世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
タイの洞窟で少年らが閉じ込められたチェンライとタイタンビカス開花
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 今朝起きて見ると、玄関ポーチのタイタンビカスが見事に開花していた。例年より約2〜3週間も早く、これも先月末に史上最速で梅雨明けした連日の猛暑の影響であろうか。しかも、今年は花の直径が20cm近い大輪が、何と8輪も乱舞する豪華さである。1日に精々3〜4輪咲くのが普通なのだが・・・。早速観にやって来た人たちがいた。

 この花を観賞していると常に想起するのが、今のところ不治とされる病(認知症)に臥して早や4年目を迎える妻である。彼女は殊の外タイタンビカスを愛好し、早朝に咲き始めるが夕

刻には萎んでしまう切ない移ろいがの若かりし頃の残像にダブってしまうからだ。余命僅かの不帰の人にならんとしており、「花の命も人の命も共に短し」を痛感する毎日だ。

 

 さて、前置きが長くなり恐縮。寝不足の夜更かしを強いられるほど連日熱狂していたFIFAワールドカップも、我が日本代表は決勝トーナメントの初戦でベルギーに敗退したため急に静かになった感じである。代わりにテレビなどで大々的に報道されているのが、同じサッカー絡みの事故である。6月23日からタイ北部のチェンライの北郊外にあるタムルアン洞窟で、サッカーチームの少年12人とコーチ1人が行方不明になったことだ。

 幸い9日後の7月2日に洞窟の入口から5km近くの洞内で発見されたが、大雨による増水で閉じ込められたままだ。13人の命には別条無いようだが、大量の水が洞窟を塞いだままで、洞窟外への救出方法や時期などの見通しは立っていない由。加えて現地は豪雨に度々見舞われる雨期に入っており、浸水が更に酷くなる場合もあり救出の長期化が懸念される。

 

洞窟内の少年たち

(ネットより転用・加工)

 

   今やFIFAワールドカップと共に注目されるタムルアン洞窟があるチェンライを、筆者は2008年7月に訪れており、その時の模様を紹介しよう。

 

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 チェンライはタイの首都バンコクの北785kmほどに位置する、タイ最北部の中心都市で人口約10万人。かつて13世紀に栄えたラーンナー・タイ王国の都は現在もタイ最北の県都として発展し、北部観光の拠点として賑わいを見せる。ミャンマーやラオスとの国境に近い町々の入口に位置するため、少数民族が独特な風習を今も残すタイ北部観光のベースになっており、ヨーロッパなど欧米からの観光客が多いのに驚いた。

 

 ご多分にもれずこの町でもワットという寺が多いが、町の中心にあるエメラルド仏で有名なワット・プラケオや、14世紀創建の古いワット・プラ・シンよりも、郊外の新名所ワット・ロン・クンの方がずっと見応えがある。市内から南西14mにある寺は1997年の着工以来、いまだに完成していない(訪問当時)とかで、スペインはバルセロナのサグラダ・ファミリアのミニ版を思わせる。

 

          (ワット・ロン・クンと筆者)

 

 

 

        ワット・プラ・シン                    ワット・プラケオ

 

 チェンライ出身の仏教画家が設計した寺は純白のモダンな外観で、金ぴかの寺が圧倒的に多いタイではまさに異色だ。燃え盛る真っ白な火を彷彿させるような繊細で特徴的な屋根、本堂へと向かう橋のたもとにある手や足のオブジェ、他の寺とはひと味違う新時代的な本堂内部の仏像や仏画など、芸術と信仰が一緒になったような独創性溢れる白亜の寺院だ。
 

 古都のわりには見どころが多くない市内だが、タイの国民的英雄メンラーイの王像ポー・クン・メンライは見逃せないスポットである。ワット・プラ・シンから東へ徒歩約10分にあり、ラーンナー・タイ王国の建国者として現在も人々の信望を集める王像の周りには献花が絶えない。また夜のチェンライを楽しむなら、毎晩バスターミナル周辺で開かれるナイト

メンラーイの王像

バザールがイチ押しだ。山岳民族の民芸品などが売られているほか、野外のフードコートやライブステージもあり、深夜まで地元民や旅行者で賑わう。

 

 マニアックな旅人におススメしたいのが、チェンライ周辺に住む少数民族の村や集落だ。約35km北東にあるノンウェン村では女性はカブトのよう重い帽子を被って黒いミニスカートという姿のアカ族と、赤いモール襟が付いた厚手の濃紺の民族衣装を着用して頭には細かな刺繍入りの布を巻くヤオ族が住む。

 

         (少数民族と交流する筆者)

   

     アカ族          ヤオ族      パダウン・カレン族 

 

  また、チェンライから北西62kmのメ―サロンまで足を延ばすと、郊外のヤパ村で首長族のパダウン・カレン族が住む。元々彼らはミャンマーに居住する民族だが、約30年前の政府軍とカレン族の内戦から逃れてきた難民とされる。この村では女性は首が長いのが美人とされる異文化体験ができ、興味深々の世界が広がる。

 

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 イギリスなど外国からも救援隊が現地入りして懸命に救出を急ぐ一方、自己責任を云々する空気もあるようだ(特に我が国では)。しかし、タイでは自己責任など問う声は無いそうで、さすが寛容な微笑みの仏教国というお国柄の違いなのであろう。

 

後記

 8日から待望の救出が始まり、10日までに13人全員が洞窟内から脱出して病院に搬送された。6月23日に行方不明となってから18日目でに全員が奇跡の生還となった一方、救出作業していた元海軍特殊部隊員1人が洞窟内で死亡する犠牲者を出した。いずれ今回の救出劇は映画化されるであろう。今後とも注目したいものである(7月11日)。

 

                  ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇

 

 私ことワールド・トラベラーにはタイなどの少数民族に関する著書があり、ご関心ある方は是非ご購読下さい。

 

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| 世界の旅−アジア | 13:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
史上初の米朝首脳会談が開催されるシンガポールの今昔
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 筆者は1969年1月に旧ソ連を訪れて以来、半世紀近く世界を旅し見聞してきたが、この数十年で大変貌を遂げた都市(国家)が3つある。第一はドバイ、第二は上海、第三はシンガポールである。そのシンガポールだが、史上初の米朝首脳会談が開催される歴史的な場所になろうとしている。来る6月12日に、アメリカのトランプ大統領と金正恩朝鮮労働党委員長が会談するが、過日の南北首脳会談で合意した「板門店宣言」で明記された朝鮮半島の「完全な非核化」に向け、米朝が合意できるかが最大の焦点だ。また、北朝鮮お得意の揺さぶりも予想され、会談実現までの紆余曲折は不可避であろう。

 朝鮮戦争(1950〜1953年)や冷戦時代を通じて約70年にわたり敵対関係にあり、核問題などで対立してきただけに米朝両国の首脳による歴史的な会談となろう。件の板門店宣言には朝鮮戦争の終戦を年内に宣言することが盛り込まれており、米朝首脳が分断状態の続く朝鮮半島に平和をもたらす道筋を示すことができれば、日本を含む北東アジアはもちろん、世界の安全保障体制にとっても大きな転換点となり得よう。また、会談が成功裏に行われば、今年のノーベル平和賞の有力候補になるのではとの声も出ている様。

 

   

                      (ネットより転用・加工済み)

 

 さて、会談場所だが、当初はヨーロッパの都市、モンゴルの首都ウランバートル、板門店あたりも候補地になった様だが、結局シンガポールに落ち着いた。では、何故シンガポールが選ばれたのであろうか?実は北朝鮮とシンガポールは意外に共通点が多いのだ。例えば、金一族の世襲体制が続く前者に対し、後者もリー(李)ファミリーの実質的世襲が続く。また、両国は建国以来、一党優位政党制であり、北朝鮮は朝鮮労働党、シンガポールは人民行動党が議会議席の大多数を占める。

 何と言っても注目すべきは、両国は国交がある友好国であることだ。人権問題などを抱えタカ派的な北朝鮮に対し、民主的なハト派のイメージが強いシンガポール、対照的な一面もあるが・・・。また、カジノ経営者がトランプ大統領の支持者であることや、シンガポールの政治的な中立性が高いことも決め手になったのであろう。ドバイと共に世界的な都市国家になったシンガポールを、筆者は1977年7月の初訪以降11回も訪れている。この40年ほどで様変わりしたシンガポールの今昔を紹介する。

 

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 商社マンとして1974〜1977年に駐在したクウェート勤務を終え、家族と共に帰国途中で立ち寄ったのが最初のシンガポール訪問だ。その後1979〜1984年にジャカルタに駐在時代は、飛行機で1時間半と近いため8回も出かけるほど虜になった。シンガポール最大の魅力はクリーンな「ガーデン・シティ」と呼ばれるほど緑が豊かで、中国系・マレー系・インド系の人々が絶妙に融合する多民族国家であることだ。

 1980年代前半まではまだ古い建物がかなり残り、イギリス植民地であった香りが強く漂う街並みであった。日中は華僑系の取引先と厳しい商談を強いられたが、夜になれば彼らに招待されて大きなナイトクラブに行き歓待されものだ。そこで中国系の歌手が舞台で歌っていたのが大好きな歌謡曲「北国の春」で、外国生活が長い筆者も日本が恋しくなることが往々にしてあった。

 

 2003年11月には約20年ぶりに再訪したが、インド人街を除き再開発が進んで古い街並みが壊され、近代的な都市国家に変身していた。例えば、シンガポール随一の名物である上半身がライオンで下半身が魚のマーライオンは移転し、セントーサ島というレジャーアイランドも開発が随分進んでいた。しかし、昔は大賑わいであったタイガーバウムはハウパーヴィラと改名、すっかりさびれ閑古鳥が鳴いていた。2005年7月は2人の孫などと3世代の家族旅行でナイトサファリなど楽しんだが、シンガポールでの最高の思い出になった。

 

              −−− マーライオンの今昔 −−−

             ビフォー         アフター

 

 

 

1977年7月妻・長男・次男と  2005年7月次男夫婦、孫達と

(マーライオンを背にして) 

 

      −−− セントーサ島の今昔 −−− 

       ビフォー       アフター

 

   妻・長男・次男と       次男夫婦、孫達と

    

 目を見張るような変貌を痛感したのが、2014年4月の旅である。マーライオンがあるマリーナ・ベイ地区で、近未来的でユニークな建物が増えたことだ。その代表がマリーナ・ベイ・サンズである。2010年7月にオープンした総合リゾートホテルは高さ200m、57階建ての3つの塔が屋上で連結し、その屋上には世界一高いプールまである。2561室のホテルのほかに、世界最大のカジノ、広大なコンベンションセンターやショッピングモール、多数のレストランやカフェ、美術館ある。また、アイススケート場や水の都ベニスを彷彿させる室内運河まであり驚いた。

 さらに、ホテルの東側に離接するガーデンズ・バイ・ザ・ベイも驚きを禁じ得なかった。2012年6月に開業したシンガポール最大の植物園施設は、総面積110ヘクタールという広大な敷地を誇る。様々なアトラクションが充実した中でも、一押しのオススメはスーパーツリー・グローブである。高さが25〜50mもあるツリーは、養成植物やシダ類を含め200種、16万本以上の熱帯植物を外壁に巻いた高層庭園だ。18本あるツリーのうち2本のツリーは、全長128mの空中散策路で繋がり、ここからはフラワードームなど含めガーデン全体を見渡せ近未来的な不思議な景色を堪能することができる。

 

      −−− マリーナ・ベイ地区の今昔 −−−

 

      ビフォー            アフター

  

  1980年代    マリーナ・ベイ・サンズ  近未来的な高層庭園

 

 先日81歳になり、足腰の衰えが身に染みる。加えて妻の長期入院もあり、今では海外旅行も容易ではない。もし出かける機会があれば、再訪したい国としてアジアではシンガポールがその最右翼になろう。小さい都市国家ではあるが、旅人をタップリ魅了するものが多々あるからだ。

 

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 振り返れば国際的な約束事を何度も反故にしてきた北朝鮮のこと、たとえ世紀の首脳会談が破談!?になっても驚いてはなるまい。対するアメリカもトランプ大統領は名うてのビジネスマン、あわば良くばノーベル平和賞狙いの会談を一種のディール(取引)と見做している様でもある。6月12日まで気の許せない毎日になろう。
 

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| 世界の旅−アジア | 20:14 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
14年ぶり首相に返り咲くマハティール氏とマレーシアの旅(3)
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 昨日(5月9日)行われたマレーシア総選挙(連邦議会下院、定数222)は即日開票され、マハティール元首相(92歳)が率いる野党連合が過半数の113議席を獲得して勝利した。野党連合の首相候補であるマハティール氏自身も、クダ州ランカウイ選挙区で当選した。2004年以来の国政復帰を果たし、14年ぶりに首相に返り咲くことになる。今後の政権運営の課題は、蔓延する汚職撲滅などであろう。

 一方、ナジブ首相(64歳)が率いる与党連合は79議席にとどまり、1957年イギリスからの独立後、初の政権交代が実現する見通しである。ナジブ政権は2013年の前回総選挙後、政府系ファンド(1MDB)の巨額資金流用疑惑などが発覚した。選挙戦では堅調な高い経済成長率を政権の実績としてアピールしたものの、国民の不信を払拭できなかった様だ。

 

 マハティール氏は我が日本にとっても所縁のある親日家である。医師から政治家に転じ、1981年にマレーシアの第4代首相になった。欧米ではなく、日本の経済成長を見習おうとのルックイースト(東方)政策を唱え、22年もの長期に及ぶ強力な指導力により、マレーシアを飛躍的に増大させた功労者である。92歳で返り咲く同

氏は世界最高齢の首相にもなる。

 

 さて、イスラム教徒が多い点で似通っている隣国のインドネシアに駐在経験がある私ことワールド・トラベラーは、1978年11月にマレーシアを初訪問以降、2008年7月まで6回も同国を訪れている。同国の概要などに就いては、既に2015年6月7日付け幣ブログ『キナバルの地震と悲劇(?』、2017年2月15日付け『金正男氏が殺害されたマレーシアの旅(2)クアラルンプール編』などで紹介済みだ。今回はクアラルンプール以北の西マレーシア(マレー半島)に関し、旅の模様を詳述する。

 

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 先ず、マハティール氏の生誕地、アロースターから始めよう。首都クアラ・ルンプールの北西462km、タイと国境を接するケダー州の州都で人口約22万人。20世紀初めまでタイの勢力下にあり、同国文化の影響も受ける。最初に訪れたのがマハティール氏の生家で博物館になっている、ルマ・クラヒラン・マハティール・モハマドである。かって医師であった同氏の一生やマレー人の生活ぶりなどを物語る展示品を見学したが、生存中に博物館があるのは極めて珍しい。

 この町で最も目立つのが、「アロースターの宝石」と称えられるザヒール・モスクだ。1912年に完成したムガール様式のモスクは、南インドのヒンドゥー建築からも影響を受けている。黒っぽい3つの大きなドームに迫力と美しさがあり、マレーシアで最大級のイスラム建築と言われる。このモスクから町の象徴、アロー・スター・タワー が望め、その展望台から360度の市街地のパノラマが楽しめる。モスクでもうひとつ見逃せないのが、町の北外れのアル・ブカリ・モスクである。地元出身の大富豪が建てたモスクだが、そのドームは言葉を失うほど優美だ。

 

       −−− アロースター散策スナップ −−−

  

        ザヒール・モスク      マハティール博物館を訪れた

                     ワールド・トラベラー

 

 ペラ州の州都でクアラ・ルンプールの北205kmに位置するイポーは、人口70万人を超えるマレーシア第3の大都市だ。1930年代にスズ鉱山の町として発展したが、商社マンであった筆者が訪れた1978年頃は鉱山閉鎖により町は停滞し、「死んだ」都市として知られるほど静かであった。その後現代的な街への再開発が図られ、30年後に再訪した時には旧市街よりも新市街が拡大し活況を呈していた。見どころはスズ景気の名残りを今も留めるイポー鉄道駅である。1917年に建てられたコロニアル風とムーア風の建築様式が混在し、まるで宮殿のような堂々たる建物だ。

 町の周辺には洞窟寺院がいくつかあり、市内から6km北のペラ・トンでは40体ほど仏像が安置され、中でも高さ13m近い金色の仏陀坐像がひときわ目を引く。また、郊外ではイポーから北西約50kmのクアラ・カンサーが見逃せない。風光明媚なペラ川畔に建つウブディア・モスクは、1917年ペラのスルタンの命で建たられた。金色のタマネギ屋根のドームと、聳え立つ尖塔ミナレットが青い天空に鮮やかに映える。イポーから西北へ86kmにあるタイピンでは、元はスズ採鉱場であった人造湖のレイク・ガーデンが見逃せない。緑に包まれた中国的な情景は山水画を鑑賞するよう。

 

    

           イポー鉄道駅     クアラ・カンサーのウブディア・モスク
     

 南シナ海を挟んで今も大自然が残る東マレーシア(ボルネオ島)のサラワクやサバほどではないが、マレー―半島にも緑豊かな自然が残る。例えば、クアラ・ルンプールの北東220kmほどにあるタマン・ネガラ国立公園は、マレー半島中央部の東、パハン州・クランタン州・トレンガヌ州の3州にまたがる。面積4343k屬六獲県に匹敵する広大な自然公園で、1億3千万年前からという世界最古の熱帯雨林に覆われる。巨木が立ちはだかるグプラタン・パヤをトレッキングし、手付かずの自然が満喫できるクアラ・テンベリン〜クアラ・タハン間のテンベリン川ボート遊覧を楽しんだ。

 また、クアラ・ルンプールの北190km、マレー半島中央部の西にあるキャメロン・ハイランドは、マレーシア有数の高原避暑地である。平均標高は約1500mで、年間を通じ気温が20℃前後と涼しい。英国統治時代に国土調査官ウィリアム・キャメロンが開発し、紅茶生産が盛んである。タイガーバームに少し似たユニークなローズセンター、国蝶ラジャ・ブルックがいるバタフライ・ファーム、丘の上に建つ豪華な中国仏教寺院・サンポー寺院などを訪ねた。

 

  

   タマン・ネガラ国立公園のグプラタン   キャメロン・ハイランド

  ・パヤをトレッキングする筆者        紅茶畑が広がる

 

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 マハティール氏が92歳で首相にカムバックするとは、誠にご立派であり驚きでもある。一回り若い81歳で人生を諦めた感のある筆者にとっても、考えさせられる点が多々ある。この人には「老害」という言葉は無関係なのであろう。生涯首相であって欲しい御仁である。

 他方、茶坊主議員たちにヨイショされ、森加計問題などで相変わらず往生際の良くない疑惑だらけのどこかの国の首相には、一刻も早くご退場願いたいものである。賞味期限がとっくに過ぎているにも拘わらず居座るとは、国民の間にどんよりと漂う空気が読めない御仁の様だ。

 

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| 世界の旅−アジア | 11:41 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
南北会談で想起した23年前の板門店と拉致問題で無力な日本外交
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 昨日(4月27日)は朝からほぼ終日、ずっとテレビに釘付けになっていた。また、軍事境界線で両首脳が初めて握手した板門店(パンムンジョム)の中心にある、あの特徴的な青い外壁のプレハブの建物が懐かしくてならなかった。噛みつくだけで滅多に褒めないトランプ大統領が、珍しく韓国と北朝鮮による南北首脳会談を「歴史的だ」と高く評価する。

 6月上旬までに開催予定のトランプ大統領と金正恩朝鮮労働党委員長の米朝会談に先立ち、昨日韓国の文在寅大統領と金委員長は板門店の韓国側にある「平和の家」で11年ぶりの南北首脳会談を行った。会談を終えた両首脳は、朝鮮半島の完全な非核化実現や今年中に終戦宣言し平和体制を構築するなどを目標とした「板門店宣言」に署名した。

 

 

      平和の家        文在寅大統領と金正恩委員長

                   (ネットより転用・加工済み)

 

 一見極めて平和的で歴史的な会談のようだが、肝心の非核化につき具体策はなんら示されなかった。アメリカが直ちに完全な非核化を求めているのに対し、北朝鮮は段階的な非核化と共に既存の核を保有したいのが本心であろう。いずれにせよ、非核化に関する米朝間の同床異夢の決着は来る米朝会談に委ねられた形である。予測不可能なトランプ氏だけに、どんなハプニングがあっても驚いてはなるまい。例えば、米朝会談の開催場所がひょっとすれば、同じ場所、つまり板門店になるかも・・・。

 他方、安倍晋三首相が過日わざわざアメリカへ出向きゴルフまで付き合ってトランプ大統領にお願いし、また南北会談前に電話で文大統領に要請した拉致問題は突っ込んだ話合いは無かったようである。拉致被害者の家族たちはきっと落胆したであろう。やはり2〜3流と揶揄される日本外交の無力を露呈した感じで、当事者意識が希薄な誠に情けないお話である。

 

 さて、筆者は今からちょうど23年前の1995年5月1日に北朝鮮側の板門店を訪れており、概要は2018年1月10日付け幣ブログ『平昌五輪に参加する北朝鮮の思惑』や2016年9月10日付けブログ一理がある(?)核実験とミサイル発射を止めない北朝鮮の旅』で紹介済みだ。今回は歴史的な会談が行われた板門店の北朝鮮側を詳述しよう。

 

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 朝鮮戦争(1950年6月25日〜1953年7月27日)後に北朝鮮と韓国の間には国境線はなく、あるのは1953年の休戦協定当時の戦線に基づく軍事境界線である。北緯38度線を挟み緩衝地帯である非武装地帯DMZは、境界線の南北2km、東西248kmに広がる。その総面積は905k屬發△蝓△修譴蝋畧邯の半分に相当する広さだ。さらに境界線の南5〜20kmには民間人の居住や出入りを制限する民間人統制線がある。

 平壌から車で約4時間、車窓からの風景をぼんやりと眺めながら板門店に向かった。田園地帯を通過し、山が近づいたり遠のいたりする。沿道では子供たちが牛にまたがって遊んでいたり、柴の束を背中に背負って山を下りてくる子供もいる。清らかな小川が畑の間を流れ、一昔前の日本の田舎を思い出させた。その鄙びた風景の中を、どこまでも一直線に道路が走っており、休憩所が1ヵ所あった以外は何もなかった。

 

   軍事境界線に近付くにつれ緊張感が走ったが、板門店に入る手前で「朝鮮は一つ」の看板(右写真)を見かけてホッとした。やがて入口ゲートに到着した。建物内には売店のほかに、停戦ラインの歴史などを説明するパネルがあった。板門店は休戦協定締結後に国連軍と北朝鮮軍の共同警備区域JASとして決められ

、四方が800mもない狭い空間で、北朝鮮・韓国双方の行政管轄権の外にある特殊な地域である。その後いよいよ板門店の敷地内に入った。

 

   

      板門閣(韓国側より)        板門店と韓国側を俯瞰

                       (板門閣より)

 

 先ず板門閣で国連軍所属の旧会議場に通されて説明を受けた後、板門閣の展望台に上り南の韓国側を一望した。展望台からは起伏の大きな丘陵地帯が一望でき、平和な風景が広がっていた。次に歴史的なスポットである停戦協定調印場に向かい、場内のテーブルの上には北朝鮮と国連の旗が立てられていた。また近くの停戦会議場に寄った後、いよいよ板門店の中心にある青い外壁のプレハブの建物に入り、軍事停戦委員会本会議場に案内された。会議場の中心にはテーブルがあり、そこに置かれたマイクのケーブルも軍事境界線を示すように配線されていた。

 

  

軍事停戦委員会本会議場を背にする   停戦委員会本会議場内部

筆者(南北首脳はこの後ろで初握手)

 

  

  停戦協定調印場で北朝鮮兵士と     停戦会議場前での筆者

 

 会議場内では北朝鮮・韓国双方から訪れた見学者が境界線を越えることが認められ、意外なほど平和なムードが漂い緊張感は全く感じなかった。因みに、国連軍は、主力の韓国やアメリカのほかに、イギリス、フランス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、ギリシャ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、コロンビア、トルコ、タイ、フィリピン、エチオピア、南アフリカの17か国から成る。

 

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 北朝鮮の非核化が実現すれば、この交渉に携わるトランプ大統領、文在寅大統領と金正恩金委員長辺りが今年のノーベル賞になるのではとの噂も出ているらしい。吉と出るか凶と出るか未だ分からないのに、誠に気の早い話である。因みに、ノーベル平和賞を受賞したにも拘わらず、なんら解決されていないのがイスラエルvsパレスチナ問題である。実力(実績)が伴わない人気(話題)先行のノーベル賞は、果たして如何なものか?

 一方、蚊帳の外に置かれた感じの我が日本にとり、懸案の拉致問題はアメリカや韓国などの他国頼みに依存するような能天気では根本的な解決にならない。金太郎飴の如く制裁や圧力の継続を遠吠えするのではなく、北朝鮮が真に欲しがる経済援助などにつきズバリ実利的な突っ込んだ交渉が望まれよう。トランプ大統領が持つようなビジネスセンスが、無力な日本外交に必要であろう。拉致被害者の家族の高齢化を考えると、一刻の猶予も許されまい。

 

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| 世界の旅−アジア | 18:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
政治混乱が続く『インド洋の真珠』モルディブの旅
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 例年になく寒かった今年の冬も間もなく終わりそうで、春の到来を告げる日差しが眩い。我が家(マンション)のルーフバルコニーにある梅も漸く開花し、その脇にあるストックも咲き乱れ、早春に華を添える。

 日本選手団の大活躍により国中が湧き、北朝鮮も参加するなど何かと話題の多かった平昌オリンピックも無事終わった。だが、この間も世界では大国が関与する内戦や紛争が続いている。ごく最近ではモルディブがある。

 

 

                   梅              ストック

 

 インド洋に浮かぶ小さいが美しい島国モルディブの政治混乱が、中國とインドの両大国を巻き込み波紋を広げている。野党側はインドに軍事行使を含む支援を呼びかけるのに対し、ヤーミン大統領の政権側は援助を頼る中国に特使を派遣し支持を訴える。人口わずか40万人と小国ながらインド洋屈指のリゾートアイランドの政局不安は、対抗する2大国を後ろ盾にして一触即発の恐れが懸念される。

 具体的には野党指導者のナシード元大統領が「中国により土地が収奪されている」と批判する。その理由は不透明な土地取引が行われ、投資には高額の金利が課され、いずれモルディブは返済に窮するとの主張である。野党指導者のナシード元大統領は、メディアとのインタビューで、「中国のモルディブでのプロジェクトは土地の収奪だ」などと主張する。   


 野党側が根拠にするのが、スリランカ南部ハンバントタ港の事例である。中国の出資で港湾設備が建設されたが、スリランカは巨額の金利返済に苦しみ、最終的に2017年末に99年間の長期リースの形で中国側に明け渡すことになった。援助を受けていたはずが奪い取られた格好なのだ。ナシード氏は中国のやり方は「債務のわなだ」と主張し、憲法を改正して外国人への土地販売を容認したヤミーン大統領に対し批判を強めている。
 最高裁によるナシード氏ら政治犯9人の釈放命令に端を発したモルディブの混乱を巡り、ヤミーン氏は2月5日に発令した15日間の非常事態宣言をさらに30日間延長することを決定した。中国に頼ろうとするヤミーン大統領の政権側と、インドに助けを求めるナシード元大統領の野党側の両者だが、両大国を巻き込みながら与野党の対立は深まる一方だ。さて、今回の政治混乱の舞台モルディブは1999年12月に旅しており、その概要を紹介しよう。

 

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 スリランカの南西沖合い675kmの洋上に浮かび、美しいサンゴ礁に囲まれた赤道直下のモルディブは、26のアトール(環礁、日本の都道府県に相当)と1196の島々から成る。南北約900km、東西約150kmに散らばるが、人が住む島は200ほどだ。その多くは、島を一周するのに数分から数十分程度ですむ小さな島ばかりである。

 空港があるのはフルル島で、到着すると直ぐにスピードボートで宿泊するパラダイス・アイランド という島に向かった。15分ほどで島に着き、パラダイス・アイランド・リゾートで旅装を解いた。島の周りは美しく魚が泳いでいるのがよく見えるが、遠浅でサンゴの砂のビーチであるので水泳やスノーケリングに最適ではなく、見どころはあまり無い。

 

  

  フルル島を俯瞰  パラダイス・アイランド パラダイス・アイランド

              で泳ぐ筆者        ・リゾート

 

 このため観光はマーレ島にある首都マーレになり、ボートに乗ること20分で着いた。マーレの町の中心は島の北側である。島に上陸するとサガレ・パークがあり、公園を南下すると近代的な装いのイスラミック・センターがある。モルディブはイスラム教徒が多く、マーレでは最も重要な場所である。ここから300mほど東へ行くと、モルディブ最古の建物である金曜モスク、クルミスキー・モスクがある。

 1656年に建立されたモスクの内外にはアラビア文字と装飾的な模様が非常に複雑に彫刻されており、サンゴ礁を積み上げて建てたモルディブ独特の伝統建築は興味深い。また、モスクの横には古い墓石がいくつも並んでおり、丸いカーブをした墓石は男性用、とがった形の墓石は女性用とのこと。このモスクから歩いて約10分、海岸通りボドゥタクルファヌ・マグに面する魚市場は、活気がある上に珍しい魚も見られ面白い。

 

    

  マーレ島を俯瞰  イスラミック・センター   クルミスキー・モスクを

                         を訪ねた筆者

 

 因みに、モルディブでは一つの島は一つの役割しか持ってない。例えば、飛行場の島(フルレ島)や町だけの島(マーレ島)のほかに、マグロ缶詰工場の島、スイカ畑の島、洋服工場、金・銀細工を作る島など。ホテルの島にはホテルしかなく、1島1ホテルである。要するに、モルディブ滞在を楽しむ最大のポイントは、島選びが決め手になろう。

 

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 今も続くシリア内戦はアメリカ vs ロシア、シリアから遠からずのイエメン内戦はサウジアラビア vs イランなど、大国間の代理戦争になっているのが実情である。いつも犠牲になるのは市民や子供たちであり、根本的な解決のために動こうとしない国連の無力や形骸化を想うと、空しく悲しくもなる。

 

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| 世界の旅−アジア | 16:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
ロヒンギャ難民を取り巻くミャンマーとバングラデシュの少数民族
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  去る8月25日にミャンマー西部のラカイン州で、治安部隊がイスラム系の少数民族ロヒンギャの武装勢力に対する軍事作戦を開始以来、これまでに隣国のバングラデシュのコックスバザールなどに約41万人が避難している。ミャンマーから暴力を逃れるため仮設キャンプに身を寄せているが、モンスーンの豪雨による新たな苦難に見舞われている。難民は食料や水が不足し悲惨な生活を送っているが、追い打ちをかけるのが豪雨で避難地が沼地と化したことだ。

 この様な深刻な事態を受け、本日(9月19日)ミャンマーの国家顧問のアウン・サン・スー・チー氏が、” 私たちはミャンマーが宗教や民族、政治的思想で分断された国になることを望んでいない。 ”と演説した。さらに” 政府は解決に向け真摯に取り組んでいる ”と強調した上で、国連の調査を受け入れる用意があることを示唆した。しかし、軍に対する遠慮からであろうか、ロヒンギャ問題の根本的な解決に及び腰の感は否めない様だ。これではミャンマー民主化の旗手の看板を下ろさなければなるまい。

 

 もっとも難民や移民問題は、あの豊かな超大国アメリカでも若干似たような問題を抱えているから厄介だ。最近(9月5日)トランプ大統領は、オバマ前政権が導入した移民救済制度DACA(ダカ、幼少期にアメリカに到着した移民への執行延期措置)の廃止を打ち出した。幼少時に親に連れられアメリカにやって来たドリーマーと呼ばれる不法移民の若者約80万人が、6ヵ月以内に強制送還される恐れがある。この問題でも「アメリカ第一」が背景にあり、根が深い。

 

  

バングラデシュに避難 演説するスー・チー氏

 したロヒンギャ族

    (ネットより転用・加工済み)

 

 因みに、ミャンマーの民族問題に触れよう。世界有数の多民族国家である同国は、人口の7割近くの68%をビルマ族が占めるが、ほかにシャン族9%、カレン族7%、ラカイン族3.5%、ビルマ華人2.5%、モン族2%、カチン族1.5%、ビルマ印僑1.3%、その他5.2%(カヤー族やコーカン族など)など多数の少数民族がいる。

 少数民族で注目されるのはカレン族だ。ミャンマーの東部と南部から、タイの北西部にかけて居住する。総人口はおよそ400万人で、そのうちミャンマーは約350万人、タイは約40万人だ。独立闘争を行う彼らに対する政府の民族浄化は厳しく、隣国のタイに逃れたミャンマー難民は10万人ほどと言われる。いくつかのグループに分かれ、赤カレン、白カレン、黒カレンなどがある。過度な装飾をする首長族は赤カレンの一族で、筆者は2008年7月にタイ最北部で会ったことがある。

 

 次に近年、国際社会で話題になるのが無国籍のミャンマー難民、ロヒンギャ族だ。彼らはバングラデシュと国境を接するミャンマー西部のラカイン州で、100万人ほど住む。仏教徒が圧倒的に多いミャンマーでは少数のイスラム教徒で、バングラデシュの国語、ベンガル語の方言を話す。ミャンマーのほかに、バングラデシュに40万人、サウジアラビアに40万人、パキスタンに40万人、タイに10万人などが住み、総人口は200万人以上とか。

 ミャンマー独立後から彼らはロヒンギャ族と名乗っているが、国内ではバングラデシュからやって来た不法移民と見なされ、ミャンマー国籍も与えられていない。2012年以降はラカイン州で彼らとミャンマーでは多数派の仏教徒との対立が激化し、多くのロヒンギャ族が周辺国に船で漂着するなどしている。

 

 一方、バングラデシュの民族構成はベンガル人が大部分の98%を占め、残り2%は少数民族である。彼らはアディバシと呼ばれ、45民族の200万人ほどがいる。おもにミャンマーやインドと国境を接する北部の平野や、南東部に広がるチッタゴン丘陵地帯に住む。主な少数民族は、チャクマ族、マルマ族、トルプラ族、トンチョンギャ族などで、チャクマ族などは1999年12月のバングラデシュ旅行で出会ったことがある。

 

   

  首が長いのが美人の  首長族の少女と       チャクマ族の少女たち

   カレン族        仲良くの筆者

 

 ほかに、特筆すべき少数民族としては以前ミャンマーのアラカン州から逃れてきたロヒンギャ難民で、南東部のコックスバザール近くのキャンプに滞留している。ミャンマー政府が難民の帰還を拒否しているため、UNHCR国連難民高等弁務官事務所)はバングラデシュ国内での定住を提案している。

 因みに、筆者は1999年の旅でコックスバザールも訪れた。かつてはラカイン族が支配したアラカン王国の町であったが、18世紀末に英国の東インド会社のコックスがバザールを開いたので「コックス・バザール」と名付けされた。125kmもある世界最長の砂浜ロングビーチと、ラカイン族の仏教僧院であるアッガメダ仏教僧院が印象的であった。

 

          −−− コックスバザール3景 −−−

  

     ロングビーチ     ビーチを散策     アッガメダ仏教僧院

 

 ロヒンギャの容貌や宗教(イスラム教)などから、バングラデシュ系であることは明々白々であり、敬虔な仏教徒が多いミャンマーで住み付くのは少々無理があるのであろう。ロヒンギャ迫害に対する国際社会からの批判が高まるが、その矛先はノーベル平和賞受賞者のアウン・サン・スー・チー氏に向けられ、平和賞没収を呼びかける署名が進む。だが、彼らに対するミャンマー国民の反感は根強く、帰還を受け入れるか否かが難民問題解決の焦点の一つになろう。

 日本人という単一民族から構成される我が国から見れば、多数の少数民族を抱えた多民族国家(世界では意外に多い)ならではの悩みはピンと来ないし無関心にもなりがちだ。さりとて、無視したり、傍観するのは如何であろうか? 平和ボケしている我が国としても、ロヒンギャ難民問題で何か国際貢献できるものはないか、一考したいものである

 

    因みに、私ことワールドトラベラーには少数民族に関する次の著書があるので、ご関心ある方は是非ご愛読頂きたい。

世界を動かす少数民族』幻冬舎 1,350円+税 ※ロヒンギャ族やカレン族に就いても詳述しています。

 

  

 

 なお、幣著書のお買い求めは、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。

お問い合わせ:
世界の人形館 
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| 世界の旅−アジア | 20:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
大横綱、白鵬を育んだ草原の国モンゴルの旅(1)&子ども落語会
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 大相撲の第69代横綱、白鵬が昨日(7月21日)、名古屋場所で通算1048勝目を挙げ、元大関・魁皇の歴代最多記録を抜いて単独1位となった。魁皇の場合は場所数が140で1047勝であったが、白鵬はわずか98場所で最多記録を更新したのだから誠に立派と言う他ない。本名はムンフバティーン・ダワージャルガルと言い、モンゴルは首都ウランバートルの出身。だが、メディアのインタビューでも日本人並みの日本語を話し、考え方も相撲道に徹しシッカリしており参考になることが多々ある。

 通算勝利のほかに、数々の記録を持つレコードホルダーでもある。例えば、優勝回数38、横綱勝利760、幕内勝利954、全勝優勝13、横綱連続出場722など(7月21日現在)。この調子でいけば通算勝利は1500ぐらいまで伸びそうだし、他の記録も今後破られそうもない大記録ばかりだ。後は白鵬が日本国籍を取得するかが焦点だが、母国のモンゴルに住む家族が苦悩するであろう。特にかつてモンゴル相撲の大横綱でオリンピックの銀メダリストの父は、息子の国籍変更には反対とか。

 

        

   1048勝目を挙げた対高安戦     ウランバートルのスフバートル広場

   (ネットより転用・加工)       で見かけた白鵬の広告看板と筆者 

 

 2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控え、我が国のグロ−バル化が一層望まれる折柄、モンゴルなどの外国人力士が大活躍する大相撲の貢献度は大なるものがある。その先頭に立つのが白鵬だが、一方では横綱稀勢の里などの日本人力士の頑張りにも大いに期待したい。

 

 さて、筆者は1996年5月と2006年8月の2度、モンゴルを旅している。綿雲がぽっかりと浮かぶ真っ青な天空と見渡す限りの草原が見事に融合する大地、満天のスターダストの素晴らしさに息を呑んだ漆黒の草原の天空やゴビ砂漠の星空、草原の中に忽然と現れた豪華絢爛なチベット仏教寺院、伝統的な移動式住居・ゲルに招いてくれた親切な人々、哀愁と透明さがある音楽、豪華で重厚な民族衣装デールなどモンゴルならではの大自然、文化や民俗などを思う存分堪能した。

 一方では、市場経済化は進んだが社会保障が大幅に縮小されたため、首都のスラムに多数の遊牧民が流れ込み、貧富の格差拡大による治安悪化と犯罪増加、失業や離婚の多さ、国民所得が低いのに不釣合いな物価高など、深刻な社会問題が増えている。実際にモンゴル滞在中のわずか1週間ほどで、カメラ2台が盗まれたほかに2件の盗難未遂という信じられないようなショッキングな事件があった。白鵬の出身地ウランバートルを中心に、旅の概要を紹介しよう。

 

     ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆━…━☆━…━

 

 先ず1996年の最初の旅では、開港して間もない関西空港からモンゴル航空で中国の天津経由にてウランバートルに到着後、同地をベースにしてモンゴル各地を回った。まず空路で半砂漠が広がり「恐竜のふるさと」と言われる南ゴビのダランサドガドに飛んだが、滑走路も何もない空港に着陸してモンゴルは単に草原の国ではない事を学んだ。その夜は生まれて初めて移動式テント小屋のゲルに泊まって遊牧民気取りをし、砂丘や雪渓などを観光してウランバートルに引き返した。

 同地で半日観光後、陸路で西へ向かい、モンゴル名物の道なき道の未舗装の悪路を走った。ゲルに宿泊するツーリストキャンプがあるブルドで旅装を解き、同キャンプを基点にして旧モンゴル帝国の遺跡カラコルムや一般のゲルなどを訪れた後、また悪路を引き返してウランバートルに戻った。帰国のフライトは関西空港への直行便で、飛行時間は約3時間半で意外に近い国だと実感した。

 

    

 ブルド:ツーリスト    ブルド郊外:   カラコルム:エルデニ 

  キャンプのゲル    モンゴル馬に乗る ・ゾー寺院のゴルバンゾー


  2度目の旅は2006年。史上最大の帝国と言われるモンゴル帝国が建国されて800年の節目に、10年ぶりに再訪した。それは単なる物見遊山ではなく、1992年に社会主義を放棄して民主化と市場経済化を推進する現代モンゴルの国策の実情、特に変貌ぶりを見届けたいとの特別な目的を持った視察旅行でもあった。
   モンゴルとの国境に近い中国の東北部に位置する甘粛省や寧夏回族自治区を訪れた後、北京経由でウランバートルに着いた。到着後は同地をベースにして陸路および空路で各地を回り、ウランバートルはもちろん、モンゴル有数の保養地テルジ、同国第2の都市ダルハンと郊外の僧院、さらにカザフスタン国境に近い辺境地まで足を伸ばした。その間、今回の旅の主目的である建国800周年記念祭を見学したり、有名なチベット仏教寺院や景勝地などを訪れた。

 

   

  テレルジ:亀岩   ダルハン郊外:僧院      僧院近くの牧場

             アマルバヤスガラント


  さて、首都のウランバートルだが、上空から眺めると広大な草原の真ん中にポツンと浮かんでいる感じで東西に細長い街だ。市内の中心にあるスフバートル広場の中央にはモンゴル革命を指導した英雄・スフバートルの騎馬像が立つ。広場の周りには政府庁舎、市庁舎、証券取引所、オペラ劇場などが並び、ヨーロッパ風のオシャレな佇まいだ。2006年の旅では、この広場の南西にあるビルで白鵬をモデルにした大きな広告看板があった。白鵬が大関時代のことで、この頃から母国でも将来が期待されていたようだ。

 広場の北側にある自然史博物館では、モンゴルの鉱物や動植物に関する豊富な展示物があるが、目玉は何といっても恐竜タルボサウルスの骨格標本だ。また、広場の南1.5mにあるボグド・ハーン宮殿博物館は、1919年に造られた第8代活仏のボグド・ハーンの冬の宮殿。実は釘1本も使われていない木組み方式が見事な寺で、チベット仏教の曼荼羅や仏像などが展示されている。

 

 一方、人口集中が著しいウランバートルの急速な発展振りを確かめたいならスフバートル広場から南へ約4km行った丘のザイサン・トルゴイが一押し。丘の頂上には伝統的なモンゴルの灯「トルガ」と立派なモザイク壁画があり、頂上から市街地のパノラマが一望できて絶景だ。また南郊に広がるボグド・ハーン山国立公園内の特設会場では、建国800周年記念騎馬軍ショーが行われた。イベントのハイライトはモンゴル国防省の軍人で構成される騎馬軍団500騎による迫力あるスペクタクルショー。それは怒涛のごときスピードがあり、まさに圧巻で見応え十分であった。

 

 

ウランバートルのへそ   ウランバートル:ザイサン  ウランバートル郊外:建国

  スフバートル広場    ・トルゴイより市街地俯瞰  800周年記念騎馬軍ショー

 

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(追記)

 名古屋場所で優勝した白鵬は通算勝利数を1050、また優勝回数も39まで伸ばした。未来永劫に破られそうもない前人未到の大記録である。今後とも節制を続け、さらに記録更新を目指して頂きたい。

 

                                     ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

我孫子市「夏休み!子ども落語会」

 筆者の友人、著名なクロスステッチアーティストの星野真弓さんが主宰する「三月のひまわり」の協力により、我孫子市のアビスタホールで「夏休み!子ども落語会」が開催されます。講師として、女性真打の桂右團治師匠が子どもたちへ落語を披露します。入場料は無料で、親子で落語に親しむことも出来ます。なお、当日は落語会のほかに、16ミリアミメ映画会などもあります。奮ってご参加下さい。

●日時:8月2日(水)13:30〜(落語会は40分間の予定)

●場所:千葉県我孫子市生涯学習センター・アビスタ(我孫子市若松26ー4  Tel 03-7182-0515)

●主催:我孫子市教育委員会

 

  

                                       世界の人形館で桂右團治師匠(左から2番目)

                  を囲み、星野さん(右から2番目)らと歓談

 

(後記)

 こども落語会は多数の子供と若いママさんなどの参加があり、楽しく大盛況であった。子供たちは桂右團治師匠のユーモアたっぷりの落語に傾聴したほかに、舞台に上がって師匠の指導を受け、扇子と手ぬぐいを使う所作をして落語家気分に浸った。きっと夏休みの良き想い出になろう。

 落語会が終わった後、星野さんらの案内で桂右團治師匠はご丁寧にも筆者のプライベート・ミュージアム「世界の人形館」にお立ち寄り頂いた。世界の人形のほかに万華鏡、地球儀、世界の紙幣などを熱心に見学後、歓談のひと時を過ごした(上右の写真)。多謝!多謝!(8月2日)

 

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| 世界の旅−アジア | 10:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
緊迫する北朝鮮情勢と平壌の今昔
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 その後も北朝鮮の一触即発の挑発は止む気配が無く、朝鮮半島はもちろん我が日本でも緊張度が増す昨今である。特に去る4月25日に行われた金日成国家主席生誕105周年祝いを挟み、北朝鮮は(作為的に?)失敗したものの度々弾道ミサイルの発射を続ける。過日傘寿を迎えた筆者から見れば弱冠33歳は孫に等しいが、超大国の米国に臆することなく敢然と立ち向かう金正恩朝鮮労働党委員長の度胸には、むしろ畏敬の念すら持たざるを得ない。

 彼らのもっともな言い分として、最近では米韓合同軍事演習や米軍による韓国での弾道弾迎撃ミサイルシステム・THAAD配備などに対抗するためとする。国際社会では北朝鮮が悪者視されているようだが、果たして真相はそうであろうか?同国の後ろ盾になっている中国もさすがに手を焼いている模様だが、真意はそうであろうか?もし、中国が北朝鮮を見放せば、手ぐすねを引いて自陣に引き込もうとする抜け目ないパトロンがいるはずだ。例えば、ロシアのプーチン大統領である。

 

 過去の米国政権は北朝鮮問題につき、6者協議などのソフトな対話路線を採ってきた。しかし、核実験を繰り返し、ミサイルも米国本土まで飛ぶ恐れが出てきた。そこでトランプ米国大統領は従前の対話は失敗であったとし、「全ての選択肢がテーブル上にある」という転換をしようとしている。具体的には、北朝鮮の核・ミサイル施設への先制攻撃や金正恩政権崩壊が検討されているとか。また、米国は北朝鮮に大きな影響力を持つ中国の協力を期待するが、中国が真剣に取り組むか極めて疑問が残る。

 

           北朝鮮の弾道ミサイル射程図(韓国国防省資料等から) 

   

 

 昨日(5月1日)トランプ政権は発足後100日を迎えたが、大統領選で公約した案件がほとんど実現されていないのが現実のようだ。いわゆる、内政の失敗(と決めつけるのは早計だが)を外交で一気に挽回しようとするのであろうか?もし、米軍が先制攻撃すれば、北朝鮮は先ず韓国や日本にある米軍基地などに反撃するであろう。そうなれば多数の死傷者を出すのは不可避であり、米国も簡単に攻撃できず戦争に至らないであろう。楽観的な見方かも知れないが・・・。

 

 それにしても我が国の反応は些か過敏すぎるようだ。4月29日の北朝鮮ミサイル発射(失敗したが)後に東京の地下鉄などが一時運行を見合わせたが、一方では同時刻の韓国のソウルは普段通りで変わらなかったと聞く。また、米国は北朝鮮に圧力を強めるため、巨大な原子力空母カール・ビンソンを日本海に派遣したが、我が海上自衛隊は護衛艦「あしがら」と「さみだれ」を日米共同訓練と称して護衛させた。

 さらに昨日には安全保障関連法に基づく任務として米艦防護を行うため、海上自衛隊最大級のヘリコプター搭載型護衛艦「いずも」が横須賀基地を出港し米国の補給艦と合流した。昨年11月には南スーダン国連平和維持活動(PKO)に派遣された陸上自衛隊の部隊に駆け付け警護が付与されたのに続く実任務で、安保法に基づく自衛隊の活動がいよいよ本格化する。しかし、米国と北朝鮮との軍事的緊張が高まりつつあるだけに、米軍との一体化は北朝鮮の我が国への攻撃の懸念が一層強まったと言えよう。

 

 さて、物騒な事この上ない北朝鮮だが、今から22年前の1995年の今日、私ことワールド・トラベラーは同国に滞在していた。ちょうど訪問時に平壌で「平和のための国際スポーツ及び文化祭典」が開催され、アントニオ猪木が米国のレスラーとプロレスの試合をして祭典を盛り上げていた。

 その時の模様は2012年1月2日付け幣ブログ『北朝鮮−「社会主義の化石」国家への旅』で詳しく紹介済みである。あれから20年以上も経ち、テレビや新聞など報道される首都・平壌の変貌ぶり、つまりビフォーアフターなどに触れてみたい。

 

 先ず、空の玄関口だが、順安空港という空港が平壌市内から北に約24kmのところにある。しかし、それは驚くほど小さくて貧弱で、1本の滑走路と金日成の肖像画が掲げられたこじんまりとしたターミナルビルがあるだけ。これが一国を代表する国際空港かと目を疑いたくなるほどで、まるで地方空港のような佇まいであった。

 しかし、インターネットなどで調べると、現在は2本の滑走路を持つ立派な平壌国際空港になった。また、国内線と国際線の合計2つの新しいターミナルができ、2階建ての建物は明るく開放的な雰囲気である由。因みに、筆者がかつて降り立った1階建てが寂しかった旧ターミナルは、2011年まで利用されていた。

 

           −−− 平壌空港の今昔 −−−

  

       ビフォー            アフター 

 (1995年4月に訪れた筆者)

 

 さて、市内観光で最初に訪れたのが、都心を流れる大同江西岸の高台に位置する万寿台である。前年の1994年に死去した金日成主席の高さが33mもある堂々たる銅像が立ち、泣きながら献花する人々が絶えなかった。銅像の左右には2つの大記念碑、背景には革命伝統を象徴する白頭山壁画がある。その巨大な壁画(石モザイク)の幅は70m、高さは13m近い。

 一方、現在の万寿台は金日成主席の銅像の左に2011年に死去した息子の金正日総書記の銅像が立ち、親子2代の指導者像が並ぶ。因みに、革命の象徴とも言われる万寿台の付近には、立法機関である最高人民会議が開かれる万寿台議事堂、北朝鮮の芸術の中心地的存在である万寿台芸術劇場、千里馬(チョンリマ)銅像などがある。

 

              (万寿台の今昔)  

           

      ビフォー            アフター   

 

 一方、対岸にある大同江の東岸では、以前は北朝鮮の公式イデオロギーを表現するチュチェ(主体)思想塔以外に特筆すべき建物が無かった。しかし、近年は高層ビルが建ち並び、特に最近話題になっているのが、大同江沿いに建設された未来科学者通りの高層住宅群である。この超モダンなニュータウンには約4000所帯の住宅と150余りの商業施設が設けられ、国家の科学研究機関もあると言うから凄い。

 因みに、この通りの命名者は金正恩委員長自らであるとされ、北朝鮮当局は未来科学者通りの宣伝に余念がない。平壌市内の大学や科学技術研究機関の研究者が入居対象となっているが、彼らは引っ越しをためらっているらしい。理由は冬が寒くて不可欠の暖房設備がなく、温水も出ないという噂が広まっているためだ。さらに、53階建てのアパートがわずか1年で建てられたが、何か大事故が起きるのではないかと懸念の声も出ているとか。

 

         −−− 大同江沿いの今昔 −−−

   

                    ビフォー            アフター

 

 以上、平壌の変貌を簡単に紹介したが、全般的には筆者が訪れた22年前とあまり変わっていないようだ。最も変貌したのは、金正恩委員長により米国や中国が手を焼くほどの超危険な国家になったと言うことであろう。しかし、誰が北朝鮮をかくも変質させたのかにつき、誰も発言しない国際社会の摩訶不思議が気掛かりでならない。

 

             ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇     

 

 私ことワールド・トラベラーには北朝鮮に関する下記著書があり、ご関心ある方は是非ご愛読下さい。 

書名 出版社 定価 表紙

私はワールド・トラベラー 
世界257ヵ国・地域を

旅した男

文芸社    1,500円  

272の国と地域を制覇した

77歳のワールド・トラベラー

たった1人で紛争地を旅した 

幻冬舎 1,400円

 

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天皇、皇后両陛下ご訪問のベトナムの旅(1)−古都ハノイとフエ
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 世界で南米のチリに次ぎ、南北に細長い国はどこであろうか?それは東南アジアのベトナムであり、天皇、皇后両陛下が一昨日(2月28日)から3月5日までそのベトナムを初めて訪問中である。第二次世界大戦中は旧日本軍が同国を支配した歴史があり、その後の東西冷戦下では国交の無い時代もあったが、今は重要な友好国だ。両陛下はこの後タイに立ち寄り、昨年10月に死去したプミポン前国王の弔問をされる。

 今回の外国訪問は、天皇陛下の即位後20回目である。これで訪問先はアジアや欧米など36ヵ国になる。天皇、皇后両陛下の外国訪問は、政治的な交渉などを行う外交とは一線を画した純粋な国際親善活動と位置づけられ、各国の国民などとの交流を通じて友好関係を築く姿勢を一貫して来られた。最近話題の退位云々の件はさて置き、ご立派と言うほかない。

 

 S字状の天秤棒のような形をしたベトナムの国土面積は日本とほぼ同じだが、南北が実に2,300kmもある。東西は平均で300kmほどしかなく、最も狭い東西幅はわずか50kmに過ぎない。我々日本人にとっては、得意のゲリラ戦を武器にして超大国アメリカを苦しめたベトナム戦争や、豊かな稲作地帯が広がるお米の国というイメ

ハノイの国家主席府の歓迎式典

(ネットより転用・加工)

ージ以外は馴染みが薄いようである。

 

 因みに、1976年に南北ベトナムが統一後、同国は共産党を軸にした社会主義の政治体制を構築し、官僚主義的な分配経済を進めてきた。だが、10年間の社会主義体制下で新しい国づくりが進まず、1986年の第6回ベトナム共産党大会で ー匆饉腟創線の見直し ∋唆叛策の見直し 市場経済導入 す餾欟力への参加を進めるという4つのスローガンが決定され、「ドイモイ(刷新)」という言葉が作られた。

 ドイモイの特徴は、従来型の社会主義(マルクス・レーニン主義)を捨て、新しい国づくりの変化の模索を開始したことである。また、ドイモイ政策の目玉とも言えるのが計画経済から市場経済への転換だ。これによって国営や公営以外の私企業の存在を認めるだけでなく、私有財産についても一部認めることになった。これにより国民のやる気を大いに喚起し、ベトナム経済活性化の最大の原動力となっている。

 

 私ことワールド・トラベラーはベトナムの経済発展が目覚ましくなった1994年9月から2002年12月まで3度も訪れており、南北に細長いベトナム全土をほぼ周遊済みである。今回は両陛下が滞在する首都ハノイと古都フエを紹介する。南部にある同国最大の都市ホーチミンや、多様なベトナムを如実に物語るその他の地方、例えば古都ホイアン、天下の絶景ハロン湾などについては後日としたい。

 

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 ダイナミックなベトナム南部の大都市ホーチミンと対照的に、1760kmも北に位置するハノイは落ち着きのある古都で人口は約450万人。11〜13世紀の李朝の都になった街には、由緒ある寺も多い。ベトナム有数の川・ホン川(紅河)の右岸にあり、この川の近くにあるのがホアンキエム湖 で街のほぼ中心にある。度々ホン川の氾濫でできた湖は、かつて川とも繋がっていた。

 湖の北岸近くにある島では、18世紀に建てられた玉山祠が建っている。岸から赤く塗装された木製の太鼓橋・フク橋を渡ると、島に着く。そこでは文学の神スオン王や、13世紀モンゴルの侵略を撃退し活躍したチャンフンダオなどが祭られている。また、湖の中央に浮かぶ小島には亀の塔が建つ。湖の北側は古い家並みが続く旧市街になっており、一帯はハノイ36通りと呼ばれて様々な店が並ぶ。

  

     ホアンキエム湖       玉山祠       文廟前に立つ筆者

 

 ホアンキエム湖から西へ約2km行くと、1070年建立の文廟(孔子廟)がある。1076年には国内初の大学・国子監が敷地内に置かれ、王族と貴族の子弟や官僚が学んだ。学問にご利益のある場所として、観光客だけでなく多くのベトナム人が訪れる。必見はハノイの象徴の一つになっており、19世紀の阮(グエン)朝時代に出来た奎文閣の池の両側に、82の石碑がずらりと並ぶ。昔の官僚登用試験、科挙の合格者の名前と出身地が刻まれた石碑が、石造りの亀の上に乗っている。

 文廟から1kmほど北上すると、一柱寺がある。李王朝時代の11世紀に建てられた小さな寺は一本柱で支えられ、池に浮かぶ蓮の花のようと形容される。そのユニークな外観からフランス統治時代の建物と並び、ハノイを代表する歴史建造物として有名だ。李朝の王が世継ぎに恵まれていなかった頃、蓮の上で子供を抱いた観音菩薩の夢を見て待望の子供を授かったとされ、王が謝恩にと建てた由。子宝に恵まれるご利益を祈願する人々で賑わう。

 

  

   文廟の奎文閣       一柱寺    ホー・チ・ミン博物館 

 

 一柱寺の南側には、1990年に建てられたホー・チ・ミン博物館がある。ベトナム人指導者の故ホー・チ・ミン主席および外国の支配に抵抗するベトナムの革命闘争に捧げられた博物館で、主席の遺品や革命の歴史などを展示している。一方、北側には1975年に建てられたホー・チ・ミン廟がある。総大理石造りの堂々たる建物がひときわ目立ち、廟内には主席の遺体が安置されている。

 ほかに、ベトナム名物として有名なタンロン水上人形劇場が、ホアンキエム湖の玉山祠の近くにある。会場はホーチミンのような屋外ではなく屋内で、水をはったステージが設置され華やかなショーを堪能した。またグルメでは、ハノイが本場と言われるベトナム風うどんの米麺、フォーに舌鼓を打った。特に鶏がらスープに鶏肉が入ったフォーガーが格別に美味く、ハノイ滞在中は毎日食べたほどだ。

 

  

  ホー・チ・ミン廟     水上人形劇       フォーガー

 

 次にフエだが、ハノイの南およそ700kmにあり、ベトナム最後王朝、グエン朝(1802年〜1945年)の都であった。町はフォン川を挟んで北側の旧市街と南側の新市街に分かれるが、見どころは旧市街が多い。新市街から橋を渡って旧市街に入ると、先ず目に入るのが高さ約30mのフラッグタワーである。この後ろに阮(グエン)朝王宮があり、一辺が2.2kmの方形で、高さ6.6m、幅21mもある堅固な城壁に囲まれ、その外には濠が掘られている。

 先ず、入口になっている王宮門から入ると、右側にザーロン帝時代の1804年に造られた大砲がある。入門後すぐに門の上に上がり見渡すと王宮全体の概要が良く分かる。特に目立つのが正面にある大きな赤い屋根の大和殿で、中国の紫禁城を模しているが規模はずっと小さい。大和殿の左には、阮朝の菩提寺である顕臨閣がある。王宮の見学を終えてフォン川に架かるチャンティエン橋に向かうと、そばに賑わいを見せるドンバ市場がある。

 

       −− フエを散策するワールド・トラベラー −−

  

     阮朝王宮の王宮門     王宮門前       ウォック・ホック高校

 

 橋を渡って新市街に戻り訪れたのがホー・チ・ミンも通ったクオック・ホックという高校。男女の高校生たちに出会ったが、女性の制服はきれいなアオザイであった。古都の情緒を盛り上げるフォン川遊覧は、川の流れがゆったりとしているためか時が止まったかのような錯覚に陥った。この遊覧で見かけたのがティエンムー寺で、高さ21mほどの7層八角形の塔が川面に映す姿が美しい。ほかに、約4km南郊外には別荘風のトゥドゥック廟、12km南郊外には中国風のミンマン帝廟がある。

 古都フエで最も忘れ難いのは、フォンザンホテルのレストランで煌びやかな宮廷衣装を着て宮廷音楽を聴きながら、名物の宮廷料理を賞味したことだ。阮朝時代にタイムスリップしたかのような気分になった。阮朝時代の皇帝や皇族が食べていた料理は「宮廷料理」と呼ばれ、現在では高級料理の一つとしてベトナム人や外国人観光客から親しまれている。日本料理と似た点があり、見た目の飾りつけがポイントとされる。

 

  

フォン川とティエンムー寺  宮廷衣装を着る筆者  飾付が美しい宮廷料理 

 

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 天皇、皇后両陛下がご高齢だけに、旅の安寧を祈念するのみである。

 

 

                ◇◇◇ お知らせ ◇◇◇

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北朝鮮の政変−金正恩体制の崩壊近し!?
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 ひょっとすれば、今後どんでん返しがあるかも知れないミステリーな事件だ。まるでサスペンスドラマを観ているような想いである。この謎めいた事件については、既に2月15日付け幣ブログ「金正男氏が殺害されたマレーシアの旅(2)クアラルンプール編」で紹介済みだ。

 

 2月13日に北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長の異母兄である金正男(キム・ジョンナム)氏が、マレーシアのクアラルンプール空港で猛毒の神経剤VXで襲撃され殺害された。弟の金正恩氏の関与(と言うより指示)は99.999%の確率で間違いないであろう。組織ぐるみ、いや北朝鮮と言う国家ぐるみの非情な暗殺である。

 韓国・北朝鮮を問わず朝鮮半島では、今も長幼を重んじる儒教思想が根付いていると言われる。たとえ腹違いの兄弟とはいえ、また仮に兄が放蕩であったといえ、弟が敬うべき兄を葬り去るとは儒教社会ではあり得ない事なのであろう。恐ろしい暗殺事件と言える。

  現時点では故人の身元確認などにつき、北朝鮮側の妨害により確認されたことが未だ少なく、捜査は遅れ難航している。一方では、正男氏の腹部には刺青があるらしいが、公開された遺体には見当たらない。刺青の有無次第では、北朝鮮側が主張する別人(影武者)説が正しいことにもなり、マレーシア警察もDNA鑑定による身元確認を急いでいる。

遺体のみが真実を知る

(ネットより転用・加工)

 

 いずれにせよ、金正恩委員長にしてみれば、兄を抹殺する目的は一応達成したものの、想定外のこともあったようだ。例えば、北朝鮮の国内では無名に近いらしいが、国外では有名人である金正男氏の殺害事件の国際的な波紋である。暗殺の直接的な動機は脱北者による亡命政権樹立構想の阻止と、血統では「白頭」と言われる正統な直系の兄、正男氏への個人的な妬みであろうか。

 因みに、白頭とは北朝鮮と中国国境にまたがる標高2744mの火山・白頭山を指し、北朝鮮にとりシンボリックな「聖山」である。中国名は長白山といい、2009年6月に登ったことがある。底にあるカルデラ湖・天池が青く輝き、その神秘的な美しさは言葉を失うほど。南北約4.4km、東西約3.5kmの巨大な火山湖と、湖を取り囲む灰色の16の峰々とのコントラストが鮮やか。

 

 また、故金正日総書記と二番目の妻であった成薫琳の間に平壌で生まれた正男氏に対し、大阪生まれの在日朝鮮人二世で三番目の妻であった高英姫を母として生まれた弟の正恩氏の出生地は定かではないとのこと。実は大阪生まれの筆者の姓(高)が正恩氏の母と同じで、彼女が生活拠点とした大阪・鶴橋のコリアタウンへ若かりし10代の頃によく出かけたものだ。街角で見かけたあの小さな可愛い女の子が、今にして思えば高英姫であったかも・・・。

 

   

     金正男氏の正統な血統・白頭の    金正恩氏の母、高英姫が生まれ

    舞台・白頭山に抱かれた天池     育った大阪・鶴橋のコリアタウン

 

 一方、今まで金正男氏を保護下に置いて来たと言われる中国は、北朝鮮とマレーシア両国の友好国だけに板挟みになっているフシがある。特に、北朝鮮とは朝鮮戦争以来の「血の同盟」という特殊な友好関係があるほか、アメリカ軍が駐留する韓国との間にある緩衝地帯としての戦略的な価値がある。

 だが、近年の北朝鮮は中国の忠告や苦言を聞き入れず、核・ミサイル開発を続けるので黙認できない存在になりつつあるようだ。もし、今後も核実験などで北朝鮮の挑発が更にエスカレートするようであれば、彼らが金正恩を消して現在の独裁体制が崩壊することもあり得よう。

 

 金正恩政権は決して盤石ではない見方もあり、中国が本気で北朝鮮の政権交代を望めば可能であろう。その時期は意外に早く来るかも知れない。彼らの戦略目標はあくまで北朝鮮国家自体の維持であり、いずれ北朝鮮でクーデターが発生して内戦の末に新政権が発足するというシナリオも書いているのではなかろうか。我々が想像も付かないような政変が起きるのが、北朝鮮であり中国でもある。

 加えて国際的な圧力、例えば奇想天外なことを平然とやってのける米国のトランプ大統領による金正恩体制の転覆工作も、その選択肢の一つになるのでは・・・。また、伝統的な友好国だが不気味に沈黙するロシアも、策略家のプーチン大統領の動きが気になる次第である。

 

(後記)

●マレーシア警察は、殺害された遺体が金正男氏本人であることを確認した。今後は誰が遺体を引き取るのか、また北朝鮮が息子の金ハンソル氏を次のターゲットにするのか注目される。(3月9日)

●最終的に金正男氏の遺体は北朝鮮に引き渡しされ、暗殺事件は闇に葬り去られた形で収束しそうである。(3月30日)

 

                ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇ 

 

 北朝鮮を訪問したことがある筆者(ペンネーム:高 やすはる)には、北朝鮮に関する下記著書があります。ご興味があれば是非ご愛読ください。

 

   私はワールド・トラベラー      272の国と地域を制覇した77歳のワールド

     世界257ヵ国・地域を旅した男    ・トラベラーは たった1人で紛争地を旅した   

      文芸社 定価1,500円+税          幻冬舎  定価1,400円+税

  

 

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