世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
紙幣のデザイン刷新と、紙幣から世界が分かる
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 5年後の2024年に現在の1万円、5千円、千円の紙幣デザインが一新される。特に注目される紙幣の顔とも言うべき表面のデザイン(肖像画)は、1万円札は福沢諭吉 ⇒ 渋沢栄一、5千円札は樋口一葉 ⇒ 津田梅子、千円札は野口英世 ⇒ 北里柴三郎へとバトンタッチされる。渋沢栄一は「日本の資本主義の父」と呼ばれ数多くの銀行などの設立に関わった実業家、津田梅子は日本初の女子留学生となり津田塾大学を創立した教育者、北里柴三郎は血液中から抗体を発見した「日本の細菌学の父」として知られる。

 日本の紙幣の肖像画は政治色の強い政治家や軍人は外されて文化人から選ぶとされ、外国の紙幣と異なるのが特色だ。また、時代的には明治以降に絞られ、我が国初のノーベル賞を受賞した湯川秀樹など昭和の偉人は早すぎるとして人選から外されるようである。因みに、かつてお札の顔の決め手の一つになったのはヒゲとされ、伊藤博文はその代表例だった。現在のように偽造防止技術が高くなかった昔は、ヒゲの有無が肖像画の人物選定を左右したとか。

 

 さて、紙幣の表デザインは人物であるのが日本では定説だが、世界の紙幣に目を向けると、基本的には元首や政治家などの人物だ。しかし、一部の地域、特にアフリカ諸国は人間以外が多くユニークだ。例えば、南アフリカに棲息するライオン・ヒョウ・ゾウ・サイ・バッファローは「ビッグ5」と称され、紙幣の表デザインに全て採用されている。ほかに、コンゴ民主(旧ザイール)はゾウ・ライオン・サイ、タンザニアはキリン・ゾウ、ルワンダがシマウマ、ソマリランドはバッファロー、リビアのラクダが表デザインになっている。また、紙幣の裏面デザインでも野生動物になっている国がアフリカでは多い。

 

 

     南アフリカのライオン     タンザニアのキリン

 

 では、なぜアフリカでは野生動物が紙幣のデザインになるのであろうか?アフリカは野生動物の宝庫と言われ、外貨獲得のための重要な観光資源になっている。しかし、貧困による密猟や森林伐採、急速な人口増と経済発展などが原因で、野生動物の減少問題が深刻である。従い、関係国ではそれなりに問題意識を持ち、紙幣のデザインに採用するのであろう。因みに、アジアでも、インドネシアのサイ、スリランカのゾウ、ネパールのトラ、カンボジアの牛、ミャンマーや香港の獅子像などがある。

 

 

  スリランカの盛装したゾウ    インドネシアのサイ

 

 また意外に多いのが鳥類で、アフリカのウガンダ、ガンビア、サントメ・プリンシペ、シエラレオネ、ザンビアでは表デザインになっている。ほかに、オセアニアのパプアニューギニア、大西洋に浮かぶバミューダ、カリブ海のキュラソー(オランダ領)やトリニダード・トバゴ、シンガポールなどがある。さらに、ニュージーランドが発行した南極の1ドル札にはペンギンが登場する。

 

 

        キュラソーの鳥       南極のペンギン

 

 建造物や遺跡も結構多い。ヨーロッパ(CIS独立国家共同体含む)では共通通貨ユーロ、ロシア、ベラルーシ、沿ドニエストル、アゼルバイジャンの表デザインがそうだ。アジアでは北朝鮮、マカオ、カンボジア、ベトナム、バングラデシュ、アフガニスタン、ウズベキスタン、タジキスタンなどがある。アフリカではモザンビーク、ブルンジ、スーダン、ケニア、ガーナ、ソマリランドがあるほか、中東でもアラブ首長国連邦、イエーメン、シリア、レバノン、エジプトがある。また、オセアニアではサモアやクック諸島、南米のスリナム、カリブ海のドミニカやハイチ、中米のエルサルバドルなどもある。

 因みに、日本でも戦前はよく採用され、近年では沖縄の守礼門がデザインになっている2千円札がある。

 

 

 ンボジアのアンコールワット レバノンのバールベック

 

 世界は広いと実感するのが、上記以外も紙幣の表面デザインになっている例だ。ジンバブエではなんと石が表デザインになっている。これは国名が現地語(ショナ語)で「石の家」を意味するほど、文字通り石が国のシンボルなのだ。南米のガイアナなど国土を表す地図、クック諸島は怖そうなサメ、ニューカレドニアはマンタや海亀、クウェートやモルディブは帆船、アラブ首長国連邦は半月刀がデザインになっており興味深い。

 

 

   ジンバブエの石       クック諸島のサメ

 

 全体的には世界の紙幣の表デザインは、やはり元首などの人物が多いが、その中には変わった肖像画がある。例えば、同一人物の肖像画が上下対称になっているブラジルの20レアル札、エベレスト初登頂したヒラリー卿のニュージーランドの5ドル札、少年が勉強するサモアの5ドル札が人目を引く。だが、最も多く肖像画になっているイギリスのエリザベス女王には敵わない。世界の約4分の1の国・地域の紙幣の肖像画は同女王が占め、かつて大英帝国として君臨した植民地時代の輝かしい名残を見ることができる。 

 

 

  ブラジルは人物が上下対称  ベリーズのエリザベス女王

 

 紙幣を見る度に想うのは、そのデザインなどから各国の政治・経済・歴史・文化などを窺い知ることが出来ることである。つまり、紙幣は単なるお金ではなく、世界の実態がよく分かる絶好の教材とも言えよう。

 以上、世界の紙幣をざっと紹介したが、興味ある方は世界の紙幣を多数所蔵する筆者のプライベートミュージアム「世界の人形館」をお訪ね下さい。272の国・地域を旅した私ことワールド・トラベラーが半世紀近くにわたり、現地で買い集めた紙幣がご覧になれます。

 

            ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

世界の人形館のご見学

 筆者が館長を務める世界の人形館では、272カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを多数展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。社会貢献活動につき、入館料は無料です。

 

    −−− 国境の無い平和な「世界の人形館」の館内風景 −−−

  

 

 なお、セキュリティなどのため、下記要領で必ず事前に予約をお願いします。
TEL:04−7184−4745 又は Eメール: ko-yasu@maple.ocn.ne.jp 

 

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イタリアが参画する中国の一帯一路とトリエステ慕情
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 本日は朝からずっと待っていたことがあった。それは新元号の発表で、正午前に知らされたのは「令和」である。従来の元号は中国の古典からの出典であったが、今回は国書とも言うべき我が万葉集からの出典で、言わば初の国産元号となる。評価は種々あろうが、概ね良い新元号ではなかろうか。

 

 さて、我が国の改元にゆかりのある中国だが、2013年から同国の習近平国家主席の肝いりで始まった壮大なシルクロード経済圏構想「一帯一路」が、欧州連合(EU)をのみ込もうとしている。10日前の3月23日にイタリアのコンテ首相は、イタリアを訪問中の習近平国家主席と会談し、巨大な経済圏構想「一帯一路」に参画する旨の覚書に署名した。これはG7、いわゆる主要7ヵ国では初めての署名で、中国のヨーロッパ進出を加速させ、欧州連合(EU)の分断に油を注ぐ事態になりかねないとしてEUは警戒する。

 件の覚書は30ほどの分野で経済協力に合意し、イタリアが約70憶ユーロ(約8700憶円)のチャイナマネーを得ようというもの。さらに、地中海と中東欧を結ぶ拠点となるイタリアのトリエステ港の開発に対し、中国企業が参入する。実は覚書には既にEU加盟国の13ヵ国が署名済みで、例えばエストニア・ラトビア・リトアニア・ポーランド・チェコ・スロバキア・ハンガリー・スロベニア・クロアチア・ブルガリアの中東欧諸国に加え、ポルトガル・マルタ・ギリシャも参画している。

 

 因みに、一帯一路は略称で、正式名はシルクロード経済ベルトと21世紀海洋シルクロードだ。中国語では丝绸之路经济带和21世纪海上丝绸之路、英語では The Silk Road Economic Belt and the 21st-century Maritime Silk Roadと言う。具体的に「一帯」とは、中国西部から中央アジア(カザフスタンなど)を経由してヨーロッパへと続く「シルクロード経済ベルト」を指す。また、「一路」とは中国沿岸部から東南アジア、スリランカ、アラビア半島の沿岸部、アフリカ東岸、地中海を結ぶ「21世紀海上シルクロード」を指す。一帯一路の構想ルートはいくつかあるが、下図が主要ルートである。

 

 

 

 具体的には、中国とヨーロッパの間にある中央アジア・中東・アフリカの国々では、道路・鉄道・港・通信網などのインフラが不足している実情に鑑み、これらを整備して貿易や交通を便利にするのが狙いだ。この目的に必要な資金を出すため、中国は2015年にアジアインフラ投資銀行(AIIB)を設立したほか、シルクロード基金と呼ぶ特別資金も用意している。要するに、一帯一路に参加する国々の間で、貿易の自由化や投資を推進することを目指しているのだ。

 

 中国が描くその戦略の核心は、一帯一路を媒介にして世界経済を牽引 or 制覇しようと言う野望であろう。よって主要国の一つと目されるイタリアが、一帯一路のメンバーになった心理的なインパクトは大きいと言えよう。一方、アメリカのトランプ大統領から関税見直しなどを迫られ、同様にアメリカの圧力を受けるEUへの接近を目論む中国の強かな戦略を垣間見ることができる。また、中国は多国間主義や自由貿易をアピールするが、これはヨーロッパが本来理念とするものと一致し、一帯一路の推進に自信を持っているようだ。

 

 今や参加国は123ヵ国まで増え拡大する一途だが、種々問題点があることも顕在化している。例えば、中国から融資を受けた発展途上国が莫大な債務を負わされ、借金の肩代わりとして土地を取り上げられるなど問題になっているのだ。特にパキスタン、スリランカ、マレーシア、ミャンマー、ジブチ、モルディブ、ラオス、モンゴル、キルギスなどでは深刻で、港湾の運営権などを中国側に譲渡する始末だ。

 今回のイタリアの参画で脚光を浴びたのが、アドリア海に臨む港湾都市トリエステだ。世界的に有名な水の都ヴェネツィアに近く、また隣国のスロベニアとの国境近くにある港町である。272ヵ国・地域を旅した私ことワールド・トラベラーは2005年3月に訪れており、その旅の模様を紹介しよう。

 

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 イタリア北東部にあるトリエステは、スロベニアとの国境まで僅か12kmに位置するイタリア東端の港町である。人口は約20万人で、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア自治州の州都だ。ヴェネツィアから東へ157km、急行電車に乗ること2時間ほどで到着した。古代ローマ時代に源を発する町の歴史は、他国との国境近くにあるため目まぐるしい変遷を遂げてきた。中世はヴェネツィアの支配下に入り、その後は第一次世界大戦までオーストリア・ハンガリー帝国の統治下で繁栄した。

 この大戦後にイタリア王国領となったが、第二次世界大戦後はユーゴスラビアと帰属を巡って紛争し、1947年には国連管理による「トリエステ自由地域」になった。その後1954年に取り交わされたロンドン覚書により自由地域はイタリアとユーゴスラビアに分割され、地域の北側をイタリアが併合して今日に至っている。複雑な歴史的背景や特殊な地理的要因により、言葉も民族も多様で一種独特の雰囲気がある。風光明媚なアドリア海に面した坂が多い港町は、イタリアの他の都市には見られない解放感も漂う。

 

 

 トリエステの市街地と港 港を散策するワールド・トラベラー

 

 東ヨーロッパとの国境にあり、歴史的に多くの民族や国家の支配を受けてきたトリエステだが、とりわけ近代で最も影響力が強かったのがオーストリアのハプスブルク家だ。オーストリアの影響を色濃く受けた街には、中世から現代に至るまでの貴重な歴史的建築物を見ることができ、特にバロックやネオクラシックの建物が多い。

 必見は、先ず街の中心にあり、優雅な建物が囲むウニタ・ディタリア広場(イタリア統一広場)である。トリエステ中央駅から海沿いに歩いて10分ほどにあり、トリエステで一番大きな広場だ。市庁舎や州庁舎、ヴェルディ劇場、旧ローイド・トリエスティーノ宮殿などの立派な建築物が広場を囲み、細かな装飾が施された建物群が美しい。

 

 広場の北側にあるヴェルディ劇場は、イタリアの大作曲家ジュゼッペ ・ヴェルディを称えて名付けられた豪華な歌劇場だ。オーストリア統治下の1801年に創設されてから現在までトリエステの文化イベントの中心となっており、世界的に有名なバレエやオペラなどの公演を鑑賞できる。建物の正面は窓や柱頭などの細かな装飾が印象的で、上演ホールのシャンデリアや天井のフレスコ画などの内装も息を呑む美しさだ。

 広場の南側に位置する市庁舎は1870年代に建てられたもので、正面にあるバルコニーはかつて独裁者ムッソリーニが演説した時に使われた。ヴェネツィア・トスカーナ・フランス・ドイツの各様式が取り入れられ、特に注目すべきは左右対称のデザインになっているファサードだ。またゴシック様式の窓なども特徴的で、中央の建物の上にある時計台は毎正時になると2 体の青銅製の人形が時計の鐘を鳴らす。

 

  

 市庁舎を背にしてウニタ・     ヴェルディ劇場

 ディタリア広場に立つ筆者 

 

 ほかに見逃せないスポットとして、ウニタ・ディタリア広場から南東約600mにあるサン・ジュスト大聖堂がある。ロマネスク様式の2つの聖堂が合体したもので、正面にはバラの形をした窓がはめ込まれている。内部はフレスコ画が描かれた天井や床のモザイクが目を引き、また傍にある15〜17世紀に築城のサン・ジュスト城からはトリエステ市内が一望でき絶景だ。

 一方、郊外ではトリエステ中心部から北西に8kmほど、アドリア海岸沿いに建つミラマーレ城がお勧めだ。19世紀に建てられた優雅な城は、外壁が白く美しいことから「白亜の城」として知られる。重厚で赤を基調とした豪華な造りになっている城の内装や、温室を含めた庭園も素晴らしい。

 

 さらに、カフェと言う意外な見どころがある。トリエステには素敵なカフェが多く、カフェ・サン・マルコなど150年以上もの長年にわたり多くの文化人たちに愛されてきた老舗カフェが街中に点在する。また、イタリアのコーヒーメーカーを代表する「illy」の本社があるのも、ここトリエステである。

 

 

       ミラマーレ城      カフェ・サン・マルコ

 

 「コーヒーの街」とも呼ばれるルーツは18世紀に遡る。当時の町はアフリカからヨーロッパに運ばれるコーヒーの経由地点として発展し、19世紀には多くのウィーン風のカフェが造られた。ドイツの詩人リルケなど各国の文豪が集まった国際的な「カフェの街」として発展し、今もその名残で素敵なカフェが多い。

 

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 世界的なスケールで一帯一路を主導する中国に対し、我が日本は環太平洋パートナーシップ(TPP)を主導る。だが、その規模から言えば、当初は参加予定であったアメリカが抜けたため、TPPは一帯一路の足元にも及ばない。一方、順風満帆のように見える一帯一路だが、同時にリスクも抱えているようだ。そのリスクヘッジのため、いずれ狡猾な中国は日本を誘い込むであろう。その時に日本政府はどのように対応するのか注視したい。

 

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| 世界の旅−ヨーロッパ(西欧・中欧) | 00:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
ニュージーランド銃乱射事件で想起したNZ南島の旅(1)
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 少し旧聞になるが、1週間前(3月15日)に美しい自然に恵まれ、治安が良く移民にも寛容なニュージーランドで痛ましい事件が起きた。ニュージーランドは北島と南島から成る島国だが、南島にある中核都市クライストチャーチでイスラム教の礼拝所(モスク)2か所(ヌールモスク&リンウッドモスク)が武装した男に襲われたのだ。4

 2人がヌールモスク、8人がリンウッドモスクで合わせて50人が死亡、48人が負傷した。犠牲者はニュージーランド人・パキスタン人・ヨルダン人・インド人・アフガニスタン人・バングラデシュ人・エジプト人・インドネシア人・フィジー人など12か国・地域に及ぶ。

 

  

  ニュージーランド全土図      ヌールモスク

               (ネットより転用・加工)

 

 殺人罪で起訴された被告は28歳の白人オーストラリア人で、以前からヨーロッパなど世界各地を旅行していたとか。特に2年前からはクライストチャーチの南西360kmほどにあるダニーデンで住み、1年前から射撃クラブで射撃練習をしていた由。また、被告は5丁の銃を合法所持し、同地の銃販売店でも購入していたようだ。名実ともに平和な同国だが、460万人の人口に対して120万丁もの所持される隠れたる銃大国とは意外である。その背景として、同国には狩猟を趣味とする銃愛好家が多いことが挙げられる。

 

 被告の犯行声明によれば、旅行したヨーロッパで多くの非白人、いわゆる有色人種の移民や難民を見て彼らへの反撃を企てたとされる。今世紀に入り世界は益々グローバル化が進む一方、今もなお白人の優越を信じる思想が根強く残っている。それが白人vs非白人の闘いにまで飛躍する危機感を煽るようだが、斯様な差別思想を育んだものは何であったか考察する要があろう。

 現実の事象として、近年欧米諸国では政治家たちが深刻な社会問題を移民問題にすり替え、人気取りを狙うポピュリズムが目立ち気懸りである。その好例がアメリカのトランプ大統領で、中南米から来た移民を犯罪者呼ばわりしたり、高い壁の国境線を作ろうとする。また、白人至上主義に同調するような同大統領の発言もあり、この事件の被告がなんとトランプ支持者だとか。

 

 観光や留学などで多数の日本人が訪れるニュージーランドランドを、筆者は1982年10月の初訪問を皮切りに、1996年11月、2008年8月〜9月、2012年4月に旅するほど大好きな国の一つである。国土面積の約6割を占め、今回の事件があった南島の旅、都市編を紹介しよう。

 

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 クライストチャーチは南島最大の都市で、人口は約35万人。1996年の旅では「英国以外で最も英国的な町」と称えられる街は盛夏を迎え、ガーデン・シティに相応しく花が咲き乱れていた。英国の雰囲気が漂う街の中心地はクライストチャーチの象徴と言われる大聖堂が建つ大聖堂スクエア。高さ63mの尖塔を持つ大聖堂は1904年完成の壮麗なゴシック建築で、内部は特にステンドグラスが目を引く。133段の階段を上って高さ36mの展望台に出ると、市街中心部のクラシックな街並みが見渡せる。12年後の旅では大聖堂の斜め向かいに銀色に光る斬新なモニュメントを見かけたが、チェリスと言い古い街並みの中でむしろ新鮮さを感じた。

 

             −−− 大聖堂スクエア −−−

 

 大聖堂(左)とチェリス     スクエアの筆者

 

 この街のもう一つのシンボルと言えば、街中を蛇行して流れるエイボン川。南島のアルプスの雪解け水が平野部で泉となって湧き出し、それを集めて流れる清らかな水だ。天に伸びるほどのポプラ並木や柳が水面に映り、緑豊かな美しい風景が広がる。パンティング(舟遊び)をするゴンドラが時折行き交い、ゆったりと流れ下って行く情景はそこはかとなく旅情を誘う。因みに、この水辺の美しさが最大限に活かされているのが、約2km郊外にあり19世紀末のビクトリア様式が優雅なモナ・ベイル邸だ。

 

                      −−− エイボン川 −−−

  

    妻と河畔を散策     パンティングするゴンドラ 

 

 一方、ダニーデンはクライストチャーチに次ぐ南島第2の都市で、人口は約13万人。スコットランド風の名残りを留める落ち着いた街並みだ。19世紀中頃の金鉱発見に沸いた時に活躍したのがスコットランドからの移民で、彼らが祖国を懐かしみ石造りの立派な建築を再現した町がダニーデンだ。「南海のエディンバラ」と呼ばれる街を散策していると、一瞬スコットランドのエジンバラ辺りにいるのではないかと錯覚する。町のヘソとなるのはオクタゴンと呼ばれ、八角形をした広場は緑地帯になっており、歴史的建造物が周辺に集中している。

 例えば、広場のほぼ真ん中に堂々と建つセントポ−ル大聖堂lは、1915年から4年かけて建てられたネオゴシック様式のアングリカン(英国国教会)だ。オマルストーンという良質の石灰岩造りで、訪れたのが日曜日で厳粛なミサが行われていた。この大聖堂から東へ約700mには宮殿風でもあり城塞風でもあるダニーデン鉄道駅がある。1906年に建てられた壮麗な外観も素晴らしいが、内部はエントランス・ホールなども見応えがある。ほかにギネスブックにも載っている世界一の急坂があるボルドウィン・ストリートなど、見どころはクライストチャーチよりも多いかも知れない。

 

 

       オクタゴン       セントポ−ル大聖堂

 

 ダニーデン鉄道駅を背にして   ボルドウィン・ストリート  

 

 過去4度のニュージーランド訪問で、1度だけ妻と一緒に旅したことがある。1996年の旅行だが、当時はまだ彼女は元気であった。私事になるが、その後15年ほどしてから不治の病(認知症)の症状が出始めた。その後4年前から入院し、間もなく延命医療を受け始め今日に至っている。特にクライストチャーチ滞在中、エイボン河畔を一緒に散策した想い出が走馬灯のように駆け巡り忘れ難い。

 

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 今回の事件の犠牲者の中には、シリア難民の家族も含まれる。やっと辿り着いたであろう幸せの新天地が地獄になろうとは、全く想定外であったであろう。非情な乱射事件がもたらした悲しみに思いを馳せ、差別や分断のない平和な世界を構築したいものである。

 

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| 世界の旅―オセアニア | 16:55 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
インドとパキスタンが領有権を争うカシミールの桃源紀行
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 先月(2月)下旬はずっと、ベトナム・ハノイで開催されたアメリカと北朝鮮の首脳会談に関する話題で持ちきりであった。その焦点は北朝鮮の非核化であったが、その陰に隠れるように勃発したのが、核兵器を持つインド・パキスタン両国の軍事衝突。そのきっかけは、インドとパキスタンが領有権を争うカシミール地方で2月中旬に起きたテロ事件だ。インド側のジャム・カシミール州の州都スリナガルの郊外プルマワで、インドの治安部隊40人が殺害されたのだ。

 インド政府はパキスタンから越境してきたイスラム過激派組織、ジャイシェ・ムハマド(JeM)の犯行と主張し、拠点とされるパキスタンの首都イスラマバードから北約100kmのバラコットを空爆した。その後はカシミールの実効支配線になっている停戦ラインを挟んで両国戦機による空中戦となり、インドは相手の1機、パキスタンは同2機撃墜した由。カシミールを巡りこれまで時々地上で砲撃戦があったが、空軍機が打ち合うのは極めて異例である。

 懸念されるのは両国の現政権が国内の支持固めのため、強硬な手段に訴え兼ねないことだ。インドのモディ首相は4〜5月に総選挙を控えてパキスタンに弱腰を見せられず、昨年8月に就任したパキスタンのカーン首相も総選挙で「インドに絶対譲歩しない」と訴えていたからだ。

 

 

 

 長年懸案になっているカシミールの帰属は、1947年に両国がイギリスから独立以来の争いの根源と言えよう。特に、1971年まで3度もインド・パキスタン戦争が起きたが、その当時と現在では情勢が全く違う。つまり、1998年に両国は競うように核実験を繰り返し、インド約130、パキスタン約140の核弾頭を持つ核武装国になっているのだ。このまま両国の武力衝突がエスカレートすれば、アジアは勿論、世界の安全保障にとっても大きな脅威となろう。

 早速インドとパキスタンの夫々の友好国、アメリカと中国が憂慮し、仲裁に乗り出す構えを見せている。しかし、超大国の関与は不必要な内政干渉にもなり、シリアなどの例を見るごとく代理戦争 or 内戦を誘発するリスクをはらんでいる。やはり、国連を中心にして国際社会は一致協力して両国に圧力をかけ、危機を未然に回避するため速やかなアクションが望まれよう。

 

 そんな危険極まりないと見做されるインド側とパキスタン側のカシミールを、私ことワールド・トラベラーは既に何度も訪れているが、特に印象深かった2008年7月に出かけたインドが実効支配するジャム・カシミールの旅の模様を紹介しよう。

 

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 灼熱の太陽が照りつける平地に位置するインドの首都、ニューデリーからカシミールの最大都市スリナガルに着くと、清涼な空気と桃源郷を思わせるような美しい景観が広がる。しかし、最初に足を踏み入れた空港はまるで空軍基地のように殺風景で、なんとなく物々しい雰囲気だった。タクシーを拾い市内に向かうと、沿道ではおよそ500m毎に銃を持った兵士が立つ。この不気味な光景はスリナガル郊外でも似たり寄ったりで、ずっと東寄りにあるレーでも軍事基地が多いので緊張感が漂う。

 

 先ず、これがインドかと疑いたくなる最北の地、スリナガルは海抜1730mに位置し、まさに桃源郷のような別天地だ。涼風が香る山の空気と鮮やかな緑が長旅の疲れを癒してくれた。ヒマラヤに流れを発して大河インダスに合流するジェラーム川が広い谷を形成し、この盆地状の渓谷の中央に大小3つの湖に囲まれた市街地が広がる。観光のスタートは、町の東にある大きなダル湖がイチ押し。水草が生えて透明度が高い水を湛える湖には無数とも言うべきハウスボートが浮び、周りには緑濃い山々が連なる。名物の手漕ぎの小舟シカラで約3時間の湖上遊覧を楽しんだ。

 

 

     ダル湖とハウスボート   湖上遊覧を楽しむ筆者

 

 ネルー公園になっている小島、スイレンなどが咲く水上庭園、水上マーケットなどを回り、情緒たっぷりのクルーズを満喫した。少しイタリアのヴェニスと雰囲気が似ているダル湖の東岸沿いには、ムガール帝国の皇帝たちが造った庭園がいくつかある。中でもジャハーン・ギール皇帝が王妃のために造ったシャーリマール・バーグが素晴らしく、多くの噴水と背後の山並みが美しい。また、イスラム教徒の街だけにモスクも目立ち、カシミール様式のモスク建築が興味深い。数ある中でも1400年創建のジャマー・モスクは、砂岩造りの荘重なインド・サラセン様式のモスクとして知られる。

 

 

 シャーリマール・バーグ   ジャマー・モスクを背にして 

 

 郊外も見どころが多く、スリナガルの東80kmほどにあるソーナマルグが特におススメだ。標高が2740mもあるので肌寒く、少し走ると息苦しくなる。ポニーに乗って約3kmの先にある氷河近くまで行ったが、緑の草原の背後に聳えるヒマラヤ山脈の雪山が白く輝き感動的であった。

 それはまさに平和そのものの桃源郷を彷彿させる佇まいだが、一方では沿道のあちこちに国境兵士がものものしく警備していた。記念にと一人の兵士と仲良く写真を撮ったものの、やはり積年の紛争の地と気づくと直ぐに我に返った。

 

 

  ソーナマルグで乗馬する    兵士と仲良くなった

                ワールド・トラベラー

 

 イスラム文化が息づくスリナガルから空路で東へ飛び、約45分後に行政的には同じジャム・カシミール州に属するが、チベット的な風土を持つラダック地方の中心都市レーに到着した。飛行中に機内から眺める風景も、緑豊かなスリナガル盆地から厳しく荒涼たるラダック山地に変わる。チベットが源流でインダス河の上流に位置するラダック地方は、「小チベット」とも呼ばれるほどチベット仏教(ラマ教)の世界が広がる。その中心的な役割を担うのがラマ教の僧院ゴンパで、その規模や豪華さは本場チベットの寺院を凌ぐものもあるほどだ。

 レーを拠点にしてインダス河沿いの各地のゴンパを巡ったが、南東郊外43kmにあるヘミス・ゴンパが最も有名だ。17世紀前半に創建されたラダック最大のゴンパで、僧が神々の仮面をつけて豪壮に踊るヘミスの大祭で知られる。レーとヘミス・ゴンパの中間にあるティクセ・ゴンパは15世紀に険しい岩山に砦のように築かれ、ラサのポタラ宮を彷彿させる。ほかに、西郊外約60kmのリキール・ゴンパ、町の北外れの丘にそびえ建つ白亜のシャンティ・シャンカル・ゴンパも見逃せない。なお、レー市内では、町の北背後の岩山に建つ旧レー王宮が必見で、16世紀築の威風堂々の建物だ。

 

 

            ヘミス・ゴンパ                      ティクセ・ゴンパ

 

レ―郊外のマト・ゴンパ付近 シャンティ・シャンカル・ゴンパ

   で少年僧と共に

 

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 仁義なき戦いのような争いを永年続けるインドとパキスタン両国だが、独立前は英領のインド帝国を形成していた仲間だ。お互いに信奉する宗教(ヒンドゥー教とイスラム教)の違いは深刻だが、いわゆる本来は兄弟国である。だが、肉親間の相克は一旦こじれると、修復が至難であるとされるのは古今東西を問わないようだ。

 

                             ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

 カシミール問題を詳述した筆者(ペンネーム:高やすはる)の著書がありますのでご案内します。

272の国と地域を制覇した77歳のワールド・トラベラーはたった1人で紛争地を旅した!

      

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| 世界の旅−アジア | 00:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
東日本大震災の被災地、南三陸町を訪ねイースター島を懐かしむ
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 あれから8年、あと10日も経てば東日本大震災後8年になる。歳月は人を待たず、早いものだ。そんな大震災の被災地の一つ、宮城県の南三陸町をつい先日の2月25日〜26日に訪れた。大震災後すぐに被災地慰問を思い立ったが、行きそびれ今日に至ってしまった。しかし、2月3日付け幣ブログ『初めての救急車と映画『一陽来復』 上映会&トーク』で触れた大震災の語り部、南三陸ホテル「観洋」の第一営業次長である伊藤 俊さんに会いたくなり、急遽現地に赴いた次第だ。

 上野駅から新幹線「はやぶさ」に乗車すること約1時間半、仙台駅に着いたが意外に近いと実感した。駅前の喫茶店で簡単な昼食を取った後、ホテルが迎えに来たシャトルバスに乗って2時間後に投宿する南三陸ホテル観洋に到着した。波静かな志津川湾に臨み、客室が240室ほどもある三陸海岸最大級のリゾートホテルだ。オーシャンビューの広い客室と絶景の露天風呂、1000名収容のコンベンションホールなどに加え、海の幸が自慢の宿だ。夕食では近海で獲れたコリコリした鮑の踊り焼き、キラキラいくら丼などの美食に舌鼓を打った。

 

 

   ホテル前で星野さんと     ホテル内のレストラン

       まるで親子のよう?!

 

 新鮮な海の幸で彩られた夕食 伊藤さん、星野さん、齋藤さん

                 と楽しく会食

 

 筆者の到着を待っていたかのように伊藤次長に出迎えて頂き、更に前日から語り部フォーラムに出席のため同ホテルに泊まっていた一般社団法人 三月のひまわりの代表理事、星野真弓さんが合流した。東京から来た彼女は、手刺繍や被災関連のイベントを通して被災地を支援する篤志家である。日が暮れない内にとお二人にお付き合い願い、伊藤さんの案内でテレビでも度々観たことがある同町の志津川地区を訪れた。

 あの忌まわしい3.11大震災から間もなく8年になろうとする現地視察は、今更の遅きの感は拭えなかった。しかし、翌朝訪れた戸倉地区を含め、今も復興事業が続いている現場を見て、20m超の巨大津波に襲われた大震災の傷跡が未だ癒えてない事を痛感した。

        

        −−− 復興事業が続く志津川地区 −−−

 

    志津川地区の右奥に   志津川を背にして星野さんと

  ホテル観洋が見える 

 

 実際に被災現場を見て、この天災(一部は人災もあろうが)から得た教訓などを風化させてはならないとの想いが強くなった。同時に、地味なことで大変と思うが、今後とも伊藤さんらには末永く語り部を続けて頂きたいと祈念したい。また、大震災後からずっと被災地の人たちを支援し、激励してきた被災県外者の星野さんには敬意を表したい。

 更に初対面のホテルの女将、阿部憲子さんの大震災時における的確な人道的対応、即ち避難所として周辺住民も受け入れた事にも感銘を受けた。なかなか貫禄があり、決断力もある方の様である。また、夕食を共にした齋藤左恵子さんも個性的で、忘れ難いものがある女性だ。色々な出会いがあるのが旅であり、故にその虜になるのも旅であろう。

 

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  語り部バスで語る伊藤さん     右から女将の阿部さん、

                筆者、星野さん

 

 さて、今回の視察旅行で最も関心があったのが、実は志津川地区にある「さんさん商店街」のそばに立つモアイ像である。「モア−チョ」という名の像は 、2013年に南米・チリ領のイースター島からやって来た人面を模した石像彫刻である。モアイという言葉には「未来に生きる」という意味があり、その意味通り南三陸町にとってモアイ像は希望のシンボルだ。「大震災に負けず、一歩一歩復興を目指そう!」と勇気づけられる存在であり、またイースター島との堅固な絆の象徴でもある。

 

 

  さんさん商店街で伊藤さん、モアイ像を背にして星野さんと

     星野さんと 

 

 ところで、この石像の本場であるイースター島を、私ことワールド・トラベラーは1995年5月に旅したことがある。フランス領ポリネシアのタヒチ島に寄った後、南太平洋にポツンと浮かぶ絶海の孤島である同島を訪れた。現地では「広い大地」を意味するラパ・ヌイと呼ばれるが、正式名はパスクア島である。因みに、イースター島という名前は1722年の復活祭(イースター)の日に発見されたのをオランダ人が名付けたものだ。その旅の模様を紹介しよう。
 

   ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━

 

 イースター島へのアクセスはタヒチのパペーテからと、チリ本国の首都サンチャゴからの空路しかない。この旅ではパペーテからラン航空のフライトに搭乗、約5時間後に島の中心地ハンガロア村の南外れのマタべリ空港に着いた。火山の噴火によって形成された島には大木が生えておらず、茶褐色の丘や岩場などに雑草が生い茂る。なだら

かで荒涼たる大地が見渡す限り広がり、孤島感が一層ひしひしと伝わって来る。

 この島が世界的に有名になったのは1000体ほどもある人面を模した石造彫刻モアイで、祖先の象徴である守り神だ。大きさは3〜4m、重量は20トン程度が多いが、最大級は20m、重量は100トン近くにも達する。島の周囲は約60km、車なら3時間ほどで一周できるほどの小さな島だが、見どころは結構多い。

 

 島の東部にあるアフ・トンガリキはイースター島最大のアフ(聖なる祭壇)で、海を背にして15体ものモアイ像が立って圧巻である。以前このアフはモアイ倒しや津波で壊滅寸前であったが、日本のクレーン会社(タダノ)などの協力により見事に復元された。このアフから標高約200mのラノ・ララク山を登って行くと、その中腹におよそ400体のモアイ像が散乱していた。半身だけのもの、顔だけ見えているもの、捨てられたような倒れたモアイ像もある。

 

  

       アフ・トンガリキ            倒れそうなモアイを

                    支える?筆者

 

 実はこの付近はモアイの製作工場であった所だ。一般に完成したモアイは海岸近くにあるアフに立てられ、その多くは海を背にして島の集落に向かって立っていた。しかし、島西部にあるアフ・アキビ は島では例外的で、唯一海を見つめる7体のモアイが立つ。また、初期に製作されたモアイのため、プカオ(帽子)を載せていない。一方、島の北岸に立つアフ・ナウナウでは、4対のモアイにプカオが載っている。

 

 

     アフ・アキビの前で                アフ・ナウナウ 

 

 モアイ像以外の見どころは、島の南西端にあるラノ・カウ山 がイチ押しだ。直径1600mほどの巨大な火口湖を持つ休火山は、チチカカ湖のようにトトラが生える水面と火口の淵には200mほど標高差がある。山頂の展望台から眺める神秘的なカルデラ湖と絶壁を同時に見る感動は、なんとも言い尽くし難い。この山から南の岬に向かって歩くと、オロンゴ儀式村がある。村と言っても名ばかりで、入口が小さい石積みの住居があるだけだ。ここでは毎年のリーダーを決める鳥人儀式が行われ、付近の岩には鳥人などの岩絵が残る。

 

         −−− 休火山ラノ・カウ−−−

 

   巨大な火口湖を俯瞰    展望台でのワールド・トラベラー

 

 イースター島を旅してから早や4半世紀近くになる。その後どのように変貌しているのであろうか?出来れば再訪し、その昔に出会ったモアイと再会したいものだ。彼らも筆者と同様に歳をとったであろう。

 

   ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━

 

 モアイ像が立っている「さんさん商店街」で、地元に多少でも貢献しようとで少し買い物をした。しかし、他に訪れる客も見当たらず、閑散としていた。要らぬお世話かも知れないが、いつまで持ちこたえられるのか些か心配でならない。今回の視察を機会に年に何度かは南三陸などの被災地を訪れ、地元民を激励したいと思料している。

 わずか2日間の短い南三陸町視察を終えて帰途に就く前に立ち寄ったのが、西隣町の登米市にある「みやぎの明治村」や津山もくもくランド。特に、みやぎの明治村では、旧登米高等尋常小学校校舎であった教育資料館、裁判所などにも使われた水沢県庁記念館、白壁が鮮やかな武家屋敷通りでは明治の香りが漂い、印象深いものがあった。

 

      −−− みやぎの明治村のお勧めスポット −−−

 

     教育資料館         武家屋敷通り  

 

 死者・行方不明者・震災関連死を含め、2万2131人が犠牲になった大震災だが、今も約3100人がプレハブの仮設住宅で過ごし、約5万2千人が避難生活を続けているとか。一方、復興庁は2年後の2021年3月末に廃止を踏まえ、原発災害への対応、地元産業の再生、人口減少などの諸問題が残るが、どのように解決するのであろうか?被災地に住んでいないとは言え、気懸りでならない。いずれにせよ、現在の復興庁の後継となる組織作り、例えば防災庁?の立ち上げが喫緊の課題となろう。

 

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| 事件・災害 | 16:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
2度目の米朝首脳会談が行われるハノイ慕情
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 5日後の5月27日から28日までの2日間、2度目の米朝首脳会談がベトナムの首都ハノイで開催される。アメリカのドナルド・トランプ(Donald John Trump)大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との2回目の首脳会談は、当初はセキュリティー上の都合で、APEC(アジア太平洋経済協力会議)も開かれたベトナム中部の都市ダナンでの開催をアメリカは希望した。しかし、北朝鮮側が大使館のあるハノイでの開催を強く希望し、アメリカが押し切られた形だ。

 

 

             ハノイの古い街並みを俯瞰

 

 トランプ大統領は、「金委員長と会うことを楽しみにしている。」とした上で、「金委員長の指導力のもとに偉大な経済大国となるだろう」と強調し持ち上げた。また、最近は非核化につき北朝鮮に対する頑なな態度を軟化させ、北朝鮮が欲しがる見返りが必要なことに気付いたようだ。要するに、先ずは北朝鮮との信頼醸成をする、アメリカの方針転換が垣間見られる。

 米朝の実務者協議では依然として非核化の溝が埋まらないのに、何故急に2回目の首脳会談に前のめりになっているのであろうか?アメリカ国内では「メキシコ国境での壁建設」「ねじれ国会」「ロシア疑惑」などで内政が苦境に立つ中、外交で成果を上げたいと同大統領のビジネスマンとしての強かな計算と思惑があるようだ。

 

 ところで、16日に報じたロイター通信によれば、金正恩委員長が27日〜28日のトランプ大統領との再会談に先立ち、25日からベトナムを訪問する見通しとか。会談が近付くにつれ関係国の準備が加速しており、21日から北朝鮮の金赫哲(キム・ヒョクチョル)対米特別代表がアメリカ国務省のビーガン北朝鮮政策特別代表とハノイで実務協議を続けている。一方、専用列車で北朝鮮の平壌から中国経由で、26日にハノイに乗り込む案もあるようだ。

 いずれにせよ、ベトナム政府は米朝首脳再会談とは別に、北朝鮮の金委員長を国賓待遇で受け入れ、最高指導者グエン・フー・チョン共産党書記長との会談や、ハノイ周辺視察などを設定する準備を進めている。同委員長が25日にベトナム入りした場合、米朝首脳再会談の前に北朝鮮・ベトナム両国の首脳会談の日程が組み込まれそうだ。

 

 米朝の交渉はこれまでのところ北朝鮮ペースと言え、北朝鮮に足元を見られている形勢のようである。このままでは肝心の非核化が進まない事態も想定され、交渉は長期化しよう。北朝鮮に核を廃棄させるための非核化交渉が、いつの間にか北朝鮮の核を温存したまま、実質的に核軍縮交渉にすり替わると言うリスクも懸念される。一方、前回のシンガポール会談で蚊帳の外に置かれた我が日本政府は、どのように対処するのであろうか?

 拉致問題の進展などの期待もあるが、むしろ不安のほうが多いのではないだろうか?例えば、トランプ大統領が首脳会談の成果を急ぐあまり、アメリカ本土を射程とする大陸間弾道ミサイル(ICBM)の廃棄だけを先行させる恐れも否定出来ないことだ。これは日本を射程に収めるものも含め、あらゆる射程のミサイル廃棄を北朝鮮に求める我が国の方針と矛盾し問題である。

 

 セレモニー的な前回の会談に比べて様々な駆け引きが暗躍しそうな2回目の首脳会談の舞台になるハノイは、1996年10月と2002年12月の2度訪れている。既に2017年3月2日の幣ブログ『天皇、皇后両陛下ご訪問のベトナムの旅(1)−古都ハノイとフエ』で紹介済みで一部重複するが、再度ハノイについて触れてみよう。

 

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 ダイナミックで活気あるベトナム南部の最大都市ホーチミンと対照的に、1760kmも北に位置するハノイは落ち着きのある古都である。人口は700万人を超え、ベトナム第二の大都市だ。11〜13世紀の李朝時代に都になった街には由緒ある寺も多く、ホーチミンに比べると落ち着いた情緒がある。市街地はベトナム有数の川・ホン川(紅河)の右岸に広がり、この川の近くにあるのがホアンキエム湖 である。街のほぼ中心にあり、レロイ王の伝説で有名だ。度々ホン川の氾濫でできた湖は、かつて川とも繋がっていたとか。

 湖の北岸近くにある島では18世紀築の玉山祠が建っており、この付近はハノイ市民にとっては憩いの場所になっている。岸から赤く塗装された木製の太鼓橋・フク橋を渡ると島に着き、島内には文学の神スオン王や、13世紀モンゴルの侵略を撃退し活躍したチャンフンダオなどが祭られている。また、湖の中央に浮かぶ小島には亀の塔が建つ。湖の北側は古い家並みが続く旧市街になっており、一帯はハノイ36通りと呼ばれて様々な店が並び、タイムスリップしたような風情がある。

 

   

     ホアンキエム湖          玉山祠      

 

 ホアンキエム湖の約2km西には、1070年建立の文廟(孔子廟)がある。1076年には国内初の大学・国子監が敷地内に置かれ、王族と貴族の子弟や官僚が学んだ。学問にご利益のある場所として、観光客だけでなく多くのベトナム人が訪れる。必見はハノイの象徴の一つになっており、19世紀の阮(グエン)朝時代に出来た奎文閣の池の両側にずらりと並び壮観な82の石碑だ。昔の官僚登用試験、科挙の合格者の名前と出身地が刻まれた石碑が、石造りの亀の上に乗っている。

 

  

   文廟前に立つ筆者                 文廟の奎文閣

 

 文廟から1kmほど北には、一柱寺と言う小さなお寺がある。李王朝時代の11世紀に建てられた寺は一本柱で支えられ、池に浮かぶ蓮の花のようと形容される。そのユニークな外観からフランス統治時代の建物と並び、ハノイを代表する歴史建造物として有名である。李朝の王が世継ぎに恵まれていなかった頃、蓮の上で子供を抱いた観音菩薩の夢を見て待望の子供を授かったとされる。王がその謝恩にと建てた由で、子宝に恵まれるご利益を祈願する人々で賑わいを見せる。

 

   

    一柱寺         ホー・チ・ミン博物館 

 

 一柱寺の南側には、1990年に建てられたホー・チ・ミン博物館がある。ベトナム人指導者の故ホー・チ・ミン主席および外国の支配に抵抗するベトナムの革命闘争に捧げられた博物館で、主席の遺品や革命の歴史などを展示している。一方、北側には1975年に建てられたホー・チ・ミン廟がある。総大理石造りの堂々たる建物がひときわ目立ち、廟内には主席の遺体がガラスケースに入れられ安置されている。廟の外に出て道なりに行くと、主席が住んでいた高床式の木造家屋があり、庶民的であった故人の人徳が偲ばれる。

 

 

       ホー・チ・ミン廟                          水上人形劇

 

 ほかに、1000年もの歴史を持ちベトナム名物として有名なタンロン水上人形劇場が、ホアンキエム湖の玉山祠の近くにある。会場はホーチミンのような屋外ではなく屋内で、水をはった7〜8m四方の池状の立派なステージが設置され、華やかなショーを堪能した。ステージ左手には歌手と楽団が陣取り、水牛や龍、アヒルや魚などが水上と水中を自由自在に動き回り興味深い。素朴な感じの人形などが繰り広げる幻想的な世界は、ベトナム人の真の心を見た思いで感動的であった。

 

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 何故トランプ大統領は北朝鮮との対話にかくもご執心なのであろうか?今年のノーベル平和賞と大統領再選と言うダブル受賞!?を意識しているのであろうか?

 

後記

 23日に特別専用列車で平壌を出発した金正恩委員長は中国を南下し、約66時間後の26日朝に中国国境に近いベトナム北部のドンダン駅に到着し、乗用車に乗り換えてハノイ市内に向かった。中国内で列車は、河南省の鄭州、湖南省の長沙、同自治区の南寧、広西チワン自治区の憑祥などを通過した模様で、その距離はおよそ2600kmとか。一方、トランプ大統領も26日夜に大統領専用機でハノイ空港に到着した。両首脳による会談は予定通り27日からハノイの最高級ホテル、ソフィテル・メトロポールホテルで始まった。

 

 

               ソフィテル・メトロポールホテル

 

 しかし、初日は順調であった会談の結末はあっけなく、想定外のものとなった。2日目の会談ではワーキングランチ(昼食会)が中止になるなど、首脳会談は事実上決裂に終わった。トランプ大統領は早々とハノイを去り、帰国の途に就いた。一方、金正恩委員長は3月2日まで滞在し、種々視察する実を取る意向の様だ。合意に至らなかった主因は肝心の非核化の進め方につき両国間の溝が埋まらず、他方北朝鮮が求めた完全な制裁解除をアメリカが拒絶したとか。

 北朝鮮にとり誤算との見方もあるが、そうとも言い切れないであろう。 首脳会談では一見成果が無かったようだが、滞在中の経済発展が目覚ましいベトナム視察で何か収穫があった筈である。やはり筆者が推察した通り、金正恩委員長は35歳の若輩ながら、侮れない手強いネゴシエーターのようである(2月28日)。

 

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| 世界の旅−アジア | 01:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
2人の大統領が存在して混乱するベネズエラの旅(1)
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 南米の北部にありカリブ海に面する産油国のベネズエラで、1人であるべき大統領が何と2人も正統性を争って存在するため、全土で混乱が広がっている。この政治的な混乱が続く同国では、食料や医薬品の不足から周辺国のコロンビア・ペルー・エクアドルなどへ300万人以上の難民が避難しており、これは人口の1割強である。国連などによれば、今年中に難民の数は500万人を超えると見られる。周辺国での受け入れ態勢の強化が課題となり、国際社会の早急な対応が迫られている。

 世界有数の産油国でありながら内紛が続くベネズエラでは、2013年4月より独裁を続けるマドゥーロ大統領(56歳)に対抗して、過日グアイド国会議長(35歳)が暫定大統領になると宣言した。この2人の大統領が反目する異常な事態に対し、「アメリカの裏庭」と呼ばれる中南米で影響力を強化したい中国・ロシア・キューバ・トルコなど11ヵ国・地域がマドゥーロ大統領を、アメリカ・カナダ・イギリス・ドイツ・フランス・ブラジル・コロンビアなど44ヵ国がグアイド国会議長を支持すると言う、国際社会をも巻き込んだ政争が続いている。また、軍や警察の幹部によるマドゥーロ政権からの離反表明が相次いでいるとか。

 

 特に深刻な問題は食料品や医薬品などの極端な不足により物価が高騰し、今年1月の物価上昇率は年率で268万%にまで膨れ上がるハイパーインフレを惹起している。筆者が持っているボリーバル紙幣(写真右)は、紙

切れ同然の実情だ。混迷するベネズエラを巡り、グアイド国会議長を支援するアメリカが先月に経済制裁を強化したのに加え、今月からはマドゥーロ政権側が欧米諸国からの人道支援物資の受け取りを拒否していることから物不足がさらに加速しているとか。IMF(国際通貨基金)によれば、同国の物価上昇率は年内に年率で1000万%を上回る可能性も出ている。

 また、アメリカからの人道支援物資を拒否する大統領側と反発する野党側の対立が深刻化し、国内では大規模な反政府デモも起きている。マドゥロ政権側が国境の橋を封鎖してアメリカからの人道支援物資の受け入れを拒否するが、一方デモ参加者は物資の受け入れを求め、野党指導者側のグアイド氏も「支援物資は23日には届くだろう」と宣言。対するマドゥロ政権のアレアサ外相はニューヨークの国連本部で会見を開き、アメリカによる経済制裁こそ国民を苦しめていると批判した。

 

 2人の大統領の承認問題で今や世界を二分する様な混乱に陥っているベネズエラだが、観光面では実に多様な顔を持つ魅力的な国である。筆者は1996年6月、2002年4月、2003年7月の3度も訪れている。既に2013年3月24日幣ブログドミニカなどカリブ勢が活躍したWBC野球とチャベス死去』で、小説「ロストワールド」の舞台ギアナ高地と落差世界一の滝・エンジェル・フォール、中南米有数の大都会カラカスを簡単に紹介しているが、今回はカラカスに絞り詳述しよう。

 

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 ベネズエラの北部に位置する首都カラカスは、カリブ海沿いのシモン・ボリーバル国際空港から山をひとつ越えた盆地にある。空港を出ると、この山の向こうに大都会があるとは信じがたい一面の緑が広がる。しかし、内陸にあるカラカス市内に近付くにつれ、現代的なハイウェイが縦横無尽に走る。豊かな石油資源のお陰で20世紀に入り急発展した近代的な首都は、人口500万人を超える南米有数の世界都市だ。近郊の衛星都市を含めた人口は約2000万人を数える。

 

 

  ハイウェイがカラカスの   旧市街セントロの中心

    街並みを彩る      ボリーバル広場に立つ筆者   

 

 カラカスの中心は標高が約960mのカラカス盆地にあり、市街地は盆地に沿って東西に細長く伸びる。南米の主要都市の多くに見られる植民地時代の懐かしい面影はほとんど目に付かないのが、カラカスである。石油資源と言う富によって、南米の他の諸国の都市よりもいち早く経済的発展を遂げたのだ。完全にアメリカナイズされた現代的な街並みの中で、数少ないコロニアル様式の情緒を残すのが旧市街セントロである。

 その中心地となるのがボリーバル広場で、初のベネズエラ憲法が読み上げられた場所だ。広場には南米開放の父」シモン・ボリーバルの像が建ち、その周りには歴史的な建物が並ぶ。例えば、東側に1595年に創建後1674年に再建されて内部が名画で飾られたカテドラル、南西には壮麗な白亜の建物と金色のドームが目立ち天井画が独特の国会議事堂、カテドラルの南側には現在もベネズエラの国民的英雄として人気があるボリーバルの生家と博物館、北側には外観が美しいサンタ・カピージャ教会ある。

 

  

     カテドラル     ボリーバルの生家と博物館

 

 一方、急膨張するカラカス市街地をばっちり一望するなら、街の北にそびえる標高が2215mのアビラ山がイチ押し。ケーブルカーに乗ること約10分で肌寒いくらいの頂上に着いたが、東西に本当に細長い街並みのパノラマに大感動した。その後、頂上の反対側に目を向けたが、あいにく雲がかかり、期待した真っ青なカリブ海は望めなかった。ほかに新市街の繁華街タマナコ、スラム街バリオなども散策した。

     

 アビラ山の山頂から市街地を望む    国会議事堂

 

  正直に言って、カラカスにはこれぞと言う見どころは少ない。やはりベネズエラ観光のハイライトは地方にあり、例えばギアナ高地と落差世界一の滝・エンジェル・フォールなどの魅力については、次回で紹介したい。

 

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 上述のベネズエラの政治的混乱もご多分に漏れず、やはり他の大国が内政干渉する代理政争の場となったのは遺憾だ。今一度原点に回帰し、ベネズエラの国内問題として早期解決を祈りたい。

 

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| 世界の旅―南米 | 22:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
初めての救急車と映画『一陽来復』 上映会&トーク
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 この3週間余は本ブログを更新しなかったので、一体どうしたのですか?との問い合わせが数多く寄せられた。筆者を真に気遣う、誠に有難い愛読者の皆さんである。実はこの間、2つの大きな出来事があった。

 

 その1は、間もなく82歳になるかなり長い人生で、10日前(1月24日)の朝に初めて救急車で柏市の病院へ搬送されたのだ。それまでの1週間ほどは強烈な抗がん剤の副作用で、満足に食事が出来なかった。特に緊急入院した日は早朝から絶えず吐き気がするなど気分が悪く、ベッドから起き上がれない始末。加えて4年前から認知症で妻が長期入院中のため寂しい独居生活を強いられており、いざと言う時に助けてくれる家族が傍にいない悲しい実状だ。最後に頼るのは救急車しかないと、広中さんと言う居住マンションの親切な管理人さんに救急車を呼んでもらった次第である。

 

 

     入退院を繰り返した市立柏病院

 

 実は救急車のお世話になる4 日前にも入院した経緯がある。この時はまだ体力が残っており、自分でタクシーを呼んで病院に向かい入院した。3日後に退院したのだが、2日後にまた体調を崩して先述の通り再入院する羽目になった。その後2日間は嘔吐・吐き気・下痢の三重苦が続くので、点滴で何とか凌いだ。やっと3日目からお粥が食べられるようになり、あまり長居では出来ない境遇なので5日目に退院した訳である。それにしても抗がん剤の様々な副作用は想定外で、手足のひび割れや食欲不振なども加わり、近々抗がん剤治療を主治医に申出るつもりだ。家族の支援も特に無いので、無理に延命する気持ちは更々無い。

 

 冒頭に「初めての救急車」と言ったが、正確に言えば国内でのお話である。実は海外では約11年前の2008年9月に旅したニュージーランドで、レンタカーを運転中に事故を起こして救急車で運ばれた前科?がある。既に2017年11月10日付け幣ブログ『 80歳にして人生初の入院と手術 』で、概略は紹介済みだ。それは正に九死に一生の大ピンチであった。商都オークランドから約450km北西方向に伸びる北島の最北端を目指し、当初は長距離バスなどを利用して出かけるつもりでいたが、北端までバス便がないことが分かった。そこで朝にオークランドでレンタカーを借り、最北端のレインガ岬に向かった。

 ところが、運転直後から車のどこかで不思議な異常音がして気にはなっていたが、夕刻には岬の手前まで行きたいと休憩も十分取らずに急いだ。道は平坦であったが、比較的細い道が多く、しかも九十九折のようにくねくねしアップダウンも多い。そのためであろうか何度も車はスピンし、疲労も加わりウトウトしかけた。もうすぐ岬という所で、目の前にトラックかトラクターのような大型車両が迫り、目の前が真っ白になったところで気を失った。

 

  

 

 暫らくして正気に戻り、レンタカーの前部を大破する事故を起こしたことを知った。先ほどの真っ白に見えたのは、エアバッグが破裂した瞬間だ。このバッグとシートベルトのお蔭で助かったようだが、胸が圧迫されたようで息苦しくほとんど身動きできなかった。間もなく救急車が来て近くの町カイタイアの病院に運ばれ、検査結果は骨折ではなく単なる打撲傷だと分かり、暫く休養して薬をもらって退院した。その間に病院から支払要求は一切無く、異国で人の情けに泣いた。その夜は近くのモーテルで泊まり、翌朝はバスを乗り継いでオークランドに戻った。なお、詳細は幣著書『 トラベル・イズ・トラブル 』をどうぞ!

 

 その2は、昨日(2月2日)我孫子市のけやきプラザふれあいホールで開催された映画『一陽来復』の上映会&トークである。このイベントは一般社団法人 三月のひまわりが主催者で、筆者のプライベートミュージアム「世界の人形館」などが後援したもの。1月11日付け幣ブログなどで、懸命に集客のPRしてきた経緯がある。収容人員550人が満席になるほどの大盛況で、三月のひまわりの代表理事であり、著名な手刺繍家、星野真弓さんをはじめ、関係者の皆さんに祝意を表し、同時にその多大の労苦に対し敬意を払いたい。

 一方、筆者が招待した人たちの多くから、「なぜ世界の人形館がスポンサー(出資)として後援したのですか?」「なぜスポンサーなのに舞台で挨拶や紹介が無かったのですか?」などの質問を数多く受け、一瞬返答に窮することもあった。また、「報われない發気鵝壁者)が可哀そう!」との同情の声も上がったほどだ。この経緯や背景などに就いては、筆者なりに言いたいこと多々あるが、この際は敢えて黙っておくのが男らしい「男の美学」と思っている。

 

 

     舞台前の筆者   挨拶する尹さん(中央)、左端は

               星野さん、右端は伊藤さん

 

 映画は尹美亜さんと言う女性が監督の東日本大震災を語り継ぐドキュメンタリー映画で、映画の本流と言われる娯楽作品ではない。市民一人ひとりが防災意識を持つことが如何に大切であるかを啓蒙する真摯な教育映画と言えよう。従い、行政が中心になってこのイベントを開催するのが順当だが、行政(我孫子市)が断ったため、代わりに当方が出資して肩代わりした特異な経緯がある。

 そのためであろうか、市長と教育長は来賓席に座っていた筆者を見て謝意を表することは無く、むしろ無視する一方だったが、或る程度事情を知る常識家で人情家の副市長からは何度も「代わりに引き受けて頂き、感謝します。」との丁重な労いの言葉があった。両者の対応は極めて対照的で、副市長の慰めについ感涙したものだ。

 

 イベント開催まで種々紆余曲折などがあったが、素晴らしく感動的なこの名画を全国的な規模で上映を続けて下さいと尹さんにエールを送る手紙を差し上げた。なお、彼女は在日韓国人三世とかで、日本人とは言え筆者の姓(癲砲眛本人的でないため、ある種の親近感を覚えた次第だ。ひょっとすれば、お互いにルーツは同じかも知れないと思うと、彼女の益々の活躍を祈念せずには居られない心情になる。

 

 

   (右より左へ)星野さん、  世界の人形館で伊藤さんを

      尹さん、筆者     囲んで左が筆者、右が関市議

 

 また、後半のイベントは、大震災の語り部として活躍する南三陸ホテル「観洋」の第一営業次長、伊藤 俊さんの教訓で彩られた興味深いトークで締めくくられた。なお、上映会の直前に、伊藤さんに世界の人形館をご見学頂いたが、いささかでもお役に立ったのであろうか?いずれにせよ、近々現地に出向いて激励し、東北の震災復興のささやかな一助に貢献したいと念じている。

 

(後記)

 三月のひまわりの代表理事、星野真弓さんのご両親が遠路わざわざ筆者を訪ねて来られた。用件は上記上映会で、スポンサーである筆者に礼を尽くさなかったとしてお詫びに来られたのだ。腰のいお似合いのご夫婦から、筆者が大好きな美しいお花などを頂戴した上に、幣著書までお買い上げ頂く丁重な気配りに却って恐縮した次第である。

 子はいくつになっても、親にとっては子なのであろう。子を想う親御さんの愛情に、ついほろりとさせられた。このお返しとして、今後とも三月のひまわり主催のイベントを資金的に支援して

   世界の人形館でのご両親と筆者

行く旨をご両親に伝えた。その後、近くの回転寿司店で、昼食を共にしながら歓談してお別れした。(2月8日) 

 

               ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

 上記著書『トラベル・イズ・トラブル安全な旅は退屈だ!!

ルネッサンス・アイ 1,300円+税 のお買い求めは、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。

 

   

 

お問い合わせ:
世界の人形館 
TEL 04−7184−4745
         E−MAIL  
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竹田JOC会長の訴追はゴーン逮捕・長期拘留への報復!?
12

 世界を舞台にした報復合戦と言えば、最近ではアメリカと中国が覇権争いを続ける熾烈な貿易摩擦があるが、今度は我が日本とフランスによる報復合戦が繰り広げられそうである。ヘタをすれば、両国間の外交問題にも発展しかねない雲行きだ。本日(11日)フランスの司法当局が、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの招致を巡る贈賄疑惑で、日本の招致委員会の委員長で日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長を訴追する手続きを開始した。同会長の疑惑は、少なくとも2016年5月の時点で捜査が行われた事実がある。

 日本の招致委員会は、国際陸上競技連盟(IAAF)前会長で国際オリンピック委員会(IOC)委員でもあるラミン・ディアク氏の息子と関係が深いシンガポールのコンサルタント会社、ブラック・タイディングズ社(BT)に2013年7月と10月に、合計約2億3000万円を振り込んでいた。ちょうど東京五輪招致が決定したのは2013年9月7日のため、その前後の多額の入金につき贈賄があったのではと疑われていた。しかも、BT社への支払金の一部が、オリンピック招致に関するフランス国内での汚職やマネーロンダリング(資金洗浄)に使われたとの疑惑があるようだ。

 

 その後、疑惑報道は続いたものの訴追の動きは特に無かった。それが最近になって捜査の再開が表面化した訳だが、竹田氏は昨年12月10日にフランスの司法当局から事情聴取を受けたという。一方、日産自動車のカルロス・ゴーン前会長は、昨年11月19日東京地検特捜部に逮捕された。さらに12月10日は金融商品取引法違反の容疑で再逮捕の当日で、同日午後には特捜部が特別背任で追起訴している。この絶妙とも言えるタイミングでの捜査開始は、ずばりゴーン氏逮捕と長期拘留に対する報復と受け取らざるを得ない。
 因みに、国際政治の世界では自国民が不当な理由で他国に拘束されたと見做したら、報復するのが鉄則とされる。沈静化していた贈賄容疑の捜査が今になって訴追手続きに入ったことは、日本側に強烈なカウンターパンチを見舞ったことになる。当然の事ながら日本政府は表向きは否定し平静を装うであろうが、フランス政府からのお返しのメッセージと捉えるのが常識であろう。ゴーン氏が日本側の人質になっているのに対し、フランス側は竹田氏を見返りの人質として確保したいのであろう。

 上述のような「目には目を」式の報復の応酬は、実は国際政治の世界では日常茶飯事である。最近でも、中国の通信機器大手、ファーウェイ(華為技術)の最高財務責任者がアメリカの要請でカナダで逮捕されたことを受け、中国は同国内にいるカナダ人の元外交官やビジネスマンを拘束した。また、昨年12月にロシア人女性がスパイ容疑によりアメリカで有罪になると、ロシアは同月にアメリカ人男性を同じくスパイ容疑で拘束した。

 なお、相手国の国民を同じ程度の容疑を理由にして拘束することは、関係国間の事態を悪化させないための最善策とも言われる。竹田氏JOC会長も、先述の通りゴーン前会長と同じく他国の関係者への資金提供が不正として疑われている。過去の事態収束の例を参考にし、日本側は現実的且つ迅速な対応が迫られよう。具体的には、先ず東京地検特捜部は一刻も早くゴーン容疑者を釈放し、日仏間の不協和音を解消すべきであろう。日本の常識が世界では非常識になることが多いのを忘れてはなるまい。

 

 結論として、日本政府としては、ゴーン容疑者の件は世耕経済産業大臣と山下法務大臣、竹田JOC会長の件は櫻田五輪大臣、外交問題に発展すれば河野外務大臣に絡む広範囲な事案になり、安倍政権にとり真摯な対処が求められるであろう。

 

(追記)

 本日行われた記者会見で、竹田氏JOC会長は贈賄関与を否定した。しかし、会見はわずか約7分間だけで終わり、フランス司法当局が調査中との理由だけで質疑応答は一切受け付けなかった。これでは説明責任を果たしたとは言えず、海外メディアの不信感は益々増幅し、日本側にとっては決してプラスにはなるまい(1月15日)。

 

           ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇ 

   ☆☆☆ 映画『一陽来復』上映会&トーク ☆☆☆


 筆者が運営しているプライベート・ミュージアム「世界の人形館」のファンは実に多彩で、刺繍家の星野真弓さんもその一人です。彼女が代表理事を務める「一般社団法人 三月のひまわり」が主催する東日本大震災関連の映画上映会を、世界の人形館が唯一のスポンサーとして支援します。

 

日時: 2019年2月2日(日) 13:30 開演

        (13:00開場)

場所:我孫子市けやきプラザふれあいホール

アクセス:常磐線・千代田線 我孫子駅南口徒歩1分

入場料:1,000円

 

              

 

 酷寒の折柄ですが、是非ご来場下さい。お待ちします。

なお、チケットをお求めの方は下記の所へご連絡下さい。

三月のひまわり(星野)TEL 03−5652−1561 

    または

世界の人形館  (癲TEL 04−7184−4745 

               E−MAIL  ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

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| 国際政治 | 22:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
平成最後の新年と「世界の人形館」に想う
10

     謹 2019年(平成31年)!
           A Happy New Year !

                 新年好!

                Feliz Año Nuevo ! 
                         Selamat Tahun Baru !
                         नया साल मुबारक हो !
                                   ! 
كل سنة و أنتم بخير

 

 亥年の元旦のお天気は今年もよく晴れ、しかも無風に近く比較的暖かかった。我が家(マンション)のルーフバルコニーでは、例年であればサザンカが咲き乱れるのだが、本年は開花する兆しが全く無い。何故だろうか?半世紀も連れ添った妻が不治の病とされる認知症で2015年6月に長期入院以降、強いられている不便この上ない独居生活もついに5年目に入った。訪れる人も無く、安寧で静かではあるが孤独な年末年始であった。

 孤独な年末年始と言えば、ゴーン日産元会長をふと想起した。拘留が度々延長され、寒かろう拘置所で過ごし越年した。かつて絶頂期にあった同容疑者から見れば、地獄に突き落とされた様なものであろう。娘の話では体重が9kgも減った由だが、もう少し人道的な見地から然るべき配慮があってもと思うのだが・・・。

 

  

      遠くに筑波山を望む  サザンカの代わりに人形館

                                                  で鮮やかに咲くハイビスカス

 

 加えて筆者は、一昨年11月の前立腺肥大の手術からちょうど1年、不覚にも昨年11月には大腸がんの手術を余儀なくされた。かなり進行していたため、手術後も抗がん剤治療を続けている。この治療を始める前に副作用のことを聞かされていたが、実際に始めてみると想定外の副作用に悩まされている。しかし、人生100年時代の世相下、長生きしたければ我慢するほかないであろう。

 

 一方、世界に目を向けて見ると、不透明な世界経済が気懸りである。年の暮れも押し迫った昨年12月30日に11ヵ国が加盟するTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が正式に発効した追い風もあるが、全般的には逆風が吹くのが懸念される。昨年末の世界株安の後遺症や、一時休戦状態の米中貿易摩擦、と言うより貿易戦争の再燃などの諸問題があるからだ。

 我が日本では安倍長期政権は7年目に入り、批判が多い一強体制が続くようだ。だが、得意と言われる外交は、頻繁に外遊を繰り返しジャパンマネーをばら撒くだけで、一向に成果や実績を上げていないのが腹立たしくてならない。今年こそロシアとの北方領土問題や北朝鮮の拉致問題が具体的に進展、或いは決着するのであろうか?

 

 さて、新年早々から鬱陶しくて重い、しかもプライベートな話になり誠に恐縮だが、筆者にとって本年も厳しい見通しである。80歳代になり2年連続して手術をしているだけに、特に終活の加速が喫緊になろう。その要となるのが私ことワールド・トラベラーが社会貢献のためにと無料公開しているプライベート・ミュージアム「世界の人形館」の行く末である。

 現況などについては、詳述した2017年12月2日付け幣ブログ『「世界の人形館」の近況−多様な来館者を迎えて』と違い、最近は更に来館者が減っている。今も入院中で且つ終末期を迎えている妻のことを想うと、積極的に来館者を受け入れる気持ちになれず、またその体制にもなっていない。往時の盛況ぶりに比べれば、閑古鳥が鳴き開店休業に近い侘しい趣だ。

 

 しかし、たとえ体調が悪くても、或いは妻の見舞い・介護などで多忙でも、来館希望があれば受け入れだけは続けたい。ささやかながらも世界の人形館という舞台を通し、我が国の真のグローバル化推進の一助になりたいとの想いが今も強いからだ。また、世界最大の旅行サイト、トリップアドバイザーの口コミ情報で、我孫子市の美術館・博物館ベスト10の5位にランクされており、この口コミで来館する見学者が意外に多い。

 とは言え、以前は年の割には元気者と言われた筆者も寄る年波を考えると、早晩は人形館を次代の誰かに引き継がねばならない。身内に継承者がいそうでないだけに、最悪の場合は店仕舞いになるかも知れないが・・・。もちろん本件の対応に就き、今まで放置していたり、或いは無策だった訳ではない。それなりに努力はしたのだが・・・。実は有力な引き受け手候補と思しき個人や団体などに接触してきたが、なかなか後継者が決まらないのだ。

 

             −−− 世界の人形館 −−−

  

       メインホール       オリエントルーム

 

 その理由は種々あるようだが、最大の原因は、プライベート・ミュージアムから想像も出来ないほど、所蔵品が多すぎることであろう。世界の民俗人形の2000体以上をはじめ、膨大な数の世界の紙幣とコインなど、合計すれば数万点、いや十数万点にも及ぶ膨大なコレクションだ。立派な博物館並みに展示するなら、体育館ぐらいの広さが必要とするため尻込みするらしい。

 

 本ブログの愛読者、或いはその関係者の中で「世界の人形館」を引き継ごうとの結構な篤志がある方がおれば、ご遠慮なく手を挙げて頂きたい。そのために、先ずは下記の通り当館にお問い合わせ頂き、出来ればご観覧下さい。お待ちしています。

 

TEL:04−7184−4745

携帯:090−8726−5599

Eメール: ko-yasu@maple.ocn.ne.jp  

 

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