世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
一国二制度が骨抜きにされた香港の今昔(2)
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 コロナ禍で世界が混乱するどさくさに紛れ込むように、「香港は死んだ」とか、「次の標的は台湾か」と言うような事態になった。一昨日(7月1日)は、香港返還23周年を迎えた。1997年のこの日に、英国の植民地であった香港は中国に返還された。中国として香港を英国から取り戻すことを決めたのは、1984年の中英共同声明。その後、1990年に香港特別行政区基本法が公布され、1997年の香港返還及び基本法施行と続き、一国二制度が正式にスタートした。しかし、1997年の返還から50年は一国二制度は変えないと言う中国の約束は、23年しか経たないのに、ものの見事に破られた。

 6月30日に開かれた中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会で、香港での反体制的な言動を厳重に取り締まる「香港国家安全維持法」が成立し、即刻施行されたのである。この国家安全法により香港の治安維持のために中国政府が直接介入することなり、50年間は高度な自治を認めると言う一国二制度が完全に骨抜きにされたのだ。開放的な自由をベースに長年繁栄を謳歌してきた香港だが、今後は特に経済への深刻な影響が懸念される。

 

 275ヵ国・地域を旅した私ことワールド・トラベラーは1970年10月の初訪以降6回も出張し、その後は旅行なども含め合計10度訪れている。また1977年7月にクウェート勤務から帰国途中、妻・長男・次男を帯同して訪れたことがある。今世紀に入り斯様に大変貌する香港につき、2019年6月9日付幣ブログ『一国二制度が骨抜きにされつつある香港の今昔(1)』で香港島側を紹介済みである。今回は大陸側の香港を詳述しよう。

 

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英国植民地時代(約50年前)

 中国名は彌敦道 ネイトントウというネイザン・ロードは香港随一の目抜き通りで、九竜 カウロンにある。尖沙咀 チャムシャツォイから旺角 ウォンコッまで南北に走る大通りでは、通りにせり出すような派手な看板が有名だ。尖沙咀の突き当りにはスターフェリー乗り場があり、対岸は香港島で情緒的風景が広がる。また、英国植民地の影響を受け、ロンドンで走っているような2階建てバスが香港でも見られた。ただし、本場のバスとの大きな相違点は、派手な色と漢字が入った車体であった。

 

        −−− スターフェリー乗り場 −−−

 

   対岸は香港島      長男・次男と共に

 

 一方、旺角から東方に向かうと、旧香港空港の啓徳空港 カイタックがあった。空港付近には多くの高層ビルが建ち、ビル内には商社マン時代に頻繁に訪れた縫製工場もあった。また、鉛筆のような高層ビルが林立する九龍の上空を飛行機がかすめるように離発着した古い啓徳空港は騒音問題などがあり、1998年7月にランタオ島に新しい空港がオープンし移転した。

 郊外は中国との国境に近い新界 サンカイの錦田 カムティンでは、のんびりした昔の中国ムードが溢れる田園地帯が広がっていた。道の両側には白油樹が立つ並木道を、天秤棒に鶏を入れた百姓たちが往来していた。そこは農耕する牛、道を横切るアヒルの群れなど、香港島や九竜にはないタイムスリップしたような別世界であった。

 

 

 ネイザン・ロード付近     啓徳空港近く

  

返還後(2004年)

 中国返還後に大きく変貌したのが、尖沙咀 チムシャツォイの南端にある海浜公園プロムナードである。ビクトリア湾と対岸の香港島がバッチリ展望でき、旧正月花火大会もここからの観覧が最高であった。ほかに見どころとしては、レンガ造りの旧九龍駅時計塔、スターフェリー乗り場、ビルが圧倒的に多い香港では正にオアシスで2つの噴水が美しい九龍公園などがあり、散策に絶好だ。

 香港随一の目抜き通りネイザン・ロードの佇まいは昔に比べてお洒落な感じになったが、派手な看板が目立つ雰囲気はあまり変わっていない。この通りの中ほどにある少々異様な建物が、イスラム教徒が信仰する九龍清真寺 カウロンチンチェンジー。お祈りの時間になると、多くのムスリムが礼拝に来る。このイスラム寺院から東へ向かうと、道教寺院の黄大仙廟 ウォンタイシンミウがある。香港の数ある道教寺院でも最も有名で、熱心な信者の参拝が絶えない。

 

 

 九龍半島の尖沙咀(手前)   旧九龍駅時計塔をバックに

   など俯瞰

 

 

ネイザン・ロードを     黄大仙廟

 散策する筆者

 

 郊外では、新界の高層アパートが建ち並ぶ沙田 シャティンの変わり様が人目を引いた。以前は数軒の家しか無かった寒村だったが、戦後大々的に埋め立てられ、高層アパート群の大団地に変わってしまったのだ。

 

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 早速、香港国家安全維持法の施行後の翌日(7月1日)、香港警察は香港独立を主張する抗議デモをした男女9人を逮捕した。今後は香港で逮捕された容疑者が中国本土で裁かれたり、或いは拘束されたりするかが焦点になろう。また、民主派団体が香港の将来を懸て相次いで解散する動きが見られ、民主活動家も香港を離れた。中国の強引なやり方に対し、欧米諸国が批判を強めており注目される。

 

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| 世界の旅ー中国など | 14:03 | comments(0) | - | - | - | ↑TOP
新型ウイルス肺炎の感染が拡大する武漢の旅
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 先月末から中国の湖北省武漢市で、新型コロナウイルスによる肺炎が集団発生している。この新型コロナウイルスの患者は中国で既に500人を超え、死者は17人(本日現在)になった。中国政府お得意の国家コン

武漢の海鮮卸売市場

(ネットより転用)

 

コントロールで過小報告され、実数は遥かに多いのでは?国外でも、タイ、日本、韓国、アメリカ、マカオで感染者が見つかっている。ちょうど30億人ほどが移動する、まるで民族の大移動のような感じの春節(中国の旧正月)と重なるだけに、死者や患者数が更に加速して大幅に増えることが懸念される。

 新型コロナウイルスではアナグマやタケネズミから人に感染し、さらに人から人へ感染したようだ。人への感染者が我が日本でも先週に確認されたことを受けて、政府は検疫所での健康状態確認という水際対策を徹底し、医療機関で感染が疑われる人が確認された際の検査を着実に運用するなどの対応方針を決定した。また、赤羽国交相は更なる感染拡大に備え、旅行会社や航空会社への迅速な情報提供に加え、空港や港湾施設での検疫が円滑に行われるよう水際対策の徹底を関係部署に指示した。

 

 さて、問題となっている武漢だが、1995年6月に長江の三峡下りクルーズに参加した際に訪れている。当時は三峡ダムが建設工事中であった。また、2009年6月にも再訪し、三国志で有名な古戦場などを回った。その時の模様を紹介しよう。

 

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 武漢は北京の南東約1200mに位置し、長江とその支流・漢江が交差する水の都である。湖北省の省都で人口約1100万人、中国では7番目の大都市だ。李白の詩で有名な街は、武漢三鎮と呼ばれる漢口・武昌・漢陽の3地区から成る。重慶、南京と共に中国三大釜戸と呼ばれるだけに、武漢に近くなると蒸し暑さを覚える。三峡下りクルーズも終わりに近づき見上げるような大きな橋、武漢長江大橋をくぐり抜けるといよいよ武漢に入る。

 

 

       三峡ダム       武漢長江大橋

 

 見どころは何と言っても、武漢随一の観光スポットと言われる長江の南岸側の武昌地区にある黄鶴楼である。創建は223年と古く、現在のものは1985年に再建された。高さは51m余もあり、その美しさは李白の漢詩などで知られ江南の三大名楼として有名だ。最

黄鶴楼公園

上階の5階まで昇ると、雄大な長江などを見下ろすことができる。また、黄鶴楼を中心に緑豊かな公園が広がり、園内を散策すると情緒たっぷりに浸れる。

 

    −−− 黄鶴楼 −−−

 

黄鶴楼前に立つ筆者

 

 この黄鶴楼から約6km南下すると、面積が73k屬發△蠱羚颪療垰堝發任郎蚤腓慮个箸気譴訶豸个ある。蓮の花が咲き乱れる美しい景観が広がる風景区になっており、桜の名所になっている東湖桜花園や植物園など様々な施設がある。ちなみに、武昌地区には湖北省レベルの役所が多く、省の政治の中心になっている。

 

        −−− 東湖−−−

 

               湖畔を散策する

 

 一方、全長が4408mもある斜張橋の武漢長江二橋を渡ると、対岸の漢口地区に入る。ホテルやレストランが多い商業地区が広がり、また武漢の市政府などがあり活況を呈する。因みに、コロナウイルスによる肺炎患者は、漢口地区の江漢区にある武漢華南海鮮批発市場(海鮮卸売市場)の関係者を中心に発生している。また漢口地区に近い漢陽区にある帰元禅寺は、17世紀中頃に創建された禅宗寺院。多数の経典を納めた蔵経閣、金色の500尊の羅漢像を安置する羅漢堂などが見もの。

 郊外は、武漢から南西100mほど、三国志で有名な赤壁の三国古戦場遊覧区が一押し。長江の畔にある広大なテーマパークで、入場門をくぐって南屏山や赤壁山の山道を進むこと約30分、パッと前方の視界が開ける。雄大な長江が滔々と流れ、長江の岸壁に「赤壁」と赤く刻まれた文字が見え赤壁山石刻と呼ばれる。ほかに名軍師・諸葛孔明が東南の風を呼び起こしたとされる拝風台、孔明が考え出したトリッキーな陣構えの諸葛亮八卦陣などが興味深い。

 

        −−− 三国古戦場遊覧区 −−−

 

  遊覧区のゲート付近 長江の岸壁に刻まれた「赤壁」

 

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 今回の新型コロナウイルスによる肺炎の集団発生が、アジアなどの限られた地域内で封じ込めることができれば上出来であろう。しかし、世界的な規模にまで拡大すれば、中国政府に対する非難が強まるのは勿論、習近平体制も脅かしかねないであろう。超大国となった中国の威信に賭けても、早期の終息が求められよう。

 

(後記)

●やっと1月31日に、WHO=世界保健機関は感染がほかの国でも拡大する恐れがあるとし、緊急事態宣言を出した。しかし、これまでに中国本土での感染者が1万4,380人となり、死者は300人を超えた。更に中国以外でも23ヵ国で感染者を出し、死者もフィリピンのセブ島で44歳の中国人男性が1日に死亡した。(2月1日)

武漢で確認された感染者は4万6452人と、中国全体の56%を占めた。死者は3869人で、全体の84%を占めた。しかし、4月8日には都市封鎖が解除され、4月26日までに新規患者がゼロになった。(4月27日)

 

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| 世界の旅ー中国など | 10:26 | comments(0) | - | - | - | ↑TOP
一国二制度が骨抜きにされつつある香港の今昔(1)
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 中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」の改正案に反対する大規模デモが香港で行われた。主催者発表では103万人が参加したが、2003年の「国家安全条例」案に反対した50万人規模のデモを大きく上回わる返還後最大となる。条例改正案に反対の声は、学生や労働者、実業界など香港社会の幅広い層に広がっている。今回の改正案が成立すれば、香港市民んはもちろん、香港に住んだり渡航した外国人や中国人までもが、中国側からの要請があれば本土に引き渡されることになる。そうなれば日本人旅行者も対象になり、他人事では済まされない。

 

   激しい反対運動など国内外で圧力が強まる中で、逃亡犯条例改正案は6月12日から立法会で審議が始まる予定。現立法会は親中派の体制派が優勢で、法案は月内(20日ごろ)に可決される見通しだ。因みに、デモ参加者は「中国共産党政府が香港政府に犯罪者を中国に送ることを命

大規模な抗議デモ  

(ネットより転用加工)    

じるのは、香港人にとって非常に恐ろしい」と語っている。今後しばらくは抗議活動を行うデモ隊と、現地警察の間で激しい衝突が続き、最悪は死者も出しかねない雰囲気のようである。

 

 1997年に英国から中国に返還された香港の地位は、当初の50年間は現況を維持するものであった。つまり、社会主義制度を導入せず、従来の資本主義制度や生活様式を保持した状態での「高度の自治」を認めるもの。しかし、返還後は2017年の香港行政長官選挙で普通選挙の採用を決定したが、中国の中央政府に反対する人物の立候補を実質的に排除するなど、徐々に一国二制度が骨抜きにされ崩壊しつつある。もっともこの制度は最終的には台湾統一を視野に入れて構想されただけに、歴史的背景などが異なる香港では無理があったのであろう。

 斯様に騒々しい香港だが、およそ半世紀前は「東洋の真珠」と称えられ、「100万ドルの夜景」は世界的に有名になった。また、当時は大陸側の九龍でビルの中に縫製工場があり、当時商社マン(三井物産)として大阪で繊維を担当していた筆者は1970年10月の初訪以降6回も出張した。その後は旅行なども含め合計10度訪れているほど、大好きなかつての英国植民地だ。1977年7月にはクウェート勤務から帰国の途中、家族(妻・長男・次男)で訪れた。今回は大陸側の対岸にあり、先述の大規模デモが行われた香港島を紹介しよう。

 

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●英国植民地時代(約50年前)

 香港島観光のハイライトは、標高が551mもある最高地点のビクトリアピーク。登山電車の山頂駅(標高389m)の前にある展望台から、対岸の九龍など大陸側を含め香港の全景を見下ろす事ができる。それは壮観で美しく、特に100万ドルの夜景は幻想的だ。

次に、島の西南岸にあるアバディーン(香港仔)は、島陰の入江に住む水上生活者蛋民の基地。香港の水上生活者の大部分がここに集まり、多数の小舟とジャンクがびっしりとひしめき合っていた。人気のフローティング・レストラン「ジャンボ」で、海鮮料理に舌鼓を打った。

 

   ビクトリアピーク展望台

  

友人と一緒の筆者(左)  展望台よりの俯瞰  タイガーバウム庭園

 

                               (アバディーン) 

   

 家族で訪れ、水上生活者が     ジャンボレストラン

  住む小舟を背にして

 

 最も印象的であったのがタイガーバウム庭園である。万能家庭常備薬「万金薬」で巨富を築いた胡文虎という実業家が、1935年に巨費を投じて造った別邸だ。丘の斜面を利用して造った庭園には、仏教の故事から取り入れた仏像・怪物・様々な姿態の裸女などが現れ、地獄極楽の絵巻的パノラマはすべて極彩色でグロテスク。だが、かつては香港観光の代表的スポットも19年前に閉園し、その後は香港政府の管理下に置かれている由で時の移ろいを痛感する。

 

●返還後(2004年)

 中国へ返還後に最も変貌したのが、香港島中央部の北岸に位置するワンチャイ(湾仔)。特にシーサイド・プロムナードは、中環の高層ビル、ビクトリア湾、九龍半島などすべてが近くに見える絶好のロケーションだ。国際的な見本市会場の香港会議展覧中心を取り囲むように海沿いに良く整備された広い遊歩道が付けられ、潮の香りがする心地良い海風に吹かれて最高の気分になる。また、このセンターの前には香港が中国に返還された時に式典が行われた金紫荊広場がある。金色の金紫荊(香港の象徴的な花ハナズオウ)が立ち、観光客の記念撮影ポイントになっている。

 

 

湾仔の香港会議展覧中心など俯瞰 シーサイド・プロムナードを

                   散策する筆者

 

  

   金紫荊広場に立つ金紫荊       レパルスベイ

 

  また、アバディーンは昔の漁村のイメージがほとんど残っておらず、情緒が消え失せていた。さらに、映画「慕情」の舞台になったレパルスベイ、スタンレー・マーケットとビーチ、ビジネスセンターの中環(セントラル)広場、香港島の北端・北角(ノースポント)なども昔の面影は無い。一方、島の西部にあるビクトリアピークの展望台からは、足元は中環(セントラル)の高層ビル群、その後ろに広がるビクトリア湾、遠くに対岸の九龍半島を眺望できる。昼も夜も出かけたが、香港を代表する近代的な佇まいは昔と変わらぬ魅力がある。

 

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 この20年ほどで経済的にも軍事的にも大発展した中国は、米国と貿易摩擦で激しく対立し、国内でも香港、新疆ウイグル自治区やチベットなどの諸問題を抱える内憂外患、多事多難の様である。21世紀の巨龍の動静が何かと気懸りな昨今だ。

 

後記

●抗議デモはその後も続き、最近は香港島の対岸、中国本土側にある九龍半島でも大規模な抗議デモが行われている。また、抗議のため自殺者も出ており、収束の目途が立ちそうもない(7月9日)。

●抗議デモなどの混乱は3カ月経っても続くため、香港政府は「逃亡犯条例」の改正案の廃案を発表した。だが、反対派の要求はほかにもあり、完全には終息していない(9月4日)。

 

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| 世界の旅ー中国など | 22:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
 南北首脳が登った白頭山(長白山)の想い出
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 韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領と北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が、9月18日から今年3回目の南北首脳会談を平壌で行った。同大統領は記者会見で、「アメリカが敵対関係を終わらせるなら、追加的な非核化措置を北朝鮮が取る用意があろう。」と強調した。また、寧辺のような重要な核施設を永久廃棄すると金正恩氏が表明したとの由。

 だが、北朝鮮通の専門家によれば、今回の会談も結局お祭り騒ぎに終始し、金正恩委員長は前向きに非核化を進めるというイメージを広める当初の目的を果たしたようだ。そればかりか、非核化にはアメリカが先に行動すればとの条件も付けており、下駄を預けられた格好の同国にしては今後は却って重荷になろう。やはり今回の会談も、北朝鮮に実を取られた格好のようだ。
白頭山を登山した両首脳(ネットより転用・加工)

 

 さて、最終日の昨20日両首脳は、朝鮮民族の発祥の地と呼ばれる白頭山 ペクトウサンに登った。中国と北朝鮮の国境にまたがってそびえ、中国名は長白山である。標高は2744mもあり、朝鮮半島では最高峰だ。両首脳は平壌から空路で白頭山近くの三池淵空港に向かい、車とケーブルカー

に乗り山頂付近にあるカルデラ湖「天池」に着いた。因みに、白頭山はかつての抗日パルチザン闘争を展開した金日成主席の秘密拠点とされ、金正日総書記もこの地で誕生したとして金ファミリーの直系系統は「白頭系統」と呼ばれる。そんな由緒ある聖山を私ことワールド・トラベラーは2009年6月に中国側から登っており、その登山の模様などを紹介しよう。

 

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 吉林省の東南部、延辺朝鮮族自治州安図県に位置する長白山 チャンパイシャン(北朝鮮名:白頭山)は休火山で、今回の旅で何度も見かけた鴨緑江や図們江などの源流である。アクセス方法はいくつかあるが、確実で日帰りできる延吉からのツアーを選んだ。延吉 イェンチーは北朝鮮との国境の町、丹東の北東およそ550kmに位置し、延辺朝鮮族自治州の州都である。

 人口約45万人で朝鮮族が多く、長白山観光の拠点で知られる。長白山は延吉の南やく西290kmほどに位置しており、登山する前日に市内を散策観光した。市内を流れる煙集河の畔には、カラフルで近代的なビルが建ち並び、とても北朝鮮国境に近い辺境の地とは思えない。また、延吉公園や青年湖公園などの公園も多く、内陸とは言え水と緑が豊かな情緒のある町である。

 

                           −−− 延吉 −−−

  

      煙集河     青年湖公園で遊ぶ筆者

 

 翌日は眠たい目を擦って早朝4時半にホテルを出発したが、あいにく雨が降っていた。ところが安図の町を通過して長白山自然保護区に入ると、幸運にも晴れ間が出てきた。午前10時ごろ山門に到着し、シャトルバスに乗り換えて3km南にある駐車場で降りた。その後また四輪駆動車に乗り換え、急カーブが連続する山道を一気に登って頂上近くの広い停車場に着いた。そこから天文峰の頂上を目指して登ること約30分、岩山の向こうの視界が急に開けた展望ポイントに着いた。

 滑り落ちはしないかと恐る恐る足元を見下ろすと、お目当ての天地が輝いていた。山頂に佇む南北約4.4km、東西約3.5km、面積10k屬曚匹竜霏腓淵ルデラ湖だ。湖水面の海抜は2194mもあり、最大水深は313mに達する。澄み切った無色透明の湖水は青く見え、湖を取り囲む灰色の16の峰々とのコントラストは息を呑むほど鮮やかで美しい。偶々晴天に恵まれたとは言え、時々霧や雲が立ち込めて幻想的な雰囲気を醸し出していた。対岸は勿論、神秘と謎の国、北朝鮮である。

 

     ーーー 長白山(白頭山)ーーー

  

      山門        天池を望む

 

  

  天池(対岸は北朝鮮)  天池を背にする筆者

 

 下山後は湖から流れ落ちた水が造り出す東北地方最大の滝、長白瀑布付近を散策したが、68mの落差はいささか物足りなさを感じた。やはりベネズエラのエンジェル・フォールやブラジル・アルゼンチンのイグアスの滝など、世界の大瀑布に見慣れているためかも知れない。この後は瀑布から800mほど下流の長白山温泉を訪れ、一風呂浴びて登山の疲れを癒した。

 

 

     長白瀑布       長白山温泉

 

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 金正恩委員長はなぜ文大統領を白頭山に誘ったのであろうか?実は国家プロジェクトとして、白頭山を含む日本海側地域を大々的に再開発する壮大な目論見があるようだ。多数の登山客が訪れる中国側に比べ北朝鮮側は整備されていないため、訪れる人たちはほとんどいないとか。もし、中国や韓国などから大勢の観光客が来れば、相当な外貨を稼げると皮算用しているようである。実際に白頭山の風光明媚さは、登山客を十分過ぎるほど魅了するものがあるからだ

 

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| 世界の旅ー中国など | 16:55 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
金正恩委員長の電撃訪中と国境の街・丹東の想い出
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 北朝鮮も参加した過日の平昌五輪のビフォーアフターが注視されているが、5月末までの実現を目指す米朝首脳会談に続くサプライズがあった。北朝鮮の金正恩北朝鮮労働党委員長が今月の25日から28日まで夫人と共に特別列車で中国を電撃訪問し、北京で習近平国家主席と会談したのだ。金正恩氏が2012年4月に北朝鮮のトップに就任後の初めての外遊で、同国の最高指導者が北京を訪問したのは父の金正日総書記以来で7年ぶりのこと。

 人民大会堂で行われた両首脳の会談では、中国と北朝鮮の伝統的な友好関係を継続することなどを確認したほか、来月の南北(韓国と北朝鮮)首脳会談、5月のアメリカと北朝鮮の首脳会談についても協議した由。また、金正恩氏は懸案の非核化に向け意欲を示したが、自らの安全保障と体制維持のために中国の後ろ盾を求めたのであろう。国際社会による圧力を切り崩すためにも、朝鮮戦争時に築いた血の同盟国・中国の協力が不可欠と計算したようだ。

 

   

 握手する習近平主席と金正恩委員長 丹東〜新義州に架かる中朝友誼橋を

                     渡る特別列車

           (ネットより転用・加工済み)

 

 中国は金正恩委員長の訪中で、朝鮮半島での影響力を発揮できる足場を固めることが出来たよう。また、アメリカのトランプ大統領が仕掛けた貿易戦争に対して中国が報復措置を取る中で、中国に北朝鮮が近寄ればアメリカに対する中国の立場が強くなるメリットがある。中国にとっても北朝鮮にとっても、今回の中朝首脳会談はウィン、ウィンをもたらしたと言えよう。また、金正恩委員長が基本的に非核化に同意しても、北朝鮮は決して核を放棄せず保有し続けるであろう。

 一方、ビジネスが好きなトランプ大統領は北朝鮮の非核化に合意したとの建前を取りながら、同国の核保有を実質的に容認する可能性が大である。そのために北朝鮮は国際原子力機関(IAEA)査察の受け入れが必要だが、この査察の期間は約10年と見込まれる。この間はアメリカは武力行使出来ず、金正恩体制は保証され安泰であろう。一方、圧力を続けることに固執する我が日本は、北朝鮮を巡る各国の動きから完全に取り残される恐れがある。本格的な経済支援が出来るのは、日本だと踏んでいる北朝鮮の胸算用を忘れてはなるまい。

 

  さて、金正恩氏が乗った豪華な特別列車は平壌を出発し、中朝国境の中国側の街、丹東や瀋陽などを経由して1300kmほど走行して北京に着いた。因みに、列車は「走る特急ホテル」とも言われ、防弾設備はもちろん、車内には豪華な応接室や最高級のベッドルームなどが設置されているという。アメリカの

 大統領専用機「エアフォースワン」の列車版と言えよう。その沿線の街々を私ことワールド・トラベラーは数度旅している。本ブログでは2009年6月に訪れた国境の街、丹東を紹介する。

 

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 謎めいた北朝鮮に最も近くて最大の都市と言えば、鴨緑江を挟んで北朝鮮と国境を接する丹東になろう。人口は約24万人で、その1割近くの約2万人が朝鮮族である。中国と北朝鮮国境にまたがる長白山の南麓で源を発する全長790kmの鴨緑江は、この国境都市で黄海に注ぐ。街のランドマークは何と言っても、鴨緑江に架かる2つの大橋である。中朝間の重要な物流ルートになっている全長946mの中朝友誼橋は、丹東と対岸の北朝鮮の新義州を結ぶ。

 

 

  鴨緑江に架かる中朝友誼橋    鴨緑江断橋のそばに立つ筆者

                    左の橋が中朝友誼橋

 

 金正恩北朝鮮労働党委員長を乗せた特別列車も、この橋をゆっくりと渡った。1931年に橋の建設が始まり、12年後に完成した橋には鉄道と道路の各1本が敷かれた。橋の中央が国境になっており、列車や車、人々の往来に利用されている。この橋の南側にあるもう1つの橋が、丹東随一の観光スポットになっている鴨緑江断橋である。橋の中央部が回転する珍しい橋であったが、朝鮮戦争で米軍の爆撃によって破壊された。橋が折れた地点まで歩いて行くと、北朝鮮にぐっと近付く。

 

 また対岸の北朝鮮側の町、新義州にさらに接近したいなら、断橋近くの川岸から出る遊覧船がおススメだ。高層ビルが多い丹東に比べ、対照的に高い建物が見当たらない新義州の様子を垣間見ることができ、両岸の経済格差が明白である。因みに、大橋を眺めるポイントはいくつかあるが、河畔にある鴨緑江公園がおススメだ。様々なオブジェや噴水などがあり、散策にも絶好である。

 ほかに丹東市内で見逃せないスポットとして、炭火焼のハマグリが美味かった屋台が並ぶ繁華街の七経街、街の北外れにあり頂上からは丹東の市街地が一望できる錦江山公園などがある

 

 

  鴨緑江断橋から丹東側を望む  鴨緑江の遊覧船から新義州を望む  

 

 郊外では、約20km北にある虎山の山麓にある虎山長城がイチ押しだ。明時代の1469年に築城が始まった長城は、2009年4月に総延長が8852kmと修正された万里の長城の東端と確認された。良く整備された立派な長城の頂からは北朝鮮がバッチリ見渡せ、なかなかの絶景であった。

 

 

     虎山長城の門       虎山長城内でのワールド・トラベラー

 

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 トランプ大統領と金正恩委員長の会談は予定通り5月末までに行われる見通しだが、もし一波乱があるとすれば「非核化」の定義につき両者の思惑違いがハッキリと露呈することであろう。最悪の場合は、決裂するかも知れない。

 他方、金太郎飴のように北朝鮮への圧力継続を声高に主張し続けるが、北朝鮮の変化自在の変わり身に覚束ないのは安倍政権。早急に森友文書改ざんのケジメを付け、長年懸案の拉致問題の早期解決を実現して欲しいものである。

 

(後記)

 トランプ大統領と金正恩委員長の米朝会談に先立ち、昨日韓国の文在寅大統領と金委員長は板門店で11年ぶりの南北首脳会談を行った。会談を終えた両首脳は、朝鮮半島の完全な非核化実現などを目標とした「板門店宣言」に署名した。一見歴史的な会談のようだが、肝心の非核化につき具体策は示されなかった。

 一方、残念ながら我が日本が期待した拉致問題は話し合われなかった様で、拉致被害者の会の関係者はきっと落胆したであろう。やはり2〜3流と揶揄される日本外交の無力を露呈した感じで、情けないお話で誠に遺憾である(4月28日)。

 

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| 世界の旅ー中国など | 17:37 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
中国共産党大会が開幕した北京の想い出
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 去る8日に本ブログを更新して2週間近く経ってしまった。少し更新の間隔を開けると、なかなかアップするための筆が進まず億劫になる。何故そうなったのであろうか?私事で恐縮ながら、実は80歳の人生で初めて手術(前立腺肥大)のため近々1週間ほど入院するからだ。加えて2年半近く妻が長期入院のため独居生活を送っており、種々準備のためブログまで手が回らない次第である。

 

 さて、本題に入ろう。3日前の18日に北京の人民大会堂で、5年ぶりに中国共産党第19回党大会が開幕した。習近平総書記(国家主席)が行った政治報告は3時間半近くの長きに及んだが、反腐敗闘争を通じて党内の権力基盤を固めてきた総書記の自信の表れとも言えそうだ。もっとも長時間にわたる報告に、壇上に並んだ党代表たちの中にはトイレに行ったりするためか中座したり、大きなあくびをしたりする御仁もいたようだ。

 同総書記は報告で「偉大」という言葉を75回使って大国化した強国・中国を自画自賛し、「夢」という言葉も28回使い中国が世界を主導する有望な未来像を描いてみせた。実際にこの5年間でGDP(国内総生産)は、54兆元(約918兆円)から80兆元(約1360兆円)と30%以上の大幅増になった。また、国際的な実績では、アジアインフラ投資銀行(AIIB)開業と壮大な「一帯一路」というシルクロード経済圏構想のスタートがある。

 

 

    中国共産党第19回党大会               一帯一路構想図

     (ネットより転用・加工)

 

 だが、中国共産党大会の裏側を覗けば、熾烈な権力闘争の場になっているとかで、習総書記は2期目の政権基盤を一層堅固にするため、存在感を誇示するような報告になった感は否めない。習氏は先達の毛沢東や小平越え、そして2期以上の長期政権を目論んでいるのであろうか?筆者はそんな舞台になった北京を、1993年9月に初訪問以降4回も訪れている。今や世界第二の超大国になった中国の首都の横顔を紹介しよう。

 

(後記)

 上記の中国共産党大会が昨日閉幕し、習近平総書記の政治理念が党規約に明記され、習一強体制を愈々確立した感がある。また、本日発表された新しい指導部の政治局常務委員(7人)、いわゆるチャイナセブンには、習総書記と李克強首相に加え60代の5氏が新たに選ばれた。しかし、5年後の最高指導者を明確にしないという慣例を破る人事となり、習政権の長期化を暗示しているようだ(10月25日)。

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 

 2008年に開催されたオリンピックを契機に、街では次々と大規模な開発が行われた。日々変貌を遂げる直轄市の人口は今や2100万人を超え、中国では上海に次ぐ第二のメガシティである。北京が都として歴史上に登場するのは約3000年前の周の時代で、以降は春秋戦国時代、秦・漢代、元代、明代、清代などの都として栄えてきた。それ故に長い歴史の中で築かれた貴重な文化遺産が、北京の大きな魅力と言えよう。

 

 首都の観光名所はいずれもスケールが大きいが、その筆頭が万里の長城である。その全長はなんと6,6350kmにも及び、月からでも見える唯一の建造物とされる。唐時代に北方騎馬民族の侵入を防ぐ目的で築いた城壁だが、実際に登ってみるとその壮大さが納得できる。北京付近では3ヵ所あるが、北70kmほどにある明代に築かれた八達嶺長城に登ったみた。登城口に着いて右側はなだらかで楽だが、階段が急勾配の左側を選んだ。北八楼からの景色は雄大で最高の気分に浸ったが、登城は思いの外きつかった。急勾配に加え向かい風が強く容易に前に進めず、息切れすることが度々であった。

 一方、慕田峪長城は北京市内から北東へ約73km、八達嶺の長城の東に位置し、緑豊かな山間にある。南北朝時代に建設されたが、明時代に造り直されたと言われる。1404年に関が設けられたので、慕田峪関と名付けられた。その後戦略的に重要なことから何度も修復され、慕田峪長城は明の長城の中で状態が良いものの一つとなっている。全長は2250mほどあり、谷底にある入口からルートは東西の2つに分かれる。低い地形の西ルートより、急坂だが見晴らしの良い東ルートを選び、上りも下りもロープウェイを利用した。

 

              −−− 八達嶺長城 −−−

  

  八達嶺長城を俯瞰    長城を登る筆者      慕田峪長城  

 

 次に、北京市内の中心にある故宮は紫禁城とも呼ばれ、1420年に建てられた中国三大建築のひとつと言われる。部屋数が9,000以上もある明・清朝時代の皇宮であり、大中華帝国の中心がそのまま故宮博物院となっている。収蔵する文化財は93万点余りもあり、超一級の宝物揃いである。外朝の中核の太和殿・中和殿・保和殿のほかに、神武門・乾清門・珍宝館・九龍壁などがあり、鮮やかなオレンジ色の瓦屋根が続き、その広大さに当時の皇帝の権力の大きさがうかがい知れる。

 故宮を出て南下すると外城壁があり、その正門が天安門である。国章にも描かれるほど中国のシンボルになっており、1949年10月1日に毛沢東はこの門の楼閣から中華人民共和国の成立を宣言した歴史的な場所として有名だ。この門から道路を挟んで対面にあるのが天安門広場である。南北880m、東西300mの大広場で、100万人とも言われる大規模集会が可能な世界最大級の広場だ。また、政治運動の中心地になり、あの1989年の天安門事件で一躍世界的になった。因みに、広場の西側には共産党大会などが行われる人民大会堂がある。

 

    −−− 北京観光を楽しむ私ことワールド・トラベラー −−−

  

 故宮の大和殿を背にして  天安門前に立つ     天安門広場で


 ほかに見逃せないスポットとして、 中国最大の祭祀施設である天檀、清代に建てられた北京で最大のチベット仏教寺院である雍和宮、北京の代表的な繁華街・王府井大街、故宮の北に位置するノスタルジックな鼓楼と鐘楼一帯、55もある中国の少数民族を学びたいなら一押しの中華民族園、西南50km郊外にある紀元前18000〜12000年の北京原人で有名な周口店猿人遺址、北京市の西南はずれにある日中戦争ゆかりの盧溝橋を是非お勧めしたい。

 

  

           天檀                           周口店猿人遺址                      盧溝橋    

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 

 冒頭に触れたように10日もすれば入院する予定につき、暫しブログはお休みとしたい。読者の皆さん!乞うご了承を。

 

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上野動物園パンダの赤ちゃんとパンダの故郷・四川省の旅
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 東京の上野動物園で生まれたジャイアントパンダ(以下パンダ)の赤ちゃん(メス)が、本日(7月12日)で1か月を迎えた。誕生時の体長は約14センチ、体重は約150グラムであったが、それぞれ約30センチ、1.1キロ以上となり特に体重は実に8倍も増えた。順調に成長すれば体長は約130センチ、体重は約100キロにもなろう。生まれた時は人間の手のひらに乗りそうな小さな体から想像できない、巨体に成長するとは驚くほかない。

 一方、生まれたばかりの頃はピンク色の皮膚が白い毛に覆われていたが、成長するに連れて目の周りや肩の辺りの皮膚がうっすらと黒くなってきた。そして1か月後には独特の白と黒の「パンダカラー」もハッキリしており、可愛いパンダらしくなってきた。東京都は今月28日から名前を公募する予定で、順調に育てば生後半年を迎える12月頃に母親のシンシンと共に公開される見通しだ。その公開が待ち遠しくてならない。

 

                             (成都パンダ教育研究基地で見かけたパンダたち)

  

 上野動物園の生後1か月  生後間もない赤ちゃん   仲睦まじい母子 

 の赤ちゃんパンダ

 

  ところで、パンダと言えば、中国である。1869年に欧米人としてパンダを初めて発見したのはフランス人宣教師で、中国の四川省西部で地元の猟師が持っていた白黒模様のパンダの毛皮であった。これが契機となり、その存在が世界で知られるようになった。体長は約120〜150センチ、体重はオスが約100〜150キロ、メスが約80〜120キロ。現在の生息地は四川省や陝西省の竹林で、頭数はわずかである。分類はクマ科に属し、中国語では大熊猫と呼ばれる。

 主食は竹のほかに、小型哺乳類、昆虫、魚、果物などを食べることもある。行動は基本的に単独で群れや家族をつくらず、他のクマ科動物と異なり冬眠しない。外見は愛らしいが、やはりクマ科動物として気性の荒い一面も持ち合わせ、動物園の飼育員や入園者が襲われる事件が発生している。因みに、レッサーパンダというもう一つのパンダがいるが、体長は約50〜60センチ、体重は5キロ前後とずっと小柄で、中国のほかにネパールやブータンなどに分布する。

 

 さて、私ことワールド・トラベラーはパンダの故郷と言われる四川省を2000年7月と2002年9月に旅し、2度もパンダの繁殖センターを訪れている。その時の模様と四川省の代表的な観光地を紹介しよう。

 

 中国政府はパンダを保護するため全国で40か所ほど保護区を設けており、四川省西北部のアバ・チベット族チャン族自治州にある臥龍自然保護区が最大のものである。筆者は面積が2000k屬發△詁永欷邏茲砲△臥龍パンダ保護研究センターを訪れ、パンダに直接触れあう機会があった。四川省の省都・成都の西133kmほど、車で3時間で着いたが、同センター内では30頭が飼育されていた。そのうちの1頭、生後8か月で体重が6kmほどのパンダを抱っこしたが、当時4歳の初孫をふと想起した。

 

   (臥龍パンダ保護研究センター)

  

パンダの飼育舎前の筆者     パンダを抱っこ    成都:武候祠の門

 

 成都市内の北外れにある成都パンダ教育研究基地も見学したが、ここではジャイアントパンダの繁殖・保護・研究などが行われている。特に、広大な敷地をパンダの生息地に模し、自然に近い環境でパンダの研究が行われている。生後間もない赤ちゃんパンダを見ることができたが、臥龍パンダ保護センターのように抱っこできず少々物足りなかった。因みに、成都で見逃せないのは、三国志時代の諸葛孔明や劉備玄徳が祀られている武候祠、唐の詩聖杜甫が住んでいた杜甫草堂であろう。

 

 チベットに近く、山が多い四川省には世界遺産に登録されている見どころが実に多い。その代表は成都の北およそ450kmに位置する九塞溝で、神話の世界が広がる仙境だ。標高約2000〜3100mの景観地区に大小の滝とコバルトブルーの湖沼群が点在し、その神秘美は筆舌に尽くしがたい。一方、九塞溝の約50km手前にあるのが黄龍で、トルコのパムッカレに似た階段状の石灰棚が人目を引く。平均海抜は3000mを越え、自然が造形した棚田のような風景が幻想的だ。

 

  

  九塞溝:諾日朗瀑布 九塞溝:神秘的な火花海 黄龍:棚田に似た石灰棚

 

 一方、成都から南西160kmほどにある標高3099mの峨眉山は、中国の仏教四大名山の一つに数えられる聖地である。古来より仙人が住んでいるとされ、山中に数多くの寺院がある。例えば、標高3077mの金頂にある華蔵寺と臥雲庵、白い巨象に乗った普賢菩薩像で知られる万年寺、最大規模の寺院・報国寺など。

  次に、南約170kmの楽山は世界最大という大仏の町で知られ、長江の支流・岷江沿いの岸壁に高さが71mもある石刻座仏がどっしりと座る。頭の直径が10mもあるほか、足の甲だけでも100人が座れる巨大さには驚きを禁じ得ない。 

 また、先述の臥龍をさらに西進して標高4523mの巴朗山峠を越えると、標高6250mの四姑娘山の麓の町、日隆に着いた。この辺りはチベット族が多く住んでおり、高山植物が咲き乱れる美しい渓谷の長坪溝や双橋溝などをハイキングした。

 

  

    峨眉山:金頂    楽山大仏:巨大な   四姑娘山を望む

              足の甲と筆者

 

(後記)

 去る6月12日に生まれた赤ちゃんパンダの名前は、香香(シャンシャン)に決まった。わずか150グラムであった体重も6キロを超え、よちよち歩きができるほど順調に成長している(9月26日)。

 

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G20サミットの舞台・杭州の旅
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 昨日(9月4日)夕、G20サミット2016が中国浙江省の省都、杭州で開幕した。我が安倍晋三首相やアメリカのオバマ大統領など主要20ヵ国の首脳らが世界経済などについて討議するが、国際社会の目を中国に向けさせて対外発言力を高めるようとするホスト国、中国の習近平国家主席の思惑と外交手腕が注目される。

 今回のG20サミットでは、中国をはじめとする新興国経済の減速、イギリスのEUからの離脱決定、各国で頻発するテロなど、世界経済の下ぶれリスクへの対応などが中心議題となる模様。最終日の5日に首脳宣言が採択されるが、いつもの通りのセレモニーでなければ良いが・・・。

 

 因みに、G20の構成国・地域は、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本、イタリア、カナダ、ロシア、中国、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカ、オーストラリア、韓国、インドネシア、サウジアラビア、トルコ、アルゼンチンの19ヵ国と欧州連合(EU)の1地域である。また、G20の国内総生産(GDP)は世界の約90%、貿易総額は同80%ほど、総人口は世界の約3分の2を占め圧倒的である。

 国の数ではわずか世界の10分の1に過ぎないが実質的に世界を牛耳るだけに、単なる仲良しクラブのおしゃべりに終わって欲しくないものだ。今後は世界の富の偏在や、持てる国と貧しい国の経済格差などにつき真摯な討議が望まれる。さもなければ、テロ、難民、タックスヘイブンなどの諸問題を根絶できず、机上の空論に終わろう。

 

    

      20ヵ国の首脳が一堂に揃う             首脳会議風景

                     (インターネットより転用・加工済み)

 

 今年のサミット直前でオヤッと思うような事があった。中国とアメリカが「パリ協定」を批准するとの発表だ。世界最大の温室効果ガスの排出国である中国は、地球温暖化対策を進める国際的枠組み「パリ協定」の批准を決め、中国でG20サミットが開かれるのに合わせて発表することで、責任ある大国としての実行力をアピールする狙いのようだ。

 この中国の動きにタイミングを合わせて同第2位のアメリカも批准することを決めたが、第3位のインドも前向きらしい。水面下で根回ししたであろう米中両国のしたたかな対応ぶりには、批准に慎重な第5位の我が国は一考を要しよう。年内の発効に向けて大きく前進しようとする折柄、この点でも稚拙と言わざるを得ない我が日本外交を憂う次第だ。

 

       ○*;;;:*○*:;;;:*○*:;;;:*○*:;;;:*○*:;;;:*○*:;;;:*○*:;;;:*○*:;;;:*○ 

 

 さて、このサミットの開催地、杭州は世界遺産にも登録されている西湖などを擁する中国有数の観光地である。筆者は香港・マカオや台湾を除き、20回も中国(本土)を訪れており、 杭州は大好きな町の一つだ。それは1997年9〜10月、ちょうど国慶節の連休の最中で、中国各地はどこも大混雑でちょっとした民族移動を思わせた。旅行の主目的は中国有数の観光名所として知られる幽玄美の黄山を登ることで、その時に立ち寄ったのが杭州である。中国六大古都の一つとして知られ、元代にこの地を訪れたマルコ・ポーロも「地上の楽園」と称えている。

 町のシンボルは、何と言っても西湖である。周囲が約15kmの風光明媚な湖は中国十大風景名勝の一つに数えられ、蘇東坡など多くの詩人によって詠われてきた。見逃せないスポットをいくつか紹介すると、先ず西湖遊覧の船に乗って必ず巡るのが三潭印月という島だ。島にはたくさんの池があり、九曲橋で結ばれている。西側の湖畔には、曲院風荷という蓮の花を観賞する名所があり、夏になると蓮の花が咲き乱れる。

 

                      −−− 西湖三景 −−−

  

   遊覧船が目立つ西湖     湖畔を散策する筆者    蓮が見事な曲院風荷

 

 杭州の市街地の南外れを流れるのが、銭塘江という大きな川である。この川の北岸沿いに、見たところ八角13層の塔のようだが、実際は八角7層であるのが不思議な高さ60mの六和塔がそびえる。この塔は海水の逆流による銭塘江の氾濫を鎮めるために建設されたもので、最上階に登れば眼下の西湖をはじめ、雄大な江南の景観が一望でき絶景だ。

 搭から下りて銭塘江の河口近くに行くと、実際に逆流を見ることができる。銭塘江は杭州湾に注ぎ、遠くは東シナ海や果ては日本に繋がる。午後2時過ぎに現地に着き待機していると、下流から上流に向かってほぼ横一線に白波を立てて押し寄せて来るではないか!上流から下流に向けて流れるのが川だと思っていただけに、その奇観は暫らく信じがたいものであった。

 

 ほかに、西湖の西側にある霊隠寺も忘れがたい。4世紀にインド僧により創建された中国禅宗十刹の一つで、全盛期には3000人を超す修業僧がいたとされる。また、この寺で見逃せないのが、岩山の飛来峰岸壁に彫られた様々な330体以上の石仏だ。

 

     

      銭塘江の逆流          六和塔         霊隠寺を参拝する

                                     ワールド・トラベラー

 

 麗しの古都、杭州を訪れてから早や19年が経つ。彼の地も随分変貌したようだ。例えば、2008年5月に開通した杭州湾に掛かる杭州湾海上大橋は、全長が約35.6kmもあり世界第3位の大橋とか。一方、西湖の佇まいは以前のままであろうか?色々確かめてみたいため再訪したいが、認知症で長く病床に伏す妻のことを想うとその気持ちも萎え切なくなる。

 

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 私ことワールド・トラベラーには中国旅行に関する下記著書があり、ご関心ある方は是非ご愛読下さい。 

 

書名 出版社 定価
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安全な旅は退屈だ!!

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| 世界の旅ー中国など | 13:01 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
台湾地震に想う「麗しの宝島」台湾の旅(その1)
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 我が国を追い抜いて世界第二位の経済大国になった中国の著しい台頭に比べ、近年の台湾の存在感は薄れる一方だ。そのような中で、二つの激震が走った。一つは1月16日の台湾総統選挙で独立志向の野党・民進党の蔡英文(ツァイ・インウェン)氏が当選し、8年ぶりの政権交代となった。しかも、総統に女性が当選するの初めてと画期的だ。それから3週間経ち春節が始まった一昨日(2月6日)、もう一つの本物の地震が発生した。
 震源地は台湾南部の高雄 カオシュンで、地震の規模はマグニチュード(M)6.4。地震の被害が最も大きかったのは、約100km北の台南(タイナン)市で震度5であった。地震の強さは格別と言いほどのものではなかったらしいが、違法建築の疑いがある16階建ての高層マンションが倒壊した。本日現在死者は40人を超え、ほかに百数十名の安否が分からない。がれきから何と一斗缶がのぞいており、天災というよりも人災の疑いがある。一刻も早い生存者の救出を祈念したい。

   
  
  多数の死者が出した台南の崩壊ビル       台南市の中心街を俯瞰
      (ネットより転用・加工)

 さて、かつては「麗しの宝島」とも呼ばれた台湾を2回に分けて紹介したい。今回は地震の被害があった台南をはじめとする台湾南部、正確には北緯23度
26分22秒
に位置する北回帰線の南側の旅を詳述する。
 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 
台湾は、1971年4月に初訪以降、6回も訪れている。
商社(三井物産)マンであった1970年代前半に、繊維関係の商用で3回出張、首都・台北などに滞在した。商談の傍ら郊外の観光地の北投(ペイトウ)などで遊んだ。 当時の台湾は、大陸から逃れてきた蒋介石が絶大なる権力を握ぎる国民党全盛時代であった。台北市内などには戦前の日本統治時代の建物が残っており、タクシーに乗ると運転手が日本の軍歌を歌ってくれるなど懐かしき良き時代であった。
 初めて台湾南部を訪れたのは1977年12月で、乳業メーカーの担当者と共に育児粉乳の売り込みで出張した。この時は台北をベースに車や鉄道を利用し、台湾をほぼ一周した。日中の商談のほかに、昼はゴルフ、夜は盛大な酒宴などと多忙な毎日であったが、今となれば懐かしき想い出ばかりである。2度目は2001年2月で、妻とツアーに参加した。24年ぶりの
ノスタルジックな再訪は、台湾をぐる〜り一周する「宝島」再発見の旅であった。数十年前に比べ工業国に大変貌するも、懐かしい夜店は相も変わらずでホッとした。

 今回の地震で被害の大きかった台南
17世紀から19世紀まで台湾の中心だった古都で、かつて清代には台湾鎮守府が置かれていた。現在の人口は約188万人だが、「台湾の京都」と呼ばれるだけにのんびりした佇まいの町である。見どころは先ず、楼閣の柱が赤いのが目立つ
赤嵌楼 チチェンロウだ。紅毛城とも呼ばれる楼は、1624年にオランダ人により植民地行政の中心として建てられた。熱帯のヤシの木とのコントラストが、異国情緒たっぷりだ。
 台湾各地にある
孔子廟 コンツミャオの中で最も古いのが台南にあり、全台主学とも称される。1665年の明時代に創立され、清末まで「台湾府儒学」という学問所として数多くの知識人を世に送り出した。騒がしい南門路から赤い壁に囲まれた廟に入ると、静寂感が漂い気分も和む。夜になれば、台湾料理の大きな屋台街、小北夜市 シャオペイイエシーがおすすめ。100以上もの店がずらりと並び、凄い呼び込みの声とこうこうと輝く灯りが印象的だ。

   
 
   台南:赤嵌楼を訪れた筆者と妻        台南:孔子廟

 高雄は台北に次ぐ台湾第二の大都市で、人口は約277万人。台湾一の工業都市であり、貨物取扱高では世界有数の港湾都市でもある。ビジネスの街にしては見どころが結構多い。街の北外れにある左営蓮池潭 ツオウインリェンチータンは淡水池で、2つの七重の塔、竜虎塔が浮かぶ。龍と虎の内部には仏教説話の壁画が描かれ興味深い。一方、市の中心から東北7kmにある澄清湖 トンチンフーは、面積が103haもある人口湖だ。湖畔には中国調の建造物があるほか、湖に曲橋が浮かぶように架かる。約7kmに及ぶ澄湖八景という湖畔巡りコースがあり、家族連れなどのハイキングがよく見受けられる。
 この街の夜市も有名だ。
六合夜市は高雄駅から徒歩10分ほどにあり、数百mに渡って屋台が並び深夜までにぎわう。台湾各地の小料理が食べられるが、衛生状態はあまり良くないそうである。夜景と言えば、標高365mの寿山公園 ショウシャンコンユアンが一押しだ。麓には動物園があり、中腹からの港の眺望が素晴らしい。ホテルは圓山大飯店 ユアンシャンターファンティエンが忘れがたい。豪華な5階建ての中国風建築の最高級ホテルは、澄清湖畔に建つだけに環境は抜群だ。

     −−   ワールド・トラベラーと妻との懐かしきツーショット −−

    
   高雄:六合夜市    高雄:竜虎塔   墾丁国家公園:ガランピ岬

 台湾で熱帯らしい最もトロピカルなムードが漂うのは、最南端の墾丁国家公園 ケンティンクォチャーコンユエン。ジャングルや熱帯植物に加え、美しいビーチが広がる。青い海に突き出た公園の最先端、ガランビ岬は、灯台を中心にバナナなどの熱帯植物が繁る。また、バシー海峡が望め、その先はフィリピンである。

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

  新聞やテレビは連日のごとく、16階建てビルの倒壊現場を報じる。だが、他の被災現場を報道されないので、いささか変だと思っていたら案の定である。ネットで次の様な書き込みを見かけた。その一部を紹介する。
 『
日本人のみなさんへ。台南地震へ募金なんかするより、台南人がもっと喜ぶ応援方法を台南在住のぼくは伝えたいだけど逆にマスコミがたった1つの崩壊したビルを写しまくり、日本の人たちが「東日本大震災で支援してくれた台湾人に募金を!」と叫ぶたびに、イメージとしては「今回の地震は東日本大震災クラスに大きい地震だ」という誤ったイメージが広がるのです。すると起こるのは何か?風評被害です。今回の地震の騒ぎを大きくすればするほど、台南に観光客は来なくなる・・・
 なるほど、ごもっともと思うお話である。外国生活が長く、世界を股にかけて旅してきた私こと
ワールド・トラベラーも上記のようなことは外地で往々にして経験した。現地ではそれほどでもないことが、日本では必要以上に大騒ぎにすることだ。特にメディアが大袈裟に報道するてめ、逆に現地のほうが迷惑する訳である。日本人として心すべきであろう。

(後記)
 2月13日に行方不明者の捜索を完了し、結局死者は合計116人(うち倒壊ビル関係は114人)、負傷者は550人であった。


           ◇◇◇ お知らせ ◇◇◇

        (ワールド・トラベラーの新刊書紹介)
           
世界を動かす少数民族


 超大国アメリカの真の実力者は誰?台頭著しい中国を支える東南アジア経済界の覇者は誰?イスラム国に敢然と立ち向かう勇者は誰?知られざる少数民族から現代世界の縮図と課題が克明に分かる。詳しくは近々発売の『世界を動かす少数民族(幻冬舎)』をご購読下さい。定価本体1,350円+税

       

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中国で頻発する暴動―新疆ウィグル自治区と山西省太原を旅して
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 最近また中国各地で気になる事件が頻発している。10日前の10月28日、北京市の天安門前に車が突入・炎上したが、「綿密に計画された組織的なテロ」と断定された。組織的とはウィグル族の独立を主張する「東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)」の指示があったとみられる。このウィグル族独立派は1930年から10年ほど独立目指した歴史があり、その後抑え込まれたが種火は消えていなかったようだ。
 この事件で5人が死亡し、日本人を含む38人が負傷した。事件後に5人の新疆・ウィグル自治区のウィグル族が拘束され、死亡した3人もウィグル族であった。容疑者の中で1人の戸籍は同自治区のルクチュンで、区都ウルムチの南東郊外にある人口が3万人ほどの町だ。去る6月28日に35人が死亡、25人が 負傷する衝突事件が起きるなど、この小さな町で暴力事件が頻発している。その背景には支配的な立場の漢族と、 先住のウイグル族など少数民族との対立が深刻化しているとか。

 この事件後10日も経たない昨日、11月6日に山西省の省都、太原市の中心部にある共産党委員会ビル前で連続爆発事件が発生。爆発と同時に白い煙が立ち上がり、現場からは鉄くぎや鋼鉄の玉が大量に見つかった。 地元メディアは「テロの疑い」と報じたが、犯行声明は出ておらず動機は不明だ。(その後、11月8日に太原市に住む41歳の男が拘束され、動機は個人的な不満らしい。)
 共産党の重要会議、第18期中央委員会第3回総会、いわゆる3中総会の開催を3日後に控え、事件の再発が習近平指導部に与えた衝撃は大きいようだ。「テロ」という情報が流れる一方、抑圧的な党・政府に対し、社会的な弱者の不満が爆発したとの観測も流れている。
 中国では官僚不正や土地強制収用に怒った庶民が、政府施設や路線バスで自爆する事件が増えている。石炭鉱業が盛んな山西省では、炭鉱の労働条件や経営などを巡るトラブルが多く、暴力事件に発展するケースが絶えないようだ。

 
私ことワールド・トラベラーは広大な中国を隈なく旅するため、20回も足を運んだ。1993年9月に初めて訪れた北京は、2009年9月までに4回も出かけた。大国たる中国の首都として、2006年にはオリンピックが開催され、日々変貌を続ける直轄市である。人口約1160万人で、文字通り中国の政治・文化の中心地として発展を遂げる大都市である。
 観光面でも見どころが満載で、そのハイライトが 数ある中国の城門を代表する天安門だ。この門の北奥には紫禁城とも呼ばれる故宮があり、この門は正門である。長安街という広い道路を挟んでこの門の対面には、広大な天安門広場がある。南北880m、東西300mもあり、世界最大級の広場だ。数々の歴史的な舞台になり、文化革命や1989年の天安門事件など政治運動の中心地となって来た。
 北京には他にも観光スポットが多々ある。例えば、この地球上で最大の人工建造物と言われる万里の長城、明の皇帝の陵墓群・明十三陵、中国最大の皇室庭園で四大名園のひとつ頤和園、五穀豊穣を祈願する天壇公園などだ。

  
   故宮の正門、天安門  八達嶺の万里の長城を   故宮前に達つ筆者
              登るワールド・トラベラー
 
 中国がさすがに広いと思ったのは、1995年9月に北京から西へおよそ3770kmにあるウルムチを旅した時であった。その昔は西域と呼ばれた新疆・ウィグル自治区の区都で、人口は150万人を超える大都市である。北京とは一応時差が無いが、実際には3時間あると考えて良い。飛行機なら正味2時間半はかかり、鉄道なら2泊3日になる。
 世界で最も内陸に位置する都市として知られるが、近年は石油開発の基地として大発展を遂げ、なかなか活気がある。人々の顔付きも漢族のそれとは異なり、トルコ系のウィグル族をはじめ、カザフ族や回族などのイスラム教徒が多い。男性はウィグル帽をかぶり、女性はカラフルなスカーフを着用し、本当にここは中国なのかと疑いたくなるほどエキゾチックだ。

 観光スポットは、市内では市民が憩う紅山公園、楼蘭の美女のミイラがある新彊ウイグル自治区博物館、賑わう繁華街のバザール(市場)などがある。郊外では、「中国のスイス」と称えられる山紫水明の景勝地・天地などが代表的。1998年6月に再訪した時はキルギスやタジキスタンとの国境に近いカシュガルとパミール高原の麓の町タシュクリガンを訪れた。この後に標高が5000m近いクンジュラブ峠を越え、パキスタンに入った。
 タクラマカン砂漠西端に位置し、中パ公路基点の町カシュガルは人口約40万人で、住民の8割はウィグル族だ。自治区最大のイスラム教寺院(モスク)エイティガール寺院、香妃墓とも呼ばれるアパク・ホージャ墓、中央アジア最大の定期市バザール、伝統工芸の工房が集まる職人街などが見逃せない。タシュクリガンは石頭城が有名である。

 3回目の訪問となった2002年6月は、ウルムチをベースに、時計の左回りするような感じでぐるっと1周した。ウルムチを出発後、カシュガルとパミール高原を経て西域南道を東進。美しい玉の産地として有名なホータンに寄った後、広大なタクラマカン砂漠を縦断する砂漠公路を北上した。クチャやコルラを経て南疆鉄道に乗りシルクロード遺跡の宝庫が多いトルファンまでの450kmは、雄大な天山山脈を車窓で眺める楽しい汽車の旅であった。
 この旅の大半は過酷な砂漠で7世紀に玄奘三蔵が経典を取りにインドへ旅した道と重なる。特にトルファンは遺跡の宝庫だ。例えば玄奘も滞在して仏教の講義をした高昌故城、高昌国住人の公共墓地であったアスターナ古墳、6〜14世紀に彫られた石窟寺院のベゼクリク仙仏洞、「西遊記」にも登場、岩肌が真っ赤に燃えている様に見える火焔山、漢代に車師前国の都として栄えた城址遺跡の交河故城など。

  
ウルムチ:郊外の天地で 美しいウィグル族女性 トルファン:交河故城
   馬上の世界の旅人               を観光する筆者
 
 2005年5月に訪れた山西省の省都、太原は北京の南西407kmに位置し、人口約320万人の大都会である。春秋時代には晋国の都が置かれ、麺類の里として知られる。街の見どころは  高さ55mある8角形の2つの塔と寺内の牡丹がつとに有名な双塔寺、宋代の侍女像がある聖母殿や年中休みなく水が湧き出る難老泉が名物の晋祠、郊外では中国を代表する楡次の大民居群・常家荘園、18世紀の豪商だった喬家の繁栄振りが偲ばれ映画「紅夢」のロケ地として有名な祁県の喬家大院がある。
 因みに、この旅では山西省をほぼ回った。雲崗の大石窟と巨大な炭鉱が同居する街・大同、中国四大仏教名山の一つ五台山、明代に築かれた大城壁がほぼ完全な形で保存されている中国唯一の町・平遥、中国第2の滝・壷口瀑布、中国最大規模の関帝廟がある解州など。

 特に良かったのは約1550年前に武周山断崖を切り開き築かれた雲崗石窟で、東西1kmに主なものだけでも53窟ある。見どころは石窟最大の高さ17mの仏像がある第5窟、釈迦牟尼の一生が描かれた第6窟、同石窟のシンボルと言われる露天大仏が鎮座する第20窟などである。インド的やガンダーラ的な仏の初々しい姿に、紛れも無く仏教が東進してきた事を実感する。
 五台山は最盛期の唐代には300余寺あったと言われ、今も47寺が現存する。五台山参拝には欠かせない古刹・顕通寺は、全山のお坊さんを集めて大法要が行われていたが、黄金色に輝く万仏銅殿がひときわ鮮やかであった。龍泉寺は108段の大理石階段を上ったところにある白い石碑坊が見事なほど精巧で、是非一見の価値がある。高さ18m近い千手観音像がある金閣寺では、雲に乗って空を飛んでいるような五百羅漢の懸像が非常にユニークだ。
 城内に一歩足を踏み入れた途端、明清の時代にタイムスリップしたような錯覚に陥るのが平遥だ。その様子を確かめるには、北門などの城壁の上(高さ8〜12m)を散策すると良い。中心地には2層3檐、高さ20mの壮麗な市楼があり、時を知らせた楼閣が往時の様子を伝えている。郊外では、生き生きとした彩像が1560余体並び「小敦煌」と称される双林寺、山西商人の富を誇示するかのように部屋数がなんと1052もある大邸宅建築群の王家大院が見逃せない。

  
 山西省:雲崗の大石窟  太原:爆発事件現場  平遥:大城壁に囲まれた
            (ネットより転用加工)  古都を散策する筆者

 他国の尺度で測れば、13.5億人の大人口の国なら3〜5あるいは10ぐらいに分裂し独立しても不自然ではなかろう。人権問題など欧米などから種々批判はあるものの、それが現在も一国として纏まっているのは、中国共産一党支配の魔法に負うところ大であろう。いつまで見事な現体制が続くのであろうか興味津々である。

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筆者(ペンネーム:高やすはる)が著した本が文芸社より発売されています。
 書名は「私はワールド・トラベラー 世界257ヵ国・地域を旅した男」、
  定価は本体1、500円+税。書店でお買い求め、又は注文できます。
  
また、アマゾンや楽天ブックスなどのインターネット・ショッピングもできます。
   なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合、常に在庫が十分あります
  世界の人形館(TEL:04−7184−4745 ) で確実にお買い求めできます。


 尚、本書は単なるトラベルガイドブックではありません。日本の将来を憂い、
 特に三流とも揶揄される日本外交に対し、ズバリ直球でもの申す本物志向
 の提言書でもあります。是非ともご愛読のほど宜しくお願いします。    

   
  
            表紙カバーと帯                 口絵

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