世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
2人の大統領が存在して混乱するベネズエラの旅(1)
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 南米の北部にありカリブ海に面する産油国のベネズエラで、1人であるべき大統領が何と2人も正統性を争って存在するため、全土で混乱が広がっている。この政治的な混乱が続く同国では、食料や医薬品の不足から周辺国のコロンビア・ペルー・エクアドルなどへ300万人以上の難民が避難しており、これは人口の1割強である。国連などによれば、今年中に難民の数は500万人を超えると見られる。周辺国での受け入れ態勢の強化が課題となり、国際社会の早急な対応が迫られている。

 世界有数の産油国でありながら内紛が続くベネズエラでは、2013年4月より独裁を続けるマドゥーロ大統領(56歳)に対抗して、過日グアイド国会議長(35歳)が暫定大統領になると宣言した。この2人の大統領が反目する異常な事態に対し、「アメリカの裏庭」と呼ばれる中南米で影響力を強化したい中国・ロシア・キューバ・トルコなど11ヵ国・地域がマドゥーロ大統領を、アメリカ・カナダ・イギリス・ドイツ・フランス・ブラジル・コロンビアなど44ヵ国がグアイド国会議長を支持すると言う、国際社会をも巻き込んだ政争が続いている。また、軍や警察の幹部によるマドゥーロ政権からの離反表明が相次いでいるとか。

 

 特に深刻な問題は食料品や医薬品などの極端な不足により物価が高騰し、今年1月の物価上昇率は年率で268万%にまで膨れ上がるハイパーインフレを惹起している。筆者が持っているボリーバル紙幣(写真右)は、紙

切れ同然の実情だ。混迷するベネズエラを巡り、グアイド国会議長を支援するアメリカが先月に経済制裁を強化したのに加え、今月からはマドゥーロ政権側が欧米諸国からの人道支援物資の受け取りを拒否していることから物不足がさらに加速しているとか。IMF(国際通貨基金)によれば、同国の物価上昇率は年内に年率で1000万%を上回る可能性も出ている。

 また、アメリカからの人道支援物資を拒否する大統領側と反発する野党側の対立が深刻化し、国内では大規模な反政府デモも起きている。マドゥロ政権側が国境の橋を封鎖してアメリカからの人道支援物資の受け入れを拒否するが、一方デモ参加者は物資の受け入れを求め、野党指導者側のグアイド氏も「支援物資は23日には届くだろう」と宣言。対するマドゥロ政権のアレアサ外相はニューヨークの国連本部で会見を開き、アメリカによる経済制裁こそ国民を苦しめていると批判した。

 

 2人の大統領の承認問題で今や世界を二分する様な混乱に陥っているベネズエラだが、観光面では実に多様な顔を持つ魅力的な国である。筆者は1996年6月、2002年4月、2003年7月の3度も訪れている。既に2013年3月24日幣ブログドミニカなどカリブ勢が活躍したWBC野球とチャベス死去』で、小説「ロストワールド」の舞台ギアナ高地と落差世界一の滝・エンジェル・フォール、中南米有数の大都会カラカスを簡単に紹介しているが、今回はカラカスに絞り詳述しよう。

 

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 ベネズエラの北部に位置する首都カラカスは、カリブ海沿いのシモン・ボリーバル国際空港から山をひとつ越えた盆地にある。空港を出ると、この山の向こうに大都会があるとは信じがたい一面の緑が広がる。しかし、内陸にあるカラカス市内に近付くにつれ、現代的なハイウェイが縦横無尽に走る。豊かな石油資源のお陰で20世紀に入り急発展した近代的な首都は、人口500万人を超える南米有数の世界都市だ。近郊の衛星都市を含めた人口は約2000万人を数える。

 

 

  ハイウェイがカラカスの   旧市街セントロの中心

    街並みを彩る      ボリーバル広場に立つ筆者   

 

 カラカスの中心は標高が約960mのカラカス盆地にあり、市街地は盆地に沿って東西に細長く伸びる。南米の主要都市の多くに見られる植民地時代の懐かしい面影はほとんど目に付かないのが、カラカスである。石油資源と言う富によって、南米の他の諸国の都市よりもいち早く経済的発展を遂げたのだ。完全にアメリカナイズされた現代的な街並みの中で、数少ないコロニアル様式の情緒を残すのが旧市街セントロである。

 その中心地となるのがボリーバル広場で、初のベネズエラ憲法が読み上げられた場所だ。広場には南米開放の父」シモン・ボリーバルの像が建ち、その周りには歴史的な建物が並ぶ。例えば、東側に1595年に創建後1674年に再建されて内部が名画で飾られたカテドラル、南西には壮麗な白亜の建物と金色のドームが目立ち天井画が独特の国会議事堂、カテドラルの南側には現在もベネズエラの国民的英雄として人気があるボリーバルの生家と博物館、北側には外観が美しいサンタ・カピージャ教会ある。

 

  

     カテドラル     ボリーバルの生家と博物館

 

 一方、急膨張するカラカス市街地をばっちり一望するなら、街の北にそびえる標高が2215mのアビラ山がイチ押し。ケーブルカーに乗ること約10分で肌寒いくらいの頂上に着いたが、東西に本当に細長い街並みのパノラマに大感動した。その後、頂上の反対側に目を向けたが、あいにく雲がかかり、期待した真っ青なカリブ海は望めなかった。ほかに新市街の繁華街タマナコ、スラム街バリオなども散策した。

     

 アビラ山の山頂から市街地を望む    国会議事堂

 

  正直に言って、カラカスにはこれぞと言う見どころは少ない。やはりベネズエラ観光のハイライトは地方にあり、例えばギアナ高地と落差世界一の滝・エンジェル・フォールなどの魅力については、次回で紹介したい。

 

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 上述のベネズエラの政治的混乱もご多分に漏れず、やはり他の大国が内政干渉する代理政争の場となったのは遺憾だ。今一度原点に回帰し、ベネズエラの国内問題として早期解決を祈りたい。

 

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| 世界の旅―南米 | 22:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
初めての救急車と映画『一陽来復』 上映会&トーク
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 この3週間余は本ブログを更新しなかったので、一体どうしたのですか?との問い合わせが数多く寄せられた。筆者を真に気遣う、誠に有難い愛読者の皆さんである。実はこの間、2つの大きな出来事があった。

 

 その1は、間もなく82歳になるかなり長い人生で、10日前(1月24日)の朝に初めて救急車で柏市の病院へ搬送されたのだ。それまでの1週間ほどは強烈な抗がん剤の副作用で、満足に食事が出来なかった。特に緊急入院した日は早朝から絶えず吐き気がするなど気分が悪く、ベッドから起き上がれない始末。加えて4年前から認知症で妻が長期入院中のため寂しい独居生活を強いられており、いざと言う時に助けてくれる家族が傍にいない悲しい実状だ。最後に頼るのは救急車しかないと、広中さんと言う居住マンションの親切な管理人さんに救急車を呼んでもらった次第である。

 

 

     入退院を繰り返した市立柏病院

 

 実は救急車のお世話になる4 日前にも入院した経緯がある。この時はまだ体力が残っており、自分でタクシーを呼んで病院に向かい入院した。3日後に退院したのだが、2日後にまた体調を崩して先述の通り再入院する羽目になった。その後2日間は嘔吐・吐き気・下痢の三重苦が続くので、点滴で何とか凌いだ。やっと3日目からお粥が食べられるようになり、あまり長居では出来ない境遇なので5日目に退院した訳である。それにしても抗がん剤の様々な副作用は想定外で、手足のひび割れや食欲不振なども加わり、近々抗がん剤治療を主治医に申出るつもりだ。家族の支援も特に無いので、無理に延命する気持ちは更々無い。

 

 冒頭に「初めての救急車」と言ったが、正確に言えば国内でのお話である。実は海外では約11年前の2008年9月に旅したニュージーランドで、レンタカーを運転中に事故を起こして救急車で運ばれた前科?がある。既に2017年11月10日付け幣ブログ『 80歳にして人生初の入院と手術 』で、概略は紹介済みだ。それは正に九死に一生の大ピンチであった。商都オークランドから約450km北西方向に伸びる北島の最北端を目指し、当初は長距離バスなどを利用して出かけるつもりでいたが、北端までバス便がないことが分かった。そこで朝にオークランドでレンタカーを借り、最北端のレインガ岬に向かった。

 ところが、運転直後から車のどこかで不思議な異常音がして気にはなっていたが、夕刻には岬の手前まで行きたいと休憩も十分取らずに急いだ。道は平坦であったが、比較的細い道が多く、しかも九十九折のようにくねくねしアップダウンも多い。そのためであろうか何度も車はスピンし、疲労も加わりウトウトしかけた。もうすぐ岬という所で、目の前にトラックかトラクターのような大型車両が迫り、目の前が真っ白になったところで気を失った。

 

  

 

 暫らくして正気に戻り、レンタカーの前部を大破する事故を起こしたことを知った。先ほどの真っ白に見えたのは、エアバッグが破裂した瞬間だ。このバッグとシートベルトのお蔭で助かったようだが、胸が圧迫されたようで息苦しくほとんど身動きできなかった。間もなく救急車が来て近くの町カイタイアの病院に運ばれ、検査結果は骨折ではなく単なる打撲傷だと分かり、暫く休養して薬をもらって退院した。その間に病院から支払要求は一切無く、異国で人の情けに泣いた。その夜は近くのモーテルで泊まり、翌朝はバスを乗り継いでオークランドに戻った。なお、詳細は幣著書『 トラベル・イズ・トラブル 』をどうぞ!

 

 その2は、昨日(2月2日)我孫子市のけやきプラザふれあいホールで開催された映画『一陽来復』の上映会&トークである。このイベントは一般社団法人 三月のひまわりが主催者で、筆者のプライベートミュージアム「世界の人形館」などが後援したもの。1月11日付け幣ブログなどで、懸命に集客のPRしてきた経緯がある。収容人員550人が満席になるほどの大盛況で、三月のひまわりの代表理事であり、著名な手刺繍家、星野真弓さんをはじめ、関係者の皆さんに祝意を表し、同時にその多大の労苦に対し敬意を払いたい。

 一方、筆者が招待した人たちの多くから、「なぜ世界の人形館がスポンサー(出資)として後援したのですか?」「なぜスポンサーなのに舞台で挨拶や紹介が無かったのですか?」などの質問を数多く受け、一瞬返答に窮することもあった。また、「報われない發気鵝壁者)が可哀そう!」との同情の声も上がったほどだ。この経緯や背景などに就いては、筆者なりに言いたいこと多々あるが、この際は敢えて黙っておくのが男らしい「男の美学」と思っている。

 

 

     舞台前の筆者   挨拶する尹さん(中央)、左端は

               星野さん、右端は伊藤さん

 

 映画は尹美亜さんと言う女性が監督の東日本大震災を語り継ぐドキュメンタリー映画で、映画の本流と言われる娯楽作品ではない。市民一人ひとりが防災意識を持つことが如何に大切であるかを啓蒙する真摯な教育映画と言えよう。従い、行政が中心になってこのイベントを開催するのが順当だが、行政(我孫子市)が断ったため、代わりに当方が出資して肩代わりした特異な経緯がある。

 そのためであろうか、市長と教育長は来賓席に座っていた筆者を見て謝意を表することは無く、むしろ無視する一方だったが、或る程度事情を知る常識家で人情家の副市長からは何度も「代わりに引き受けて頂き、感謝します。」との丁重な労いの言葉があった。両者の対応は極めて対照的で、副市長の慰めについ感涙したものだ。

 

 イベント開催まで種々紆余曲折などがあったが、素晴らしく感動的なこの名画を全国的な規模で上映を続けて下さいと尹さんにエールを送る手紙を差し上げた。なお、彼女は在日韓国人三世とかで、日本人とは言え筆者の姓(癲砲眛本人的でないため、ある種の親近感を覚えた次第だ。ひょっとすれば、お互いにルーツは同じかも知れないと思うと、彼女の益々の活躍を祈念せずには居られない心情になる。

 

 

   (右より左へ)星野さん、  世界の人形館で伊藤さんを

      尹さん、筆者     囲んで左が筆者、右が関市議

 

 また、後半のイベントは、大震災の語り部として活躍する南三陸ホテル「観洋」の第一営業次長、伊藤 俊さんの教訓で彩られた興味深いトークで締めくくられた。なお、上映会の直前に、伊藤さんに世界の人形館をご見学頂いたが、いささかでもお役に立ったのであろうか?いずれにせよ、近々現地に出向いて激励し、東北の震災復興のささやかな一助に貢献したいと念じている。

 

(後記)

 三月のひまわりの代表理事、星野真弓さんのご両親が遠路わざわざ筆者を訪ねて来られた。用件は上記上映会で、スポンサーである筆者に礼を尽くさなかったとしてお詫びに来られたのだ。腰のいお似合いのご夫婦から、筆者が大好きな美しいお花などを頂戴した上に、幣著書までお買い上げ頂く丁重な気配りに却って恐縮した次第である。

 子はいくつになっても、親にとっては子なのであろう。子を想う親御さんの愛情に、ついほろりとさせられた。このお返しとして、今後とも三月のひまわり主催のイベントを資金的に支援して

   世界の人形館でのご両親と筆者

行く旨をご両親に伝えた。その後、近くの回転寿司店で、昼食を共にしながら歓談してお別れした。(2月8日) 

 

               ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

 上記著書『トラベル・イズ・トラブル安全な旅は退屈だ!!

ルネッサンス・アイ 1,300円+税 のお買い求めは、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。

 

   

 

お問い合わせ:
世界の人形館 
TEL 04−7184−4745
         E−MAIL  
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| 病気 | 15:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
竹田JOC会長の訴追はゴーン逮捕・長期拘留への報復!?
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 世界を舞台にした報復合戦と言えば、最近ではアメリカと中国が覇権争いを続ける熾烈な貿易摩擦があるが、今度は我が日本とフランスによる報復合戦が繰り広げられそうである。ヘタをすれば、両国間の外交問題にも発展しかねない雲行きだ。本日(11日)フランスの司法当局が、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの招致を巡る贈賄疑惑で、日本の招致委員会の委員長で日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長を訴追する手続きを開始した。同会長の疑惑は、少なくとも2016年5月の時点で捜査が行われた事実がある。

 日本の招致委員会は、国際陸上競技連盟(IAAF)前会長で国際オリンピック委員会(IOC)委員でもあるラミン・ディアク氏の息子と関係が深いシンガポールのコンサルタント会社、ブラック・タイディングズ社(BT)に2013年7月と10月に、合計約2億3000万円を振り込んでいた。ちょうど東京五輪招致が決定したのは2013年9月7日のため、その前後の多額の入金につき贈賄があったのではと疑われていた。しかも、BT社への支払金の一部が、オリンピック招致に関するフランス国内での汚職やマネーロンダリング(資金洗浄)に使われたとの疑惑があるようだ。

 

 その後、疑惑報道は続いたものの訴追の動きは特に無かった。それが最近になって捜査の再開が表面化した訳だが、竹田氏は昨年12月10日にフランスの司法当局から事情聴取を受けたという。一方、日産自動車のカルロス・ゴーン前会長は、昨年11月19日東京地検特捜部に逮捕された。さらに12月10日は金融商品取引法違反の容疑で再逮捕の当日で、同日午後には特捜部が特別背任で追起訴している。この絶妙とも言えるタイミングでの捜査開始は、ずばりゴーン氏逮捕と長期拘留に対する報復と受け取らざるを得ない。
 因みに、国際政治の世界では自国民が不当な理由で他国に拘束されたと見做したら、報復するのが鉄則とされる。沈静化していた贈賄容疑の捜査が今になって訴追手続きに入ったことは、日本側に強烈なカウンターパンチを見舞ったことになる。当然の事ながら日本政府は表向きは否定し平静を装うであろうが、フランス政府からのお返しのメッセージと捉えるのが常識であろう。ゴーン氏が日本側の人質になっているのに対し、フランス側は竹田氏を見返りの人質として確保したいのであろう。

 上述のような「目には目を」式の報復の応酬は、実は国際政治の世界では日常茶飯事である。最近でも、中国の通信機器大手、ファーウェイ(華為技術)の最高財務責任者がアメリカの要請でカナダで逮捕されたことを受け、中国は同国内にいるカナダ人の元外交官やビジネスマンを拘束した。また、昨年12月にロシア人女性がスパイ容疑によりアメリカで有罪になると、ロシアは同月にアメリカ人男性を同じくスパイ容疑で拘束した。

 なお、相手国の国民を同じ程度の容疑を理由にして拘束することは、関係国間の事態を悪化させないための最善策とも言われる。竹田氏JOC会長も、先述の通りゴーン前会長と同じく他国の関係者への資金提供が不正として疑われている。過去の事態収束の例を参考にし、日本側は現実的且つ迅速な対応が迫られよう。具体的には、先ず東京地検特捜部は一刻も早くゴーン容疑者を釈放し、日仏間の不協和音を解消すべきであろう。日本の常識が世界では非常識になることが多いのを忘れてはなるまい。

 

 結論として、日本政府としては、ゴーン容疑者の件は世耕経済産業大臣と山下法務大臣、竹田JOC会長の件は櫻田五輪大臣、外交問題に発展すれば河野外務大臣に絡む広範囲な事案になり、安倍政権にとり真摯な対処が求められるであろう。

 

(追記)

 本日行われた記者会見で、竹田氏JOC会長は贈賄関与を否定した。しかし、会見はわずか約7分間だけで終わり、フランス司法当局が調査中との理由だけで質疑応答は一切受け付けなかった。これでは説明責任を果たしたとは言えず、海外メディアの不信感は益々増幅し、日本側にとっては決してプラスにはなるまい(1月15日)。

 

           ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇ 

   ☆☆☆ 映画『一陽来復』上映会&トーク ☆☆☆


 筆者が運営しているプライベート・ミュージアム「世界の人形館」のファンは実に多彩で、刺繍家の星野真弓さんもその一人です。彼女が代表理事を務める「一般社団法人 三月のひまわり」が主催する東日本大震災関連の映画上映会を、世界の人形館が唯一のスポンサーとして支援します。

 

日時: 2019年2月2日(日) 13:30 開演

        (13:00開場)

場所:我孫子市けやきプラザふれあいホール

アクセス:常磐線・千代田線 我孫子駅南口徒歩1分

入場料:1,000円

 

              

 

 酷寒の折柄ですが、是非ご来場下さい。お待ちします。

なお、チケットをお求めの方は下記の所へご連絡下さい。

三月のひまわり(星野)TEL 03−5652−1561 

    または

世界の人形館  (癲TEL 04−7184−4745 

               E−MAIL  ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

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| 国際政治 | 22:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
平成最後の新年と「世界の人形館」に想う
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     謹 2019年(平成31年)!
           A Happy New Year !

                 新年好!

                Feliz Año Nuevo ! 
                         Selamat Tahun Baru !
                         नया साल मुबारक हो !
                                   ! 
كل سنة و أنتم بخير

 

 亥年の元旦のお天気は今年もよく晴れ、しかも無風に近く比較的暖かかった。我が家(マンション)のルーフバルコニーでは、例年であればサザンカが咲き乱れるのだが、本年は開花する兆しが全く無い。何故だろうか?半世紀も連れ添った妻が不治の病とされる認知症で2015年6月に長期入院以降、強いられている不便この上ない独居生活もついに5年目に入った。訪れる人も無く、安寧で静かではあるが孤独な年末年始であった。

 孤独な年末年始と言えば、ゴーン日産元会長をふと想起した。拘留が度々延長され、寒かろう拘置所で過ごし越年した。かつて絶頂期にあった同容疑者から見れば、地獄に突き落とされた様なものであろう。娘の話では体重が9kgも減った由だが、もう少し人道的な見地から然るべき配慮があってもと思うのだが・・・。

 

  

      遠くに筑波山を望む  サザンカの代わりに人形館

                                                  で鮮やかに咲くハイビスカス

 

 加えて筆者は、一昨年11月の前立腺肥大の手術からちょうど1年、不覚にも昨年11月には大腸がんの手術を余儀なくされた。かなり進行していたため、手術後も抗がん剤治療を続けている。この治療を始める前に副作用のことを聞かされていたが、実際に始めてみると想定外の副作用に悩まされている。しかし、人生100年時代の世相下、長生きしたければ我慢するほかないであろう。

 

 一方、世界に目を向けて見ると、不透明な世界経済が気懸りである。年の暮れも押し迫った昨年12月30日に11ヵ国が加盟するTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が正式に発効した追い風もあるが、全般的には逆風が吹くのが懸念される。昨年末の世界株安の後遺症や、一時休戦状態の米中貿易摩擦、と言うより貿易戦争の再燃などの諸問題があるからだ。

 我が日本では安倍長期政権は7年目に入り、批判が多い一強体制が続くようだ。だが、得意と言われる外交は、頻繁に外遊を繰り返しジャパンマネーをばら撒くだけで、一向に成果や実績を上げていないのが腹立たしくてならない。今年こそロシアとの北方領土問題や北朝鮮の拉致問題が具体的に進展、或いは決着するのであろうか?

 

 さて、新年早々から鬱陶しくて重い、しかもプライベートな話になり誠に恐縮だが、筆者にとって本年も厳しい見通しである。80歳代になり2年連続して手術をしているだけに、特に終活の加速が喫緊になろう。その要となるのが私ことワールド・トラベラーが社会貢献のためにと無料公開しているプライベート・ミュージアム「世界の人形館」の行く末である。

 現況などについては、詳述した2017年12月2日付け幣ブログ『「世界の人形館」の近況−多様な来館者を迎えて』と違い、最近は更に来館者が減っている。今も入院中で且つ終末期を迎えている妻のことを想うと、積極的に来館者を受け入れる気持ちになれず、またその体制にもなっていない。往時の盛況ぶりに比べれば、閑古鳥が鳴き開店休業に近い侘しい趣だ。

 

 しかし、たとえ体調が悪くても、或いは妻の見舞い・介護などで多忙でも、来館希望があれば受け入れだけは続けたい。ささやかながらも世界の人形館という舞台を通し、我が国の真のグローバル化推進の一助になりたいとの想いが今も強いからだ。また、世界最大の旅行サイト、トリップアドバイザーの口コミ情報で、我孫子市の美術館・博物館ベスト10の5位にランクされており、この口コミで来館する見学者が意外に多い。

 とは言え、以前は年の割には元気者と言われた筆者も寄る年波を考えると、早晩は人形館を次代の誰かに引き継がねばならない。身内に継承者がいそうでないだけに、最悪の場合は店仕舞いになるかも知れないが・・・。もちろん本件の対応に就き、今まで放置していたり、或いは無策だった訳ではない。それなりに努力はしたのだが・・・。実は有力な引き受け手候補と思しき個人や団体などに接触してきたが、なかなか後継者が決まらないのだ。

 

             −−− 世界の人形館 −−−

  

       メインホール       オリエントルーム

 

 その理由は種々あるようだが、最大の原因は、プライベート・ミュージアムから想像も出来ないほど、所蔵品が多すぎることであろう。世界の民俗人形の2000体以上をはじめ、膨大な数の世界の紙幣とコインなど、合計すれば数万点、いや十数万点にも及ぶ膨大なコレクションだ。立派な博物館並みに展示するなら、体育館ぐらいの広さが必要とするため尻込みするらしい。

 

 本ブログの愛読者、或いはその関係者の中で「世界の人形館」を引き継ごうとの結構な篤志がある方がおれば、ご遠慮なく手を挙げて頂きたい。そのために、先ずは下記の通り当館にお問い合わせ頂き、出来ればご観覧下さい。お待ちしています。

 

TEL:04−7184−4745

携帯:090−8726−5599

Eメール: ko-yasu@maple.ocn.ne.jp  

 

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| 世界の人形館 | 17:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
ワールド・トラベラーが選んだ2018年の重大ニュース
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 認知症で4年目の入院生活を送り、終末期を迎えXデーの到来を待つ妻の見舞い・介護で忙殺された一方、不覚にも自らも大腸がんの手術を余儀なくされ多難であった2018年も、あと1週間を残すだけの平成最後の師走となった今年も国内外で様々な事件があったが、特に グローバル時代のトラブルを象徴するような日産と仏ルノーの主導権争い、29もの台風が発生した台風の被害、スポーツ界の不祥事、国会での紛糾などが忘れ難い。例の如く272ヵ国・地域を旅した私ことワールド・トラベラーの独断と偏見に基づき、2018年の重大ニュースを列挙し回顧しよう。

 

史上初の米朝首脳会談が行われ緊張緩和が進む

 6月12日にアメリカのトランプ大統領と北朝鮮金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が、シンガポールで史上初となる米朝首脳会談を行った。両首脳は会談後、金正恩氏が「完全な非核化」に取り組み、トランプ氏が体制の「安全の保証」を約束するとした共同声明に署名した。朝鮮戦争(1950年〜53年)以来、敵対関係にあった米朝両国の首脳が直接会談し、非核化を明記した文書をまとめた意義は大きい。

 しかし、非核化の進め方や検証方法などで合意に至らず、具体性に欠ける内容ともなった。会談後にアメリカのポンペオ国務長官は何度も訪朝し、非核化の工程表や検証方法につき交渉したが、一進一退の状態が続く。現時点では技ありで、北朝鮮が優勢と見るべきであろう。詳細は5月16日付け幣ブログ『史上初の米朝首脳会談が開催されるシンガポールの今昔』参照。

 

日産のゴーン会長を逮捕

 11月19日に東京地検特捜部は、高額過ぎるとされる役員報酬を有価証券報告書に過少記載していたとして、日産自動車会長のカルロス・ゴーン容疑者ら代表取締役2人を金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)の疑いで逮捕した。日産が捜査に協力する代わりに刑事処分を軽くする司法取引が適用され、ゴーン容疑者は日産と三菱自動車の会長職を解任された。日産はフランス政府が筆頭株主を務める同国のルノーと、三菱自動車との3社連合を組む。だが、規模の小さいルノーが出資比率で優位に立ち、日産とルノーの間で摩擦が生じていた。

 東京地検特捜部は12月10日に2人の容疑者と日産を同法違反で起訴し、さらに21日には、ゴーン被告を特別背任容疑で再逮捕した。しかし、前会長は一貫して容疑を否認し続けているとか。拘留は越年の見通しだが、我が国の拘留の長期化と言うやり方が果たして人権などに配慮しているのか、国際的には問題になろう。詳細は11月24日付け幣ブログ逮捕されたゴーン前日産会長を育んだレバノンを懐かしむ(1)参照。

 

タイの洞窟で少年ら13人全員救出

 7月10日までにタイ北部のチェンライのタムルアン洞窟に閉じ込められていたサッカークラブの少年12人と男性コーチの計13人が救出され、遭難から18日目で全員が奇跡的な生還を果たした。少年らは6月23日に洞窟に入ったが、大雨による増水で出られなくなった。タイ当局に加えアメリカやイギリスの洞窟救助専門チームなどが加わり、懸命な捜索救助活動が行われた。詳細は7月5日付け幣ブログ『タイの洞窟で少年らが閉じ込められたチェンライとタイタンビカス開花

 

メジャー新人王に大谷翔平

 アメリカ大リーグの年間最優秀新人選手(新人王)が11月12日に発表され、アメリカン・リーグではエンゼルスの大谷翔平選手が選ばれた。日本選手ではイチロー外野手(マリナーズ)以来17年ぶりで、4人目である。同選手は、投手で4勝2敗、打者では打率2割8分5厘、本塁打22本、10盗塁を記録し、「ベーブ・ルースの再来」として話題となった。なお、10月に右肘を手術し、来シーズンは打者に専念する見通しのよう。詳細は4月9日付け幣ブログ『It's Sho-Time ! 「二刀流」の大谷翔平選手が活躍するロサンゼルスの想い出』参照。

 

南北首脳会談、朝鮮半島非核化で合意

 4月27日に韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が、軍事境界線上の板門店(パンムンジョム)にある韓国側施設「平和の家」で初会談したが、2000年、2007年に続く3度目の南北首脳会談だった。両首脳は「朝鮮半島の非核化」を目指すとした板門店宣言に署名し、6月に控えていた米朝首脳会談を前に南北の結束をアピールした。

 その後、両氏は5月26日にも板門店で再会談した。だが、アメリカと北朝鮮の非核化協議が停滞する中、本格的な南北経済協力や休戦状態の朝鮮戦争の終戦宣言は実現の目途は立たない。文氏は米朝の歩み寄りを促すため、9月に北朝鮮を訪れて正恩氏と会談したが、非核化の具体策など巡る米朝の溝は埋まりそうもない。詳細は4月28日付け幣ブログ『南北会談で想起した23年前の板門店と拉致問題で無力な日本外交』参照。

 

アメリカと中国の貿易摩擦が激化

 3月23日にアメリカのトランプ大統領は、鉄鋼とアルミニウムの輸入制限を発動した。これに対し、中国は4月2日、豚肉やワインなど米国製品への関税上乗せを実施した。さらに7月〜9月には、アメリカが合計2500億ドル相当の中国製品を対象に関税を引き上げ、中国もすかさず合計1100億ドル相当の米国製品への報復関税で対抗した。12月にブエノスアイレスで開催された主要20カ国・地域(G20)首脳会議に合わせて行われた米中首脳会談では、アメリカが日用品などの中国製品に対する関税引き上げを一時凍結することで一致した。これで両大国の貿易戦争は休戦した格好だが、このまま米中の覇権争いがすんなりと収束しないであろう。

 

平昌五輪で日本は冬季最多13メダル

 2月9日〜25日に行われた第23回冬季五輪平昌(ピョンチャン)大会で、日本は金4、銀5、銅4の計13個のメダルを獲得した。これは1998年長野大会の計10個を上回り、冬季で過去最多となった。特に注目を集めたフィギュアスケート男子では、羽生結弦選手が右足の負傷を乗り越えて連覇し、7月には個人として最年少となる国民栄誉賞が授与された。

 女子スピードスケートでは、小平奈緒選手、高木菜那と美帆の姉妹選手らが金メダルなどを獲得した。また男女を通じて日本勢初めてのメダルとなる銅メダルを獲得したカーリング女子(LS北見)は、北海道なまりの「そだねー」が、今年の新語・流行語年間大賞に選ばれた。詳細は4月28日付け幣ブログ平昌五輪とトンガ紀行』参照。

 

同時多発的に起きた西日本豪雨

 7月5日から数日間にわたり記録的な豪雨が西日本各地を襲い、死者・行方不明者は240人を超えた。豪雨災害としては、平成に入り最悪の人的被害となった。被害の特徴は、河川の氾濫や冠水、土砂崩れなどが広域で同時多発的に起きたことだ。住宅被害は全国で5万棟を超え、特に岡山・広島・愛媛の3県で6000棟超が全壊した。

 一方、避難指示・勧告の対象は最大860万人を超えたが、犠牲者の多くが自宅で被災し、避難所に足を運んだのは3万人に満たなかった。今回の災害でも全国からは多くのボランティアが集まる支援の輪が広がり、ピーク時には1日で約1万8000人が被災地に入り浸水家屋の片付けや土砂の除去などをした由。詳細は7月22日付け幣ブログ豪雨と猛暑をそっちのけの国会閉幕』参照。

 

(番外編)

櫻田大臣を表敬訪問

  12月14日に永田町の東京オリンピック・パラリンピック大臣室で、懇意にしている櫻田義孝大臣を表敬訪問し激励申し上げた。最近メディアでよく報道され、時には揶揄される大臣の素顔は、明るく気さくな御仁である。

筆者よりも一回り若いが、何かと波長が合う間柄だ。大臣就任祝いとして贈呈した地球儀と共に記念写真を撮ったが、地球儀を俯瞰しながら国家・国民を想い、世界を多角志向して頂きたい。詳細は10月2日付け幣ブログ『待望の大臣に就任した政治家との交流:櫻田大臣表敬訪問など』参照。 

 

 上記以外にもリストアップしたい重大ニュースが多々あるが、あとは読者の皆さんのほうで選んで頂きたい。そして、4月に元号が変わる明年は、今年よりも明るい話題が一つでも多い1年となるよう祈念したい。 

 

 I'll see you next year!    

 

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| 重大ニュース | 11:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
外国人受け入れ拡大で期待される国ベトナムの旅(2)
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 一昨日(10日)に閉幕した第197臨時国会では、最大の焦点であった外国人労働者の受け入れを拡大する改正出入国管理法など、政府が提出した法案全てが成立した。特に来年4月から施行される改正入管法の採決強行ぶりは正視に耐えないもので、明らかに審議時間不足の消化不良法案以外の何物でもない。いくら人出不足問題が喫緊とは言え、拙速主義の禍根を残したのではないかとの疑念は消えそうもない。

 この法案成立によって「特定技能」という新たな在留資格は、技能水準によって2段階になる。在留期限は最長5年で家族帯同が認められない特定技能1号と、在留期限は上限が無く免許制で家族帯同が可能な特定技能2号である。政府は5年間で最大34万5000人の受け入れを見込み、建設や介護など14業種を検討の対象とするが、下手をすれば「取らぬ狸の皮算用」にも成りかねない。

 と言うのは、我が政府が期待したほどの人材が集まらないリスクもあるのだ。人出不足は日本だけのものではなく、他のアジアの経済成長が著しい新興国などでも深刻で、人材の奪い合いが熾烈なようだ。外国人に求められる技能の中でも、彼らにとってハードルが高いのは日本語習得であろう。日本以外ではあまり使えない日本語ゆえに、むしろ日本を敬遠して他国で働きたいとの希望者が多いと聞く。

 

 さて、外国人材で特に期待されているのは、働き者のベトナム人であろう。外食で出かけて入ったレストランの多くでは、ベトナム人が甲斐甲斐しく働く。計画経済から市場経済への転換後は経済発展が目覚ましいベトナムは1994年9月、1996年10月、2002年12月の3度も訪れており、既に2017年3月2日の幣ブログ『天皇、皇后両陛下ご訪問のベトナムの旅(1)−古都ハノイとフエ』で紹介済みだ。今回はホーチミン以南の南部につき、触れてみたい。

 

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 サイゴン川沿いに広がるベトナム最大の経済都市ホーチミンは、フランス植民地時代のシックなコロニアル様式の建物が点在する情緒ある街並みを形成する。一方では、解放後の急速な発展による開発ラッシュで、どこも人、人、人、バイク、バイクで溢れエネルギーが充満する。観光のスタートはホーチミン市人民委員会庁舎 の公園広場がおススメだ。通称ホーチミン市庁舎は1908年に当時のサイゴン市庁舎として建てられ、優雅なフレンチコロニアル様式の建物は観光客に人気がある。建物正面前の公園広場には建国の父ホー・チ・ミン像が設置され、腰かけた「ホーおじさん」と寄りそう少女の像が立つ。

 

 

    ホーチミン市人民委員会庁舎         庁舎前の公園広場

 

 この公園からサイゴン川に向かって東に延びるメインストリートがグエンフエ通りで、この通りの北側を平行するのがドンコイ通り。土産物店やレストランなどが多く、散策にも良い。市庁舎から約700m西に行くと統一会堂(旧大統領官邸)がある。1966年築のかなり豪華な建物は、南ベトナム政権時代に独立宮殿と呼ばれた旧大統領官邸だ。1975年4月30日に解放軍の戦車が官邸に無血入城し、ベトナム戦争は終わった。大統領作戦室で記念撮影した。ここから北西500mほどにあるのが、1880年に建てられたネオゴシック様式が見事なサイゴン大教会だ。尖塔の高さ58が、実際よりもひときわ高く見える。この大教会の対面にあるのがサイゴン中央郵便局で、パリのオルセー美術館はモデルにしたと言われ、内部の半円形の天井が素晴らしくクラシックな雰囲気を醸し出す。

 

   

        旧大統領官邸      サイゴン大教会前の筆者  

 

 市の中心部から西へ約5m行くと、在ホーチミンの華僑の大半が住むチョロンというチャイナタウンがある。見どころは1914年に完成したチョロン最大の中央市場、ベンタイン市場だ。生鮮食品、繊維、雑貨など品揃えが豊富で、ベトナムにいながら中国のムードが漂う。街にはいくつかの仏教寺院があるが、南部ベトナム一の規模を誇るのがヴィンギエム寺(永源寺)で日本とも縁が深い。日本留学の僧が開いた寺は1971年と新しいが、、石段を上がった右手にある「平和の鐘」と称される鐘楼は日本の曽洞宗の寺から寄贈されたもの。ベトナム伝統の一つとして知られる水上人形劇はロンヴァン水上人形劇 を鑑賞した。会場は統一会堂の西側にあり、初めて観るショーに魅入られた。

 

 

  ベンタイン市場を散策         水上人形劇

 

 市庁舎前の公園からメインストリートのレロイ通りに出て約200m北上すると、繁華街ドンコイ通りと交差する近くにサイゴン・オペラハウスとも呼ばれるホーチミン市民劇場がある。1900年にオープンした建物はやはり フレンチ・コロニアル様式で、パリのプティ・パレ美術館に似たファサード(建築物の正面部分)がひときわ目立つ。市民劇場からサイゴン川に向かう途中で、色彩溢れるユニークな建物が目に入った。黄色の壁に囲まれたヒンドゥー教寺院のスリ・タンディ・ユッタ・バニで、中に入ると青やピンクの世界が広がる。回廊の柱には神様を描いた絵があり、壁や床に貼られたアンティーク調のタイルが美しい。サイゴン川に出るとそこは港になっており、約2時間のクルーズを楽しんだ。ハイカラな船上ホテルがある一方、今も水上集落に暮らす貧しい人たちの姿も見かけた。

 

 ホーチミンから車で国道1号線を南西に向かう事およそ2時間、メコン川クルーズの拠点となるメコンデルタ河口の町ミトーに着いた。竜眼やマンゴーなど果物の産地、或いは米粉で作られるフーティウ麺の本場として知られる。町の東側にあるミトー市場に少し寄った後、船乗り場から小さなモーター付きの木造船に乗り込みメコンクルーズに出かけた。全長4000km、遥かチベットを源流に持つメコン川が長い旅路の末に辿り着くのがベトナム南部である。この地域を流れる頃には川幅はなんと3kmほどにも及び、多くの支流を縦横に延ばす大河となる。日本ではちょっと体験できない大河の魅力を楽しめるのがメコン川クルーズだ。

 

 

   ミトー付近のメコン川   ジャングルクルーズを楽しむ

 

 両岸のジャングルを眺め、のんびりと川風に吹かれ茶色く濁ったメコン川の雄大な流れの中を行く。その間甘いココナッツのジュースを飲みながら、寛ぐのがなんとも心地良かった。メコン川の周囲ではココナッツの栽培も盛んで、そのヤシやマングローブの林を小さな手漕ぎボートでくぐって行くのが熱帯ジャングルクルーズ。覆いかぶさるようなヤシの葉の中をくぐって行く一方、観光客を載せた小舟が次々とやって来るので、衝突しないように避けながら進んで行く少々リスキー体験が楽しめる。その後は中州にあるタイソン島に上陸し、果樹園を散策した。島のレストランでは、パイナップル・バナナ・竜眼・ランブータン・ドラゴンフルーツなど色々なトロピカル・フルーツ付きのランチを堪能した。 

 

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 現行の技能実習制度では、実習生を送り出す国での悪質なブローカーの暗躍が問題になっている。この点では先輩格の韓国を見習うべきであろう。政府間で情報を共有し、悪質ブローカーが関与した労働者は入国させないシステムが確立しているからだ。

 

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| 世界の旅−アジア | 12:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
移民キャラバンの中心国・ホンジュラスの旅
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 国内では外国人労働者の受け入れ拡大を目指す出入国管理法が衆議院で強引に可決され、参議院で審議中だが、この法案が移民法ではないかと懸念する向きもある。一方国外では、1万人近い移民キャラバンがアメリカを目指しているのが話題になっている。中米諸国からアメリカへの移民を目指す移民キャラバンという一団を、15年ほど前から移住労働者を支援する非営利団体が案内してきた。

 貧困や治安悪化などから逃れようとアメリカとメキシコ国境に移動し難民申請する訳だが、これまでの参加者は数百人〜千人と小規模であった。そのうちアメリカとの国境に到達するのは1割程度に過ぎず、しかも難民申請が認められるのは僅かで大半がメキシコに残留するとの由。

 

 今年は10月13日に出発したホンジュラスの先頭グループをはじめ、エルサルバドルからもキャラバン参加が加わり、グアテマラやメキシコを経てアメリカ国境を目指している。既に先頭集団はアメリカと国境を接するメキシコ北部の町ティファナに到着し、高さ6mほどもある高い国境の壁をよじ登り不法入国を試みる

(写真)が、アメリカ側は排除に懸命だ。自国第一主義を唱えるトランプ政権は国境管理を強化しており全米から集めた約5000人の兵士を配し、後方で国境警備隊をサポートする。

 しかし一方では、移民労働力に依存してきたアメリカ経済への影響を懸念する意見もある。と言うのは中米諸国からの移民は、アメリカの農園などで貴重な労働力になってきたのだ。トランプ大統領の厳しい政策は、アメリカ国内に数多くいるメキシコ系移民にも多大の不安感を与えている。さて、筆者は移民キャラバンの中心になっているホンジュラスを、19981年と2000年12月に訪れている。その旅の模様を紹介しよう。

 

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 ホンジュラスの面積は日本の約3分の1の11万2492k屐⊃邑は約740万人。中米では珍しく内戦が無かった国だが、中米ではニカラグアと並んで最も貧しい国である。産業の中心は農業で、高原地帯で生産されるコーヒーの多くは輸出され、バナナの生産やエビの養殖も盛んだ。

 

 首都テグシガルパは海抜990mのテグシガルパ谷中に位置し、朝晩は少し寒いくらい冷える。丘が多くて細い坂道が続き、家々がびっしり建て込むさまは、ペルーのクスコを10倍ほど大きくした感じだ。壮麗な教会群が目立つ街中は、クリスマスをひかえて活気があった。コロニアル調の建物が多い街の中心は、立派な外観のカテドラルが建つ中央公園だ。このカテドラルの見どころは、スペイン・コロニアル芸術の傑作と言われる細工が美しい祭壇である。

 

       −−− テグシガルパ −−−

 

     市街地を俯瞰        カテドラル前の筆者

 

 中央公園から北西方向に歩いて約5分の所に建つドローレス教会も、なかなか優美である。この両教会の周辺はホテルやレストランの多い商業地区で、華やかさがあり賑わう。新市街から南下してチキート川を渡ると旧市街に入るが、川に架かる橋のたもとなどが風情があった。家々が建て込んで坂が多い市街地を一望するなら、街の北外れにあるピカッチョの丘が一押し。丘の上からの眺望が素晴らしく、カフェや小さな動物園があるので市民憩いの場でもある。

 

   

 中央公園で地元民と交流     チキート川に架かる橋

 

 郊外では、街から東へ車で40分ほどにあるバジェ・デ・アンヘレスが見逃せない。名前の通り天使が住んでいるような感じの穏やかな町で、標高1310mの高原にありテグシガルパに比べるとヒンヤリする。民芸品の里として素焼きの食器など素朴な味わいの民芸品が売られ、のどかな佇まいが良い。

 

                      −−− バジェ・デ・アンヘレス −−−

 

 

 ホンジュラスのマヤ遺跡と言えば、西部にあるコパン遺跡が一押しだ。グアテマラとの国境からわずか10kmほどにあり、代表的なマヤ文明都市遺跡で石碑や神殿階段装飾が見事だ。最盛期は西暦450〜800年頃と言われ、何よりも遺跡を有名にしているのは深い彫りの美しい彫刻群だ。遺跡に入ると、まず、広々としたグラン・プラザという広場に出る。ここには多くの石碑が置かれているが、大半はコパンの絶頂期の18ウサギ王(695〜738)が建てたもの。彫りの深い立体的な石像(ステラ)が数多く作られ、特にステラBが、双頭の蛇や亀などの祭壇と共に興味深く見応えがある。

 広場の南側には球戯場があり、日本の蹴鞠のようなボクアトクという奉納競技がプレーされたとか。この球戯場の東南に高さ約30mの神聖文字の階段 があり、コパン朝の歴史絵巻が2500余の象形文字刻まれている。この階段の南にあるアクロポリスを通り過ぎて更に南に進むと、西広場に出る。その一角にある祭壇Qと呼ばれる四角い石の彫刻は、マヤ暦に関するものと言われる。

 

 

 コパン遺跡:ステラB     コパン遺跡:球戯場

 

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| 世界の旅−中米・カリブ海 | 13:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
逮捕されたゴーン前日産会長を育んだレバノンを懐かしむ(1)
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 ゴーンショックというトランプ大統領も影が薄くなるほどの経済事件が、連日大きく報道されている。コストカッターとして名を馳せ日産自動車再生の救世主と言われたカルロス・ゴーン代表取締役会長が、腹心のグレッグ・ケリー代表取締役と共に、金融商品取引法の違反、つまり有価証券報告書の虚偽記載容疑で東京地検特捜部に逮捕されたのだ。同容疑者の約10億円という高額の役員年報酬については以前から賛否があり、直近の過去8年間だけでも約80億円の過小申告があったよう。因みに、ゴーン容疑者に対する容疑は、日産社内の内部通報に基づき固められ、司法取引を利用した由。 

 加えてジーア(Zi-a)という子会社を

通してブラジル・リオデジャネイロ、レバノン・ベイルート(写真)、フランス・パリ、オランダ・アムステルダムに約20億円の高級住宅を購入させ、無償で提供を受けていたなど、他にも絶対的な権力をバックにして過度の

 公私混同があったとされる。これを受けて 日産自動車は一昨日(22日)に臨時取締役会を開き、ゴーン容疑者の会長職を解任して代表権を外し、ケリー容疑者の代表権も外すことを決めた。また、兼務している三菱自動車の会長職も、近々開かれる臨時取締役会で同様の提案がされる見通しである。

 

 しかし、ゴーン容疑者が会長兼最高経営責任者(CEO)を兼務するフランスのルノーは、取締役会でCEO職の暫定的な代行を置くことにしたものの、会長兼CEO職の解任は見送り、日本側の日産と三菱自動車と対応が全く異なっている。また、ルノー側はむしろ同社に統合されるのを嫌う「日産のクーデター」と捉えている様で、ルノーに15%出資し最大株主であるフランス政府もマクロン大統領が乗り出すなど、かつて国営企業であった同社を擁護する動きがある。

 因みに、約20年前の日産は倒産寸前であったが、ルノーの出資を仰ぎゴーン前会長が最高執行経営者(COO)として派遣され、同社の傘下に入り更生を図った。その後日産は前会長の強力なリーダーシップの下、V字回復して2003年には2兆円の負債を完済した。更に2017年には、ルノー&三菱自と合わせた世界販売台数は1060万台超と世界一を達成した。 なお、ルノーは日産に43%出資して議決権を持つが、同社の売上高は日産の6割ほどに過ぎないねじれとなっており、このねじれがルノーと日産の主導権争いの主因になっているのでは?

 

 今回の事件の主役になっているゴーン容疑者が、ブラジル・フランス・レバノン3ヵ国の国籍を持つ多重国籍者であることも興味深い。1954年にブラジルで生まれ、約10年間の少年期はレバノンで育ち、その後フランスのパリで学び、フランスの大手タイヤメーカー、ミシュランに入社後ルノーにスカウトされた経歴を持つ。両親はレバノン人で、現地名の発音はゴーンでなくゴスンで、高名な一族として知られる。1974年〜1977年に近くのクウェートに商社マンとして駐在経験のある筆者は、レバノン人と取引した事もあり彼らの商才を熟知している。

 カリスマ性を感じるオーバーアクション気味の言動と、英仏語やアラビア語など数か国語を操るバイリンガルは正しくレバノン人である。更に遡れば海上交易に従事し、優れた商人であったフェニキア人の末裔である。クウェート駐在時代に彼の祖国とも言うべきレバノンへ8度も出張しており、リタイア後の2000年6月と2005年1月にも旅しており、中東諸国の中でも大好きな国の一つだ。イスラム教徒が圧倒的に多い中東では、珍しくキリスト教徒も多い多様なモザイク国家である。かつて「中東のパリ」と称えられた美しき首都ベイルートと、その郊外を紹介しよう。

 

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 1970年代中頃までのベイルートは政情が安定し、冬は温暖で夏もあまり暑くなく、嬉しい事にお酒も飲めるため日本の駐在員が多数住んでいた。当時担当していた取引先の合繊メーカー(東レ)の中東事務所がベイルートにあり、クウェートから打ち合わせのために年に数回も出張した。実は打ち合わせとは表向きで、勤務地のクウェートが禁酒国で娯楽も少なく、戒律が厳しいイスラム教国から一時的に逃避するのが主目的の出張であった。また時々家族(妻・長男・次男)を引率して旅行した。

 レバノンの面積は岐阜県と同じ10400k屬閥垢い、荒涼たる砂漠が多い中東では珍しく緑が多い。2000〜3000級のレバノン山脈とアンティレバノン山脈が、地中海沿いとシリアとの国境近くを走る。気候は地中海性で、一年中さんさんと陽光が降り注ぎ快適そのものだ。その歴史もアルファベットが生み、ギリシアやローマ以前に

      港よりレバノン山脈を望む

フェニキア人が活躍した輝かしい時代を持つ。

 20世紀後半に油開発ブームが到来すると、周辺の中東産油国のサウジアラビアやクウェートなどがレバノンに多額の投資をしたお陰で、中東最大の金融センターに成長した。小国とは言え実に変化に富み多様性がある、魅力満載の観光立国であった。しかし、宗教的に複雑な「モザイク国家」は、1975年頃から始まった内戦で美しい町並みや国土が無残にも破壊されてしまった。
     

 南ヨーロッパの港町を彷彿させるような開放的なベイルートは、西側は紺碧の地中海沿いの海岸、東側は「中東のスイス」と呼ばれ冬には冠雪して白銀の世界となる山岳地帯が広がる。街はイスラム教徒が多く住む西ベイルートと、キリスト教徒が多い東ベイルートに大別されるが、見どころは西ベイルートの方が多くて面白い。例えば、ラウシェ地区の地中海沿いの風光明媚な海岸通りコルニーシュには、多くのカフェやレストランが並んで活気があり、陽光あふれる南欧風の開放的なムードが漂う。この近くにはベイルートのランドマーク、鳩の岩と呼ばれる2つの巨大な岩がある。真っ青な地中海に立っており、記念撮影には絶好のポイントだ。

 

  

 地中海に面した ベイルート俯瞰 海岸通りコルニーシュで長男・次男と 

 

    −−−ベイルートの名所・地中海に浮かぶ鳩の岩−−−

 

1975年家族(妻・長男・次男)と   2005年に訪れた筆者

 

 ほかに、見逃せないスポットとして、ショッピングのメッカとして賑わうのがメインストリートのハムラ通りでホテルなども集中しており、かつては夜のお相手もしてくれるヨーロッパの女性たちが多い歓楽街でもあった。また、白砂海岸ラムレッタル・バイダ、庶民的な下町バルビール、内戦時(1975年〜1990年)は戦場になり往時の面影がほとんど残らない旧市街(エトワール広場、ローマ浴場跡、マロン派教会、マーサー広場)などがある。一方、東ベイルートは、教会が点在し高級住宅街が続くが、観光面では若干魅力を欠く。

 

 郊外は市内から北へ約24kmにあるカジノ・ドゥ・リバンは、ヨーロッパ的な雰囲気が漂う。豪華なショーが名物で、特に巨象が舞台をのっしのっしと歩き迫力満点だった。南48kmほどにある宮殿ベイト・エディーンはシューフ山地の中に静かに佇む。19世紀にレバノンを統治した支配者が建てたものでイスラム伝統建築の集大成として知られ、訪問当時は大統領の夏の宮殿として使われていた。中央に噴水のある中庭が美しい宮殿に囲まれ、ハマーム(浴場)の装飾が素晴らしく、宮殿内にあるモザイク博物館も見逃せない。

 

   

     エトワール広場        下町バルビール

 

 

ハムラ通り付近を長男と次男と共に    ベイト・エディーン

  散策中に地元民に囲まれる   

 

 豪華で魅惑的なカジノとショー、海と山の幸が堪能できオレンジが最高に美味しいグルメ、すぐかっとなるが開放的でお人好しなレバノン人気質、商売上手なレバシリ商人など、今となれば夢物語のような楽しい思い出ばかりが懐かしく残像のように残る。

 

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  東京地検特捜部の厳しい取り調べに対し、逮捕されたゴーン前日産会長は徹底的に容疑を否認するであろう。だが、前会長の私物化は日を追うごとに明らかにされ、約40億円のストック・アプリシエーション・ライトという株価連動報酬(SAR)も有価証券報告書に記載していなかった様だ。

 今後フランス政府を巻き込んで紛糾すれば、場合に依っては日本とフランスの外交関係にも影響しよう。日産とルノーの両社は生産と部品調達の統合や経営合理化を業界では前例のないレベルまで進めてきただけに、提携を解消するという「離婚」は極めて至難であろう。クリスマスを間近に控え、今後の成り行きが注目される。

 

                                 ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

無料講演を引き受けます。

  私ことワールド・トラベラーは講演・講義を全国各地で行っています。主目的は地域や街の活性化と真の国際化推進、そして三流とも揶揄される日本外交再生などの一助です。そのために世界に関することであれば、旅行、文化芸術、宗教、歴史、政治や外交に関する国際情勢、グルメ、環境、経済や産業などジャンルを問わずワールド・トラベラーとして恥ずかしくない講演をします。しかも272ヵ国・地域を旅した実体験をベースに、他人様の情報をコピペ(切り貼り)しない異色のノンフイクションをありのままにお話します。
 ご希望があれば、ご遠慮無くお申し出下さい。因みに、慈善活動のため謝礼は一切不要ですが、ご希望の主旨が筆者の平和的な理念などに反する場合は勝手ながらお断りすることもあります。予めお含み置き下さい。


                    ― ― ―  講演会風景 ― ― ―
  
 プロジェクターを駆使し講演     地球儀を前にして      満席の会場で熱心に聴講する
  するワールド・トラベラー       スピーチする筆者       多数の参加者たち 


お問い合わせ:世界の人形館 
                     TEL 04−7184−4745
      E−MAIL 
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| 世界の旅−中東・北アフリカ | 14:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
APEC首脳宣言が採択されなかったパプアニューギニアの幻想紀行
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 日本、米国、中国など21ヵ国・地域が参加し、パプアニューギニアの首都ポートモレスビーで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議が昨18日閉幕した。会議では本年に入り過熱化する一方の米中貿易戦争の尾が引き、米中両国の首脳(ペンス副大統領と習近平国家主席)が通商政策を巡り批判合戦を応酬し、対立したまま首脳宣言の採択を断念した。この不採択は1993年のAPEC首脳会議の発足後、初めての異例のことだ。

 具体的には、会議で米国は中国が国有企業に巨額の補助金を出しており、外資規制や行政審査を通じて外国からの進出企業に技術移転を強要していることを批判した。一方、中国もトランプ政権の自国第一主義に反発し、米国の保護主義や一国主義を非難した。これに同調する国もあったとみられ、議長国ではあるが力不足の弱小国であるパプアニューギニアは調整出来なかったようである。11月末からアルゼンチンでG20首脳会議が予定されているが、米中対立を和らげる妙案があるのであろうか?

 

 因みに、パプアニューギニアがこれほどの大きな国際会議を開くのは初めてで、ホテルや移動用の車両も不足していた。しかし、各国の様々な支援を受け何とか開催に漕ぎ着けたようだ。例えば、ポートモレスビー港には3隻の大きなクルーズ船が停泊し、各国の代表団や海外メディアなどの宿泊施設

 ホテルになったクルーズ船

 (ネットより転用・加工)

となった。また、政府は1台約1000万円はするイタリアの高級車を40台も購入したため、国民の約4割が貧困層である同国では、貧しい国民の暮らしに予算を使うべきとの批判も呼んだようだ。一方、我が日本はバス、救急車、消防車を合計74台供与したとか。

 

 さて、米中摩擦の余波が押し寄せてきた平和な南太平洋の島国、パプアニューギニアを、筆者は1997年4月〜5月に訪れている。1960年頃までは石器時代より営まれて来た文化を持ち、現代文明に頑なに抵抗して伝統・風習を守り続ける部族が多い。 数百とも言われる様々な民族が混在する「地上の楽園」では昔ながらの生活が今も息付き、極彩色の祝宴に魅せられた原色のパラダイス旅行は、他の国では体験できない興味津々の連続であった。原色に彩られたハイランド王国周遊を紹介しよう。

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 

 成田から関空経由で、ニューギニア航空に乗り継ぎパプア・ニューギニアの首都ポートモレスビーへ飛んだ。到着後すぐに国内線で広大なハイランド(高原)の西端近くに位置するタリに向かい、同地で独特の伝統を守るフリ族の村々を訪ねて華やかで勇壮な踊りシンシンなどを楽しんだ。その後また、小型機に乗って東進し、ハイランドを代表する町マウントハーゲンに着いた。パプア最大のマーケットや特異な踊りを観賞後、バスでハイウェイをさらに東へ走行し、コーヒーの産地やハイランドショーで有名なゴロカに到着後、ポートモレスビーに戻った。

  赤道直下に近く鬱蒼としたジャングルが生い茂る秘境のイメージが強く、だが実際にはパプアの中央部に緑豊かでなだらかな高原のハイランドが広がっているとは、旅行前に全く想像だにしなかったことである。標高3000m級の山々に囲まれた海抜1500〜2000mの涼しい高原は  、まるで軽井沢のようで快適そのものの楽園であった。

タリ付近のハイランド

 

 ポートモレスビーから空路で西へ1時間半かけて着いたタリ村は、周囲が3000級の山々に囲まれた手付かずの大自然が美しい。この村では西洋文明との接触が1960年代と遅かったせいもあり、パプア・ニューギニアの中で最も独特で古い文化を守っている少数民族、フリ族が住む。特に男性は人毛のかつらを付けるので、ウィッグマンと呼ばれる。その大きなかつらは極楽鳥などの色鮮やかな羽飾りをあしらい、顔には赤・黄・青の鮮やかなフェイスペインティングが施されて個性的だ。

 タリに着いて先ず訪れたのが、シンシンという踊りを楽しんだアロカンバ村だ。黄色や赤の原色使いの化粧をしたり、鳥の羽でできた髪飾りをした男たち10人ほどが、太鼓や槍を手に繰り広げる踊りは実にダイナミックで勇壮だ。その後、静的なスピリットダンスを観賞したカガナル村、ウィッグマンのかつら作りを見るためにキギタ村を訪れた。因みに、タリ付近は紙幣のモデルにもなっている国鳥の極楽鳥の生息地としても有名で、高さが20〜30mもある高木のてっぺんにいるのを観察した。

 

         −−− アロカンバ村で鑑賞した踊りシンシン −−−

 

    勇壮なシンシンの踊り子たち アロカンバ村民と交流する筆者

 

 

キギタ村のウィッグマンと仲良く 2キナ紙幣で紹介されている極楽鳥

 

 タリの東約180kmに位置するマウントハーゲンではチンブー族の村クプヌン・クーを訪れ、ガイコツ踊りを観賞した。踊り子は体全体を黒く、骨だけは白く塗った姿で現れた。昔はこのような格好で土中に埋まり、敵が来襲した時にいきなり出て来て驚かしたそうである。筆者も踊るような仕草で、ガイコツ踊りに参加した。この村で忘れ難い動物に出会ったのがクスクスと言う体長70cm、尾長50cm位の可愛い有袋類で、コアラやカンガルーと同じ仲間だ。

 一方、ウィルヘルム山麓の町では茶栽培が盛んで、紅茶工場を見学した。マウントハーゲンの名物と言えば、何と言っても国内最大の規模を持つと言われるマーケットである。近隣の村々から農作物や果物、日用品、工芸品などあらゆるものが持ち込まれる。特に土曜日の市場は賑わい、遠くの村からも伝統的な服装をして参加する。

 

            −−− チンブー族のガイコツ踊り−−−

   

 

 マウントハーゲンの西115kmほどあるゴロカは、ハイランドショーで国際的にも有名な高原都市だ。郊外のミンディマ村ではアサロ族のマッドマン泥人間)の踊りを見学したが、全身に泥を塗りたくり、顔を全部覆う泥でできたマスクを被っている。これは怪奇な仮面をつけて相手を怯えさせる踊りである。元々泥人間は森の精霊を表しており、死体が生き返ったふりをして敵を驚かす戦いの方法であったとの由。筆者も試しにマッドマンになってみたが、泥の仮面が重すぎて首が痛かった。

 町の北外れにはゴロカ特産のコーヒーの半官半民会社があり、そのコーヒー工場で焙煎工程などを見学した。パプア国民の半分近くが何かしらコーヒー産業に関わり、生産の95%が良質のアラビカ種とか。空港の西南にあるJ.Kマッカーシー博物館は、1942年から40年間パプア政府関係で働いたオーストラリア人によって設立されたもの。ハイランド地方の文化や生活を示す壁画や展示品のほかに、第2次世界大戦での武器や米空軍戦闘機も展示され興味深い。

  

ミンディマ村でアサロ族の泥人間 マッドマンになろうとしたが・・

 

 さて、首都ポートモレスビー は人口約25万人は同国最大の都市で、近代的なビルが建ち並びパプア湾に臨む港町だ。公官庁が点在するワイガニ地区、商業地区のボロコ地区、港に隣接しショッピングセンターやレストランが建ち並ぶタウン地区に分かれる。近代的な街並みと伝統的な暮らしが同居する街全体を一望するなら、タウン地区の海に突き出たパガヒルがイチオシ。標高99mの丘の上には旧日本軍の砲台跡が残り、眼下のタウン地区や美しいエラ・ビーチなどが見晴らせる。

 パガヒルを下りて東へ向かい海岸通りを進むと、コキ・マーケットに着く。活気のあるこの市場では、内陸部のハイランドで見かけなかった様々な魚介類が目に付く。マーケットの近くにはモツ族の水上部落があり、ここではトイレはそのまま海へ流される。一方、街の北部にあるワイガニ地区では、精霊が宿ると言われるハウスタンバラン様式の国会議事堂が見逃せない。正面のモザイクが見事な近代建築で、内部は約200の壁画が描かれている。

 

              ( ポートモレスビー )

 

     市内を俯瞰          モツ族の水上部落

 

 ほかに、思いがけない東ハイランド州知事との面談、石蒸し焼き料理ムームーなどを賞味したグルメ、各地で出会った人懐っこい子供たちの触れ合いなど、今までの旅で経験しなかった新鮮な出来事が多々あった幻想紀行を堪能した。

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 

 米中両大国が睨み合う中で、経済力ナンバー3の我が日本はただ傍観するのみで終わった様である。こう言う修羅場でこそ外交力を発揮し、日本の真の実力を世界に認めさせる絶好の機会を逸したのは残念である。もったいない!

 

                                  ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

 筆者にはパプアニューギニアに関する次の著書があり、ご関心ある方は是非ご購読下さい。

 

          世界を動かす少数民族

 超大国アメリカの真の実力者は誰?台頭著しい中国を支える東南アジア経済界の覇者は誰?知られざる数々の少数民族から現代世界の縮図と課題が克明に分かる。幻冬舎 定価本体1,350円+税


    

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| 世界の旅―オセアニア | 23:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
世界最強になった日本のパスポートと苦労したアンゴラ旅行
10

 英国のコンサルティング会社、ヘンリー&パートナーズが最近公表した資料によれば、ビザなしで渡航できる国・地域の数を基準にしたパスポート(旅券)の強さ指数で我が日本が世界一になった由。即ち、日本のパスポートを所持していれば、ビザ(査証)なし或いは到着時のビザ申請で入国できる国・地域が190にもなり、今年の7月時点まで並んでいたシンガポールを追い抜いて単独1位になったのである。次に同指数の3位は188ヵ国・地域のドイツ・フランス・韓国、6位は186のアメリカ・イギリスだ。

 因みに、中国は74ヵ国・地域で71位、北朝鮮は42ヵ国・地域と制裁を受けている割には少なくはない。また、調査した199ヵ国・地域の最下位はイラクとアフガニスタンの30ヵ国・地域であった。一方、日本への入国時にビザが免除されているのは68ヵ国・地域に過ぎず、従来より難民や移民受け入れに消極的な閉鎖性を如実に物語っている。2年後に東京オリンピック・パラリンピックを控え、もっと大胆に門戸開放するグローバル化の推進が喫緊の課題であろう。

 

  ところで、パスポートの強さ指数とは、具体的にどう言うことを意味するのであろうか?この指数が高いほど国際社会での信用度が高く、信頼されていることに他ならない。国が経済的に豊かであるのは勿論、日本人の勤勉さやマナーの良さ、治安が良好で人権問題を抱えていない、国際的な協調性なども考慮されての事であろう。他方、発展途上国や独裁国家では上記の諸点で問題があるようで、全般的に指数は低い。

 今では日本人の海外旅行は当たり前になり、お金と時間があり健康であれば誰でも外国へ出かけられる時代だ。しかし、筆者が初めて異国の地を踏んだ半世紀前は、外国への旅立ちは様々な制約があった。第一は携行できる外貨は500米ドルと言う制限があり、筆者のような輸出で外貨を稼いで国に貢献していた商社マンにもこの外貨持ち出し制限が適用された。第二は渡航国のビザ取得で、敗戦の後遺症で国自体が貧しく国際的地位も低かったため、昔は日本に対してビザ取得を求める国が多く渡航前に苦労したものだ。

 

 因みに、筆者は過去半世紀にわたり272ヵ国・地域を旅した故に、外務省発行のパスポートは合計13冊にもなり、うち12冊を所持している。しかも、年間20回近く出国した年もあり、増補した分厚いパスポートが数冊もある。このパスポートで目を引くのが渡航国・地域のスタンプで、その通常の形は円・正方形・長方形・楕円形などである。しかし、最も印象的であったのが、南太平洋に浮かぶクック諸島のアイツタキ島に入島した時に押されたスタンプだ。なんと足の形をしており、ワンフットと言う名前の絶景の島まであるのだ。

 

    

     筆者が所持するパスポート  クック諸島のアイツタキ島

                    のスタンプ   

 

 日本のパスポートが世界最強になったとは言え、今もビザ取得を求める国が多く、またその取得が容易でないのがアフリカである。特にビザ問題で最も苦労し、さらに滞在中はトラブル続きであったのがアフリカ南西部に位置するアンゴラだ。2007年2月に訪れた苦難連続の旅の模様を紹介しよう。

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 

 ワールド・トラベラーと呼ばれる筆者は、一旦ある国の旅を決断したら、概ね1年以内に実行し訪問する。だが、唯一の例外はアンゴラであった。この国の旅行を企画したのは20年以上も前であったが、1975年にポルトガルから独立間もなくから内戦になり入国ビザ取得が困難であった。そこであらゆる手段を講じ、その究極はアンゴラ大使館があるパリまで赴いたが、フランスでの保証人がいないため断られた。

 2002年内戦終結後に東京に大使館が開設されると、すかさずビザを申請したが発給されなかった。やはりダメかと半ば諦めていたところ、半年後に突然取得できたが、異例の観光ビザ発給であったらしい。2007年にやっと念

アンゴラの入国ビザ

願のアンゴラ入国を果たしたが、内戦の傷跡は想定以上に深刻であった。観光どころでないのが実情で、他国ではあり得ない様々なトラブルに遭遇した。

 

 首都ルアンダには27年も続いた内戦の影響で内陸地域から避難民が大量に流入し、都市計画の7倍ほどの人口(約400万人)が集中していた。極端なホテル不足に加え、鉄道やバスなどの公共交通機関が無い。また、驚くなかれタクシーも営業していないため、移動は極めて困難であった。空路で地方へも出かけたいと思ったが、ルアンダ市内の航空会社オフィスも空港の切符売場も窓口は人だかりでいっぱいで簡単にチケットが買えないことが分かった。結局、ホテルのレセプションに知り合いの白タクの手配を頼み、ルアンダ市内と南郊外のムスロ島やクワンザ川などを観光した。

 

  

   ルアンダの中心バイシャ地区 メインストリートの2月4日通り

                   を散策する筆者

 

 しかし、運転手は普段は会社勤めをしており、仕事が終わってから、或は仕事の合間を利用して白タクをするので何時に来るのか分からない。待ちに待ってやっと来た運転手にルアンダ市内と周辺の各地を案内してもらったが、車を降りる時に請求された金額が時間当たり驚くなかれ100ドルだ。物価高とは言えと法外に高いので、値下げ交渉を試みた。ホテルのレセプションマネージャーの仲介で鋭意交渉し、一般相場の時間当たり30ドルで手を打った。高いのは白タクばかりでなく、ホテルやレストランの料金も異常なほど高い。

 

 滞在中はほかにも体調不調のトラブルがあった。蒸し暑くて日差しの強いルアンダ市内を約3時間も休まず歩き続け、ポルトガル植民地時代の名残りを留めるバイシャ地区の2月4日通りなどを散策した。しかし、その間に水分補給を全然しなかったため、宿泊していたホテルの50m手前の路上でぶっ倒れて暫らく意識不明になった。日射病にかかり脱水症状になった模様で、思いのほか坂道が多いのも老体にこたえたらしい。

 突然のハプニングに近所の人々が驚き、大勢集まって来たのであろう。気が付いてみると、見知らぬ親切な人たちに取り囲まれていた。冷たい水をくれるなど、思いも寄らぬ手厚い介護に大感激し、洋の東西を問わない人々の親切に感謝した。お陰ですぐに回復したので病院に行かずに済んだが、古希(70歳)を迎える直前の体力の限界を痛感した。

 

  

  ムスロ島のビーチを散策   路上で倒れ意識不明になる

 

 アンゴラ訪問の主目的であった観光は、ルアンダの旧市街がポルトガル植民地時代の面影を残し情緒がある。だが、ルアンダの郊外も含め、旧市街以外は見どころが少ないのでがっかりした。実際に現地に来てみて、東京のアンゴラ大使館が簡単に観光ビザを発給しない理由がやっと分かった。長引いた内戦の影響で余裕が無く、観光どころでないのが実情であった

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 

               ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

 筆者にはアンゴラに関する次の著書があり、ご関心ある方は是非ご購読下さい。

 

●『 272の国と地域を制覇した ●『トラベル・イズ・トラブル

  77歳のワールド・トラベラーは  安全な旅は退屈だ!!  

 たった1人で紛争地を旅した』  ルネッサンス・アイ

 幻冬舎 定価1,400円+税     定価1,300円+税

     

 

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