世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
It's Sho-Time ! 二刀流の大谷翔平選手が活躍するロサンゼルスを懐かしむ
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 世間には血液型に拘る人が多いそうだが、間もなく81歳になる筆者は若い時からその血液型には全く無頓着であった。しかし、最近気になる孫のような存在の若者がおり、それはアメリカのメージャーリーグ野球のロサンゼルス・エンゼルスで大活躍する大谷翔平選手(23歳)である。30センチ近く背が高い彼とは一つだけ共通点があり、血液型がB型であることだ。常人では出来ない二刀流に果敢に「挑戦」する同選手だが、筆者も大好きな言葉だ。

 今年から日本ハムからロサンゼルス・エンゼルスに移籍したが、開幕当初から投手と打者を共に本格的に行う二刀流選手として見事にプレーしている。開幕後エンゼルスが戦った8試合で、投手として2勝、打者として3本塁打という凄すぎる結果を出しているのだ。オープン戦では投打共に散々であったため厳しい批評をしていたメディアも、今では手のひらを返したような絶賛ぶりで、全米が熱狂しているようだ。

 

 ロサンゼルス・エンゼルスの本拠地があるのはロサンゼルスの中心ダウンタウンから南東約45km、アナハイムという町である。ロサンゼルス大都市圏では第4位で、人口は約33万人。町の名物と言えば、

エンゼルスタジアム

ディズニーランド・パークである。「ミッキーマウス」の生みの親であるウォルト・ディズニーが1955年にオープンした本格的なテーマパークで、この近くにエンゼルスタジアムがある。

 筆者は商社マン時代の1983年5月、1986年1月と9月にロサンゼルスに業務出張したほか、1998年12月には妻・次男夫婦・2歳になる初孫(男児)を引率してディズニーランドをはじめ、ロサンゼルス各地を訪れたことがある。長年の夢が実現した初めての3世代にわたる至福の家族旅行を堪能した訳だが、その出張や旅の模様を紹介しよう。

 

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 アメリカの都市には夫々その街なりのイメージがある。例えば、摩天楼がそびえ立つニューヨーク、霧と坂の街サンフランシスコなどだ。しかし、人口が全米第二の大都市だが、これと言った決定的なイメージが無いのがロサンゼルスと言えよう。例えば、映画のハリウッド、豪邸のビバリーヒルズ、雑然としたダウンタウン、世界的なテーマパークのディズニーランドやユニバーサル・スタジオなど観光スポットは結構多いが、つかみどころが無く摩訶不思議な街がロサンゼルスである。それが却って旅人を魅了し、虜にするのであろう。

 人口が1600万人を超えるロサンゼルス大都市圏のほぼ中心に位置するダウンタウンの見どころとしては、アメリカ最大の日本人街であるリトル東京があり、日本人として郷愁を覚えるスポットだ。ここから約400m西進するとシビック・センターがあり、建物の上部が日本の国会議事堂に似た市庁舎などの行政機関が集中する。また、ダウンタウンの北外れにはメージャーリーグのロスアンゼルス・ドジャースの本拠地ドジャース・スタジアムがあり、場内見学ができる。

 

        −−− 家族でダウンタウン散策 −−−

  

    リトル東京      市庁舎      ドジャース・スタジアム

 

 このスタジアムから西へ5kmほど行くと、映画の都ハリウッドがある。メインストリートのハリウッド大通りに面して建つチャイニーズ・シアターは赤と緑が鮮やかな中国風の建物で、話題の映画が上映される。この大通りに面するウォーク・オブ・フェイムという歩道には、ショービジネスで有名になった人たちの名前を記した星形のブロンズがはめ込まれている。ハリウッドから少し西へ向かうと、豪邸が建ち並ぶビバリーヒルズがある。

 一方、ハリウッドから約4km北上するとユニバーサル・スタジオがあり、お馴染みのハリウッド映画のセットを見学できる。6500万年前に迷い込むジュラシック・パーク・ザ・ライド、炎の嵐が吹き荒れるバックドラフト、映像とライドを組み合わせたバック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド、4両編成のバスに乗って映画のセットやワンシーンを体験するするバックロット・トラムツアー、1950年代を再現した華やかなショッピングゾーンのユニバーサル・シティウォークなどを回った。

 

            −−− ・ユニバーサル・スタジオ−−−

  

   チャイニーズ・        ジュラシック・パーク      玄関前

 シアター前の筆者

 

 ダウンタウンから西へ約15km、太平洋に臨むサンタモニカは、美しいビーチに爽やかな潮風が吹き、どこを歩いても開放的な海を感じる。砂浜で寛ぐ祖母・娘・孫の3世代ファミリーと仲良くなり、しばらく屈託なく談笑した。他方、東約66kmにあるオンタリオ・ミルズは、総敷地面積16万坪、テナント数が210以上もある大きなショッピングセンターだ。買物だけでなく、アミューズメント重視のショッパ−テイメント(ショップ+エンターテイメント)となっており、楽しくなる雰囲気がある。

 最後にアナハイムにあるディズニーランドでは、シンボルである眠れる森の美女の城、タウンスクエア、セントラルプラザ、西部開拓時代を再現したビッグ・サンダー・マウンテン鉄道、アニメーションの宇宙をめぐるアストローオービター、ミッキーと記念撮影できるトゥーンタウンなどを訪れた。巨大なテーマパークの先駆けだが意外に狭く、日本の東京ディズニーランドの方が広くて面白いのが率直な実感であった。

 

  

      サンタモニカ    オンタリオ・ミルズ  妻とディズニーランドで

             を散策する筆者     童心に帰り遊ぶ

 

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  最後のロサンゼルス旅行から早や20年が経つ。初孫は大学生になり、同行した妻は悲しくも3年前からずっと入院中で終末期を迎えている。他方、日本の若者が外国で輝くように活躍する姿を見ると、時の流れと己の老いを痛感する昨今である。

 記録達成も大事だが、先ずは大谷選手が怪我無くシーズンを終えることを祈念したい。また、今後ずっと順風満帆は至難であろうし、あるかも知れない挫折を前向き志向で乗り越えて欲しい。It's Sho-Time 頑張れ、

 

 

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| 世界の旅−北米 | 13:28 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
パラダイス文書の主な流出元があるバミューダ諸島の旅
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 タックスヘイブン、つまり租税回避地については、幣ブログで度々取り上げている。例えば、

◎2012年3月4日付『天国に近いケイマン諸島−タックスヘイブンの裏表

◎2013年2月12日付『資産家夫妻殺害事件簿:ファンドマネージャーとタックスヘイブン

◎2016年4月6日付『パナマ文書で騒然のタックス・ヘイブンとパナマの旅』などである。

 そのタックスヘイブンを覆うベールがまた取り払われようとしている。それは南ドイツ新聞と国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が入手した、新たな疑惑の鉱脈とも言うべきパラダイス文書だ。

 

 まるでいくら掘っても掘っても付きそうもない無尽蔵の鉱脈か、或いは底なしの泥沼と言った様相で世界中に大きな波紋が広がっている。文書数は約1340万件と史上最大のリークと呼ばれた昨年のパナマ文書と比べると、190万件多いとか。その内訳は

バミューダ諸島などにある大手法律事務所アップルビー(上の写真はバミューダ諸島のハミルトンにある事務所)の内部文書が683万件、シンガポールの法人設立サービス会社「アジアシティ」の内部文書56万6000件、マルタなど19の国・地域の登記文書604万件だ。

 

 パラダイス文書に掲載された各国の政治家・君主らセレブの名前は47ヵ国の127人で、著名人が多い。例えば、イギリスのエリザベス女王、カナダのトルドー首相、アフリカ・リベリアのサーリーフ大統領、コロンビアのサントス大統領、日本の鳩山元首相、パキスタンのアジズ元首相、カタールの元首長や元首相、ヨルダンのヌール王妃、アメリカのロス商務長官、ブラジルのメイレレス財務相、アメリカの投資家ソロス氏、ローマカトリック教会の神父、歌手のマドンナなどである。ほかに、アップルやナイキなど有名な多国籍企業の名前もある。

 

 今回のパラダイス文書の主な流出元は、イギリス領のバミューダ諸島など世界10ヵ所に事務所を持ち、タックスヘイブンの法人設立や口座開設をサポートして来た大手法律事務所「アップルビー」である。同社のオフィスがあるバミューダ諸島を筆者は2012年9月に訪れており、その旅の模様を紹介しよう。

 

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 バミューダと言えばショーツぐらいで、知っている人は少ないであろう。分かり易く説明すれば、次の通りである。

大西洋に浮かぶ諸島で、面積は東京都・三宅島とほぼ同じ53k屐⊃邑は約7万人。イギリス領の島だが、地理的に米国に近いためかアメリカナイズされている。

「バミューダショーツ」といわれる短パンとロングソックスは島の正装で、ビジネスでも問題ない。

タックス・ヘイブンの島であるため、保険、資産運用をはじめ様々な会社が狭い島内に存在する。

バミューダドルと米ドルが等価のため米ドルがそのまま使える。

物価やホテル代は非常に高く、2005年には1人当たりのGDPが76403ドルとなり世界最高を記録。

常夏のイメージが強いが暑いのは6月〜9月で,2月頃の冬の海は泳げるような気温ではない。

人種構成は黒人40%、白人40%。因みに、白人は英国系とポルトガル系が占めるが、経済的な実権を握るのはポルトガル系と言われる。

 因みに、「バミューダ・トライアングル」と言うホラ話があるらしい。バミューダ、プエルト・リコ、フロリダを結ぶ三角形の海域は「魔のバミューダ海域」と呼ばれている。この海域では、船や航空機が何の痕跡も残さずに消失す

ることで世界的に有名だ。しかし、ハリケーン以外は別に危険な海域ではなく、伝説は100年以上も解けることなく謎のままである。

 

 小さな諸島だが、見どころは意外に多い。先ず首都のハミルトンの人口は約1万4000人と聞くが、町の規模はこの数字よりも大きい感じだ。町の中心は銀行やタックス・ヘイヴンなどの金融業などの建物が並び、ビジネス客に加え観光客も多いため活気がある。パステルカラーに塗られた家々や建造物が多く美しい町並みを眺望するなら、町の東外れの高台にあるハミルトン砦がおススメ。砦からは真っ白な屋根の建物と、青い内海(ハミルトン・ハーバー)のコントラストが見事だ。フロント・ストリート は町の中心にあるカラフルな建物が並ぶ繁華街で、免税店が数多くあるため多くの観光客で賑わう。

 また、小さな町だが、歴史的建造物が数多く残る歴史ある町だ。その代表は1969年に建てられた三位一体大聖堂 で、ローマ法王パウロ6世が訪れた事がある。堂々たるネオ・ゴシック様式はひときわ人目を引き、内部は14人の使徒が並ぶ説教壇やステンドグラスが見どころ。カテドラルから約100m西へ進むとシティホール&アートセンターがあり、フロント・ストリートに面するフェリー・ターミナルからの眺めも捨てがたいものがある。ほかに、見逃せないのが、1927年築のセント・テレサス・カテドラルだ。

 

                             −−− ハミルトン −−−

    

  フロント・ストリート  セント・テレサス・   ハミルトン砦

             カテドラルと筆者

 

 一方、セント・ジョージは1815年ハミルトンに遷都まで、バミューダの首都として繁栄した。17世紀からの古い建物が残り、当時の面影を今も残す古都である。町の中心は港近くのキングス広場。広場の東側にはタウン・ホール、港に面した南側には大砲が置かれている。広場から南へ橋を渡るとオーデネンス島がある。島には1609年に上陸したイギリスの移住船隊のソマーズ船長の銅像と当時の船を再現したデリバランス号が置かれている。この島からの町並みとセント−・ジョージ・ハーバーの眺めが素晴らしい。

 広場から約200m北上すると、セント・ピーターズ教会 がある。1612年に最初に建てられた教会は西半球では最古の英国国教会と言われる。100年後にハリケーンで倒壊したが、その後現在の清楚な建物に再建された。広場から北へ約20分歩くと、大西洋に面した美しいビーチ、タバコ・ビーチ に出る。砂浜と岩場が隣り合うビーチでは、地元民の家族連れの海水浴客で賑わっていた。このビーチは案内してくれたのが、セント・ジョージの寿司店で働く日本人板前の洲鎌さん。親切で感じの良い青年で、このような若者が増えると日本の将来は明るいと思った。

 

    ハミルトン       −−− セント・ジョージ −−−

  

  三位一体大聖堂   オーデネンス島を散策    オーデネンス島と

                         デリバランス号

 

 ほかにバミューダ諸島内の見どころとして、バミューダ島の西部にあるギブス・ヒル灯台が一押しだ。複雑な地形をした諸島全体の感じを掴み、バミューダが持つ自然の魅力も実感できる。1846年に建てられた灯台の185の階段を息も絶え絶えになって上り切ると、眼下に360度のパノラマが広がる。真っ白な屋根の建物や濃淡のある外海(大西洋)と内海(ラグーン)のコントラストなど、言葉を失うほど美しく筆舌に尽くしがたい。バミューダには白砂のビーチは意外に少ないが、バミューダ島の サウス・ロード沿いの南岸サウスショーには美しいビーチがいくつかある。

 諸島の西端にある北アイルランド島のロイヤル・ネイバル・ドックヤード一帯も見逃せないエリアである。かって造船所であったが、アメリカに近いこともあり、英国は海軍の基地と要塞を建設した。1809年に始め、20世紀の初めまで工事が続いた。造船所の一部はその後ショッピングモールやレストランなどになっており、訪れる観光客などで賑わっていた。また、ドックヤードの先端に建つコミッショナーズ・ハウスにはバミューダ海洋博物館があり、数多くの展示品の中でもコイン・コレクション部屋が興味深かった。

 

   

 セント・ジョージ付近を ギブス・ヒル灯台   サウスショーのココ

  航行するクルーズ船             リーフ・ビーチで泳ぐ

 

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  世界的なタックスヘイブンは何故か知らぬがイギリス領の島が多い。私ことワールド・トラベラーはマン島や英領ヴァージン諸島なども訪れており、いずれ近い内に紹介したいと考えている。乞うご期待を!

 

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| 世界の旅−北米 | 17:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
米国史上最悪の銃乱射事件があったラスベガスの旅
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 1週間前の10月1日、アメリカのネバダ州ラスベガスで男が無差別に銃を乱射し、58人が死亡する大量殺人事件があった。男はマンダレイ・ベイ・ホテルの32階から、目抜き通りのラスベガス・ブルーバード(ザ・ストリップ)沿いで開かれていた野外コンサート会場に向け銃を乱射した。負傷者も489人に達し、昨年のフロリダ銃乱射の犠牲者数を超える史上最悪の被害となった。一方、犯人はホテルの部屋で警察官の突入前に自殺したとみられる。

 事件後警察が捜査したところ、宿泊していたホテルの部屋内は勿論、ラスベガス北東約130kmのメスキートにある容疑者の自宅でも多数の銃や数千発の銃弾が見付かった。男はスティーブン・パドック(64歳)と言い、不動産投資に成功した資産家でカジノに取りつかれた男であったようだ。

 

 凶悪な事件を受けてトランプ大統領は「まぎれもない悪の所業」と非難し、国民に結束を呼び掛けた。しかし、「銃規制は時が来たら議論する」とも語り、銃器の取締まりに対し慎重というよりも歯切れが悪い。歴代の大統領の時代でも、銃による重大犯罪が発生すると規制強化を求める声が上がるが、結局は立ち消えになる。市民が銃を取って英国の専制支配と戦い独立を勝ち取った歴史などがあり、独特の「銃文化」が根付いているのであろう。

 アメリカの銃規制は、世界全体にとっても軽視できない深刻な問題と言えよう。しかし、合衆国憲法には「市民の武装する権利」が明記され、また銃規制に反対する全米ライフル協会(NRA)のような影響力のある政治団体まである。アメリカの銃規制の緩さが国内で外国人を含む多数の民間人が殺傷される事件の背景となっているばかりではなく、銃の国際的な流通を促してテロや各国での内戦・紛争にも関わってくるから厄介だ。

 

  

 マンダレイ・ベイ・ホテル        銃乱射の犯人   銃乱射から逃れる聴衆

                 (ネットより転用・加工済み) 

 

 国際的なカジノ都市に加え、今回の凶悪な銃乱射事件でまた有名になったラスベガスを、筆者は1986年9月、1998年9月、2000年8月の3度訪れている。カジノ抜きでは語れない不夜城の都だが、ギャンブラーだけでなく家族連れも多く訪れるエンターテインメント・シティに変貌している。実際に1998年の旅では、妻や孫たちを引率した家族旅行を楽しんだ。その時に元気であった妻は今や終末期を迎え、また当時4歳であった孫は大学生に成長し、その旅のことを想うと懐かしくもあり切なくもなる。

 さて、ラスベガスはネバダ州南部にあり、人口約60万人は同州最大の都市である。市内でカジノを含めて様々な見どころがあるほかに、グランド・キャニオン、モニュメントバレー、ザイオン国立公園、パウエル湖など、世界的に有名な観光地へ出かける拠点にもなっている。街の概要は2016年12月15日付けブログ『 ギャンブル超大国になるカジノ法案成立 』で少し触れているが、今回はより詳しく紹介しよう。

 

 到着したラスベガス(マッカラン)空港内にもスロットマシンが置かれている光景は、やはりカジノの街らしい。乾いた砂漠に忽然と現れるオアシス都市は、この地にしかない人工的で不可思議な雰囲気を持つ。また、ラスベガスの歴史はそれほど古くない。1931年ネバダ州はギャンブルを合法化したが、今日のような賑わいを見せ始めたのは1950年代以降である。

 

              −−− ラスベガス市内を俯瞰 −−−

   

スロットマシンがある空港    日中         夕刻  

  で妻・次男の嫁・孫と

 

 当初はマフィアが関与するカジノホテルが多かったと言われるが、その後カジノライセンス法の改正や会計監査基準が一層厳しくなり、1980年代にはマフィアが完全撤退した。代わりに大手上場企業が参入し、多様な一大娯楽都市へと変貌して今日のようになった。

 

 豪華なテーマホテル&カジノが建ち並ぶメインストリートのザ・ストリップでは、夜は超一流のエンターテイナー達によるショーが堪能でき、夜が更けるのも忘れるほどだ。特にイタリアのベニスを模したゴージャスなベネチアンでは、内部に造られた運河をゴンドラに乗って遊覧や買い物ができる。フットボールのグランドが4面ほど入る超巨大ホテルMGMグランドは、ショップやレストランに加えテーマパークまであり、まるでホテル内が一つの町のよう。

 ほかに異彩を放つのが、半世紀ほど前のマンハッタンの摩天楼を再現したニューヨーク・ニューヨーク、36階建てピラミッドの頂上から放つ光線が宇宙からも見えるルクソール、噴水ショーで知られるベラージオ、火山のアトラクションが売り物のミラージュ・ホテル、F1ラスベガスグランプリが開催されるシーザーズ・パレスなど目白押しだ。

 

 

   ザ・ストリップの夕景    ルクソール前  ニューヨーク・ニューヨーク前

 

 見どころが多い郊外は、ラスベガスの東約430kmにあるグランド・キャニオンが一押し。アリゾナ州北部に広がる全長460kmの雄大なスケールの大峡谷で、平均標高は約2000mもある。コロラド高原がコロラド川の急流による侵食作用で削られ、数億年の歳月が創り上げた大峡谷は、遠く宇宙からも見える地上唯一の自然が刻み込んだ造形だ。まさに大自然の驚異であり、壮大なスケールと美しさは圧巻という他ない。時間毎に表情を変えて光と影が織り成す絶景は、特に太陽が低い朝夕が素晴らしい。

 広大な峡谷にはいくつかの絶対見逃せないスポットがあるが、とりわけサウスリムのヤバパイ・ポイント、ウェストリムのホピ・ポイントやハーミッツ・レストの景観が素晴らしい。大峡谷の縁に立ち足元の景色を目の当たりにすると、ただ立ちすくんで己の小ささに唖然としてしまう。1000m以上の深い谷底を見下ろすため小型セスナ機で遊覧飛行したが、大揺れして墜落するのではないかと肝を冷やした。一方、2000年の旅ではヘリで谷底まで下り、荒涼とした地上とは違い水と緑が豊かな別世界の楽園が広がり驚いた。

 

  

     グランド・キャニオンのサウスリム付近      谷底でラバに乗り

                            移動する筆者(右)

 

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| 世界の旅−北米 | 10:55 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
大洪水に見舞われたテキサスの旅
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 先ずは半月もの本ブログ更新をお休みしていたこと、お詫び申し上げたい。実は不覚にも夏風邪を引いてしまい、寝込むこともあったためだ。2年以上にわたる妻の長期入院で強いられている独居生活の限界が、傘寿を過ぎた老体を襲ったようである。

 

 さて、5日前の25日深夜にアメリカ南部のテキサス州の沿岸部に上陸した大型ハリケーン「ハービー」は熱帯低気圧に変わった後も記録的な大雨をもたらし、大規模な洪水が州内で発生した。最大積算雨量はなんと1300mmを超えたとかで、本日現在(8月30日)で死者は35人、被災家屋は5万戸に達した。今後も被害は拡大し、壊滅的なものになる模様。

 特に被害が甚大な被災地、全米第4の都市ヒューストンは大洪水に見舞われ、数十万人が停電による影響を受けた。またこの一帯は石油とガス産業の中枢でもあるため、ハリケーンの影響が心配される。既にガソリン価格は値上がりし始めており、特に懸念されるのは、世界有数の交通量がある運河、ヒューストン・シップ・チャネルの船舶航行への影響があるようだ。

 

 就任後も依然として低支持率に喘ぎ、「米国第一」を先導した参謀などの側近も次々と去って行くトランプ大統領は、早速被災地を見舞い100万ドルの寄付を申出るなど点数稼ぎに懸命のようだ。上手く処理すればトランプ政権浮揚のきっかけになろうが、逆のケースになれば政権運営が益々困難になりかねないであろう。

 

       

    大規模洪水が発生したヒューストン(ネットより転用・加工済み)

 

   

 

 ところでテキサス州についてだが、名前は聞いたがイメージが湧かない人が意外に多いかも知れない。実はメキシコとの国境にある同州は人口・面積共に全米第2位の巨大な州で、特に面積は日本の2倍近い696,241km²もあり広大だ。また、経済的な地位も全米屈指で、AT&T、エクソンモービル、デル、アメリカン航空、コンチネンタル航空などの世界的な企業の本社がある。

 一方、歴史的にかつてテキサス共和国として独立していた事もあり、愛州心が高い人たちが多い。また、政界で多くの優秀な人材を輩出し、第36代のリンドン・B・ジョンソン、第41代のジョージ・H・w・ブッシュ、第43代のジョージ・w・ブッシュは同州ゆかりの米国大統領であった。そんな魅力あるテキサスを2001年3月、2002年4月、2002年6月の3度も旅しており、忘れ難い同州の観光スポットを紹介しよう。

 

 先ず、年間1000万人以上が訪れる大観光地として有名なのがサンアントニオである。テキサス州南部に位置し、ヒューストンの西およそ320km、メキシコ国境まで僅か300kmと近い。人口約130万人は全米第7位の大都市は商工業が盛んで、テキサス独立戦争の戦跡があるなど全米有数の観光として知られる。旧き良き西部とメキシコの持ち味を混ぜ合わせ、現代的なお洒落なムードも加わった街だ。

 代表的なスポットは2つあり、先ずジョン・ウェイン主演の映画「アラモ」の舞台になったアラモ砦はテキサス独立戦争中にメキシコ軍と独立派が戦った地で、テキサスの自由を勝ち取るために命を賭けて戦った悲劇として有名だ。もう一つは、「アメリカのヴェニス」と呼ばれる街に相応しいリバーウォークである。サンアントニオ川がダウンタウンの中心部を曲がりくねり流れ、川岸には様々なレストランや店などが軒を連ねる。昼間はリバーボートに乗り、夜は川沿いの遊歩道の散策を満喫した。ほかに、4つの伝道館巡りをするミッション・トレイルも興味深い。

 

                         (懐かしのサンアントニオ)

    

    アラモ砦     砦の碑前に立つ筆者   リバー・ウォーク

 

 次に、ヒューストンの北370kmほど、テキサス州北部に位置するダラスは、全米9位の都市で人口約120万人。テキサスの大平原の真っ只中に輝く、「コンベンション・シティ」として有名だ。比較的歴史が浅いため歴史的建造物もあまりないが、1963年11月22日の第35代大統領ジョン・F・ケネディ(JFK)暗殺でその知名度を一気に高めた。その暗殺現場がアムトラックのユニオン駅の北にあるシックス・フロア博物館だが、射殺犯人が事件後すぐ殺されるなど謎の多い暗殺であった。

 力強くアメリカらしい都市の全体を把握するなら、高さ約160mを誇るリユニオンタワーがピッタリだ。ユニオン駅の西にあるダラスの象徴で、展望台から360度のパノラマが楽しめ、手前のダウンタウンの摩天楼や遠くのテキサスの大地が見渡せる。この若い街でノスタルジアを実感できるのが、昔のダラスの建造物が復元されたオールド・シティ・パーク。緑豊かな芝生に囲まれたダラス歴史村には19世紀中頃〜20世紀初頭の草創期に建てられた民家・教会・商店などが野外展示されている。

 

                        (JFK暗殺の舞台になったダラス)

   

 ダウンタウンを俯瞰    暗殺現場の路上  シックス・フロア前に立つ

 

 ヒューストンから西へ約1100kmも離れたエル・パソはメキシコとすぐ国境を接する町で、テキサス州最西端に位置する。人口約62万人で、砂漠に囲まれ標高が1127mもある高原都市だ。住民の大半はメキシコ系のアメリカ人で、のんびりとした陽気なメキシカンのような人々が多い。観光のほうはむしろ郊外で、何と言っても世界最大級の鍾乳洞群カールスバッド洞穴群国立公園が一押し。エルパソより東へ約300km、延々と続く砂漠の道を車で走行すること3時間半ほどで着いた。

 奥行き30km、最深部は312mもある巨大洞穴は約2億年前に海底であったものが隆起し侵食され洞穴として形成されたとか。約233mもの地底までユックリと歩きながら、大自然が育んだ造形美を堪能。見どころは天井の高さが約80mもあるビッグ・ルームで、アメリカンフットボール場なら10面以上はありそうな巨大な地下空間だ。大小様々な鍾乳石が多彩なシルエットを描くが、中でもジャイアント・ドームなどの大石柱はまるでトルコのカッパドキアのよう。洞穴観光を終えてエルパソに帰る途中、ひときわ目立つテーブルマウンテンを見かけた。グアダルーペ・ピークと呼ぶ標高が2667mの美しい山だ。

 

       (カールスバッド洞穴群国立公園)

  

    ビッグ・ルーム     洞穴内を観光  グアダルーペ山を背にして

 

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米国の債務不履行(デフォルト)危機とデトロイトの落日
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  超大国アメリカで2014年度(2013年10月〜2014年9月)の予算が9月末までに成立しなかったため、10月1日より連邦政府の一部が閉鎖され、約80万人の職員も自宅待機を強いられた。ホワイトハウス職員の約4分の3が、NASA(航空宇宙局)ではほとんどの職員が自宅待機したと聞く。
 
 ただし、例外があるそうで、政府閉鎖にも拘わらず働いている人たちがいる。例えば、警察や軍隊、救急医療や消防、航空管制など、米国民の生命などに関わる重要な職務は続けなければならない法律が別途ある。

 中央官庁が閉鎖されるとは我が日本では想像し難いが、米国ではクリントン政権時代の1995年〜96年に21日間も政府閉鎖になった実績(?)がある。同国では日本と違い連邦議会が予算案を作り、議会が決めて通すスタイルである。しかし、オバマ政権が発足した2009年以降は与野党が対立を続け、一度も正式な予算が成立していないとは驚きだ。
 その妥協案として3ヵ月ごとの暫定予算を度々作りやりくりして来たが、頼みの暫定予算も今年の10月1日以降は通らなかった。その原因は暫定予算の中身で、オバマ大統領政策の目玉とされる医療保険改革法、いわゆるオバマケアの2014年1月の実施である。これは先進大国でありながら今まで無かった国民皆保険を目指すもので、2010年に成立している。このオバマケアの実施には予算が必要だが、暫定予算に盛り込むのを連邦議会の下院で多数派である野党の共和党が反対。一方、上院は与党の民主党が多数派で、ねじれ議会(or 国会)はどの国でも大変なようである。 
 
 この影響でグランドキャニオンなど米国のすべての国立公園が観光センターも含め閉鎖され、観光客も大いに戸惑ったであろう。ワシントンではスミソニアン博物館・美術館のほか、リンカーン記念館や国立動物園もお休みとなり、この街の観光名所は閑散としていたようだ。
 ニューヨークのシンボル、自由の女神も閉鎖され、さぞかし「不自由」であったろう。しかも、人気の観光スポットの長期閉鎖はその地域の経済などにとって大きな痛手になる。そこで地元の各州政府が肩代わりし、閉鎖を解除して再開した由。

 世界を股にかけて旅してきた私ことワールド・トラベラーは、1983年5月の初訪問以降14回も米国を訪問している。アメリカらしいでっかいスケールを誇るグランドキャニオンは、1986年9月と1998年9月の2度も訪れている。ラスベガスの東430km、全長460kmに及ぶ世界最大級の渓谷である。平均標高が2000mの高原がコロラド川の急流による浸食作用で削られた天然の彫刻は、その壮大なスケールと美しさに畏敬し圧倒される。
                
                                    ( グランドキャニオン国立公園の谷底)      
    
    絶景のホピ・ポント    谷底にあるハバス滝 ハバス渓谷をラバで移動
    (右は現地ガイド)              するワールド・トラベラー 

 グランドキャニオンを色々な角度から見ようと、2回目はヘリコプターで約1500mの谷底に下りて雄大な渓谷を見上げた。車が無いため、ラバに乗って移動。谷底は予想外に水と緑が豊かで、ひんやりとする滝で泳ぎ至福の楽園を堪能した。

 首都ワシントンを訪ねたのは、比較的最近で2004年6月である。白亜の建造物と広大な緑地帯が美しい世界的な政治都市は、見どころが多い観光の街という別の魅力的な顔を持つ。その筆頭が首都の東端のキャピトルヒルにある連邦政府議会議事堂である。白亜の高さ87mの巨大ドームがひときわ目立ち、向かって右側(南)は下院、 左側(北)は上院。1800年に一応完成し、1850年代まで拡張され現在の姿になった。
 次に、緑豊かな公園が多いモールのポトマック川畔にあるのがリンカーン記念館。古代ギリシア神殿を彷彿させる館内には、今も人気が高いリンカーンの高さ5.8mの大きな坐像がある。この記念館から2kmほど東へ行くとスミソニアン・コンプレックスがあり、数ある博物館や美術館の中でも絶対見逃せないのが航空宇宙博物館だ。広い本館には、初期から最新の飛行機や宇宙船などがずらりと展示され、アメリカの底力を誇示して興味深い。

 1983年5月初訪問後、2度目は1986年9月であった。その後18年ぶりの再訪になった2004年6月の大商都ニューヨークは、2つの大変貌があった。1つは現代ニューヨークの象徴であった超高層ビルの世界貿易センター(WTC)が9・11同時多発テロで崩壊して姿を消したこと、2番目は治安が格段に良くなりハーレム散策も問題なかったことだ。現地入りして最も気になったのはWTCで、その跡地はグランドゼロ(爆心地)と呼ばれる。約300m四方の廃墟は巨大なクレーターのようで、高い柵で囲まれ容易に近付けない。再開発工事が始まり基礎工事の準備をしていたが、2014年に完成(予定)すれば高さ約540mの「フリーダム・タワー(自由の塔)」が建つ由。
 ほかに、18年ぶりに訪れて意外な大きさに改めて驚いた自由の女神像、以前魚市場があった所で漁港の名残りがあるサウスストリート・シーポート、再開発後にできた大ショッピングセンターのピア17、マンハッタンの地図を見るとその真ん中にひときわ目立つ大きな公園セントラルパーク、世界有数のメトロポリタン美術館、ミュージカルを楽しんだブロ−ドウェイなどを回った。

  
 ワシントン:国会議事堂  ワシントン:リンカーン ニューヨーク:自由の
 (連邦政府議会議事堂)  記念堂内の世界の旅人  女神像を訪れた筆者
 
 結局、10月17日の期限ギリギリになってアメリカ政府の債務上限が引き上げられ、米国が債務不履行(デフォルト)に陥る危機が回避された。これで政府機関の一部閉鎖などが解除されたが、実際は3ヵ月ほど先送りされただけで根本的な解決には至っていない。恐らく来年2月〜3月頃に今回と同様の茶番劇、あるいは議会での無用な政争が繰り返されであろう。
 連邦政府の一部閉鎖に対応するため、オバマ大統領はインドネシアで開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)を欠席せざるを得ない羽目になった。米国が主導するTPP(環太平洋経済連携協定)交渉でもプラスにはなるまい。
 因みに、このどさくさに乗じて点数を稼いだのは抜け目のない中国で、同国の存在感が一層増したと言われる。

 栄華を極めてきたアメリカは国自体も憂慮されるが、地方でも非常事態になっている。その典型が今年の7月18日に破産したミシガン州のデトロイト市で、負債総額の180億ドル(約1兆8000億円)は米国の地方自治体の財政破綻の最大規模とか。
 「自動車の街」として馴染み深い同市はGMやフォードの本社があるなど、米国自動車産業の象徴都市として広く知られてきた。最盛期の1950年頃には人口は200万人近くあったが、自動車産業の衰退に加え治安悪化などで現在の人口は約70万人まで激減。歳入が減る一方に対し、借り入れを重ねたり年金支払いなどが嵩んで財政難に陥っていた。

 2004年7月にデトロイトを訪問した。シカゴから東へ450kmほど、5大湖地方の心臓部に位置する。ミシガン州南東部にある州最大の都市で、当時の人口約88万人は全米第11位。GM(ゼネラルモーターズ)ショールームがある円筒形摩天楼ルネッサンスセンター、かってギリシャ系住民が多かった繁華街グリークタウン、近郊のディアボーンのヘンリーフォード博物館などを観光した。
 当時から街のあちこちで荒廃した感じの地区がいくつかあり、傷んだ道路も補修されずに放置されていた。街全体も何となく活気が無かった。筆者が訪問当時から種々問題を抱えていたようだ。

 
  デトロイト:市街地を俯瞰   デトロイト:グリークタウンのカジノ 

 その後、米国政府は財政破綻したデトロイト市に対し、3億ドル(約300億円)を支援すると発表したが、果たして根本的な治療となるのか疑わしいほど深刻な病根を同市は抱えているようだ。

 
 一方、米国の債務不履行問題に関し、英国の新聞は「ドル優位とアメリカンパワーの日没」と厳しく報じている。もしデフォルトに陥れば、リーマン以上のショックになり、景気減速、金利上昇、投資減少などの深刻な問題が数十年続く可能性もあるとの悲観的な見方が一部ある。
 古今東西栄枯盛衰は繰り返されるのが世の常である。しかし、米国が風邪を引けば他国も同病になる世界がまだまだ続きそうであるだけに、アメリカの内向き志向的な議会での勝者無き政争は傍迷惑でご遠慮願いたいものである。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

      
―   ―   ―    ご案内   ―   ―   ―

  2013年11月9日(土)10:00〜 あびこ市民プラザホールで
我孫子の文化を守る会
主催の特別大講演会が開催されます。
講師として今話題のワールド・トラベラー(高 康治)が講演します。


場所:我孫子市あびこショッピングプラザ3Fあびこ市民プラザホール
         我孫子駅北口下車徒歩約5分
日時:2013年11月9日(日)10:00〜12:00
演題:
265ヵ国・地域を旅したワールド・トラベラーが語る
    「世界の紛争地帯を訪れ、世界の平和を考える
入場料:無料 定員:先着200名

お問い合わせ:高 TEL:04−7184−4745

 揺れ動く最新の世界情勢を知る上で大変興味ある講演内容です。
是非ご来場の上、ご聴講ください。宜しくお願いします。


    Mr.Ko
講演会場のあびこ市民プラザホール 講師のワールド・トラベラー


筆者(ペンネーム:高やすはる)が著した本が文芸社より発売されています。
 書名は「私はワールド・トラベラー 世界257ヵ国・地域を旅した男」、
  定価は本体1、500円+税。書店でお買い求め、又は注文できます。
  
また、アマゾンや楽天ブックスなどのインターネット・ショッピングもできます。
   なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合、常に在庫が十分あります
  世界の人形館(TEL:04−7184−4745 ) で確実にお買い求めできます。


 尚、本書は単なるトラベルガイドブックではありません。日本の将来を憂い、
 特に三流とも揶揄される日本外交に対し、ズバリ直球でもの申す本物志向
 の提言書でもあります。是非ともご愛読のほど宜しくお願いします。    

   
   
            表紙カバーと帯                 口絵

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アメリカ東部紀行(その1)とボストン・マラソン爆破テロ事件
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 昨日、4月21日(日)に開催された国内外(長野やロンドンなど)のマラソン大会は、どことも厳重な警戒下で行なわれた。と言うのは、4月15日にアメリカ東部マサチューセッツ州のボストン市で行なわれたマラソン大会で連続爆発テロ事件があったからである。
 伝統あるボストン・マラソンのゴール付近の観客エリアで2度にわたり爆発が起きて3人が死亡、180人ほどが負傷した。3人の死者のうち2人はアメリカ人で、8歳の男の子と29歳の女性。残り1人は23歳の中国人留学生で、みんなマラソン観戦に来て爆発に巻き込まれた痛ましいテロ事件となった。
 
 時間がかかると思われた容疑者割り出しは急転直下し、4日後にロシア連邦のチェチェン共和国生まれの若い兄弟、タメルラン・ツァルナエフ(26歳)とジョハル・ツァルナエフ(19歳)の犯行と判明した。追跡捜査の結果、ボストン東近郊のウォータータウンでの警察との銃撃戦で兄は死亡したが、一旦逃亡した弟は重傷を負い拘束された。
 因みに、チェチェンと言えば、一時期はロシア連邦の火薬庫になったところで、カスピ海沿岸のコーカサス地方の北部に位置する。ソ連崩壊後はロシア連邦内に留まったが、チェチェン人は独立志向が強く2度もチェチェン紛争を起こした。特に第二次チェチェン紛争(1999年〜2009年)ではイスラム原理主義勢力が関与、モスクワでも爆破テロ事件があったために当時のプーチン首相が空爆するなどして制圧した経緯がある。

 その後FBI(米連邦捜査局)の取調べに対し、弟は死亡した兄が爆破テロを首謀したと供述した。今のところアルカイダのような国際組織との関連性は無いようだが、若き兄弟をテロに駆り立てた動機などについては不可解な点が多々あるようだ。
 因みに、米国の司法省は弟のジョハル・ツァルナエフ容疑者を大量破壊兵器を使用した罪などで訴追し、死刑がないマサチューセッツ州の法律ではなく、最高刑は死刑となる連邦法を適用する意向とか。

  私ことワールド・トラベラーと米国との関わりはちょうど30年前に遡る。1983年5月、当時商社マンとして駐在していたインドネシアのジャカルタから初めてアメリカへ出張した。東部のニューヨークをはじめ、ロスアンゼルス、サンフランシスコ、ポートランドのアメリカ西部を回った。以降14回も米国を訪れたが、ボストンなどのアメリカ東部(ニューヨークを除く)を訪れたのは比較的新しく、2004年6月である。

     
   容疑者のチェチェン出身の2兄弟  2004年に爆破テロ事件現場近くの
  (インターネットより転用・加工済み)ボイルストン通りを散策する筆者
    

 この旅で訪れたのは、ボストンのほかに、ワシントンDC、ニューヨーク、リッチモンド、コロニアル・ウィリアムズバーグ、チャールストン、グレート・スモーキー・マウンテン国立公園、ノックスビル、マンモスケイブ国立公園、ナッシュビル、メンフィス、セントルイス、ラピッドシティ、ミネアポリス・セントポール、シカゴ、ミルウォーキー、デトロイト、シンシナティ、ピッツバーグ、、フィラデルフィア、アトランティックシティなど。 
 合計18都市を一挙に訪問し、自然が残るアパラチア山脈なども訪れ、日本の25倍の面積を持つ広大なアメリカの約半分を1ヵ月余り駆け足で回った。西部と南部は過去何度も周遊済みなので、この旅を終えて広大にして多様なアメリカをほぼ一巡した。

 この旅で終生忘れ得ぬ出来事があった。それはアメリカの空港での異常に厳しい保安検査で。何故か知らぬが、筆者の搭乗券にテロリスト又は要注意人物を意味する特殊マークが入り、名前の前にもSという文字が追記されていた。十数回にわたり小生のスーツケース・手荷物・身体に対し、テロリスト待遇の過酷かつ長時間の保安検査を強要され、時にはズボンまで脱がされる屈辱感を味わった。
 このトラブルの影響でストレスが蓄積し病気になって急きょ病院にかけこんだり、保安検査が長すぎるため危うく搭乗に遅れそうになった。またスーツケースに入れたみやげ物が壊されたり、スーツケース到着が遅れた上に破損したり、全く散々であった。帰国後さっそく航空会社に苦情を申し入れたがアメリカ運輸保安局(TSA)のせいにして補償しないは勿論、情報公開に一切応じなかった。いくら国の安全保障のための検査とはいえ、個人の人権を完全に無視した一方的なやり方に憤りを禁じ得ない。以降はアメリカ不信或いはアメリカ嫌いになったのは否めない。
 
 この1ヵ月にわたる長旅で数多くの街々やアメリカ東部の代表的な国立公園を訪れたが、中でも強く印象に残ったのが今回のテロ連続爆破事件の舞台となったボストンである。短期間の滞在ではあったが、同地をはじめとするアメリカ東部の諸都市を紹介する。

  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ボストンはマサチューセッツ州の州都で、ニューヨークの北東347km(216マイル)に位置する。ハーバード大学など数多くの名門大学がある学園都市で、人口約60万人は全米第26位。アメリカ誕生時の古い町のひとつで、ヨーロッパ的な雰囲気が漂う風情ある古都である。
  訪れた主なスポットは、市内では繁華街ファニュエルホール・マーケットプレイス、赤いレンガ造りの建物とガス灯が美しいビーコン・ヒル、ダウンタウンの中心コプリー・スクエア、ロマネスク調の建物が美しいトリニティ教会、黄金ドームが美しいマサチューセッツ州会議事堂、風情のあるチャールズ川畔、世界四大美術館の一つボストン美術館、アメリカ最古を誇る名門ハーバード大学。郊外では独立戦争発端の町レキシントン、「若草物語」のオーチャード・ハウスと古戦場オールドノース橋があるコンコードなど。

  
ボストン:ビーコンヒルの ボストン:コプリー広場 郊外:コンコードの 
 の静かなアコーン通り     後ろはトリニティ教会 古戦場オールドノース橋


 英国植民地時代の歴史的建造物が今も残るニューイングランド地方の中心地として、ボストンは新旧が交差する微妙なハーモニーを奏でる旧き街である。最もノスタルジックな雰囲気が漂うのが、街路樹の多い住宅街ビーコンヒル。ダウンタウンの真ん中近くの丘にあり、ガス灯が立つ石畳の細い路地にレンガ造りの家並みが続き、一瞬時が止まってしまったような錯覚に陥る。

 この丘から東へ1kmほどに、ボストン随一の繁華街ファニュエルホール・マーケットプレイスがある。クインシー・マーケットとも呼ばれ、色々な店やレストランなどがひしめき合い活気がある。ここの名物は歩行者天国の道にあるベンチで、お昼時になると地元民が来て一斉に弁当を食べ始める。筆者も巻き寿司の弁当を食べたが、このような珍しい光景は初めてで、暖かく柔らかい日差しの下でのランチは格別であった。
 
 ボストンで最も美しいエリアと思ったのが、街の北を流れるチャールズ川の畔である。特にロングフェロー橋付近では現代ボストンの高層ビル群のシルエットが眺望でき、新旧がバランスよく融合する街並みが実感できよう。
 一方、街有数の高層ビル群が建つのが、いつも人通りが絶えないコプリー・スクエア一帯である。この広場の周りには、1877年築の優美なロマネスク様式のトリニティ教会、ニューイングランド地方で一番高い225mのジョン・ハンコック・タワー、1895年に開館したボストン公共図書館などが建つ。爆破テロ事件現場はすぐ近くと聞き、今から思うとゾッとする。

 ほかにも見逃せないものがいくつかある。ニューヨークのメトロポリタン、パリのルーブル、サンクト・ペテルブルグ(ロシア)のエルミタージュの美術館と並ぶと言われるボストン美術館は、天井が高い随分立派な建物だ。フランスの絵画や中国の美術品などは充実しているが、お目当ての浮世絵が無かったのが少々物足りなかった。
 一方、ボストン名物のハーバード大学は、チャールズ川を挟んだ対岸のケンブリッジにある。1636年創立のアメリカ最古の大学は380エーカーの広大な敷地に校舎や図書館、7つのミュージアムなどが点在するが、不釣合いなほど小さくて目立たない大学の正門が妙に印象的であった。

  
 美しいチャールズ川畔 ハーバード大学の正門前 世界的なボストン美術館
             に立つ秀才(?)の筆者


 アメリカ東部地方にはボストン以外にも魅力的な必見の街々、例えばニューヨーク、ワシントンDC、フィラデルフィア、リッチモンド、コロニアル・ウィリアムズバーグ、チャールストンなどがあるが、後日機会を改めて詳しく紹介したいと思っている。
 
  また、今回のボストン・マラソン爆破テロ事件の容疑者の生地、ロシアのチェチェンをいずれ訪れたいと考えている。実は1998年5月にコーカサス諸国を歴訪した時に、近くのグルジアやアゼルバイジャンに滞在したが、個人旅行でなかったことや時間的な制約もあってチェチェンまで回ることが出来なかった。
 依然として治安など問題多々あるようであるが、不完全燃焼気味になったチェチェン訪問を是非とも実現したいと考えている。

  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

ワールド・トラベラーが館長を務める世界の人形館
では、257カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを多数展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。慈善活動につき、入館料は無料です。但し、セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。
  TEL:04−7184−4745 又は Eメール: 
ko-yasu@maple.ocn.ne.jp


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255ヵ国・地域を旅して痛感したチャイナパワー
11
  旅行直前に更新した前回のブログ(9月11日)でお知らせしたように、4日前に1ヵ月の長旅を終えて帰国した。今回の旅で訪れたのは、カナダとアメリカの2国のほかに、ニューファンドランド島、バミューダ、プエルトリコ、英領ヴァージン諸島、仏領と蘭領のセント・マーチン、アンギラ、セント・バース(正式名セント・バーテレミー)の8地域。
 主にカナダのアトランティックと呼ばれる大西洋岸沿いと東部、大西洋とカリブ海に浮かぶ島々を回り、どちらかと言えば色白の顔が真っ黒になるほど日焼けした。元の顔色に戻るのには、少なくとも数ヵ月かかるであろう。

 いつもの通り、この旅を急遽思い付いた動機は極めて単純明快であった。今夏ロンドンで開催された第30回夏季オリンピックの開会式で、入場行進した国・地域の数は204もあった。250近い国・地域を巡った世界の旅人として、入場行進した国はすべて訪問済みでお馴染みのものであったが、2つの地域が例外となった。即ち、イギリス領のヴァージン諸島とバミューダが未訪問であった。
 実はヴァージン諸島は2つある。アメリカの自治領プエルトリコの西沖に浮かぶ西インド諸島の西側半分はアメリカ領ヴァージン諸島で、東側半分はイギリス領ヴァージン諸島である。筆者はアメリカ領ヴァージン諸島のメインアイランド、セント・トーマス島へは2002年に出かけたが、東側のイギリス領ヴァージン諸島は訪れていない。ワールド・トラベラーの看板を背負っている手前、いずれその現地とバミューダを訪れなければならないと思ったからである。その想いの即実行が、今回旅行の主目的であった。


 これで訪問国・地域はなんと250を超えて255になり、愈々ギネス記録と知人からは称賛と冷やかしの相反する言葉を頂戴している。しかし、今回の旅を主テーマにした講演会が近々行なわれる事になっており、暖かい激励と受け止めている。

 グロス・モーン国立公園などアトランティック・カナダの雄大な自然とカラフルな町並み、エメラルドグリーンのカリブ海に浮かぶ美しい島々のビーチ(特に巨大な奇岩群が織り成すヴァージン・ゴルダ島バスの絶景)、コロニアルスタイルの香りが残る建物、カナダのメープル街道で見ごろを迎えた黄葉混じりの紅葉、白亜のビルのような豪華クルーズ船、ニューファンドランド島で楽しんだレンタカーによるドライブ、そして巨大なロブスターなど各地で賞味したグルメなど、多々ある忘れ得ぬ旅情が今も鮮明である。
 また、コロンブスよりも500年も早く、新大陸(ニューファンドランド島)に到達したヴァイキングがいた事などを学んだのも大きな収穫であった。

 一方、アメリカはもちろんカナダやバミューダ、米国の庭先のようなカリブ海地域でテレビのチャンネルをひねれば、民主党のオバマ、共和党のロムニーの両候補がしのぎを削る大統領選のキャンペーン番組ガ多かった。かなり接戦になりそうだが、現地では消去法で現職のオバマが有利との見方が強い。
 しかし、日本の民主・自民両党の代表選や総裁選の報道はほとんど無く、観光客も中国人ばかりで影の薄い日本を改めて実感した。

            −−−− 美景6選−−−−
  
カナダ:ニューファンドランド カナダ:世界遺産の  セントバース:グスタ
 のグロス・モーン国立公園    ルーネンバーグ ヴィアのマリーナの筆者

  

  英領ヴァージン諸島: 仏領セントマーチン: バミューダ:セントジョージ
  ゴルダ島の筆者   首都マリゴの旧市街  沖合を航行するクルーズ船


 10年ほど前より多くなった一人旅での旅先で想う事は多々あるが、最近益々目に付くのがチャイナパワーだ。先ず、Made in Chaina、即ち中国商品の氾濫である。筆者にとって海外旅行の楽しみの一つが、趣味の人形などをはじめとするコレクション。昔はその国で作られたものが手に入ったが、近年は中国などの外国製品がすべてと言っても過言ではない。
 例えば、プエルトリコで買ったものを裏返して注意深くチェックすると、Made in Chinaなどとの表示が多い。売る側もお客さんを失望させてはなるまいと、中国などの原産地表示のラベルを剥がして売っている。

 次は、数十年〜数世紀前から世界各地で住み付き頑張る中華料理店。アフリカの奥地や世界の辺境地など、どこへ行ってもあるのが中華レストランだ。世界制覇を目指して世界のあらゆるところに出かけたが、いつもワールド・トラベラーを待ち受けており、有難く心強い味方の存在であり感謝している。
 255の国・地域に出かける事ができたのも、大好物の麻婆豆腐などが食べられる中華料理店に負う所が大きい。偉大なる陰の主役かも知れない。

 そしてもう一つが、国際社会で突出し始めたチャイナパワーである。今回の旅行で主要訪問国のカナダは中国系移民が多いが、これに拍車をかけるのが続々と押しかける中国人観光客のグループ。一昔前に押しかけた日本の観光客たちを思い出すが、総人口が我が国の10倍もある中国はスケールが違って迫力がある。
 しかし、地元民に言わせると、全般的にマナーが悪いのも彼ららしく、経済発展にマナー向上が追い付かないらしい。

 1996年8月初訪以来3度目の訪問になったカナダ最大の商都トロントでは、街のあちこちで超高層ビルの建設がひときわ目立った。中国系や中東系の移民を中心にした富裕層が不動産投資を活発化させ、バブルの様相まで呈しているとか。 
 米国に隣接するカナダは2008年のリーマン・ショック後の世界的な景気低迷の痛手を、最小限に食い止めたと言われる。豊富な天然資源と、その資源価格の高騰が経済を下支えしたためである。G7(先進7ヶ国)の中でも最も早く景気回復し、実質GDP(国内総生産)成長率は2010年前半から回復基調に乗せている。その有力な原動力がチャイナパワーと言われる。
 
 しかし、計り知れない「チャイナパワー」は時には諸刃の剣となり、「チャイナリスク」にもなりかねない懸念があるのではないだろうか。

      −−− カナダで中国人観光客が目立った都市 −−−
   
トロント:CNタワー   オタワ:国会議事堂を キングストン:オンタリオ湖
より眺望のダウンタウン  背にした筆者     セントローレンス川に注ぐ所


 国際通貨基金(IMF)と世界銀行の年次総会が、48年ぶりに日本で開催された。各国閣僚や中央銀行総裁が顔を揃えた中で、中国の閣僚級が欠席した。日本政府の尖閣諸島国有化への反発であるのは明らかであろう。世界2位の経済大国となり、大きな影響力を持つ中国の振る舞いは、チャイナリスクを世界に印象付けたとも言えよう。
 中国は総会2日目に突然、財政相と中国人民銀行(中央銀行)総裁の欠席を日本側に通知してきた。また、実務レベルの代表団は来日したが、総会会議に出たり、出なかったりした。主催者のIMFと世界銀行も中国側のボイコット作戦にはお手上げの状態で、日本政府も苛立ちを隠し得なかったようである。

 日本政府主導のミャンマー支援会合も、中国は欠席した。かって軍事政権下でのミャンマーは国際社会から拒絶され、中国から多大の援助を受けていた経緯がある。一方、ミャンマーは影響力が増大する一方の中国に脅威を感じ、ここ数年は日本や欧米などへも急接近していた。総会期間中にミャンマーの延滞債務解消策がまとまったのは、チャイナリスクが底流にある。
 過日の日本車や日系スーパーが焼き打ちにあった反日デモの映像は、内外に強烈な印象を残したようだ。日本が来年の円借款再開を表明したミャンマーに足掛かりを築くのは、豊富な資源や格安の労働力が狙いだ。人件費が高くなった中国からのシフトが強く意識されており、他国も同様に考えているようだ

 日中関係の早期修復への期待し、日本も努力すべきだとの注文が各国から相次いだ。キム世銀総裁は日中の政治的緊張が世界経済に与える悪影響を懸念し、ラガルドIMF専務理事は「日中関係は世界経済全体にとって極めて重要だ」と指摘した。
 今回の旅でも、旅行先の地元民から日本に関する話題は唯一つの例外を除いて出なかった。それほど我が国に対する関心が低いと言うより、無いのである。因みに、唯一の例外とは、カナダとバミューダで耳にした日中間の島(尖閣諸島)問題であった。 

    ☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆



帰国後の講演第1弾として、千葉県我孫子市の中央学院大学あびこ祭で講演します。お時間があれば、是非ご聴講下さい。入場無料です。
 日時:2012年11月3日(土)13:00〜14:40
 場所:中央学院大学本館2階121教室(約300人収容)
 テーマ:ワールド・トラベラーが語る世界255ヶ国・地域を旅して
 アクセス:我孫子駅北口より無料バス運行
 お問合わせ:中央学院大学国際交流センターTEL:04-7183-6543
 
私のプライベート・ミュージアム
界の人形館では、250ヵ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、壷、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを展示しています。ご興味ある方はご遠慮なくご来館下さい。お待ちします。
 但し、セキュリティなどのため、下記要領で予約をお願いします。
 TEL&FAX:04−7184−4745


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カナダ紀行(後編)−カナダ西部ほか
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 前回のブログ(2011.5.4)で紹介したカナダ紀行の前編は、かってイギリスとフランスが覇権を争ったカナダ東部に触れました。 
 今回の後編はイギリスの色合いが強く、海に面した森と湖の国のイメージの
カナダ西部ほかを紹介します。因みに、カナダ西部は妻が同行した想い出深い旅でした。なお、風景写真はズーム可、人物写真はほとんどズーム不可です。

 _____________________________________  


 ロシアに次ぐ広大な国土面積を持つカナダには、「世界一〜」の称号がいくつかある。例えば、国立公園の広さは世界一である。同国には国立公園が41もあり、その総面積は世界最大だ。自然が豊かで交通網も整備されているカナダは、国連の「世界で最も住みやすい国」に度々選ばれている。

 カナダ西部観光のハイライトは、カナディアン・ロッキーと言われることに対し、異論を挟む人は少なかろう。バンクーバーの東850kmほど、バンフという町があり、夏のロッキー登山、冬季のスキーなどで賑わうとしてリゾート地として知られる。この小さな町はカナダで最初に指定された国立公園で、カナディアン・ロッキーで有名なバンフ国立公園の玄関口である。総面積が島根県と同じ6641k屬發△觚園は、ロッキー山脈を中心にして多くの湖、川、渓谷、氷河、森などが散在する大自然の宝庫だ。
 カナディアン・ロッキー観光の拠点となるバンフを出発し、世界で一番美しいと言われるハイウェイをドライブした。3000m級の険しい岩峰、宝石を散りばめたように点在するエメラルド色が映える湖、緑濃い針葉樹の森、陽光を浴びてキラキラと輝く氷河など、次から次へと絶景が続く。大自然の神々しいまでの美しさと雄大なスケールには、思わず言葉を失った。パンフを出た後、 ハイウェイを西へ約1時間走ると、「カナディアン・ロッキーの女王」と称えられるレイク・ルイーズに着く。

  
バンフ(スプリングス・ホテル)   レイク・ルイーズ  ペイト・レイク湖畔

 背後に迫り来るビクトリア氷河から溶け出した水をたたえ、透明度はそれほど高くないが、エメラルドグリーンの不思議な色に輝く。湖面には氷河を頂くビクトリア山が映え渡り、日没と日の出前後は一層神秘的になる。泊まったザ・フェアモント・シャトー・レイクルイーズは湖畔に悠然と建つ白亜のホテルで、カナダ有数の景観を誇る。

 レイクルイーズを出てハイウェイを北へ約30km進むとボウ・レイクに着く。カラスの足に似たクロウフット氷河など3つの氷河の雪解け水を集める湖で、ここから11km北にあるのがペイト・レイク深い森に囲まれた静かな湖は、光によってエメラルドグリーンやターコイズブルーへと色が変わる。この湖からさらに約83km北上すると、北極圏以外の氷原としは世界最大級のコロンビア大氷原が見えてきた。総面積325k屐氷の厚さが最大で360mほどもある大氷原から数多くの氷河が流れており、そのうちの一つが全長6kmのアサパスカ氷河。雪上車で氷河の真ん中まで行き、降りて歩いた。氷河の尾根の向こうには、真っ白なコロンビア大氷原が広がっていた。
 因みに、深刻な地球の温暖化で氷河は毎年1.6m後退しているようで、1870年頃に比べると2km近くも後退しているらしい。

  
   ペイト・レイク      アサバスカ氷河   コロンビア大氷原に立つ

 日本からカナダ西部を観光するために先ず降り立つ地が、バンクーバーである。緑豊かな自然と近代的な街並みが調和する街は、「世界で最も住みやすい都市」と呼ばれ、見どころが実に多い。ダウンタウンの西外れイングリッシュ・ベイに突き出た先端のスタンレー・パークは、バンクーバー市民にとって最大の憩いの場。日比谷公園の約25倍の広大な敷地に、動物園や水族館、原生林まで残されている。公園の東端近くには色鮮やかなトーテムポールが立ち並び、絶好の記念撮影ポイントだ。この近くの公園一周道路シーウォールから眺めると、対岸は高層ビルが林立するダウンタウン。
 公園の最北端プロスペクト・ポイントからは、ライオンズ・ゲート・ブリッジや、対岸のウェスト・バンクーバー高級住宅地の眺めが素晴らしい。この橋はカナダ最長の吊橋で、全長が1500mもある。
ダウンタウンの南に位置するクイーン・エリザベス公園は、1940年にこの街を訪れた当時英国の王妃を記念してオープンした。標高167mは市内で一番の高台にあり、バンクーバー市街地や周囲の山々を眺望できる絶景ポイントだ。公園内の頂上にあるガラス張りのドーム型のブローデル温室では、300種類以上熱帯植物が植えられ、原色豊かな熱帯鳥が飛び交っていた。

  
バンクーバーのダウンタウン スタンレー・パーク   トーテムポール広場 

 ブリティッシュ・コロンビア州の州都はバンクーバーと思われがちだが、実はビクトリア。バンクーバーからフェリーに乗船し、バンクーバー島の南端に位置するビクトリアに向かった。風光明媚なジョージア海峡を渡り、1時間半ほどで着いた。
 温暖な気候に恵まれた英国風の町並みは、「庭園都市」に相応しい雰囲気が漂うスポットがいくつかある。その筆頭はダウンタウンの北21kmほどのブッチャート・ガーデン。約20万屬旅大な庭園は良く整備され、四季折々の花が咲き競う。かってセメント会社経営のブッチャート夫妻が石灰採石場跡を美しい庭にしようと、1904年に完成した個人庭園。露天掘り跡を利用しているサンクン・ガーデン、6月から8月まで咲き乱れるロ−ズ・ガーデン、星の池や噴水などが見どころである。市街地の南外れにあり、海に面したビーコン・ヒル・パークも、市民に親しまれている広大な庭園だ。

 ダウンタウン観光の一押しはインナーハーバー(内港)から望むフェアモント・エンプレス・ホテル。ツタのからむ外壁とシャトー風の外観は、英国様式の建築美を感じさせる優雅さが秀逸であるい。ホテル内のロビーなども英国調で、内装も華やかさの中に気品が漂う。このホテルのそばに建つのが州議事堂で、1898年に建てられたビクトリア王朝風の堂々たる建物だ。


  
  ブッチャート・ガーデン    州議事堂   インナーハーバーと背後の
                       フェアモント・エンプレス


 広大なカナダの北の最果ての地、ヌナブト準州の町で北極圏に位置するレゾリュートへの旅立ちは、現地に着くまでかなり時間を要した。成田からアメリカのミネアポリス経由でトロントに着いて1泊し、チャーター便に乗り継いで到着した。
 レゾリュートは200人ほどのイヌイット(エスキモー系)が住み、北緯74度にある北極探検の基地としても知られる。人類初の北極点到達を成し遂げたアメリカのロバート・ピアリーを始め、多くの北極探検家が滞在しており、故植村直己もその一人。

 砕氷客船に乗ってグリーンランドなども訪れるカナダ北極クルーズ(詳細は後日の極地シリーズで紹介予定)に出かける前に、村外れのツンドラにあるチューレの古代遺跡を訪れた。古代エスキモーのチューレ人が1000年ほど前に築いた遺跡で、シベリア文化の影響を受けているとか。クルーズを終えてレゾリュートに戻ると、村の小学校を訪れた。子供たちの顔は日本人に似ており、なんとなく親近感を覚えた。


  
 冬景色のレゾリュート     チューレ遺跡   レゾリュートの小学校で
                            授業参観


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今回のブログをご覧になった後、内容などについてお問い合わせ事項あれば、comments(コメント)にご記入下さい。迅速な回答を心掛けます。

2回に分けて紹介しました持永あい子さんのリクエスト、カナダ紀行は如何でしたか?何かコメントがあれば、忌憚無くお聞かせ下さい。お待ちします。
なお、次回以降はリクエストがありましたスロベニア、イランを予定しています。ほかにご希望の国・地域があれば書き込みますので、どこでもご自由にリクエストして下さい、

カナダ紀行に関する詳しい資料は世界の人形館で入手できますので、必要ならお越し下さい。また、当館では世界の民俗人形などを常設展示しています。ご興味ある方もご遠慮なく、ご来館下さい。但し、下記要領で事前予約をお願いします。
TEL:04−7184−4745  又は
Eメール:ko-yasu@maple.ocn.ne.jp


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カナダ紀行(前編)−カナダ東部
13

 「ラブ・レター・フロム・カナダ もしもあなたが一緒にいたら どんなに楽しい旅〜」は、33年前の1978年にヒットしたデュエット、「カナダからの手紙」の歌詞である。このヒットソングの影響であろう、海外旅行先としてカナダが脚光を浴び始めた。

 今回のブログは、私の近くに住むメール友であり、「
世界の人形館」の良き理解者である持永あい子さんのリクエストを受け、カナダ紀行の前半、カナダ東部を紹介する。なお、風景写真はズーム可、人物写真はズーム不可。

   
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 カナダへの旅は今まで4回ある。1回目は1986年9月ナイアガラの滝、2回目は1996年8月カナダ西部とナイアガラの滝、3回目は1997年8月カナダ北極、4回目は2000年9月カナダ東部とプリンス・エドワード島である。これらの内、2回目の旅行ではカナダが大好きな妻が同行した。

 国土面積約997万は世界第二の広さで、日本の約26倍もある大国だ。周りはアメリカと海に囲まれ、アメリカとの国境の全長は3万km近い。アメリカとの国境にある最も有名な観光スポットがナイアガラの滝で、世界三大瀑布の一つである。

  
    アメリカ滝     ゴート島をはさんで左が     カナダ滝
             アメリカ滝、右がカナダ滝


 よほど気に入ったのか、2回も訪れている。最初はアメリカ側から入った。ニューヨークのニューワーク空港からバッファローへ飛び、車でナイアガラの滝に到着。滝の幅が約330m、落差が約55mのアメリカ滝を観た後、レインボー・ブリッジを渡ってカナダ領に入った。待ち受けていたのがカナダ滝で、幅が約675m、落差が約54mとアメリカ滝の倍ほどある。
 2回目はカナダ最大の都市で人種のモザイクと呼ばれる国際商都トロンから車でナイアガラに着き、主にカナダ滝を観光した。圧倒的な水量が轟音と共に流れ落ちる水の迫力ある勢いを実感するならテーブル・ロック・ハウスが一押しだ。また、カナダ・アメリカの両滝を同時に眺めたいなら、スカイロンタワーの回転レストランがオススメ。しかし、ナイアガラ観光のハイライトは何と言っても、名物の遊覧クルーズ、「霧の乙女号」の乗船。青いレインコートを着て滝壷まで接近し、舞い上がる水しぶきをたっぷり浴びた。


  
  カナダ滝のテーブル・   スカイロンタワーの   霧の乙女号の船上で
  ロック・ハウス近く     回転レストランで


 因みに、ナイアガラの滝見物がきっかけで、その後は残りの三大瀑布であるイグアスの大瀑布(ブラジル・アルゼンチン)とビクトリアの滝(ジンバブエ・ザンビア)、滝の落差が世界最長のエンジェル・フォール(ベネズエラ)、冬季に凍結して見事な氷の芸術作品になるグトルフォスの滝(アイスランド)など、世界的な名瀑布を訪れている。僭越ながら、”滝博士”と言っても過言かも知れない。

 カナダ東部のツアーでナイアガラの滝に次いで人気があるのが、紅葉のゴールデンルートとして有名メープル街道ナイアガラ〜ケベック・シティを結ぶセントローレンス川沿いの流域で、全長はおよそ800km。
 この街道で紅葉好きの日本人観光客に人気があるのが、モントリオールの北東郊外にある
ローレンシャン高原標高1000mほどの丘陵地帯に約7万の湖が点在し、カナダ随一の紅葉の名所とか。ヘリコプターで遊覧飛行を楽しんだが、紅葉と黄葉が入り混じるまだら模様。紅葉と言えば、やはり日本がダントツで、全山が真っ赤に染まる風景は外国では期待できない。カナダ以外では、ヨーロッパ各国、南米・アルゼンチンの南端、オーストラリアのタスマニア島などで紅葉鑑賞しようとしたが、見かけたのは主に黄葉であった。

  −− ローレンシャン高原の風景 −−−
  
  上空より俯瞰   
    ドゥピュイ湖畔    イースタン・タウンシップス

 メープル街道は17世紀にヨーロッパの開拓者がたどった道で、イギリスとフランスの文化圏が交差する。「北米のパリ」と呼ばれるお洒落な街モントリオールは、カナダのフランス語圏の中心都市である。この街の南80ほどにあるイースタン・タウンシップスは、紅葉がかなり進んでいた。
 モントリオール以上に古き良きフランスの香りも今も残すのが、270km北東に位置するケベック・シティ。旧市街では中世ヨーロッパにタイムスリップしたような建物が多く、中でもフェアモント・ル・シャトー・フロントナックは壮麗な古城風ホテルでひときわ目立つ。このホテル下にある遊歩道テラス・デュフランは、セントローレンス川を見下ろす絶景ポイントで散策に絶好だ。

 因みに、ヨーロッパから先にカナダに来たのはフランス人だが、18世紀中頃にイギリスとの戦いに敗れた。以降カナダは英国領になったが、フランス系住民は「カナダの中のフランス」としてケベック州で文化を守ってきた。

                                    −− ケベック・シティの象徴 −−
   
    モントリオールの       旧市街    
シャトー・フロントナック
 ジャック・カルチェ広場               

 この街道筋を東進してセントローレンス湾に出るため、モントリオールから大陸横断鉄道の夜行列車に乗った。車中泊して約16時間半後にニュー・ブランズウィック州のモンクトンで下車し、バスで全長が13kmもある世界第2の長い海上大橋、コンフェデレーション橋を渡った。

 着いたところが、セントローレンス湾に浮かぶプリンス・エドワード島。面積は5660k屬如愛媛県と同じ広さ。島の主産業は農業で、温暖な気候と豊かな大地に恵まれ、カナダ有数のポテトの産地として有名。海産物にも恵まれ、ロブスターやムール貝、カキなどの魚介類が豊富である。
 カナダの女流文学者L.M.モンゴメリーの小説「赤毛のアン」の舞台となった場所、グリーン・ゲイブルス恋人の小径フレンチ・リバーなどを中心に、なだらかな緑の丘陵地と牧草地が続く牧歌的な島内を巡った。島の中心地シャーロットタウンは州都とは思えぬほどこじんまりと落ち着いた町で、立派な教会が目立つ。「世界で一番美しい島」とも言われるが、赤土に覆われた島は意外に単調な感じ。実のところ少々退屈したが、町の埠頭レストランで食べた小ぶりのロブスターは絶品で、グルメの方は十分満喫した


   
 プリンス・エドワード島の プリンス・エドワード島の シャーロットタウンで
  グリーン・ゲイブルズ  輝く湖水近くの牧草地で  食べたロブスター 


             (続く)    
  ________________________________________



世界の人形館では「赤毛のアン」人形をはじめ、世界各国・地域の様々な民俗人形などを展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、ご来館下さい。但し、下記要領で事前予約をお願いします。
TEL:04−7184−4745 又は
Eメール:ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

★ このたび本格的な万華鏡が世界の人形館に入りました。制作者は第11回日本万華鏡大賞のグランプリに輝いた、我孫子市在住の村越通浩さんです。万華鏡を覗くと、想像を遥かに超えた驚きの神秘的な世界が広がります。ぜひ人形館で村越さん手作りの万華鏡をご覧下さい。
 また、夜間(午後8時〜9時)は世界の人形館の天井が万華鏡プラネタリウムに変わります。ご予約があれば、夜間見学も特別にお受けします。比類なき異次元の空間をご堪能下さい。


    
  「赤毛のアン」人形    万華鏡プラネタリウム   万華鏡


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