世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
平昌五輪とトンガ紀行
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 第23回平昌冬季オリンピックの開会式が、一昨日(2月9日)午後8時から韓国の北東部にある平昌オリンピックスタジアムで行われ、17日間の熱戦の幕が切って落とされた。今回の平昌冬季五輪には、世界92カ国・地域から約3,000人の選手が参加している。これは歴代最多である。また、この冬季オリンピックの大きな特徴の一つは、何と言っても、北朝鮮が韓国の提案を受け入れて平昌オリンピックに参加することだ。

 これに呼応するように、北朝鮮の高官級代表団が9日午後、専用機で韓国の仁川国際空港に到着した。平昌五輪開幕に合わせた来韓で、代表団は憲法上の国家元首、金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長を団長に、金正恩朝鮮労働党委員長の妹で補佐役として存在感を高めている金与正(キム・ヨジョン)などから成る。北朝鮮指導者の金ファミリーの来韓は初めてだ。また、注目の北朝鮮の女性応援団、通称「美女軍団」も韓国入りした。

 

 さて、華やかな開会式のハイライトである入場行進では、韓国・北朝鮮合同チームが朝鮮半島の統一旗を掲げて行進したほか、いくつか人目を引くようなものがあった。例えば、アフリカや東南アジアなど、雪が降らない温暖な地域からの参加が増えたことだ。また、ドーピング問題で国としての出場が認められず個人資格で参加するロシアの選手たちには国旗が無く、五輪旗に先導された。しかし、何と言ってもあっと驚かせたのは、南太平洋の島国、トンガの旗手であろう。ちょっと小島よしお似の男性が気温がマイナス2.7度の冷え込みをものともせず、上半身裸で場内を歩いたからだ。

 因みに、入場行進した国・地域は筆者にとっては全てお馴染みで懐かしく想起する。と言うのは、272の国・地域を訪れているからだ。124人の選手が参加する我が日本は何個のメダルを獲得するのであろうか?金の2〜3を含む合計11〜12の獲得数を予想するのだが・・・。日本選手団の活躍を祈念したい。

 

  

  日本選手団の入場行進  北朝鮮の美女応援団  上半身裸のトンガの旗手

            (ネットより転用・加工済み)

 

 さて、人口わずか10万人ほどの小国だが、この開会式で話題をさらった南海の楽園トンガを、筆者は1999年5月に旅している。この時にはサモア、ソロモン、フィジーも回った訳だが、最も印象的であったのがトンガだ。その旅の模様を紹介しよう。

 

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 総面積は748k屬如我が国の対馬とほぼ同じ広さである。首都ヌクアアロファがあるのはトンガ最大の島、トンガタプ島で、人口は約7万人。町のほぼ真ん中にある王宮は一国の王宮かと疑いたくなるほど小さく、町中には見どころは少ない。しかし、同国随一と言われる近代建築のバシリカ教会は、ひときわ人目を引き見応えがある。堂々たる銀色の屋根の建物は、とても教会とは思えないユニークさがある。近くには王家の墓がある公園があり、その目の前にあるトンガ゙自由教会も立派な教会で、内部はステンドグラスが美しい。

 島内は全般的に平坦だが、島西南岸にあるホウマの潮吹き穴が必見だ。テラスのような岸壁には潮吹き穴がいくつかあり、中には18mもの水柱を吹き上げる。大きな波が岸壁に打ち寄せて砕ける度に、豪快に水柱が立つ様は迫力満点だ。ほかに、島内各地を回って特に印象に残ったのが、昔の風習が今も残る服装である。学校の制服は、女の子が普通のワンピースに対し、男の子はズボンの代わりにツペヌと言う一枚布の巻きスカートを着用する。その上にタオバラ と呼ばれる相撲力士のまわしに似たゴザのような腰巻を付ける。

 

          −−− トンガタブ島 −−− 

  

バシリカ教会前に立つ筆者  ホウマの潮吹き  タオバラとツペヌを着用

                        する男子学生(左側)

 

 一方、トンガタプの北275kmほどに位置するババウ島は、トンガの北の玄関でヨットマンには憧れの島である。大小50あまりの島々から成る火山島は複雑に入り組んだ海岸線と美しい海に加え、山からの眺めも素晴らしい。島の中心地になっているネイアフは島南部に位置し、海に面した高台にある。人口が約5000人の町は特に見どころが無いだけに、立派な建物のカトリック教会が抜きん出て目立つ。また、多くの美しい入江がある島内には、必見の展望ポイントがいくつかある。

 先ず、ネイアフから西へ約2km、半島の先端に位置するマウント・タラワの展望台は、真っ青なネイアフ湾、点在する多くの島々、一面に広がるココナツ林など高さ131mの山頂からの眺めが素晴らしい。因みに、ババウ島は火山島のため、白砂ビーチがほとんど無い。例外は南沖合に浮かぶ無人島のヌク島だ。この島ではキメの細かい白砂ビーチが広がり、その美しさは言葉を失うほど。泊まったパラダイス・インターナショナル・ホテル付近からも、南太平洋で最高のヨットハーバーがある風光明媚なネイアフ湾が見晴らせる。

 

           −−− ババウ島 −−−

  

  ヌク島のビーチ    ヌク島ビーチで寛ぐ   ネイアフ湾を散策

 

 ラグビーが盛んなお国柄ということもあり、恰幅が良く、ふくよかな人たちが多い。トンガでは太っちょの女性が美人だとか。しかし、最近は成人の多くが肥満という現実に対し、生活慣習病を患うリスクを減らそうとする動きが政府にあるようだ。 

 

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 北朝鮮は美女応援団を今回の冬季五輪大会に繰り出すなど微笑み外交を積極的に展開するが、大会終了後は折角の南北融和をホゴにし、また核・ミサイル開発を強力推進するのであろうか?同国のビフォーアフターに注目したい。

 

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北朝鮮のミサイル発射計画の標的になったグアムの旅(2)
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 この8月は世界どこでもバカンスシーズンで、各国首脳も夏休みをエンジョイしているようだ。中国屈指の観光地・九塞溝の大地震以外は平穏に推移するかと思った矢先、北朝鮮の弾道ミサイルを巡りアメリカとの緊張が高まり両国による威嚇の応酬が続いている

 

 国連安保理は7月5日に北朝鮮に追加制裁を行うことを決めたが、これに対し北朝鮮は9日にアメリカ領である太平洋のグアム島周辺に4発のミサイルを撃ち込む計画を発表した。両国の緊張は中国でも大きな注目を集めており、同国国営の中国中央電視台(CCTV)は、北朝鮮がグアムを名指ししたのは「アメリカにとってグアムは太平洋の軍事戦略上で非常に重要であると同時に、北朝鮮にとっても脅威」と報じた。

 因みに、グアムから北朝鮮までの距離は約3300kmで、グアムのアメリカ軍基地に配備されている戦略爆撃機「B−1B」やステルス戦略爆撃機「B−2」ならば最短2時間で朝鮮半島に向かうことができるという。また、韓国でアメリカ軍との合同軍事演習が行われるたびに戦略爆撃機がグアムから飛来しており、北朝鮮は米国による北朝鮮侵略の最前線基地であるグアムに対して圧力と牽制をかける必要性があるとか。

 

 ミサイル発射計画が明るみになってから、米朝間でお互いに威嚇のラリーが続くが、もし北朝鮮の計画が実行されれば、戦場となるのはグアムよりも、韓国や我が日本であろう。今回の発射計画によれば、島根県・広島県・高知県の上空を通過するらしい。ただ、両国が理性的に判断すれば、戦争が起きる可能性は大きくはない。その理由は、米国にとり北朝鮮と戦争で得るメリットはほとんどなく、北朝鮮もあくまでも米国との交渉が目的であるため、戦争に向けて最後の一歩を踏み出すことはなかろう。

 

  一方、アメリカが頼りにしている中国は相変わらず冷静で、米朝の緊張を緩和するためむしろ「中国は無力」として一定の距離を保つ姿勢を続ける。また、北朝鮮が先制のミサイル攻撃を行い、対するアメリカから報復を受けるとしても中国は中立を保つようだ。しかし、アメリカと韓国が北朝鮮の政権転覆を図り、朝鮮半島の政治的なバランスを変えようとするならば、同国は断固として阻止しよう。

 

(後記)

 その後北朝鮮側が少々自制する動きはあるが、アメリカ・北朝鮮のチキンレースは続くようだ。8月29には北海道上空を越えるミサイルを発射し、襟裳未岬の東方約1180kmの太平洋上に落下した。ミサイルの方向はグアムではなかったが、距離的にはグアム向けに近い。さらに、本日午後に北朝鮮は第6回目の核実験を行い、過去最大の爆発規模の大陸間弾道ミサイル(ICBM)用水爆であった由。中国にして見れば、また顔の泥を塗られた形だが、これによって本当に中朝関係は悪化するのであろうか?アメリカvs北朝鮮よりも、中国vs北朝鮮になるほうが国際社会に与える影響が大になるのではなかろうか?その行方が見ものである(9月3日)。

 

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 さて、北朝鮮のミサイル発射計画で一躍注目されているグアムだが、アンダーソン空軍基地を抱える基地の島である一方、海が綺麗なリゾートアイランドとして知られる。ミサイル発射は島の屋台骨になっている観光に与える影響は大であろうし、島民も憂慮しているようだ。そんなグアム島を1992年8月に初めて訪れて以降4回も旅しており、その模様の一部は2013年2月14日付け幣ブログ『グアムの旅(1)−南海の平和な島での無差別殺傷事件』で紹介しているが、今回はその続きを披露しよう。

 

 淡路島より少し狭いグアムは、ニュージーランドの南島と形が酷似する。極東最大のアメリカ空軍基地、アンダーソン空軍基地とグアム国際空港でほぼ占められる島の北部以外は、観光客が訪れる美しいビーチとジャングルなどが広がるリゾートエリアになっている。

 

 先ず、島の中央部、北海岸沿いにあるタモン地区は島の中心地で、活気があり楽しくなるエリアだ。タモン湾に面した遠浅の白砂ビーチ、タモンベイ・ビーチが一流ホテル街のすぐ目の前に広がり、ハワイあたりのビーチよりもずっときれいだ。リーフに囲まれた静かな内海は波も穏やかで、各種マリーンスポーツをするのに最適。遠くにチャモロの悲恋伝説を秘めた恋人岬が望め、海抜約122mもある石灰岩の断崖絶壁の岬にある展望台からの眺めは息を呑むほどだ。

 

   

   タモン湾に面したホテル群  タモンベイ・ビーチで泳ぐ筆者

 

 グアム随一の目抜き通りは、別名「ホテルロード」と呼ばれるサン・ビトレス・ロードだ。グアムを代表するホテル群が建ち、特に賑わうのがプレジャーアイランドと呼ばれるプレイスポットである。世界のブランド品からお土産品まで豊富に揃うDFSギャラリアやマイクロネシア・モールなどのショッピングセンター、レストラン、水族館などが並び、夜遅くまで人通りが絶えない。

 

 一方、島のほぼ中央部にあるハガニアには、今もスペイン統治時代の面影を残す歴史地区がある。アプガン砦はチャモロ族がスペイン支配に抵抗して起こした大反乱ではスペイン軍の拠点となり、別名サンタ・アグエダ砦とも呼ばれる。1671年にスペイン総督によって造られ、太平洋戦争では日本軍の砲台として使われた。アガニア湾やハガニアの町並み、遠くにはタモン湾の眺望が素晴らしく、恋人岬と共にグアムを代表する展望スポットである。

 この砦から約700m東進すると、18世紀から19世紀にかけてスペイン総督邸があったスペイン広場がある。その広場に建つチョコレートハウスは、スペイン統治時代は貴婦人の社交場であった。現在の建物は復元されたもので、名前の由来は総督の夫人達がチョコレートドリンクで来客をもてなしたためと言われる。ほかに、白い六角形の音楽堂がある。

 

   

         サン・ビトレス・ロードを         アフガン砦     

    妻と散歩する筆者

 

 島の南西部では、タモンの南西37kmほどにあるソレダッド砦は、とんがり屋根のガードハウスがひときわ目立つ。1680年から130年の間にスペインは3つの砦を築いたが、原型を留めるのは「孤独の聖母」と呼ばれるこの砦のみである。現在は石造りの見張り小屋だけが残り、そばに3つの大砲が置かれている。この砦の見どころは丘からの眺望で、美しいウマタック湾を眼下に見下ろし、なだらかな山並みに目をやれば最高峰ラムラム山がそびえる。

 砦をしばらく南下すると、下り坂の途中で前方の視界が大きく開ける小高い丘がある。この名もなき丘から、遠くにフィリピン海に面するビレ湾が輝くように美しい景観が広がる。まるで砂漠が風紋を描くように、幾重にも白波が緑濃い海岸に打ち寄せる光景はウットリするほどで、グアム随一の景勝を誇る海岸線といっても過言ではなかろう。

 

 島の南海岸では、タモンから南へ約28kmのタロフォフォの滝が見逃せない。リゾートパーク内にあり、ケーブルカーに乗ってジャングルに囲まれた滝を見下ろしながら入口に着く。滝は2つあり、上段の第一の滝は高さ約12m、幅28mでグアム有数の大きさである。下段は第二の滝と呼ばれ、大きさは第一の滝とほぼ同じだ。2つの滝の間には吊り橋が架かり、少しスリル感が味わえる。

 

      

ソレダッド砦からウマタック湾を望む  タロフォフォの滝で孫らと

 

 因みに、滝の奥には元日本兵が戦後28年間隠れていた洞窟、横井ケーブがあるが、観光客が見学するのはレプリカのほうで本物ではない。また第二の滝のすぐそばに、グアムの歴史を分かり易くまとめた博物館があり、なかなか興味深い。

 

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 最後に私事で恐縮だが、グアムを2度も一緒に旅した妻が2年以上も前から認知症で入院中で、つい最近主治医より時間の問題と告げられた。今から52年以上も前に結婚してできた縁であるが、「会うは別れの始め」を痛感する毎日である。

 

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パリCOP21に思う温暖化と沈みゆく島  
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 COP21、いわゆる国連気候変動枠組み条約の第21回締約国会議が、11月30日に過日同時テロの標的となったパリで始まった。会議には約200ヵ国・地域が参加し、初日には安倍晋三首相を含め150ヵ国の首脳が出席した。温暖化によってもたらされる地球の異変を回避するため、すべての国が参加する新しい国際枠組みづくりを目指している。
 今回の会議では、京都議定書に続く2020年以降の新しい温暖化対策の枠組みが、どのようにしてすべての国に合意されるかがポイントとなろう。具体的には、会議の焦点はCO₂削減に向けてアメリカや中国を含むすべての国が参加する枠組みが構築できるかである。2009年コペンハーゲンでのCOP15の失敗を挽回するラストチャンスになるかも知れない。

 首脳会議で先進国の首脳は相次いで、途上国の温暖化対策​の資金援助を表明した。我が日本は2020年までに、現在の1.3倍にあたる年間1兆3000億円(約106億ドル)に上る資金支援を発表した。世界全体の目標は1000億ドルだが、2014年時点では620億ドル程度にとどまっている。
 首脳会議に続いて行われた閣僚級会合では、「バランスを欠く」との発言が、先進国と途上国の両者から出た。特に代表的な途上国であるインドは、「先進国は途上国に責任を押し付けようとする」と主張した。一方では、先進国側は「ファビウス議長(フランス外相)の案に片寄りすぎて妥協点を探ろうとしていない」と、途上国側を牽制した。お互い様である。
 
 議長国フランスのオランド大統領は、この会議が成功するために3つの条件を指摘した。特に重視するのは気温上昇で、産業革命前から2度未満に抑えることだ。温暖化という気候変動により、海洋の水面が上昇する深刻な問題を抱える現場を数多く見てきたのが、私ことワールド・トラベラーである。その現場をいくつか紹介しよう。

 地球温暖化により世界で最初に海に沈むのではないかと言われるのが、南太平洋に浮かぶ小さな島国ツバルである。その沈みゆく国を旅したのは2002年11月で、マーシャル諸島、キリバス、ナウル、ヤップ(ミクロネシア連邦)、フィジー、グアムも訪れた。大半の国が温暖化により国土が没することを懸念している。
 特に平均海抜が2mのツバルは深刻だ。このままのペースで推移すると、半世紀内に国土全体が水面下に沈む恐れがあると言われる。大潮の時は低い土地は冠水し、平地では塩水が湧きだし、塩水が地下水に混入して井戸や畑に被害を与えるのだ。実際に筆者は沈みゆくテブカ・ビリビリ島を視察し、大きなショックを受けた。

  
   ツバル:まさに沈まんとする   ココス諸島:ココヤシの倒木が
     テブカ・ビリビリ島      多い島内を散策する筆者
 
 2014年3月には南太平洋の島々のほかに、インド洋に浮かぶアンダマン諸島、ココス諸島、クリスマス島をアイランドホッピングした。どの島もきれいな海に囲まれた楽園のような島々であったが、特に驚いたのはオーストラリア領のココス諸島である。オーストラリア領と言っても、むしろマレーシアやインドネシアに近い。従って、オーストラリア人よりも、マレー系や華人の住民が多い島だ。
 島内のビーチを散策していると、多数のココヤシが海のほうに向かって倒れているではないか!根元を見ると、波に洗われて根こそぎ倒れている。なんとも無残な光景が広がっていた。地元民に聞いてみたところ、温暖化による海面上昇で海岸が削れられた時にココヤシも波に洗われたようである。
 
 地球温暖化は暑い太平洋やインド洋の島々だけではない。北極、南極、グリーンランドなどの極地も例外ではない。筆者はこれらの極地もすべて訪れているが、最も温暖化の影響を受けているのはグリーンランドであろう。今も全土の約80%が氷床で占められているが、訪れた美しいイルリサット氷河も依然に比べると、やせ細り後退しているとの由。ほかに、南極や北極海などでも同様の事象を垣間見たことがある。
 
         −−− グリーンランド慕情 −−− 
   
 ラッセル氷河でスノーモービルに乗る  幻想的なイルリサット氷河
     ワールド・トラベラー​

 
 会議は12月11日に終わるが、COP21の結末がどのように収束するか、予断を許さないハードな討議が行われていると聞く。歴史的な合意に至るのか、或は今回もまた決裂するのか微妙のようだ。いずれのケースになっても、懸念されるテロの再発もなく無事に終われば良しとせねばならぬが・・・。
 
(追記)
 会期を1日延ばしたパリCOP21は、土壇場で「パリ協定」を採択した。まことにオメデタイことである。途上国を含めすべての国が温室効果ガス削減に取り組む初の枠組みとなり、19年前の京都議定書以来の画期的な転換点を迎えたことになる。
 ​但し、魑魅魍魎とした世界を熟知するワールド・トラベラーにしてみれば、協定の実効性につき疑念を持たざるを得ない。NPT(核不拡散条約)のように核保有大国によって骨抜きされ、形骸化されはしないかと今から懸念するが、とり越し苦労であろうか?
(後記)
 その後アメリカや中国などが締結を終え、本日パリ協定は発効した。しかし、我が日本は国会での審議が遅れ、締結が間に合わなかった。今後参加国に入っても発言力の低下は否めないであろう(2016年11月4日)。
           ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇ 

    ☆☆☆ ニューイヤーコンサート2016 ☆☆☆

 ワールド・トラベラーのプライベート・ミュージアム、「世界の人形館」の見学者は実に多彩です。国際的なヴァイオリン奏者、アンナ・スタルノフスカヤさんもその一人。日露混血の才能豊かな彼女がプロデュースする、みんなで楽しめるクラシック・コンサートが、千葉県我孫子市で次の通り行われます。世界の人形館はこの素晴らしいコンサートに賛同し後援しています。
               

           
    

 酷寒の折柄ですが、是非ご来場下さい。お待ちします。なお、チケットをお求めの方は世界の人形館へご連絡下さい。
お問い合わせ:
世界の人形館 
TEL 04−7184−4745
        E−MAIL 
 ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

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戦後70年天皇、皇后両陛下が慰霊訪問されたパラオのダイブ体験
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 天皇、皇后両陛下はご高齢にも拘わらず、昨日〜本日の2日間(4月8日〜9日)パラオ共和国を訪問された。戦後70年という節目を迎えて太平洋戦争の犠牲者を慰霊するため、積年の想いが込められた鎮魂の南洋の旅と伺う。
 受け入れ側の現地では全島民挙げて両陛下を温かく歓迎した背景には、日本とこの国の歴史的な関係がある。パラオの国旗は日本の日の丸の旗によく似ており、青地に黄色の丸は青い海と満月をイメージしたものだ。

 
 美しいサンゴ礁に囲まれて400を超える島々から成るパラオは、世界有数のきれいな海に恵まれて世界遺産にも登録されている。旧首都コロールなどでは、麺や味噌などがスーパーで売られ、日本の食文化が溢れている。一方では、緑深き森に溶け込むように、戦争が残した深い傷跡が今も残る。

 面積488k屬浪圧彭腓汎韻犬如¬鵤暇人が住むパラオはスペインやドイツの植民地時代を経て、1920年から日本による委任統治下に入った。1922年には南洋群島全体を管轄する南洋庁本庁がコロールに設置、1945年まで我が国が統治した。その間およそ15000人の邦人が移住した。
  戦時中はペリリュー島を中心にした激戦で約1万人が戦死し、パラオ全体でおよそ1万6000人の日本人が犠牲になった由。両陛下は海上保安庁の巡視船「あきつしま」に泊まり、
ペリリュー島を訪問された。なお、太平洋戦争の戦跡は周辺国のミクロネシア連邦やマーシャル諸島にもあり、これら両国大統領も両陛下を迎えた。

  
         パラオ島図        ペリリュー島の慰霊碑     パラオ国旗
         (インターネットより転用・加工済み)

 かつては激戦の地であった島々も、今は観光客やダイバーが大勢訪れるリゾートアイランドになっている。1999年6月にミクロネシア連邦のポンペイやチューク、グアムの太平洋の島巡りをした際に、私こと
ワールド・トラベラーは寄ったことがある。その時の楽しき想い出を紹介したい。

  
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 この旅では、成田よりコンチネンタル航空機でグアムへ向かい、同地をベースにしてミクロネシアシア連邦の島々とパラオを回った。先ず謎に包まれたミクロネシア最大の巨石建造物が残るポンペイへ飛び、シュノーケリングなどを楽しんだ後にチューク諸島を訪れ、グアム島に引き返した。その後、グアムの南西1160kmほどに位置し、かつて日本が統治した南洋諸島の中心となったパラオを訪れた。生まれて初めてのスキューバ・ダイビングを堪能したり、「南洋のミニ日本」を垣間見た後、再度グアムに戻って帰国の途に着いた。

 世界四大ダイビングスポットの一つとして、世界中のダイバーたちが一度は潜ってみたいと夢見るところがパラオである。筆者もこの旅で本格的なダイビングを初体験した。パラオ諸島のメインアイランド、コロール島からスピードボードに乗って約1時間、諸島の南端近くにあるカープ・アイランドに着いた。この島はペリリュー島の北沖合に浮かぶ。
 島のほとんどが豊かな熱帯植物に覆われ、エメラルドブルーの海と見事なコントラストを見せる。島の周辺には絶好のダイビングスポットがいくつかあり、ニュー・ドロップ・オフと特にサンゴ礁が多いネドゥブスで合計80分、2本のダイビングをした。潜る時は日本人女性のインストラクターと一緒で、最大水深12メートルまで潜り、1m位のサメやカメ、各種熱帯魚が鮮やかに見えた。


  
  カープ・アイランド:    ロック・アイランズを俯瞰  ロック・アイランズのビーチを
 ダイビングを楽しむ筆者                   散策するワールド・トラベラー

 その後はコロール島とカープ・アイランドのほぼ中間にあるロック・アイランズに向かった。海底火山の爆発で隆起したマッシュルーム型の小島が、なんと200以上も点在する。こんもりと緑に覆われた姿が周囲の美しい海に見事に映え、各島の下部は波で侵食されているが、上部の岩山は熱帯植物で覆われる。
 エメラルドグリーンの透明度抜群の海、水際の白砂、また緑濃き島が描くコントラストは、パラオはもちろん、太平洋でも有数の景勝地と言える。かつて日本人はこの風光明媚な姿を「パラオ松島」と呼び絶賛したが、世界随一の海中庭園と言っても過言ではない。白砂のビーチが広がる小島でシュノーケリングをし、カラフルな熱帯魚と戯れた。

 パラオ諸島の中心都市コロールの人口は約1万人で、
 パラオ全体の半分が住む。これと言った見どころは無い町だが、パラオ博物館横にある伝統的な集会所アバイや、ミニ・ロック・アイランズを彷彿させる風景が眺望できるホテル・ニッコー・パラオは必見スポットである。
 ほかに、マラカル島のミクロネシア海洋水産試験場の巨大なシャコ貝、パラオ最大の島・バベルタオブ島の東海岸に位置する新首都マルキヨクにある巨大な人面、アラカベサン島の大統領府なども見逃せない。


  
パラオ博物館横にあるアバイ ホテル・ニッコーより眺望 マラカル島の巨大なシャコ貝
                   の
ミニ・ロック・アイランズ

 美しい自然のほかに、パラオ料理も魅力的だ。伝統的なパラオ料理はココヤシの木の実や魚である。しかし、800kmほどしか離れていないフィリピンの出稼ぎが多いことと、戦前の日本に続いて1994年まで統治したアメリカの影響も強く受ける。そのためタロ芋やキャッサバ、煮詰めた小魚などのローカル食のほか、アメリカンピザやフリッター、日本料理のうどんやラーメンなどが浸透している。
 特に25年間も日本の統治時代が続いたパラオには、日本食の文化が色濃く残っている。また、大統領が日系(当時)の関係で親日的で、コロールのダウンタウンには日本料理店が多い。魚の煮付はパラオ人の大好物で、パラオ語でも煮付はNitsukeと言う。新鮮な魚は刺身 Sashimiといい、パラオ人は大好きである。
 
 パラオならではの食材として、ココナツしか食べないココナツ・クラブ(椰子蟹) が有名。この蟹の色は暗紫、灰色と青で、茹で上げると赤くなる。腹部には黄色のミソが多く、脂の乗ったクセのない味はイセエビより美味しいと言われる。
オオシャコガイは、ソテーにすると美味い。代表

     ココナツ・クラブ
的なフルーツはサウサップで、白い果肉はヨーグルトのような味がする。 
 

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   ペリリュー島の激戦で生き残った34人の兵士も今や90代になり、生存者も数名にすぎないとの由。その人たちが語る戦争体験は悲惨そのもので、戦争は愚か以外何ものでもない。「絶対しちゃいけない」との体験談は、少々戦時体験がある筆者にグッと迫るものがある。


                                         ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 無料講演を引き受けます。

 ワールド・トラベラーは年間5〜6件の講演・講義を全国各地で行っています。目的は地域や街の活性化と真の国際化推進、そして三流とも揶揄される日本外交再生などの一助です。そのために世界に関することであれば、旅行、文化芸術、宗教、歴史、政治や外交に関する国際情勢、グルメ、環境、経済や産業などジャンルを問わずワールド・トラベラーとして恥ずかしくない講演をします。しかも実体験をベースに、他人様の情報をコピペ(切り貼り)しない異色のノンフイクションをありのままにお話します。
 特に、最近話題のイスラムに関しては、イスラム圏で働き、住み、旅して42年のキャリアがあり、
イスラム講演は最も得意とします。希望があれば、ご遠慮無くお申し出下さい。因みに、慈善活動のため謝礼は一切不要ですが、ご希望の主旨が筆者の平和的な理念などに反する場合は勝手ながらお断りすることもあります。予めお含み置き下さい。

                    ― ― ―  講演会風景 ― ― ―
  
 プロジェクターを駆使し講演     地球儀を前にして      満席の会場で熱心に聴講する
  するワールド・トラベラー      スピーチする筆者       多数の参加者たち 


お問い合わせ:世界の人形館 
                     TEL 04−7184−4745
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人情豊かなヒッチハイクを楽しんだインド洋と南太平洋の島巡りーアンダマンン諸島、ココス諸島、クリスマス島、ニウエ、ウォリス
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 去る3月20日〜4月18日の1ヵ月間、インド洋及び南太平洋に浮かぶ島々、アンダマン諸島(インド領)、ココス島クリスマス島(オーストラリア領)、ニウエ(ニュージーランドの自治領)、ウォリス島(フランス領)の5地域を旅した。出発前にマレーシア航空機の行方不明事故があり、墜落現場と見られる海域がインド洋であり、また問題のマレーシア航空便を利用するため留守家族は不安視した。だが、ヒッチハイクを楽しむなど人情の機微に触れ、極めて平穏な旅であった。急激な海洋進出で周辺国と摩擦が絶えないさすがの中国も、今のところ太平洋やインド洋ではおとなしいようである。
 これで自身が持つ世界最多訪問国・地域の自称ギネス世界記録(!?)を
271に更新し、またくだらない自慢話が増えたようだ。この記録挑戦の旅はいつまで続くのであろうか? 約半世紀前から世界を股にかけて仕事をし旅してきた世界の旅人の宿命であろうか、現役のワールド・トラベラーとして死ぬまでこの果てしなき旅は続くのであろう。

 さて先ず訪れたのが、中国に続く人口超大国の
インド。今から40年以上も前の1974年2月初訪以降7回目の訪問で、南部インドの最大都市で近年IT都市として目覚ましい発展を遂げるチェンナイを基地に、インド洋に浮かぶアンダマン諸島へ飛んだ。諸島は大小300余りの島々が南北に細長く連なり、面積は6340
k屐雰嫁聾と同じ)と意外に広い。諸島内では中心都市ポートブレアをベースにし、高速フェリーでビーチが美しいハブロック島やネイル島の離島へ渡った。人口約10万人のポートブレアでは、町の中心に立つ時計塔と1858年築の悲惨な独房監獄跡セルラー・ジェイルが見どころだ。
 一方、インドにとり国防・軍事上重要であるアンダマン諸島内の移動は思いのほか厳しく、特に入島時のチェックは入念で常時パスポート持参が必須だ。また、訪問時に行方不明のマレーシア航空機の捜索のため中国が船をインド洋に差し向けようとしたところ、インドが強く反発していた。
 
 以前はマドラスと呼ばれ、繊維の商売で出張した
チェンナイは大変貌していたが、寺院の佇まいはほぼ昔のままであった。シヴァ神を祀るチェンナイ最大のヒンズー教寺院、カパレーシュワラ寺院では参拝客が絶えず、大賑わいであった。一方、14〜15世紀ポルトガル人によって建てられたサントメ大聖堂は壮麗な外観もさりながら、清楚な内部が素晴らしい。家族連れで賑わう全長12kmのマリーナ・ビーチは、前回訪問時(2001年4月)に比べて公園が良く整備されていた。

          −−− ワールド・トラベラの旅スナップ−−−

  
インド:アンダマン諸島・  インド:ハブロック島   インド:チェンナイの
 ポートブレアの監獄跡    ビーチで男の子と遊ぶ 
カパレーシュワラ 寺院


 インド洋に浮かぶ島巡りは他にも、オーストラリア西部の最大都市パースから空路で向かったココス島とクリスマス島がある。共にオーストラリア領だが、本土から2000km以上も離れている。むしろインドネシアやマレーシアに近く、特にココス諸島はインドネシアのジャワ島から360kmほどの近距離だ。住民の大半はマレー系や中国系で、インドネシアに長年駐在し、中国語も少々できるワールド・トラベラーにとっては問題も無く快適な滞在であった。のはずが実はそうではなく、タクシーもレンタカーも無いため、久し振りにヒッチハイクをした。有難いことに断られることはほとんど無く、感涙するほど島民の心の温かさに慰められた。

 滞在した
ココス諸島の南キーリング諸島は環礁群から成り、面積は
14k屐⊃邑は約600人でマレー系が多い海は美しかったが、ココス島の海岸縁に生えるココヤシが波に浸食され、多数の倒木を見かけ心が痛んだ。オーストラリア政府は島の環境保全に熱心で、同島のいたる所で設置された立派でカラフルなゴミ箱や低速で走る電気自動車が印象的であった。見どころはホームアイランドのタートル・ビーチと近くの墓地。
 一方、
面積が143k屐⊃邑は約1500人で中国系が多いクリスマス島の特産はリン鉱石。あっと言う間に資源が枯渇したナウルの苦い教訓を参考にしているようで、ユックリしたペースで貴重な資源であるリン鉱石を輸出している。観光面では、島の西海岸にある豪快なブローホールと北東海岸の海蝕崖が見事なリリー・ビーチが見逃せない。

 その後パースから東進して
ニュージーランドのオークランドへ向かい、さらに乗り継いで着いた先がニウエ。独立しているのか、いないのか良くと分からないが、島民の国籍がニュージーランドであるので、分かり易く言えば同国の自治領になる。面積は淡路島の半分にも満たない264k屬如島全体が隆起した珊瑚礁から成る特異な島で独特の景観が広がる。人口はわずか1300人ほど、島の西海岸のアロフィが中心地だ。日本との時差は20時間で日本の方が20時間進んでおり、簡単に言えばおよそ1日遅れになるので要注意だ。
 小さな島で1週間の長期滞在を余儀なくされたが、これはオークランド〜アロフィ間のフライトが週1便しかないためだ。到着直後はいったい何をしてよいか悩み、風邪を引いたこともあり熟睡できなかった。しかし、レンタカーで島内をドライブしてみると、意外に見どころが多いのに気付いた。ギャザムという珊瑚礁の割れ目、美しいラグーンで楽しんだシュノーケリング、約9kmのワフー(カマスサワラ)という大魚をゲットした豪快なフィッシュイング、ニュージーランド人夫婦に自宅に招待され歓談したディナーなど、結果的には楽しい想い出満載の長期滞在(?)となった。ただし、お魚のお味は脂がのっていないため、美味くはなかった。


  
 ココス諸島:南キーリング クリスマス島:豪快に  ニウエ:大魚を仕留めた
 諸島のカラフルなゴミ箱  吹き上げるブローホール  ワールド・トラベラー

 最後の旅のヤマ場となったのが、フランス領のウォリス&フツナの
ウォリス島だ。オークランドからニューカレドニアのヌメアへ飛び、一泊して現地に向かった。真珠の首飾りのように珊瑚礁のリーフに囲まれた島は面積が77k屬両さな火山島で、島の周りのラグーンが言葉を失うほど美しい。観光面では魅力的のようだが、一つ致命的な問題があった。なんと島にはタクシーもレンタカーも無く、ましてや観光案内所も無い、無い無い尽くしの島であることを知り愕然とした。やむなく人気のない島内をトボトボと歩いていると、中年のフランス人女性が車で通りがかったのでヒッチハイクをした。そのついでに交通手段が皆無のため困り果てていると訴えたところ、翌日夫婦の車で島内を案内するとの嬉しい申し出があり、早速好意に甘えた。
 小粒ながらも神秘的なカルデラ湖のラロラロ湖、さほど豊かではない島に不釣り合いなほど見事な石造のマタウツ大聖堂や各村の教会、小高い丘にあるマタラア展望台から眺めたラグーンの絶景などが忘れ難い。しかし、なんと言っても終日島内観光に案内され、美味しい手作りのランチまで戴いたフランス人夫妻の心遣いが格別に秀逸で感動的でもあった。帰国後も丁寧なメールをもらい、それまで持っていたフランス人のマイナスイメージを見直すほどの素晴らしいフランスカップルで終生忘れ難い。


  
 ウォリス:眺望抜群の ウォリス:親切なフランス シンガポール:マリーナ
 マタラア展望台で 
人のHenri&Gaëlle夫妻     ・ベイ・サンズを背にする
            (左端は世界の旅人)


 上記のほかに、4回目の訪問となったパース、シドニー、オークランド、2回目のヌメア、13回目のシンガポールでの滞在も短時間であったが、十分エンジョイした。特に、シンガポールの絶えざる変貌には驚くほかなく、中でも建築構造がユニークなマリーナ・ベイ・サンズ、近未来的なテーマパークのガーデンズ・バイ・ザ・ベイには目を見張るばかりであった。

                  ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

筆者(ペンネーム:高やすはる)が著した本が文芸社より発売中です。
書名は
私はワールド・トラベラー世界257ヵ国・地域を旅した男
定価は本体1、500円+税。お買い求めはインターネット(アマゾンや楽天ブックスなど)、または最寄の書店でどうぞ。
  なお、本書は単なるトラベル・ガイドブックではありません。日本の将来を憂い、 特に三流とも揶揄される日本外交に対し、ズバリ直球でもの申す本物志向の提言書でもあります。是非ともご愛読のほどお願いします。


 
     表紙カバー                     口絵


 ワールド・トラベラーが館長を務める世界の人形館では、271ヵ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡など多数展示しています。老若男女を問わずご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。茶菓子を用意し、老妻共々精一杯のおもてなしの歓待をします。なお、慈善活動につき、入館料は無料ですが、セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。ご協力のほど宜しくお願いします。
  TEL:04−7184−4745 又は Eメール:
ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

   −−− 国境の無い平和な「世界の人形館」の館内風景 −−−

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| 世界の旅―オセアニア | 08:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
グアムの旅(1)−南海の平和な島での無差別殺傷事件
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 「日本に一番近く、一番早く陽が昇るアメリカ」はどこか、ご存知であろうか?その答えはアメリカ合衆国の準州、グアムである。尤もサイパンの方が少し近いが、北マリアナ連邦に属する米国の自治領で、ステイタス的にグアムとは若干異なる。
 太平洋に浮かぶ平和なトロピカル・アイランドは、成田から飛べばわずか3時間半で着く。グアムまでの距離はおよそ2500kmと我が国から比較的近く、時差も1時間(日本より1時間早い)とほとんど無いため、観光客は日本人が圧倒的に多い。因みに、2012年にグアムを訪れた観光客は約130万人だが、その7割りは我が同胞だ。
 
 最近は世界各地で、しかも思いも寄らぬ所で残忍な事件が続き、不確実性時代の到来を懸念する。一昨日(2月12日)は一見平和そうな米軍基地とリゾートの島グアムで無差別殺傷事件が起き、我が邦人3人が死亡した。81歳の老母と28歳と若いママのお孫さんの家族、そして51歳の働き盛りで旅行好きの男性たちである。
 中でも一層哀れを誘うのは、若ママが8ヵ月の女の赤ちゃんをかばって息絶えたことであろう。また、老母はひ孫にあたる乳児の写真を肌身離さず持ち歩き、成長する姿を知人に見せていたとか。一番上は高校生になるが、5人の孫を持つ身として万感迫るものを感じてやるせない。

 事件現場は筆者も熟知するので驚いた。グアム島のほぼ中央部、北海岸沿いにあるタモン地区で、元々治安の良いところである。美しいビーチ、高級・大型ホテル、ショッピング街やレストランなどが集まる島の中心地で、活気があり楽しくなるエリアだ。

                (グアム全島図)
 

   (Weekly Guam Shinbun 2006年7月21日号より転用・加工)

 一方、事件後直ぐに逮捕された容疑者チャド・ライアン・デソト(21歳)は、暴走した車で通行人をはね、さらに食料雑貨チェーン「ABCストア」に突っ込んだ上に店内の観光客など次々と刃物で刺した由。このストアも何度も買い物をしているので懐かしいと同時に、馴染みの店だけに恐ろしくもなる。現時点では犯行の動機などは不明だが、顔写真などからフィリピン系アメリカ人であるのは確かなようだ。
 
 因みに、グアムの人種構成は先住民のチャモロ人(ルーツはインドネシアやマレーシア系など)が半数を占め、フィリピン系の25%が続き、残りはその他のアジア系が占める。意外に多いのがフィリピン系で、地図を広げて見ると、首都マニラのちょうど東2300kmほどに位置するのがグアムである。
 山がちな狭い国土に人口が多い上に、貧しいこともあり、フィリピン人は世界各地へ出稼ぎのため渡航する出稼ぎ大国として知られる。特に目立つのが近場の太平洋の島々で、グアムにフィリピン系が多いのも成るほどと肯ける。

 
世界の隅々まで旅した私ことワールド・トラベラーは、グアムは4回も訪れている。また、島内観光のほかに、グアムをベースにして太平洋に浮かぶ島々を巡るアイランド・ホッピングを楽しんだ。グアムを中心にした周遊の模様などを紹介する。

   ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 初めてグアムを訪れたのは1992年8月。妻などと一緒に出かけたが、何故か妻が女友達と一緒に回りたいと言い出したので、
ほとんど単独で回るハプニングがあった。
 しかし、写真嫌いな妻と違い、写真が大好きでもあり、自分の好きな所が観光でき思う存分写真撮影出来た。それなりにエンジョイできたメリットもあり、狭い島内にも拘らず米軍基地を除く各地を回った。


  
美しいタモンベイ・ビーチ サンセット・クルーズ 見晴らしの良いセッティ湾
                                         に参加の筆者   展望台より太平洋をを望む


 グアムの概要を紹介しよう。太平洋にあるマリアナ諸島の南端にある島で、1898年の米西戦争後に米国の領土になった。700万年前の火山爆発で誕生した島はリーフという珊瑚礁に囲まれ、エメラルドグリーンの美しい浅瀬の海・ラグーンが島を縁取る。面積は549k屬斑枯島より少し小さく、南北約48km、幅は約14〜20kmと細長いが、中央部が少し狭く括れている。人口は約16万人。
 島の北部は断崖が続く壮大な景観が広がり、広大な米軍のアンダーソン空軍基地がある。島の中央部はジャングルに覆われた400m前後の山々が連なり、南部では小さな湾が多く海岸線が風光明媚である。
 年間平均気温は27度の常夏で、グアムの島花は筆者が大好きなブーゲンビリアだ。年間平均雨量は290mmと意外に少なく、雨季は4月〜9月、乾季は10月〜3月。

 沖合いで白い波頭を立てるリーフ、宝石がキラキラと輝くようなエメラルドグリーンのラグーン、広い白砂のタモンビーチから眺めるロマンチックな悲恋物語で知られる恋人岬、スペイン統治時代の面影を今も残す首都ハガニアの歴史地区、うっそうたる熱帯雨林のジャングルに溶け込むように佇む滝、太平洋戦争の傷跡が残る元日本兵が隠れていた洞窟、先住民チャモロの料理などに舌鼓を打ったグルメ、サンセット・クルーズや潜水艦ツアーのアクティビティ、マカオ以来久し振りに賭け負けたドッグレースなど、狭いながらも多岐にわたり楽しめる南の島の旅を満喫した。
  
 2度目の訪問は1999年6月の個人旅行であった。グアムをベースにしてミクロネシア連邦のポンペイ島とチューク諸島、世界のダイバー憧れの聖地パラオの島巡りをした後、グアムでは南端の沖合いに浮かぶココス島などを訪れた。
 ポンペイ島では謎のムー大陸の遺跡が残ると言われる海上都市遺跡ナン・マドールの不可解な大遺跡、チューク諸島の巨大なラグーンの海底に眠る第二次世界大戦時の沈船などを巡るユニークな海底戦跡ツアー、パラオでは日本の松島を上回るスケールのロック・アイランズのマッシュルーム型の小島群と初体験のスキューバダイビング、グアムでは透明度の高いラグーンに囲まれたココス島などが印象的であった。

 3度目も個人旅行で、2002年10月〜11月に出かけた。今度はグアムのほかに、世界一早い朝を迎えるキリバスや国民の約半分がインド系住民のフィジーをベースにし、石貨の島ヤップ、「太平洋の真珠の首飾り」と呼ばれるマーシャル諸島、、国の資源(リン鉱石)が底を尽いたナウル、地球温暖化で国土がなくなりつつあるツバルを訪ねるアイランド・ホッピングを堪能した。この旅の模様はブログ「
人生初めてのブログ−南洋の島巡り」で紹介済みだ。
 伝統的な生活習慣が残るヤップは直径が3mもあろうか巨大なストーンマネーや迫力あるヤップ・ダンス、マーシャル諸島では数多くの小島が真珠のように連なるマジュロ環礁、フィジーでは映画「青い珊瑚礁」のロケ地にもなったヤサワ諸島、ツバルではフナフティ・ラグーンに点在する美しい島々、ナウルでは奇岩のように林立するサンゴの柱群、キリバスではタラワ環礁の太平洋戦争の戦跡、そしてアメリカ本土の9・11同時多発テロ以降観光客が激減して不景気だったグアムなどが印象に残った。


  
チューク:サラト水道   パラオ:カープ・アイランズ ヤップ: ガギールトミ
の 無人島ビーチで   でスキューバ・ダイビング ール島の大石貨を背にし


 最後にグアム島を旅行したのは2006年7月。4回目の訪問は過去3度の旅より想い出深いものとなった。と言うのは、妻や次男の嫁のほかに、2人の愛すべき孫たち(10歳になる元気な男児と愛嬌のある5歳の女児)を引率したからである。
 嫁と孫のファミリーが楽しみにしていたマリーンスポーツとショッピングを念頭に、盛りたくさんなツアープログラムを組んだ。マリーンスポーツではタモンビーチやココス島、ショッピングでは代表的な大型免税店やショッピングモールなどを訪れた。ほかに孫たちの社会勉強のためにと思い、スペイン統治時代の面影を今も残す首都ハガニアの歴史地区巡りや、久し振りにレンタカーで嫁と一緒にグアム島内のほぼ3分の2を回るドライブをエンジョイした。また、折角の機会と思い、かなりの出費を奮発して「フルーツ・アイランド」と呼ばれる北マリアナ連邦のロタ島へ飛行機で日帰り旅行もした。

 街を歩くと実弾射撃場の看板が目立ち米軍基地色が強い反面、溢れんばかりの自然も残るグアム島では、何回訪れても変わらぬ美しさを見せる白砂のタモンビーチから眺める恋人岬、その岬やアプガン砦からの素晴らしいパノラマ、濃淡のあるブルーが美しいラグーンで孫たちとマリーンスポーツなどを堪能したココス島、うっそうたる熱帯雨林のジャングルに溶け込むように佇む滝、世界有数の透明度の高い海に囲まれ手つかずの大自然が残るロタ島、両島の先住民チャモロの料理や各国料理に舌鼓を打ったグルメなど、想い出満載の孫たちとの旅は終生忘れ難い。
   また、素朴さとノンビリとした風情が変らないロタ島に比べ、初回訪問から14年経ったグアム島は、種々大きな変貌が見られた。例えば、観光客は以前は韓国人が多かったが、今は日本人が圧倒的に多い。人種構成では依然として先住民のチャモロ人が最大だが、フィリピン人が約4分の1を占めどこでも目立つ。旧日本兵が終戦を知らずにグアム島の密林で28年間過ごした横井ケーブも、今やメインの観光コースから外れ移り行く時の流れを実感した。


  
グアム:恋人岬の展望台 グアム:ココス島で孫達と ロタ島:日本三景松島
からタモンビーチを望む シュノーケリングを楽しむ   に少し似たロタ松島

 過日のアルジェリア人質事件、今回のグアム通り魔殺傷事件ともに最多の犠牲者・被害者は日本人である。単なる偶然とも思えぬものがありそうな気がしてならない。
 このような事件続発が気になり過ぎ、日本人が海外に目を向けなくなるようでは困りる。特に、若い世代の内向き志向に一層拍車がかかることを極めて憂慮する。日本の真の国際化推進のために、これからを背負う若人が外向き志向を持ち、どんどん海外雄飛のためにチャレンジして頂きたい。

 三流或いは五流とも揶揄され、ひょっとすれば諸外国から内心馬鹿にされているかも知れない日本外交。その立て直しのためにも、是非とも次代の皆さんにお願いしたい
。 
 筆者のような後期高齢者の用済みの老兵ですら、性懲りも無く今も現役の
ワールド・トラベラーとして頑張っているのだからーーー。
 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

無料講演を引き受けます。
 世界に関する事であれば、旅行、文化、芸術、宗教、歴史、政治や外交に関する国際情勢、グルメ、環境、産業など、ワールド・トラベラーとして何でも講演します。ご希望があれば、ご連絡下さい。慈善活動のため、謝礼は不要です。但し、ご希望の趣旨が筆者の理念などに反する場合は、お断りすることもあり、予めお含み置き下さい。

ワールド・トラベラーが館長を務める世界の人形館では、257カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、
  照明ランプ、絵皿、万華鏡などを多数展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。慈善活動につき、入館料は無料です。但し、セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。
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人生初めてのブログ−南洋の島巡り
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 間もなく74歳になります。恥ずかしながら、この年になって初めてブログに挑戦する年老いたルーキー、超遅咲きしようとする新人です。

 現在の私の大きな生き甲斐は、千葉県の我孫子市で私の分身である
世界の人形館を、無料で一般公開するささやかな慈善活動です。本当に小さなプライベート・ミュージアムですが、人形館を通して真の国際化推進、居住する街や地域の活性化などのために貢献したい所存です。
 また、ワールド・トラベラーと呼ばれ、今なお世界を旅し放浪する生涯現役の旅人です。

このブログをご覧になる皆さん! 
 我孫子在住の2人の女性方(後日紹介)の強いオススメで、ブログを始めます。しかし、ブログでは若輩につき、ご指導の程よろしくお願いします。
 また、私のブログをより良いものにするため、皆様の率直且つ忌憚無きコメントを大歓迎します。心よりお待ちします。
    ___________________________________

 さて、私は40数年間にわたり約230カ国・地域を巡りましたが、毎回のブログで様々な想い出深いスナップ(僭越ながら写真の中に私がおじゃまします)を紹介します。

 この初回はなんの迷いも無くパッと思い付いたのが、3回目となる太平洋諸島周遊です。2002年10月31日〜11月24日の25日間、グアム・ヤップ・マーシャル諸島・キリバス・ナウルのミクロネシアフィジーのメラネシアツバルのポリネシアアイランド・ホッピングした太平洋の島巡りをしました。
 
       


 日本の南東約2500kmの太平洋に浮かぶアメリカの準州、グアムから南西800kmほどにミクロネシア連邦のヤップ、その東およそ2500kmにマーシャル連邦が位置します。一方、日本より南東およそ7000km離れた南の楽園フィジーの北約1600kmにツバル、その北西およそ2300kmにナウルがあります。そのナウルの北東にあり、赤道付近に多数の環礁(ラグーンという礁湖を取り囲む首飾り状の細長い島)が点在するのがキリバスで、世界で一番早く朝が訪れます。
 

 成田からグアムへ飛び、同地やフィジーをベースに南の島々のアイランド・ホッピング旅行は、実に多様で変化があります。島ごとにそれぞれの特色があり、毎日楽しく過ごしました。帰国時はほぼ全身が真っ黒に日焼けし、黒人に間違われるほどでした。 

 美しい真珠箱に楽しい想い出を満載したようなこの旅では、ヤップのカダイ村の元気な子供たちのダイナミックで且つ華麗な踊り、映画「青い珊瑚礁」の舞台になったフィジーの西端に浮かぶヤサワ諸島のナズラ島の美しいビーチ、キリバスのビケタワ島の高床式小屋、一時はリン鉱石産出のお陰で世界有数の富裕国になったが、資源が枯渇して貧乏国に転落したナウルが、特に印象的で忘れがたい旅情を満喫しました。
 
   
 ヤップダンスの踊り子    フィジーのヤザワ諸島     ナウルのアニバレ湾

 また、「太平洋の真珠の首飾り」と称えられるマーシャル群島、地球温暖化の影響で国土が没しつつあるツバル、ギネスで世界最大の貨幣と言われる石貨の島ヤップ、世界一早い朝を迎えるキリバス、ビーチで出会った子供たちの笑顔が最高に良かったフィジー・ヤザワ諸島も忘れ難いものがあります。 
 特に、アフリカの子供たちのように物乞いすることも無く、天真爛漫で明るい子供たちの表情が素晴らしく、そこはかとなく心地良さを感じました。

 また、各島で賞味したグルメも忘れ難いものがあります。特に、ミクロネシアの家庭料理は戦前の日本統治時代の影響が今も残り、どこか日本と似ているところがあります。例えば、日本と同じタイプのお米を食べ、刺し身を食べます。タコもよく食べますし、醤油も調味料として根付いています。
 フィジー料理は先住民のフィジー系、移住者の南インド系、中華、かっての旧宗主国イギリスの料理などがミックスされています。ツバルでは釣ったばかりの魚を刺身にし、醤油やワサビが無くても美味しく頂きました。


  
 マーシャル諸島の       ヤップの珍しい石貨 フィジー・ヤザワ諸島で
 マジュロ環礁                   学校帰りの子供たちに出会う


 一般的な観光のほかに、シュノーケリングや釣りなどマリーンスポーツをエンジョイし、キリバス・ナウル・マーシャル諸島では旧日本軍の戦跡を巡る旅となりました。昭和20年(1945年)8月15日、国民学校2年生の時に終戦を迎え、学童疎開の経験もあります。それだけに南の島々で改めて戦時体験を 想い起こし、感慨深いものがありました。
 また、ツバルなど訪れた島のほとんどが海抜1メートル前後の環礁で、近年地球温暖化による海面上昇で国土が沈もうとしているとの厳しい事実を検証する機会にもなりました。しかし、一部は真実であっても。全てではないとも思われます。

 ほかに、ナウルは資源枯渇で経済が破綻の上にアフガン難民受け入れで苦悩し、ツバルでは狭い島内で不法投棄されたゴミの処理問題を抱えていました。
 バチカンに次いで人口が少ないミニ国家が集まっている太平洋の島国にも、それなりの諸問題があるようです。

 先住民のフィジー系と移民のインド系の確執が続いて政情不安と言われるフィジーを除き、一般的に平和な太平洋諸島の国々も、けっして羨むほどの楽園ではない厳しい現実を再認識する旅でした。

  
キリバス・タラワ環礁の   ツバルの沈み行く島    グアムのタモン・ビーチ
 旧日本軍の砲台


  これからも私のブログをご愛読頂けそうな皆さん! 全世界を股にかけて旅した世界の旅人の面子もあり、知り尽くした世界の表裏を興味深く紹介します。乞うご期待! 
    ___________________________________

 世界の人形館では、230カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、壷、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを展示し ています。ご興味ある方はご遠慮なくご来館下さい。但し、セキュリティなどのため、下記要領で予約をお願いします。
 TEL:04−7184−4745 又は
   Eメール:ko-yasu@maple.ocn.ne.jp


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