世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
モスクに変わったアヤソフィアの想い出
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 トルコ最大の商都イスタンブールにあるアヤソフィアは、世界遺産の博物館として有名である。支配者が変わるたびにその用途が変更されてきた数奇な運命を持ち、何と一昨日(7月24日)モスクに変わってしまったのだ。86年ぶりとなる金曜日の集団礼拝が行われたが、イスラム教の価値観を重んじるトルコのエルドアン大統領の決定には特にキリスト教圏から失望の声が上がった。今後はキリスト教徒が多い欧米諸国などとの溝が深まることも懸念され、トルコが念願とする欧州連合(EU)加盟も遠のくのではなかろうか?

 アヤソフィアはビザンツ帝国時代の537年に当時のコンスタンチノープル、現在のイスタンブールにキリスト教の大聖堂として創建され、1000年近くギリシャ正教の総本山であった。しかし、1453年にオスマン帝国のもとでイスラム教のモスクに改修され、ミナレットという4つの塔が立てられ、内部には「預言者ムハンマド」などと書かれた円盤状の飾りが設置された。その後アタチュルク初代大統領による近代トルコ建国後の1934年に博物館に変更され、異なる宗教や文化の共存の象徴とも呼ばれてきた。

 

 

  アヤソフィアを俯瞰    アヤソフィアの内部

 

 礼拝は新型コロナウイルス対策として、マスクを着用して互いに距離をとって行われた。エルドアン大統領は礼拝の間に限り、キリスト教を題材にしたモザイク画などを布で覆うが、普段は従来通り公開するとしている。ところで同大統領の意図は、政教分離や世俗主義を掲げてきた国是に対し、イスラム教の価値観を重視する政策を進めてきた。以前は禁じられていた公の場でのスカーフの着用を解禁したほか、この度アヤソフィアのモスク化に踏み切った背景には政治的な動機もあるようだ。
 実はエルドアン大統領が率いる政権与党は昨年首都アンカラやイスタンブールの市長選挙で相次いで敗れるなど、最近人気に陰りも見えている。さらに新型コロナウイルスの影響で国内経済が大打撃を受け、国民の不満も多い。斯様な情勢下、アヤソフィアをモスクに戻すことで、保守的な支持層を繋ぎ止める狙いがあったのではと憶測されている。キリスト教圏からの失望の声に対して同大統領は、「アヤソフィアをどう使用するかはトルコの主権に関わることだが、今後とも誰もが訪問できるようにする」と述べて理解を求めている。

 

 世界で唯一アジアとヨーロッパという2つの大陸にまたがるイスタンブールを、筆者は1973年3月の初訪以降10度も訪れている。1975年9月には、家族(妻・長男・次男)を連れて行ったことがある。多彩な魅力に溢れた街は香港などに似た情緒もあり、旅情を誘う見どころが実に多いので何度訪れても飽きる事がない。トプカプ宮殿、ブルーモスク、アヤソフィヤ博物館、グランド・バザールの4点セットは、誰もが知っている必見の定番スポットだ。

 

 

 長男・次男と共に    1996年に訪れた筆者

  (1975年)

 

 中でも大好きな観光スポットが、数奇な運命を辿ってきたアヤソフィアである。トプカプ宮殿の隣に建っているアヤソフィアは、赤茶色の外壁が印象的だ。「ビザンチン建築の最高傑作」と評されるほど当初ギリシア正教の大本山として君臨しながら、後にイスラム勢力の拡大で回教寺院に姿を変えた。1932年にはケマル・アタチュルクが初代大統領になると、博物館として衣替えした流転の歴史がまず興味深い。

 1931年にアメリカ人調査隊により、内壁の中のモザイク画が発見後、ビザンチン時代の遺跡として注目されるようになった。必見はギリシャのロードス島で産出された軽レンガでできた直径31m、高さ56mの大ドーム屋根、マリア像やユスチニアヌス大帝などが描かれた多数のモザイク画、大ドームの中に掲げられ金色のアラビア文字で書かれた黒の円板、6本もある高いミナレット(尖塔)などがある。何度訪れても、見飽きない魅力がある。

 

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乱舞する大輪の花タイタンビカス
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 第2波を迎えた感のある新型コロナ感染拡大が気懸りな昨今だが、もう一つこの時期になると気になるのが大輪の花タイタンビカスである。アメリカフヨウとモミジアオイの交配種の花姿は、何となくハイビスカスに似ている。8年前から夏になると咲き乱れる愛しの花だが、今年も拙宅(世界の人形館)で1週間前の7月10日に開花した。今年は長梅雨の様相で遅れると思っていたのだが、意外に早く咲いてくれた。

 花径、つまり花の直径だが、例年の約20センチが今年は21〜22センチぐらいと大きい。数十メートル離れたところから見ても目立ち、筆者の手や顔と比べてもあまり変わらない。今年の特徴はなんと言っても、一日に30輪もの大量に咲くことである。その様は赤やピンク色の大きな蝶が乱舞するかのようで、豪華絢爛である。

 

 

  乱舞するように咲き乱れる 手のひらと同じ大きさ

 

花径が21センチ以上もある タイタンビカスに囲まれた筆者

 

 この花を観ると必ず想起するのが、昨年暮れに不治の病により77歳で永眠した妻である。55年間連れ添った彼女は、殊のほかタイタンビカスを愛好した。早朝に咲き始めるが、夕刻には萎んでしまうかりそめの移ろいが、走馬灯のように若かりし頃の彼女の残像と重なる。そう想うと寂しく切なくなる。

 また、3年前では拙宅によく遊びに来ていた孫のような「ことはちゃん」という女の子も、今や小学4年生になりスッカリ大人びた感じになった。この8年の間に鉢もどんどん増え、7人の人たちに株分けした。色々な夢を与えてくれ、想い出が尽きないタイタンビカスは、妻がいない今は私のパートナーのような存在かも知れない。

 

  

   亡き妻と(2013年7月)ことはちゃんと(2017年7月)

 

 因みに、タイタンビカスの開花模様については、以下の幣ブログで紹介しており、ご参考までに再度ご覧頂きたい。

2012年9月8日付け大輪の花を咲かせるタイタンビカスと琉球朝顔

●2014年7月9日付け『ギネス級!? ワールド・トラベラーが訪れた272ヵ国・地域を祝うタイタンビカス開花

●2015年9月1日付け『大輪の花タイタンビカスの二期作開花

●2016年7月18日付け『花の命は短しタイタンビカスと、人の命は短いニースのテロ

●2017年8月6日付『夏の花と花火を愛で過ぎ行く夏を想う

 

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| ガーデニング | 16:00 | comments(0) | - | - | - | ↑TOP
一国二制度が骨抜きにされた香港の今昔(2)
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 コロナ禍で世界が混乱するどさくさに紛れ込むように、「香港は死んだ」とか、「次の標的は台湾か」と言うような事態になった。一昨日(7月1日)は、香港返還23周年を迎えた。1997年のこの日に、英国の植民地であった香港は中国に返還された。中国として香港を英国から取り戻すことを決めたのは、1984年の中英共同声明。その後、1990年に香港特別行政区基本法が公布され、1997年の香港返還及び基本法施行と続き、一国二制度が正式にスタートした。しかし、1997年の返還から50年は一国二制度は変えないと言う中国の約束は、23年しか経たないのに、ものの見事に破られた。

 6月30日に開かれた中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会で、香港での反体制的な言動を厳重に取り締まる「香港国家安全維持法」が成立し、即刻施行されたのである。この国家安全法により香港の治安維持のために中国政府が直接介入することなり、50年間は高度な自治を認めると言う一国二制度が完全に骨抜きにされたのだ。開放的な自由をベースに長年繁栄を謳歌してきた香港だが、今後は特に経済への深刻な影響が懸念される。

 

 275ヵ国・地域を旅した私ことワールド・トラベラーは1970年10月の初訪以降6回も出張し、その後は旅行なども含め合計10度訪れている。また1977年7月にクウェート勤務から帰国途中、妻・長男・次男を帯同して訪れたことがある。今世紀に入り斯様に大変貌する香港につき、2019年6月9日付幣ブログ『一国二制度が骨抜きにされつつある香港の今昔(1)』で香港島側を紹介済みである。今回は大陸側の香港を詳述しよう。

 

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英国植民地時代(約50年前)

 中国名は彌敦道 ネイトントウというネイザン・ロードは香港随一の目抜き通りで、九竜 カウロンにある。尖沙咀 チャムシャツォイから旺角 ウォンコッまで南北に走る大通りでは、通りにせり出すような派手な看板が有名だ。尖沙咀の突き当りにはスターフェリー乗り場があり、対岸は香港島で情緒的風景が広がる。また、英国植民地の影響を受け、ロンドンで走っているような2階建てバスが香港でも見られた。ただし、本場のバスとの大きな相違点は、派手な色と漢字が入った車体であった。

 

        −−− スターフェリー乗り場 −−−

 

   対岸は香港島      長男・次男と共に

 

 一方、旺角から東方に向かうと、旧香港空港の啓徳空港 カイタックがあった。空港付近には多くの高層ビルが建ち、ビル内には商社マン時代に頻繁に訪れた縫製工場もあった。また、鉛筆のような高層ビルが林立する九龍の上空を飛行機がかすめるように離発着した古い啓徳空港は騒音問題などがあり、1998年7月にランタオ島に新しい空港がオープンし移転した。

 郊外は中国との国境に近い新界 サンカイの錦田 カムティンでは、のんびりした昔の中国ムードが溢れる田園地帯が広がっていた。道の両側には白油樹が立つ並木道を、天秤棒に鶏を入れた百姓たちが往来していた。そこは農耕する牛、道を横切るアヒルの群れなど、香港島や九竜にはないタイムスリップしたような別世界であった。

 

 

 ネイザン・ロード付近     啓徳空港近く

  

返還後(2004年)

 中国返還後に大きく変貌したのが、尖沙咀 チムシャツォイの南端にある海浜公園プロムナードである。ビクトリア湾と対岸の香港島がバッチリ展望でき、旧正月花火大会もここからの観覧が最高であった。ほかに見どころとしては、レンガ造りの旧九龍駅時計塔、スターフェリー乗り場、ビルが圧倒的に多い香港では正にオアシスで2つの噴水が美しい九龍公園などがあり、散策に絶好だ。

 香港随一の目抜き通りネイザン・ロードの佇まいは昔に比べてお洒落な感じになったが、派手な看板が目立つ雰囲気はあまり変わっていない。この通りの中ほどにある少々異様な建物が、イスラム教徒が信仰する九龍清真寺 カウロンチンチェンジー。お祈りの時間になると、多くのムスリムが礼拝に来る。このイスラム寺院から東へ向かうと、道教寺院の黄大仙廟 ウォンタイシンミウがある。香港の数ある道教寺院でも最も有名で、熱心な信者の参拝が絶えない。

 

 

 九龍半島の尖沙咀(手前)   旧九龍駅時計塔をバックに

   など俯瞰

 

 

ネイザン・ロードを     黄大仙廟

 散策する筆者

 

 郊外では、新界の高層アパートが建ち並ぶ沙田 シャティンの変わり様が人目を引いた。以前は数軒の家しか無かった寒村だったが、戦後大々的に埋め立てられ、高層アパート群の大団地に変わってしまったのだ。

 

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 早速、香港国家安全維持法の施行後の翌日(7月1日)、香港警察は香港独立を主張する抗議デモをした男女9人を逮捕した。今後は香港で逮捕された容疑者が中国本土で裁かれたり、或いは拘束されたりするかが焦点になろう。また、民主派団体が香港の将来を懸て相次いで解散する動きが見られ、民主活動家も香港を離れた。中国の強引なやり方に対し、欧米諸国が批判を強めており注目される。

 

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| 世界の旅ー中国など | 14:03 | comments(0) | - | - | - | ↑TOP
世界で最も新型コロナウイルス感染死亡率が高いベルギーの想い出
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 世界では今もなお、新型コロナウイルス感染拡大の勢いが止まらない。ついに本日(6月29日)、感染者数は大台の1000万人を超え、死者数も50万人に達した。特に人口100万人あたりの死者数は、ヨーロッパ諸国やアメリカなどの先進国が上位を占め、中南米がこれに続く。一方、日本をはじめアジア諸国の死者数は欧米に比べ、約100倍の差、つまり2桁ほども少ない。斯様に欧米に比べて非常に少ないのは、彼の地では驚きを持たれ、一種のミステリーとして不思議がられているようだ。

 その原因などに就いては、生活慣習や文化の違いが挙げられる。例えば、我が日本では元々マスクを着用する習慣があったし、室内では靴を脱ぐ文化がある。またハグやキスという体を接触させることが少ないのも、飛沫感染や接触感染を抑えているようである。だが、これらの要因以外として、遺伝子の違い、BCG接種、交差免疫(過去に似たウイルスに感染して得た免疫)などが囁かれている。

 

 さて、本題に戻り人口100万人あたりの新型コロナウイルス感染死亡率が最も高い国はどこか、ご存じであろうか?それはアメリカではなく、イタリアやスペインでもない。実はベルギーで、100万人感染すれば837人も死亡している。一方、我が国はわずか7.5人で、ベルギーの実に100分の1以下である。そんな新型コロナ感染大国のベルギーを筆者は1975年8月の初訪以降3度も訪れており、うち2度は故人になった妻・長男・次男を引率した懐かしい家族旅行であった。その旅の模様は2016年3月23日付幣ブログ『連続テロがあったベルギーの旅』で紹介済み。一部重複するが、同国への旅を再び回想しよう。

 

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 国土面積は日本の約12分の1、人口は約1140万人の小国だが、3つの公用語が使われる多様性たっぷりのが溢れる国である。先ず、首都ブリュッセルだが、1000年以上の歴史を持つ古都には見所が多い。ハイライトは古色蒼然たる石畳の大広場、縦110m、横65mもあるグラン・プラス一帯に集中している。文豪ジャン・コクトーに「絢爛たる劇場」と言わしめるほど、この広場ゆかりの形容詞は多い。その中心が広場の南側に建つ、高さ96mの市庁舎。ゴシック・フランボワイヤン様式の壮麗な建物は15世紀に建てられ、内部ではマクシミリエンヌの間のタペストリーが見ものだ。
 ほかに目ぼしい建物として、市庁舎の対面に建つ王の家は市立博物館になっており、実際には王様が住んだことが無い。広場の東側にあるブラバン公爵の館、その西側にあるスペイン王が庇護したギルドハウス(同業組合)であったビール博物館も見逃せない。現在ではこれら建物の大部分は、レストラン・カフェ・チョコレート屋・銀行・事務所になっている。因みに、市庁舎の東脇の道を250mほど歩くと、左角にジュリアン君という別名を持つ小便小僧 が立っているが、意外に小さいので少々驚かされる。郊外では、13km南東にあるナポレオンゆかりの古戦場ワーテルローが必見だ。


    
  ブリュッセル:市庁舎    ワーテルローの丘    ブリュッセル:小便小僧前
(妻とのツーショット)                   1975年妻・長男・次男と


 ブリュッセルに次ぎ絶対見逃せないのが、88km西北郊外にある「フランドルの水の都」と呼ばれるブルージュである。カリヨンが鳴り響き観光馬車が行き交う古都は、ハンザ同盟の町として「北のベニス」とも称えられる。この水郷に足を踏み入れると、時の流れを止めてしまったようなタイムスリップを覚える。「橋」を意味するブルージュはその名の通り、縦横に巡らされた運河に50以上の美しい橋が架かる。水都の中心にあるマルクト広場はヨーロッパでも美しい広場として5指に入り、その周りには47個のカリヨンがヨーロッパ随一の音色を響かせる市庁舎、町のシンボルになっている高さ88mの鐘楼を切妻屋根の建物が囲むようにして建つ。
 運河の写真を撮るなら、市庁舎裏の運河付近が一押しだ。町の南外れのベギン会修道院は、1245年フランドル伯夫人によって設立され、15世紀当時の修道服を身にまとったベネディクト派の修道女がひっそりと質素に暮らしている。この修道院のすぐ近くにロマンチックな愛の湖公園が広がり、豊かな緑に包まれた湖に白鳥が戯れる光景はまさに一幅の絵を観るよう。他界した妻と一緒の散策が忘れ難い。


 ブリュッセルの北西55kmほどに位置するゲントは、「青い鳥」の作者メーテルリンクの故郷として知られる。ブルージュのライバルとして張り合っただけに、多少似たところがある。20の島に70もの橋が架かるほど運河も多い古い町だが、東フランドル地方の中心都市として市街地規模は大きく現代的だ。最大の見どころは、16世紀に完成した旧市街にある聖バーフ寺院。数々の有名なフランドル絵画が収蔵されており、特にファン・アイクの祭壇画「神秘の子羊」が有名だ。町のほぼ真ん中を南北に流れるレイエ川の川岸沿いの通りには、中世の栄華を伝える壮麗なギルドハウスなどが建ち並び壮観である。


   
  ブルージュ:運河の畔    ゲント:ギルドハウス   ディナン:ムーズ河畔


 ブリュッセルの南東約82kmに位置するディナンは、北海に注ぐムーズ川沿いの町である。この川が造った絶壁の下に細長く開けた町は、断崖の下から見ても上から見ても美しい絵葉書のように風光明媚だ。ロープウェイで高さ100mの切り立つような断崖を上ると、1050年に築かれた城砦シタデルに着く。17世紀以降波乱に富んだ血なまぐさい歴史がとても信じがたいほど、ディナンの平穏な町並みと悠々と流れるムーズ川の大パノラマが広がる。それは息を呑むほど絶景である。断崖を下りてムーズ川の左岸(西側)を歩くと、対岸に建つノートルダム教会 がひときわ人目を引き、タマネギ型の尖塔が美しい。その背後に堅固なシタデルが堂々とそびえる。

 

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 1830年にオランダから独立したベルギーはフラマンとワロンの両民族が言語対立を繰り返しながら、現在の「ヨーロッパの心臓」とも呼ばれる地位を得た。27カ国が加盟し、総人口が約4億4700万人の欧州連合(EU)は、ブリュッセルに本部を置いている。ベルギーを抜きにしてヨーロッパの魅力は語れない。

 

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| 世界の旅−ヨーロッパ(西欧・中欧) | 17:57 | comments(0) | - | - | - | ↑TOP
中印衝突の地・ラダックの想い出
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 米国との貿易摩擦や新型コロナウイルス感染の震源地になった中国が、ひょっとすれば戦争を起こすかもしれないとの懸念が世界中にかなり広がっている様だ。最も懸念されるのは米中の偶発的な衝突だが、それよりも意外に風雲急を告げそうなのが中国とインドの国境紛争問題かも知れない。

 両国間の緊張は5月から続いていたが、ついに一昨日(6月15日)に起きた衝突では、中国とインド両軍合わせ60人以上の死傷者が出た。国境付近での両国紛争で死者が出たのは、1975年以来の45年ぶりのこと。新型コロナのパンデミックなど不安定な世界情勢下、このままでは1962年の中印国境紛争のような危機になるのではないかと憂慮される。

 

 今回の両国衝突は、インドが支配するジャンムー・カシミール州東部のラダック地区のギャルワン渓谷あたりで勃発した。現地はヒマラヤ山脈とカラコルム山脈に囲まれた標高4300メートルの険しい高地だ。15日夜に衝突が起こり、インド軍側に大佐を含む3人の即死者が出たほか、負傷者17人が翌日夜までに亡くなった。さらに数十人が行方不明で、中国側の捕虜となっている模様。

 両国は共に核兵器保有国であるだけに、斯様な緊張が今後どのような軍事力行使に進展するかどうか予断を許さない。15日の衝突では双方は火器銃器を使用せず殴り合いや投石などによる戦闘があったよう。インドのテレビ報道によれば、中国兵士もかなり殺害されたようだが中国側からは発表はない。

 

 

 

 インドは中国のほかに、パキスタンとも対峙するジャンムー・カシミールに就いては、筆者は2008年7月に訪れている。その旅の模様は、2019年3月12日付け幣ブログ『インドとパキスタンが領有権を争うカシミールの桃源紀行』で紹介済みだ。今回は中印両軍が衝突したラダック地方を、一部重複するが詳述しよう。

 

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 イスラム文化が息づくスリナガルから空路で東へ飛び、約45分後に行政的には同じジャム・カシミール州に属するが、チベット的な風土を持つラダック地方の中心都市レーに到着した。飛行中に機内から眺める風景も、緑豊かなスリナガル盆地から厳しく荒涼たるラダック山地に変わる。チベットが源流でインダス河の上流に位置するラダック地方は、「小チベット」とも呼ばれるほどチベット仏教(ラマ教)の世界が広がる。その中心的な役割を担うのがラマ教の僧院ゴンパで、その規模や豪華さは本場チベットの寺院を凌ぐものもあるほどだ。

 

 レーは本国インドの首都デリーの北およそ1040km、シュリナガルの西約430kmに位置し、パキスタンや中国との国境に近い。標高は3505mで、人口は約10万人。旧ラダック王国の都として栄え、僧院ゴンパなどがチベット仏教文化の影響を今も残す辺境の町である。今も中世の面影を残す市内では、旧レー王宮が必見である。

 

 

      旧レー王宮               レ―郊外で少年僧と共に

 

 町の北背後の岩山に聳える威風堂々の建物で、ラダック王国が繁栄した16世紀に築かれた。この王宮を眺める絶好ポイントのひとつは、旧市街の中心にあるメイン・バザール付近をお勧めだ。ほかにツェモ・ゴンパ、眺望抜群の丘の上に建つシャンカル・ゴンパ、目抜き通りのフォート通り、ソマ・ゴンパ、ジャミア・マスジッドなどを訪ねた。 

 

 レーを拠点にしてインダス河沿いの各地のゴンパを巡ったが、南東郊外43kmにあるヘミス・ゴンパが最も有名だ。17世紀前半に創建されたラダック最大のゴンパで、僧が神々の仮面をつけて豪壮に踊るヘミスの大祭で知られる。レーとヘミス・ゴンパの中間にあるティクセ・ゴンパは15世紀に険しい岩山に砦のように築かれ、チベット・ラサのポタラ宮を彷彿させる。

 

 

       ヘミス・ゴンパ                      ティクセ・ゴンパ

 

 ほかに、西郊外約60kmのリキール・ゴンパ、町の北外れの丘にそびえ建つ白亜のシャンティ・シャンカル・ゴンパも見逃せない。また、殺伐として不毛の感のあるラダック地方に潤いを与えるのがインダス河だ。レーの西郊外のゴンパ巡りは雄大で険しい渓谷を育むインダス河沿いに進み、特にザンスカル川がインダスに合流するポイントが絶景だ。

 

 

シャンティ・シャンカル・ゴンパ      インダス河

 

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 中国外務省によれば、本日に両国の外相は中印両軍間で15日発生した衝突を巡り電話会談し、国境付近の安定を維持することで一致したよう。だが、両軍は度々衝突を繰り返しており、直ぐに緊張緩和するかは不透明である。中米摩擦に加え、中印衝突の今後も注視する要があろう。

 

                ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

 カシミール問題を詳述した筆者(ペンネーム:高やすはる)の著書がありますのでご案内します。

272の国と地域を制覇した77歳のワールド・トラベラーはたった1人で紛争地を旅した!

      

      幻冬舎 定価本体1,400円+税 

 

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お問い合わせ:世界の人形館 
                     TEL 04−7184−4745

       携帯 090-8726-5599
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| 世界の旅−アジア | 10:49 | comments(0) | - | - | - | ↑TOP
全米に拡大した暴動の震源地ミネアポリスの想い出
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 また起きてしまったのが、アメリカで社会問題になっている黒人市民に対する白人警官の暴行致死事件である。5月25日アメリカのミネソタ州ミネアポリスで、白人警官が黒人男性の首を膝で8分間にわたって押さえつけ、後に死亡させた。黒人が警官に押さえられた時に「息ができない」と訴え、殺害されるまでを撮影した動画が拡散した。同国では警官の暴行事件が、以前から問題視されていた。特に白人警官による黒人への暴行事件は人種差別問題もはらみ、事件が起きる度に大きな関心と波紋を呼んできた。

 例えば、2014年7月17日にはニューヨーク州のスタッテン・アイランドで、黒人男性が白人警官から絞め技を使われて逮捕され、死亡する事件が発生した。また、同年8月9日にミズーリ州ファーガソンでは、18歳の黒人青年が白人警官から射殺される事件も起きた。

 5月25日の事件翌日から警官の暴行に憤ったミネアポリス市民が抗議デモを続け、28日にはそのデモが大暴動に発展した。市民は警察署に火をつけ、同署は火の海と化した。この死に至らしめた非道極まりない事

警察の人種差別的な

暴行への抗議デモ

件は、今や全米の30ヵ所以上で警察に対する抗議デモや暴動へと発展し、死傷者も出るほどだ。

 

 今回の「ミネアポリス暴動」ですっかり有名になった街を、筆者は2004年7月に訪れている。その旅と忘れ難いトラブルの模様を紹介しよう。

 

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 ミネアポリスはアメリカ中西部の北、シカゴの北西約670kmに位置し、古くから製粉業が盛んなミネソタ州最大の都市だ。ミシシッピー川を挟んで、人口が約38万人のミネアポリスと、州都で人口約29万人のセントポールは「ツイン・シティズ(双子の都市)」を形成する。無数の湖と豊かな緑に囲まれた双子都市は町の規模などは似ているが、両都市の個性は正反対である。前衛的な建築の町ミネアポリスが開放的に対し、行政の町セントポールは保守的である。双子の両者に共通するのはミシシッピー川沿いにあり、観光の方もミシシッピー河畔に焦点を定めた。

 ミネアポリスのダウンタウンの北にミシシッピー川が滔々と流れ、ヘネピン橋の少し下流にセント・アンソニー滝という人工の滝が流れ落ちている。落差はあまりないが水量が豊富で、滝の幅も138mもあってなり迫力がある。橋を渡るとセントポール側に入り、しばらく東方向に進むとワバシャ橋付近のミシシッピー河畔に出る。河畔からリバークルーズの船着場があり、早速遊覧船に乗った。川岸にそびえ建つ高層ビル群のスカイラインがなかなか調和が取れ優美だ。製粉業が盛んなため製粉工場なども見られ、牧歌的な田園風景が広がり時計が止まったような、ノンビリとしたクルーズを満喫した。

 

         −−−ミネアポリスの市街地を俯瞰−−

 

 

 

 ミシシッピー川に架かる  セントポールのリバークルーズ

  ヘネピン橋付近    船着場(対岸はミネアポリス)  

 

 ミネアポリス側で絶対見逃せない見どころがもう1つある。ミネアポリス彫刻庭園は40以上の彫刻彫像が点在する庭園で、全米でも最大規模を誇る。奇抜な作品が多い中で抜きん出るのが、大きなスプーンにサクランボがのった噴水のオブジェ、スプーンブリッジとチェリー。スプーンは長さ15m、高さ6mもあるジャンボサイズ。訪れた時は暑かったので、サクランボの茎の先から流れる水がとても涼しげに感じた。

 

     −−− ミネアポリスの彫刻公園 −−−

  

 

 ところで、ツイン・シティズの観光も霞んでしまうようなトラブルがあった。ラピッドシティからミネアポリスに向かうフライトの機内で、それまでに蓄積された疲労か或いは厳しい保安検査のストレスか、吐いた上に下痢をした。ホテルに着いて数時間休息したが、体調回復しないため急きょ近くの病院に駆け込んだ。受付に病状を説明し、待っている患者が、ほとんどいないのですぐ検査・治療してもらえるものと思っていた。しかしその後、医者・看護婦・検査技師など5〜6人からまったく同様の質問を受け、検査が始まったのは1時間後。さらに心臓病でもないのに念入りな心電図をとられたり、超スローな対応にイライラしっ放し。

 近代的でスピーディと思っていたアメリカの病院は、意外に官僚的なタテ社会の体質にガッカリ。トラブルの余波は帰国後も続き、現地病院から突然治療費1500ドルほどを払うようにとの請求

 書が届いた。出発前に海外旅行保険に入り、病院には保険手続きを告げて相手も了承したはず。どうも先に病院は保険会社に請求したが、高額過ぎるとして支払いを拒否され、筆者に請求して来たらしい。最終的に保険会社と病院との話合いで決着したらしいが、いずれにせよ僅か数時間病院にいただけで治療費が1500ドルとは驚きである。改めてアメリカは怖い国と想った。

 

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 キング牧師が1963年に行った「私には夢がある」という演説の中で、平等という夢を実現させようと訴えたように、息子マーティン・ルーサー・キング3世も声をあげ続ける。中国の急速な台頭があるとは言え、依然として超大国と自認するアメリカだが、人種差別問題を未だに解決できない「アメリカの闇」垣間見ることができる。強気のトランプ大統領は暴動の収束を図るどころか、来る11月の大統領選挙を見据えて暴動をむしろ煽るような言動も見受けられ遺憾である。

 

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| 世界の旅−北米 | 10:44 | comments(0) | - | - | - | ↑TOP
コロナ倒産
12

 新型コロナウイルス感染拡大対策の緊急事態宣言が全面解除された。およそ1ヵ月半ぶりのことだが、この間かつて経験したことの無い外出自粛や休業などを強いられた。当初は休業と補償がセットは当然と思われていたのだが、政府の対応が曖昧であったためか戸惑った事業者も多かった。評判が悪かった30万円給付は急遽10万円一律給付になったが、さて給付となると時間がかかっているよう。また全国民に配布予定のいわゆるアベノマスクも、不良品が混じるトラブルもあったのであろうか、未だに筆者のところには届けられていない。どうも賞味期限切れの、あまり有難くないマスクになりそうだ。

 中国・武漢から発生した新型コロナウイルス感染は拡大の一途をたどり、世界の感染者は550万人、死者は35万人に迫ろうとしている。実に196の国と地域で感染が確認され、文字通りのパンデミック(世界的大流行)になってしまった。とくに経済などへの影響は甚大で、1929年の株価大暴落により引き起こされた世界恐慌以来のコロナ恐慌が世界を席巻している。倒産や休廃業・解散も、最終的には2008年のリーマン・ショックを上回るであろう。

 

         (帝国データバンク資料を引用・加工)

 

 例えば、かつてレンタカーの代名詞にもなった、あのハーツが倒産した。1918年にアメリカで創業し、長い歴史を持つ海外レンタカーのリーディングブランドであった。半世紀以上も前から世界を旅して来た私ことワールド・トラベラーが現地の空港に着き、ターミナル内を見回して目立ったのがイエローとブラックのハーツ看板。もちろん、同社のレンタカーを利用し、各地をドライブしながら観光を堪能したものだ。ほかに、アメリカの老舗百貨店・JCペニーも倒産した。

 

 

             ハーツのカウンター

 

 一方、国内では、「うどんすき」が名物の東京美々卯が閉店した。40年以上も前の現役時代に時折通ったお店だ。創業地が筆者の故郷・大阪だけに、想い出深いものがある。因みに、先日倒産したアパレル企業のレナウンは、筆者にとり大学を出て商社に就職した当時(1960年代)は、憧れた有名な優良会社であった。あれから約60年、今更ながら時の移ろいを感じて切なくなる。

 

        東京美々卯

 

 都内でカフェを営む知人の情報によれば、倒産や閉店が増えている由。タイムラグを考えると、今後さらに増えるであろう。政府は1次補正予算も含め230兆円規模の、世界最大級の経済対策をすると言っている。しかし、実際の実効的な真水金額はおそらくその何分の1であろうし、また手続きが煩雑で給付は大幅に遅れるであろう。中小や零細事業者はそれまで耐えられず、破綻するのではと懸念する。また、新型コロナウイルスに対するワクチンや治療薬が無い現実を踏まえると、第二波、第三波の感染拡大も想定される。緊急事態宣言が全面解除されたと言っても決して安心できまいし、感染のヤマ場はこれからかも知れない。

 

                   ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

無料公開中

 ワールド・トラベラーが館長を務める世界の人形館では、275カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを多数展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。社会貢献活動につき、入館料は無料です。セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。
  TEL:04−7184−4745 又は Eメール:ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

          −−−世界の人形館の館内−−−

 

 

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| 病気 | 22:48 | comments(0) | - | - | - | ↑TOP
新型コロナウィルス は感染症に慣れっこのアフリカを脅かすか?
13

 その後の新型コロナウイルス感染は、発生した中国では終息したようだが、アメリカやヨーロッパ諸国などでは依然として感染拡大が続く。今や世界の感染者は360万人を超え、死者は25万人以上になった(5月5日現在)。我が日本も毎日の感染者数が減少傾向とは言え、依然として3桁を記録している。このため、5月6日までの緊急事態宣言が5月31日まで延長された。一方、海外ではロックダウン(都市封鎖)を延長する国や段階的に解除し始める国など、出口戦略につき対応に差が出てきている。

 今後注目すべきは、13億人の人口を抱えるアフリカでの感染拡大であろう。5月3日時点では、アフリカにおける感染者数は42,713人、死亡者数は1,754人とそれほど多くない。最も感染者が多い国は南アフリカの6,336人に対し、南部アフリカのレソトは未だ感染者ゼロである。また、死者数が多いのはアルジェリアの459人だが、感染者は存在しても1人も死亡者を出していない国も、ルワンダ・ウガンダ・マダガスカルなど10ヵ国ある。脆弱な医療基盤を考えると、良く頑張っていると言えよう。

 

   アフリカを旅する筆者ことワールド・トラベラー

 

南アフリカ:ヨハネスブルグ  レソト:マセル郊外の

黒人専用居住区ソウェト    要塞タバ・ボシウ

 

 しかし、世界で最も貧しい地域であるアフリカでは、特にサハラ砂漠以南のアフリカでは、新型コロナ以外の感染症で年間270万人が命を落としている。その内訳は、特に5歳未満の子供への影響は深刻で、死亡者の30%弱の77万8千人を占める。その内訳は、マラリアの罹患者は約2億人で、死亡者は40万8千人のうち27万8千人が5歳未満の子供たちだ。HIV/ エイズによる死亡者は72万人、5歳未満は5万7千人。結核は40万5千人が死亡し、5歳未満は1万7千人。さらに下痢症でも65万3千人が死亡、そのうち25万5千人は5歳未満の子供が占める。

 総人口が約13憶人のうち、6億人以上が20歳未満の若いアフリカだが、年間174万人に及ぶ子供の命が消えている。これに新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な流行)が本格的にアフリカまで拡大すれば、その数をさらに増やしてしまう可能性が高い。また、アフリカ特有の問題も懸念される。例えば、ロックダウンで高まる食料危機とステイホームがむしろ危険なことであろう。

 

   食料危機に就いては、西部アフリカ、特にナイジェリア北東部は危機的とか。同地域は元々イスラム過激派組織ボコ・ハラムの活動により治安が悪化し、多数の人が国内避難民として国際機関な

ナイジェリア最大都市ラゴス

どの支援物資に頼っていた。ナイジェリアは3月30日にロックダウンを始めたため国境が閉鎖され、支援団体の動きが制限されてしまったのだ。近隣諸国のブルキナファソ・ニジェール・マリ・カメルーンの一部地域も危機的状況とされ、世界食料計画(WFP)も500万人以上が食料危機に陥る可能性があると警鐘を鳴らしている。

 

 

ブルキナファソ:バニのモスク ニジェール:ブボン村

 

 

マリ:ドゴン族の仮面踊り  カメルーン:ルムシキの

                マンダラ山系

 

 また、新型コロナ対策でホームステイを厳しく徹底すると、人とモノが動かなくなり、路上販売や日雇いなどで生計を立てる貧困層は、十分な食料を得ることも病院にかかることも出来ない。因みに、2014年から2016年に西アフリカでエボラ出血熱が流行した際、現在と同様に人の移動を制限した結果、日常的な医療サービスが中断された。そのためエボラ以外の疾病で死亡する人が増えたとの調査結果もある。

 

 新型コロナウイルス感染は今まで北半球で拡大してきた訳だが、グローバル化時代の今後で懸念されるのは南半球、特にアフリカ諸国での感染拡大である。また、過去の感染症の歴史を振り返ると、第二波、第三波の襲来であり、そのカギを握るのはアフリカであろう。そんなアフリカを275ヵ国・地域を旅した私こそワールド・トラベラーは、54ヵ国すべての国を訪れている。種々問題を抱えているが、意外に懐の深い大好きな国々が多い。

 即効的なワクチン開発には時間を要するため、新型コロナウイルス感染の終息にはあと2〜3年はかかる見方もある。そうなれば1年延長した東京オリパラ開催も危うくなり、中止という最悪のシナリオも捨てきれない。故に、早期終息の鍵を握るのは、アフリカ諸国かも知れない。世界保健機関(WHO)は、「アフリカで感染防止に失敗すれば、数千万人が感染し、流行は数年間続く」との声明を出している。

 

(後記)

 ガーナの首都アクラ郊外の港町にある水産加工場で、1人の従業員から何と533人に新型コロナウイルスの集中感染が広がった由。実効再生産数は何と533とは驚きである。信じがたい同様のことが今後アフリカ各地で発生すれば、爆発的な感染拡大、つまり文字通りのパンデミックになる恐れが懸念される(5月12日)。 

 

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| 病気 | 12:01 | comments(0) | - | - | - | ↑TOP
新型コロナとイスラム教の断食月(ラマダン)
11
 新型コロナウイルス感染拡大が衰える気配がないため、容易に外出できない鬱陶しい毎日が続く。その気晴らしにと、拙宅(世界の人形館)の玄関ポーチに置いている花の手入れに精を出した。今年は特にツツジの咲きっぷりが良く、この花を愛好した故人の

妻をふと想起した。

 

 今年のイスラム教の断食月(ラマダン)が世界各地で始まった。5月23日まで続くが、イスラム諸国は過去無かった異例の新型コロナウイルス対策に苦慮している。この期間中は日の出から日没まで、イスラム教徒(ムスリム)の重要な義務である断食(サウム)のため飲み食いを一切絶たなければならない。私ことワールド・トラベラーは現役時代の1970年代〜1980年代の約9年間、クウェートとインドネシアのイスラム圏に駐在員として住んだことがあり、ムスリムではないが断食を半分ほど経験している。
 宗教上の義務であると同時に、日没後の食事や礼拝を共にすることで信者同士の連帯が強まるのがラマダン。しかし、新型コロナが猛威を振るう本年は、感染拡大の防止とどう両立させるかでイスラム諸国を悩ませているよう。ムスリムが多数を占めるマレーシアではムヒディン首相が、ラマダン期間中の礼拝について国民に「モスク(イスラム礼拝所)に行かず、家族と一緒に家で礼拝してほしい」と呼びかけた。世界の総人口の4分の1を占めるイスラム圏と、アフリカ諸国で感染拡大すれば、文字通りのパンデミックになるばかりか、深刻な世界恐慌にもなろう。

 

  

アラブ首長国連邦のアブダビ: 1975年クウェート

シェイク・ザイード・ビン・  駐在員時代の筆者

スルタン・ナヒヤン・モスク


 実際に、1か月のラマダン期間中は様々なリスクが懸念される。例えば、(1)モスクでの集団礼拝は3密の典型となり、大規模なクラスター(集団感染)になりかねない。(2)断食すると体力低下は不可避で、感染リスクが高まる。アルジェリアの政治家は、空腹で体力が落ちるため断食を中止すべきだと主張するほどだ。(3)断食を一時的に中断する夜間〜早朝は大勢が集まり食って飲んでの大騒ぎをし、濃厚接触するなど危険この上ない。(4)ラマダン明け後の連休(インドネシアはレバランと言う)は人の移動が活発で、都市部から地方へ大量(インドネシアでは約2000万人)帰省するので3密になりやすい。

 

 

インドネシアのジャカルタ: マレーシアのクアラルン

モスクで礼拝する女性たち  プール:ラマダン明け後

 

 感染リスクが高くなるほかに、経済などでもマイナス面が多い。ラマダンは宗教心が強まると同時に、1年で最も消費が高まる時期でもある。しかし、中東最大の人口を誇るエジプトでは、集団行動の自粛や夜間の外出禁止といった措置が取られており、市民が楽しみとする断食後の買い物が冷え込むのは必至だ。他国も同様の影響は避けられそうになく、景気後退は明々白々である。

 

 因みに、断食とは、欲望から身を清め、すべての欲望を断つことを意味する。貧しくて食べることが出来ない貧者を理解し、健康的にも良いとされる。また、禁欲にはセックス、禁煙、投薬なども含まれる。ただし、重病人や妊婦、乳幼児、重労働者、兵士などは免除され、基本的に異教徒は強制されない。筆者はクウェート&インドネシア駐在時代に断食そのものはしなかったが、断食をしている信者の近くでは飲食を控えた。当然のエチケットである。詳細は幣著書『ワールド・トラベラーだけが知る素顔のイスラム(新潮社)』をご愛読下さい。

 

 

  『・・・素顔のイスラム』1,500円+税

 

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| イスラム | 11:02 | comments(0) | - | - | - | ↑TOP
嘉納治五郎の銅像建立に尽力して
10

 もし、新型コロナウイルス感染拡大が無ければ、またもし、2020東京オリパラ開催の1年延期が無ければ、新聞やテレビなどで大々的に報じられたであろう事がある。それは「柔道の創始者」or「日本オリンピックの父」と呼ばれる嘉納治五郎の銅像が、手賀沼畔の高台にある旧嘉納治五郎別荘跡(天神山緑地)に建立されたのだ。昨年放送されたNHKの大河ドラマ『いだてん』でお馴染みの偉人像は、一昨日は晴れやかな除幕式を迎える予定だった。しかし、新型コロナウイルス感染拡大のため中止になり、序幕だけが行われた。訪れる人も少なく寂しげな銅像だが、手賀沼を望む景勝地に堂々と立つ。

 

  旧嘉納治五郎別荘跡(天神山緑地)に立つ銅像

 

 

  

 

 因みに、嘉納治五郎(1860年〜1938年)にとり、我孫子は別荘を構えた所縁の地だ。1912年(大正元年)にこの地を手に入れて別荘を建て、晩年は一年の半分を過ごしたとか。治五郎の死後は1969年(昭和44年)まで子孫が居宅として住み、嘉納家と我孫子市とは約60年の縁がある。生誕160年と東京五輪2020開催を記念し、我孫子の文化を守る会が発起人になって銅像が建立された。筆者は当会の会員でもあり、その募金集めに微力ながら尽力した経緯がある。


 政府が要望する極力8割接触削減に従い、この1週間の外出は1時間半のスーパーへの食料品買い出しと散髪だけ。ほぼ10割の接触削減であろうか。だが、運動不足を懸念し、また嘉納治五郎像を見たさに小1時間出かけた。銅像の台座にはめ込まれた銘板に刻まれた約500名の寄付者名には、最上段の最も目立つ処に筆者とプライベートミュージアム・世界の人形館の名前がある。僭越にも大口寄付者として扱われたのであろう。像の近くでは遅咲きの八重桜が咲き誇り、遠くを見やると手賀沼が霞む春慕情が広がっていた。

 

   −−− 寄付者名などを刻んだ銘板 −−−

 

 

      八重桜が満開   天神山緑地より手賀沼を眺望 

 


 ところで、写真を撮っていると2人の10歳ぐらいの可愛い女の子たちがやって来たが、2人ともマスクを着用しておらず、1人は咳き込んでいた。同様のことは筆者が住んでいるマンション内でも見られ、若いママさんの無神経さが些か気懸りだ。マンション内での外出自粛は、クラスターになる恐れがあるのではと思うと心配である。

 投稿中に、嘉納治五郎ゆかりの人の訃報に接した。治五郎研究の第一人者として知られる講道館図書資料部長の村田直樹氏が、去る9日に心不全のため埼玉県内の自宅で逝去されたのだ。享年70歳は、83歳の筆者よりも一回り以上若い。実は昨年2月に我孫子市のアビイホールで、村田氏の講演『嘉納治五郎から「精神」を学ぶ』を聴いたことがある。元柔道家として、ガッシリとした体躯で熱っぽく語っていたのが忘れ難い。合掌。

 

          ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

 筆者(癲々治、ペンネーム:高やすはる)の著書は次の通りです。ご関心ある方は是非ご愛読下さい。

 

書名 出版社 定価
私はワールド・トラベラー
世界257ヵ国・地域を旅した男
 文芸社 1,500円

272の国と地域を制覇した

77歳のワールド・トラベラーは
たった1人で紛争地を旅した

 幻冬舎 1,400円
トラベル・イズ・トラブル 
安全な旅は退屈だ!!

 ルネッサンス

・アイ 

1,300円

ワールド・トラベラーだけが知る

素顔のイスラム

イスラム国(IS)やシリア内戦も詳述

 新潮社 1,500円

世界を動かす少数民族

知られざる少数民族の世界から

現代世界の縮図と課題が見えてくる

 幻冬舎 1,350円
トラベル・イズ・トラブル パート2 
楽でない旅こそ最高だ!!

 ルネッサンス

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1,300円

 

 著書のお買い求めは、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。
お問い合わせ:
世界の人形館 
TEL 04−7184−4745 または 

                       携帯 090-8726-5599
          E−MAIL 
 ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

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| 地域社会 | 17:24 | comments(0) | - | - | - | ↑TOP
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