世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
安倍首相とワールド・トラベラーの中南米歴訪
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 今回のタイトル、「安倍首相とワールド・トラベラー」は両者間で何か特別な因縁がありそうな感じであるが、今のところは「無関係」という関係である。紛らしい冒頭になり恐縮している。ただし、このブログを総理がご覧になれば、99.999−−−%の確率で筆者に興味を示されるであろう。

 さて、7月25日から中南米5ヵ国を訪問していた安倍晋三首相が、一昨日の8月4日に帰国した。同首相が訪れたのは、メキシコ、トリニダード・トバゴ、コロンビア、チリ、ブラジルの5ヵ国である。安倍政権が発足してから19ヵ月で47ヵ国訪問済みにつき、2ヵ月で5ヵ国を回るハイペースだ。地球儀俯瞰外交と積極的平和主義を掲げる安倍首相の面目躍如であり、ご立派という他ない。但し、中国と韓国が未訪問ではアジア重視とは言えず、中韓抜きは飛車角落ちの将棋になり相手国には失礼になろう。
 この調子で行けば、また4年7カ月もの長期政権が続けば、私ことワールド・トラベラー・トラベラーが持つ
272国・地域に並ぶ計算になる。しかも、筆者がこの記録を達成するまで46年近く掛かっており、桁違いに超高速の素晴らしい記録達成になる。来る9月早々久し振りに内閣改造があるそうだが、小泉政権以来の長命になれば、訪問国の記録を今後も更新しそうだ。

 地球儀をひっくり返せば、今回の訪問国の正確な位置が分かる。要するに、我が日本から見ればほぼ正反対に位置する。斯様な遠隔地まで出かける主目的は、経済成長が著しい中南米のマーケットに食い込み、国際社会で日本びいきの仲間を増やすことであろう。ビジネスに関しては、経団連の榊原定征会長をはじめ70名の財界ミッションが首相に同行した。
 余談になるが、筆者が商社マン(三井物産)として繊維の輸出を担当していた時代、最重要取引先が東洋レーヨン(現在の東レ)であった。6歳も年下の榊原氏は入社後、中央研究所に在籍していた。面識はなかったが、お名前は数度聞いたことがある。その人が財界総理になるとは、世の変転が感慨深い。
 
 今回の訪問国で聞き慣れない、オヤッと思うのがトリニダード・トバゴという小国。これは2015年10月に国連安全保障理事会の非常任理事国選挙を控えており、同国が加盟するカリブ共同体、略称カリコム(CARICOM)首脳会合で支持を呼びかけた。しかし
、安倍首相懸命の追っかけにも拘わらず、所詮二番煎じは拭いきれない。
 と言うのは、日本の歴代の首相に比べ安倍晋三首相は確かに積極的な御仁だが、残念ながら2周ほど早く駆け巡ったランナーがいる。中国の最高指導者、習近平国家主席である。昨年は2013年5月31日〜6月8日にメキシコ、コスタリカ、トリニダード・トバゴの3ヵ国、本年は2014年7月15日〜23日にブラジル、アルゼンチン、ベネズエラ、キューバの4ヵ国訪れていたのだ。また、各国でインフラ整備などの支援を表明し、大歓迎を受けている。
 新興大国BRICSの一員ブラジル、BRICSに続く有望新興国VISTAの一員アルゼンチンなど、将来性がある国が多い中南米重視の姿勢は鮮明である。特に、中南米33ヵ国で構成される中南米カリブ海諸国共同体(CELAC)に100億ドル融資するなど、具体的な経済協力を打ち出して着々と布石を打つ。

 次の日中両首脳の歴訪図を見れば、日中間で歴然たるアプローチ差があることは否めない。特に、現地国の訪問回数及び訪問時期で我が総理の劣勢は明々白々であり、後塵を拝する恰好になっている。

      −−− 日中両首脳の中南米歴訪マップ 
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     (安倍首相の歴訪国)       (習主席の歴訪国)

 さて、スペイン語が簡単な日常会話程度ならできるワールド・トラベラーは、中南米は大好きなエリアである。もちろん国はすべて、カリブ海の島々などの地域も多数訪れている。安倍首相が歴訪した国では、メキシコは1993年11月以降3回、トリニダード・トバゴは1999年8月、コロンビアは2000年12月、チリは1995年1月以降4回、ブラジルは1994年4月と2003年7月に旅している。各国での思い出深い印象的なトピックスなどを簡単に紹介しよう。

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 まず、中米の大国メキシコは、初めて訪れたラテンアメリカの国であった。第二次大戦後の若かりし頃に様々な音楽が日本に入って来て流行ったが、最も気に入ったのがトリオ・ロス・パンチョス。メキシコのラテン音楽のグループで、特に「ベサメ・ムーチョ」は今でも口ずさむ。以来憧れに近いものを抱き、メキシコを是非訪れたい気持ちに駆られた。
 今から21年も前に初訪問後3度旅し、ほぼ全土を回った。アステカやマヤなどの文明遺跡、あのグランド・キャニオンをも上回る雄大なスケールのコパー・キャニオン
、荒野に林立する大きな
サボテン、喘ぐような感じで高度を上げて行くチワワ太平洋鉄道、美いカリブ海のビーチリゾート・カンクン、迫力十分であったカリフォルニア半島での豪快なホエール・ウォッチングなど見どころ満載の旅を満喫した。

 2度訪れたテオティワカン遺跡は首都メキシコシティより北50kmにあり、紀元前2世紀頃アステカ人が築いたラテンアメリカ最大の宗教都市国家である。高さ65mの太陽のピラミッド、高さ46mの月のピラミッドの上からの眺めは最高だ。しかし、標高が2000m以上のため、上り下りは見た目よりも思いの外きつかった。他にも、階段の勾配が急なウシュマル遺跡の魔法使いのピラミッド、チチェン・イッツァ遺跡のエル・カスチージョなども同様で、息も絶え絶えになり顎が上がった。マイペースでゆっくりと登るほかに、十分な水補給などの対策が必要だ。
 
マリアッチも忘れ難いものがある。一般的にメキシコ人は陽気で明るく、楽しく人生をエンジョイする。彼らの歌や踊りには、先住民の文化が受け継がれている。その代表がマリアッチで、伝統的な民族衣装を着て愛や別れの歌、祭りの歌などを披露する楽団だ。澄み切った青空の下でカフェテラスで憩う人々の間を、恰幅の良い体を派手な民族衣装で包んでソンブレロ(帽子)をかぶり演奏するが、昔はマリアージュという結婚式で演奏したのが由来とされる。

 カリプソ音楽発祥の地として知られる
トリニダード・トバゴカリブ海最南端の島国だが、この国を知る日本人は少なかろう。国名の通り、トリニダード島とトバゴ島から成り、首都ポートオブスペイン(POS)は主島のトリニダード島にある。面積は千葉県とほぼ同じ広さの5128k屬如⊃邑は約130万でインド人が多い。1962年にイギリスから独立したが、16〜18世紀はスペイン領であった(トバゴ島はフランス領)。POSの首都名はその名残りだ。
 小さい島国だが、リンボーダンスやスチールドラムが生まれるなど、非常にユニークな国もである。石油を産出するため、1人あたりGDPは2万ドル以上と中南米では上位に入るほど豊かである。ポートオブスペインの人口は約35万人で、カリブ海諸国では有数の商工業都市として賑わう。

 観光スポットは、トリニダード島にはそれほど多くなく、POSでは歴史的な館群が並ぶ「壮麗なる7軒」ぐらいだ。むしろ見どころはトバゴ島のほうである。トリニダード島の北東に浮かぶトバゴ島は、東西40km、南北12kmの細長い島だ。黒人のアフリカ系住民が多く、「ロビンソン・クルーソー」の伝説の島とも言われる。POSから飛行機で30分ほどで着いたが、先ず目に付くのが実に海とビーチが美しいことだ。海岸はサンゴ礁に取り囲まれ、南国情緒豊かなヤシの木が立ち並ぶ。ブッコー・コーラル・リーフ、ストア・ベイ、ピジン・ポイントのほかに、スカボロー南東外れの丘の上に建つキングジョージ砦がおススメのスポットだ。


 −− メキシコとトリニダード・トバゴで寛ぐワールド・トラベラー −−
  
  メキシコ:メキシコシティ   メキシコ: テオティワカン    トリニダード・トバゴ:トバゴ
   でマリアッチと仲良く        遺跡の太陽のピラミッドで
      島のストア・ベイで泳ぐ

 この砦で三脚を使ってビデオ撮影中、あまりの景色の良さに撮影に夢中になり、うっかりして三脚を引っ掛けてしまった。そのためビデオカメラが落下し、運が悪いことに下が硬いコンクリートであったので完全に損傷し使用出来なくなった。旅の序盤の事故で以降の撮影が不可能になったが、やはり重たいが予備品の持参を痛感した。その後海外旅行の携帯品は重たくなるが、基本的に予備のカメラとビデオを必ず持参する。

 次に、黄金郷エル・ドラード伝説があるコロンビアは、優れたインディヘナ文化を持つ一方、コカインとゲリラ活動など南米の矛盾と混沌を重く引きずる不思議な国だ。また、コーヒー輸出が盛んで、エメラルドの産出量は世界一だ。資源が豊かにも拘わらず、反政府勢力がずっと存在し紛争が絶えないのはどこかのアフリカ諸国に似る。
 1886年にコロンビア共和国が成立し、1958年に軍事政権が倒れた後は二大政党体制が続いて来た。他方、地方山間部で左翼ゲリラ組織の「コロンビア革命軍(FARC)」、大農園などの右翼民兵組織、コロンビア国軍の3者が入り乱れた内戦で
1990年以降だけで4万人が殺されたと言われる。因みに、
1969年に結成されたFARCは社会主義革命を目指す反政府組織で、旧ソ連共産党の影響を受けた中南米最大の左翼ゲリラだ。農民が主体のほかに幹部はインテリが多く、主な資金源はコカインの生産や密売、誘拐の身代金とか。しかし、2002年以降は米軍から最新兵器の供与を受けたコロンビア政府軍の包囲などにより、FARCの兵力が半減した上にカリスマ的な最高司令官の死亡で急速に弱体化しているとも聞く。

 筆者が訪れた当時(2000年)は治安が悪い最中で危険なため、観光どころではないとして外国から訪れる観光客は皆無であった。こうした影響でホテルはどこもガラガラで、多分ホテル代は安くなるだろうと思って首都サンタフェ・デ・ボゴタの超高級ホテルに泊まった。チェックインの際に受付で”何の用事で来ましたか?”と聞かれ、怪訝な顔をされた。”観光で来たんですよ!”と言うと大喜びでシングル・ルーム予約が超豪華なスイート・ルームになった。ただし、夜間の外出は危険につき控えるようにと釘を刺され、世界一の暴力犯罪率を誇る国柄と聞かされていただけにやむを得なかった。
 しかし、実際に各地を回ってみると、時々警察のパトロールは見かけたものの意外に平穏であった。また、観光客がほとんどいないため混んでおらず、ユックリと見どころ満載の観光を楽しむことができた。

 標高が2640mもある高原都市ボゴタでは、旧市街の荘厳なカテドラル、見晴らし抜群のモンセラートの丘、世界有数の黄金博物館などがオススメだ。郊外では、岩塩洞窟で有名な町シパキラの岩塩教会、化石の町ヴィジャ・デ・レイバの南米最大との中央広場などが見逃せない。どこへ行っても外国の観光客を見かけることは無く、それほど訪問当時は治安が悪かった。それだけにどこでも「こんな時によくぞ来ていただいた」と大歓迎され、こちらも地元の人たちに元気と希望を与えたはずだ。
 治安が悪いとして一方的に敬遠するのではなく、むしろ紛争地を訪れて現地の人たちを勇気づけるべきではないか?
これこそ本物の国際交流、或いは大袈裟に言えば、日本外交に貢献したと言っても過言ではなかろう。


  
コロンビア:ボゴタのボリ コロンビア:ヴィジャ・ コロンビア:シパキラ
ーバル広場とカテドラル  デ・レイバの化石看板  の幻想的な岩塩教会

  国土の南北がなんと4270kmもある
チリは、東西の幅が平均わずか175kmしかない世界で最も細長い国と言える。日本から1万7300kmも遠く離れた国を訪れるきっかけになったのが、1995年1月のあの阪神大震災直後の南極への旅であった。南極に一番近い国はチリで、1000kmしか離れていない。アメリカの極地ツアー催行会社の南極探検クルーズに参加するため、チリの首都サンティアゴに集合して南極に向かった。初めての極地への旅は毎日がまさに感動の連続であった。
 その後チリが大好きになり4度も訪れ、サンティアゴをベースにほぼ全土を回った。北部ではペルーとボリビア国境近くの町アリカ、ボリビア国境近くのアンデス山脈に囲まれ美しいチュンガラ湖があるラウカ国立公園、世界最大級の銅山があるカラマ、世界で2番目に大きい塩湖・アタカマ塩湖があるサンペドロ・デ・アタカマ、荒涼たるアタカマ砂漠、中部は同国最大の港湾都市バルパライソ、チリ随一のビーチリゾートのヴィーニャ・デル・マル、南部はパタゴニア観光基地として知られるプエルト・モン、尖塔状の花崗岩の峰が並ぶパイネ国立公園、マゼラン海峡に面するチリ最南端の町プンタ・アレナスなど。

 一級品の観光スポットが多かっただけに、忘れ難いことがいくつかある。プエルト・モンの約20km北にプエルト・バラスという町があり、神秘的なエメラルド・グリーンの水をたたえたジャンキウエ湖の畔にある。この付近から湖の正面に標高2661mのオソルノ山 がそびえ、富士山そっくりのため「チリ富士」と呼ばれ、湖に映える姿は端正そのものでまるで一幅の絵のよう。
 一方、カラマ北郊外に世界最大の露天掘り銅山、チュキカマタ銅山がある。銅山見学ツアーに参加するため、ヘルメットを借り専用バスに乗り込んだ。採掘場の規模は、長さ約5km、幅2km、深さ700mもあり巨大なすり鉢のよう。広大な採掘現場では超大型トラックがもうもうと砂埃を上げ、次から次へと銅鉱石を運んで行く様は圧巻の一言であった。

 チリ本土以外では、1995年5月に出かけたイースター島の旅がある。本土から3800kmも離れ、太平洋にポツンと浮かぶ絶海の孤島である。謎だらけの巨石像モアイやラノ・カウ山の巨大なクレーターなどが見逃せない。像の大きさは3.5m、重量20トン程度のものが多いが、最大級のものは20m、重量は90トンに達する。これらの巨大なモアイ像が部族間抗争で多数倒され放置されていたが、日本のタダノがクレーンなどを島に持ち込み、15体のモアイ像を復元・修復をして話題になった。


  
チリ:オソルノ山を背にして   チリ:チュキカマタ  チリ:イースター島のアフ・アキビ
ジャンキウエ湖畔の筆者    巨大な露天掘り銅山    のモアイ像と世界の旅人


 最後に、過日世界のサッカーファンを熱狂させたFIFAワールドカップの開催国ブラジルは、国土面積と人口が共に世界第5位の大国である。中国やインドに続く代表的な新興大国として、多少問題はあるものの将来性は十分と言えよう。2度しか訪れていないが、全国の主要地はほぼ回った。詳細は6月14日付の幣ブログ「サッカーとワールド・トラベラーのブラジル大周遊をご覧頂きたい。旅人を魅了するものが多々ある国である。

    
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 アフリカにせよ、中南米にしても日本は中国の大きな背中を見て走っているのが実情だ。確か15年ほど前より中国の首脳はトップセールスで、世界を行脚している。他方、我が国は頻繁に首相が交代するため、外国訪問が疎かになり勝ちである。加えて戦前より華僑は世界に散らばり、その土地で根付き同化してきた。どこへ行っても、どんな辺鄙な所に行ってもあるのが中華料理店だが、日本料理店の進出先は限られている。近年は世界の工場として「Made in China」が世界を席巻し、ところ構わず氾濫している。
 結果的に後手後手に回っている我が日本だが、巨象(中国)と真っ向勝負していては勝ち目も意味も無かろう。充実した内容と本物志向で勝負し、また平和でキメ細やかさがある長所を最大限に生かし、ヨコから攻める策略があって然るべきと思うが如何?


               ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

筆者(ペンネーム:高やすはる)が著した本が文芸社より発売中です。
書名は
私はワールド・トラベラー世界257ヵ国・地域を旅した男
定価は本体1、500円+税。お買い求めはインターネット(アマゾンや楽天ブックスなど)、または最寄の書店でどうぞ。
  なお、本書は単なるトラベル・ガイドブックではありません。日本の将来を憂い、 特に三流とも揶揄される日本外交に対し、ズバリ直球でもの申す本物志向の提言書でもあります。是非ともご愛読のほどお願いします。


 
     表紙カバー                      口絵
 
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