世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
講演会「イスラム世界に住み、働き、旅して41年」ー その(2)
9
             الله أكبر神アッラーは偉大なり)

 イスラムと縁ができて41年以上になるが、実のところ未だに分からない摩訶不思議が多々ある。ムスリム(イスラム教徒)ではないから、無理も無かろう。にも拘わらず何となく惹かれる魅惑的なものがあり、イスラムと運命的な一本の糸で結ばれているような一種の腐れ縁すら感じる。イスラム憎し、或は or  叩きの風潮が世界に蔓延しているだけに、可能なら庇ってやりたい心情にもなる。
 それにしても、イラクやシリアでスンニ派の超過激派組織「イスラム国」の台頭には驚きを禁じ得ない。格差社会などに不満を持つ欧米や中東の約80ヵ国の若者2万人ほどをリクルートして急成長、「カリフ制イスラム国家」なる急進的な宗教国家建設を目指しているようだ。今や自爆テロが珍しくないこの世界、半世紀近く前からかつて平和なイスラム社会を知る身だけに隔世の感がある。

  
さて、去る9月13日に千葉県・柏市でイスラムの講演をしたが、予期以上の大きな反響があり、正直なところ意外であった。加えて、その後イスラムの話を聴きたいとの講演依頼がいくつかあり、手応えも十分感じた結果に満足している。今回はその後半を以下紹介したい。
 因みに、前回のあらましは、はじめに、
最近の海外旅行&今まで訪れた国・地域の数、イスラムとは、イスラム教関連の略史、イスラム教の特徴、世界のイスラム人口、スンニとシーア派、五行六信、礼拝、断食、巡礼、喜捨、信仰告白などであった。


                  −−− 講演会風景 −−−
  
 ほぼ満員になった会場      バティック姿で講演の    世界の人形館ファンの星野
                      ワールド・トラベラー  
さん
母娘(両端)も聴講

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
       
     
ギネス級の272ヵ国・地域を訪れたワールド・トラベラーが語る
                       「 イスラム世界に住み、働き、旅して41年
          ノンフィクション「世界を旅して」シリーズ第10弾    


  コーラン  القرآن
 イスラム教の経典はコーラン(現地ではクルアーン)と言い、意味は「朗唱
されるもの」。ムハンマドの生前に多数の書記により記録され、死後は後継者
たちが編纂した。全部で114章からなり、啓示の時代順ではなく長い章から先に配置されている。その内容は預言者ムハンマドを通じて唯一神アッラーの啓示であり、具体的には天地創造、終末、道徳、刑罰など多岐にわたる。前半は五行など、後半は神への帰依などが多い。右から左へ流れるように書く流麗なアラビア文字で書かれ、他の言語に翻訳したものは聖典として認められない。
 
(コーランの第1章)
 禁忌  حرام
 コーランやイスラム法で禁止されている行為、禁忌(ハラーム)で、ぜひ覚えて頂きた
いものを紹介する。

× 豚肉を食べてはいけない

 コーランでは「忌まわしい物」とある豚肉を食することはもちろん、豚の飼育や販売もほぼ禁止である。イスラムで豚肉が禁止される理由はハッキリしないが、ムスリムの主張では豚肉は科学的見地から不潔につき食用禁止だという。イスラムのもととも言えるユダヤ教でも豚肉は禁忌とするのは、ユダヤ教の影響と考えられる。一方、豚肉以外の肉は食べることが出来るが、定められた方法で屠殺された肉、ハラール・ミート
(許可された肉)でなければならない。その方法は、「神の御名によって、神は偉大なり(ビスミッラー・アッラー・アクバル)」という言葉を唱え、頸動脈を切って屠殺し、体内の血液を流して処理 する。


× お酒(アルコール類)は飲んではいけない
コーランでは酒は段階的に禁止されて行った。最初は「酒と賭けは大罪であるが、益もある。しかし罪の ほうが益よりも大である」とあった。その後「酔った場合は礼拝に近づいてはならない」とか「酒は悪魔の仕業」として禁止された。現在のイスラム諸国では飲酒の対応はまちまちだ。厳格なシャリーア(イスラム法)を施行しているサウジアラビアなどでは種類は何であれ、アルコール分が含まれている飲料の摂取は勿論、売買や国内への持ち込みも禁止している。
 また、アルコールやアルコール由来成分が含まれる調味料(醤油やみりん)も禁止である。1970年代のクウェート駐在時代に困ったのがウィスキーの調達。内地からの出張者の接待に欠かせないため、よくブラックマーケットから高値で買ったものだ

 

× 女性は美しいところを目立たせてはならない &イスラム男性の服装
イスラムの女性たちはその美しさや魅力をベールで覆うように教えられ、自分の夫または父以外にその美しさを見せてはならないとされる。しかし、イスラム教の国でも、宗派、国家体制、民族、伝統などによりベールの形態は多様で、呼び方なども違う。最も戒律の厳しいサウジアラビアは目を除いて顔を隠す「ニカブ」をイランでは頭にスカーフをした上に、「チャドル」というゆったりと体を覆う服を着用する。外国人女性もスカーフで頭を覆う「ヒジャブ」着用しなければならない。アフガニスタンは、頭からすっぽりとベールを被って顔全体も覆う「ブルカ」がポピュラー。政教分離政策のトルコやチュニジアなどでは、むしろヒジャブ着用を禁じている。因みに、写真は嫌うので撮らないほうが賢明だが、どうしても撮りたい場合はダメ元で相手の女性の許可を得ること。


 他方、アラビア半島一帯に住むイスラムの男性は、アラブの文化と伝統をとても大切にする。その典型が 伝統的な民族衣装であり、アラブ人としての誇りと民族意識が強い表れだ。イスラムの本場、サウジアラビア付近に住む部族の衣装を紹介する。
イカール : 頭の布を押さえる2本の黒い輪。アガールともいう。
シマーグ : 頭に被る赤い布。クーフィーヤともいう。強い日差しを守るため白もある。
トウブ : ワンピースに似た服。ガンドーラやディスターシャともいう。足元までありゆったりして風通しが良い。
スバー : イスラム教の数珠。普段は手首に巻き付けている。


× その他の禁忌(タブー)
 既述の偶像崇拝禁止のほかに、利子、賭けごと、占いなども禁止されている。特に、利子を伴物品の貸し借りなどが禁止され、金融業や保険業は成り立たないように見える。しかし、例えば業者が仲介者となって投機性の無い事業や設備投資への出資を斡旋し利益が上がった場合、それを顧客へ分配するなど、間接的な方法で通常の
融・保険業とほぼ同様の事業展開することが可能であると聞く。
 

一夫多妻
 商社マンとしてクウェート駐在時代に、懇意にしていた取引先のクウェート人に3人の妻がいた。彼とは随分付き合ったにも拘らず、商談日時の取り決めなど困難であった。原因は日中でも複数の奥さん宅を訪ね歩くらしく、なかなか連絡が取れない。やっとのことで事務所で会えても礼拝の時間になると、突然商談を打ち切りモスクに出かける。礼拝が終わって事務所へ帰ってきたところを捕まえて再商談すると、それまでの話し合いを無視して破談になることが度々あった。
 イスラム法では男性は4人まで妻を持つことが出来る一夫多妻が記されているが、これは少なくとも建前の上では男尊女卑的な思想に基づくものではない。元々預言者ムハンマドが率いた2回の戦争で夫を亡くした女性の地位を守り、母子の生活手段を確保するために神が下した啓示であり、弱者救済策を目的としていると説明されている。ただし、複数の妻を持つ場合は夫は妻らを平等に愛し、扱うことが義務とされており、コーランにも記されている。因みに、イスラム教では売春を厳しく禁じ、夫婦である男女以外の性行為は姦通と見做され、違反すれば石打ち死刑の宣告もあるとか。


ジハード  جهاد
 ムスリムの義務の一つとされ、五行に次ぐ「第六番目の行」とも言われる。ジハードは「聖戦」と訳されるが、ほんの一面的な解釈である。アラビア語では努力や奮闘という日常的な言葉で、宗教的な場合は「ムスリムとしての努力・奮闘」を指す。その行為者であるムジャーヒディーンも本来は闘士たちや努力家を意味するが、イスラムでは「聖戦士」「イスラム戦士」といったイメージが強い。元々はメディナでウンマを形成し始めたムハンマドに対し、メッカの勢力はムハンマドを追討する軍を差し向けた。これに応戦したのがジハードの始まりとされる。
 近年ジハードはイスラム過激派テロの大義名分として使われる。有名な例で「ジハードを行うと天国に行け、72人の少女が抱ける」があり、イスラム教徒からも不適切との意見が多い。また、自爆テロに関し、コーランやハディース(ムハンマドの言行録)では自殺は禁じられるが、ジハードで死んだ者は来世で楽園に行くことが出来るとされる。このテロはレバノンのシーア派民兵組織ヒズボラが、1983年にベイルートで始めた攻撃手段で、殉教死の教えが悪用されてほかの過激派組織が真似るようになった。しかし、自爆テロが正当化されるはずが無く、イスラム法学者の多くは非難する。また、イスラム原理主義の「原理主義」は当初は米国のプロテスタントで使われ、1979年のイラン革命が契機で頻繁に誤用されるようになった由。
 
4.イスラム建築と世界のモスク
مسجد
 8世紀〜15世紀のイスラム文明は、当時最も先進的な文明として世界に大きな影響を与えました。古代ギリシャ文明を吸収し、数学や天文学、医学や地理学など発展させ、特に近代ヨーロッパが受けた影響は多々ありました。イスラム文明の特徴は宗教と科学の調和です。イスラム科学の書物はヨーロッパで教科書として長い間使われ、ルネサンスもイスラム文明の影響を受けて華開いたと言われます。日本でも数字を「アラビア数字」と呼ぶのは、イスラムの数学がヨーロッパ経由で伝わったのです。
 建築分野でも各地の建築様式を取り入れた独特の宗教建造物が注目すべきで、世界遺産登録されているものが多数あります。イスラム建築の代表と言えば、礼拝の場であるモスク。イスラムが拡大するにつれ、モスクは各地の伝統的な建築スタイルを取り入れながら発展。そのため地域固有の特色が見られますが、基本構造は預言者ムハンマドがメディナ移住後過した住居がモデルと言われます。即ち、礼拝堂と中
 
(サハン)から成り、中庭の中央にお祈り前に身を清めるミーダーアという泉亭があります。一方、礼拝堂の奥壁にメッカの方角を示すミフラーブと、その脇にミンバルという説教台があります。ほかに特徴的なものでは、偶像崇拝禁止から生まれたアラベスクの室内装飾、尖塔のミナレットがあります。
 世界を股にかけ旅したワールド・トラベラーが訪れた数ある中で、今も脳裏に焼き付いているイスラム建築ベストテンを紹介します。
    
岩のドーム(イスラエル・エルサレム) 1994年12月訪問  
 ムハンマドが天馬に乗り昇天したと伝えられる聖なる岩の上に、692年に建てられた記念堂でモスクではない。ドーム建築の原点と言われ、オリーブ山から眺めると黄金色のドームがひときわ輝くようにして引き立つ。
 
ウマイヤド・モスク(シリア・ダマスカス)1976年12月、2000年6月訪問  
 705年ウマイヤ朝カリフのワリード1世がキリスト教聖堂を接収して建設した、世界最古のモスク。内部は歴史を積み重ねた絨毯が敷き詰められ、時が止まったような感じでイスラム教第4の聖地らしい雰囲気が漂う。
 
エマーム・モスク(イラン・イスファハン)1978年5月、1999年10月訪問  
 革命前「王のモスク」と呼ばれた。17世紀サファヴィー朝アッバス1世により建てられた、イランのイスラム建築の最高傑作。正面門の天井を飾る、鍾乳石を模し瑠璃色を基調のタイルが彩るアラベスク模様が見事だ。
 
タージ・マハル(インド・アグラ)1996年3月訪問  
 ムガル帝国のシャー・ジャハーン皇帝が、1631年死去した愛妻ムムターズマハル
のため建設した総大理石の美しい墓廟。イスラムでは質素な墓が普通だが、異文化吸収の一例として壮大な墓廟建築も行われた。
 
アヤソフィア寺院(トルコ・イスタンブール)1975年1月初訪以降4回訪問 
 元々はギリシア正教の大本山でビザンチン建築の代表と称えられたが、15世紀中頃からモスクとして使われた。1935年以降は博物館に衣替えした数奇な歴史を持つ。大ドーム屋根やモザイク画が見どころ。
 
シェイク・ザイ―ド・ビン・スルタン・アル・ナヒヤン・モスク(アラブ首長国・アブダビ) 
2013年7月訪問
 2007年に完成の新しいモスクは世界最大級と言われ、収容人数は約4万人。世界最大のペルシャ絨毯も置かれ有名になった豪華絢爛たるモスク。伝統的なイスラム様式と近代的な建築技術が調和する。

アフマド・カディロフ・モスク(ロシア連邦チェチェン共和国・グロズヌイ)
2013年6月訪問
 チェチェン首長の名に因み、グランド・モスクとも呼ばれる。コーカサス地方は勿論、ヨーロッパ最大級のモスクで、収容人数は1万人。高さ60mのミナレットをはじめ堂々たる外観と、内部の鮮やかな装飾が立派だ。
 
ザヒール・モスク(マレーシア・アロースター)  2008年7月訪問 
 1912年に完成したムガル様式のモスクは、南インドのヒンドゥー建築の影響も受けたインド・イスラム建築とされる。黒っぽい3つの大ドームに迫力と美しさがあり、マレーシアで最大級のイスラム建築と言われる。
 
アル・ハンブラ宮殿(スペイン・グラナダ) 1976年7月、1998年1月訪問 
 イベリア半島最後のイスラム王国・ナスル朝ムハンマド家により13〜14世紀に建設され、スペインのイスラム文化を代表する傑作。美しく装飾された柱などイスラム芸術の華々しさを伝える宮殿と庭園が素晴らしい。
 
シャー・ファイサル・モスク(パキスタン・イスラマバード) 1994年11月訪問 
 サウジアラビアの故ファイサル国王の寄進により建設された南アジア最大のモスク。収容人数は約8万人、1986年から1993年まで世界最大であった。ベドウィン族テントを模った建物がユニークで設計はトルコ人。


   
エルサレム:岩のドーム    アブダビ:シェイク・ザイ―ド    イスファハン:エマーム・
 (手前は嘆きの壁)     ・モスク前に立つ世界の旅人  モスクの見事な天井と壁


ーー
モスクを巡礼するワールド・トラベラー
ー ー
      
  チェチェン:アフマド・    イスラマバード:シャー    アロースター:ザヒールモスク
   カディロフ・モスク        ・ファイサル・モスク

 
6.終わりに
 
 近年グローバル化がさかんに叫ばれますが、私は若い頃世界的なグローバル企業のパイオニアと言うべき総合商社で働き、既に半世紀以上も前からグローバル時代を生きてきました。少子高齢化などで人口減少に歯止めがかからない厳しい現実に直面し、国や自治体も、企業も、個人も、すべてが世界に目を向けざるを得ない時代。
 米国などと厳しい交渉を強いられているTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)も、我が国のことだけを考えていては国際社会で生きて行けないことを意味します。特に、これからの日本を背負う若い世代の皆さんに、「若者よ 外志(外向き志向)を抱け!世界に雄飛せよ!」と強く熱く呼びかけたい。後期高齢者という人生のフィナーレを迎えた老兵の私でも、現役のワールド・トラベラーとして「そこに世界があるから」と、常に飽くなき挑戦者精神を持って世界への旅を続けています。
  本日は長時間のご清聴誠に有難うございました。また、お世話になりました伸光堂千葉販売、柏雑学大楽などの関係者の皆さんにも、御礼申し上げます。なお、もっと私の話を聴きたいとのご希望があれば、ご遠慮なくお気軽に
世界の人形館をお訪ね下さい。妻共々ご来館を歓迎します。


  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 講演直後に質疑応答時間を設けたが、30分ほど経ったところで質問を打ち切るほど続出した。主な質問を紹介すると、イスラエル VS パレスチナの積年の確執、最大のイスラム教シーア派国の領袖・イランのダブルスタンダード(最高指導者と大統領)など。いずれも難解であり、とても短時間で説明出来ない。それほどイスラムは昔に比べ変質し、複雑化していると言えよう。   

              ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

筆者(ペンネーム:高やすはる)が著した本が文芸社より発売中です。
書名は
私はワールド・トラベラー世界257ヵ国・地域を旅した男
定価は本体1、500円+税。お買い求めはインターネット(アマゾンや楽天ブックスなど)、または最寄の書店でどうぞ。
  なお、本書は単なるトラベル・ガイドブックではありません。日本の将来を憂い、 特に三流とも揶揄される日本外交に対し、ズバリ直球でもの申す本物志向の提言書でもあります。是非ともご愛読のほどお願いします。


 
     表紙カバー                        口絵 

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講演会「イスラム世界に住み、働き、旅して41年」ー その(1)
15
      الله أكبر神アッラーは偉大なり)

 過日(9月13日)、我が日本では数少ない真のイスラム通の
オールランドプレイヤーと自任し、世界を股にかけて272ヵ国・地域を旅したワールド・トラベラーが講演。テーマはイスラム世界に住み、働き、旅して41年」、場所は千葉県柏市の中央公民館であった

 難解な演題ではあったが、今や
世界の耳目を集めているイスラム国にも言及し、内容的にはイスラム全般を初心者にも分かるような講演を心掛けた。また、イスラムの雰囲気を醸し出すため、約40年前のクウェート駐在員時代に愛用していた現地の民族衣装を久し振りに着るという実演も披露した。
 一方、講演の主催者が朝日新聞の販売店(
伸光堂千葉販売)で、昨今厳しい朝日たたきの最中の講演でもあった。その影響によるのであろうか、講演直前になって聴講辞退が出たと聞く。主催者の挨拶も頭の下げっ放しで、むしろ気の毒なほどであった。

 にも拘わらず135名ほどの参加者があり、満席に近い盛況であった。また、トイレ休憩なしの2時間ぶっ通しの講演後すぐに質問を受けたが、様々な質問が続出して30分経過したところで司会者(協賛の柏雑学大楽)が打ち切るほど。想定外の熱気がこもった講演会となった。 9.11の同時多発テロ、世界各地で繰り返される自爆テロ、最近ではイラク・シリアで脅威となっているイスラム過激派組織、イスラム国など、
とかくイスラムに対し怖いイメージがある。しかし同時に、日本人にとり得体の知れないイスラムを知りたい人たちがいかに多いか、知らされた講演会であった。

 講演後間もなく、イスラムの講演をして欲しいとの依頼がいくつか来ている。最近話題のイスラムの話を聴きたいが、話術が上手いイスラム通がいないため筆者にお鉢が回って来たようである。まことに光栄で有難いお話として前向きに検討中だが、社会貢献活動のため無報酬で引き受ける代わりに、自分の理念などに合致しない場合は丁重にお断りする場合もある。


   
  熱気がこもった講演会場    ムスリム (?)の 筆者     講演するワールド・トラベラー
 
 さて、講演会の要旨を以下の通り2回に分けて紹介するが、詳細を知りたいとご希望の方は、
ワールド・トラベラーこと筆者が無料公開で運営のプライベートミュージアム「世界の人形館」へ資料請求願いたい。講演資料一式を無料送付します。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

       ギネス級の272ヵ国・地域を訪れたワールド・トラベラーが語る
                     「 イスラム世界に住み、働き、旅して41年
         ノンフィクション「世界を旅して」シリーズ第10弾 

1.はじめに                                                                        

 本年も早いものであと3ヵ月余りになりましたが、77歳という後期高齢者の年甲斐も無く、また超多忙の1年に終わりそうです。私の場合は年をとると共に忙しくなる一方です。今もなお海外旅行を続け、5年ほど前から個人博物館「世界の人形館」をオープンし、3年前から各地で講演や講義を続けているからです。
 また、昨夏には本を出版しました。商社マンからスタートした半世紀以上に及ぶ私のグローバル人生を総括し回顧した本で、書名は「私はワールド・トラベラー」。良書とか力作などと高い評価を受けていますが、実はあまり売れません。受付に置いていますので、ご購入頂きますと有難いです。

 4分の3世紀以上の私のグローバル人生は、幼少時代から始まりました。この年代の人間としては異例でしょう。今から約70年前の小学生時代から、少年雑誌や漫画よりも世界地図を見るのが大好きなオタクでした。このため地図を見ながら寝入ることも度々でした。10歳頃から外国に出かけ世界を見聞したい強い気持ちが芽生え、私のグローバル志向が始まりました。
 そのため学生時代から英語などの外国語習得に注力し、幸い外国語で商談をする総合商社に入社しました。待望の世界の初旅立ちは1969年1月で、酷寒の旧ソ連(現ロシア)の首都モスクワの出張でした。1974年〜1984年にイスラム圏のクウェートとインドネシアの駐在員として働き、リタイア後も海外旅行を続けました。

 この間、1995年1月に南極、5月は北朝鮮、7月は北極点、11月はネパールの世界の最高峰エベレスト山麓に出かけました。阪神大震災があったこの年は、旅好きの私にとっても本当に画期的な年でした。北極点に到達した時は、一般にフランクだが尊大な面もあるアメリカ人旅行者から、「お前こそ本物のワールド・トラベラーだ!」と呼ばれ、敬意を表してくれました。以後このニックネームを愛用する世界の旅人、と言うよりも奇人 or 変人かも知れません。
 
 本日は5ヵ月前に帰国した直近の旅の報告を皮切りに、本日の講演テーマであります「イスラム」についてお話します。自爆テロや過激派組織による紛争につき、「イスラムは恐ろしい」とのイメージがあります。同時に、「イスラムはよく分からない」「イスラム教は怖い宗教」などの声をよく耳にします。約9年間イスラム圏で住んだことがある豊富な実体験をベースに、分かり易く面白くイスラムのお話をします。
 
2.最近の海外旅行&今まで訪れた国・地域の数
 
 手前味噌で恐縮ですが、英検1級の英語をベースに片言程度を含めると7〜8ヵ国語ぐらいの会話ができます。そのため、15年ほど前から私の外国旅行は、基本的にガイドや通訳を付けない完全な個人旅行です。旅費節減のため唯一付けるのは現地調達のドライバーで、時々ガイドも兼ねます。直近の一人旅は、去る3月20日に成田を出発、1ヵ月後の4月18日に帰国しました。
 訪れたのはインド洋及び南太平洋に浮かぶ島々、インド領のアンダマン諸島、オーストラリア領のココス諸島とクリスマス島、ニュージーランド自治領のニウエ、フランス領のウォリス。これら島々をアイランドホッピングするため、シンガポールを基地にし、インドのチェンナイ、オーストラリアのパースとシドニー、ニュージーランドのオークランド、ニューカレドニアのヌメアに寄りました。この旅を終えて訪問した国・地域は272となり、世界最多訪問国・地域の自称ギネス世界記録を更新。この旅ではマレーシア航空機行方不明事故の影響が懸念されましたが、全般的に平穏な旅でした。
 
 過去約45年間に訪問した国・地域の最新データは、下表通り国は199、地域は73で、合計272になります。昨年出版しました幣著「私はワールド・トラベラー」で紹介した257の数字も今や過去形になりました。最近周りの人たちから「何故ギネス世界記録に登録しないの?」とよく聞かれますが、これからも記録更新の夢があり、最終ゴールが現在進行形であるからです。男性の平均寿命が80歳などを考えますと、可能なら米寿(88歳)まで記録更新に向け挑戦の旅を続けたき次第。


 因みに、一応国際的に認められている世界の国の数は、2011年7月9日に独立した南スーダンを含め195で、日本を除くと194ヵ国。私は194すべての国と73地域を訪問済みですが、実際は199ヵ国を旅しました。5つも多いのは実効支配の国々、北キプロスと西サハラのほか、昨年訪れたアブハジア、沿ドニエストル、ナゴルノ・カラバフが存在する現実です。
 我が日本も中国・韓国・ロシアとの間で領土問題がありますが、実効支配が絡みます。北方領土はロシア、竹島は韓国、尖閣諸島は日本が実効支配しています。実は世界には実効支配下の国や地域が数多くあり、私は全部と言ってよいほど訪れていますが、いずれも紛争地で国際緊張の一因にもなっています。

 
大陸名 アフリカ アジア ヨーロッパ 米州 大洋州・極地 合計

地域
55
  1
48
12
47
21
35
17
14
22
199
  73
合計 56 60 68 52 36 272

3.イスラムってなに?
 
 今や世界の総人口は70億人を超え、3人に1人は紛争地帯に住むと言われます。少し古いところでは2001年の米国東部の9.11同時多発テロや中国・新疆ウィグル自治区ウィグル族の独立テロ、最近ではシリアの内戦、パレスチナ自治区ガザのイスラエル攻撃、イラクの過激派組織に対する米軍空爆など、今世紀に入っても世界で紛争が絶えません。残念ながら、そのトラブルの大半は結果的にはイスラムが関与していると言っても過言ではありません。
 
 私はささやかな社会貢献運動として、プライベートミュージアム「世界の人形館」を無料開放しています。ここにはイスラム・ルームがあり、イスラムの「いろは−−」についてお話します。来館者の皆さんは一様にイスラムに興味がありますが、「怖い」「不気味だ」「よく分からない」などの率直なコメントが出ます。ごもっともで、同感です。
 私は勿論イスラム教徒ではなく、イスラムを研究している学者でもありません。しかし、1973年3月に初めてトルコとエジプトと言う中東の地を踏んで以来、イスラム世界に住み、働き、旅して41年もの長年の実体験があります。ひょっとすれば、日本では数少ない真のイスラム通ではないかと秘かに自負しています。本日は異教徒から或いは日本人から見たイスラムについて、感じたことをそのままお話します。

 
イスラム إسلام   Islām とは?
 アラビア語でイスラム(現地ではイスラームと発音)は「唯一の神(アッラー)に絶対帰依」を指す。従って、「ムスリム」と呼ばれるイスラム教徒は「帰依する者」という意味。また、イスラム教は単に「イスラム」とも呼ばれる。地球上のあらゆる宗教には、人や国の名前など色々な名前が付く。キリスト教はキリスト  、仏教は仏陀、ゾロアスター教は開祖のゾロアスター、ユダヤ教はエフーダ(ジュダ)という部族の名前から由来する。し
 
アッラーのアラビア文字
かし、イスラムは特定の人名などを付けず、イスラムの言葉の意味自体に由来する。

 イスラム教関連の略史
 イスラム教は7世紀前半に、アラビア半島のメッカに住んでいた商人ムハンマドが創始した宗教である。ムハンマド  
محمد  のフルネームはムハンマド・イブン=アブドゥッラー・イブン=アブドゥルムッタリブ。前半生は詳しく知られていない。イスラム教の略史は次の通りで、現在はキリスト教や仏教と共に世界三大宗教の一つとされる。
 
西暦570年頃 ムハンマドはサウジアラビアのメッカで生まれる。
610年頃 メッカ郊外で天使ガブリエルより唯一神アッラーの啓示を受け、
      預言者として布教を命じられる
622年 メッカでの迫害を逃れるためメディナへ移住、ヒジュラ暦元年
632年 最初で最後となるメッカへ大巡礼後、メディナで入滅
661年 第4代カリフのアリー暗殺後に
スンニ派とシーアに分かれる
1299年 オスマン帝国が成立し、1922年まで続く
1948年〜1973年 イスラエル VS 周辺アラブ諸国による中東戦争
1979年 画期的なイスラム革命がイランで起こる


イスラム教の特徴
 根本的には同じ一神教であるキリスト教やユダヤ教の流れを汲むとされるが、キリスト教でいうイエス・キリストや、仏教のブッダのような偶像崇拝が無い。イスラム教の唯一神アッラーは偶像化されることはなく、イスラム教を広めたムハンマドも預言者に過ぎない。過激なイスラム原理主義者、例えばアフガニスタンのタリバンは、2001年にバーミヤン大仏を偶像崇拝禁止として破壊してしまった。私はその6年後に現地を訪れたが、磨崖仏があった洞内はもぬけの殻で大いに落胆した。
 また、神への絶対的な服従を重んじるイスラム教では、ムスリム同士の相互扶助関係や一体感を重んじる。民族や国籍、身分や肌の色などに拘わらず、アッラーの前では人間は誰でも平等としている。これがイスラムの魅力とされ、イスラム教が世界中に広まった大きな理由と言われる。

 
世界のイスラム人口
 中東、北アフリカ、東南アジア、南アジアの東半球に信者が圧倒的に多い。世界のイスラム教徒人口は約16億人と推定され、世界の宗教人口で二番目に多い。一方、キリスト教徒が約21億人と一番多いとされるが、近年は若い世代の教会離れが加速し信者数が減少の一途のようである。対するイスラム教徒は急増中で、いずれはキリスト教に追いつき、追い越すと予測される。三番目は約9億人のインドのヒンドゥー教で、仏教は4億人弱と4番目である。
 因みに、イスラム教徒が最も多い国は2億人強のインドネシアで、次に1億人以上の国はパキスタン、インド、バングラデシュだ。また、エジプト、イラン、ナイジェリア、トルコ
も7000万人以上のイスラム大国である。


      

  スンニ派とシーア派
 世界のイスラム教徒の約9割は体制派のスンニ派、約1割が急進派のシーア派だアラビア語でスンナ(スンニ)
أهل السنة は「慣行」、シーア派 الشيعة は「党派」を意味する。両派はイスラム史の初期に分裂し、千年以上も対峙してきた。第4代カリフのアリー時代にウンマ(イスラム共同体)でカリフの座を巡る内部抗争が激化、アリーが暗殺された。対立していたウマイヤ家がカリフを世襲することになりウマイヤ朝が成立した。一方、アリー側はウマイヤ朝を認めず、アリーを初代イマーム(指導者)とするシーア派をつくった。
 両派の教義は若干違う。イスラム教の基本である「アッラーの他に神は無し」「ムハンマドはアッラーの使徒なり」は同じだが、後世の指導者となる預言者の後継者について考えが違う。
主流の多数派であるスンニ派が血統による世襲に拘らないのに対し、少数派のシーア派は預言者ムハンマドの従兄弟アリーとその子孫のみがイマームとして後継者となる。また、戒律や慣行についても、一般的にシーア派は信仰の内面を重視するが、戒律はスンニ派のほうが厳格だ。

五行六信
 イスラム教徒ムスリムの規範として、シャリーアというイスラム法がある。ムスリムとして政治や社会、生活上の細かいことまで神の教えに従わなくてはならないほかに、コーランに記されている様々なお勤めがある。特に、正しい信仰(六信)を5つの行為(五行)で表現しなければならない。義務の五行(信仰告白、喜捨、礼拝、断食、巡礼)、存在を信じるべき六信(唯一神アッラー、天使、啓典コーラン、預言者、来世、天命)は最も重要。特に、我々日本人に多少馴染みのある五行を簡単ながら紹介したい。
 

礼拝صلاة サラート)
 1日に5回行う礼拝は毎日の生活で欠かせない。礼拝は家の中でも職場でも、どこでもかまわないが、時間的に余裕があればモスク(イスラム教礼拝所)で集団礼拝に参加が望ましい。礼拝への呼びかけとしてアザーンがあり、礼拝前に手や口などを清めるウドゥー(手水)をする。礼拝はメッカのカーバ神殿がある方に向き(キブラという)、アッラーへの服従と感謝の念を込めて祈祷する。
 
平伏して礼拝する信者
 礼拝の仕方は、先ず直立の状態から正座し、頭を地面につけて平伏する。次に頭を上げてからもう1度平伏し立ち上がる。宗派により異なるが、これを数度繰り返す。なお、モスクにはキブラを示す壁の窪み(ミフラーブ)がある。1日5回の礼拝時間は夜明け、正午から昼過ぎまで、午後、日没直後、就寝前で、特に毎週金曜日の正午過ぎにモスクで行われる集団礼拝は重要。

断食
صوم  サウム)
 イスラム暦ラマダン月(第9月)に、夜明けから日没まで飲食など絶ち禁欲する。この禁欲は喫煙、性行為、投薬なども含まれる。ただし、重病人や妊婦、乳幼児、重労働者、戦場兵士などは免除され、基本的に異教徒は強制されない。断食の意味は、欲望から身を清め、貧しくて食べることが出来ない貧者を理解し、健康的にも良いとされる。最大の効用は、同じ苦しみを味わうと、ムスリム同士の一体感が高まるとか。1974〜1977年クウェート駐在時代に断食は勿論しなかったが、断食中の信者近くでの飲食は控えた。
 
巡礼
حجّ   ハッジ)
 サウジアラビアにあるイスラム教の聖地メッカへの巡礼は、経済的に余裕のあるイスラム教徒にとり極めて重要な義務である。この義務を果たした信者は、ハッジと呼ばれて周囲から多大の尊敬を得る。イスラム暦の巡礼月(第12月)の8日〜10日は、国内外から大勢の巡礼者がメッカに集まり、聖なるモスクにあるカアバ神殿を反時計回りに7周するタワーフなどを行う。
 因みに、異教徒はメッカに立ち入ることは禁じられ、市内全域がイスラム教の聖地になっている。私も1999年にサウジアラビア旅行したが、イスラム教徒でないためメッカに入ることは出来なかった。また、イスラム教の聖地はメッカのほかに、メディナとエルサレムが両派共通の三大聖地である。また、シーア派独自の聖地は、イラクのナジャフ、イランのマシャッドなどがある。

 
喜捨( 
زكاة ザカート)  
 自分の財産を貧しい者などへの施しは、ムスリムとして重要な義務である。1年間所有した財産に対し一定の税率が決められている宗教税だが、今では信者が自由に額を決める場合が多い。教義にある喜捨は、「その財も、財を得た好機もまたアッラー
の導きと恵みによるもので、個人では何一つ成し得なかったはず。アッラー感謝の意を示すべく、イスラムに帰依している信者たちへその財の一部を授け、アッラーへの謝意と信者への慈愛を示すべき」とある。

 
信仰告白(
شهادة  シャハーダ)
 イスラム教徒になるためには、決められた人数の証人(成人男子)の前で、次の通りの信仰告白をアラビア語で行う必要がある。また、毎回の礼拝でも唱えなければならない。

لا إله إلا الله  ラー・イラーハ・イッラッラー (アッラーのほかに神なし)
محمد رسول الله   ムハンマド・ラスールッラー (ムハンマドはアッラ
          ーの使徒なり) 


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