世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
平昌五輪に参加する北朝鮮の思惑
11

 世界的な冬のスポーツの祭典、平昌(ピョンチャン)オリンピックの開催がちょうど1か月後に迫った。現地会場での準備も整ったと聞くが、今回の冬季オリンピック・パラリンピックは従来の大会と趣を異にしているようだ。それは国際社会に対して挑発を続ける北朝鮮の隣国、韓国で行われるからである。

 その北朝鮮を巡り、新年早々からこれまでの緊張関係が一気に緩和しそうなムードに急転しつつある。例えば、昨日(9日)韓国と北朝鮮の閣僚級当局者会談が、南北の国境にある板門店(パンムンジョム)の韓国側施設「平和の家」で行われた。韓国側は趙明均(チョ・ミョンギュン)統一相ら、北朝鮮側は李善権(リ・ソングォン)祖国平和統一委員会委員長らが出席した。

 

   

       平昌冬季五輪会場のスキージャンプ台

         (ネットより転用・加工)

 

   

         韓国側の板門店:平和の家

 

 この会談で行き詰っていた南北対話が再開された訳だが、北朝鮮は選手団のみならず、高官級代表団、応援団、芸術団、テコンドーの模範演技団などを派遣するとの由。応援団と言えば、南北関係の融和を狙ったと見られるいわゆる「美女軍団」が過去に話題となったが、今回も派遣されるのであろうか。興味津々である。 

 

 実は、272か国・地域を旅した筆者は、1995年5月に北朝鮮を訪れている。その際に、板門店の北朝鮮側も視察している。展望台がある「板門閣」に寄った後、ブルーの外壁が極めて印象的なプレハブの建物に入り、軍事停戦委員会本会議場に案内された。その時のむしろ平和な模様は今も鮮明に記憶しており、懐かしいものがある。詳細は2016年9月10日付け幣ブログ『 一理がある(?)核実験とミサイル発射を止めない北朝鮮の旅 』などで紹介済みである。

 

   

        北朝鮮側の板門店:軍事停戦委員会

           本会議場のそばに立つ筆者

 

 約2年ぶりの両国協議で北朝鮮の平昌冬季五輪の参加が決まったほか、緊張緩和のための軍事当局者会談の開催も合意された。オリンピック開催中は軍事的なオプションの行使も控えざるを得ないアメリカ、特にトランプ大統領の内心は面白くないであろう。北朝鮮が国際的な圧力をかわしながら核兵器を温存し、また核開発を進めるための道具として、本来は政治色を排除しなければならない冬季五輪を利用しようと考えているのでは? 斯様に考えるアメリカの朝鮮半島通の専門家がいるとか。

 つまり、北朝鮮の金正恩(キム・ジョウン)朝鮮労働党委員長は、核兵器・ミサイル実験など重要な点につき妥協する意思が無い様に思われる。五輪参加は飽くまで見せかけの歩み寄りで、同国が何かを手放すわけではないようだ。一方、韓国では朝鮮民族の血が騒ぐ文在寅(ムン・ジェイン)大統領は金正恩氏の真の狙いを100も承知の上で、公約とする南北対話と進めるのであろうか?

 

 いずれにせよ、一時的と見られる北朝鮮を巡る緊張緩和が本物かどうか、或いは同国の融和提案が揺さぶりであるかどうかは、平昌オリンピック・パラリンピックが終了後に何らかの答えが出るのではなかろうかと思料する。

 

Copyright ©The World Doll Museum WDM. All Rights Reserved

| 世界の紛争地帯 | 18:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
トランプ米大統領令の乱発とアメリカの入国制限
11

 今、世界で最も暗殺されるリスクが高い人物は誰かと問われれば、大よその察しが付くであろう。冒頭から不謹慎な話で恐縮だが・・・。

 

 去る1月20日に就任したアメリカのトランプ大統領だが、その直後から米国内は勿論、ヨーロッパなど世界各地で抗議デモがあった。さらに矢継ぎ早に大統領令を出すが、中には物議を醸すようなものもある。特に問題になっているのが、中東・アフリカ7カ国の国民のアメリカ入国を90日間禁止する大統領令である。その対象国とはイラン、イラク、リビア、ソマリア、スーダン、シリア、イエメンの7カ国。総人口は2億人以上で、しかも国民の大半がイスラム教徒だ。早速この影響でアメリカに入国できずに拘束されたり、航空機に搭乗拒否された人が数百人もいた。因みに、私ことワールド・トラベラーはこれら諸国をすべて何度も訪れているが、いずれも想い出深い国々だ。

 これに対し、全米各地で激しい抗議デモが行われ、国務省や州政府、大企業などからも批判の声が出ている。特に注目すべきは大統領令の合法性に敢然として違法性を唱えた司法省トップのイェイツ司法長官代理。この人、男性ならぬ女性だが、トランプ大統領に歯向かうとはあっ晴れである。だが、さすが同大統領は得意のセリフ”You are fired (お前はクビだ)!”と言って解任したばかりでなく、空席の連邦最高裁判事に保守派人物を指名して最高裁を身内で固めた。これは一連の大統領令が違憲訴訟されても、合憲とされることを意図したものであろう。

 

  

署名するトランプ大統領  各地で激しい抗議デモ(ネットより転用・加工)

 

 アメリカのビザ免除プログラムは、38ヵ国の国民に対して90日間のビザなし入国を認める。英国、フランス、ドイツなどと共に日本は含まれ、渡航者は電子渡航認証システム(ESTA)を使い事前申請する。ところが、2015年12月に連邦議会は超党派の議員立法でこの制度を変更する法案を可決し、2011年3月以降に特定の国々に渡航した人は、ESTAによるビザ免除が適用されなくなった。特定国とは当初指定されたイラン、イラク、シリア、スーダンに加え、2016年年2月にはリビア、ソマリア、イエメンも対象となった。これら7ヵ国が、トランプ氏の大統領令でも規制対象となった。
 さて、これら7ヵ国の国民が本当に危険なのであろうか?同氏の大統領令は、2001年の9.11米同時多発テロ以来、外国生まれの人物たちが多数のテロ関連犯罪を起こしたと主張する。だが、ニュー・アメリカ財団というシンクタンクの資料によれば、イスラム聖戦主義攻撃に関与、或いは斯様な攻撃の実行者として死亡したテロ犯のうち、82%は米国籍か永住権を保有。つまり、近年のアメリカ国内で起きた重大な無差別大量殺人事件の犯人はいずれも、入国制限対象の7ヵ国の市民ではなかったのである。これには国際社会も反旗を翻しており、国連のグテーレス事務総長も入国禁止令の解除を求めた。

 

 本来は自由の国であるはずのアメリカの入国制限に関し、筆者もゾッとするような苦い体験がある。同時多発テロ後にアメリカを初めて訪れたのは2004年6月で、大統領はジョージ・ブッシュであった。その時の主な目的はメキシコ旅行でツアーに参加していた。途中抜け出して単独でアメリカ南部を旅するため、メキシコ・シティ空港からニューオリンズに向かおうとした。ところが空港の出国検査(実際はアメリカの入国検査)で驚いたことにテロリストとして扱われたようで、2度も厳しい検査を受けた。別コーナーで厳しい身体検査が行われ、最後はズボンまで脱がされてパンツ姿の屈辱的な検査を強いられた。

 アメリカ入国後にサンアントニオ空港からメキシコ・シティに戻る時にも、空港で同様の厳しい検査を強要された。空港で搭乗の際、搭乗券にテロリストまたは要注意人物を意味するSという特殊マークが入っていることに気付いた。この特殊マークを見た検査官は急に目付きが鋭くなり、筆者のスーツケース・手荷物・身体に対し、テロリスト待遇の過酷かつ長時間の保安検査を強要。帰国後すぐに米国系の航空会社に手紙を書いてクレームしたが、アメリカ運輸保安局(TSA)のせいにして一切謝罪しないのはもちろん、情報公開に一切応じなかった。この悪夢のようなアメリカの空港での厳しい保安検査が、次に出かけたアリ地獄のような全米旅行の序曲になるとは想像だにしなかった。

 

    

    パンツだけになった屈辱的な     特殊マークが入った搭乗券(左)   

     姿のワールド・トラベラー      TSAの一方的な通告書(右)

         (筆者の著書『トラベル・イズ・トラブル』より抜粋)

 

 わずか1週間後の2004年6月下旬にまたアメリカに向かった。今度は1ヵ月を掛けて広大な同国のほぼ全土を回る全米周遊であった。9・11同時多発テロに懲りてか、どの空港でもTSAによる度重なる厳しい保安検査には閉口した。特に何故か知らぬが、筆者の搭乗券にテロリスト又は要注意人物を意味するSSSSという特殊マークが入っていた。十数度の搭乗でスーツケース・手荷物・身体に対し、テロリスト並みに長時間の過酷で保安検査を強要され、またズボンまで脱がされる屈辱感も味わった。とくに、ニューヨークと南部のチャールストンの空港検査が異常なくらい厳しかった。

 このトラブルの影響でストレスが蓄積し病気になり、ミネアポリスでは急遽病院にかけこんだほどだ。保安検査が長すぎるため、乗り遅れそうになったフライトも度々あった。また、スーツケースに入れていた土産物が壊されたり、スーツケース到着が遅れた上にカギが破損していたり、まったく散々であった。 帰国後すぐに航空会社に苦情を申し入れたが、相変わらずTSAのせいにして補償しないはもちろん、情報公開にも応じなかった。いくら国の安全保障のための検査とはいえ、個人の人権をふみにじり、荷物などを損傷させながらまったく謝罪しない強引なやり方はとても民主主義の模範国ではない。

 

 筆者がTSAにマークされたのは、1974年〜1977年にはクウェート、1979年〜1984年はインドネシアというイスラム諸国に駐在したほか、長年イスラム圏を旅したキャリアなどを調べ上げてイスラム過激派の関係者と見做したのであろう。しかし、皮肉にも米国の徹底したテロとの戦いは、逆に宗教や民族間の対立の激化を煽っていると言えよう。

 今回のトランプ大統領令による入国禁止は、むしろイスラム世界では益々反米感情が高まり、キリスト教vsイスラム教という永年の文明間対立の様相も帯びてきている。また、トランプ大統領が親イスラエルの隠れユダヤ教徒!?と目されるだけに、ユダヤ教のイスラエルvsイスラム教のアラブ諸国の対峙を中心に中東和平の行方が気掛かりでならない。

 

 最後に、暴言王の名を欲しいままにして過激な我が道を行くトランプ大統領閣下が、過激な者の凶弾に倒れないよう、4年間のご無事と安寧を祈念したい。

 

後記

 大統領令による米国政府がイスラム圏7カ国出身者やシリアなどの難民の入国を一時禁止した措置に連邦地裁が差し止めを命じた問題につき、司法省は地裁命令の効力の即時停止を上級審の控訴裁判所に訴えた。控訴裁はすぐに訴えを退ける判断を下し、7カ国出身者や難民の入国は当面禁止されないことになった。暫くはトランプ大統領vs司法のバトルが続きそうだ(2月5日)。

 

              ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇

 

 アメリカの入国規制トラブルなどをルポした幣著書を下記紹介します。

 

   『272の国と地域を制覇した     トラベル・イズ・トラブル

77歳のワールド・トラベラーは      安全な旅は退屈だ!!

 たった1人で紛争地を旅した 

     

    幻冬舎 定価1,400円+税  ルネッサンス・アイ 定価1,300円+税

 

 幣著書のお買い求めは、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。
お問い合わせ:
世界の人形館 
TEL 
04−7184−4745
        E−MAIL  
ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

Copyright ©The World Doll Museum WDM. All Rights Reserved

| 世界の紛争地帯 | 13:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
花の命は短しタイタンビカスと、人の命は短いニースのテロ
11

 今年もタイタンビカスが、大輪の花を咲かせる時節が到来した。今朝咲いたのは写真の通りで直径が19センチほどあり、100m以上も離れた所からでもハッキリと見えるほど大きい。その花姿はまさに巨大なハイビスカスのよう!朝早く咲き始めるが、午後3時頃から急速に萎む。まさに美しき花の命は短しを実感する花である。 

 

   

               世界の人形館で開花したタイタンビカス

 

 タイタンビカスに就いては、2012年9月8日付け幣ブログ「大輪の花を咲かせるタイタンビカスと琉球朝顔」と、2015年9月1日付け幣ブログ「大輪の花タイタンビカスの二期作開花」で紹介済みだ。4年前から育てているが、どんどん成長して今まで約10人の知人たちに株分けしプレゼントした。その人たちから「花が咲きました!」との朗報が来るのが楽しみである。

 

 私事になるが、この花が咲き始めると先ず想い出すのが、筆者の妻で51年以上も連れ添った73歳のパートナー。認知症(要介護2)で昨春より長期入院中だが、入院前までは毎年このが咲くのを楽しみにしていた。圧倒的に咲き誇るタイタンビカスを背景にし、彼女とのツーショット写真をどれほどたくさん撮ったであろうか。今ではあたかも走馬灯に映る影の如く、様々な想いが去来する。

 1年以上も北柏リハビリ総合病院で介護を受けお世話になっている妻だが、認知症という不治の病だけに良くなることは期待できず、後は天命を待ち時間の問題であろう。彼女のリタイヤで不便この上ない独居生活を強いられているが、この花を眺め愛でると少しは心が休まるようだ。それにしても、タイタンビカスをこよなく愛した伴侶は、この花と同じような運命を辿るのであろうか?と思うと女々しいかも知れないが、淋しくもあり時々孤独感に襲われる。

 

 さて、今年に入っても世界各地でテロの勢いは衰えそうもなく、また7月14日夜にはフランス南部のリゾート地ニースでテロがあった。大型トラックが暴走して花火の見物客の列に突っ込み、84人が死亡した。犠牲者の中には多数の子供たちが含まれ、若い命が散った。銃殺された容疑者のトラック運転手は31歳のチュニジア系の男だが、イスラム国(IS)に感化されたホームグロウンによるテロの類であろう。

 現場は筆者も熟知する地中海沿いの全長3.5kmの大通り、プロムナード・デ・ザングレである。ニースでは最も人が多く集まる所で、当夜もフランス革命記念日を祝う花火大会を見ようと3万人もの集まっていた。容疑者にとっては約2kmを暴走する、絶好のソフトターゲットとなったようだ。今までに無いトラックを使った新手の自爆テロと言えよう。

 

 私ことワールド・トラベラーは1976年7月と2001年9月の2度現地を訪れている。最初の旅は商社マンとしてクウェート駐在時代に、家族(妻・長男・次男)を引率して家族旅行を楽しんだ。「リビエラの女王」と呼ばれるニースは、地中海のコート・ダジュールを代表するビーチリゾート地である。パリの南東900kmほどに位置し、人口35万人は同国第5位。見どころは豪華なホテルが軒を並べる海岸沿いの散歩道プロムナード・デ・ザングレ、お洒落な店が並ぶマセナ通り、ビーチが美しいガリオン・プラージュ、狭い路地にお店がひしめく旧市街など。

 25年ぶりに訪れた2度目の旅はツアーに参加したが、コート・ダジュールは降り注ぐ陽光下に紺碧の海岸線が続き、ホテルが増えた以外は昔と変らぬ光景にホッとした。特にニースの海岸通りプロムナード・デ・ザングレ沿いのビーチ、ガリオン・プラージュでは真っ青な地中海が広がり、浜辺に押し寄せる白い波頭とのコントラストが目にも鮮やか。散策に絶好のマセナ通りは、フランス最大のビーチリゾートらしい華やかな雰囲気が漂い、比較的狭い道の両側には、お洒落なレストランやカフェのテーブルが並び賑わっていた。

 

  

地中海沿いのニース俯瞰 テロ現場のプロムナード ガリオン・プラージュ 

             ・デ・ザングレ     を散策する筆者

             (ネットより転用・加工)

 

 

               ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

                      (ワールド・トラベラーの著書紹介)
      ワールド・トラベラーだけが知る 素顔のイスラム

 

                 

                 イスラム対策に最適のガイドブック 定価1,500円+税

           お求めはアマゾンなどのネットショッピング又は書店

 

お問い合わせ:
世界の人形館 TEL 04−7184−4745
        E−MAIL 
 ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

Copyright ©The World Doll Museum WDM. All Rights Reserved 

| 世界の紛争地帯 | 20:54 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
南シナ海緊張(2)−中国の南シナ海支配を認めない国際法 日本ならどうする?
9

   また、南シナ海が緊張化しそうである。南シナ海を巡る中国の一方的な主張や行動に対し、3年半前に国連海洋法条約違反などとしてフィリピンが仲裁手続きを申し立てた。オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所は12日に、中国が歴史的権利として主張する「九段線」について国際法上の根拠は認められないとの裁定を出した。南シナ海のほぼ全域の主権を主張し、人工島を造成し軍事化するなど強引に進出する中国に対し、初めて国際法に基づく判断が下された。
 裁定は南シナ海で実効支配の拡大を目指す中国側の主張を全面的に退ける内容だが、中国は紙切れにすぎないとして裁定を無視する姿勢のようだ。罰則など強制的に裁定に従わせることは出来ないが、フィリピンをはじめベトナムやマレーシアなどの南シナ海沿岸諸国と、司法判断の順守を求める欧米や日本など国際社会が圧力を掛けるのは必至であろう。中国の立場は苦しくなるのが明白で、南シナ海情勢は一段と緊迫化する可能性がある。

 今回の仲裁は2013年1月に、フィリピン側の申し立てを受けて開始されたものだ。当然のことながら中国は参加を拒否したが、仲裁裁判所は昨年11月から中国抜きで口頭弁論を開いていた。南沙諸島などで中国が人工島を造成している件でも厳しい判断が下された。

 スカボロー、クアテロン、ファイアリークロスなどの礁を「島」ではなく「岩」と認定し、排他的経済水域(EEZ)は設けられないとしたのだ。さらにスービ、ミスチーフ、セカンドトーマスなどの各礁は、満潮時に水没する「低潮高地(岩礁)」として、EEZだけでなく領海も設定できないとした。

 

  

   オランダのデン・ハーグ:   南シナ海の南沙諸島:中国が人工島

   仲裁裁判所が入る平和宮     に造成したファイアリークロス礁

                              (ネットより転用・加工済み)

 

 仲裁裁判所は海洋法条約で海洋紛争を解決する手段の一つとして指定されており、全当事者が受け入れなくても手続きを進めることができる。裁定は最終的な判断のため、上訴はできない由。南シナ海で実効支配を進める中国の動きに対し、国際法上で中国の全面敗訴に近い裁定が下され、中国政府は即座に受け入れ拒否を表明したが、習近平指導部には大きな痛手であろう。来る9月のG20サミットを控えている折柄、習近平国家主席への党内批判を招きかねず、国内政治で指導部の足元を揺さぶる恐れがある。   

 

  因みに、九段線は中国が南シナ海のほぼ全域にわたり領有権主張のため、1953年に地図上で引いた線である。九段線が引かれる位置は、時計回りに以下の通り。

●中国vs台湾:バシー海峡

●中国vsフィリピン:ルソン島トラフ、南沙諸島、パラワントラフなど

●中国vsマレーシア:南沙諸島

●中国vsインドネシア:南沙諸島

●中国vsベトナム:南沙諸島、 西沙諸島

 極めて厳しい国際法順守を突き付けられた形の中国だが、国際社会の一員として本当にフェアにやって行く気持ちがあるなら、今回の裁定に従わねばなるまい。南シナ海で造成した人工島からすぐの撤退は無理だとしても、先ずは今後の埋め立てなどはすぐに中止し、フィリピンをはじめとする関係諸国と平和的且つ未来志向的な話合いを行うべきであろう。もちろん、Give & Takeの交渉も(特に経済面で)望まれよう。


 今回の仲裁裁判の裁定で改めて思い知らされたのは、常設仲裁裁判所・国際司法裁判所・国際海洋法裁判所といった制度の活用である。例えば、竹島や尖閣諸島を巡る問題の解決策になり得えるのでは?或いは、我が国とロシア間で北方領土交渉がいっこうに進展しない一方で、ロシア化が着実に進む現状を打破する糸口になるのではと思料する。

 とにかく発想転換が不可欠である。思い立ったらすぐに実践する、いわゆる有言即実行が望まれる。然るべき場所できちんとした根拠を示しながら国際法的な主張ができるよう、我が国もしっかりと準備し、正々堂々と実行に移すべきではないかと日本政府に強く提言したい。 

 

 中国の急速な南シナ海進出を巡るトラブルに就き、既に2014年5月24日付け幣ブログ「南シナ海緊張(その1)ベトナムvs中国とべトナムの旅」で取り上げている。南シナ海、南沙諸島、西沙諸島の定義と、南シナ海の紛争問題を論じ、懐かしきベトナムの旅も紹介した。今回はフィリピンの南シナ海に臨む島を旅した想い出を回想したい。

 

 フィリピンに関しては、2013年11月16日付けブログ「懐かしきフィリピンを直撃した史上最強台風30号」で紹介済みだが、 今回は南沙諸島に近く、中国との紛争の最前線になるパラワン島に就いて触れたい。2006年1月にマニラから空路でマレーシアに近い「フィリピン最後の秘境」と言われるパラワン島の州都プエルト・プリンセサへ飛び、同地をベースにして島内各地を回った。パラワン島は長さ約400km、平均幅約40kmと細長い島だが、面積1万4896k屬牢篌蠍とほぼ同じでフィリピンでも4番目に大きい島だ。

 

   (中国が実効支配する南沙諸島近くのパラワン滞在中の筆者)

  

セントポール地底川の入口 ミニロック島で泳ぐ  エルニドのバキュイット湾

 

 プエルト・プリンセサから北東81km、車で3時間ほど悪路を走るとサバン・ビーチに着き、小船に乗り換え約40分後に洞窟があるビーチに着く。500mほど歩くと美しいラグーンに出て、その奥にポッカリと口を開けたセントポール洞窟と地底川が広がる。プエルト・プリンセサ地底河川国立公園だ。全長は8.2kmで、地底川としては世界最長である。洞窟内は真っ暗なので、ランプがついた小さなバンカーボートで洞窟の中へ向かう。約2km進んで行くと、コウモリの大群、カテドラルという大きな鍾乳石、キリストやライオンなどの動物に似た鍾乳石など、幻想的な光景が次から次へと現れる。

 サバン・ビーチから約75km北上すると、島の北端近くに位置するエルニドに着く。人口2万人ほどの小さな町の沖合いに、約50の島々が浮かぶ。バンカーボートに乗り、ベトナムのハロン湾に似た海でアイランド・ホッピングを楽しんだ。海面から突き出たように切り立った黒大理石の奇岩の島々が点在する多島海の景観は、他に類を見ない素晴らしさだ。特に、「神々の島」と呼ばれるミニロック島.はパラワン島随一の絶景。島の東北にあるスモール・ラグーンでスノーケリングなどを楽しんだが、尖がった奇岩が透明度の高いエメラルド色の海に迫る風景は、言葉を失う美しさであった。

 

                 ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

                      (ワールド・トラベラーの著書紹介)

 

 あびこショッピングプラザ(JR・千代田線我孫子駅北口徒歩約5分)内の大型書店「ブックエース」で私ことワールド・トラベラー(ペンネーム:高やすはる)の下記著書が好評発売中です。通路側の目立つ特設コーナーで、100冊近く平積みされています。

272の国と地域を制覇した77歳のワールド・トラベラーは たった1人で紛争地を旅した! 』 幻冬舎出版 定価1400円+税

トラベル・イズ・トラブル 』 ルネッサンス・アイ出版 定価1300円+税

ワールド・トラベラーだけが知る素顔のイスラム 』新潮社出版 定価1500円+税

 世界を動かす少数民族 』 幻冬舎出版  定価1350円+税

トラベル・イズ・トラブル パート2 』 ルネッサンス・アイ出版 定価1300円+税

 

       

                   多数平積みされている筆者の著書

 

 なお、アマゾンや楽天ブックスなどのネットショッピング、最寄りの書店でも取り寄せ可能です。その他のお問い合わせは次の通り。

世界の人形館 TEL 04−7184−4745
         E−MAIL 
 ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

Copyright ©The World Doll Museum WDM. All Rights Reserved  

| 世界の紛争地帯 | 20:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
バングラデシュの人質テロとイスラム国(IS)の国際テロ拡散
11

 最近またイスラム国(IS)が犯行声明を出したり,ISの過激思想に感化されたホームグロウン(国内育ち)のテロが多発している。本来は神聖且つ安寧であるべき断食月ラマダンの期間(本年は6月7日〜7月5日)だけでも、6月12日の米国・フロリダのナイトクラブでの銃乱射テロ、6月28日のトルコの最大都市イスタンブール空港での自爆テロに続き、7月1日にはバングラデシュの首都ダッカでも人質テロがあった。

 ダッカ中心部の各国大使館などが集まる高級地区グルシャンで武装集団がレストランを襲撃し、彼らは「الله أكبر 神アッラーは偉大なり」と叫びながら銃を乱射し、警官隊や治安部隊と銃撃戦となった。その結果人質になった外国人客など23人(民間人21人、警官2人)人が死亡し、その内の7人は日本人である。犯行グループは国内のイスラム過激派組織に属し、富裕層で高学歴のバングラデシュ青年たち7人で、5人が射殺され2人が拘束された。

 

 容疑者たちは非イスラム教徒を襲撃のターゲットにしたらしく、9人が死亡したイタリア人に次ぎ我が同胞は7人もの犠牲になった痛ましく憎むべくテロである。バングラデシュの発展のために貢献中の人たちであったが、犠牲者の中には20~30代の将来を託された人もあれば、筆者よりも1歳年長の80歳の高齢者もおられる。ご遺族にとってはさぞ無念であろう。ご冥福を衷心より祈りたい。合掌。

 因みに、私ことワールド・トラベラーは1999年12月にバングラデシュを旅している。世界で8番目に多い人口大国で(日本は11位)人件費も安く、アジアではミャンマーと共に有望なマーケットとして注目されている。観光面でも結構見どころが多い有望国で、存分に堪能したものだ。

 

                           ( ダッカ市内の風景)  

    

        (ワールド・トラベラー バングラデシュを行く)

    

   ダッカ:名物のリキシャに乗る    ガンジス川のデルタ地域:

                     スンダルバンズ公園を遊覧

 

 ところで、去る6月29日に建国(?)2周年を迎えたイスラム国(IS)は、連合有志軍の空爆などの影響で一時ほどの勢いは無いと言われる。シリアとイラクで相次いで軍事的敗北を喫して支配地域を3割ほど減らし、財政も逼迫しているとか。これでイスラム国の終わりは近い!と決めつけるのは甚だしく時期尚早、甘い考えと言わねばならない。何故だろう、理由は?

 

 その1:イスラム国の支配地はシリアとイラクにだけあるわけではない。ISに忠誠を誓う組織は、今や世界各地に存在する。中には一定の領土支配を確立し、ISから「州」認定されたものもある。つまり、ISの飛び地が世界中に存在するのが現実で、例えばエジプトには「イスラム国シナイ州」、リビアのイスラム国、ナイジェリアの旧ボコハラム改め「イスラム国西アフリカ州」などがあり弱体化の兆しは全く無さそう。

 その2:イスラム国自体は、元々ラッカとモスルにそれほど拘っていない。よくラッカはISの首都だと報道されるが、彼らにとり首都ではない。そもそも国境とか領土の概念を反イスラムであるとして持っていない。偶々最初の拠点を築くことに成功したのがモスルで、その後がラッカであった話に過ぎない。彼らにとって重要なのはラッカやモスルの死守ではなく、世界のどこかでイスラム国の教義や思想が継承され、イスラム勢力が世界征服を果たすのが究極の目的である。

 その3:インターネットを中心とする情報化時代では、国家が持つ様な大きな軍隊や軍事力が無くても、ゲリラ戦法的な戦闘、即ちテロが可能である。それは、地方にいても才覚次第ではインターネットを駆使し、ビジネスが出来るのと同じだ。また、話が少々飛躍するが、超大国などが抑止力を口実にして核廃絶を進めず平和が実現しない事実は、イスラム国存続に絶好の口実を与えているのではなかろうか?

 

 上記を纏めると、もはやイスラム国は戦闘員をシリアとイラクに集める必要はない。戦闘員を両国に集中して全滅するより、世界中に戦闘員を散らばらせるほうがずっと効果的のようだ。確かにIS劣勢説が流布される昨今だが、現実にはISに忠誠を誓う組織は世界中で増殖中で、特に飛び地で着実に戦果をあげている。今やイスラム国支持者が世界中に拡散している紛れもない現実を軽視してはならない。

 今回のバングラデシュのテロ事件後間もなくの7月3日、イスラム国のお膝元、イラクの首都バグダッドでも自爆テロがあり少なくとも213人が死亡した。最近は米国大統領選で注目を浴びるトランプ候補がイスラムを明確に敵視するだけに、火に油を注ぐ連鎖反応となって今後もイスラム絡みのテロが続くのではなかろうか?バングラデシュでも近々テロの再発が懸念される。

 

 外国で我が同胞が巻き込まれるテロ事件があると、いつも思い浮かぶのは「平和ボケしている日本、或いは日本人」である。また、我が政界をはじめ経済界などでも「イスラム事情に疎い」御仁が多いことである。これは筆者が商社マン(三井物産)としてイスラムの本場、クウェートに駐在していた1970年代と今も変わらない。遺憾である。

 声を大にして言いたい。2003年のイラク戦争の落とし子がイスラム国であることを忘れてはならない。大量破壊兵器を持っているとして因縁を付け開戦したアメリカのブッシュ政権に追随した我が日本は、この時から宗教的にニュートラルと言われる日本人もISの標的になったのである。故サダム・フセイン大統領の亡霊の呪縛から容易に逃れることが出来ない様である。

 

 クウェートやインドネシアのイスラム圏に約9年住んで働き、また約43年間にわたりイスラム世界を旅して種々見聞してきた筆者は、昨年に下記のイスラムのいろはから始まり、イスラム国なども含めイスラム全般を記した啓蒙書『ワールド・トラベラーだけが知る素顔のイスラム (新潮社)』を上梓した。本ブログの愛読者の中でご興味ある方は、是非ご購読をお願い致したい。

 因みに、出版後すぐに内閣官房内閣広報室経由で安倍総理に献本し、丁重な手紙を付けてご愛読をお願いしたが、広報室から返状の類は一切無かった。無視されたのであろうか?アベノミクスの恩恵とか、1億総活躍社会プランetcと、美辞麗句だけが先行し白々しく思えるのは、賞味期限が過ぎた後期高齢者(79歳)の僻みであろうか?また、自民党の国会議員数人にも献本したが、達筆の礼状が来たのは、都知事選で話題になっている小池百合子さんである。政治家と言えども、年長者を敬う心根が嬉しい。都知事選後に美酒に酔いしれることを祈念したい。

 

     (ワールド・トラベラーだけが知る 素顔のイスラム)

    

       イスラム対策に最適のガイドブック 定価1,500円+税

      お求めはアマゾンなどのネットショッピング又は書店

 

 最後に世界第四のイスラム大国であるバングラデシュを簡単に紹介したい。1947年8月にパキスタンの一部(東パキスタン)として英国から独立し、さらに第3次印パ戦争後の1971年12月にパキスタンから独立した。面積は日本の40%ほどの14万7000k屐国土のほとんどがガンジス川デルタに広がる平原地帯である。人口は約1億6000万人で、国民の約9割がイスラム教徒だ。

 近年は世界の縫製工場として各国のアパレルメーカーが生産拠点を設けているが、2013年4月には縫製工場の入ったビルが倒壊して1100人を超える死者を出した。その詳細は幣ブログの「ビル崩壊事故が物語るバングラデシュの素顔」で詳述している。政情は比較的安定していたが、昨年以降は少数派のヒンドゥー教徒や外国人が襲撃される事件が相次いだ。また、昨年10月には北部で日本人が銃撃されて死亡しており、イスラム過激派の台頭を懸念する声が出ていた矢先であった。

 

 上述の通り、私ことワールド・トラベラーは1999年12月にバングラデシュを旅したが、その時の模様は幣著書『 世界を動かす少数民族 』と『 トラベル・イズ・トラブル パート2 』で述べている。ご関心ある方は、併せご購読頂きたい。なお、上述書の著者ペンネームは 高 やすはる です。ご参考まで

 

     世界を動かす少数民族      トラベル・イズ・トラブル パート2 

  

   幻冬舎 定価1,350円+税     ルネッサンス・アイ 定価1,300円+税

 

Copyright ©The World Doll Museum WDM. All Rights Reserved

| 世界の紛争地帯 | 19:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
北朝鮮の挑戦と水爆(?)実験
10
 筆者がパソコンで「北朝鮮」と入力すると、必ずと言ってよいほど「北挑戦」と誤変換(?)される。パソコンがおかしいのであろうか?或いは正常で正直なのであろうか?北朝鮮はまた挑戦的なことをやってくれた。
 さる6日、北朝鮮は4回目の核実験を行った。しかも、初の水爆実験だ。「水爆の実験はアメリカをはじめとする敵対勢力から、国の自主権と生存権を守り朝鮮半島の平和と安全を保証する自衛的措置だ」と正当化するとともに、「核抑止力を質的、量的に絶えず強化していく」と主張する

 この核実験を受けて、実験の事前通知を受けなかったとして不満そうな中国を含め、世界各国の非難は避けられないと報じられている。我が日本も官房長官が北朝鮮制裁強化へ「断固とした対応検討」と述べたが、北朝鮮が核実験をする度に金太郎飴の様な抗議声明が出る。そして、拉致問題の解決がどんどん引き延ばしされる。中国も本音は北朝鮮擁護に変化は無かろう。
 彼らは何故懲りずに実験を繰り返すのか?イランは大人しくなり協調的になったが、北朝鮮は相変わらずやんちゃ坊主のようだ。「盗人にも三分の理」という言葉があるが、彼らなりにちゃんとした理論根拠はあるのであろう。国連安保理の常任理事国のアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の五大核保有国は、依然として核抑止力のためにと核削減を進めないばかりか、保有核兵器のリノベーションを進めている現実だ。こんな二律背信をして、やんちゃな北朝鮮がすんなりと従うであろうか?
 水爆実験は大成功であったと北朝鮮は報じているが、実際はそうではなかろう。たとえ成功であっても、水爆とは認定しがたい小規模なものであったのではないか?そろそろ国際社会はお互いにこの様なくだらないゲームから撤退し、前向きで建設的、そして何よりも平和的なものを構築することに注力してもらいたいと祈念する。
 私こと
ワールド・トラベラーは、1995年5月に北朝鮮を旅したことがある。その時に体感した
北朝鮮の深層などにつき、著書『 私はワールド・トラベラー(文芸社) 』で詳述しており、ご関心ある方は是非ご購読願いたい。

                 
                         定価本体1,500円+税

 お買い求め又はご注文は、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。
お問い合わせ:

世界の人形館 TEL 04−7184−4745
        E−MAIL  ko-yasu@maple.ocn.ne.jp


                              ◇◇◇ お知らせ ◇◇◇

           ☆☆☆ クロス・ステッチの世界 ☆☆☆
               星 野 真 弓 展 

 ワールド・トラベラーのプライベート・ミュージアム、世界の人形館の見学者は実に多彩です。気鋭のクロスステッチ(刺繍)アーティスト、星野真弓さんもその一人です。才能豊かな彼女の個展が千葉県我孫子市で開催中です。
 世界の人形館はこの素晴らしい個展に賛同し、ステンドグラスランプなどを貸与して全面的に後援しています。是非ご覧下さい。

      ギャラリー芙蓉の玄関    星野さんの作品とステンドランプ
                          (世界の人形館所蔵)

        

日時:2016年1月14日(木)〜23日(土) 10:00AM 〜 5:00PM
                            (最終日は〜4:00PM)
場所:ギャラリー 芙蓉  2F
    我孫子市布佐1−30−11
    JR成田線布佐駅徒歩7分


Copyright ©The World Doll Museum WDM. All Rights Reserved 
| 世界の紛争地帯 | 12:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
難民問題をワールド・トラベラーならどう思う? How do you think of Refugee crisis for the World Traveller?
13
 本日4冊目の幣著書「 ワールド・トラベラーだけが知る 素顔のイスラム 」を、新潮社より出版した。出版社との付き合いは同社が4社目だが、各社各様の社風がある。つまりそれぞれ特徴、つまり社風の明らかな違いがある。歴史があり格式を重んじる同社は、言うなれば今風殿様のような感じである。そのスタイルは社名の新潮ならぬ「慎重」と受け止めているのだが・・・。もし、中立的ではない独断と偏見があれば、なにとぞご容赦願いたい。
 ホヤホヤの新著を刊行した途端に仕込み始めたのが、次著の執筆である。出版社は2冊目のリピーターの幻冬舎である。名物社長の薫陶を受けているためか、或いは風通しが良いのか、前向きな若いスタッフが多い。が、仕事は厳しいようで、人の出入りも激しいと見受ける。因みに、処女作の出版社Bは自費出版を得意とするが、良心性に首をかしげたくなる所がある。
 一長一短あるのは世の常であり、それはそれで良かろう。とにかく、無名に近い筆者こと
ワールド・トラベラーの名前、あるいは分身が残る著書を、世に出していただければ十分でありハッピーである。


             
            ワールド・トラベラーの新刊書「・・・素顔のイスラム」
              イスラム国(IS)やシリアのことも詳しく解説!!

 さて、
口癖のように「積極的平和主義」を唱える安倍晋三首相は、難民問題に対しどのように考えておられるのであろうか?

 シリアなどから難民が大挙してヨーロッパに流入したのを契機に、日本でも難民問題に関心が集まっているようだ。古くて新しいのが難民問題だが、現代における難民発生の最大要因は内戦など武力紛争である。この世界全体の軋みを象徴するかのように、内戦と同様に泥沼化する懸念がある。その一方では、容易に解決できそうもない難民問題に対し、欧州だけでなく世界各国の国際政治や協力への対応ぶりなどを垣間見ることができる。
 そこでワールド・トラベラーは、次著(仮)「
世界を動かす少数民族で取り上げている難民問題を、予告編のような形でその一部を事前公開したい。相当な問題提起の話題書になるのではないかと、出版社の期待も大きいと聞く。

 新聞やテレビで連日取り上げられるているシリアやアフリカなどの難民は、今や国内外で大きな話題になっている。筆者はこれら難民国をすべて訪問済みで、難民問題は人道上はもちろん、政治的にも財政的にも諸問題が複雑に絡みあい厄介なこと熟知している。シリアなどの難民国と難民を受け入れる側の国、特に受入国の理想と現実は厳しいものがあるとか。


                 
                   ヨーロッパを目指す難民たち(ネットより転用・加工済み)

 近年受け入れの対象国になっているヨーロッパ諸国から遠く離れた我が日本は、その深刻さはピンと来ないし、まるで対岸の火事と受け止めているフシがある。まことにオメデタイことだ。多様な人種や言語の問題も無い、江戸時代の鎖国体制のDNAをそのまま受け継ぐ島国根性が残存する純粋培養の単一国家として無理もないが・・・。

 我が政治家の諸先生は与党・野党を問わず、誰もこの世界的な国際問題、言い換えれば外交案件に対し積極的に意見を述べようとしない。いや、僭越な言い方になるが、
国際社会で堂々と言える度量と外交センスのある御仁がいないかも知れない。斯様なことが言い切れるは272の国と地域を旅した自負であろうか?。だが、我が政界では、重要な安保法制問題などを抱え、それどころではないのであろう。いささかスケールの小さい話に思えるのだが・・・。
 だが、今のままでだんまりを決め込んでいては、「日本外交は相変わらず二流国 or 三流国」と揶揄されても文句は言えまい。「外交は票にならない」とのジンクス(?)は依然として健在のようだ。また、我が首相が得意とする「積極的平和主義」につき、難民問題はどういう位置づけになるのか知りたいものだ。やはり、軍拡志向の積極的平和主義なのであろうか?

 外国に関し長年にわたる知見は十分だが、傘寿に近い老人に関連情報を収集したいとの謙虚にして篤志あるご要望があれば、喜んでお受けしたい。
 今からでも遅くはない! が、善は急げと申し上げたい。無論、社会貢献活動の一環として謝礼は一切不要なり。

 

                    ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 無料講演を引き受けます。

 ワールド・トラベラーは年間5〜6件の講演・講義を全国各地で行っています。目的は地域や街の活性化と真の国際化推進、そして三流とも揶揄される日本外交再生などの一助です。そのために世界に関することであれば、旅行、文化芸術、宗教、歴史、政治や外交に関する国際情勢、グルメ、環境、経済や産業などジャンルを問わずワールド・トラベラーとして恥ずかしくない講演をします。しかも実体験をベースに、他人様の情報をコピペ(切り貼り)しない異色のノンフイクションをありのままにお話します。
 特に、最近話題のイスラムに関しては、イスラム圏で働き、住み、旅して42年のキャリアがあり、
イスラム講演は最も得意とします。希望があれば、ご遠慮無くお申し出下さい。因みに、慈善活動のため謝礼は一切不要ですが、ご希望の主旨が筆者の平和的な理念などに反する場合は勝手ながらお断りすることもあります。予めお含み置き下さい。
                      ― ― ―  講演会風景 ― ― ―
  
 プロジェクターを駆使し講演     地球儀を前にして      満席の会場で熱心に聴講する
  するワールド・トラベラー      スピーチする筆者       多数の参加者たち 


お問い合わせ:
世界の人形館 
TEL 04−7184−4745
        E−MAIL 
 ko-yasu@maple.ocn.ne.jp


 著書紹介

世界199ヵ国と73地域を制覇したワールド・トラベラー ペンネーム:高 やすはるが、テレビや新聞が報道しない、知られざる危険だらけの紛争地を生々しく現地ルポする本格的なノンフィクション書籍!喜寿を過ぎた世界の旅人が著した本物志向のリアルな本が、幻冬舎より発売中。
     272の国と地域を制覇した77歳のワールド・トラベラーは
             たった1人で紛争地を旅した

という超長い書名も話題となっています。また、ある賞にノミネートされています。


    

定価本体1,400円+税 最寄りの書店でお買い求め又は注文可能 アマゾンなどインターネットショッピングもできます。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫十分な世界の人形館でお買い求めできます。ご連絡下さい。

Copyright ©The World Doll Museum WDM. All Rights Reserved 
| 世界の紛争地帯 | 09:08 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
拘束の前科(?)があるワールド・トラベラーの「自己責任」とは
11
 「イスラムは変質した!」を再認識させられた劇場型の人質事件は一応収束した。

 
1月20日以降恐らく日本国民のほとんどが固唾を呑み、注視したイスラム国 ( IS )の邦人拘束テロは、2人とも殺害されると言う最悪の結末となった。ISが公開したインターネット映像の予告通り、本当に悪夢を見るとは―。断固としてテロと戦う決意を繰り返していた安倍晋三首相も、想定外のシナリオであったのであろうか?
 この残忍な日本人人質殺害事件でまた議論が噴出したのが、やはり
自己責任である。この問題に触れないで看過するのも無責任であり、さりとて騒ぎ立てるのも殺害された人質の遺族を思うとデリケートな問題でもある。今回の人質事件の日本側の主役になったフリージャーナリスト(47歳)がイスラム国に入る前に自ら明確に言い放った「自己責任」は、冷静な視点に立てば問題発言の類になるかも知れない。

 私事でまことに恐縮だが、
世界を股にかけて272の国(199)と地域(73)を制覇し約9年の海外在住経験を持つた筆者ことワールド・トラベラーには、件のジャーナリストとちょうど同じ年の次男がいる。それだけに、本件はとても他人事ではない。しかも前回のブログ「イスラム国の邦人拘束殺害テロ−世界の紛争地を熟知のワールド・トラベラーが平和ボケを斬る!で紹介したように、日本人としてまことにお恥ずかしい拘束された前科(?)がある。
 なんと
リビア、南スーダン、北オセチア、イラク、アフガニスタン、イエメン、イスラエル、チェチェン、ルワンダ、コンゴ、西サハラなどで、長時間にわたり拘束されたり、されそうになったのである。さらに、今はイスラム国の支配下にある地帯(モスル近くやデリゾールなど)も訪れたことがある。自慢すべきではないが、これほど名うての危険な紛争地を数多く巡った日本人、或は他国人はこの世界にいないかも知れない。もし該当者がおればご連絡頂き、是非お会いしたい。
 
 今まで死線にニアミスしたことが何回あったであろうか?それでも悪運が強いのであろうか、なんとか生きながらえて2か月後には78歳になる。筆者の彼の地の旅はいつも「自己責任」と「死のリスク」というゼッケンを付けて言動する。南極と北極点を含め
世界の果てまで行き尽くしているので、出かける先は正直言って皆が敬遠する危険な紛争地ばかりに絞られる。この問題については渡航前から、半世紀も伴侶をお願いしている5歳年下の老妻との壮絶な家庭内バトルがある。
 もちろんパートナーは大反対で、「絶対に行かないで!」と泣き叫び泣き崩れる。そこで鬼のような心になり、「自己責任で行く。従い、もし何かあっても、日本政府や関係者の皆様方には一切ご迷惑を掛けないように振る舞うこと!またメディアとの接触を極力絶つこと!」と言い切って妻との押し問答に一方的に終止符を打つ。それでも先月に金婚式を迎え、なんだかんだで半世紀に及ぶ腐れ縁が続く。
 
 上記のような遺言めいたものを残して旅立つのは可哀相ではあるが、泣き寝入りのような形で妻は従わざるを得ないようだ。これもこの世に生を受けて授かった、人それぞれの宿命であろう。無事に帰国すれば妻は大喜びだが、帰国した本人が果たして本物かどうかを確かめるため、わざわざ体を触る慎重な知人もいる。きっと周りの人たちは世界の旅人の自己満足に迷惑しているに違いない。申し訳ない次第だ。

 近年はむしろ好んで紛争地に足を踏み入れるが、当然のことながら常に真剣勝負である。しかもすべて一人旅なので、頼れるのはおのれだけだ。プロのフリージャーナリストや戦場カメラマンではないが、紛争地での心構えはプロ並みか或いはそれ以上かもしれない。本物志向に拘るが故に、やらせ的な光景にシャッターを押すようなことは好まない。ところが世間の目に留まるのはこのやらせ的な事象が多いようだ。

   −−− たった1人で紛争地を行くワールド・トラベラー −−−
 
アフガニスタン:バーミヤン近くで(2007年)  カンボジア:ポル・ポト時代の名残り
                            プノンペン虐殺犯罪博物館(1994年)


 妻以外にも自己責任を明言したことが1度ある。イスラム過激派組織タリバンが無情にも破壊したバーミヤン遺跡をどうしても見たく、古希を迎えた2007年4月に自爆テロなどが頻発し危険この上ないアフガニスタンを訪れた。出発前に最新の現地情報入手のため、首都カブールの日本大使館にコンタクトした。しかし、大使館より危険過ぎるとして再三旅行中止を要請され、メールと電話で数度押し問答を繰り返した。結局自己責任で同国に入ると言い切り、最後通告を出す形で入国。
 現地到着後ホテルで面談した大使館員よりまた旅行を中止するよう求められ、即刻日本への帰国を促された。そこでまた自己責任を強調し、日本政府及び国民の皆さんには一切迷惑を掛けないと誓約した。結局、鋭意話し合いの結果、日本でも持たない携帯電話(ノキア)を所持する条件でアフガン各地を回った。筆者の行動を絶えずチェックするためであろう。

 
 一方、殺害されたジャーナリストは拘束前に、「何か起こっても責任は私自身にあります」と明確に自己責任に触れていた。しかし、何か起こった場合はどうするのかの説明が無く、留守家族にも自己責任について多分言及せずに出国したのであろう。
 だからこそ、今回の人質事件発生後に家族はイスラム国、或は日本政府に救命を懇願したと推察される。結果的にこの懇願が立場が違うと、身勝手とか自己責任云々になるようだ。ある週刊紙に依れば、 "生きて帰って自分の軽率さを日本の皆さんに詫びて欲しかった。”と実兄が漏らしているようだ。世界を熟知する
ワールド・トラベラーも全く同感で、公平に達観しておられる実兄に敬意を表したい。

 また、日本政府の3度の警告にも拘わらず、無視してイスラム国の支配地域に入ったことにつき、自民党の高村副総裁は「蛮勇」と言っているがごもっともである。今の若い世代の人たちとは違い使命感に燃えた勇ましい立派な御仁のようだが、何が起こるか分からない外地でのキャリア不足は否めないようである。
 ワールド・トラベラーが拘束された時の様子を振り返ってみると、独特の恐怖感が先ず頭に浮かぶ。基本的に拘束側はこちらをスパイ or 敵と見做す。対する当方はそうではないと打消し、お互いに神経戦になる。この場合、語学力が活かされる場合もあり、その後はお金(身代金)の話になることが多い。安易な即受けも良くないが、粘り過ぎると相手を硬化させると長期拘束または人質になるようだ。
 生死のターニング・ポイントは拘束後2〜3時間であろう。筆者の場合は約3時間以内で解放されたが、長年の豊富な外地経験と少々の語学力(英検1級と他の外国語は片言だが6〜7ヵ国語)が生かされ、さらに高齢も考慮されたのであろう。若い者が多い拘束側から見れば、尊敬すべき自分たちの父や祖父のような存在になるようだ。


 現地の実情は現地人が一番よく知っていることは言うまでもない。安全と言われる我が日本でも、危険地帯がちゃんとある。常識的にはそのような危険な所を知りながら、わざわざ出かけはしないであろう。現地人も敬遠するような凶悪なイスラム国に入るのは、実兄が言われる通り軽率であり自殺行為に等しい。先に拘束された42歳の会社経営者を助けるためと報じられているが、凶悪なイスラム国を相手では非現実的な話である。もし救助できればヒーローになろうが、むしろ2人の間には他人が知りえないトラブルがあったのでは−−。
 この2週間はテレビに釘付けの毎日になったが、イスラム国関連の番組に出演するゲストの顔ぶれがほとんど固定化し、発言内容などの情報も画一的。メディア関係者の中にはジャーナリストの平和的な功績を美化しようとする動きが目立ったが、紛争地の実態をある程度知る筆者には少々違和感を覚えた。中東独特の広漠たる乾いた大地の臭いや、イスラムの香りがあまり無い話が多く、真の中東通やイスラム通が極めて少ないことを実感した。読者の皆さん、如何であろうか?


 
イラク:2013年7月モスル近くのクルド エジプト:1975年中東戦争後のスエズ運河
自治区で、現在はイスラム国の支配地とか  家族(妻・長男・次男)と共に訪れる


 イスラム世界に住み、働き、旅して42年近くになるワールド・トラベラーが把握するイスラム国の実態は、次の通り考察する。

端的に言えば、唯一神アッラーの御名と今風にインターネットを巧みに駆使する狂信的なテロ集団で、平和的なイスラム本来の教えに反する。
集団を構成するのは
アブバクル・バグダーディを頂点に、前身がスンニ派の過激な反米組織のイラク・アルカイダ機構、イラク・シリアで汎アラブ主義を掲げサダム・フセインが総裁を務めたバアス党の残党、様々な格差などにより社会で疎外感を覚えた移民出身の欧米の若者(インターネットなどのインテリジェンスに優れる)の寄り合い所帯。また、イラクの前のマリキ政権で冷遇されたスンニ派の部族長たちも追従の模様。
イスラム国を凶悪に走らせる元凶は米国であることを否定できまい。特に2003年のイラク戦争後や2006年のサダム・フセイン処刑後に憎悪が始まったよう。故に米国の同盟国と見做されると、IS攻撃のターゲットになる。相変わらず米国一辺倒の日本もその一員になったようだ。
宗教的にはキリスト教徒も狙われ、殺害された邦人ジャーナリストがクリスチャンであったのも何らかの因果関係がありそう。

 テレビで映し出された人質たちは一様にオレンジ色の服を着せられていたが、キューバのグァンタナモ米軍基地に収容されているアフガニスタンやイラクなどのイスラム過激派テロの容疑者が着用するものと同じ色だ。この悪名高い収容所では
厳しい尋問、水攻めや電気ショックなどの拷問など、国際法や条約を無視した非人道的な虐待が行われているらしい。
 言うまでも無く
オレンジ色の服は米国に対する強烈な皮肉であり、倍返しの報復の意味があるようだ。筆者も過去2度にわたり米国から受けた屈辱感は終生拭い去ることができないものがあり、その詳細にご興味ある方は幣新著「たった1人で紛争地を旅した!」をご購読の上201〜2頁と231頁をご覧頂きたい。
 体験者でしか分からない、米国の意外な残忍さと非情を身をもって知るイスラム国関係者は、きっと復讐に燃えているのであろう。それが事実なら同じような体験をしたワールド・トラベラーもISの心情が分からぬでもない。だが、神聖なイスラム本来の平和な流儀から完全に逸脱したかのような、超過激で恐怖に追いやる蛮行はご免蒙りたく 
.لا، شكرا ラーシュクラン ( No,thank you )である。

   
キューバ:グァンタナモ基地でオレンジ  アフガニスタン:カブールで、内戦で破壊
    色の服を着た囚人たち       された建物のそばで遊ぶ孫のような貧しい
 (インターネットより転用・加工済み)      子供たちと仲良くスキンシップする筆者

 確かに、イスラムには「目には目にを」という掟がある。しかし、お互いに憎しみ合い、殺し合いが次の殺し合いを呼ぶようになれば、イスラム国問題も過去四千年にわたりエンドレスに続くイスラエルvsパレスチナの相克と同じ構図になる。
 そう想うと、イスラムの良き理解者として憂鬱になり、悲しくもなる。断っておくが、筆者はムスリム(イスラム教徒)ではない。が、今はとにかく 
الله أكبر アッラーアクバル 神は偉大なり と純粋に唱えたい。


                 ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 新著紹介

世界199ヵ国と73地域を制覇したワールド・トラベラー ペンネーム:高 やすはるが、テレビや新聞が報道しない、知られざる危険だらけの紛争地を生々しく現地ルポする本格的なノンフィクション書籍!喜寿を過ぎた世界の旅人が著した本物志向のリアルな本が、幻冬舎より発売中。
     272の国と地域を制覇した77歳のワールド・トラベラーは
             たった1人で紛争地を旅した

という超長い書名も話題となっています。


   

定価本体1,400円+税 最寄りの書店でお買い求め又は注文可能 アマゾンなど
インターネットショッピングもできます。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫十分な
世界の人形館でお買い求めできます。ご連絡下さい。


Copyright ©The World Doll Museum WDM. All Rights Reserved 
| 世界の紛争地帯 | 23:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
イスラム国の邦人拘束殺害テロ−世界の紛争地を熟知のワールド・トラベラーが平和ボケを斬る!
17
 世界を股にかけて旅して来たワールド・トラベラーこと筆者は性懲りも無く、また売れそうもない本を幻冬舎より上梓した。3日後の25日より超長いタイトルの幣著「272の国と地域を制覇した77歳のワールド・トラベラーはたった1人で紛争地を旅した!」が、全国一斉に発売される。アマゾンの内容紹介では、次の通り分不相応な過分の紹介で恐縮している。

 ― 
日本人が知らない、世界の危険・紛争地帯の真の姿とは ?  
平和な日本で暮らす我々には想像し難いが、世界には泥沼化した戦闘が続くシリアやパレスチナのガザ地区などに代表される紛争地帯が多く存在する。商社マンとして働き、半世紀の間に272もの国と地域を旅した著者は近年、たった一人でこうした紛争地帯を旅し、その国で暮らす人々と交流、見識を深めてきた。本書では危険・紛争地帯、約65ヵ国での著者の体験談を、各国の歴史などと合わせて読むことができる。旅先で三脚を用い、セルフタイマーで撮影された、著者と銃を持った兵士や戦車などの紛争地帯の写真(カラー)も多数収録。新聞やテレビからはなかなか伝わってこない、危険・紛争地帯の真実の姿を知ることができる良書。


 超長いタイトルだが、タイミング的にはまさに絶好のようである。何故か?もちろん本書では、我が日本、いや世界も注目するイスラム国、或は関連国のシリアやイラクなどを含め70近い紛争国・地域を紹介している。しかも、リビア、南スーダン、北オセチア、イラク、アフガニスタン、イエメン、イスラエル、チェチェン、ルワンダ、コンゴ、西サハラなどでは、長時間にわたり拘束されたり、されそうになった.。自慢できないような、まことにお恥ずかしい前科(?)がある。さらに、今はイスラム国の支配下に入った地帯も訪れたことがある。その模様は幣著で詳述しており、ご関心あれば是非ご購読頂きたい。

       −−− 世界の紛争地を巡ってきたワールド・トラベラー −−−

  
イエメン:サヌア郊外で民兵 ソマリア:ソマリランドで  パキスタン・アフガニスタン国境
 より銃を借りる(1998年)  放置された戦車(2007年)  国境兵と仲良く(1994年)


 手前味噌的な自己紹介になるが、ワールド・トラベラーは1970年代〜1980年代にかけクウェート及びインドネシアのイスラム諸国で商社マンとして9年近い駐在経験がある。また、イスラム圏を旅して42年のキャリアもある、ひょっとすれば我が国有数のイスラム通、或は中東通であるかも知れない。そのお蔭であろうか、最近はイスラムに関する講演が増えている(が、何故かメディアからはお声がかからない)。間もなく78歳になるので認知症の老人 or 廃人と勘違いし、敬遠しているのであろう。
 いずれにせよ、イスラム世界の今昔をある程度熟知する身として、近年のイスラム絡みの事件が世界で絶えないのは実に嘆かわしい。Unbelievable!半世紀ほど前には考えられなかったことで、全く隔世の感だ。
 1974年にクウェートに向け出発時、見送りの人たちから出た送別の辞は一様に「無事に帰って来て下さい!」であった。当時の中東、換言すればイスラム世界は未知の、しかもちょっと怖いイメージがあった。駐在時代はちょうどイスラエルvsアラブ(エジプトなど)の中東戦争はあったものの、全般的に穏やかであった。むしろ、イスラムの厳しい戒律や教義などにより悪いことをすれば、厳しく罰せられるとの空気があり、治安は意外に良かった。だが、1979年イランでのイスラム革命以降のイスラム世界は信じがたいほど変質し、過激な自爆テロや同時テロが珍しくなくなった。
   

 ところが比較的宗教色が薄く平和ボケしていた我が日本にも、イスラムの脅威が襲った。中東訪問の安倍晋三首相が、エジプトのカイロで「イスラム国対策のために2億ドルを供与する」と発表。これに対し、1月20日インターネット上でイスラム過激派組織、イスラム国(IS)が2邦人殺害を警告し、件の2億ドルを寄こせと要求してきた。三流、否それ以下と揶揄される日本外交の弱点と低レベルを白日に曝け出した感じだ。また、相手によっては、平和への貢献どころか、逆に攻撃的と見做される「積極的平和主義」の危うさが皮肉にも浮き彫りにされたと言えよう。
 敵地ISの近くで、わざわざ「イスラム国対策のため2億ドル」とは。地球儀俯瞰外交を自負する割に、肝心の世界地図をよく見ておられないようだ。それがたとえ軍事用ではなく人道的支援と言い訳しても、クレージーな割にビジネスライクでしたたかなISにはとても通用しない。首相発言は明らかに不適切であり、ハッキリ言えば間違いであろう。だから相手は待ってましたとばかり、2人の人質を盾にして2億ドルをこちらのISに寄こせとの極めて単純なお話。要するに巨額の誘拐ビジネスである。

  
  ワールド・トラベラーの新著 1974年クウェート駐在時 イスラム国が2邦人殺害
 「たった1人で紛争地を旅」  イスラムの民族衣装着用  警告(インターネットより)
 
 因みに、イスラム国の概略に触れよう。前身は一般的に2003年のイラク戦争後に生まれた反米組織「イラク・アルカイダ機構」と言われるが、その源流は
汎アラブ社会主義を掲げるバアス党のようでシリア派とイラク派に分かれる。アメリカ等によって壊滅されたバアス党員のサダム・フセインの残党が米英などに復讐を企み、米国一辺倒の日本を以前から米国の同盟国と見做しているようだ。2
011年の米軍撤退後に隣国のシリアまで勢力を拡大し、昨年6月イラク第2の都市モスルを制圧後にイスラム国という国家樹立を宣言した。その最高指導者のアブバクル・バグダーディ(1971年バグダッド北部のサマーラ出身)は自らを預言者ムハンマドの後継者である「カリフ」を名乗り、シリアのラッカを首都とした。
 現在イラクとシリアの国土の3分の1を支配すると言われ、およそ800万人の住民がいる。3万人とも言われる兵力は米国などの空爆でかなりの死傷者を出しているが、外国からのリクルートを続けて補充に懸命と聞く。極端なイスラム法(シャリーア)による厳しい統治を行い、クルド人の少数派ヤジディ教徒やイスラム教シーア派信徒の誘拐や処刑などのほかに、スンニ派への改宗を強要。また、シリア北部では米英人が斬首され、手を下したのが同胞とは驚くほかない。世界80カ国以上から集めた15000人ほどの外国人戦闘員を抱え、石油の密売や身代金などが収入源のようだ。ところが、最近原油価格が暴落し台所が火の車とすれば、世界各国からの戦闘員リクルートも困難になるであろう。

 いずれにせよ、根幹は身代金目当ての誘拐ビジネスの範疇に入るのは間違いなかろう。日本は酷寒の最中だが、拘束された2人は飛んで火にいる夏の虫になったようである。2億ドルの不用意な首相発言も問題だが、拘束された当事者の2邦人の行動にも首をかしげざるを得ない。先ず、武器を所持して拘束された42歳の素人くさい男性(?)は一攫千金を見たようで、まったく話にならず問題外である。
 他方、筆者の次男と同じ年の47歳のフリージャーナリストは拘束前に、「何か起こっても責任は私自身にあります」と明確に自己責任に触れていた。これほどキッパリと言い切る人は滅多にいない。かなり自己顕示が強い御仁のようだ。また、「ISに直接接触しようと冒険的な取材でミスを犯した」との現地人情報もある。当地のメディアは池上彰氏を含め金太郎飴のように、正義感が強く慎重なベテランジャーナリストと絶賛。
 だが、その割には軽率な面があるのでは、或は海外在住経験もイスラムの知識も無いキャリア不足を感じるのだが―。また、JOGOという名前を持っているそうだが、クリスチャンとなれば、イスラム教国(?)のISから「十字軍」と敵視されてもおかしくない。千年以上にわたるキリスト教vsイスラム教対峙の歴史と構図を肝に銘じる要がある。


 実は後期高齢者の年甲斐も無く無類の冒険好きと言われるワールド・トラベラーも、2001年3月にアフリカのジブチを訪れた時に隣国の危険極まりないソマリアに入ろうとした。しかし、危険すぎるとしてガイドや運転手などの現地人から断られ、やむなく入国を断念した。また、2013年7月にイラクのクルド自治区に入った際、シリア国境またはモスルに向かおうとタクシーを探した。しかし、(後刻分かったのだが)イスラム国の支配下に入る矢先であったため、危険地には行きたくないと運転手にことごとくぴしゃりと断られて諦めた経緯がある。
 長年の外国在住を経験し、半世紀近くも前から世界の紛争地に単身で足を踏み入れて来た筆者も、絶対に越えてはならない一線を順守するよう心掛けている。
だからこそ、4分の3世紀以上も生きながらえているのであろう。その一線を越えるのは地雷敷設地に入るようなもので、少しでも触れたら一巻の終わりだ。
 2003年6月ボスニア・ヘルツェゴビナの地雷敷設地に行った時である。危険!と書かれた標識に近づくと、「危ないから早く立ち去りたい」と「実際に地雷敷設地内に入ったらどうなる?」
”という相反する気持ちが不思議に交錯する。イスラム国で拘束された人たちも、斯様な逡巡があったのではないか?虎穴に入らずんば虎子を得ず”と言うが、売名目的や歴史に名を残したいとの邪念があると危険この上も無い。


  −− 今はイスラム国の支配地を旅した筆者 −− 
  
シリア:ユーフラテス河畔    イラク:モスル近くの  ボスニアヘルツェゴビナ:サラエボ 
の町デリゾール(2000年) クルド自治区(2013年) 危険な地雷敷設地(2003年)


 本当に危険な所へは現地のガイドやタクシー運転手すらも行くのを嫌がり、 きっぱりと拒否される。拘束中のフリージャーナリストは 「ガイドに裏切られ、武装グループに拘束された」とトルコ在住の知人のシリア人に電話したそうだが、恐らくガイドは怖くなって途中で逃げたのであろう。もちろんガイド料はチャッカリと先払いでもらって避難したと推察する。内戦のどさくさに乗じ、銭儲けを企む輩が多いこと忘れてはならない。
 このような類の経緯を無視してでも、ISに向かったのは無謀という他なく自殺行為だ。ドライな米国などでは当然ながら自己責任の領域になり、身代金支払には応じない。依って、今回の人質殺害警告の誘拐テロで日本側の主役たる我が首相と被拘束者の言動は、「どっちもどっちではないか?」との見方が世間では多いようだ。心労多かろう人質のご家族にはお気の毒だが、斯様に言わざるを得ない。

 自己責任となれば、米国などはびた一文ならぬ「びた1ドル」の身代金を支払わないことに徹している。このため、昨年イスラム国は3人の米国人と2人の英国人を斬首・処刑した由。他方、解放されたフランス、スペイン、トルコの人質たちの場合、 金銭のやり取りは無かったとされるが、実際はそうではないと見るのが常識だ。脅迫的な警告のタイムリミットは1月23日午後のようだが、一般的に時間がルーズな中東では極めて珍しい。むしろ昨年あたりの早い時期から家族や日本政府への脅迫が始まり、対する日本側の対応が遅いため交渉の最終期限を通告したのではなかろうか?
 見通しは容易に読めないが、結論は「金に始まり、金で終わる」のではないか。イスラム国との具体的な救出交渉方法は、トルコやヨルダン辺りの有力者を通じての水面下しか無く、焦点は身代金の金額になる。もし、拘束テロが長引くようであれば、ISは身代金に加え他の意図もあるかも知れない。世界にいくつかの有力な過激派組織があるが、組織間の競争が激しいようだ。そのなかで勝ち抜くためには、今回のような事件を起こし世界の耳目を集めるPRが必要なのであろう。
さらに彼らの要求がエスカレートし、最悪の結末を迎えることことが無ければ良いが−−−。

 いずれにせよ、お互いに平和ボケから目を覚まし、日本政府の真の外交手腕と決断力が試されるのを注視したい。もちろん、お二人の無事解放を祈念するのみである。


(後記)

●インターネット動画サイトYou Tubeの「Vice News」でイスラム国をチェックしたが、ISの兵士がさかんに ”アメリカを真っ二つにしてやる!”と息巻いて米国を憎むシーンが多々あった。従来通り日本政府が米国一辺倒を続け、安倍首相がテロとの対決を声高に語れば語るほど彼らを刺激し、今回の邦人拘束テロが不幸な結末を迎えはしないかと些か気懸りである。(1月24日)

●その後、イスラム国(IS)による人質事件は大きく動いた。42歳の会社経営者は殺害された模様で、焦点は日本政府の現地対策本部があるヨルダンに収監されているイラク人の女性死刑囚、ISが拘束するヨルダン人空軍パイロットと邦人ジャーナリストの人質解放交渉に絞られて来た。また、現地の交渉舞台もヨルダンのほかに、ラッカに近いトルコが要になろう。一方、1月20日に邦人拘束テロが突然勃発したように報道され不審に思っていたが、やはり3カ月近くも前に邦人が拘束されて身代金要求があったとか。政府も含めた日本側が迅速に対応しないため、水面下での身代金交渉が決裂し、時間的にルーズなイスラム国もしびれを切らしてインターネットで公開して期限付きの回答を求めて来たのが真相であろう。
 我が政府の対応は相も変わらず後手後手に回っているようだが、中東やイスラムを熟知するブレーンがいないのであろうか?テレビに出演する評論家などゲストの顔ぶれも新鮮味が無く、どの局も似たり寄ったりだ。中には拘束された経験者(当時は政府など関係者を煩わしたであろう)が、公の場に出るのは如何と思料するが−−−。もし、解放されて無事帰国した場合、公言した自己責任をどのようにして取るのか、幾度となく拘束された体験者として注目したい。(1月28日)

●最悪のシナリオが現実のものになった。イスラム国(IS)が人質の邦人ジャーナリストを斬首したようである。これがISにとってAllah Akbar ( 神アッラーは偉大なり )!なのであろう。しかし、コーランやシャリーア(イスラム法)に依れば、斯様な残虐な行為は許されない。イスラムの良き理解者として、改めて「イスラムは変質した」ことを再認識する事件となった。残念至極である。
 やはり彼の地では我が同盟国アメリカ憎しの憎悪が強いのであろう。幣著「たった1人で紛争地を旅した」で言及している通り、筆者が米国から受けた拷問に近い仕打ちのトラウマは生涯消え去ることは無い。その体験者と言うよりも被害者であるだけに、決して他人事ではない悲しい事件でもあった。自己責任などの議論が噴出したが、とにかくお二人のご冥福を祈り合掌。(2月1日)

●今回の人質事件はあまりにも不可解なことが多すぎ首をかしげていたが、その後様々な事実が明るみに出た。例えば、最初に処刑された会社経営者が行方不明になった昨年8月にヨルダンのアンマンに現地対策本部を設置し、外務省度々の勧告を無視して10月下旬にイスラム国に入ったジャーナリストも行方不明になり12月には拘束されたのを政府は把握していたことなどだ。2人が行方不明後に殺害されるまでの約5か月間、日本政府や外務省は有効な手を打ったのであろうか?この間に突然のような形で衆議院選も行われ、国の言うことを無視した2人に手を焼いて当惑していたのであろうか?自己責任に加え、2億ドル発言の首相責任論についても俎上に載せられても不思議ではなかろう。(2月3日)


                    ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 無料講演を引き受けます。

 ワールド・トラベラーは年間5〜6件の講演・講義を全国各地で行っています。目的は地域や街の活性化と真の国際化推進、そして三流とも揶揄される日本外交再生などの一助です。そのために世界に関することであれば、旅行、文化芸術、宗教、歴史、政治や外交に関する国際情勢、グルメ、環境、経済や産業などジャンルを問わずワールド・トラベラーとして恥ずかしくない講演をします。しかも実体験をベースに、他人様の情報をコピペ(切り貼り)しない異色のノンフイクションをありのままにお話します。
 ご希望があれば、ご遠慮無くお申し出下さい。因みに、慈善活動のため謝礼は一切不要ですが、ご希望の主旨が筆者の平和的な理念などに反する場合は勝手ながらお断りすることもあります。予めお含み置き下さい。


                    ― ― ―  講演会風景 ― ― ―
  
 プロジェクターを駆使し講演    地球儀を前にして      満席の会場で熱心に聴講する
  するワールド・トラベラー     スピーチする筆者       多数の参加者たち 


お問い合わせ:世界の人形館 
                     TEL 04−7184−4745
        E−MAIL 
 ko-yasu@maple.ocn.ne.jp


 新著紹介

世界199ヵ国と73地域を制覇したワールド・トラベラー ペンネーム:高 やすはるが、テレビや新聞が報道しない、知られざる危険だらけの紛争地を生々しく現地ルポする本格的なノンフィクション書籍!喜寿を過ぎた世界の旅人が著した本物志向のリアルな本が、幻冬舎より発売中。
     272の国と地域を制覇した77歳のワールド・トラベラーは
             たった1人で紛争地を旅した

という超長い書名も話題となっています。
定価本体1,400円+税 最寄りの書店でお買い求め又は注文可能 
アマゾンなど
インターネットショッピングもできます。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫十分な
世界の人形館でお買い求めできます。ご連絡下さい。


Copyright ©The World Doll Museum WDM. All Rights Reserved 
| 世界の紛争地帯 | 22:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
世界の紛争地や辺境地を訪れてこそ、本当の世界が分かるー   272ヵ国・地域を旅したワールド・トラベラー
11
 去る6月19日、「グラン・レジデンス」というインテリジェント・マンションで講演した。総戸数は738戸もあり、千葉県内では有数の素晴らしい大規模マンションである。マンション内では各種のクラブ活動が活発で、シニア世代の「けやきクラブ」の依頼で講演した。2年半ほど前に講演を再開して9回目の講演であるが、マンションでの講演は今回は初めてであった。
 講演テーマは「世界の紛争地帯や辺境地を訪れてこそ、本当の世界が分かる」で、2時間近く約50名の参加者に熱心に聴講して頂いた。
 
 また、講演会場の受付のそばに、私ことワールド・トラベラーが運営するプライベートミュージアム「世界の人形館」が所蔵する世界の万華鏡を展示し、講演の前後に参加者の皆さんにご覧頂いた。 当日は収蔵品の一部だが、日本を初め、イタリア、アメリカ、ドイツ、イスラエル、ブータンなどのファンタジー溢れる海外作品に酔いしれて頂いたようである。

 では、当日配布した講演資料を以下紹介したい。


   
    グランレジデンスの外観          講演するワールド・トラベラー

   
       熱心な聴講者たち           講演後けやきクラブの皆さんと
                               記念撮影(筆者の横は妻)

1.はじおめに

 本日は千葉県内では有数の大規模なインテリジェントマンション、グラン・レジデンスでの講演にお招き頂き、またご多用にも拘わらず私の講演のためにこの様に多数お集まり頂き、誠に有難く光栄です。
 本年も早いものであと半年ほどになりましたが、77歳という後期高齢者の年甲斐も無く、また超多忙の1年になりそうです。私事的なお話で恐縮ですが、私の場合は年をとると共に忙しさに拍車がかかっています。これは今もなお海外旅行を続け、5年前からプライベート・ミュージアム「
世界の人形館」をオープンし、3年前から各地で講演や講義を続け、昨夏には本を出版したからです。因みに、商社マンからスタートした半世紀以上に及ぶ私のグローバル人生を総括し回顧した初の拙著、「私はワールド・トラベラー」は良書とか力作etcと高い評価を受けている様ですが、あまり売れません。受付に少々置いていますので、ご購入頂きますと大変嬉しいです。 

 さて、4分の3世紀以上の私のグローバル人生は、幼少時代から始まりました。この年代の人間としては異例でしょう。今から約70年前の小学生時代から、世界地図を見るのが大好きで、地図を見ながら寝入ることも度々でした。10歳頃から海外に出て世界を見聞したい強い気持ちが芽生え、私のグローバル志向が始まりました。そのため学生時代から英語などの外国語習得に注力し、外国語で商談をする総合商社に入社しました。待望の世界への初旅立ちは1969年1月で、酷寒の旧ソ連(現ロシア)の首都モスクワへの業務出張でした。1974年〜1984年にクウェートとインドネシアの駐在員として働き、リタイア後も海外旅行を続けました。
 この間、1995年1月には南極、5月は北朝鮮、7月は北極点、11月はネパールの世界の最高峰エベレスト山麓に出かけました。あの阪神大震災があったこの年は、旅好きの私にとっても正に画期的な年でした。北極点に到達した時は、一般にフランクだが尊大なアメリカ人の旅行者から、「お前こそ本物のワールド・トラベラーだ!」と呼ばれ、敬意を表してくれました。その後はこのニックネームを愛用する、外国旅行が大好きな世界の旅人、と言うよりも奇人、或いは変人かも知れません。

 本日は2ヵ月前に帰国した直近の旅の報告を皮切りに、過去20年間に渡り歩いた世界の紛争地帯の実情、南極、アフリカなどの辺境地や秘境など、生々しいノンフィクションの体験談をお話します。最後に少し重々しくお堅い話になりますが、真の世界平和とはいったい何か、聴講者の皆さんと一緒に今一度真摯に考えてみたいと思います。
 
2.最近の海外旅行&今まで訪れた国・地域の数
 
 15年ほど前から私の外国旅行は基本的にガイドや通訳を付けない個人旅行で、時には修行僧になったような心境の孤独で過酷な旅が多いです。旅費節減の意味もあり、唯一付けるのは現地調達のドライバーで時々ガイドも兼ねます。直近の一人旅は、去る3月20日に成田を出発し、1ヵ月後の4月18日に帰国しました。訪れたのはインド洋及び南太平洋に浮かぶ島々、インド領のアンダマン諸島、オーストラリア領のココス諸島とクリスマス島、ニュージーランド自治領のニウエ、フランス領のウォリスの5地域などです。この旅を終え
訪問した国・地域は272となり、世界最多訪問国・地域の自称ギネス世界記録を更新。この旅ではマレーシア航空機行方不明事故の影響が懸念されましたが、全般的に平穏な旅でした。

   −− インド洋と南太平洋の島巡りを楽しむワールド・トラベラー 
−−
  
 ニウエ:マタパ・ギャザム  シドニー:ハーバーブリッジ ココス諸島:美しいタートル・
                     を背にして           ビーチで泳ぐ筆者

 一方、昨年6月12日〜7月11日の1ヵ月の旅は相当リスクがありました。訪れたのは、モルドバ、謎の独立国(?)沿ドニエストル、ロシア連邦南部の2014年冬季五輪開催地ソチやクラスノダールなどの黒海とアゾフ海沿岸の諸都市、またロシアが実効支配する独立国(?)アブハジア、チェチェン・北オセアチア・ダゲスタンのロシア連邦内の共和国、アルメニアと同国が実効支配する独立国(?)ナゴルノ・カラバフ、グルジアなどのいわゆるコーカサス地方、そしてイラク北部のクルド自治区アラブ首長国連邦の首都アブダビです。これら旅先の大半は日本の外務省も渡航延期や退避の勧告を出すほどで、危険な地域ばかりでしたが、なんとか五体満足で無事に帰国しました。この旅で沿ドニエストル、アブハジア、ナゴルノ・カラバフの3つの事実上の独立国(国際的には未承認)、チェチェン、北オセアチア、ダゲスタン、アジャリア(グルジア)、イラク・クルド自治区の5地域を新たに加えました。
 
 過去約45年間に訪問した国・地域の最新データは、下表の通り国は199、地域は73で、合計272になります。昨年上梓しました「私はワールド・トラベラー」で紹介した257の数字も今や過去形になりました。周りの人たちから「何故ギネス世界記録に登録しないの?」と良く訊かれますが、まだまだ記録を更新したい気持ちが強く、記録達成が現在進行形であるからです。

 
大陸名 アフリカ アジア
(中東含む)
ヨーロッパ 米州
(北米・中南米)
大洋州
&極地
合計
55
1
48
12
47
21
35
17
14
22
199
73
 
 因みに、一応国際的に認められている世界の国の数は、2011年7月9日に独立した南スーダンを含め195で、日本を除くと194ヵ国になります。私は194すべての国と72地域を訪問済みですが、実際は199ヵ国を旅しています。5つも多いのは実効支配の国々、北キプロスと西サハラ、そして昨年に旅したアブハジア、沿ドニエストル、ナゴルノ・カラバフが存在する現実です。我が日本も中国・韓国・ロシアとの間で領土問題がありますが、この実効支配(Effective Control)が絡みます。実は世界に実効支配下にある国や地域が数多くあり、私は全部と言ってよいほど訪れており、これから具体的に且つ少々衝撃的なお話をします。
 
3.世界の紛争地帯を訪れた体験談
 
今や世界の総人口は70億人を超え、3人に1人は紛争地帯に住むと言われます。長年世界を股に掛けて旅してきた私の重要なキーワードは、「百聞は一見に如かず」の現場主義です。頭が優秀なエリートではありませんが、好奇心だけは普通の人の数倍はあるでしょう。この半世紀近く世界の表通りと裏通りを歩いてきましたが、どちらかと言えば裏通りが好きです。それは庶民の生活ぶりが分かり、その国の本当の姿が正しく理解できるからです。
 また、「ここに日本男児あり」の気概を持ちリスクを覚悟して、意識的に世界の紛争地帯を隈なく回りました。そのためにはあまりお勧めは出来ませんが、日本の外務省の危険情報も無視するほどです。日本人はもちろん、今や世界のどこでも見かける中国人の姿も見当たらない危険な地域に潜入し、時には死と背中合わせのリスキーで恐怖も感じた体験が多々あります。戦争や様々な争いがある紛争地域のほかに、深刻な病根を抱えた国々も紹介します。
 
(アフリカ)

●ソマリア :2007年2月訪問 
 「アフリカの角」と呼ばれるソマリアは1991年に長期軍事政権が崩壊して内戦状態になり、国連の平和維持活動も失敗に終わり内戦はその後も続いています。近年は海賊が頻繁に出没し、米国から世界で最も危険な国の一つと名指しされるが、この国を訪れない限り私のアフリカ大陸の完全制覇は不可能でした。偶々2007年のアフリカ旅行中にドイツ人観光客から1991年に独立宣言した北部のソマリランドの情報を入手し、急遽アジスアベバのソマリランド大使館でビザ取得して首府ハルゲイサへ飛びました。(以下省略)
 
●コンゴ民主(旧ザイール) :2002年2月訪問 
 ダイヤモンドや金などの鉱物資源が豊富ゆえに利権争いが激しく、「アフリカの火薬庫」と言われる。1965年クーデター後に就任したモブツ大統領が独裁を続け、1996年ツチ族の住民を中心とするコンゴ・ザイール解放民主勢力連合(ADFL)と、政府軍との間で戦闘が始まり、翌年同大統領はモロッコへ亡命。ADFLのカビラ議長が大統領に就くが暗殺され、息子のジョゼフ・カビラが大統領を引き継ぐも戦火が拡大。訪れた時は治安が悪いため日本大使館は閉鎖していました。散策した首都キンシャサの熱気と混沌にブラックアフリカのエネルギーを感じましたが、なんとなく(以下省略) 

●スーダン :2001年2月訪問 
 第一印象は「不気味な国」です。米国から「ならず者国家」と名指しされアル・カイダのリーダーであったオサマ・ビン・ラディンもかつてスーダンに住んでいました。北部はイスラム教徒のアラブ系住民が住み、南部はキリスト教徒の黒人系住民が多く、南スーダンが独立前は国土面積がアフリカで最大の国でした。アラブ系支配に反発した南部の黒人たちは1965年から自治と独立を求めて政府への武力抗争を始め、2011年7月に南スーダンとして独立。しかし、主に南スーダンで産出する石油に関し、南北スーダンの国境付近に帰属未定の油田地帯もあり、火種を残した独立でした。一方、2003年以降は西部のダルフール地方でも紛争が激化し、死者は40万人以上と聞く。私が入国した時は既に厳しい軍政下にあり、(以下省略)
 
●南スーダン :2011年11月訪問
 独立の僅か2ヵ月後、日本政府がPKOを派遣する前に現地入りしました。成田からドバイ経由でケニアの首都ナイロビに到着し、南スーダン大使館でビザ申請。しかし、ビザ取得出来ず、ビザ無しで南スーダンの入国を試みたところ、意外にもジュバの空港ですんなりと取得出来ました。首都ジュバはこれと言った観光スポットもなく、地方へのアクセスも悪路などで問題あるため同国滞在はわずか3日で切り上げました。短い滞在ながら、様々な出来事がありました。(以下省略) 

●アンゴラ :2007年2月訪問 
 1975年ポルトガルから独立後、旧ソ連・キューバvs米国・南アフリカという東西陣営の代理戦争の場として長く内戦状態が続き終結したのは27年後の2002年4月です。この間の死者は50万人以上で、約1200万個の地雷が埋設されたと由。内戦の真相は同国の有力資源「ダイアモンドを巡る汚れた戦い」でした。10年以上も前にアンゴラ旅行を企画しましたが、内戦中は入国ビザ取得が困難で、アンゴラ大使館があるパリまで赴くも断られた。内戦終結後に東京に大使館が開設されると、すぐにビザ申請しましたが発給されませんでした。ところが半年後に突然取得でき、異例の観光ビザ発給と告げられました。(以下省略) 

●ルワンダ :2000年9月訪問 
 1962年少数派民族のツチ族を中心にベルギーから独立したが、その後多数派のフツ族がツチ族を支配したため1990年に内戦が勃発。フツ族の過激派民兵らがツチ族とフツ族穏健派を襲う大量虐殺があり、80万〜100万人の死者が出た由。虐殺後にツチ族主体の新政権が樹立され、報復を恐れた約200万人のフツ族がコンゴなどに逃げました。結局1994年7月ルワンダ愛国戦線がツチ族保護を名目に全土を完全制圧し、国際的にも有名になった悲劇の紛争が終結。私が首都キガリを訪れたのは内戦終結後6年経っていましたが、大虐殺の影響のためか手や足の身障者の物乞いが多く治安が非常に悪かったです。(以下省略)

●シエラレオネ :2005年12月訪問 
 ダイヤモンドを産出するが気候条件が最悪で、「白人の墓場」と呼ばれました。ダイアモンド鉱山の支配権を巡り、1991年に反政府組織「革命統一戦線(RUF)」が政府との戦闘を開始し、1997年にはカーバ大統領を追放しました。その後反政府ゲリラは次々に住民の手足を切るなど残虐な行為をしたため、2001年にPKO(国連平和維持軍)がシエラレオネに入りました。ゲリラの武装解除に努めた結果、2002年に戦争終結宣言が出されました。それから3年ほどして現地入りしましたが、内戦の影響で夜間は真っ暗(以下省略) 

(中東・北アフリカ)

●シリア :1976年12月、2000年6月訪問 
 3年前からの内戦で世界的に耳目を集めているシリアですが、元々火種の多い中東では政情が比較的安定していました。むしろ1975年〜1990年に内戦が続いた隣国レバノンの方が深刻でした。アラブの春の影響はシリアも例外ではなかったものの、エジプトやリビアなどの長期政権崩壊に比べ、アサド政権はしぶとく居座っています。武力弾圧を続ける政府側に対し、反体制派も元軍兵士らが「自由シリア軍」などを組織して泥沼の内戦に陥っています。これまで死者16万人を超え、レバノン・ヨルダン・トルコ・エジプト・イラクなど周辺諸国へ脱出した難民は260万人以上と言われる。最初は一国の騒乱から、今では外国も巻き込んだ内戦は国際問題化。(以下省略)
 
●イスラエルとパレスチナ :1994年12月、2005年2月訪問 
 1つの国土に2つの民が相克する四千年の複雑な歴史がベースにあります。1948年のイスラエル建国により、元々パレスチナ地方に住んでいたアラブ人(パレスチナ人)は土地を追われて難民となりました。イスラエルVs周辺のアラブ諸国は、1948年〜1973年の間に4度の戦争を行い、イスラエルは東エルサレムを含む領域を占領。一方、パレスチナ人は1960年代にパレスチナ解放機構(PLO)を組織し、故アラファト議長を指導者としてパレスチナ国家の構築を目指した。1990年代に入りイスラエルのラビン首相とアラファト議長が交渉、一部地区でパレスチナの暫定自治を認めるというオスロ合意ができました。しかし、1995年にラビン首相暗殺後。(以下省略)
 
●イラク :1976年9月、2013年7月訪問
 2003年3月攻撃回避を訴える国際社会の声を無視し、米国のブッシュ政権はイラクの大量破壊兵器所有を理由にしてイラクを攻撃してフセイン政権を倒しました。2006年5月にイラクの正式政府が発足し、2011年末に駐留米軍が完全撤退後は、イスラム教の宗派(シーア派・スンニ派)関係が悪化し各地でテロが続いています。一方、北部の産油地帯があるクルド自治区は治安も安定し、経済が活況を呈しています。私の最初のイラク訪問は、商社マンとして隣国クウェートに駐在中(以下省略)。

●エジプト :1973年3月初訪以降5回訪問 
  およそ5000年の悠久の歴史を有するエジプトの現代史は、アラブの盟主として波乱含みです。1922年イギリスより独立後、1948年イスラエルとの第一次中東戦争を皮切りに1973年まで4度もイスラエルと戦いました。その間スエズ運河国有化やシナイ半島奪還があり、1981年サダト大統領暗殺後に大統領になったムバラクは30年もの長期政権でした。一方、チュニジアから端を発した「アラブの春」はエジプトにも波及し、2011年2月に辞任。2012年6月の大統領選挙でムスリム同胞団出身のムルシ政権が誕生(以下省略)
 
●イエメン :1998年3月、2011年12月訪問
 豊かな産油国が多い中東で石油生産が少なく貧しいですが、紀元前8世紀頃シバの女王が治めた国が繁栄した古い歴史があります。1990年5月に北イエメンと南イエメンが統一され、初代大統領サーレハの独裁政権が長く続きました。しかし、2011年1月チュニジアのジャスミン革命などの影響を受けて市民による反政府デモが頻発し、死傷者も多数出ました。このためサーレハ大統領は退陣し、副大統領が2012年2月の暫定大統領選挙で当選。その後は一応落ち着くが、アルカイダのテロリストの多くがイエメンにいると米国が警戒しています。南北イエメン統一してから5年後に初めて訪れましたが、依然として治安が悪いため銃を持った民兵を多く見かけた。(以下省略)
 
●リビア :1998年12月訪問
 カダフィ大佐抜きで国を語れないのがリビアです。最高指導者であった大佐は1969年クーデターで国王を追放し、軍事政権を樹立。革命指導評議会議長になっても大佐と名乗り続け、欧米への強硬姿勢から「アラブの狂犬」と呼ばれました。アラブの春はリビアにも飛び火し、反政権デモが起きると、独裁者のカダフィは外国からの傭兵を使い自国民殺害を続けました。しかし、2012年10月生地のシルトで反カダフィ派に見付かり、射殺された最後は凄惨であったようです。大佐の独裁的な専制統治の恐怖を実際に体験したのが、なんと私です。(以下省略)
 
●アルジェリア :2003年1月訪問 
 150万人ほど犠牲者を出し1962年フランスから独立も、1990年6月の総選挙で躍進したイスラム原理主義政党(FIS)を国は非合法化したため内戦状態に陥りました。1999年の大統領選挙で現大統領のブーテフリカ氏が当選し、選挙での争点は「テロの終結と国民和解」でした。しかし、イスラム原理主義組織の最強硬派「武装イスラム勢力(GIA)」は投降せず、過激派と政府軍の衝突が続き10万〜20万人とも言われる犠牲者を出した由。2013年1月16日イナメナスの天然ガスプラントを、GIAの分派の武装勢力「覆面旅団」が襲撃。日本人10人を含む37人が殺害され、(以下省略)

(アジア)

●北朝鮮:1995年5月訪問 
1948年の建国以来,共産主義の北朝鮮と自由主義の韓国は対立して来ました。特に,1950年6月に始まった朝鮮戦争では,同じ民族同士が直接戦火を交え,両国の溝は深くなりました。この戦争は1953年7月の休戦協定で事実上終結しましたが,あくまでも「休戦」で国際法的には戦争は終結していません。両国関係に大きな変化があったのは韓国の金大中大統領が就任した1997年で、強硬政策を改めて寛容の太陽政策を展開。2000年7月に北朝鮮の金正日総書記と初の首脳会談を行い、南北共同宣言を発表したが、その後は一進一退のようです。一方、日本とは拉致問題を抱え、アメリカなどの国際社会からは核兵器開発疑惑を指摘されて孤立した感があります。私の北朝鮮への旅は僅か5日間でしたが、(以下省略)
 
●中国 :1993年9月初訪以降合計20回訪問、ほかに1971年4月初以降8回訪問の台湾、1970年10月初訪以降10回訪問の香港・マカオ
 東西冷戦時代の米ソ支配時代が終わり、近年台頭著しいのが中国です。2010年にはGDPも日本を抜き、アメリカに次ぎ世界第2位になりました。しかし、共産党一党支配に批判的な国々も多く、内外共に問題が山積しているようです。例えば、中央アジアの新疆・ウィグル自治区は18世紀に中国の一部になりましたが、トルコ系のウイグル人など多数の少数民族が住んでいます。1950年代から中国人(漢族)の開拓集団が大勢住み始め、少数民族は貧しく裕福な漢族との経済格差が(以下省略)

●アフガニスタン :2007年4月訪問 
 1979年に旧ソ連がアフガニスタンに攻め込んだことで紛争が始まりました。1992年旧ソ連軍は敗北し撤退後は、様々な民族同士が争い始め、イスラムの過激派組織タリバンが支配しました。2001年9月11日アメリカで同時多発テロが起こると、首謀者ウサマ・ビンラディンをかくまったとしてアメリカはタリバン政権を崩壊させ、カルザイ政権が誕生。間もなく次の大統領に引継ぎますが、治安はまだ不安定とか。一方、私のアフガニスタン訪問は容易ではなく、渡航前から現地(首都カブール)の日本大使館より危険過ぎるとして旅行中止を求められたが、自己責任で訪れる(以下省略)
 
●カンボジア :1994年9月と2006年6月訪問 
 1953年フランスから独立しましたが、アメリカと南北ベトナムの介入によってカンボジア内戦が勃発。1975年から極端な共産主義を掲げるポル・ポト政権時代になり、約300万人の大虐殺などがありました。今のような平和なカンボジアができたのは1992年ですが、日本から自衛隊のPKOが派遣され復興を支援しました。内戦の後遺症がまだ重く残る1994年に現地を訪れ、驚いた場所が沢山あります。(以下省略)
 
●東ティモール :2003年11月訪問 
 かつてポルトガル植民地であった東ティモールは1974年に同国が去った後、インドネシアが島の東部を占領しました。しかし、住民との衝突が起こり、20万人の島民が死亡しました。その後、1999年に国連からミッションが派遣され、独立を問う住民投票が行われましたが、投票後にインドネシア軍による住民の虐殺や破壊が続きました。結局は国連の仲介で2002年5月に21世紀最初の独立国として独立し、私は間もなく訪れました。(以下省略)

(ヨーロッパ)

●ロシア :1969年1月初訪以降合計7回訪問
 ロシアの国土面積1707万k屬論こΠ譴如∈G3月に併合したクリミアを含め22の共和国がある多民族国家です。これらのうちチェチェン、サハ、タタールスタン、バシコルトスタンはソ連崩壊直後に分離独立宣言したが、ロシアは認めませんでした。特に「チェチェン戦争」にまでなったチェチェンは、今も紛争が続いています。ロシアが独立を認めないのはチェチェンに石油のパイプラインが通っているためで、1994年から続く戦闘で約8万人の犠牲者を出しました。2002年10月は独立を求める武装グループがモスクワの劇場を占拠し、100人以上の犠牲者が出ました。さらに2004年9月に北オセアチアのベスラン第一中学校を襲い、390人近くが死亡しました。一方、1992年7月ソチの東隣りのアブハジアがグルジアに対し独立宣言したため戦闘になり、ロシアの支援を得て勝利しました。国際的には未承認ですが、ロシアなど5ヵ国が独立を承認しています。昨年7月のロシア旅行でソチ訪問後(以下省略)
 
●ウクライナ :2001年7月訪問 
 歴史的に繋がりが深い兄弟国でありながら、ソ連崩壊後のロシアとウクライナの関係は良好ではない。しかし、ロシアのふるさとがウクライナであるとの説は案外知られていません。9世紀頃キエフを中心にして東スラブ人により、現在の ロシアのルーツとされるキエフ公国ができました。彼らは自分たちをルーシと呼び、「ロシア」の名はこれに由来するとか。日本人の口に合うボルシチなどのロシア料理も、実はウクライナが本家です。歴史的或はグルメ的には、「ウクライナが兄、ロシアは弟」と言えるかも知れません。(以下省略)
 
●ボスニア・ヘルツェゴビナ :1998年9月、2003年6月訪問 
 1991年〜2003年の旧ユーゴスラビア内戦で10万人の死者を出し、最も被害が大きく最後まで内戦終結が長引いたのがボスニア・ヘルツェゴビナです。首都サラエボの観光は内戦の傷跡見学という珍しいものでした。街の北外れの旧オリンピックスタジアム近くに墓標が一面に並ぶ墓地があり、元々スタジアムの補助グラウンド兼サッカー場でした。しかし紛争中に多数の犠牲者を埋葬する場所がなかったため、急遽グラウンドが墓地に転用されました。案内してくれたタクシー運転手も内戦で家族を失い、一家の墓が(以下省略) 

      −−− ワールド・トラベラーが紛争地を行く −−−

  
アフガニスタン:カブール市内    ボスニア:サラエボ    ソマリア:ハルゲイサ
内戦で破壊された建物と子供達  の地雷敷設地で    放置の戦車と民兵と筆者


●南北キプロス :1999年3月と2005年2月訪問 
 東地中海にポツンと浮かぶキプロス島は、古代文明の十字路になった太陽と神話の小さな島国です。1960年に英国よりキプロス共和国として独立しましたが、2013年3月のキプロス・ショックという金融危機で有名になりました。1974年ギリシャ軍事政権の支持を得たギリシャ系住民がクーデターを企んだことを機に、トルコ軍がトルコ系住民保護のため侵攻してキプロス北部(約37%)を占領しました。以降キプロスは島南部のキプロス共和国政府支配地域(ギリシャ系)と北部のトルコ支配地域(トルコ系)に分断(以下省略)
 
(北・中南米)

●キューバ :1997年6月訪問 
 米国のフロリダの南145kmほどに浮かぶキューバは、アメリカ大陸で初めて誕生した社会主義政権ゆえに「カリブに浮かぶ赤い島」とも呼ばれます。1902年スペインから独立後、今度はアメリカが宗主国のようになりました。しかし、1959年のキューバ革命で反米のフィデル・カストロ政権が誕生し、以降は米国から軍事侵攻、政権転覆やカストロ暗殺工作などの敵視政策を仕掛けられ、テロ支援国家に指定された。また、1962年のキューバ危機後は食料や医薬品を除く経済封鎖が続きます(以下省略) 
  
4.忘れ得ぬ辺境の地や秘境など
 
 数百ほどありますが時間に限りあり、そのごく一部を寸描紹介します。海外旅行好きの皆さんのご参考になれば幸甚です。なお、詳細は幣著「私はワールド・トラベラー」で紹介しています。是非ご愛読下さい。
 
南極:1995年1月訪問 
 イチオシの究極の海外旅行です。南米の南端よりクルーズ船で向かい、ペンギンや氷山などを観察し大感動。
 
エンジェル・フォール:1996年6月、2003年7月の2回訪問 
 南米ベネズエラの奥地に落差979mもある世界最長の滝は、なんと滝壺が無い。できれば遊覧飛行をオススメ。
 
マウンテンゴリラ探検:2000年9月訪問 
 アフリカ中部・ウガンダのブウィンディ国立公園の密林で、緊張の連続の野生ゴリラ探検は正に究極のサファリ。
 
ダニ族の村:2003年11月訪問 
 インドネシア・パプア州のワメナ近くに住むダニ族は原始生活を送る裸族。男はコテカというペニスケース着用。
 
ミャンマーの首長族:2008年7月 
 タイ北部に住むミャンマー難民カレン族の首長族村では首が長いのが美人。コイルを巻き付け首を長くする。
 
バンデ・アミール湖;2007年4月訪問  
 アフガニスタンの至宝バーミヤン大仏は破壊され失望したが、その奥地に佇むバンデ・アミール湖の絶景に感嘆。
 
アイツタキ島:2008年8月訪問 
 ニュージーランド自治領のクック諸島にあり、「天国に最も近い美しい島」のあまりの美しさに言葉を失った。
 
メロ江のピラミッド:2001年2月訪問 
 スーダン北部にある無名のピラミッドだが、荒涼たる砂漠に27基のピラミッドが林立する光景は比類なく美しい。
 
エベレストに最も近いホテル:1995年11月訪問 
 標高3880mの雲上のエベレスト・ビュー・ホテルに泊まり、世界最高峰8848mのエベレストをバッチリ眺望。 

グランド・キャニオンの谷底:1986年9月、1998年9月の2回訪問 
 14回の訪米で最も忘れ難いのが荒涼たる大渓谷グランド・キャニオン。しかし谷底は水と緑が豊かな楽園。
 
北極点:1995年7月訪問 
 原子力砕氷船で地球上で最北の北極点に到達して地球儀のてっぺんに立ち、南北両極を制覇して大興奮。

          ― ― ― ワールド・トラベラーが秘境を行く ― ― ―

   
  南極:アデリーペンギン      ウガンダ:マウンテン    ベネズエラ:エンジェル
 のコロニー(繁殖地)で   ゴリラの子供と仲良く(?)    ・フォールを背にして
 
5.真の世界の平和を考える
 
 世界大戦等があった20世紀が戦争の世紀に対し、21世紀は欧州の通貨統合や非政府組織NGOなど国境を越えたグローバル活動により平和への展望が開けたようでした。しかし、米国の同時多発テロ以来、世界で悲惨なテロ事件が相次ぎ、内戦や紛争も絶えません。2013年ノーベル平和賞は化学兵器禁止機関(OPCW) に授与されたが、同時にノーベル賞委員会は、化学兵器の大量保有国の米国とロシアに早急の廃棄を迫りました。シリアに対し2014年中頃まで化学兵器全廃を求めながら、他方で両国が国際条約に基づく廃棄期限(2012年4月)を守らなかったとは笑止千万です。
 これは北朝鮮に核開発を止めさせようとする裏で、1970年に発効した核不拡散条約NPTで取決めながら米ロなど核兵器先発保有国が核削減を実行しない事実に酷似します。それでも5年前のプラハ演説でオバマ米国大統領は「核兵器の無い世界」を訴え、抜け目なくノーベル平和賞を受賞。そして驚くなかれ、同国はニューメキシコ州のエネルギー国立研究所で、新しい核兵器の性能実験を繰り返しています。
 

 ウクライナがソ連崩壊前は核弾頭数千発を持ち米国とロシアに次ぐ世界第3の核保有国であった事ご存じですか? 同国は1994年にNPTに加盟し、1996年までに核弾頭を破棄又はロシアへ移管しました。もし、ウクライナが核放棄していなければロシアへの抑止力になり、今とは違った展開になっていたはずで馬鹿を見たのはウクライナです。世界を隈なく旅してきたワールド・ラベラーが旅先、特に紛争地帯で思うのは、言葉では世界平和を訴えながら、大国の実際の行動は正反対のドロドロとして魑魅魍魎であるのが世界の現実です。ノーベル平和賞にしても実績よりもオバマ大統領のように人気先行(?)型受賞が多い様で、本来の実績重視に戻って欲しいものです。

 微力な私ができる世界平和への小さな貢献は、草の根的な民間ベースの国際交流です。政府間の国際交流はちょっとした外交問題などで直ぐに断絶します。これを補うのが民間ベースの地道な国際交流、即ち民間外交です。これは「世界の人形館」に収蔵する各国の人形などのコレクションと共に、私の世界の旅の主目的です。
 
6.終わりに
 
 最近さかんにグローバル化が叫ばれますが、私は若い頃グローバル企業(世界企業)のパイオニアと言うべき総合商社で働き、既に半世紀以上も前からグローバル時代を生きてきました。少子高齢化が進み、国の人口減少に歯止めをかけることができない厳しい現実に直面し、国や自治体も、企業も、個人も、すべてが世界に目を向けざるを得ない時代です。交渉中のTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)も、我が国のことだけを考えていては国際社会で生きて行けないことを意味します。
 特に、これからの日本を背負う若い世代の皆さんに、「若者よ 外志(外向き志向)を抱け!世界に雄飛せよ!」と熱く呼びかけたい。後期高齢者という人生の最終章を迎えた老兵の私ですら、「そこに世界があるから旅をする」と常に挑戦者精神を持って世界への旅を続けています。
 
 本日は長時間のご清聴まことに有難うございました。もっと私の話を聴きたいとのご希望があれば、前のマンションに住んでいますので、ご遠慮なくお気軽にお訪ね下さい。妻共々ご来館を大歓迎します。


 上記世界の紛争地帯を訪れた体験談」では最後まで紹介せず、(以下省略)と途中で打ち切ったが、もし続きが気になる読者はワールド・トラベラーの下記著書をご購読下さい。詳しく書いています。
● 「私はワールド・トラベラー世界257ヵ国・地域を旅した男」
 文芸社より出版
● 「272の国と地域を制覇した77歳のワールド・トラベラーはたった1人で紛争地を旅した」
  幻冬舎より2014年12月に出版予定


            ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

講演会のお知らせ

 ワールド・トラベラーこと癲々治がまた下記要領で講演します。
  お時間があれば、是非ご聴講下さい。

日時:9月13日(土)14:00〜16:00

場所:柏市中央公民館  5F講堂  (定員180名)

        柏市柏
5-8-12  TEL 04-7164-1811
    
講演テーマ:
ギネス級の272ヵ国・地域を旅したワールド・
               トラベラーが語るノンフィクション
     「イスラム世界に住み、働き、旅して41年」

 
※怖いイメージのあるイスラムを、かつて商社マンとして駐在し、
  熟知するワールド・トラベラーが分かりやすくお話します。


入場料:無料

主催者:伸光堂千葉販売(株)

お問い合わせ:世界の人形館 
                     TEL 04−7184−4745
        E−MAIL 
ko-yasu@maple.ocn.ne.jp


筆者(ペンネーム:高やすはる)が著した本が文芸社より発売中です。
書名は
私はワールド・トラベラー世界257ヵ国・地域を旅した男
定価は本体1、500円+税。お買い求めはインターネット(アマゾンや楽天ブックスなど)、または最寄の書店でどうぞ。
  なお、本書は単なるトラベル・ガイドブックではありません。日本の将来を憂い、 特に三流とも揶揄される日本外交に対し、ズバリ直球でもの申す本物志向の提言書でもあります。是非ともご愛読のほどお願いします。


 
     表紙カバー                  口絵
 

Copyright ©The World Doll Museum WDM. All Rights Reserved

| 世界の紛争地帯 | 07:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
PR
PROFILE
LINKS
CALENDAR
S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
新着コメント
  • 2018 FIFAワールドカップの舞台ロシアの旅−モスクワの今昔
    高 (06/25)
  • 2018 FIFAワールドカップの舞台ロシアの旅−モスクワの今昔
    相子 (06/24)
  • 米朝首脳会談の舞台セントーサ島と我が総理の外交に想う
    高 (06/20)
  • 米朝首脳会談の舞台セントーサ島と我が総理の外交に想う
    相子 (06/19)
  • 史上初の米朝首脳会談が開催されるシンガポールの今昔
    高 (05/19)
  • 史上初の米朝首脳会談が開催されるシンガポールの今昔
    相子 (05/18)
  • 14年ぶり首相に返り咲くマハティール氏とマレーシアの旅(3)
    高 (05/11)
  • 14年ぶり首相に返り咲くマハティール氏とマレーシアの旅(3)
    相子 (05/11)
  • It's Sho-Time ! 二刀流の大谷翔平選手が活躍するロサンゼルスを懐かしむ
    (04/16)
  • 81歳と春の花と国会混迷
    高 (04/16)
MOBILE
qrcode