世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
大横綱、白鵬を育んだ草原の国モンゴルの旅(1)
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 大相撲の第69代横綱、白鵬が昨日(7月21日)、名古屋場所で通算1048勝目を挙げ、元大関・魁皇の歴代最多記録を抜いて単独1位となった。魁皇の場合は場所数が140で1047勝であったが、白鵬はわずか98場所で最多記録を更新したのだから誠に立派と言う他ない。本名はムンフバティーン・ダワージャルガルと言い、モンゴルは首都ウランバートルの出身。だが、メディアのインタビューでも日本人並みの日本語を話し、考え方も相撲道に徹しシッカリしており参考になることが多々ある。

 通算勝利のほかに、数々の記録を持つレコードホルダーでもある。例えば、優勝回数38、横綱勝利760、幕内勝利954、全勝優勝13、横綱連続出場722など(7月21日現在)。この調子でいけば通算勝利は1500ぐらいまで伸びそうだし、他の記録も今後破られそうもない大記録ばかりだ。後は白鵬が日本国籍を取得するかが焦点だが、母国のモンゴルに住む家族が苦悩するであろう。特にかつてモンゴル相撲の大横綱でオリンピックの銀メダリストの父は、息子の国籍変更には反対とか。

 

        

   1048勝目を挙げた対高安戦     ウランバートルのスフバートル広場

   (ネットより転用・加工)       で見かけた白鵬の広告看板と筆者 

 

 2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控え、我が国のグロ−バル化が一層望まれる折柄、モンゴルなどの外国人力士が大活躍する大相撲の貢献度は大なるものがある。その先頭に立つのが白鵬だが、一方では横綱稀勢の里などの日本人力士の頑張りにも大いに期待したい。

 

 さて、筆者は1996年5月と2006年8月の2度、モンゴルを旅している。白鵬の出身地ウランバートルを中心に、旅の概要を紹介しよう。

 

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 先ず1996年の最初の旅では、開港して間もない関西空港からモンゴル航空で中国の天津経由にてウランバートルに到着後、同地をベースにしてモンゴル各地を回った。まず空路で半砂漠が広がり「恐竜のふるさと」と言われる南ゴビのダランサドガドに飛んだが、滑走路も何もない空港に着陸してモンゴルは単に草原の国ではない事を学んだ。その夜は生まれて初めて移動式テント小屋のゲルに泊まって遊牧民気取りをし、砂丘や雪渓などを観光してウランバートルに引き返した。

 同地で半日観光後、陸路で西へ向かい、モンゴル名物の道なき道の未舗装の悪路を走った。ゲルに宿泊するツーリストキャンプがあるブルドで旅装を解き、同キャンプを基点にして旧モンゴル帝国の遺跡カラコルムや一般のゲルなどを訪れた後、また悪路を引き返してウランバートルに戻った。帰国のフライトは関西空港への直行便で、飛行時間は約3時間半で意外に近い国だと実感した。

 

    

 ブルド:ツーリスト    ブルド郊外:   カラコルム:エルデニ 

  キャンプのゲル    モンゴル馬に乗る ・ゾー寺院のゴルバンゾー


  2度目の旅は2006年。史上最大の帝国と言われるモンゴル帝国が建国されて800年の節目に、10年ぶりに再訪した。それは単なる物見遊山ではなく、1992年に社会主義を放棄して民主化と市場経済化を推進する現代モンゴルの国策の実情、特に変貌ぶりを見届けたいとの特別な目的を持った視察旅行でもあった。
   モンゴルとの国境に近い中国の東北部に位置する甘粛省や寧夏回族自治区を訪れた後、北京経由でウランバートルに着いた。到着後は同地をベースにして陸路および空路で各地を回り、ウランバートルはもちろん、モンゴル有数の保養地テルジ、同国第2の都市ダルハンと郊外の僧院、さらにカザフスタン国境に近い辺境地まで足を伸ばした。その間、今回の旅の主目的である建国800周年記念祭を見学したり、有名なチベット仏教寺院や景勝地などを訪れた。

 

   

  テレルジ:亀岩   ダルハン郊外:僧院      僧院近くの牧場

             アマルバヤスガラント


  さて、首都のウランバートルだが、上空から眺めると広大な草原の真ん中にポツンと浮かんでいる感じで東西に細長い街だ。市内の中心にあるスフバートル広場の中央にはモンゴル革命を指導した英雄・スフバートルの騎馬像が立つ。広場の周りには政府庁舎、市庁舎、証券取引所、オペラ劇場などが並び、ヨーロッパ風のオシャレな佇まいだ。2006年の旅では、この広場の南西にあるビルで白鵬をモデルにした大きな広告看板があった。白鵬が大関時代のことで、この頃から母国でも将来が期待されていたようだ。

 広場の北側にある自然史博物館では、モンゴルの鉱物や動植物に関する豊富な展示物があるが、目玉は何といっても恐竜タルボサウルスの骨格標本だ。また、広場の南1.5mにあるボグド・ハーン宮殿博物館は、1919年に造られた第8代活仏のボグド・ハーンの冬の宮殿。実は釘1本も使われていない木組み方式が見事な寺で、チベット仏教の曼荼羅や仏像などが展示されている。

 

 一方、人口集中が著しいウランバートルの急速な発展振りを確かめたいならスフバートル広場から南へ約4km行った丘のザイサン・トルゴイが一押し。丘の頂上には伝統的なモンゴルの灯「トルガ」と立派なモザイク壁画があり、頂上から市街地のパノラマが一望できて絶景だ。また南郊に広がるボグド・ハーン山国立公園内の特設会場では、建国800周年記念騎馬軍ショーが行われた。イベントのハイライトはモンゴル国防省の軍人で構成される騎馬軍団500騎による迫力あるスペクタクルショー。それは怒涛のごときスピードがあり、まさに圧巻で見応え十分であった。

 

 

ウランバートルのへそ   ウランバートル:ザイサン  ウランバートル郊外:建国

  スフバートル広場    ・トルゴイより市街地俯瞰  800周年記念騎馬軍ショー

 

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(後記)

 名古屋場所で優勝した白鵬は通算勝利数を1050、また優勝回数も39まで伸ばした。未来永劫に破られそうもない前人未到の大記録である。今後とも節制を続け、さらに記録更新を目指して頂きたい。

 

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上野動物園パンダの赤ちゃんとパンダの故郷・四川省の旅
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 東京の上野動物園で生まれたジャイアントパンダ(以下パンダ)の赤ちゃん(メス)が、本日(7月12日)で1か月を迎えた。誕生時の体長は約14センチ、体重は約150グラムであったが、それぞれ約30センチ、1.1キロ以上となり特に体重は実に8倍も増えた。順調に成長すれば体長は約130センチ、体重は約100キロにもなろう。生まれた時は人間の手のひらに乗りそうな小さな体から想像できない、巨体に成長するとは驚くほかない。

 一方、生まれたばかりの頃はピンク色の皮膚が白い毛に覆われていたが、成長するに連れて目の周りや肩の辺りの皮膚がうっすらと黒くなってきた。そして1か月後には独特の白と黒の「パンダカラー」もハッキリしており、可愛いパンダらしくなってきた。東京都は今月28日から名前を公募する予定で、順調に育てば生後半年を迎える12月頃に母親のシンシンと共に公開される見通しだ。その公開が待ち遠しくてならない。

 

                             (成都パンダ教育研究基地で見かけたパンダたち)

  

 上野動物園の生後1か月  生後間もない赤ちゃん   仲睦まじい母子 

 の赤ちゃんパンダ

 

  ところで、パンダと言えば、中国である。1869年に欧米人としてパンダを初めて発見したのはフランス人宣教師で、中国の四川省西部で地元の猟師が持っていた白黒模様のパンダの毛皮であった。これが契機となり、その存在が世界で知られるようになった。体長は約120〜150センチ、体重はオスが約100〜150キロ、メスが約80〜120キロ。現在の生息地は四川省や陝西省の竹林で、頭数はわずかである。分類はクマ科に属し、中国語では大熊猫と呼ばれる。

 主食は竹のほかに、小型哺乳類、昆虫、魚、果物などを食べることもある。行動は基本的に単独で群れや家族をつくらず、他のクマ科動物と異なり冬眠しない。外見は愛らしいが、やはりクマ科動物として気性の荒い一面も持ち合わせ、動物園の飼育員や入園者が襲われる事件が発生している。因みに、レッサーパンダというもう一つのパンダがいるが、体長は約50〜60センチ、体重は5キロ前後とずっと小柄で、中国のほかにネパールやブータンなどに分布する。

 

 さて、私ことワールド・トラベラーはパンダの故郷と言われる四川省を2000年7月と2002年9月に旅し、2度もパンダの繁殖センターを訪れている。その時の模様と四川省の代表的な観光地を紹介しよう。

 

 中国政府はパンダを保護するため全国で40か所ほど保護区を設けており、四川省西北部のアバ・チベット族チャン族自治州にある臥龍自然保護区が最大のものである。筆者は面積が2000k屬發△詁永欷邏茲砲△臥龍パンダ保護研究センターを訪れ、パンダに直接触れあう機会があった。四川省の省都・成都の西133kmほど、車で3時間で着いたが、同センター内では30頭が飼育されていた。そのうちの1頭、生後8か月で体重が6kmほどのパンダを抱っこしたが、当時4歳の初孫をふと想起した。

 

   (臥龍パンダ保護研究センター)

  

パンダの飼育舎前の筆者     パンダを抱っこ    成都:武候祠の門

 

 成都市内の北外れにある成都パンダ教育研究基地も見学したが、ここではジャイアントパンダの繁殖・保護・研究などが行われている。特に、広大な敷地をパンダの生息地に模し、自然に近い環境でパンダの研究が行われている。生後間もない赤ちゃんパンダを見ることができたが、臥龍パンダ保護センターのように抱っこできず少々物足りなかった。因みに、成都で見逃せないのは、三国志時代の諸葛孔明や劉備玄徳が祀られている武候祠、唐の詩聖杜甫が住んでいた杜甫草堂であろう。

 

 チベットに近く、山が多い四川省には世界遺産に登録されている見どころが実に多い。その代表は成都の北およそ450kmに位置する九塞溝で、神話の世界が広がる仙境だ。標高約2000〜3100mの景観地区に大小の滝とコバルトブルーの湖沼群が点在し、その神秘美は筆舌に尽くしがたい。一方、九塞溝の約50km手前にあるのが黄龍で、トルコのパムッカレに似た階段状の石灰棚が人目を引く。平均海抜は3000mを越え、自然が造形した棚田のような風景が幻想的だ。

 

  

  九塞溝:諾日朗瀑布 九塞溝:神秘的な火花海 黄龍:棚田に似た石灰棚

 

 一方、成都から南西160kmほどにある標高3099mの峨眉山は、中国の仏教四大名山の一つに数えられる聖地である。古来より仙人が住んでいるとされ、山中に数多くの寺院がある。例えば、標高3077mの金頂にある華蔵寺と臥雲庵、白い巨象に乗った普賢菩薩像で知られる万年寺、最大規模の寺院・報国寺など。

  次に、南約170kmの楽山は世界最大という大仏の町で知られ、長江の支流・岷江沿いの岸壁に高さが71mもある石刻座仏がどっしりと座る。頭の直径が10mもあるほか、足の甲だけでも100人が座れる巨大さには驚きを禁じ得ない。 

 また、先述の臥龍をさらに西進して標高4523mの巴朗山峠を越えると、標高6250mの四姑娘山の麓の町、日隆に着いた。この辺りはチベット族が多く住んでおり、高山植物が咲き乱れる美しい渓谷の長坪溝や双橋溝などをハイキングした。

 

  

    峨眉山:金頂    楽山大仏:巨大な   四姑娘山を望む

              足の甲と筆者

 

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おごり、私物化、トカゲのしっぽ切りを重ね逃避行のG20ハンブルグ
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 一昨日(7月2日)投開票された東京都議会選挙で、かつて圧倒的な第一党であった自民党が歴史的な惨敗を喫した。選挙前の議席59の半減どころか、なんと23議席まで激減したのである。一方、小池百合子都知事が代表を務める地域政党「都民ファーストの会」が55議席も獲得して第一党に躍進し、都議選では自民党と袂を分かち選挙協力した公明党の23議席を併せると過半数を大きく上回る。数の力にものを言わせてきた自民党も、実は公明党&学会の協力が無ければ非力であることを露呈した形だ。

 筆者は東京都民ならぬ千葉県民で、外野席に陣取る野次馬かも知れない。どのような思いで都民は投票したのか知る由もないが、恐らく都政に対する不満よりも、安倍一強のご本人、安倍晋三首相&自民党政権に関わる数々の問題に対する批判や抗議の矛先が向けられたのであろう。例えば、最近では森友学園や加計学園を巡る疑惑、共謀罪法の強引な採決、閣僚の問題発言や衆議院議員2回生の不祥事などだ。支持率急落にも拘わらず傲慢な姿勢は相変わらずで、お坊ちゃま育ち首相と長期政権の悪弊が一気に表面化した感じである。

 

 都議選大敗の審判に対し、首相は” 政権に緩みがある” と反省する。だが、「緩み」と言うのは的外れであろう。ずばりそれは「おごり」であり、このことに気付かないのが遺憾である。また、森友&加計の両学園疑惑は公私混同した、いわゆる権力の私物化に他ならない。特に森友学園に就いては、昭恵夫人の参考人招致を拒み学園をトカゲのしっぽ切りで収束を図ろうとする。さらに、政権は事あるごとに丁寧に説明すると言うが、無理な強弁を繰り返して十分且つ誠実な説明責任を果たそうとしない。女性の防衛相がその典型だ。

 過日の都議選応援で安倍総裁が秋葉原の街頭に立った時に、聴衆から「辞めろ」や「帰れ」コールが連呼された。その際に同総裁は「自民党は演説を邪魔する行為を絶対にしない」と訴えたが、元鳩山由紀夫首相が政権交代選挙で街頭に立った時、盛んに野次ったのが他ならぬ安倍氏ご本人であったとか。また、街頭に姿を見せた森友の籠池氏は” 嘘を言うな。民主主義を守れ ”と声を上げ、首相から戴いたとされる100万円を返しますと札束を見せ、同氏夫人も” 嘘つき!”と叫んだのが印象的であった。おそらく斯かる事実があった証左であろう。

 

    

首相辞めろコールが連呼  応援演説する安倍総裁 首相から戴いたとされる

                      お金を返そうとする籠池氏

        (インターネットより転用・加工済み)

 

 自民党は当初否定的であった加計学園の獣医学部新設問題につき、今月の10日に衆参両議院で閉会中審査を行うことになったが、肝心の安倍首相はG20などの都合を理由に欠席する。明5日から渡欧するが、去る5月26日〜27日イタリアで開催のG7タオルミーナ・サミットでは森友学園問題、そして来る7月7日〜8日ドイツでのG20ハンブルグ・サミットは加計学園疑惑から逃避するかのような参加だ。8月に内閣改造して急場を凌ぎたい首相の胸算用だが、所詮小手先の小細工である。晩節を汚さぬためにも、この際は潔く自ら職を辞することを僭越ながら望みたい。

  因みに、このサミットではアメリカのトランプ大統領、フランスのマクロン大統領、韓国のムン・ジェイン(文在寅)大統領が初めて出席する。また、通商政策やテロ対策、地球温暖化対策が主要議題となるが、トランプ大統領が保護主義的な傾向を強めて温暖化対策を定めた「パリ協定」からの脱退も表明しているだけに、G20としてどこまで結束を示せるかが大きな焦点となろう。

 

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 さて、筆者はクウェート駐在員であった商社マン時代の1974年12月と1976年7月に家族(妻・長男・次男)と共にハンブルグを訪れたことがあり、リタイア後の2007年6月にも旅している。数あるヨーロッパの都市でも、大好きな港町である。その開放的で魅力的な街の横顔を紹介しよう。

  ヨーロッパ有数の河川、エルベ川河口から100kmほど入った河川港を持つ、ドイツ最大の港湾都市である。人口約175万人はベルリンに次ぐドイツ第二で、かつてはハンザ同盟の都市として繁栄した。市の正式名称は自由ハンザ都市ハンブルグで、その歴史は古く西暦800年頃に遡る。

 

  海を知らない人も魅惑するエレガントで活気あるハンザの水の都は、昼夜別々の顔を持ち、自由な気風は昔も今も不変だ。ハンブルグの象徴と言えるのが、街のほぼ中央に横たわる2つの大小の人工湖だ。エルベ川と繋がる小さな内アルスター湖と、その北側にある大きな外アルスター湖が、街の景観を一層美しく引き立てる。先ず内アルスター湖畔に向かい、遊覧船乗り場のユンクフェルンシュティーク付近のロマンチックな遊歩道や、近くのお洒落な感じの運河を散策した。

 

  

  アルスター湖を俯瞰   内アルスター湖畔を  外アルスター湖

 左上が外アルスター湖    散策する筆者

 

 その後、近くの市庁舎広場を訪ねたが、広場の正面に堂々と建つのが市庁舎だ。1886〜97年築で、112mの尖塔は町のランドマークになっている。ネオ・ルネッサンス様式の建物はハンブルク州議会の議事堂を兼ね、重厚な内装とバッキンガム宮殿より多い部屋数で知られる。ここから1km近く西進すると、「ミヒャエル」の愛称で親しまれる聖ミヒャエル教会が建つ。高さ132mの塔が港からもよく目立ち、内部はオペラハウス風の豪華な内装や大きなパイプオルガンが素晴らしい。

 

    

内アルスター湖近くの運河 聖ミヒャエル教会   市庁舎広場に建つ

                           市庁舎

 

 一方、1974年冬の旅では家族と共に、ハーゲンベック動物園を訪ねた。トラなどが堀を挟んだところにいるため柵が無く、前日まで雪が降り園内は園舎を除き白銀の世界が広がっていた。入園客もほとんどなく静まり返り、雪景色が言葉を失うほど幻想的であった。飼育されている動物たちの中では、やはりトラの姿が白雪にピッタリ。

 また、ビアホールで舞台に上がり、バンドの指揮棒を振ったのが今となれば懐かしさでいっぱいである。だが、聖ミヒャエル教会から西へ700mほどにある有名な夜の盛り場レーパーバーンを、2007年に31年ぶりに再訪したが、往時の歓楽街の賑わいもなく閑散としていた。改めて時の流れを痛感し、年甲斐も無く感傷的になった。

 

    (1974年の懐かしきスナップ)

  

 ハーゲンベック動物園   ビアホールで指揮棒     レーパーバーンを

   家族と共に      を振る筆者(中央)    散歩(2007年)

 

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 近年のサミットは治安を考え、都市から隔離された場所で開催されるのが通例になっている。それを敢えて過激なデモ隊が容易に取り囲める都市で開催するのは、アメリカのトランプ大統領やロシアのプーチン大統領などに対し、開かれた民主主義というメッセージを発信するホスト国のメルケル首相の特別な想い、或いは賭けがあるようだ。G20ハンブルグ・サミットが成功裏に無事終幕することを祈念したい。

 

(後記)

 サミット会場の周辺ではデモなどの混乱も無く、平穏に終幕した。しかし、貿易や温暖化問題では「自国第一」を掲げるトランプ大統領との深い溝を埋めることが出来ず、アメリカvs他の19ヵ国の対立、即ち1対19という深刻な構造が一層鮮明になった。

 

          ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

世界の人形館のご見学

 筆者ことワールド・トラベラーが館長を務める世界の人形館では、272カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを多数展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。慈善活動につき、入館料は無料です。

 

    −−− 国境の無い平和な「世界の人形館」の館内風景 −−−

  

 但し、セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。
TEL:04−7184−4745 又は Eメール: ko-yasu@maple.ocn.ne.jp   

 

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北総の小江戸「佐原」の景観散歩とヨーロッパの水郷
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 一昨日(6月22日)は鬱陶しい梅雨が小休止し、本格的な夏到来を思わせるような晴天の暑い日であった。2年ほど前より入院闘病中の妻の見舞い・介護で明け暮れする毎日だが、気晴らしにと入会している「我孫子の景観を育てる」催行の景観散歩に急遽当日参加した。向かった先は千葉県・香取市の佐原。かつて佐原市として存在したが、2006年3月に他の町々と合併して香取市になった。東京の中心地から約70km、成田国際空港から15kmほどに位置する。

 江戸時代から利根川の水運で栄え、水郷の町として知られる。町の中心を流れる利根川の支流、小野川沿いには、北総の小江戸とも呼ばれる往時の町並みが今も健在だ。何度訪れても同様に感じるのが、小粒ながらも味わいのある水郷の趣だ。江戸優りと呼ばれる独自の華やかな文化を開花させたが、その集大成と言えるのが日本一の大人形が山車で曳き回される「佐原の大祭」である。因みに、佐原を訪れたのは今回初めてではなく、次男の伴侶が同地出身のため何度となく赴いている。

 

 さて、町並み散策のスタートは小野川に架かる忠敬橋がオススメだ。この橋から少し南下すると、通称「ジャージャー橋」と呼ばれる樋橋がある。もとは300年近く前の江戸時代に造られた佐原村用水を、小野川の東岸から対岸の水田に送るための大樋であった。橋の下側につけられた大樋を流れる水が、小野川にあふれ落ち音を立てることから、「ジャージャー橋」の通称で親しまれてきた。30分毎の落水は、「残したい日本の音風景100選」にも選ばれているとか。

 

  

       忠敬橋       樋橋より小野川と  ジャージャーと音を立て

               忠敬橋を望む   水があふれ落ちる樋橋

 

 この橋の袂にあるのが伊能忠敬旧宅だ。我が国で初めて日本国土の正確な姿を明らかにした伊能忠敬が、17〜50歳までの約33年を過ごした家である。醸造業などを営んでいた伊能家の土蔵造りの店舗をはじめ、書院、炊事場、土蔵などが残る。特に土蔵は忠敬が婿養子に入る前に建てられていたもので、築後200年以上の貴重な建物だ。小野川に面した旧宅の正面には「だし」と呼ばれる荷揚げ場があり、今では舟巡りの乗り場になっている。

 

 また、忠敬橋に戻って町のメインストリートを東へ行くと、八坂神社の境内の一角に水郷佐原山車会館がある。ビデオシアターの3面パノラマ大画面で佐原の大祭の迫力を体感後、山車展示室で豪華絢爛な山車を間近で見た。山車の上部には歴史上の人物をモチーフにした大人形や鯉の藁細工が据えられ、身の丈は5mほど、山車全体では約9mになり圧倒されそう。

 

   

伊能忠敬旧宅前に立つ筆者    旧宅内の象限儀      山車会館内  

 

 八坂神社からさらに東へ向かうと、創建が2600年以上も前の神代まで遡る香取神宮がある。伊勢神宮や鹿島神宮と共に三神宮の一つで、日本各地にある香取神社の総本社が香取神宮である。短めの参道を進むと朱塗りの大鳥居が見え、さらに総門下石鳥居、総門、楼門をくぐると黒っぽい重厚な感じの本殿に出る。1996年10月、この本殿で今や大学生に成長した初孫のお宮参りや、その後の七五三祝いなどもした想い出深い場所だ。

 

 ところで、時間が無かったので水郷佐原の名物である舟巡  が出来なかったが、17年前には妻や孫と楽しんだことを懐かしく想起する。江戸情緒が残る歴史的町並みを見ながら30分ほどの水上散歩は、まるで時が止まりタイムスリップしたような錯覚に陥るレトロ感を堪能した。

 

  

 香取新宮で初孫のお宮参り     忠敬橋付近の商店    忠敬橋近くの小野川

   1996年10月妻と共に

 

  一方、私ことワールド・トラベラーは世界の水郷、或いは水の都を数多く訪れている。超有名な所ではイタリアのヴェネツィアがあるが、佐原に比較的よく似た、こじんまりとした感じのヨーロッパの水郷の一部を紹介しよう。

 

 先ず、1999年4月に妻と一緒に旅したベルギーのブルージュは、首都ブリュッセルの西北88km、ベルギー北部にある古都で人口は約12万人。運河と橋が多く「北のベニス」と呼ばれ、12〜13世紀にはヨーロッパ第一の貿易港となり、現在も中世に栄えた町並みが残る。かつて水路で北海と繋がっていたブルージュは「橋」を意味し、その名の通り縦横に巡らされた運河に50以上の美しい橋が架かる。

 水都の中心にあるマルクト広場は、ヨーロッパでも美しい広場として5指に入る。広場の周りには47個のカリヨンがヨーロッパ随一の音色を響かせる市庁舎、町のシンボルである高さ88mの 鐘楼などが建ち、運河巡りの船もこの辺りから出ている。ほかに、町の南外れにあるベギン会修道院は1245年に設立され、15世紀当時の修道服を身にまとったベネディクト派の修道女がひっそりと質素に暮らす。また、修道院近くには愛の湖公園が広がり、豊かな緑に包まれた湖に白鳥が戯れる光景は一幅の絵を観るよう。

 

                  −−− ブルージュの想い出 −−−

  

マルクト広場近くの運河   鐘楼付近の運河で  鐘楼やマルクト広場俯瞰

              妻とのツーショット

 

  次に2007年6月に訪れたドイツのバンベルグは、南部ドイツのバイエルン州の北端に位置する、人口7万人ほどの古都である。第二次世界大戦の戦火を免れ、石畳の小道など中世の名残りを現在も色濃く留める。小さな町だが、千年の歴史を持つ水郷の町は見どころが意外に多い。先ず、旧市街の真ん中を流れるレグニッツ川に架かる橋の上にある旧市庁舎は、外壁のフレスコ画が一見の価値がある。

 そこから少しそれて北東方向に進むと、レグニッツ川沿いに小ヴェネツィア地区がある。カラフルな漁師の小さな家も建ち並び、まさに「小ベニス」の佇まいだ。また旧市庁舎に戻り西へ坂を上ったところがドーム広場で、4つの大きな尖塔を持つ1237年完成の大聖堂がそびえ建つ。町中では最も人目を引く建物だが、内部も「バンベルクの騎士」の彫刻など見るべきものが多い。

 

                       −−− バンベルグ3景 −−−

    

 レグニッツ川沿いの      大聖堂    レグニッツ川岸を散策 

 小ヴェネツィア地区

 

 こうして我が佐原とヨーロッパの水郷の写真を見ながら比較すると、外見的にはかなりの違いがある。文化や歴史、風土などの背景も異なるので、当然と言えば当然であろう。だが、水郷の主役である川や運河などが長年にわたり育んできた情緒、或いは詩情はそこはかとなく相通ずるものがあるようだ。と思うと無性に彼の地を旅したくもなるのだが、妻の病状を考えると空しく切ない願望に萎んでしまう。

 

          ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇

 

 筆者には下記著書があり、ご関心ある方は是非ご愛読下さい。

 

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お問い合わせ:
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強暴採決で成立した共謀罪法とパレルモ条約ゆかりの旅
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 最近の安倍政権は尋常でなく、品が無いことが多過ぎるようだ。実際に存在するものを「無い」と言い切ったり、都合の悪い文書を「怪文書」と呼んでみたり、野党側に突っ込まれると「印象操作」を乱発して逃げ切ろうとしたり、告発者を執拗に個人攻撃したり、果ては国会で改憲につき訊かれると「読売新聞を熟読せよ」と言い放つ。肝心の政策論議を棚上げし、まるで低支持率に喘ぐ政権末期?を彷彿させる迷走ぶりである。

 

 計画の時点から犯罪を処罰する共謀罪法が一昨日(6月15日)、参議院本会議で自民党・公明党・日本の維新の会の賛成多数で可決され成立した。その強引なやり方は究極の「中間報告」の手続きを使い、一方的に参議院の委員会審議を打ち切って本会議で採決を強行する奇襲戦法であった。まさに共謀ならぬ強暴採決の趣だが、どうもボタンの掛け違いをしているようだ。

  安倍一強時代に入り、どうも強権発動的な国会での採決や閣議決定が多いようである。数の力で押し切ろうとする政府・与党の姿勢は、驕り以外の何物でもなく、時には嫌悪感すら覚え不愉快だ。メディアにより共謀罪とか、テロ等準備罪と表現されるが、正式名称

は組織的犯罪処罰法改正案である。処罰される行為はテロ集団など組織的犯罪集団の活動として、2人以上による277の犯罪計画が対象だ。

 

 この法案の議論のきっかけは、「多様化するテロは起こってしまったら後の祭りで、未然防止が極めて重要」との指摘である。未然防止は実行後でなく計画と実行準備行為が発見された時に可能につき、テロ等準備罪はテロに対応する有力な法制に成り得るとする。また、政府説明では現行法の予備罪等のみでは足りず、共謀罪等の新たな罪状を新設しなければ国際組織犯罪防止(TOC)条約を批准することができないと主張する。

 因みに、このTOC条約は、組織的な犯罪集団への参加・共謀や犯罪収益の洗浄・司法妨害・腐敗(公務員による汚職)等の処罰、及びそれらへの対処措置などについて定める国際条約である。2000年12月にイタリアのパレルモで署名会議が開催されたので、パレルモ条約とも呼ばれる。2016年10月の時点で、署名国は147、締約国は187だが、我が国は未締結である。因みに、TOC条約の関係者によれば、条約の目的はテロ対策ではないと指摘する。

 

 共謀罪の可否については立場が違えば賛否両論分かれるのは無理もないことだが、加計学園問題と共に国会の会期内(6月18日まで)に強引に幕引きを図ろうとするする政府・与党の傲慢な姿勢には賛同できない。森友学園問題に端を発した昭恵夫人も含めた安倍晋三首相の公私混同ぶり、安倍一強を軸に長期政権安定が続く様々な弊害などが目立ち始め我慢ならぬ昨今だ。

 共謀罪法が成立した当夜、国会前でささやかな抗議デモがあったが、黒白をハッキリとつける傾向がある外国では恐らく大規模且つ過激なデモがあるだろう。隣国の韓国などがその例だ。或いは時の指導者が凶弾の標的になろうが、平和でオメデタイ我が国では斯様な心配はご無用のようだ。これは世界を272の国・地域を制覇した私ことワールド・トラベラーの率直な感想である。

 

 さて、先述のパレルモだが、5月22日付け幣ブログ『G7タオルミーナ・サミット2017開催のシチリア島の旅(イタリア紀行-2』で紹介済みだ。2000年4月に妻と一緒に訪れた懐かしい旅の想い出を、一部重複するが今一度回顧してみよう。

 

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 シチリア島の北西岸にある州都のパレルモは島内最大の都市で、約68万人の人口はイタリア第5位である。かつてフェニキアの植民都市がその起源で、ドイツの文豪ゲーテは「世界で最も美しいイスラム都市」と称えたほどだ。ビザンチン・アラブ・ノルマンの3様式が妙に融合する街は、旧市街と新市街に分かれる。見どころは歴史遺産が集中する旧市街に多い。

 

         

          カテドラーレ前の筆者と妻             クワトロ・カウンティー

 

     

     パラティーナ礼拝堂                サン・ジョヴァン二・デリ・

                                                                  エレミティ教会

 

 先ず、パレルモの歴代王の墓がある大聖堂カテドラーレは、12世紀末に建てられたシチリア・ノルマン様式の壮麗な教会である。世界最大級のパイプオルガンや、大聖堂と鐘楼をつなぐゴシック式のアーチが人目を引く。カテドラーレから西へ約400m行くと、1140年に完成したパラティーナ礼拝堂がある。ノルマン王宮の玄関を入り奥に進むと、壁や祭壇が金色の見事なモザイクで飾られたパラティーナ礼拝堂がある。

 この礼拝堂のすぐ南にあるのが、12世紀中頃建立のサン・ジョヴァン二・デリ・エレミティ教会だ。アラブ・ノルマン様式の赤いドームが愛らしく、イタリアらしからぬ雰囲気がある。一方、大聖堂から東へ500mほど向かうと、クワトロ・カウンティーという交差角がある。外壁がスペイン・バロック様式の建物が並び、様々な彫像で飾られているのが見逃せない。

 

 郊外で見逃せないのは、パレルモ市内から南西へ8kmに位置し、カプート山の中腹にあるモンアーレが一押しだ。1176年に完成したノルマン・アラブ様式のドゥオモは、聖堂内部がアダムとイブなどのモザイクで覆われ、その美しさは思わず息を呑むほどである。また、聖堂の横にあるベネディティーニ修道院では、モザイクで彩られた回廊キオストロが中庭を囲み、イスラム風でスペインのアルハンブラ彷彿させる。

 また、モンアーレから更に53kmほど南西に向かうと、古代ギリシアの都市遺跡、セジェスタ遺跡がある。標高305mのバルバロ山の中腹にあり、広大なブドウ畑が広がる。紀元前5世紀建造のドーリア式のギリシア神殿は立派で保存状態も良いが、円形劇場は意外に小さく少々期待外れであった。

 

      

            モンレアーレの全景             モンレアーレの回廊と中庭

 

    

 セジェスタ遺跡のギリシア神殿前  セジェスタ遺跡の円形劇場

 に立つワールド・トラベラーと妻

 

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 波乱続きの第193通常国会は昨日(16日)事実上閉会した。安倍政権が最重要法案と位置付けた改正組織犯罪処罰法は、参議院法務委員会の採決を省略する乱暴極まりない与党の国会運営によって成立した。5カ月間の会期中は安倍政権の疑惑や失言が相次ぎ、その影響を抑えるため情報の隠蔽と強弁が繰り返された。

 「忖度」とか「印象操作」など今年の流行語大賞の候補になりそうな言葉には、うんざりし辟易もした。安倍晋三首相の空気を読んで忖度し動く与党と官僚たちにより、安倍1強の様々な弊害が顕在化した国会であったようだ。長期安定政権も良いが、そろそろ賞味期限が近付いているようである。

 

                                   ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

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世界では珍しくない生前退位
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 83歳とご高齢の天皇陛下が今後も公務を続けるのが困難なことを案じ、陛下の生前退位を実現する特例法が、昨日(6月9日)参院本会議で可決され成立した。この生前退位が実現すれば、江戸時代後期の光格天皇以来、約200年ぶりとなる。特例法は将来的に強制的な譲位が起こらないよう退位に至る事情を明記しており、退位後の称号は天皇陛下が「上皇」、皇后さまは「上皇后」、皇位継承順位が1位となる秋篠宮さまは「皇嗣」となる。

 因みに、陛下の退位日は法律の公布から3年を超えない範囲内とされ、政府は2018年12月下旬に退位と皇太子さまの新天皇即位を実現させ、2019年元日に元号を改める日程を軸に検討するとか。また、18人いる皇室の方々の中で女性は14人もおられるだけに、特例法の付帯決議では女性宮家創設の検討が求められている。皇族数の減少が進む折柄、皇室の安定的な維持は今後重要な課題になろう。

 

 一方、過日傘寿を迎えた筆者は元号が改められるまで生き長らえると、昭和・平成・次の元号の3元号を跨ぐことになる。しかし、認知症を患い終末期を迎えた妻は、とてもそれまで存命しないであろう。と思うと、いつもの愚痴で恐縮だが、切なく悲しくもなる。

 

 さて、この生前退位だが、世界では結構あり格別に珍しいものではない。外国の王室では国王らが自らの意思で地位を譲る例が多く、主に高齢や健康上の理由で古くから退位してきた。特に近年のヨーロッパでは、高齢な国王らの退位が相次いでいる。21世紀になってからの退位例を紹介しよう。

 

●カンボジアのシアヌーク国王(2004年10月)

 1941年4月〜1955年3月と1993年9月〜2004年10月と2度も在位した。2度目は高齢や健康問題などを理由に生前退位した。因みに、カンボジアの混乱した歴史にも拘わらず、2度にわたり国王のほかに大統領や首相などになったので、ギネスブックは「世界の政権で最も多くの経歴を持つ政治家」と認定した。

 

●ウータンのワンチュク国王(2005年12月)

 国民向け演説で2008年に総選挙を実施して民主化を進め、退位する方針であることを明らかにした。この年3月にはブータン初の成文憲法制定に向けた草案を発表し、民主的な立憲君主制を政体として明記した。また65歳の国王定年制の導入も掲げ、翌年に息子の皇太子に王位を譲る勅命を出した。

 

●クウェートのサアド首長(2006年1月)

 皇太子時代から体調が思わしくなく、公の場にほとんど姿をみせない状態が続いた。そこでクウェートの国民議会は、サアド首長を健康面で懸念があり、職務が遂行できないとして退位させることを全会一致で決めた。サアド首長の在位はわずか10日であった。

 

    

    天皇陛下   シアヌーク国王  ワンチュク国王       サアド首長

           (インターネットより転用・加工済み)

 

●オランダのベアトリックス女王(2013年1月)

 1980年にユリアナ女王から譲位され、女王に即位した。2013年初頭にテレビ演説し、長男のウィレム・アレキサンダー皇太子に王位を譲ると表明し4月30日に退位した。オランダでは3代女王が続いたので、男性の国王は123年ぶりであった。因みに、オランダの憲法では退位時の継承方法を定めており、ベアトリックス女王まで3代続けて自ら退位した。

 

●バチカンのベネディクト法王(2013年2月)

 ドイツ出身の第265代ローマ法王は、2005年4月に即位した。退位の日は法王庁からヘリコプターでローマ郊外にあるカステルガンドルフォの離宮に移り、「一人の巡礼者として、最後の歩みを始める」と最後の言葉を語った。719年ぶりに自由な意思によって生前退位し、名誉教皇となった。

 

●ベルギーのアルベール2世(2013年7月)

 1993年8月に即位したが、高齢と健康上の理由から退位して長男のブラバント公フィリップに譲位した。1831年に現在のベルギー王室ができて以降、国王が自発的に退位するのは初めてであった。退位後も「ベルギー国王アルベール2世陛下」の称号は維持された。

 

●スペインのフアン・カルロス1世(2014年6月)

 1975年11月に即位し、フランコ独裁後のスペイン民主化の擁護者として信望があった。またヨットの代表選手としてオリンピックに出場し、2002年のユーロ導入まで発行されていたスペイン紙幣に肖像が使用された。しかし、アフリカでの象狩りツアーなどが発覚し、経済危機で苦しむ国民に不満が高まり退位を余儀なくされた。

 

    

ベアトリックス女王  ベネディクト法王  アルベール2世   カルロス1世

 

 因みに、イギリスでは90歳のエリザベス女王が在位64年と歴代最長だが、これまで退位が検討されたことがない。英王室に生前退位の規定はなく、あくまで本人の意思によるとされる。なお、1936年にエリザベス女王の伯父にあたるエドワード8世は、米国人女性と結婚するために在位わずか1年足らずで国王を退位した。

 

 私ことワールド・トラベラーはもちろん、上記の国々をすべて訪問済みで、特にクウェートは商社マンとして1971年〜1974年に駐在したことがある。同国の国王一家、サバーハ家を熟知しているが、隣国のサウジアラビアなどと共に国王は絶対的である。半世紀近く経った今でも、家族(妻・小学生であった長男と次男)と一緒に過ごした貴重なイスラムの生活体験を懐かしく想起する。

 

       −−− クウェート駐在時代の懐かしきスナップ −−− 

 

    サバーハ家の看板前で家族と共に    勤務先の事務所で執務する

       (右端が筆者)         ワールド・トラベラー

 

 因みに、筆者にはクウェートに関する下記著書があり、ご購読願えれば誠に幸甚です。

 

       ワールド・トラベラーだけが 知る素顔のイスラム 

            新潮社 定価1,500円+税 

         シリアやイスラム国(IS)なども詳しく解説

    

 なお、幣著書のお買い求めはアマゾンなどのインターネットショッピングや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。
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世界卓球2017とドイツ・デュッセルドルフの想い出
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 先々月に傘寿を迎えたのを機に、最近またテレビを視聴する時間が激減した。10年ほど前まではサスペンスドラマに嵌まっていたこともあっただけに、隔世の感だ。何故か観たいという気持ちにならないのは、ひょっとしたら認知症の前兆かも知れない。ところが、5月29日からドイツのデュッセルドルフで始まった卓球の世界選手権の番組放映は例外で、連夜遅くまでテレビに釘付けになっている。

 理由は若い日本選手たちの大活躍で、メダル奪取が続くからだ。筆者が若かりし頃は体操と共に卓球日本の全盛時代であったが、その後は中国などに歯が立たなくなってしまった。ところが開催中の世界卓球では、日本勢の連日のメダルラッシュで熱い。特に男子シングルで13歳の中学生の張本智和選手をはじめ、女子シングルの平野美宇選手、男女ダブルスや混合ダブルスでも快進撃が続く。3年後の東京五輪を控えているだけに、頼もしい限りである。

 

             −−− 大活躍の日本選手たち −−−

  

   男子シングル      混合ダブルス     女子シングル

         (インターネットより転用・加工済み)

 

 さて、世界卓球の舞台になっているデュッセルドルフと言えば、今からちょうど10年前の2007年6月に訪れた旅の想い出が沸々と湧いてくる。同市はライン河畔の大商都で、人口は約61万人。日系企業が数多く進出しており、ノルトライン・ヴェストファーレン州の州都である。

 また、ブルーバナナと呼ばれる、経済的にも人口的にも発展した地域内に位置し、金融やファッション、世界的な見本市で知られる。既に2015年3月31日付けの幣ブログ『ドイツ周遊(その1)と衝撃のドイツ航空機墜落事故など』で若干触れているが、今回はもう少し詳しく紹介しよう。

 

    ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆


  著名な作家・詩人のハイネを生んだ街はドイツ有数の大商業都市であるが、観光的には見るべきものは多くない。しかし、ライン川沿いにある旧市街アルトシュタットは古い石畳や小道が歴史を感じさせ、こじんまりとしているが意外に見どころが多い。その中心にあるマルクト広場に面して後期ゴシック様式と初期のルネッサンス様式を取り入れた旧市庁舎が建ち、その前には選帝侯ヨハン・ヴィルヘルム2世、通称ヤン・ヴェレムの騎馬像が立つ。

 

  

ライン川と旧市街の聖ラン  旧市庁舎と騎馬像を     マルクト広場

ベルトゥス教会など俯瞰    背にする筆者

 

 広場から300mほど北には、聖ランベルトゥス教会がある。1380年に建てられた教会は、デュッセルドルフ最古の教会で、バジリカ(中廊が側廊より高い教会)で有名だ。外見は質素なスタイルのレンガ風ゴシック様式だが、印象的な高い尖塔は遠くからでもひときわ目立つ。内部で見逃せないのが黒や灰色のシックな色味のステンドグラスで、彫刻やレリーフも歴史の重さを感じさせる。

 

 一方、騎馬像の前から始まる「世界で一番長いカウンター」と呼ばれるボルカー通りを行くと、右側にハインリヒ・ハイネの生家がある。1797年にユダヤ系商人の家庭に生まれたハイネは、大学卒業後は商人や法律家志望などを経て、ドイツを代表する作家であり抒情詩人になった。また、自由を求めて生涯戦い抜き、行動的な芸術家として世界中に多くの愛読者を持つ。因みに、生家の現在は、ビーアアカデミーというビールレストランになっている。

 

 このレストランから北東およそ1kmには、緑豊かな公園が広がるホーフガルテンがある。かつて宮廷の狩場であった公園では、約2万6000屬旅大の敷地に池や花壇、博物館などが点在して市民の憩いの場となっている。また、この公園の外れにあるイエーガーホーフ城は狩猟用の館であったが、現在はゲーテ博物館になっている。ゲーテにまつわる約3万点に及ぶ資料が集められ、作品『ファウスト』の自筆原稿などが展示され興味深い。

 

  

   ホーフガルテン     ハインリヒ・ハイネの生家   ゲーテ博物館

 

 ヨーロッパで海外在留邦人が多い都市は、1位がロンドン、2位がパリ、3位がデュッセルドルフである。また、ライン河畔の都市としてはケルンやボンのほうが見どころが多いが、ヨーロッパ有数の日系企業の拠点になっているデュッセルドルフには日本の旅行者を懐かしく祖国を想起させる魅力があるようだ。

 特に街の中心を走るインマーマン通りには欧州最大の日本人街があり、飲食店などに「アルバイト募集」という日本語で書かれた外看板やチラシを目にする。日本料理店やラーメン店、スーパーや雑貨店に至るまで、この界隈ではすべて日本語でOKであるとか。 

 

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後記

 混合ダブルスでは吉村真晴・石川佳純のペアが金メダル、男子ダブルスで森薗政崇・大島祐哉のペアが銀メダルと丹羽孝希・吉村真晴ペアが銅メダル、女子シングルスで平野美宇が銅メダル、女子ダブルスで伊藤実誠・早田ひなのカップルが銅メダルを獲得した。いずれも16年〜48年ぶりの快挙だ。(6月5日)

 

                     ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

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G7タオルミーナ・サミット2017開催のシチリア島の旅(イタリア紀行-2)
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 地中海で最大の島はどこか、ご存知であろうか?広さは北海道の3分の1ほど、2万5702km2の面積を持つイタリアのシチリア島である。

 

 5月26日〜27日、G7サミット首脳会議がシチリア島のタオルミーナで開催される。出席者は我が日本の安倍晋三首相をはじめ、ドイツのアンゲラ・メルケル首相、アメリカのドナルド・トランプ大統領、フランスのエマニュエル・マクロン大統領、イギリスのテリーザ・メイ首相、イタリアのパオロ・ジェンティローニ首相、カナダのジャスティン・トルドー首相の7ヵ国のリーダーたちだ。ほかに、欧州連合(EU)から大統領と欧州委員会委員長が加わる。

  この1年間で各国首脳陣の顔ぶれが大幅に替わり、アメリカ、フランス、イギリス、イタリアは新顔になった。一方、森友学園や加計学園の疑惑問題を抱えながらも相変わらず一強を続ける安倍首相は、メルケル首相に次ぐ古参になった。最近では共謀罪法案や憲法9条の改憲などで世論を無視した強引な政治手法が気懸かりだが、来年のサミットでもその名があるであろうか?

 

   

 

 今年のサミットで主人公になるのは、やはりトランプ大統領であろう。既にサミット前から種々話題を提供し、大いに注目されている。例えば、就任後初の外遊先は歴代大統領たちが出かけたカナダやメキシコではなく、5月20日に訪問したサウジアラビアや22日に入るイスラエル、いわゆる中東である。特に、サウジアラビアでは約1100億ドル(約12兆円)の武器売却を決めるなど、得意のビジネスで商談をまとめてご満悦だ。自身はロシア・ゲート疑惑など様々な内憂を抱えながらの外交デビューだが、三大宗教(キリスト教・イスラム教・ユダヤ教)ゆかりの聖地を訪ねてイスラエルとパレスチナの中東和平の仲介に乗り出すよう。

 中東に加え、ローマ法王と会見するバチカン、北大西洋条約機構(NATO)と話し合うベルギーを訪問後にG7サミットに臨むわけだが、圧力を続ける北朝鮮問題などでは国際的な指導力を発揮したい目論みもあるようである。筆者の私見としては、近年は形骸化して仲良しクラブになり無力化したG7を、トランプ大統領辺りが問題提起(中国やロシアの参加など)して再構築してもらいたいものだ。また、その一部をG7でのキャリアを活かして安倍首相にも担って欲しいが、果たしてその度量があるのであろうか? 

 

  さて、本題のG7サミットに戻ろう。首脳会議はシチリア島随一の景勝地と言われるタオルミーナで開催される。私ことワールド・トラベラーは2000年4月に妻と共に麗しのシチリア島を周遊したことがある。実は2年前より認症で入院中の妻だが、第2のハ

ニームーンを楽しんだかのような彼女との懐かしき想い出はあたかも走馬灯に映る影のよう。以下、その旅の模様を紹介しよう。

 

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 地中海文明の十字路に位置するシチリア島(州)はかつてマフィアで恐れられたが、今は保存状況も良好な古代遺跡も残る平和なリゾートアイランドである。最大都市は島の北西岸にある州都のパレルモで、人口は約68万人はイタリア第5の大都市だ。かつてフェニキアの植民都市がその起源で、ドイツの文豪ゲーテは「世界で最も美しいイスラム都市」と称えた。ビザンチン・アラブ・ノルマン様式が巧く溶け合う街は、旧市街と新市街に分かれるが、見どころは歴史遺産が集中する旧市街だ。

 パレルモの歴代王の墓がある大聖堂カテドラーレは、12世紀末に建てられたシチリア・ノルマン様式の壮麗な教会だ。世界最大級のパイプオルガンや、大聖堂と鐘楼をつなぐゴシック式のアーチがひときわ目立つ。12世紀中頃建立のサン・ジョヴァン二・デリ・エレミティ教会は、アラブ・ノルマン様式の赤いドームが愛らしく、イタリアらしからぬ雰囲気が漂う。「4つ辻」を意味するクワトロ・カウンティーという交差角では、外壁がスペイン・バロック様式の彫刻で飾られた建物が並び興味深い。

 

                                 −−− パレルモ −−−

   

カテドラーレ前の筆者と妻  サン・ジョヴァン二・ モンレアーレの回廊 

             デリ・エレミティ教会  キオストロと中庭

 

 郊外では、パレルモ市街から南西8km、カプート山の中腹にあるモンアーレが一押し。1176年に完成したノルマン・アラブ様式のドゥオモは、聖堂内部がアダムとイブなどのモザイクで覆われ、その美しさは溜め息が出るほど。また、聖堂の横にあるベネディティーニ修道院では、モザイクで彩られた回廊キオストロが中庭を囲み、イスラム風でスペインのアルハンブラに似た感じだ。

 

 次に、サミットが行われるタオルミーナはパレルモから東240kmほど、島の北東部に位置する人口約1万人の小さな町である。エトナ山とイオニア海を望むシチリア島きっての風光明媚なリゾート地で、観光名所の旧市街は標高206mの高台にある。前にはエメラルド色のイオニア海に面し、美しく湾曲する海岸線が遠くまで見渡せ、背後には雄大なエトナ山を望むパノラマが最高に素晴らしい。メインストリートのウンベルト通りでは、洒落たレストランやお店が軒を連ねる。

 ハイネやバイロンも絶賛したギリシア劇場は、シチリアで2番目に大きい収容人員4400人の劇場で保存状態が良好である。劇場舞台の後ろには、シチリアの最高峰3323mのエトナ山がそびえ絶景だ。見晴らし抜群のもうひとつのポイントしてお薦めしたいのが、町の南側の崖の上にある市民公園。ブーゲンビリアなどの熱帯植物も茂る公園テラスから眺めるイオニア海と海岸線は、言葉を失うほどの美しさだ。旧市街がある高台以外では、イオニア海に面したマッファーロ海岸がゆったりと寛げる穴場だ。

 

                                     −−−  タオルミーナ −−−

  

ギリシア劇場とエトナ山  イオニア海を背にする イオニア海沿いの海岸

            妻とワールド・トラベラー

 

 上述のほかに、ギリシア神殿遺跡が残る神殿の谷があるアグリジェント、幾何学者アルキメデスが生まれたシラクーサの古代ギリシア劇場やディオニシオの耳という洞窟、セジェスタのギリシア神殿などが見逃せない。

 

  

    アグリジェント:    シラクーサ:            シラクーサ:古代  

  コンコルディア神殿    ディオニシオの耳          ギリシア劇場

 

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 1975年にスタートしたG7は、 最盛期には世界全体の国内総生産(GDP)の7割近くを占めたが、近年のG7シェアは半分以下に低下してしまった。一方、ロシアや中国、インドなどの新興国も参加する20カ国・地域(G20)の発足で、G7は単なる「先進国の社交クラブ」と揶揄される始末だ。また、トランプ大統領が自説の「米国第一」に拘るあまりG7で指導力を発揮できなければ、形骸化はさらに進んで無用論が声高に上がろう。

 

(後記)

 G7タオルミーナ・サミットは27日に首脳宣言を採択して閉幕した。「米国第一主義」をとるトランプ米国大統領の初参加で、北朝鮮問題やテロ対策などでは足並みは揃ったが、自由貿易や地球温暖化では意見調整は難航した。米国は最終的に「開かれた市場を堅持し、保護主義と闘う」との文言を首脳宣言に盛り込むことを受け入れたが、G7の形骸化に歯止めをかけることは出来なかったようだ(5月27日)。

 

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    −−− 国境の無い平和な「世界の人形館」の館内風景 −−−    

      

 但し、セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。
 TEL:04−7184−4745 又は Eメール: ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

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アリタリア航空の破綻と麗しのイタリア紀行(1)ローマ編
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 世界遺産が最も多い国をご存知であろうか?答えは51もあるイタリアだ。少し旧聞になるが、そのイタリアの象徴の一つが風前の灯火である。2000年以上も前から歴史と夢を織り成してきた「永遠の都」と呼ばれるローマへ飛ぶフライトと言えば、すぐに思い浮かぶのがイタリアの大手航空会社、アリタリア航空だ。実は同航空が今月初め(5月2日)に、特別管財人の下で事業再建の手続きを政府に申請することを決めたのだ。事実上の経営破綻である。

 因みに、アリタリア航空は慢性的な赤字がずっと続き、2008年にも経営破綻している。2014年にはアラブ首長国連邦(UAE)のエティハド航空の出資を受けて再建に取り組んだが、格安航空などとの競争激化もあり業績が改善しなかった。3月中旬には経営陣から大幅な人員削減を含む再建策が示されたが、従業員側が拒否した。リストラを前提とした増資の見通しも立たなくなり、自力再建を断念したものだ。当面は予定通り運航を続け今後はリストラによる事業継続や売却を目指すが、前途は多難で清算に追い込まれる可能性もある。

 

 一見華やかな航空業界も、近年は格安航空LCC(Low Cost Carrier)の伸びもあり経営環境が厳しいようである。古くはアメリカを代表する企業の一つであったパンナム(Pan Am)航空が、1991年12月に倒産した例が有名だ。全盛時は世界中に路線を張り、一時は米国繁栄の象徴にもなった黄金時代があった。しかし、日本航空(JAL)のような国営会社ではなかったため、様々な悪条件に対処できなかったのが命取りになった。

 同社はインター・コンチネンタル・ホテル系列や、ニューヨークのPan Am ビルの売却を始め、太平洋路線を同業他社(UAL)に売却するなど、様々な手段を講じて生き延びようとした矢先に、援助を申し出ていたデルタ航空が土壇場で約束を翻したのが致命傷で倒産を余儀なくされた。パンナムが営業停止を宣言した時には、世界各地に停泊中であったパイロットや客室乗務員はそのまま置いてきぼりにされたとか。まさに突然の倒産劇は、25年以上経った今でも当時のショックを筆者は鮮明に脳裏に焼き付いている。

 

  

 空港駐機のアリタリア機 飛行するアリタリア機  パンナム本社を背に

                        する筆者(1983年)

 

 さて、アリタリア航空の本拠地イタリアへは1974年12月の初訪問以降、直近の2010年8月まで6回も訪れているほど大好きな国だ。今回は同国観光のハイライトであるローマの旅の想い出などを綴ってみよう。

 

   ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆

 

 イタリアの地を初めて踏んだのは商社マン時代の1974年12月で、駐在地のクウェートから家族(妻と当時小学生であった2人の息子)を引率して旅行したものだ。首都ローマは夢誘う大都会の華やかな装いの中にも、2000年の歴史と伝統が脈打つ。古代ローマ帝国から、中世・ルネッサンスを経て現代まで膨大な遺産が、街のあちこちに残されている。

 2000年4月の旅は、妻と26年ぶりに訪れたセンチメンタル・ジャーニーであった。「街そのものが博物館」「ファッションと芸術の故郷」など、様々な形容詞で飾られるが、あまり変貌しておらずホッとした。2005年3月に一人で訪れた時は、従来観光しなかった所を回った。どこから見学したらよいのか頭を悩ますほど、見どころが実に多いのがローマの魅力である。必見のスポットを筆者の独断と偏見で紹介しよう。

 

 何度観てもスケールが大きいと実感するのが、「コロッセオがある限りローマはえ、コロッセオが滅びる時はローマが滅びる」の諺で知られるコロッセオだ。西暦80年に完成した楕円形のローマ帝国の競技場は、高さ57mの4階建て、周囲527m、収容人員5万人と、とにかく圧倒されるほど巨大である。またアーチが重なる外観は迫力があり、すり鉢上の観客席を囲う壁の頂上高は48mで、登るだけで息が切れるほどだ。

 

           −−− コロッセオ3景 −−−

  

家族と共に(1974年)    コロッセオ全景      妻と剣闘士(?)

                         と筆者(2000年)

 

 古代ローマ遺跡の壮大さについては、広場という意味を持つフォロ・ロマーノも見劣りしない。広い敷地内に円柱が並ぶ商取引の場エミリアのバジリカ、レンガ造りの4階建ての元老院、高さ23mの堂々としたセヴェルス帝の凱旋門、フォロの中央部を抜けるメインストリートの聖なる道など、見どころが目白押しだ。古代ローマの民主政治の中心であったフォロ・ロマーノは、元老院・凱旋門・神殿の保存状況が良く、パラティーノの丘からこの遺跡全体が一望できる。

 世界最大の浴場、カラカラ浴場もなかなかスケールが大きい。217年に完成したカラカラ帝の浴場の今は廃墟化しているが、随所に往時の面影を残す。入口から中に入ると広大な庭園が広がり、正面に見える石垣はかつての水道施設だ。浴場と言えども場内には、図書館・体育館・礼拝堂などがある。いわゆる社交場にもなっていたようだ。

 

  

 フォロ・ロマーノ全景  妻とフォロ・ロマーノ散策   カラカラ浴場

 

  ローマ有数の観光名所とされるスペイン広場では、ピンクや白の鮮やかな花で飾られたスペイン階段に大勢の若い人達が座り込み、華やかで明るい雰囲気が心地良い。この広場の近くにあるトレヴィの泉は、肩越しにコインを泉に投げ入れると再度ローマに来ることができるというエピソードがある。宮殿をバックに海神ネプチューンとトリトーネが躍動する泉は、記念撮影をする人たちでいっぱいだ。

 街の西側を南北に蛇行するように流れるのがテヴェレ川である。パラティーノ橋付近と、川に浮かぶ船のようなティベリーナ島を散策したが、静かで落ち着いた風情が最高であった。ローマのランドマークと言われるヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂は、16の円柱が弧を描くコロナーデがネオ・クラシック様式で圧巻だ。

 

  

   トレヴィの泉         真実の口  ヴィットリオ・エマヌエーレ

                          2世記念堂

 

 「すべての道はローマンに通ず」のひとつアッピア街道沿いにあるサン・カッリストのカタコンベは、地下4層で長さ10km以上もあり、約10万人が葬られている最大の地下墓地である。歴代の法王などが祭られており、内部のフレスコ画や装飾は見逃せない。ほかに、映画「ローマの休日」で有名になった真実の口、内部モザイクが必見のサンタマリア・マッジョーレ大聖堂も見逃せない。

 

   ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆

 

 上記の写真で筆者のパートナーが4度も元気な頃の姿をお披露目した。だが、2年前より不治の病、認知症を患い、来世への旅立ちは時間の問題という悲しく切ない現実だ。アリタリア航空の破綻といい、会社も人も未来永劫ではないのが世の常なのであろう。

 

                ◇◇◇ お知らせ ◇◇◇
              

 私ことワールド・トラベラーにはイタリアに関する下記著書があり、ご関心ある方は是非ご愛読下さい。 

 

書名 出版社 定価 表紙

私はワールド・トラベラー
世界257ヵ国・地域を

旅した男

文芸社 1,500円
トラベル・イズ・トラブル 
安全な旅は退屈だ!!
ルネッサンス

・アイ 

1,300円

 

 幣著書のお買い求めは、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。
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緊迫する北朝鮮情勢と平壌の今昔
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 その後も北朝鮮の一触即発の挑発は止む気配が無く、朝鮮半島はもちろん我が日本でも緊張度が増す昨今である。特に去る4月25日に行われた金日成国家主席生誕105周年祝いを挟み、北朝鮮は(作為的に?)失敗したものの度々弾道ミサイルの発射を続ける。過日傘寿を迎えた筆者から見れば弱冠33歳は孫に等しいが、超大国の米国に臆することなく敢然と立ち向かう金正恩朝鮮労働党委員長の度胸には、むしろ畏敬の念すら持たざるを得ない。

 彼らのもっともな言い分として、最近では米韓合同軍事演習や米軍による韓国での弾道弾迎撃ミサイルシステム・THAAD配備などに対抗するためとする。国際社会では北朝鮮が悪者視されているようだが、果たして真相はそうであろうか?同国の後ろ盾になっている中国もさすがに手を焼いている模様だが、真意はそうであろうか?もし、中国が北朝鮮を見放せば、手ぐすねを引いて自陣に引き込もうとする抜け目ないパトロンがいるはずだ。例えば、ロシアのプーチン大統領である。

 

 過去の米国政権は北朝鮮問題につき、6者協議などのソフトな対話路線を採ってきた。しかし、核実験を繰り返し、ミサイルも米国本土まで飛ぶ恐れが出てきた。そこでトランプ米国大統領は従前の対話は失敗であったとし、「全ての選択肢がテーブル上にある」という転換をしようとしている。具体的には、北朝鮮の核・ミサイル施設への先制攻撃や金正恩政権崩壊が検討されているとか。また、米国は北朝鮮に大きな影響力を持つ中国の協力を期待するが、中国が真剣に取り組むか極めて疑問が残る。

 

           北朝鮮の弾道ミサイル射程図(韓国国防省資料等から) 

   

 

 昨日(5月1日)トランプ政権は発足後100日を迎えたが、大統領選で公約した案件がほとんど実現されていないのが現実のようだ。いわゆる、内政の失敗(と決めつけるのは早計だが)を外交で一気に挽回しようとするのであろうか?もし、米軍が先制攻撃すれば、北朝鮮は先ず韓国や日本にある米軍基地などに反撃するであろう。そうなれば多数の死傷者を出すのは不可避であり、米国も簡単に攻撃できず戦争に至らないであろう。楽観的な見方かも知れないが・・・。

 

 それにしても我が国の反応は些か過敏すぎるようだ。4月29日の北朝鮮ミサイル発射(失敗したが)後に東京の地下鉄などが一時運行を見合わせたが、一方では同時刻の韓国のソウルは普段通りで変わらなかったと聞く。また、米国は北朝鮮に圧力を強めるため、巨大な原子力空母カール・ビンソンを日本海に派遣したが、我が海上自衛隊は護衛艦「あしがら」と「さみだれ」を日米共同訓練と称して護衛させた。

 さらに昨日には安全保障関連法に基づく任務として米艦防護を行うため、海上自衛隊最大級のヘリコプター搭載型護衛艦「いずも」が横須賀基地を出港し米国の補給艦と合流した。昨年11月には南スーダン国連平和維持活動(PKO)に派遣された陸上自衛隊の部隊に駆け付け警護が付与されたのに続く実任務で、安保法に基づく自衛隊の活動がいよいよ本格化する。しかし、米国と北朝鮮との軍事的緊張が高まりつつあるだけに、米軍との一体化は北朝鮮の我が国への攻撃の懸念が一層強まったと言えよう。

 

 さて、物騒な事この上ない北朝鮮だが、今から22年前の1995年の今日、私ことワールド・トラベラーは同国に滞在していた。ちょうど訪問時に平壌で「平和のための国際スポーツ及び文化祭典」が開催され、アントニオ猪木が米国のレスラーとプロレスの試合をして祭典を盛り上げていた。

 その時の模様は2012年1月2日付け幣ブログ『北朝鮮−「社会主義の化石」国家への旅』で詳しく紹介済みである。あれから20年以上も経ち、テレビや新聞など報道される首都・平壌の変貌ぶり、つまりビフォーアフターなどに触れてみたい。

 

 先ず、空の玄関口だが、順安空港という空港が平壌市内から北に約24kmのところにある。しかし、それは驚くほど小さくて貧弱で、1本の滑走路と金日成の肖像画が掲げられたこじんまりとしたターミナルビルがあるだけ。これが一国を代表する国際空港かと目を疑いたくなるほどで、まるで地方空港のような佇まいであった。

 しかし、インターネットなどで調べると、現在は2本の滑走路を持つ立派な平壌国際空港になった。また、国内線と国際線の合計2つの新しいターミナルができ、2階建ての建物は明るく開放的な雰囲気である由。因みに、筆者がかつて降り立った1階建てが寂しかった旧ターミナルは、2011年まで利用されていた。

 

           −−− 平壌空港の今昔 −−−

  

       ビフォー            アフター 

 (1995年4月に訪れた筆者)

 

 さて、市内観光で最初に訪れたのが、都心を流れる大同江西岸の高台に位置する万寿台である。前年の1994年に死去した金日成主席の高さが33mもある堂々たる銅像が立ち、泣きながら献花する人々が絶えなかった。銅像の左右には2つの大記念碑、背景には革命伝統を象徴する白頭山壁画がある。その巨大な壁画(石モザイク)の幅は70m、高さは13m近い。

 一方、現在の万寿台は金日成主席の銅像の左に2011年に死去した息子の金正日総書記の銅像が立ち、親子2代の指導者像が並ぶ。因みに、革命の象徴とも言われる万寿台の付近には、立法機関である最高人民会議が開かれる万寿台議事堂、北朝鮮の芸術の中心地的存在である万寿台芸術劇場、千里馬(チョンリマ)銅像などがある。

 

              (万寿台の今昔)  

           

      ビフォー            アフター   

 

 一方、対岸にある大同江の東岸では、以前は北朝鮮の公式イデオロギーを表現するチュチェ(主体)思想塔以外に特筆すべき建物が無かった。しかし、近年は高層ビルが建ち並び、特に最近話題になっているのが、大同江沿いに建設された未来科学者通りの高層住宅群である。この超モダンなニュータウンには約4000所帯の住宅と150余りの商業施設が設けられ、国家の科学研究機関もあると言うから凄い。

 因みに、この通りの命名者は金正恩委員長自らであるとされ、北朝鮮当局は未来科学者通りの宣伝に余念がない。平壌市内の大学や科学技術研究機関の研究者が入居対象となっているが、彼らは引っ越しをためらっているらしい。理由は冬が寒くて不可欠の暖房設備がなく、温水も出ないという噂が広まっているためだ。さらに、53階建てのアパートがわずか1年で建てられたが、何か大事故が起きるのではないかと懸念の声も出ているとか。

 

         −−− 大同江沿いの今昔 −−−

   

                    ビフォー            アフター

 

 以上、平壌の変貌を簡単に紹介したが、全般的には筆者が訪れた22年前とあまり変わっていないようだ。最も変貌したのは、金正恩委員長により米国や中国が手を焼くほどの超危険な国家になったと言うことであろう。しかし、誰が北朝鮮をかくも変質させたのかにつき、誰も発言しない国際社会の摩訶不思議が気掛かりでならない。

 

             ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇     

 

 私ことワールド・トラベラーには北朝鮮に関する下記著書があり、ご関心ある方は是非ご愛読下さい。 

書名 出版社 定価 表紙

私はワールド・トラベラー 
世界257ヵ国・地域を

旅した男

文芸社    1,500円  

272の国と地域を制覇した

77歳のワールド・トラベラー

たった1人で紛争地を旅した 

幻冬舎 1,400円

 

 幣著書のお買い求めは、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。
お問い合わせ:
世界の人形館 TEL 04−7184−4745
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