョリージョビーチがあり、大勢の海水浴客で賑わっていた。このビーチ沿いの道を約3km南下するとモロッコとの国境があるが、意外に緊張感は無く国境職員たちと一緒に写真を撮った。

 

           −−− 城壁とサンフェリペ壕 −−−

 

 

 

    セウタ政庁      モロッコとの国境

 

 アフリカ広場から反対方向の東方、半島の最東端には標高204mのアチョ山がそびえる。ギリシャ神話「ヘラクレスの柱」とされ、山頂には城壁が残されている。近くに展望台があり、セウタの町並みと地中海を眺望でき見晴らしが良い。一方、広場から北へ10分ほど歩くと港湾地区になり、ヨットハーバーやマリティモ・デル・メディテラネオ公園という大プールがあるテーマパークに出る。この公園から南へかなり急な坂道を上がると、ヨーロッパ的な旧市街が広がり、いくつかの広場では夏休み中の子供たちがサッカーなどをして遊んでいた。

 

 

  アチョ山展望台    鳩と遊ぶ小さな男の子と

 

 短時間の滞在であったが、メリリャとセウタの観光を楽しんだほかに、地中海で獲れる海の幸も堪能した。定番のエビやイワシのほかに、セウタで賞味したスペイン語でバラダという魚、日本語で言えばクロダイのお味が忘れ難い。

 

 

  メリリャで食べたエビ  セウタで賞味したクロダイ

 

 セウタ観光後はフェリーでジブラルタル海峡を渡ってアルへシラスに着き、バスに乗り継いでコスタ・デル・ソル(太陽海岸)の玄関口、マラガに入った。同地での観光については、別途紹介したいと思っている。

 

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 この旅行前に私ことワールド・トラベラーが訪れた国・地域は272であったが、今回のイビサ島・メリリャ・セウタの3地域を加え275になった。早速だが、朝日新聞の記者が取材に来た。近々掲載予定だが、どんな記事になるのか楽しみである。

 

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275ヵ国・地域を制覇した82歳の一人旅(1)イビサ島など
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 6月17日〜25日、実に5年ぶりの海外旅行をした。それも82歳のかなり高齢の一人旅である。現地のホテルではチェックインの時にパスポート提示を求められるが、それを見たレセプションは一様に驚いた。年齢的には、父または祖父のような存在であるからだ。5年近く前に妻が今のところ不治の病とされる認知症で入院し、しかも2年前から延命措置を受けているため長期の外出による不在が許されない。加えて筆者自身がこの間に2度も手術し、特に昨年11月には末期直前の大腸がん手術をした経緯もあり、私ことワールド・トラベラーの海外渡航記録は272ヵ国・地域で終わると半ば諦めていた。

 しかし、一度しかない人生をこのまま終えるのは不完全燃焼となり悔いが残るため、妻の病院や知人などに根回して1週間程度の旅をすることを決意した。もちろん、知人らの中には筆者の体調などを考えて旅行の是非を問う声もあったが、手術後のリハビリも兼ねて旅に出ることを決断した。ただ、足元には不安があるので、事前のトレーニングが必要と考えた。そこで出発の2週間前からは毎日1〜2時間歩いたり、住んでいる10階のマンションのエレベーターを使わず歩いて階段を上り下りして鍛えた。

 

 目的地は地中海に面したスペイン本土ではない僻地であった。先ず、最初に向かったのが地中海に浮かぶバレアレス諸島の一つ、イビサ島である。成田空港か

らイベリア航空機に搭乗し、マドリード経由で島に着いた。諸島で3番目に大きく、面積は約572k屬覇本の淡路島とほぼ大きさだ。人口が13.3万人の島の歴史は古く紀元前10世紀に遡り、かつてフェニキア人の貿易基地であった。1960年代〜70年代はヒッピーが移住する楽園となり、その後は連夜パーティーが催されるパーティーアイランドとなり、現在は世界中からリゾート客やクラブファンが押し寄せるリゾートアイランドとして有名である。

 世界遺産になっている島内観光のハイライトは、島内最大の町イビサタウンにある旧市街だ。フェリーやヨットなどが停泊する港近くに土産物屋やレストランが軒を連ねるマリーナ地区、漁師たちが暮らすペニャ地区、城壁に囲まれたダルト・ビラ地区から成る。見どころはダルト・ビラ地区で、タウレス門から入り上って行くとサンタ・ルシア砦があり、旧市街や港が一望でき絶景だ。さらに坂道を上って行くとカテドラルに着き、展望台からイビサの町と港が見渡せる。また、町のあちこちの建物で、情熱的なブーゲンビリアが美しく咲き乱れ旅情を添える。

 

            −−− イビサタウン−−−

 

 マリーナ地区:港    マリーナ地区:大通り

 

    ブーゲンビリアが美しい旧市街

 

ダルト・ビラ地区:城壁 ダルト・ビラ地区:展望台

 

 カテドラルを頂にして建物が折り重なるような旧市街の風景を堪能するなら、港内巡りのボートツアーが一押し。港の北側で降りて約10分北西に歩くと、ディスコクラブで有名なパチャがある。午前0時〜6時の営業なので入場は断念したが、お店の外観はけばけばしく独特だ。ここから20分ほど北東へ進むと、一気に視界が開けたタラマンカ海岸に出る。ビーチの幅は数十メートルしかないが、大勢の海水浴客が甲羅干しの日光浴を楽しみ泳ぐ人はわずか。海水パンツに着替えて少し泳いだが、やはりがん手術の傷跡が気になった。

 因みに、イビサらしさを感じるのは夜10時過ぎで、レストランやバーなどは午前3時頃まで営業して大勢のバカンス客で賑わう。通りを歩く人たちの服装や化粧も一種異様で、不夜城の世界が広がる正に享楽の島である。お店の中にはシーシャと言う中東のイスラム圏でお馴染みの水タバコを置いており、現役時代にクウェート駐在の経験がある筆者も、イランなどで吸ったことがあるだけに懐かしかった。

 

 

   パチャ      ディスコバーで美女たちと

               歓談する筆者

   

 港より旧市街を俯瞰     タラマンカ海岸

 

 島の北西部に位置するイビサ第2の町、サン・アントニは、イビサタウンからバスに乗ること約30分で到着した。バスターミナルから西へ約5分歩くと、広場のようなフォンツ通りという遊歩道があり、噴水が見事である。この広場から100m南にはがあり、多数のヨットをはじめ様々な船が停泊し華やかな佇まいだ。この付近から西へ1kmほど行くと、断崖になった海岸に出て地中海が広がる。遊歩道を少し北進すると、チルアウト音楽を世界に広めたカフェ・デル・マールなどの有名バーやレストランが並び、印象的なサンセットを楽しめる。

 

    −−− サン・アントニ−−−

 

 噴水が美しいフォンツ通り  カフェ・デル・マール

 

 イビサ島滞在の最後に南沖合に浮かぶフォルメンテーラ島まで足を延ばした。イビサタウンの港から高速船に乗ること30分で島の玄関口、ラ・サビーナに到着し、バスで島内観光した。先ず最初に訪れたのが島の中心地サン・フランセスクで、次に向かったのが東端にあるモラ灯台。真っ青な海と荒々しい断崖絶壁とのコントラストが鮮やかだったが、バスに乗り遅れてヒッチハイクして向かったのがエス・カロ海岸。イビサ島と違い透明度が高く、エメラルドグリーンとコバルトブルーの海が息を呑むほど美しかった。

 

   −−− フォルメンテーラ島−−−

 

    (透明度が高いエス・カロ海岸)

 

  モラ灯台付近      イビサタウンで賞味したエビ

 

 観光に加えて豊かな海の幸にも舌鼓を打ち、エビやイワシなど賞味するグルメも堪能するイビサ島の旅であった。

 

                (続く)

 

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イタリアが参画する中国の一帯一路とトリエステ慕情
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 本日は朝からずっと待っていたことがあった。それは新元号の発表で、正午前に知らされたのは「令和」である。従来の元号は中国の古典からの出典であったが、今回は国書とも言うべき我が万葉集からの出典で、言わば初の国産元号となる。評価は種々あろうが、概ね良い新元号ではなかろうか。

 

 さて、我が国の改元にゆかりのある中国だが、2013年から同国の習近平国家主席の肝いりで始まった壮大なシルクロード経済圏構想「一帯一路」が、欧州連合(EU)をのみ込もうとしている。10日前の3月23日にイタリアのコンテ首相は、イタリアを訪問中の習近平国家主席と会談し、巨大な経済圏構想「一帯一路」に参画する旨の覚書に署名した。これはG7、いわゆる主要7ヵ国では初めての署名で、中国のヨーロッパ進出を加速させ、欧州連合(EU)の分断に油を注ぐ事態になりかねないとしてEUは警戒する。

 件の覚書は30ほどの分野で経済協力に合意し、イタリアが約70憶ユーロ(約8700憶円)のチャイナマネーを得ようというもの。さらに、地中海と中東欧を結ぶ拠点となるイタリアのトリエステ港の開発に対し、中国企業が参入する。実は覚書には既にEU加盟国の13ヵ国が署名済みで、例えばエストニア・ラトビア・リトアニア・ポーランド・チェコ・スロバキア・ハンガリー・スロベニア・クロアチア・ブルガリアの中東欧諸国に加え、ポルトガル・マルタ・ギリシャも参画している。

 

 因みに、一帯一路は略称で、正式名はシルクロード経済ベルトと21世紀海洋シルクロードだ。中国語では丝绸之路经济带和21世纪海上丝绸之路、英語では The Silk Road Economic Belt and the 21st-century Maritime Silk Roadと言う。具体的に「一帯」とは、中国西部から中央アジア(カザフスタンなど)を経由してヨーロッパへと続く「シルクロード経済ベルト」を指す。また、「一路」とは中国沿岸部から東南アジア、スリランカ、アラビア半島の沿岸部、アフリカ東岸、地中海を結ぶ「21世紀海上シルクロード」を指す。一帯一路の構想ルートはいくつかあるが、下図が主要ルートである。

 

 

 

 具体的には、中国とヨーロッパの間にある中央アジア・中東・アフリカの国々では、道路・鉄道・港・通信網などのインフラが不足している実情に鑑み、これらを整備して貿易や交通を便利にするのが狙いだ。この目的に必要な資金を出すため、中国は2015年にアジアインフラ投資銀行(AIIB)を設立したほか、シルクロード基金と呼ぶ特別資金も用意している。要するに、一帯一路に参加する国々の間で、貿易の自由化や投資を推進することを目指しているのだ。

 

 中国が描くその戦略の核心は、一帯一路を媒介にして世界経済を牽引 or 制覇しようと言う野望であろう。よって主要国の一つと目されるイタリアが、一帯一路のメンバーになった心理的なインパクトは大きいと言えよう。一方、アメリカのトランプ大統領から関税見直しなどを迫られ、同様にアメリカの圧力を受けるEUへの接近を目論む中国の強かな戦略を垣間見ることができる。また、中国は多国間主義や自由貿易をアピールするが、これはヨーロッパが本来理念とするものと一致し、一帯一路の推進に自信を持っているようだ。

 

 今や参加国は123ヵ国まで増え拡大する一途だが、種々問題点があることも顕在化している。例えば、中国から融資を受けた発展途上国が莫大な債務を負わされ、借金の肩代わりとして土地を取り上げられるなど問題になっているのだ。特にパキスタン、スリランカ、マレーシア、ミャンマー、ジブチ、モルディブ、ラオス、モンゴル、キルギスなどでは深刻で、港湾の運営権などを中国側に譲渡する始末だ。

 今回のイタリアの参画で脚光を浴びたのが、アドリア海に臨む港湾都市トリエステだ。世界的に有名な水の都ヴェネツィアに近く、また隣国のスロベニアとの国境近くにある港町である。272ヵ国・地域を旅した私ことワールド・トラベラーは2005年3月に訪れており、その旅の模様を紹介しよう。

 

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 イタリア北東部にあるトリエステは、スロベニアとの国境まで僅か12kmに位置するイタリア東端の港町である。人口は約20万人で、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア自治州の州都だ。ヴェネツィアから東へ157km、急行電車に乗ること2時間ほどで到着した。古代ローマ時代に源を発する町の歴史は、他国との国境近くにあるため目まぐるしい変遷を遂げてきた。中世はヴェネツィアの支配下に入り、その後は第一次世界大戦までオーストリア・ハンガリー帝国の統治下で繁栄した。

 この大戦後にイタリア王国領となったが、第二次世界大戦後はユーゴスラビアと帰属を巡って紛争し、1947年には国連管理による「トリエステ自由地域」になった。その後1954年に取り交わされたロンドン覚書により自由地域はイタリアとユーゴスラビアに分割され、地域の北側をイタリアが併合して今日に至っている。複雑な歴史的背景や特殊な地理的要因により、言葉も民族も多様で一種独特の雰囲気がある。風光明媚なアドリア海に面した坂が多い港町は、イタリアの他の都市には見られない解放感も漂う。

 

 

 トリエステの市街地と港 港を散策するワールド・トラベラー

 

 東ヨーロッパとの国境にあり、歴史的に多くの民族や国家の支配を受けてきたトリエステだが、とりわけ近代で最も影響力が強かったのがオーストリアのハプスブルク家だ。オーストリアの影響を色濃く受けた街には、中世から現代に至るまでの貴重な歴史的建築物を見ることができ、特にバロックやネオクラシックの建物が多い。

 必見は、先ず街の中心にあり、優雅な建物が囲むウニタ・ディタリア広場(イタリア統一広場)である。トリエステ中央駅から海沿いに歩いて10分ほどにあり、トリエステで一番大きな広場だ。市庁舎や州庁舎、ヴェルディ劇場、旧ローイド・トリエスティーノ宮殿などの立派な建築物が広場を囲み、細かな装飾が施された建物群が美しい。

 

 広場の北側にあるヴェルディ劇場は、イタリアの大作曲家ジュゼッペ ・ヴェルディを称えて名付けられた豪華な歌劇場だ。オーストリア統治下の1801年に創設されてから現在までトリエステの文化イベントの中心となっており、世界的に有名なバレエやオペラなどの公演を鑑賞できる。建物の正面は窓や柱頭などの細かな装飾が印象的で、上演ホールのシャンデリアや天井のフレスコ画などの内装も息を呑む美しさだ。

 広場の南側に位置する市庁舎は1870年代に建てられたもので、正面にあるバルコニーはかつて独裁者ムッソリーニが演説した時に使われた。ヴェネツィア・トスカーナ・フランス・ドイツの各様式が取り入れられ、特に注目すべきは左右対称のデザインになっているファサードだ。またゴシック様式の窓なども特徴的で、中央の建物の上にある時計台は毎正時になると2 体の青銅製の人形が時計の鐘を鳴らす。

 

  

 市庁舎を背にしてウニタ・     ヴェルディ劇場

 ディタリア広場に立つ筆者 

 

 ほかに見逃せないスポットとして、ウニタ・ディタリア広場から南東約600mにあるサン・ジュスト大聖堂がある。ロマネスク様式の2つの聖堂が合体したもので、正面にはバラの形をした窓がはめ込まれている。内部はフレスコ画が描かれた天井や床のモザイクが目を引き、また傍にある15〜17世紀に築城のサン・ジュスト城からはトリエステ市内が一望でき絶景だ。

 一方、郊外ではトリエステ中心部から北西に8kmほど、アドリア海岸沿いに建つミラマーレ城がお勧めだ。19世紀に建てられた優雅な城は、外壁が白く美しいことから「白亜の城」として知られる。重厚で赤を基調とした豪華な造りになっている城の内装や、温室を含めた庭園も素晴らしい。

 

 さらに、カフェと言う意外な見どころがある。トリエステには素敵なカフェが多く、カフェ・サン・マルコなど150年以上もの長年にわたり多くの文化人たちに愛されてきた老舗カフェが街中に点在する。また、イタリアのコーヒーメーカーを代表する「illy」の本社があるのも、ここトリエステである。

 

 

       ミラマーレ城      カフェ・サン・マルコ

 

 「コーヒーの街」とも呼ばれるルーツは18世紀に遡る。当時の町はアフリカからヨーロッパに運ばれるコーヒーの経由地点として発展し、19世紀には多くのウィーン風のカフェが造られた。ドイツの詩人リルケなど各国の文豪が集まった国際的な「カフェの街」として発展し、今もその名残で素敵なカフェが多い。

 

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 世界的なスケールで一帯一路を主導する中国に対し、我が日本は環太平洋パートナーシップ(TPP)を主導る。だが、その規模から言えば、当初は参加予定であったアメリカが抜けたため、TPPは一帯一路の足元にも及ばない。一方、順風満帆のように見える一帯一路だが、同時にリスクも抱えているようだ。そのリスクヘッジのため、いずれ狡猾な中国は日本を誘い込むであろう。その時に日本政府はどのように対応するのか注視したい。

 

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国名変更で揺れるマケドニア紀行
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 マケドニアという国をご存知の方はごく僅かではなかろうか?。むしろ、アレキサンダー大王(紀元前356〜323年)ゆかりの地がマケドニア王国であることを知る識者のほうが多いのではと推察する。ギリシャの北に位置するバルカン半島の内陸国マケドニアの国名は古代マケドニア王国に由来するが、当時の領地であったギリシャにも同じ地名があり、マケドニア独立時から反発してきた。一方のマケドニア側でも、国名変更に反対して激しいデモが行われている。

 

 因みに、マケドニア王国は紀元前7世紀に古代ギリシャ人によって建国され、紀元前168年に滅亡した。その領土は現在のギリシャのマケドニア地方と中央マケドニア地方、1991年に旧ユーゴスラビアから独立したマケドニアのほかに、ブルガリヤや

アルバニアの一部にもまたがる。欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)への加盟を目指すマケドニア政府は新しい国名を巡りギリシャと交渉中だが、国民には抵抗感が根強いようである。

 

 そこで、EUはマケドニアのEU加盟交渉に向け両国に協議を促し、両国は今年1月に国連の仲介で協議を再開した。マケドニアのザエフ首相は国名を巡るギリシャとの対立解消に向け、改称を受け入れる準備があると表明。今月中にギリシャのチプラス首相と会談し、新国名案で合意すれば国民投票を実施して最終決定する意向である。新国名として「北マケドニア」など4案が挙がっているとか。

 面積は日本の約15分の1の2万5713 km²、人口は約200万人の小国だが、最近のヨーロッパでは注目を浴びているマケドニア共和国を筆者は2003年6月に旅しており、その概要を紹介する。

 

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      首都のスコピエは旧ユーゴ諸国々の中でも最もトルコ文化の香りがする街で、人口は約70万人。ヴァルダル川がほぼ東西に悠々と流れ、15世紀に建造され13のアーチで支える長さ214mの石橋・トルコ橋が架かる。この橋から北へ400mほど歩くとオールド・バザールがあり、迷路のような通りに日用品などの店が並び庶民的で落ち着いた雰囲気が漂う。この市場の西にあるカレ城砦の丘は芝生が美しい公園で、11世紀の城塞跡が一部残りスコピエ市街のパノラマが楽しめる。

 展望ポイントは他にもある。例えば、南近郊にある標高1066mのヴォドゥノ山の頂にあるパンテレイモン修道院は、1146年の創建で赤レンガ造りの外壁が周りの緑と見事なコントラストを描く。ビザンチン壁画で装飾された内部は、ピエタ(聖母の嘆き)のシーンが素晴らしい。近くにあるレストランからは、スコピエ市街地や周囲の山並みがくっきりと眺望でき絶景である。

 

  

 スコピエ:トルコ橋が架かる     カレ城砦の丘  パンテレイモン修道院

  ヴァルダル川を散策の筆者   より市街地俯瞰

 

 スコピエから南西へ約100kmに位置するオフリドは、アルバニア国境にあり世界最古の美しい湖の一つに数えられるオフリド湖に面する。人口約3万人の小さな町だが、先史時代から人々が住み紀元前144年にローマ帝国の支配下に入ると、西のアドリア海と東のエーゲ海を結ぶイグナチア街道の拠点として繁栄した。3世紀にキリスト教が伝来し、9世紀末頃〜14世紀に360もの教会が建てられた。その後オスマン帝国の支配によりその多くが破壊されたが、澄み切った湖と壮麗なフレスコ画が共存する場所としていくつかの美しい教会が今も残る。

 その代表である14世紀築の小さな聖ヨハネ・カネヨ教会は、湖に突き出た崖の上に建つ。可愛い赤い建物が真っ青な湖に映え絵葉書を見るよう。町から約30km南、アルバニアとの国境近くにある聖ナウム僧院は900年頃に創建され、美しいフレスコ画が保存されている。珍しい白い孔雀がおり、清水がこんこんと湧き湖に注ぐ池がある。一方、オフリド旧市街の丘の上に堂々とそびえるサミュエル城砦は、11世紀にブルガリア帝国の皇帝によって建てられた。外壁の上を散歩すると360°のパノラマが楽しめ、オフリドの町並みと湖などが見渡せ最高の眺めだ。

 

  

オフリドの町とオフリド湖  湖畔に建つ聖ヨハネ・    サミュエル城砦

              カネヨ教会と筆者

 

 アルバニアと国境を接するマケドニア西部は、シャール山脈の険しい尾根が走り深山幽谷の世界が広がる。特に2つの美しいダム湖、マヴロヴォ湖とデバル湖.の間を流れるラディカ川は、V字型の峡谷を造り秘境の趣を呈する。この川の中ほど静かな山奥に佇むのが聖ヨハネ・ビゴルスキー修道院で、重厚な感じそのものの僧院だ。廊下の壁に描かれた鮮やかなフレスコ画や木彫りのイコン(聖画像)が残る内部が素晴らしい。因みに、リアス式海岸のような美しい景観が延々と続くデバル湖から流れ出た水はドゥリム川となり、ちょっとした海のようなオフリド湖に注ぐ。

 ところで、マケドニア出身の最たる著名人とは誰であろうか?それはマザー・テレサ ことアグネス・ゴンジャ・ボヤジュである。スコピエのアルバニア人の家庭で生まれた彼女はインドに渡り、カトリック教会の修道女として修道会「神の愛の宣教者会」を創立した。カルカッタ(現在のコルカタ)で貧民救済活動を行い、1979年ノーベル平和賞を受賞した。インドでは超有名だが、スコピエの中心にあるショッピングセンター近くでマザーテレサ像がひっそりと建つだけで、マケドニア人はさほど関心がないようであった。

 

  

  ラディカ川付近の筆者 イコンが見事な聖ヨハネ・ スコピエ市内に立つ

              ビゴルスキー修道院   マザー・テレサ像

 

 岩手県と秋田県を合わせたほどの小さな国だが、見どころが意外にあり、再訪したくなる魅力を秘めた国である。

 

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 国名変更しようとするのはマケドニアだけではなく、最近でも先例がある。2015年4月に、南コーカサスにあるグルジアがジョージアに改称された。マケドニアの国名変更によりギリシャとの関係が良くなれば、両国はハッピーとしなければならぬであろう。

 

後記

 マケドニア国内で「北マケドニア」に国名変更する手続きを終えたのを受け、ギリシャの議会は承認した。今後は国際機関などに国名変更が通知されるほか、マケドニアが求めてきた欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)への加盟手続きも進む見通しになった(2019年1月26日)。 

 

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スペインの火種、カタルーニャとバスクへの旅(1)
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 旧聞になるが、カタルーニャ自治州が昨年10月にスペインからの一方的な独立を宣言した。しかし、反発した中央政府に解散させられたカタルーニャ自治州議会の出直し選挙が昨年の12月21日に行われ、独立派が過半数を制した。スペインの中央政府はこの選挙結果を受けて対話をほのめかしたが、独立の動きがもたらした混乱がすんなりと収束するかは不透明。と言うのは、国外に逃れている独立の旗手プッチダモン前自治州首相が反逆などの容疑で逮捕状が出ており、帰国して州議会に出席することが困難であるからだ。

 一方、独立と言えば、スペイン北部のバスク自治州のほうが先輩格である。かつて武装組織「バスク祖国と自由(ETA)」が頻繁にテロを繰り返すなど、激しい独立運動があった。しかし、近年は独立を求める住民投票の実施を望む人たちは多くなく、カタルーニャの独立の動向には冷静である。この背景には、バスクが既にカタルーニャ以上の高水準の自治が認められているからだ。例えば、バスク自治州には、所得税や法人税を含むほぼ全ての徴税権があり、バスクは実質的に独立国と言えよう。

 

 ところで、カタルーニャ問題に対し、なぜEU(欧州連合)は沈黙を保つのであろうか?それはEUがカタルーニャと同様の希望があるその他の地域に、独立の門戸を開放したくないからであろう。EUとしてはこのカタルーニャ独立問題をきっかけに、スコットランド、北イタリア、フランドル地方、コルシカ島などにも広がりかねないドミノ倒し効果を何とか避けたい考えのようだ。

 

   独立を巡る問題で対照的な両自治州へは今は病床に臥す妻と一緒に何度も旅行しており、カタルーニャは1976年7月、1998年1月、2003年9月、バスクは2003年9月、2010年8月に訪れている。今回はカタルーニャの旅の模様を紹介し、バスクは次回としたい。

 

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 カタルーニャと言えばバルセロナになり、1992年夏のオリンピック開催で有名になった。マドリードから東北へ約620kmほどに位置し、1977年に自治権を獲得したカタルーニャ地方の中心都市だ。人口約160万人は同国第2の大都会で、地中海に面するスペイン最大の港町として活気がある。海と丘と燦々と降り注ぐ陽光に恵まれた街は、鬼才ガウディの斬新な建物が目立つ芸術の街でもある。その代表が100年以上も前に建設が始まったサグラダ・ファミリア(聖家族)教会で、ガウディの遺志を継ぎ現在も工事が続く。

 このほかにも、ユニークなガウディゆかりのものがある。例えば、市街地や海を見下ろす山の手にあるグエル公園は、蛇行した階段やトカゲの噴水などガウディ独特のデザインが見られ、幻想的な空間を生み出している。ラ・ペレドラ(石切り場)とも呼ばれるカサ・ミラは石を積み上げたような集合住宅だが、ガウディ最後の住宅建築で人工的な直線を嫌い、嵐の海面のような波打つ外壁が圧巻である。

 

        −−− ガウディの遺産建築物 −−−

  

         カサ・ミラ   サグラダ・ファミリア    グエル公園

            教会 右が妻、左が筆者

 

 ほかに、バルセロナで最も古いエリアに建つカタルーニャ・ゴシック様式の象徴カテドラル 前の広場は、カタルーニャ地方の民族舞踊「サルダーナ」の舞台になる。民族の団結を誓い合う踊りで、老若男女や旅行者まで入り混じり、音楽に合わせてステップを踏む光景は楽しげだ。斬新なモニュメントが立つファン・ミロ公園、見晴らしの良いモンジュイックの丘、旧市街の目抜き通りのランブラス通りも見逃せないスポットである。

 

 郊外でも必見のところがある。先ずバルセロナから北西53kmにあるモンセラートは、「のこぎり山」という灰白色の岩山の中腹(標高725m)にあるキリスト教の聖地である。バルセロナを出てなだらかな丘陵が続くが、しばらくすると忽然とニョキニョキと灰白色の奇怪な姿の岩山が立ちはだかる様にそびえ立つ。標高1235mのごつごつとした山の中腹に、カタルーニャ人信仰の聖地、モンセラート修道院が建っており、約80名の修道士が暮らす。ここを訪れる人々のお目当てはラ・モレネータと呼ばれる黒いマリア像で、カタルーニャ地方の人々の守り神として慕われている。ロープウェイで頂上に登ると、素晴らしいパノラマが広がる。

 

 

    モンセラート修道院    モンセラートの岩山を  リポールのサンタ・マリア

             背にする筆者と妻     修道院の石の聖書

 
  バルセロナの北約90kmにある
リポールは、カタルーニャ発祥の地として知られる。人口1.2万人の小さな町だが、かっては北カタルーニャ地方の学問・文化の中心として栄えた。フランスとの国境に近く、ピレネー山麓の谷間に佇む静かな町に、壮麗なサンタ・マリア修道院が建つ。880年に創建された修道院の見どころは何と言っても、約300年かけて12世紀に完成したと言われる正面扉口のロマネスク調のレリーフ群「石の聖書」だ。おもに黙示録・出エジプト記・列王記などが彫られ、中央上部には祝福するキリストが彫られている。その両側には2人の天使が従い、さらに両脇と下側に福音書を書いた4人の聖人達のシンボルが彫られている。このような彫刻を見たのは初めてで、圧巻としか言いようがない。

 

               ( 続く )

 

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 最近のヨーロッパはテロなども無く、全般的に平穏のようだ。だが、カタルーニャなどの独立問題が再燃すると、ヨーロッパの他の諸国にもその影響が波及しかねないであろう。例えば、スコットランドなどの独立がまた脚光を浴びよう。一瞬たりとも目が離せない情勢である。

 

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強暴採決で成立した共謀罪法とパレルモ条約ゆかりの旅
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 最近の安倍政権は尋常でなく、品が無いことが多過ぎるようだ。実際に存在するものを「無い」と言い切ったり、都合の悪い文書を「怪文書」と呼んでみたり、野党側に突っ込まれると「印象操作」を乱発して逃げ切ろうとしたり、告発者を執拗に個人攻撃したり、果ては国会で改憲につき訊かれると「読売新聞を熟読せよ」と言い放つ。肝心の政策論議を棚上げし、まるで低支持率に喘ぐ政権末期?を彷彿させる迷走ぶりである。

 

 計画の時点から犯罪を処罰する共謀罪法が一昨日(6月15日)、参議院本会議で自民党・公明党・日本の維新の会の賛成多数で可決され成立した。その強引なやり方は究極の「中間報告」の手続きを使い、一方的に参議院の委員会審議を打ち切って本会議で採決を強行する奇襲戦法であった。まさに共謀ならぬ強暴採決の趣だが、どうもボタンの掛け違いをしているようだ。

  安倍一強時代に入り、どうも強権発動的な国会での採決や閣議決定が多いようである。数の力で押し切ろうとする政府・与党の姿勢は、驕り以外の何物でもなく、時には嫌悪感すら覚え不愉快だ。メディアにより共謀罪とか、テロ等準備罪と表現されるが、正式名称

は組織的犯罪処罰法改正案である。処罰される行為はテロ集団など組織的犯罪集団の活動として、2人以上による277の犯罪計画が対象だ。

 

 この法案の議論のきっかけは、「多様化するテロは起こってしまったら後の祭りで、未然防止が極めて重要」との指摘である。未然防止は実行後でなく計画と実行準備行為が発見された時に可能につき、テロ等準備罪はテロに対応する有力な法制に成り得るとする。また、政府説明では現行法の予備罪等のみでは足りず、共謀罪等の新たな罪状を新設しなければ国際組織犯罪防止(TOC)条約を批准することができないと主張する。

 因みに、このTOC条約は、組織的な犯罪集団への参加・共謀や犯罪収益の洗浄・司法妨害・腐敗(公務員による汚職)等の処罰、及びそれらへの対処措置などについて定める国際条約である。2000年12月にイタリアのパレルモで署名会議が開催されたので、パレルモ条約とも呼ばれる。2016年10月の時点で、署名国は147、締約国は187だが、我が国は未締結である。因みに、TOC条約の関係者によれば、条約の目的はテロ対策ではないと指摘する。

 

 共謀罪の可否については立場が違えば賛否両論分かれるのは無理もないことだが、加計学園問題と共に国会の会期内(6月18日まで)に強引に幕引きを図ろうとするする政府・与党の傲慢な姿勢には賛同できない。森友学園問題に端を発した昭恵夫人も含めた安倍晋三首相の公私混同ぶり、安倍一強を軸に長期政権安定が続く様々な弊害などが目立ち始め我慢ならぬ昨今だ。

 共謀罪法が成立した当夜、国会前でささやかな抗議デモがあったが、黒白をハッキリとつける傾向がある外国では恐らく大規模且つ過激なデモがあるだろう。隣国の韓国などがその例だ。或いは時の指導者が凶弾の標的になろうが、平和でオメデタイ我が国では斯様な心配はご無用のようだ。これは世界を272の国・地域を制覇した私ことワールド・トラベラーの率直な感想である。

 

 さて、先述のパレルモだが、5月22日付け幣ブログ『G7タオルミーナ・サミット2017開催のシチリア島の旅(イタリア紀行-2』で紹介済みだ。2000年4月に妻と一緒に訪れた懐かしい旅の想い出を、一部重複するが今一度回顧してみよう。

 

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 シチリア島の北西岸にある州都のパレルモは島内最大の都市で、約68万人の人口はイタリア第5位である。かつてフェニキアの植民都市がその起源で、ドイツの文豪ゲーテは「世界で最も美しいイスラム都市」と称えたほどだ。ビザンチン・アラブ・ノルマンの3様式が妙に融合する街は、旧市街と新市街に分かれる。見どころは歴史遺産が集中する旧市街に多い。

 

         

          カテドラーレ前の筆者と妻             クワトロ・カウンティー

 

     

     パラティーナ礼拝堂                サン・ジョヴァン二・デリ・

                                                                  エレミティ教会

 

 先ず、パレルモの歴代王の墓がある大聖堂カテドラーレは、12世紀末に建てられたシチリア・ノルマン様式の壮麗な教会である。世界最大級のパイプオルガンや、大聖堂と鐘楼をつなぐゴシック式のアーチが人目を引く。カテドラーレから西へ約400m行くと、1140年に完成したパラティーナ礼拝堂がある。ノルマン王宮の玄関を入り奥に進むと、壁や祭壇が金色の見事なモザイクで飾られたパラティーナ礼拝堂がある。

 この礼拝堂のすぐ南にあるのが、12世紀中頃建立のサン・ジョヴァン二・デリ・エレミティ教会だ。アラブ・ノルマン様式の赤いドームが愛らしく、イタリアらしからぬ雰囲気がある。一方、大聖堂から東へ500mほど向かうと、クワトロ・カウンティーという交差角がある。外壁がスペイン・バロック様式の建物が並び、様々な彫像で飾られているのが見逃せない。

 

 郊外で見逃せないのは、パレルモ市内から南西へ8kmに位置し、カプート山の中腹にあるモンアーレが一押しだ。1176年に完成したノルマン・アラブ様式のドゥオモは、聖堂内部がアダムとイブなどのモザイクで覆われ、その美しさは思わず息を呑むほどである。また、聖堂の横にあるベネディティーニ修道院では、モザイクで彩られた回廊キオストロが中庭を囲み、イスラム風でスペインのアルハンブラ彷彿させる。

 また、モンアーレから更に53kmほど南西に向かうと、古代ギリシアの都市遺跡、セジェスタ遺跡がある。標高305mのバルバロ山の中腹にあり、広大なブドウ畑が広がる。紀元前5世紀建造のドーリア式のギリシア神殿は立派で保存状態も良いが、円形劇場は意外に小さく少々期待外れであった。

 

      

            モンレアーレの全景             モンレアーレの回廊と中庭

 

    

 セジェスタ遺跡のギリシア神殿前  セジェスタ遺跡の円形劇場

 に立つワールド・トラベラーと妻

 

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 波乱続きの第193通常国会は昨日(16日)事実上閉会した。安倍政権が最重要法案と位置付けた改正組織犯罪処罰法は、参議院法務委員会の採決を省略する乱暴極まりない与党の国会運営によって成立した。5カ月間の会期中は安倍政権の疑惑や失言が相次ぎ、その影響を抑えるため情報の隠蔽と強弁が繰り返された。

 「忖度」とか「印象操作」など今年の流行語大賞の候補になりそうな言葉には、うんざりし辟易もした。安倍晋三首相の空気を読んで忖度し動く与党と官僚たちにより、安倍1強の様々な弊害が顕在化した国会であったようだ。長期安定政権も良いが、そろそろ賞味期限が近付いているようである。

 

                                   ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

世界の人形館のご見学

 筆者ことワールド・トラベラーが館長を務める世界の人形館では、272カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを多数展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。慈善活動につき、入館料は無料です。但し、セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。

TEL:04−7184−4745 又は Eメール: ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

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世界卓球2017とドイツ・デュッセルドルフの想い出
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 先々月に傘寿を迎えたのを機に、最近またテレビを視聴する時間が激減した。10年ほど前まではサスペンスドラマに嵌まっていたこともあっただけに、隔世の感だ。何故か観たいという気持ちにならないのは、ひょっとしたら認知症の前兆かも知れない。ところが、5月29日からドイツのデュッセルドルフで始まった卓球の世界選手権の番組放映は例外で、連夜遅くまでテレビに釘付けになっている。

 理由は若い日本選手たちの大活躍で、メダル奪取が続くからだ。筆者が若かりし頃は体操と共に卓球日本の全盛時代であったが、その後は中国などに歯が立たなくなってしまった。ところが開催中の世界卓球では、日本勢の連日のメダルラッシュで熱い。特に男子シングルで13歳の中学生の張本智和選手をはじめ、女子シングルの平野美宇選手、男女ダブルスや混合ダブルスでも快進撃が続く。3年後の東京五輪を控えているだけに、頼もしい限りである。

 

             −−− 大活躍の日本選手たち −−−

  

   男子シングル      混合ダブルス     女子シングル

         (インターネットより転用・加工済み)

 

 さて、世界卓球の舞台になっているデュッセルドルフと言えば、今からちょうど10年前の2007年6月に訪れた旅の想い出が沸々と湧いてくる。同市はライン河畔の大商都で、人口は約61万人。日系企業が数多く進出しており、ノルトライン・ヴェストファーレン州の州都である。

 また、ブルーバナナと呼ばれる、経済的にも人口的にも発展した地域内に位置し、金融やファッション、世界的な見本市で知られる。既に2015年3月31日付けの幣ブログ『ドイツ周遊(その1)と衝撃のドイツ航空機墜落事故など』で若干触れているが、今回はもう少し詳しく紹介しよう。

 

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  著名な作家・詩人のハイネを生んだ街はドイツ有数の大商業都市であるが、観光的には見るべきものは多くない。しかし、ライン川沿いにある旧市街アルトシュタットは古い石畳や小道が歴史を感じさせ、こじんまりとしているが意外に見どころが多い。その中心にあるマルクト広場に面して後期ゴシック様式と初期のルネッサンス様式を取り入れた旧市庁舎が建ち、その前には選帝侯ヨハン・ヴィルヘルム2世、通称ヤン・ヴェレムの騎馬像が立つ。

 

  

ライン川と旧市街の聖ラン  旧市庁舎と騎馬像を     マルクト広場

ベルトゥス教会など俯瞰    背にする筆者

 

 広場から300mほど北には、聖ランベルトゥス教会がある。1380年に建てられた教会は、デュッセルドルフ最古の教会で、バジリカ(中廊が側廊より高い教会)で有名だ。外見は質素なスタイルのレンガ風ゴシック様式だが、印象的な高い尖塔は遠くからでもひときわ目立つ。内部で見逃せないのが黒や灰色のシックな色味のステンドグラスで、彫刻やレリーフも歴史の重さを感じさせる。

 

 一方、騎馬像の前から始まる「世界で一番長いカウンター」と呼ばれるボルカー通りを行くと、右側にハインリヒ・ハイネの生家がある。1797年にユダヤ系商人の家庭に生まれたハイネは、大学卒業後は商人や法律家志望などを経て、ドイツを代表する作家であり抒情詩人になった。また、自由を求めて生涯戦い抜き、行動的な芸術家として世界中に多くの愛読者を持つ。因みに、生家の現在は、ビーアアカデミーというビールレストランになっている。

 

 このレストランから北東およそ1kmには、緑豊かな公園が広がるホーフガルテンがある。かつて宮廷の狩場であった公園では、約2万6000屬旅大の敷地に池や花壇、博物館などが点在して市民の憩いの場となっている。また、この公園の外れにあるイエーガーホーフ城は狩猟用の館であったが、現在はゲーテ博物館になっている。ゲーテにまつわる約3万点に及ぶ資料が集められ、作品『ファウスト』の自筆原稿などが展示され興味深い。

 

  

   ホーフガルテン     ハインリヒ・ハイネの生家   ゲーテ博物館

 

 ヨーロッパで海外在留邦人が多い都市は、1位がロンドン、2位がパリ、3位がデュッセルドルフである。また、ライン河畔の都市としてはケルンやボンのほうが見どころが多いが、ヨーロッパ有数の日系企業の拠点になっているデュッセルドルフには日本の旅行者を懐かしく祖国を想起させる魅力があるようだ。

 特に街の中心を走るインマーマン通りには欧州最大の日本人街があり、飲食店などに「アルバイト募集」という日本語で書かれた外看板やチラシを目にする。日本料理店やラーメン店、スーパーや雑貨店に至るまで、この界隈ではすべて日本語でOKであるとか。 

 

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後記

 混合ダブルスでは吉村真晴・石川佳純のペアが金メダル、男子ダブルスで森薗政崇・大島祐哉のペアが銀メダルと丹羽孝希・吉村真晴ペアが銅メダル、女子シングルスで平野美宇が銅メダル、女子ダブルスで伊藤実誠・早田ひなのカップルが銅メダルを獲得した。いずれも16年〜48年ぶりの快挙だ。(6月5日)

 

                     ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

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G7タオルミーナ・サミット2017開催のシチリア島の旅(イタリア紀行-2)
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 地中海で最大の島はどこか、ご存知であろうか?広さは北海道の3分の1ほど、2万5702km2の面積を持つイタリアのシチリア島である。

 

 5月26日〜27日、G7サミット首脳会議がシチリア島のタオルミーナで開催される。出席者は我が日本の安倍晋三首相をはじめ、ドイツのアンゲラ・メルケル首相、アメリカのドナルド・トランプ大統領、フランスのエマニュエル・マクロン大統領、イギリスのテリーザ・メイ首相、イタリアのパオロ・ジェンティローニ首相、カナダのジャスティン・トルドー首相の7ヵ国のリーダーたちだ。ほかに、欧州連合(EU)から大統領と欧州委員会委員長が加わる。

  この1年間で各国首脳陣の顔ぶれが大幅に替わり、アメリカ、フランス、イギリス、イタリアは新顔になった。一方、森友学園や加計学園の疑惑問題を抱えながらも相変わらず一強を続ける安倍首相は、メルケル首相に次ぐ古参になった。最近では共謀罪法案や憲法9条の改憲などで世論を無視した強引な政治手法が気懸かりだが、来年のサミットでもその名があるであろうか?

 

   

 

 今年のサミットで主人公になるのは、やはりトランプ大統領であろう。既にサミット前から種々話題を提供し、大いに注目されている。例えば、就任後初の外遊先は歴代大統領たちが出かけたカナダやメキシコではなく、5月20日に訪問したサウジアラビアや22日に入るイスラエル、いわゆる中東である。特に、サウジアラビアでは約1100億ドル(約12兆円)の武器売却を決めるなど、得意のビジネスで商談をまとめてご満悦だ。自身はロシア・ゲート疑惑など様々な内憂を抱えながらの外交デビューだが、三大宗教(キリスト教・イスラム教・ユダヤ教)ゆかりの聖地を訪ねてイスラエルとパレスチナの中東和平の仲介に乗り出すよう。

 中東に加え、ローマ法王と会見するバチカン、北大西洋条約機構(NATO)と話し合うベルギーを訪問後にG7サミットに臨むわけだが、圧力を続ける北朝鮮問題などでは国際的な指導力を発揮したい目論みもあるようである。筆者の私見としては、近年は形骸化して仲良しクラブになり無力化したG7を、トランプ大統領辺りが問題提起(中国やロシアの参加など)して再構築してもらいたいものだ。また、その一部をG7でのキャリアを活かして安倍首相にも担って欲しいが、果たしてその度量があるのであろうか? 

 

  さて、本題のG7サミットに戻ろう。首脳会議はシチリア島随一の景勝地と言われるタオルミーナで開催される。私ことワールド・トラベラーは2000年4月に妻と共に麗しのシチリア島を周遊したことがある。実は2年前より認症で入院中の妻だが、第2のハ

ニームーンを楽しんだかのような彼女との懐かしき想い出はあたかも走馬灯に映る影のよう。以下、その旅の模様を紹介しよう。

 

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 地中海文明の十字路に位置するシチリア島(州)はかつてマフィアで恐れられたが、今は保存状況も良好な古代遺跡も残る平和なリゾートアイランドである。最大都市は島の北西岸にある州都のパレルモで、人口は約68万人はイタリア第5の大都市だ。かつてフェニキアの植民都市がその起源で、ドイツの文豪ゲーテは「世界で最も美しいイスラム都市」と称えた。ビザンチン・アラブ・ノルマン様式が巧く溶け合う街は、旧市街と新市街に分かれるが、見どころは歴史遺産が集中する旧市街だ。

 パレルモの歴代王の墓がある大聖堂カテドラーレは、12世紀末に建てられたシチリア・ノルマン様式の壮麗な教会だ。世界最大級のパイプオルガンや、大聖堂と鐘楼をつなぐゴシック式のアーチがひときわ目立つ。12世紀中頃建立のサン・ジョヴァン二・デリ・エレミティ教会は、アラブ・ノルマン様式の赤いドームが愛らしく、イタリアらしからぬ雰囲気が漂う。「4つ辻」を意味するクワトロ・カウンティーという交差角では、外壁がスペイン・バロック様式の彫刻で飾られた建物が並び興味深い。

 

                                 −−− パレルモ −−−

   

カテドラーレ前の筆者と妻  サン・ジョヴァン二・ モンレアーレの回廊 

             デリ・エレミティ教会  キオストロと中庭

 

 郊外では、パレルモ市街から南西8km、カプート山の中腹にあるモンアーレが一押し。1176年に完成したノルマン・アラブ様式のドゥオモは、聖堂内部がアダムとイブなどのモザイクで覆われ、その美しさは溜め息が出るほど。また、聖堂の横にあるベネディティーニ修道院では、モザイクで彩られた回廊キオストロが中庭を囲み、イスラム風でスペインのアルハンブラに似た感じだ。

 

 次に、サミットが行われるタオルミーナはパレルモから東240kmほど、島の北東部に位置する人口約1万人の小さな町である。エトナ山とイオニア海を望むシチリア島きっての風光明媚なリゾート地で、観光名所の旧市街は標高206mの高台にある。前にはエメラルド色のイオニア海に面し、美しく湾曲する海岸線が遠くまで見渡せ、背後には雄大なエトナ山を望むパノラマが最高に素晴らしい。メインストリートのウンベルト通りでは、洒落たレストランやお店が軒を連ねる。

 ハイネやバイロンも絶賛したギリシア劇場は、シチリアで2番目に大きい収容人員4400人の劇場で保存状態が良好である。劇場舞台の後ろには、シチリアの最高峰3323mのエトナ山がそびえ絶景だ。見晴らし抜群のもうひとつのポイントしてお薦めしたいのが、町の南側の崖の上にある市民公園。ブーゲンビリアなどの熱帯植物も茂る公園テラスから眺めるイオニア海と海岸線は、言葉を失うほどの美しさだ。旧市街がある高台以外では、イオニア海に面したマッファーロ海岸がゆったりと寛げる穴場だ。

 

                                     −−−  タオルミーナ −−−

  

ギリシア劇場とエトナ山  イオニア海を背にする イオニア海沿いの海岸

            妻とワールド・トラベラー

 

 上述のほかに、ギリシア神殿遺跡が残る神殿の谷があるアグリジェント、幾何学者アルキメデスが生まれたシラクーサの古代ギリシア劇場やディオニシオの耳という洞窟、セジェスタのギリシア神殿などが見逃せない。

 

  

    アグリジェント:    シラクーサ:            シラクーサ:古代  

  コンコルディア神殿    ディオニシオの耳          ギリシア劇場

 

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 1975年にスタートしたG7は、 最盛期には世界全体の国内総生産(GDP)の7割近くを占めたが、近年のG7シェアは半分以下に低下してしまった。一方、ロシアや中国、インドなどの新興国も参加する20カ国・地域(G20)の発足で、G7は単なる「先進国の社交クラブ」と揶揄される始末だ。また、トランプ大統領が自説の「米国第一」に拘るあまりG7で指導力を発揮できなければ、形骸化はさらに進んで無用論が声高に上がろう。

 

(後記)

 G7タオルミーナ・サミットは27日に首脳宣言を採択して閉幕した。「米国第一主義」をとるトランプ米国大統領の初参加で、北朝鮮問題やテロ対策などでは足並みは揃ったが、自由貿易や地球温暖化では意見調整は難航した。米国は最終的に「開かれた市場を堅持し、保護主義と闘う」との文言を首脳宣言に盛り込むことを受け入れたが、G7の形骸化に歯止めをかけることは出来なかったようだ(5月27日)。

 

                   ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

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    −−− 国境の無い平和な「世界の人形館」の館内風景 −−−    

      

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アリタリア航空の破綻と麗しのイタリア紀行(1)ローマ編
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 世界遺産が最も多い国をご存知であろうか?答えは51もあるイタリアだ。少し旧聞になるが、そのイタリアの象徴の一つが風前の灯火である。2000年以上も前から歴史と夢を織り成してきた「永遠の都」と呼ばれるローマへ飛ぶフライトと言えば、すぐに思い浮かぶのがイタリアの大手航空会社、アリタリア航空だ。実は同航空が今月初め(5月2日)に、特別管財人の下で事業再建の手続きを政府に申請することを決めたのだ。事実上の経営破綻である。

 因みに、アリタリア航空は慢性的な赤字がずっと続き、2008年にも経営破綻している。2014年にはアラブ首長国連邦(UAE)のエティハド航空の出資を受けて再建に取り組んだが、格安航空などとの競争激化もあり業績が改善しなかった。3月中旬には経営陣から大幅な人員削減を含む再建策が示されたが、従業員側が拒否した。リストラを前提とした増資の見通しも立たなくなり、自力再建を断念したものだ。当面は予定通り運航を続け今後はリストラによる事業継続や売却を目指すが、前途は多難で清算に追い込まれる可能性もある。

 

 一見華やかな航空業界も、近年は格安航空LCC(Low Cost Carrier)の伸びもあり経営環境が厳しいようである。古くはアメリカを代表する企業の一つであったパンナム(Pan Am)航空が、1991年12月に倒産した例が有名だ。全盛時は世界中に路線を張り、一時は米国繁栄の象徴にもなった黄金時代があった。しかし、日本航空(JAL)のような国営会社ではなかったため、様々な悪条件に対処できなかったのが命取りになった。

 同社はインター・コンチネンタル・ホテル系列や、ニューヨークのPan Am ビルの売却を始め、太平洋路線を同業他社(UAL)に売却するなど、様々な手段を講じて生き延びようとした矢先に、援助を申し出ていたデルタ航空が土壇場で約束を翻したのが致命傷で倒産を余儀なくされた。パンナムが営業停止を宣言した時には、世界各地に停泊中であったパイロットや客室乗務員はそのまま置いてきぼりにされたとか。まさに突然の倒産劇は、25年以上経った今でも当時のショックを筆者は鮮明に脳裏に焼き付いている。

 

  

 空港駐機のアリタリア機 飛行するアリタリア機  パンナム本社を背に

                        する筆者(1983年)

 

 さて、アリタリア航空の本拠地イタリアへは1974年12月の初訪問以降、直近の2010年8月まで6回も訪れているほど大好きな国だ。今回は同国観光のハイライトであるローマの旅の想い出などを綴ってみよう。

 

   ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆

 

 イタリアの地を初めて踏んだのは商社マン時代の1974年12月で、駐在地のクウェートから家族(妻と当時小学生であった2人の息子)を引率して旅行したものだ。首都ローマは夢誘う大都会の華やかな装いの中にも、2000年の歴史と伝統が脈打つ。古代ローマ帝国から、中世・ルネッサンスを経て現代まで膨大な遺産が、街のあちこちに残されている。

 2000年4月の旅は、妻と26年ぶりに訪れたセンチメンタル・ジャーニーであった。「街そのものが博物館」「ファッションと芸術の故郷」など、様々な形容詞で飾られるが、あまり変貌しておらずホッとした。2005年3月に一人で訪れた時は、従来観光しなかった所を回った。どこから見学したらよいのか頭を悩ますほど、見どころが実に多いのがローマの魅力である。必見のスポットを筆者の独断と偏見で紹介しよう。

 

 何度観てもスケールが大きいと実感するのが、「コロッセオがある限りローマはえ、コロッセオが滅びる時はローマが滅びる」の諺で知られるコロッセオだ。西暦80年に完成した楕円形のローマ帝国の競技場は、高さ57mの4階建て、周囲527m、収容人員5万人と、とにかく圧倒されるほど巨大である。またアーチが重なる外観は迫力があり、すり鉢上の観客席を囲う壁の頂上高は48mで、登るだけで息が切れるほどだ。

 

           −−− コロッセオ3景 −−−

  

家族と共に(1974年)    コロッセオ全景      妻と剣闘士(?)

                         と筆者(2000年)

 

 古代ローマ遺跡の壮大さについては、広場という意味を持つフォロ・ロマーノも見劣りしない。広い敷地内に円柱が並ぶ商取引の場エミリアのバジリカ、レンガ造りの4階建ての元老院、高さ23mの堂々としたセヴェルス帝の凱旋門、フォロの中央部を抜けるメインストリートの聖なる道など、見どころが目白押しだ。古代ローマの民主政治の中心であったフォロ・ロマーノは、元老院・凱旋門・神殿の保存状況が良く、パラティーノの丘からこの遺跡全体が一望できる。

 世界最大の浴場、カラカラ浴場もなかなかスケールが大きい。217年に完成したカラカラ帝の浴場の今は廃墟化しているが、随所に往時の面影を残す。入口から中に入ると広大な庭園が広がり、正面に見える石垣はかつての水道施設だ。浴場と言えども場内には、図書館・体育館・礼拝堂などがある。いわゆる社交場にもなっていたようだ。

 

  

 フォロ・ロマーノ全景  妻とフォロ・ロマーノ散策   カラカラ浴場

 

  ローマ有数の観光名所とされるスペイン広場では、ピンクや白の鮮やかな花で飾られたスペイン階段に大勢の若い人達が座り込み、華やかで明るい雰囲気が心地良い。この広場の近くにあるトレヴィの泉は、肩越しにコインを泉に投げ入れると再度ローマに来ることができるというエピソードがある。宮殿をバックに海神ネプチューンとトリトーネが躍動する泉は、記念撮影をする人たちでいっぱいだ。

 街の西側を南北に蛇行するように流れるのがテヴェレ川である。パラティーノ橋付近と、川に浮かぶ船のようなティベリーナ島を散策したが、静かで落ち着いた風情が最高であった。ローマのランドマークと言われるヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂は、16の円柱が弧を描くコロナーデがネオ・クラシック様式で圧巻だ。

 

  

   トレヴィの泉         真実の口  ヴィットリオ・エマヌエーレ

                          2世記念堂

 

 「すべての道はローマンに通ず」のひとつアッピア街道沿いにあるサン・カッリストのカタコンベは、地下4層で長さ10km以上もあり、約10万人が葬られている最大の地下墓地である。歴代の法王などが祭られており、内部のフレスコ画や装飾は見逃せない。ほかに、映画「ローマの休日」で有名になった真実の口、内部モザイクが必見のサンタマリア・マッジョーレ大聖堂も見逃せない。

 

   ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆

 

 上記の写真で筆者のパートナーが4度も元気な頃の姿をお披露目した。だが、2年前より不治の病、認知症を患い、来世への旅立ちは時間の問題という悲しく切ない現実だ。アリタリア航空の破綻といい、会社も人も未来永劫ではないのが世の常なのであろう。

 

                ◇◇◇ お知らせ ◇◇◇
              

 私ことワールド・トラベラーにはイタリアに関する下記著書があり、ご関心ある方は是非ご愛読下さい。 

 

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仏大統領選とフランス紀行−2(南仏編)
9

  その後もトランプ・ショックに揺れる世界だが、挑発を続ける異次元の北朝鮮はさておき、次なる焦点はヨーロッパの雄フランスの動向であろう。愈々4月23日にフランス大統領選挙(一回目)が行われるが、今回の選挙で台風の目となるのは、大統領の座が視野に入るところまできたと言われる極右政党・国民戦線の女性党首マリーヌ・ルペン氏であろう。もし反移民・反EU(欧州連合)を掲げる同氏が政権を手にすれば、宗教や民族の違いを克服できないまま、後戻りできない分断に陥る可能性がある。

 また、自国第一を唱えるトランプ米大統領と共通項が多く、ヨーロッパの共存共栄の象徴でもあるEUの土台が根元から揺らぐことになる。フランスは、ドイツとともにEUの最大の支え手であるだだけに、そのショックはイギリスのEU離脱を上回るかも知れない。フランス抜きのEUは、片肺飛行を余儀なくされた危険極まりない航空機のようなものだ。一国のリーダー選びに留まらず、国際社会のパワーバランスをも大きく変えそうなフランス大統領選挙である。ルペン氏がトップを走るのか、或いは反ルペン勢力が阻止するのか世界が注目する。

 

 ところが、ごく最新の世論調査では中道・超党派のマクロン候補と極右政党のルペン候補がトップを争い、中道右派のフィヨン候補と急進左派のメランション候補が僅差で追い上げる展開になっていたが、ここに来てマクロン、ルペン両候補の支持率が減り、四者横並びの混戦らしい。特に、先行していた2人を急追しているのが、もう一つの台風の目となりそうな急進左派のメランション候補だ。得意の話術で各候補を論破し、テレビ討論で最も多くの支持を獲得した。

 順調なら先行しているマクロン候補とルペン候補が5月7日の決選投票(あった場合)に進む趨勢であるが、仮ににトランプ似のルペン候補とメランション候補になる波乱が起これば、EUの崩壊のシナリオが現実味を帯びてこよう。もちろん、その前に国民投票が行われるという高いハードルくぐり抜けなければならないが・・・。

 

 

  マクロン候補   フィヨン候補  ルペン候補  メランション候補

          (ネットより転用・加工済み)

 

 さて、当分は国際政治の耳目を集めそうなフランスの旅の模様を紹介しよう。筆者は1974年12月に初めてフランスを訪れて以降、合計8回も旅した大好きな国の一つだ。首都のパリについては、2015年1月12日付け幣ブログ『Je Sui Charlie とフランス紀行−1(パリ編』で紹介済みである。

 今回はプロヴァンスとコートダジュール地方の南フランスにつき触れてみたい。なお、ニースについては、2016年7月18日付け幣ブログ『花の命は短しタイタンビカスと、人の命は短いニースのテロ』で紹介済みのため割愛する。

 

       ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 南フランス最大の都市マルセイユを起点にし、話を進めよう。人口は約85万人とフランス第2の大都市は、地中海に面するフランス最大の港湾都市である。紀元前600年頃ギリシアの植民地になった古い歴史を持ち、アフリカ大陸に近く様々な人種が往来する港町だ。出会いと別れが交差するフランスで最もエキゾチックで混沌とした雰囲気があり、異国情緒を盛り上げる。街のランドマークは海抜162mの丘の上にあるノートルダム・ド・ラ・ギャルド聖堂で、ローマ・ビザンチン様式の教会は19世紀後半築と比較的新しい。

 航海の無事を祈る船の模型がたくさんある内部よりも、素晴らしいのが聖堂の外側だ。丘の上から眼下の旧港はもちろん、アレクサンドル・デュマの「岩窟島」で有名なイフ島が浮かぶ青い地中海が、はるか彼方まで見渡せ絶景である。一方、この街で最も活気があり華やかなマルセイユらしい香りがするのが、聖堂から約1km下りヨットや遊覧船が停泊する旧港。その中央にあるベルジュ埠頭では、漁師が威勢の良いかけ声で獲り立ての魚を売る。

 

 マルセイユの北約30kmにあるエクス・アン・プロヴァンスは画家セザンヌの故郷として知られ、人口は約15万人。古くからプロヴァンス地方の政治と学問の中心地になった町のハイライトと言えば、この町で生まれ息を引き取ったセザンヌの足跡であろう。町の北外れにあるアトリエは、1901年に彼が設計して建てたものだ。画材になった果物やビンなどの小道具が展示されている。この付近から彼が一生涯描き続けた山、サント・ヴィクトワールが遠くに見える。セザンヌは天気の良い日は1.5kmほど先にあるレ・ローブの丘へ通い、体調に関係なく山を描き続けたとか。

 旧市街の北端にあるサン・ソヴール大聖堂は、2世紀から17世紀までの異なる建築様式が入り組んでいる。中でも洗練された落ち着きのあるロマネスクの回廊、15世紀の画家ニコラ・フロマンの絵が見どころ。散策にもってこいのルートとしてお勧めしたいのは、プラタナスの並み道が美しいメインストリートのミラボー通りと、その突き当たりに町一番の大噴水があるドゴール広場だ。

 

  

マルセイユ:旧港と遠くに マルセイユ:港を    エクス・アン・プロヴァンス

 聖堂を俯瞰         背景にする筆者       :セザンヌのアトリエ

 

 マルセイユから西北98kmに位置するアルルは、ローマ時代の遺跡が多く残る人口5万人ほどの町である。フランス有数の大河ローヌ川が町中を流れ、オランダ出身の画家ゴッホも住んでいた。古代ローマの遺跡が多い町だが、その代表が紀元75年頃建設された円形闘技場で、最大直径は136m、収容人員は約2万人の規模はフランスで一番大きな闘技場である。闘技場のてっぺんに上がると、アルルの赤い町並みと青いローヌ川のコントラストが素晴らしいパノラマが楽しめる。

 一方、近くにある大きな古代劇場は往時の面影もなく、現在は数本の大理石の柱が残るだけで少々期待外れ。遠くスイスに源を発し、町の左岸を流れるローヌ川の畔を散策したが、初秋の風が吹き心地良かった。郊外で見逃せないのは、町から南へ約3km離れた運河に架かるゴッホの跳ね橋だ。橋の周りは牧歌的な風景が広がり情緒がある。

 

 アルルの北西32kmにあるニームはフランス最古のローマ人都市で、人口14万人の中規模の町である。町名は泉の精ネマウススに由来し、いたる所にローマ遺跡が点在する。例えば奴隷同士の闘技も行われた古代闘技場は、現存するローマ闘技場としては中規模だが、アルルの闘技場に劣らず保存状態が良い。また、紀元5年に造られたメゾン・カレは、ギリシア風の神殿でほぼ原形を留める。因みに、デニムの生まれ故郷がこの町である事はあまり知られていない。

 ニームの北東26kmにあるポン・デユ・ガールは、約2000年前のローマ時代の水道橋の一部である。ガール川に架かる橋の長さは275m、3層アーチの高さは49mもあり、周囲の緑濃い大自然との調和が見事だ。また、水源からニームまでの全長は50km、その間の高低差はわずか17mとは驚きで、天才的であった古代ローマ人の水利技術の高さがうかがえる。なお、最下層のアーチは今では道路として使われている。

 

  

  アルル:円形闘技場  ニーム:メゾン・カレ ポン・デユ・ガール:水道橋

                                                

 アルルの北38kmにあるアヴィニョンは、人口約9万人の古都である。中世の城壁に囲まれ、演劇祭で有名な演劇の都の夏は、世界中から訪れる観光客で賑わう。見どころは、 高台にそびえ建つ巨大な法王庁宮殿だ。1334年〜1952年にかけて建てられた巨大なゴシック宮殿はまるで要塞のようで、厚さが4mの強固な外壁の高さは50mもある。その城壁の外に出ると、「輪になって踊ろう」の歌で有名なローヌ川に架かるサンベネゼ橋が見える。
 この町からさらに北29kmにある
オランジェは人口約3万人の田舎町で、かってローマ帝国の町として繁栄した世界で最も保存状態が良いローマ遺跡が残る。旧市街にある古代劇場の舞台背後の石壁は、2000年前と同じ状態という貴重な遺跡である。また、巨石を積み上げた壁面の全長は103m、高さは36mもある。紀元前20年ごろに造られ、
小さな門だがレリーフが美しい凱旋門も見逃せない。

 

 一方、マルセイユから東へ約150kmに位置するカンヌは、コート・ダジュールに臨む高級リゾート地である。人口は約7万人で、映画祭や夏の音楽祭で知られる。見どころは、夜景が美しいカンヌ湾ビーチ、丘の上にあり町を一望できるノートルダム・デスペランス教会と、映画祭の舞台となるパレ・デ・フェスティヴァル。また、散策には全長3kmのクロワゼット大通りが絶好だ。

 

    

アヴィニョン:法王庁宮殿    エズ    カンヌ:カンヌ湾ビーチ散策

 

 カンヌから約43km北東にあるエズは、地中海を望む高い丘の孤立した頂上に城壁を巡らした小さな要塞村だ。鷲の巣のような町並みは、この地方独特の「鷲の村」と呼ばれる。白い石で舗装された迷路のように入り組んだ狭い通りと、石造りの家々のコントラストが特徴的。まるでおとぎの国に迷い込んだかのような錯覚に陥る。かつて村の中心であった高台の城跡は植物園になっており、眼下の地中海の眺望が素晴らしい。

 

       ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 昨日パリの凱旋門付近でで警官3名が死傷する襲撃事件があり、過激派IS(イスラム国)の関係者と見られる犯人は射殺された。選挙直前の不穏な動きが大統領選にどのような影響を与えるのであろうか、少々気掛かりである。

 

(後記)

昨日の大統領選で予想通り4者の僅差激戦となったが、中道のマクロン候補と極右のルペン候補が決戦投票に進むことになった。下馬評ではマクロン候補が優勢のようだが、果たしてトランプ米大統領のような大逆転があるのであろうか?興味深々である(4月23日)。

 昨日の決戦投票でマクロン候補が極右のルペン候補に圧勝した。39歳の最年少の大統領誕生だが、ファーストレディーとなるのは24歳8カ月も年上の妻も話題になっている。リベラルな社会と国際協調を重視する政策が孤立主義や排外主義を掲げる極右を退けた形だが、果たして政権運営は上手く行くのであろうか?(5月8日)。

 

                 ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇     

 

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