世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
北朝鮮のミサイル発射計画の標的になったグアムの旅(2)
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 この8月は世界どこでもバカンスシーズンで、各国首脳も夏休みをエンジョイしているようだ。中国屈指の観光地・九塞溝の大地震以外は平穏に推移するかと思った矢先、北朝鮮の弾道ミサイルを巡りアメリカとの緊張が高まり両国による威嚇の応酬が続いている

 

 国連安保理は7月5日に北朝鮮に追加制裁を行うことを決めたが、これに対し北朝鮮は9日にアメリカ領である太平洋のグアム島周辺に4発のミサイルを撃ち込む計画を発表した。両国の緊張は中国でも大きな注目を集めており、同国国営の中国中央電視台(CCTV)は、北朝鮮がグアムを名指ししたのは「アメリカにとってグアムは太平洋の軍事戦略上で非常に重要であると同時に、北朝鮮にとっても脅威」と報じた。

 因みに、グアムから北朝鮮までの距離は約3300kmで、グアムのアメリカ軍基地に配備されている戦略爆撃機「B−1B」やステルス戦略爆撃機「B−2」ならば最短2時間で朝鮮半島に向かうことができるという。また、韓国でアメリカ軍との合同軍事演習が行われるたびに戦略爆撃機がグアムから飛来しており、北朝鮮は米国による北朝鮮侵略の最前線基地であるグアムに対して圧力と牽制をかける必要性があるとか。

 

 ミサイル発射計画が明るみになってから、米朝間でお互いに威嚇のラリーが続くが、もし北朝鮮の計画が実行されれば、戦場となるのはグアムよりも、韓国や我が日本であろう。今回の発射計画によれば、島根県・広島県・高知県の上空を通過するらしい。ただ、両国が理性的に判断すれば、戦争が起きる可能性は大きくはない。その理由は、米国にとり北朝鮮と戦争で得るメリットはほとんどなく、北朝鮮もあくまでも米国との交渉が目的であるため、戦争に向けて最後の一歩を踏み出すことはなかろう。

 

  一方、アメリカが頼りにしている中国は相変わらず冷静で、米朝の緊張を緩和するためむしろ「中国は無力」として一定の距離を保つ姿勢を続ける。また、北朝鮮が先制のミサイル攻撃を行い、対するアメリカから報復を受けるとしても中国は中立を保つようだ。しかし、アメリカと韓国が北朝鮮の政権転覆を図り、朝鮮半島の政治的なバランスを変えようとするならば、同国は断固として阻止しよう。

 

 さて、北朝鮮のミサイル発射計画で一躍注目されているグアムだが、アンダーソン空軍基地を抱える基地の島である一方、海が綺麗なリゾートアイランドとして知られる。ミサイル発射は島の屋台骨になっている観光に与える影響は大であろうし、島民も憂慮しているようだ。そんなグアム島を1992年8月に初めて訪れて以降4回も旅しており、その模様の一部は2013年2月14日付け幣ブログ『グアムの旅(1)−南海の平和な島での無差別殺傷事件』で紹介しているが、今回はその続きを披露しよう。

 

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 淡路島より少し狭いグアムは、ニュージーランドの南島と形が酷似する。極東最大のアメリカ空軍基地、アンダーソン空軍基地とグアム国際空港でほぼ占められる島の北部以外は、観光客が訪れる美しいビーチとジャングルなどが広がるリゾートエリアになっている。

 

 先ず、島の中央部、北海岸沿いにあるタモン地区は島の中心地で、活気があり楽しくなるエリアだ。タモン湾に面した遠浅の白砂ビーチ、タモンベイ・ビーチが一流ホテル街のすぐ目の前に広がり、ハワイあたりのビーチよりもずっときれいだ。リーフに囲まれた静かな内海は波も穏やかで、各種マリーンスポーツをするのに最適。遠くにチャモロの悲恋伝説を秘めた恋人岬が望め、海抜約122mもある石灰岩の断崖絶壁の岬にある展望台からの眺めは息を呑むほどだ。

 

   

   タモン湾に面したホテル群  タモンベイ・ビーチで泳ぐ筆者

 

 グアム随一の目抜き通りは、別名「ホテルロード」と呼ばれるサン・ビトレス・ロードだ。グアムを代表するホテル群が建ち、特に賑わうのがプレジャーアイランドと呼ばれるプレイスポットである。世界のブランド品からお土産品まで豊富に揃うDFSギャラリアやマイクロネシア・モールなどのショッピングセンター、レストラン、水族館などが並び、夜遅くまで人通りが絶えない。

 

 一方、島のほぼ中央部にあるハガニアには、今もスペイン統治時代の面影を残す歴史地区がある。アプガン砦はチャモロ族がスペイン支配に抵抗して起こした大反乱ではスペイン軍の拠点となり、別名サンタ・アグエダ砦とも呼ばれる。1671年にスペイン総督によって造られ、太平洋戦争では日本軍の砲台として使われた。アガニア湾やハガニアの町並み、遠くにはタモン湾の眺望が素晴らしく、恋人岬と共にグアムを代表する展望スポットである。

 この砦から約700m東進すると、18世紀から19世紀にかけてスペイン総督邸があったスペイン広場がある。その広場に建つチョコレートハウスは、スペイン統治時代は貴婦人の社交場であった。現在の建物は復元されたもので、名前の由来は総督の夫人達がチョコレートドリンクで来客をもてなしたためと言われる。ほかに、白い六角形の音楽堂がある。

 

   

         サン・ビトレス・ロードを         アフガン砦     

    妻と散歩する筆者

 

 島の南西部では、タモンの南西37kmほどにあるソレダッド砦は、とんがり屋根のガードハウスがひときわ目立つ。1680年から130年の間にスペインは3つの砦を築いたが、原型を留めるのは「孤独の聖母」と呼ばれるこの砦のみである。現在は石造りの見張り小屋だけが残り、そばに3つの大砲が置かれている。この砦の見どころは丘からの眺望で、美しいウマタック湾を眼下に見下ろし、なだらかな山並みに目をやれば最高峰ラムラム山がそびえる。

 砦をしばらく南下すると、下り坂の途中で前方の視界が大きく開ける小高い丘がある。この名もなき丘から、遠くにフィリピン海に面するビレ湾が輝くように美しい景観が広がる。まるで砂漠が風紋を描くように、幾重にも白波が緑濃い海岸に打ち寄せる光景はウットリするほどで、グアム随一の景勝を誇る海岸線といっても過言ではなかろう。

 

 島の南海岸では、タモンから南へ約28kmのタロフォフォの滝が見逃せない。リゾートパーク内にあり、ケーブルカーに乗ってジャングルに囲まれた滝を見下ろしながら入口に着く。滝は2つあり、上段の第一の滝は高さ約12m、幅28mでグアム有数の大きさである。下段は第二の滝と呼ばれ、大きさは第一の滝とほぼ同じだ。2つの滝の間には吊り橋が架かり、少しスリル感が味わえる。

 

      

ソレダッド砦からウマタック湾を望む  タロフォフォの滝で孫らと

 

 因みに、滝の奥には元日本兵が戦後28年間隠れていた洞窟、横井ケーブがあるが、観光客が見学するのはレプリカのほうで本物ではない。また第二の滝のすぐそばに、グアムの歴史を分かり易くまとめた博物館があり、なかなか興味深い。

 

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 最後に私事で恐縮だが、グアムを2度も一緒に旅した妻が2年以上も前から認知症で入院中で、つい最近主治医より時間の問題と告げられた。今から52年以上も前に結婚してできた縁であるが、「会うは別れの始め」を痛感する毎日である。

 

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夏の花と花火を愛で過ぎ行く夏を想う
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 5年前から夏になると咲き乱れるタイタンビカスが、今年も連日大輪の花を咲かせている。だが、その咲きっぷりが例年と少し違うのだ。先ず、開花日だが、いつもの7月10日ごろが今年は約1週間遅れの7月16日であった。次に花の直径が最大20センチのところが精々18センチ止まりで、若干小粒である。一方、1日に最多6輪咲いたのが、今年はなんと10輪もの日もあって驚いている。

 因みに、過去5年間の開花模様を以下の幣ブログで紹介しており、ご参考までに再度ご覧頂きたい。

2012年9月8日付け『大輪の花を咲かせるタイタンビカスと琉球朝顔

●2014年7月9日付け『ギネス級!? ワールド・トラベラーが訪れた272ヵ国・地域を祝うタイタンビカス開花

●2015年9月1日付け『大輪の花タイタンビカスの二期作開花

●2016年7月18日付け『花の命は短しタイタンビカスと、人の命は短いニースのテロ

 

  

  7月18日に咲いたタイタンビカスと近所に  5日後のタイタンビカス

 住む孫のようなことはちゃんとのツーショット

 

 2013年からは株分けして過去10数人の友人らにプレゼントしており、今年も3人に差し上げて数日前には開花したとの連絡を受けた。このニュースを聞くのが楽しみでもある訳だが、同時に入院中の妻の病状についても尋ねられる。実は2年以上も前から認知症で入院中だが依然として脳の萎縮が止まらず、残念ながら経口摂取が出来ない終末期を迎えている。彼女はタイタンビカスビカスが殊のほか好きで、この花が咲くと否応なしに妻のことを想起せざるを得ない。

 せめて花の様に華やかに逝って欲しいと、今年は原色が鮮やかな夏の花をたくさん咲かせようと精を出した。おかげでカンナ、ヒマワリ、グラジオラス、ハイビスカスなども仲間入りし、筆者のプライベートミュージアム・世界の人形館のポーチやルーフバルコニーを彩っている。そして脇役として主役のタイタンビカスなど夏の花を引き立たせようとするのが、ゴーヤや朝顔などの緑のカーテンだ。

 

  

タイタンビカス、ヒマワリ タイタンビカスとヒマワリ ゴーヤ、朝顔など

とカンナ(手前)の三重奏             から成る緑のカーテン

 

 ところで、夏の風物詩の代表と言えば花火であろう。昨夜(7月5日)も千葉県・手賀沼で花火大会が開催され、妻が入院中の病院駐車場で親しい友人の澤田夫妻らと観覧した。ほぼ寝たきりの妻だが、気分転換になればと病室から無理矢理のような形で引っ張り出した。アルコール以外は何でも揃った屋台でアイスクリームをもらい、妻に食べさせようとしたがダメであった。やはり経口摂取は無理なのだ。と思うと悲しく、30分ほどで病室へ戻ってしまった。恐らくこれが見納めの送り花火となろう。

 豪華だがパッと散る花火を観終わった後は、満足感と一種の空虚感が漂うようだ。私ことワールド・トラベラーは世界の様々な花火を観てきたが、どこでも同じような感慨に浸る。忘れ難い花火を列挙すると、2004年1月下旬の旧正月に訪れた香港やマカオ、同年7月4日の米国独立記念日に滞在したアメリカ・テネシー州のノックスビルなどがある。特に、香港では大陸側の九龍側で鑑賞した花火は、夜景そのものが花火のような対岸の香港島をバックに打ち上げられ、幾重にも華麗に散った幻想的な花火であった。

 

  

       香港の花火     手賀沼の花火  病身の妻らと花火を観覧

 

 確か東西冷戦時代は日本を除き、世界を旅しても花火を見かけた記憶が無い。今では世界どこでも花火が打ち上げられている。一部の国・地域で内戦やテロがあるものの、相対的には平和であり、経済的にも豊かになり花火を打ち上げる余裕があるからであろう。北朝鮮のミサイル発射の連発はご免被りたいが、平和な花火はどんどん打ち上げた方が景気づけにもなろう。

 

               ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

世界の人形館のご見学

 筆者が館長を務める世界の人形館では、272カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを多数展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。慈善活動につき、入館料は無料です。

 

    −−− 国境の無い平和な「世界の人形館」の館内風景 −−−

  

 但し、セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。
TEL:04−7184−4745 又は Eメール: ko-yasu@maple.ocn.ne.jp   

 

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大横綱、白鵬を育んだ草原の国モンゴルの旅(1)&子ども落語会
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 大相撲の第69代横綱、白鵬が昨日(7月21日)、名古屋場所で通算1048勝目を挙げ、元大関・魁皇の歴代最多記録を抜いて単独1位となった。魁皇の場合は場所数が140で1047勝であったが、白鵬はわずか98場所で最多記録を更新したのだから誠に立派と言う他ない。本名はムンフバティーン・ダワージャルガルと言い、モンゴルは首都ウランバートルの出身。だが、メディアのインタビューでも日本人並みの日本語を話し、考え方も相撲道に徹しシッカリしており参考になることが多々ある。

 通算勝利のほかに、数々の記録を持つレコードホルダーでもある。例えば、優勝回数38、横綱勝利760、幕内勝利954、全勝優勝13、横綱連続出場722など(7月21日現在)。この調子でいけば通算勝利は1500ぐらいまで伸びそうだし、他の記録も今後破られそうもない大記録ばかりだ。後は白鵬が日本国籍を取得するかが焦点だが、母国のモンゴルに住む家族が苦悩するであろう。特にかつてモンゴル相撲の大横綱でオリンピックの銀メダリストの父は、息子の国籍変更には反対とか。

 

        

   1048勝目を挙げた対高安戦     ウランバートルのスフバートル広場

   (ネットより転用・加工)       で見かけた白鵬の広告看板と筆者 

 

 2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控え、我が国のグロ−バル化が一層望まれる折柄、モンゴルなどの外国人力士が大活躍する大相撲の貢献度は大なるものがある。その先頭に立つのが白鵬だが、一方では横綱稀勢の里などの日本人力士の頑張りにも大いに期待したい。

 

 さて、筆者は1996年5月と2006年8月の2度、モンゴルを旅している。綿雲がぽっかりと浮かぶ真っ青な天空と見渡す限りの草原が見事に融合する大地、満天のスターダストの素晴らしさに息を呑んだ漆黒の草原の天空やゴビ砂漠の星空、草原の中に忽然と現れた豪華絢爛なチベット仏教寺院、伝統的な移動式住居・ゲルに招いてくれた親切な人々、哀愁と透明さがある音楽、豪華で重厚な民族衣装デールなどモンゴルならではの大自然、文化や民俗などを思う存分堪能した。

 一方では、市場経済化は進んだが社会保障が大幅に縮小されたため、首都のスラムに多数の遊牧民が流れ込み、貧富の格差拡大による治安悪化と犯罪増加、失業や離婚の多さ、国民所得が低いのに不釣合いな物価高など、深刻な社会問題が増えている。実際にモンゴル滞在中のわずか1週間ほどで、カメラ2台が盗まれたほかに2件の盗難未遂という信じられないようなショッキングな事件があった。白鵬の出身地ウランバートルを中心に、旅の概要を紹介しよう。

 

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 先ず1996年の最初の旅では、開港して間もない関西空港からモンゴル航空で中国の天津経由にてウランバートルに到着後、同地をベースにしてモンゴル各地を回った。まず空路で半砂漠が広がり「恐竜のふるさと」と言われる南ゴビのダランサドガドに飛んだが、滑走路も何もない空港に着陸してモンゴルは単に草原の国ではない事を学んだ。その夜は生まれて初めて移動式テント小屋のゲルに泊まって遊牧民気取りをし、砂丘や雪渓などを観光してウランバートルに引き返した。

 同地で半日観光後、陸路で西へ向かい、モンゴル名物の道なき道の未舗装の悪路を走った。ゲルに宿泊するツーリストキャンプがあるブルドで旅装を解き、同キャンプを基点にして旧モンゴル帝国の遺跡カラコルムや一般のゲルなどを訪れた後、また悪路を引き返してウランバートルに戻った。帰国のフライトは関西空港への直行便で、飛行時間は約3時間半で意外に近い国だと実感した。

 

    

 ブルド:ツーリスト    ブルド郊外:   カラコルム:エルデニ 

  キャンプのゲル    モンゴル馬に乗る ・ゾー寺院のゴルバンゾー


  2度目の旅は2006年。史上最大の帝国と言われるモンゴル帝国が建国されて800年の節目に、10年ぶりに再訪した。それは単なる物見遊山ではなく、1992年に社会主義を放棄して民主化と市場経済化を推進する現代モンゴルの国策の実情、特に変貌ぶりを見届けたいとの特別な目的を持った視察旅行でもあった。
   モンゴルとの国境に近い中国の東北部に位置する甘粛省や寧夏回族自治区を訪れた後、北京経由でウランバートルに着いた。到着後は同地をベースにして陸路および空路で各地を回り、ウランバートルはもちろん、モンゴル有数の保養地テルジ、同国第2の都市ダルハンと郊外の僧院、さらにカザフスタン国境に近い辺境地まで足を伸ばした。その間、今回の旅の主目的である建国800周年記念祭を見学したり、有名なチベット仏教寺院や景勝地などを訪れた。

 

   

  テレルジ:亀岩   ダルハン郊外:僧院      僧院近くの牧場

             アマルバヤスガラント


  さて、首都のウランバートルだが、上空から眺めると広大な草原の真ん中にポツンと浮かんでいる感じで東西に細長い街だ。市内の中心にあるスフバートル広場の中央にはモンゴル革命を指導した英雄・スフバートルの騎馬像が立つ。広場の周りには政府庁舎、市庁舎、証券取引所、オペラ劇場などが並び、ヨーロッパ風のオシャレな佇まいだ。2006年の旅では、この広場の南西にあるビルで白鵬をモデルにした大きな広告看板があった。白鵬が大関時代のことで、この頃から母国でも将来が期待されていたようだ。

 広場の北側にある自然史博物館では、モンゴルの鉱物や動植物に関する豊富な展示物があるが、目玉は何といっても恐竜タルボサウルスの骨格標本だ。また、広場の南1.5mにあるボグド・ハーン宮殿博物館は、1919年に造られた第8代活仏のボグド・ハーンの冬の宮殿。実は釘1本も使われていない木組み方式が見事な寺で、チベット仏教の曼荼羅や仏像などが展示されている。

 

 一方、人口集中が著しいウランバートルの急速な発展振りを確かめたいならスフバートル広場から南へ約4km行った丘のザイサン・トルゴイが一押し。丘の頂上には伝統的なモンゴルの灯「トルガ」と立派なモザイク壁画があり、頂上から市街地のパノラマが一望できて絶景だ。また南郊に広がるボグド・ハーン山国立公園内の特設会場では、建国800周年記念騎馬軍ショーが行われた。イベントのハイライトはモンゴル国防省の軍人で構成される騎馬軍団500騎による迫力あるスペクタクルショー。それは怒涛のごときスピードがあり、まさに圧巻で見応え十分であった。

 

 

ウランバートルのへそ   ウランバートル:ザイサン  ウランバートル郊外:建国

  スフバートル広場    ・トルゴイより市街地俯瞰  800周年記念騎馬軍ショー

 

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(追記)

 名古屋場所で優勝した白鵬は通算勝利数を1050、また優勝回数も39まで伸ばした。未来永劫に破られそうもない前人未到の大記録である。今後とも節制を続け、さらに記録更新を目指して頂きたい。

 

                                     ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

我孫子市「夏休み!子ども落語会」

 筆者の友人、著名なクロスステッチアーティストの星野真弓さんが主宰する「三月のひまわり」の協力により、我孫子市のアビスタホールで「夏休み!子ども落語会」が開催されます。講師として、女性真打の桂右團治師匠が子どもたちへ落語を披露します。入場料は無料で、親子で落語に親しむことも出来ます。なお、当日は落語会のほかに、16ミリアミメ映画会などもあります。奮ってご参加下さい。

●日時:8月2日(水)13:30〜(落語会は40分間の予定)

●場所:千葉県我孫子市生涯学習センター・アビスタ(我孫子市若松26ー4  Tel 03-7182-0515)

●主催:我孫子市教育委員会

 

  

                                       世界の人形館で桂右團治師匠(左から2番目)

                  を囲み、星野さん(右から2番目)らと歓談

 

(後記)

 こども落語会は多数の子供と若いママさんなどの参加があり、楽しく大盛況であった。子供たちは桂右團治師匠のユーモアたっぷりの落語に傾聴したほかに、舞台に上がって師匠の指導を受け、扇子と手ぬぐいを使う所作をして落語家気分に浸った。きっと夏休みの良き想い出になろう。

 落語会が終わった後、星野さんらの案内で桂右團治師匠はご丁寧にも筆者のプライベート・ミュージアム「世界の人形館」にお立ち寄り頂いた。世界の人形のほかに万華鏡、地球儀、世界の紙幣などを熱心に見学後、歓談のひと時を過ごした(上右の写真)。多謝!多謝!(8月2日)

 

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上野動物園パンダの赤ちゃんとパンダの故郷・四川省の旅
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 東京の上野動物園で生まれたジャイアントパンダ(以下パンダ)の赤ちゃん(メス)が、本日(7月12日)で1か月を迎えた。誕生時の体長は約14センチ、体重は約150グラムであったが、それぞれ約30センチ、1.1キロ以上となり特に体重は実に8倍も増えた。順調に成長すれば体長は約130センチ、体重は約100キロにもなろう。生まれた時は人間の手のひらに乗りそうな小さな体から想像できない、巨体に成長するとは驚くほかない。

 一方、生まれたばかりの頃はピンク色の皮膚が白い毛に覆われていたが、成長するに連れて目の周りや肩の辺りの皮膚がうっすらと黒くなってきた。そして1か月後には独特の白と黒の「パンダカラー」もハッキリしており、可愛いパンダらしくなってきた。東京都は今月28日から名前を公募する予定で、順調に育てば生後半年を迎える12月頃に母親のシンシンと共に公開される見通しだ。その公開が待ち遠しくてならない。

 

                             (成都パンダ教育研究基地で見かけたパンダたち)

  

 上野動物園の生後1か月  生後間もない赤ちゃん   仲睦まじい母子 

 の赤ちゃんパンダ

 

  ところで、パンダと言えば、中国である。1869年に欧米人としてパンダを初めて発見したのはフランス人宣教師で、中国の四川省西部で地元の猟師が持っていた白黒模様のパンダの毛皮であった。これが契機となり、その存在が世界で知られるようになった。体長は約120〜150センチ、体重はオスが約100〜150キロ、メスが約80〜120キロ。現在の生息地は四川省や陝西省の竹林で、頭数はわずかである。分類はクマ科に属し、中国語では大熊猫と呼ばれる。

 主食は竹のほかに、小型哺乳類、昆虫、魚、果物などを食べることもある。行動は基本的に単独で群れや家族をつくらず、他のクマ科動物と異なり冬眠しない。外見は愛らしいが、やはりクマ科動物として気性の荒い一面も持ち合わせ、動物園の飼育員や入園者が襲われる事件が発生している。因みに、レッサーパンダというもう一つのパンダがいるが、体長は約50〜60センチ、体重は5キロ前後とずっと小柄で、中国のほかにネパールやブータンなどに分布する。

 

 さて、私ことワールド・トラベラーはパンダの故郷と言われる四川省を2000年7月と2002年9月に旅し、2度もパンダの繁殖センターを訪れている。その時の模様と四川省の代表的な観光地を紹介しよう。

 

 中国政府はパンダを保護するため全国で40か所ほど保護区を設けており、四川省西北部のアバ・チベット族チャン族自治州にある臥龍自然保護区が最大のものである。筆者は面積が2000k屬發△詁永欷邏茲砲△臥龍パンダ保護研究センターを訪れ、パンダに直接触れあう機会があった。四川省の省都・成都の西133kmほど、車で3時間で着いたが、同センター内では30頭が飼育されていた。そのうちの1頭、生後8か月で体重が6kmほどのパンダを抱っこしたが、当時4歳の初孫をふと想起した。

 

   (臥龍パンダ保護研究センター)

  

パンダの飼育舎前の筆者     パンダを抱っこ    成都:武候祠の門

 

 成都市内の北外れにある成都パンダ教育研究基地も見学したが、ここではジャイアントパンダの繁殖・保護・研究などが行われている。特に、広大な敷地をパンダの生息地に模し、自然に近い環境でパンダの研究が行われている。生後間もない赤ちゃんパンダを見ることができたが、臥龍パンダ保護センターのように抱っこできず少々物足りなかった。因みに、成都で見逃せないのは、三国志時代の諸葛孔明や劉備玄徳が祀られている武候祠、唐の詩聖杜甫が住んでいた杜甫草堂であろう。

 

 チベットに近く、山が多い四川省には世界遺産に登録されている見どころが実に多い。その代表は成都の北およそ450kmに位置する九塞溝で、神話の世界が広がる仙境だ。標高約2000〜3100mの景観地区に大小の滝とコバルトブルーの湖沼群が点在し、その神秘美は筆舌に尽くしがたい。一方、九塞溝の約50km手前にあるのが黄龍で、トルコのパムッカレに似た階段状の石灰棚が人目を引く。平均海抜は3000mを越え、自然が造形した棚田のような風景が幻想的だ。

 

  

  九塞溝:諾日朗瀑布 九塞溝:神秘的な火花海 黄龍:棚田に似た石灰棚

 

 一方、成都から南西160kmほどにある標高3099mの峨眉山は、中国の仏教四大名山の一つに数えられる聖地である。古来より仙人が住んでいるとされ、山中に数多くの寺院がある。例えば、標高3077mの金頂にある華蔵寺と臥雲庵、白い巨象に乗った普賢菩薩像で知られる万年寺、最大規模の寺院・報国寺など。

  次に、南約170kmの楽山は世界最大という大仏の町で知られ、長江の支流・岷江沿いの岸壁に高さが71mもある石刻座仏がどっしりと座る。頭の直径が10mもあるほか、足の甲だけでも100人が座れる巨大さには驚きを禁じ得ない。 

 また、先述の臥龍をさらに西進して標高4523mの巴朗山峠を越えると、標高6250mの四姑娘山の麓の町、日隆に着いた。この辺りはチベット族が多く住んでおり、高山植物が咲き乱れる美しい渓谷の長坪溝や双橋溝などをハイキングした。

 

  

    峨眉山:金頂    楽山大仏:巨大な   四姑娘山を望む

              足の甲と筆者

 

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おごり、私物化、トカゲのしっぽ切りを重ね逃避行のG20ハンブルグ
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 一昨日(7月2日)投開票された東京都議会選挙で、かつて圧倒的な第一党であった自民党が歴史的な惨敗を喫した。選挙前の議席59の半減どころか、なんと23議席まで激減したのである。一方、小池百合子都知事が代表を務める地域政党「都民ファーストの会」が55議席も獲得して第一党に躍進し、都議選では自民党と袂を分かち選挙協力した公明党の23議席を併せると過半数を大きく上回る。数の力にものを言わせてきた自民党も、実は公明党&学会の協力が無ければ非力であることを露呈した形だ。

 筆者は東京都民ならぬ千葉県民で、外野席に陣取る野次馬かも知れない。どのような思いで都民は投票したのか知る由もないが、恐らく都政に対する不満よりも、安倍一強のご本人、安倍晋三首相&自民党政権に関わる数々の問題に対する批判や抗議の矛先が向けられたのであろう。例えば、最近では森友学園や加計学園を巡る疑惑、共謀罪法の強引な採決、閣僚の問題発言や衆議院議員2回生の不祥事などだ。支持率急落にも拘わらず傲慢な姿勢は相変わらずで、お坊ちゃま育ち首相と長期政権の悪弊が一気に表面化した感じである。

 

 都議選大敗の審判に対し、首相は” 政権に緩みがある” と反省する。だが、「緩み」と言うのは的外れであろう。ずばりそれは「おごり」であり、このことに気付かないのが遺憾である。また、森友&加計の両学園疑惑は公私混同した、いわゆる権力の私物化に他ならない。特に森友学園に就いては、昭恵夫人の参考人招致を拒み学園をトカゲのしっぽ切りで収束を図ろうとする。さらに、政権は事あるごとに丁寧に説明すると言うが、無理な強弁を繰り返して十分且つ誠実な説明責任を果たそうとしない。女性の防衛相がその典型だ。

 過日の都議選応援で安倍総裁が秋葉原の街頭に立った時に、聴衆から「辞めろ」や「帰れ」コールが連呼された。その際に同総裁は「自民党は演説を邪魔する行為を絶対にしない」と訴えたが、元鳩山由紀夫首相が政権交代選挙で街頭に立った時、盛んに野次ったのが他ならぬ安倍氏ご本人であったとか。また、街頭に姿を見せた森友の籠池氏は” 嘘を言うな。民主主義を守れ ”と声を上げ、首相から戴いたとされる100万円を返しますと札束を見せ、同氏夫人も” 嘘つき!”と叫んだのが印象的であった。おそらく斯かる事実があった証左であろう。

 

    

首相辞めろコールが連呼  応援演説する安倍総裁 首相から戴いたとされる

                      お金を返そうとする籠池氏

        (インターネットより転用・加工済み)

 

 自民党は当初否定的であった加計学園の獣医学部新設問題につき、今月の10日に衆参両議院で閉会中審査を行うことになったが、肝心の安倍首相はG20などの都合を理由に欠席する。明5日から渡欧するが、去る5月26日〜27日イタリアで開催のG7タオルミーナ・サミットでは森友学園問題、そして来る7月7日〜8日ドイツでのG20ハンブルグ・サミットは加計学園疑惑から逃避するかのような参加だ。8月に内閣改造して急場を凌ぎたい首相の胸算用だが、所詮小手先の小細工である。晩節を汚さぬためにも、この際は潔く自ら職を辞することを僭越ながら望みたい。

  因みに、このサミットではアメリカのトランプ大統領、フランスのマクロン大統領、韓国のムン・ジェイン(文在寅)大統領が初めて出席する。また、通商政策やテロ対策、地球温暖化対策が主要議題となるが、トランプ大統領が保護主義的な傾向を強めて温暖化対策を定めた「パリ協定」からの脱退も表明しているだけに、G20としてどこまで結束を示せるかが大きな焦点となろう。

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆

 

 さて、筆者はクウェート駐在員であった商社マン時代の1974年12月と1976年7月に家族(妻・長男・次男)と共にハンブルグを訪れたことがあり、リタイア後の2007年6月にも旅している。数あるヨーロッパの都市でも、大好きな港町である。その開放的で魅力的な街の横顔を紹介しよう。

  ヨーロッパ有数の河川、エルベ川河口から100kmほど入った河川港を持つ、ドイツ最大の港湾都市である。人口約175万人はベルリンに次ぐドイツ第二で、かつてはハンザ同盟の都市として繁栄した。市の正式名称は自由ハンザ都市ハンブルグで、その歴史は古く西暦800年頃に遡る。

 

  海を知らない人も魅惑するエレガントで活気あるハンザの水の都は、昼夜別々の顔を持ち、自由な気風は昔も今も不変だ。ハンブルグの象徴と言えるのが、街のほぼ中央に横たわる2つの大小の人工湖だ。エルベ川と繋がる小さな内アルスター湖と、その北側にある大きな外アルスター湖が、街の景観を一層美しく引き立てる。先ず内アルスター湖畔に向かい、遊覧船乗り場のユンクフェルンシュティーク付近のロマンチックな遊歩道や、近くのお洒落な感じの運河を散策した。

 

  

  アルスター湖を俯瞰   内アルスター湖畔を  外アルスター湖

 左上が外アルスター湖    散策する筆者

 

 その後、近くの市庁舎広場を訪ねたが、広場の正面に堂々と建つのが市庁舎だ。1886〜97年築で、112mの尖塔は町のランドマークになっている。ネオ・ルネッサンス様式の建物はハンブルク州議会の議事堂を兼ね、重厚な内装とバッキンガム宮殿より多い部屋数で知られる。ここから1km近く西進すると、「ミヒャエル」の愛称で親しまれる聖ミヒャエル教会が建つ。高さ132mの塔が港からもよく目立ち、内部はオペラハウス風の豪華な内装や大きなパイプオルガンが素晴らしい。

 

    

内アルスター湖近くの運河 聖ミヒャエル教会   市庁舎広場に建つ

                           市庁舎

 

 一方、1974年冬の旅では家族と共に、ハーゲンベック動物園を訪ねた。トラなどが堀を挟んだところにいるため柵が無く、前日まで雪が降り園内は園舎を除き白銀の世界が広がっていた。入園客もほとんどなく静まり返り、雪景色が言葉を失うほど幻想的であった。飼育されている動物たちの中では、やはりトラの姿が白雪にピッタリ。

 また、ビアホールで舞台に上がり、バンドの指揮棒を振ったのが今となれば懐かしさでいっぱいである。だが、聖ミヒャエル教会から西へ700mほどにある有名な夜の盛り場レーパーバーンを、2007年に31年ぶりに再訪したが、往時の歓楽街の賑わいもなく閑散としていた。改めて時の流れを痛感し、年甲斐も無く感傷的になった。

 

    (1974年の懐かしきスナップ)

  

 ハーゲンベック動物園   ビアホールで指揮棒     レーパーバーンを

   家族と共に      を振る筆者(中央)    散歩(2007年)

 

   ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆

 

 近年のサミットは治安を考え、都市から隔離された場所で開催されるのが通例になっている。それを敢えて過激なデモ隊が容易に取り囲める都市で開催するのは、アメリカのトランプ大統領やロシアのプーチン大統領などに対し、開かれた民主主義というメッセージを発信するホスト国のメルケル首相の特別な想い、或いは賭けがあるようだ。G20ハンブルグ・サミットが成功裏に無事終幕することを祈念したい。

 

(後記)

 サミット会場の周辺ではデモなどの混乱も無く、平穏に終幕した。しかし、貿易や温暖化問題では「自国第一」を掲げるトランプ大統領との深い溝を埋めることが出来ず、アメリカvs他の19ヵ国の対立、即ち1対19という深刻な構造が一層鮮明になった。

 

          ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

世界の人形館のご見学

 筆者ことワールド・トラベラーが館長を務める世界の人形館では、272カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを多数展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。慈善活動につき、入館料は無料です。

 

    −−− 国境の無い平和な「世界の人形館」の館内風景 −−−

  

 但し、セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。
TEL:04−7184−4745 又は Eメール: ko-yasu@maple.ocn.ne.jp   

 

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北総の小江戸「佐原」の景観散歩とヨーロッパの水郷
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 一昨日(6月22日)は鬱陶しい梅雨が小休止し、本格的な夏到来を思わせるような晴天の暑い日であった。2年ほど前より入院闘病中の妻の見舞い・介護で明け暮れする毎日だが、気晴らしにと入会している「我孫子の景観を育てる」催行の景観散歩に急遽当日参加した。向かった先は千葉県・香取市の佐原。かつて佐原市として存在したが、2006年3月に他の町々と合併して香取市になった。東京の中心地から約70km、成田国際空港から15kmほどに位置する。

 江戸時代から利根川の水運で栄え、水郷の町として知られる。町の中心を流れる利根川の支流、小野川沿いには、北総の小江戸とも呼ばれる往時の町並みが今も健在だ。何度訪れても同様に感じるのが、小粒ながらも味わいのある水郷の趣だ。江戸優りと呼ばれる独自の華やかな文化を開花させたが、その集大成と言えるのが日本一の大人形が山車で曳き回される「佐原の大祭」である。因みに、佐原を訪れたのは今回初めてではなく、次男の伴侶が同地出身のため何度となく赴いている。

 

 さて、町並み散策のスタートは小野川に架かる忠敬橋がオススメだ。この橋から少し南下すると、通称「ジャージャー橋」と呼ばれる樋橋がある。もとは300年近く前の江戸時代に造られた佐原村用水を、小野川の東岸から対岸の水田に送るための大樋であった。橋の下側につけられた大樋を流れる水が、小野川にあふれ落ち音を立てることから、「ジャージャー橋」の通称で親しまれてきた。30分毎の落水は、「残したい日本の音風景100選」にも選ばれているとか。

 

  

       忠敬橋       樋橋より小野川と  ジャージャーと音を立て

               忠敬橋を望む   水があふれ落ちる樋橋

 

 この橋の袂にあるのが伊能忠敬旧宅だ。我が国で初めて日本国土の正確な姿を明らかにした伊能忠敬が、17〜50歳までの約33年を過ごした家である。醸造業などを営んでいた伊能家の土蔵造りの店舗をはじめ、書院、炊事場、土蔵などが残る。特に土蔵は忠敬が婿養子に入る前に建てられていたもので、築後200年以上の貴重な建物だ。小野川に面した旧宅の正面には「だし」と呼ばれる荷揚げ場があり、今では舟巡りの乗り場になっている。

 

 また、忠敬橋に戻って町のメインストリートを東へ行くと、八坂神社の境内の一角に水郷佐原山車会館がある。ビデオシアターの3面パノラマ大画面で佐原の大祭の迫力を体感後、山車展示室で豪華絢爛な山車を間近で見た。山車の上部には歴史上の人物をモチーフにした大人形や鯉の藁細工が据えられ、身の丈は5mほど、山車全体では約9mになり圧倒されそう。

 

   

伊能忠敬旧宅前に立つ筆者    旧宅内の象限儀      山車会館内  

 

 八坂神社からさらに東へ向かうと、創建が2600年以上も前の神代まで遡る香取神宮がある。伊勢神宮や鹿島神宮と共に三神宮の一つで、日本各地にある香取神社の総本社が香取神宮である。短めの参道を進むと朱塗りの大鳥居が見え、さらに総門下石鳥居、総門、楼門をくぐると黒っぽい重厚な感じの本殿に出る。1996年10月、この本殿で今や大学生に成長した初孫のお宮参りや、その後の七五三祝いなどもした想い出深い場所だ。

 

 ところで、時間が無かったので水郷佐原の名物である舟巡  が出来なかったが、17年前には妻や孫と楽しんだことを懐かしく想起する。江戸情緒が残る歴史的町並みを見ながら30分ほどの水上散歩は、まるで時が止まりタイムスリップしたような錯覚に陥るレトロ感を堪能した。

 

  

 香取新宮で初孫のお宮参り     忠敬橋付近の商店    忠敬橋近くの小野川

   1996年10月妻と共に

 

  一方、私ことワールド・トラベラーは世界の水郷、或いは水の都を数多く訪れている。超有名な所ではイタリアのヴェネツィアがあるが、佐原に比較的よく似た、こじんまりとした感じのヨーロッパの水郷の一部を紹介しよう。

 

 先ず、1999年4月に妻と一緒に旅したベルギーのブルージュは、首都ブリュッセルの西北88km、ベルギー北部にある古都で人口は約12万人。運河と橋が多く「北のベニス」と呼ばれ、12〜13世紀にはヨーロッパ第一の貿易港となり、現在も中世に栄えた町並みが残る。かつて水路で北海と繋がっていたブルージュは「橋」を意味し、その名の通り縦横に巡らされた運河に50以上の美しい橋が架かる。

 水都の中心にあるマルクト広場は、ヨーロッパでも美しい広場として5指に入る。広場の周りには47個のカリヨンがヨーロッパ随一の音色を響かせる市庁舎、町のシンボルである高さ88mの 鐘楼などが建ち、運河巡りの船もこの辺りから出ている。ほかに、町の南外れにあるベギン会修道院は1245年に設立され、15世紀当時の修道服を身にまとったベネディクト派の修道女がひっそりと質素に暮らす。また、修道院近くには愛の湖公園が広がり、豊かな緑に包まれた湖に白鳥が戯れる光景は一幅の絵を観るよう。

 

                  −−− ブルージュの想い出 −−−

  

マルクト広場近くの運河   鐘楼付近の運河で  鐘楼やマルクト広場俯瞰

              妻とのツーショット

 

  次に2007年6月に訪れたドイツのバンベルグは、南部ドイツのバイエルン州の北端に位置する、人口7万人ほどの古都である。第二次世界大戦の戦火を免れ、石畳の小道など中世の名残りを現在も色濃く留める。小さな町だが、千年の歴史を持つ水郷の町は見どころが意外に多い。先ず、旧市街の真ん中を流れるレグニッツ川に架かる橋の上にある旧市庁舎は、外壁のフレスコ画が一見の価値がある。

 そこから少しそれて北東方向に進むと、レグニッツ川沿いに小ヴェネツィア地区がある。カラフルな漁師の小さな家も建ち並び、まさに「小ベニス」の佇まいだ。また旧市庁舎に戻り西へ坂を上ったところがドーム広場で、4つの大きな尖塔を持つ1237年完成の大聖堂がそびえ建つ。町中では最も人目を引く建物だが、内部も「バンベルクの騎士」の彫刻など見るべきものが多い。

 

                       −−− バンベルグ3景 −−−

    

 レグニッツ川沿いの      大聖堂    レグニッツ川岸を散策 

 小ヴェネツィア地区

 

 こうして我が佐原とヨーロッパの水郷の写真を見ながら比較すると、外見的にはかなりの違いがある。文化や歴史、風土などの背景も異なるので、当然と言えば当然であろう。だが、水郷の主役である川や運河などが長年にわたり育んできた情緒、或いは詩情はそこはかとなく相通ずるものがあるようだ。と思うと無性に彼の地を旅したくもなるのだが、妻の病状を考えると空しく切ない願望に萎んでしまう。

 

          ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇

 

 筆者には下記著書があり、ご関心ある方は是非ご愛読下さい。

 

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世界の人形館 TEL 04−7184−4745
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強暴採決で成立した共謀罪法とパレルモ条約ゆかりの旅
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 最近の安倍政権は尋常でなく、品が無いことが多過ぎるようだ。実際に存在するものを「無い」と言い切ったり、都合の悪い文書を「怪文書」と呼んでみたり、野党側に突っ込まれると「印象操作」を乱発して逃げ切ろうとしたり、告発者を執拗に個人攻撃したり、果ては国会で改憲につき訊かれると「読売新聞を熟読せよ」と言い放つ。肝心の政策論議を棚上げし、まるで低支持率に喘ぐ政権末期?を彷彿させる迷走ぶりである。

 

 計画の時点から犯罪を処罰する共謀罪法が一昨日(6月15日)、参議院本会議で自民党・公明党・日本の維新の会の賛成多数で可決され成立した。その強引なやり方は究極の「中間報告」の手続きを使い、一方的に参議院の委員会審議を打ち切って本会議で採決を強行する奇襲戦法であった。まさに共謀ならぬ強暴採決の趣だが、どうもボタンの掛け違いをしているようだ。

  安倍一強時代に入り、どうも強権発動的な国会での採決や閣議決定が多いようである。数の力で押し切ろうとする政府・与党の姿勢は、驕り以外の何物でもなく、時には嫌悪感すら覚え不愉快だ。メディアにより共謀罪とか、テロ等準備罪と表現されるが、正式名称

は組織的犯罪処罰法改正案である。処罰される行為はテロ集団など組織的犯罪集団の活動として、2人以上による277の犯罪計画が対象だ。

 

 この法案の議論のきっかけは、「多様化するテロは起こってしまったら後の祭りで、未然防止が極めて重要」との指摘である。未然防止は実行後でなく計画と実行準備行為が発見された時に可能につき、テロ等準備罪はテロに対応する有力な法制に成り得るとする。また、政府説明では現行法の予備罪等のみでは足りず、共謀罪等の新たな罪状を新設しなければ国際組織犯罪防止(TOC)条約を批准することができないと主張する。

 因みに、このTOC条約は、組織的な犯罪集団への参加・共謀や犯罪収益の洗浄・司法妨害・腐敗(公務員による汚職)等の処罰、及びそれらへの対処措置などについて定める国際条約である。2000年12月にイタリアのパレルモで署名会議が開催されたので、パレルモ条約とも呼ばれる。2016年10月の時点で、署名国は147、締約国は187だが、我が国は未締結である。因みに、TOC条約の関係者によれば、条約の目的はテロ対策ではないと指摘する。

 

 共謀罪の可否については立場が違えば賛否両論分かれるのは無理もないことだが、加計学園問題と共に国会の会期内(6月18日まで)に強引に幕引きを図ろうとするする政府・与党の傲慢な姿勢には賛同できない。森友学園問題に端を発した昭恵夫人も含めた安倍晋三首相の公私混同ぶり、安倍一強を軸に長期政権安定が続く様々な弊害などが目立ち始め我慢ならぬ昨今だ。

 共謀罪法が成立した当夜、国会前でささやかな抗議デモがあったが、黒白をハッキリとつける傾向がある外国では恐らく大規模且つ過激なデモがあるだろう。隣国の韓国などがその例だ。或いは時の指導者が凶弾の標的になろうが、平和でオメデタイ我が国では斯様な心配はご無用のようだ。これは世界を272の国・地域を制覇した私ことワールド・トラベラーの率直な感想である。

 

 さて、先述のパレルモだが、5月22日付け幣ブログ『G7タオルミーナ・サミット2017開催のシチリア島の旅(イタリア紀行-2』で紹介済みだ。2000年4月に妻と一緒に訪れた懐かしい旅の想い出を、一部重複するが今一度回顧してみよう。

 

   ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆

 

 シチリア島の北西岸にある州都のパレルモは島内最大の都市で、約68万人の人口はイタリア第5位である。かつてフェニキアの植民都市がその起源で、ドイツの文豪ゲーテは「世界で最も美しいイスラム都市」と称えたほどだ。ビザンチン・アラブ・ノルマンの3様式が妙に融合する街は、旧市街と新市街に分かれる。見どころは歴史遺産が集中する旧市街に多い。

 

         

          カテドラーレ前の筆者と妻             クワトロ・カウンティー

 

     

     パラティーナ礼拝堂                サン・ジョヴァン二・デリ・

                                                                  エレミティ教会

 

 先ず、パレルモの歴代王の墓がある大聖堂カテドラーレは、12世紀末に建てられたシチリア・ノルマン様式の壮麗な教会である。世界最大級のパイプオルガンや、大聖堂と鐘楼をつなぐゴシック式のアーチが人目を引く。カテドラーレから西へ約400m行くと、1140年に完成したパラティーナ礼拝堂がある。ノルマン王宮の玄関を入り奥に進むと、壁や祭壇が金色の見事なモザイクで飾られたパラティーナ礼拝堂がある。

 この礼拝堂のすぐ南にあるのが、12世紀中頃建立のサン・ジョヴァン二・デリ・エレミティ教会だ。アラブ・ノルマン様式の赤いドームが愛らしく、イタリアらしからぬ雰囲気がある。一方、大聖堂から東へ500mほど向かうと、クワトロ・カウンティーという交差角がある。外壁がスペイン・バロック様式の建物が並び、様々な彫像で飾られているのが見逃せない。

 

 郊外で見逃せないのは、パレルモ市内から南西へ8kmに位置し、カプート山の中腹にあるモンアーレが一押しだ。1176年に完成したノルマン・アラブ様式のドゥオモは、聖堂内部がアダムとイブなどのモザイクで覆われ、その美しさは思わず息を呑むほどである。また、聖堂の横にあるベネディティーニ修道院では、モザイクで彩られた回廊キオストロが中庭を囲み、イスラム風でスペインのアルハンブラ彷彿させる。

 また、モンアーレから更に53kmほど南西に向かうと、古代ギリシアの都市遺跡、セジェスタ遺跡がある。標高305mのバルバロ山の中腹にあり、広大なブドウ畑が広がる。紀元前5世紀建造のドーリア式のギリシア神殿は立派で保存状態も良いが、円形劇場は意外に小さく少々期待外れであった。

 

      

            モンレアーレの全景             モンレアーレの回廊と中庭

 

    

 セジェスタ遺跡のギリシア神殿前  セジェスタ遺跡の円形劇場

 に立つワールド・トラベラーと妻

 

   ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆

 

 波乱続きの第193通常国会は昨日(16日)事実上閉会した。安倍政権が最重要法案と位置付けた改正組織犯罪処罰法は、参議院法務委員会の採決を省略する乱暴極まりない与党の国会運営によって成立した。5カ月間の会期中は安倍政権の疑惑や失言が相次ぎ、その影響を抑えるため情報の隠蔽と強弁が繰り返された。

 「忖度」とか「印象操作」など今年の流行語大賞の候補になりそうな言葉には、うんざりし辟易もした。安倍晋三首相の空気を読んで忖度し動く与党と官僚たちにより、安倍1強の様々な弊害が顕在化した国会であったようだ。長期安定政権も良いが、そろそろ賞味期限が近付いているようである。

 

                                   ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

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世界では珍しくない生前退位
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 83歳とご高齢の天皇陛下が今後も公務を続けるのが困難なことを案じ、陛下の生前退位を実現する特例法が、昨日(6月9日)参院本会議で可決され成立した。この生前退位が実現すれば、江戸時代後期の光格天皇以来、約200年ぶりとなる。特例法は将来的に強制的な譲位が起こらないよう退位に至る事情を明記しており、退位後の称号は天皇陛下が「上皇」、皇后さまは「上皇后」、皇位継承順位が1位となる秋篠宮さまは「皇嗣」となる。

 因みに、陛下の退位日は法律の公布から3年を超えない範囲内とされ、政府は2018年12月下旬に退位と皇太子さまの新天皇即位を実現させ、2019年元日に元号を改める日程を軸に検討するとか。また、18人いる皇室の方々の中で女性は14人もおられるだけに、特例法の付帯決議では女性宮家創設の検討が求められている。皇族数の減少が進む折柄、皇室の安定的な維持は今後重要な課題になろう。

 

 一方、過日傘寿を迎えた筆者は元号が改められるまで生き長らえると、昭和・平成・次の元号の3元号を跨ぐことになる。しかし、認知症を患い終末期を迎えた妻は、とてもそれまで存命しないであろう。と思うと、いつもの愚痴で恐縮だが、切なく悲しくもなる。

 

 さて、この生前退位だが、世界では結構あり格別に珍しいものではない。外国の王室では国王らが自らの意思で地位を譲る例が多く、主に高齢や健康上の理由で古くから退位してきた。特に近年のヨーロッパでは、高齢な国王らの退位が相次いでいる。21世紀になってからの退位例を紹介しよう。

 

●カンボジアのシアヌーク国王(2004年10月)

 1941年4月〜1955年3月と1993年9月〜2004年10月と2度も在位した。2度目は高齢や健康問題などを理由に生前退位した。因みに、カンボジアの混乱した歴史にも拘わらず、2度にわたり国王のほかに大統領や首相などになったので、ギネスブックは「世界の政権で最も多くの経歴を持つ政治家」と認定した。

 

●ウータンのワンチュク国王(2005年12月)

 国民向け演説で2008年に総選挙を実施して民主化を進め、退位する方針であることを明らかにした。この年3月にはブータン初の成文憲法制定に向けた草案を発表し、民主的な立憲君主制を政体として明記した。また65歳の国王定年制の導入も掲げ、翌年に息子の皇太子に王位を譲る勅命を出した。

 

●クウェートのサアド首長(2006年1月)

 皇太子時代から体調が思わしくなく、公の場にほとんど姿をみせない状態が続いた。そこでクウェートの国民議会は、サアド首長を健康面で懸念があり、職務が遂行できないとして退位させることを全会一致で決めた。サアド首長の在位はわずか10日であった。

 

    

    天皇陛下   シアヌーク国王  ワンチュク国王       サアド首長

           (インターネットより転用・加工済み)

 

●オランダのベアトリックス女王(2013年1月)

 1980年にユリアナ女王から譲位され、女王に即位した。2013年初頭にテレビ演説し、長男のウィレム・アレキサンダー皇太子に王位を譲ると表明し4月30日に退位した。オランダでは3代女王が続いたので、男性の国王は123年ぶりであった。因みに、オランダの憲法では退位時の継承方法を定めており、ベアトリックス女王まで3代続けて自ら退位した。

 

●バチカンのベネディクト法王(2013年2月)

 ドイツ出身の第265代ローマ法王は、2005年4月に即位した。退位の日は法王庁からヘリコプターでローマ郊外にあるカステルガンドルフォの離宮に移り、「一人の巡礼者として、最後の歩みを始める」と最後の言葉を語った。719年ぶりに自由な意思によって生前退位し、名誉教皇となった。

 

●ベルギーのアルベール2世(2013年7月)

 1993年8月に即位したが、高齢と健康上の理由から退位して長男のブラバント公フィリップに譲位した。1831年に現在のベルギー王室ができて以降、国王が自発的に退位するのは初めてであった。退位後も「ベルギー国王アルベール2世陛下」の称号は維持された。

 

●スペインのフアン・カルロス1世(2014年6月)

 1975年11月に即位し、フランコ独裁後のスペイン民主化の擁護者として信望があった。またヨットの代表選手としてオリンピックに出場し、2002年のユーロ導入まで発行されていたスペイン紙幣に肖像が使用された。しかし、アフリカでの象狩りツアーなどが発覚し、経済危機で苦しむ国民に不満が高まり退位を余儀なくされた。

 

    

ベアトリックス女王  ベネディクト法王  アルベール2世   カルロス1世

 

 因みに、イギリスでは90歳のエリザベス女王が在位64年と歴代最長だが、これまで退位が検討されたことがない。英王室に生前退位の規定はなく、あくまで本人の意思によるとされる。なお、1936年にエリザベス女王の伯父にあたるエドワード8世は、米国人女性と結婚するために在位わずか1年足らずで国王を退位した。

 

 私ことワールド・トラベラーはもちろん、上記の国々をすべて訪問済みで、特にクウェートは商社マンとして1971年〜1974年に駐在したことがある。同国の国王一家、サバーハ家を熟知しているが、隣国のサウジアラビアなどと共に国王は絶対的である。半世紀近く経った今でも、家族(妻・小学生であった長男と次男)と一緒に過ごした貴重なイスラムの生活体験を懐かしく想起する。

 

       −−− クウェート駐在時代の懐かしきスナップ −−− 

 

    サバーハ家の看板前で家族と共に    勤務先の事務所で執務する

       (右端が筆者)         ワールド・トラベラー

 

 因みに、筆者にはクウェートに関する下記著書があり、ご購読願えれば誠に幸甚です。

 

       ワールド・トラベラーだけが 知る素顔のイスラム 

            新潮社 定価1,500円+税 

         シリアやイスラム国(IS)なども詳しく解説

    

 なお、幣著書のお買い求めはアマゾンなどのインターネットショッピングや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。
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世界卓球2017とドイツ・デュッセルドルフの想い出
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 先々月に傘寿を迎えたのを機に、最近またテレビを視聴する時間が激減した。10年ほど前まではサスペンスドラマに嵌まっていたこともあっただけに、隔世の感だ。何故か観たいという気持ちにならないのは、ひょっとしたら認知症の前兆かも知れない。ところが、5月29日からドイツのデュッセルドルフで始まった卓球の世界選手権の番組放映は例外で、連夜遅くまでテレビに釘付けになっている。

 理由は若い日本選手たちの大活躍で、メダル奪取が続くからだ。筆者が若かりし頃は体操と共に卓球日本の全盛時代であったが、その後は中国などに歯が立たなくなってしまった。ところが開催中の世界卓球では、日本勢の連日のメダルラッシュで熱い。特に男子シングルで13歳の中学生の張本智和選手をはじめ、女子シングルの平野美宇選手、男女ダブルスや混合ダブルスでも快進撃が続く。3年後の東京五輪を控えているだけに、頼もしい限りである。

 

             −−− 大活躍の日本選手たち −−−

  

   男子シングル      混合ダブルス     女子シングル

         (インターネットより転用・加工済み)

 

 さて、世界卓球の舞台になっているデュッセルドルフと言えば、今からちょうど10年前の2007年6月に訪れた旅の想い出が沸々と湧いてくる。同市はライン河畔の大商都で、人口は約61万人。日系企業が数多く進出しており、ノルトライン・ヴェストファーレン州の州都である。

 また、ブルーバナナと呼ばれる、経済的にも人口的にも発展した地域内に位置し、金融やファッション、世界的な見本市で知られる。既に2015年3月31日付けの幣ブログ『ドイツ周遊(その1)と衝撃のドイツ航空機墜落事故など』で若干触れているが、今回はもう少し詳しく紹介しよう。

 

    ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆


  著名な作家・詩人のハイネを生んだ街はドイツ有数の大商業都市であるが、観光的には見るべきものは多くない。しかし、ライン川沿いにある旧市街アルトシュタットは古い石畳や小道が歴史を感じさせ、こじんまりとしているが意外に見どころが多い。その中心にあるマルクト広場に面して後期ゴシック様式と初期のルネッサンス様式を取り入れた旧市庁舎が建ち、その前には選帝侯ヨハン・ヴィルヘルム2世、通称ヤン・ヴェレムの騎馬像が立つ。

 

  

ライン川と旧市街の聖ラン  旧市庁舎と騎馬像を     マルクト広場

ベルトゥス教会など俯瞰    背にする筆者

 

 広場から300mほど北には、聖ランベルトゥス教会がある。1380年に建てられた教会は、デュッセルドルフ最古の教会で、バジリカ(中廊が側廊より高い教会)で有名だ。外見は質素なスタイルのレンガ風ゴシック様式だが、印象的な高い尖塔は遠くからでもひときわ目立つ。内部で見逃せないのが黒や灰色のシックな色味のステンドグラスで、彫刻やレリーフも歴史の重さを感じさせる。

 

 一方、騎馬像の前から始まる「世界で一番長いカウンター」と呼ばれるボルカー通りを行くと、右側にハインリヒ・ハイネの生家がある。1797年にユダヤ系商人の家庭に生まれたハイネは、大学卒業後は商人や法律家志望などを経て、ドイツを代表する作家であり抒情詩人になった。また、自由を求めて生涯戦い抜き、行動的な芸術家として世界中に多くの愛読者を持つ。因みに、生家の現在は、ビーアアカデミーというビールレストランになっている。

 

 このレストランから北東およそ1kmには、緑豊かな公園が広がるホーフガルテンがある。かつて宮廷の狩場であった公園では、約2万6000屬旅大の敷地に池や花壇、博物館などが点在して市民の憩いの場となっている。また、この公園の外れにあるイエーガーホーフ城は狩猟用の館であったが、現在はゲーテ博物館になっている。ゲーテにまつわる約3万点に及ぶ資料が集められ、作品『ファウスト』の自筆原稿などが展示され興味深い。

 

  

   ホーフガルテン     ハインリヒ・ハイネの生家   ゲーテ博物館

 

 ヨーロッパで海外在留邦人が多い都市は、1位がロンドン、2位がパリ、3位がデュッセルドルフである。また、ライン河畔の都市としてはケルンやボンのほうが見どころが多いが、ヨーロッパ有数の日系企業の拠点になっているデュッセルドルフには日本の旅行者を懐かしく祖国を想起させる魅力があるようだ。

 特に街の中心を走るインマーマン通りには欧州最大の日本人街があり、飲食店などに「アルバイト募集」という日本語で書かれた外看板やチラシを目にする。日本料理店やラーメン店、スーパーや雑貨店に至るまで、この界隈ではすべて日本語でOKであるとか。 

 

    ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆

 

後記

 混合ダブルスでは吉村真晴・石川佳純のペアが金メダル、男子ダブルスで森薗政崇・大島祐哉のペアが銀メダルと丹羽孝希・吉村真晴ペアが銅メダル、女子シングルスで平野美宇が銅メダル、女子ダブルスで伊藤実誠・早田ひなのカップルが銅メダルを獲得した。いずれも16年〜48年ぶりの快挙だ。(6月5日)

 

                     ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

世界の人形館のご見学

 筆者ことワールド・トラベラーが館長を務める世界の人形館では、272カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを多数展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。慈善活動につき、入館料は無料です。但し、セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。

TEL:04−7184−4745 又は Eメール: ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

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G7タオルミーナ・サミット2017開催のシチリア島の旅(イタリア紀行-2)
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 地中海で最大の島はどこか、ご存知であろうか?広さは北海道の3分の1ほど、2万5702km2の面積を持つイタリアのシチリア島である。

 

 5月26日〜27日、G7サミット首脳会議がシチリア島のタオルミーナで開催される。出席者は我が日本の安倍晋三首相をはじめ、ドイツのアンゲラ・メルケル首相、アメリカのドナルド・トランプ大統領、フランスのエマニュエル・マクロン大統領、イギリスのテリーザ・メイ首相、イタリアのパオロ・ジェンティローニ首相、カナダのジャスティン・トルドー首相の7ヵ国のリーダーたちだ。ほかに、欧州連合(EU)から大統領と欧州委員会委員長が加わる。

  この1年間で各国首脳陣の顔ぶれが大幅に替わり、アメリカ、フランス、イギリス、イタリアは新顔になった。一方、森友学園や加計学園の疑惑問題を抱えながらも相変わらず一強を続ける安倍首相は、メルケル首相に次ぐ古参になった。最近では共謀罪法案や憲法9条の改憲などで世論を無視した強引な政治手法が気懸かりだが、来年のサミットでもその名があるであろうか?

 

   

 

 今年のサミットで主人公になるのは、やはりトランプ大統領であろう。既にサミット前から種々話題を提供し、大いに注目されている。例えば、就任後初の外遊先は歴代大統領たちが出かけたカナダやメキシコではなく、5月20日に訪問したサウジアラビアや22日に入るイスラエル、いわゆる中東である。特に、サウジアラビアでは約1100億ドル(約12兆円)の武器売却を決めるなど、得意のビジネスで商談をまとめてご満悦だ。自身はロシア・ゲート疑惑など様々な内憂を抱えながらの外交デビューだが、三大宗教(キリスト教・イスラム教・ユダヤ教)ゆかりの聖地を訪ねてイスラエルとパレスチナの中東和平の仲介に乗り出すよう。

 中東に加え、ローマ法王と会見するバチカン、北大西洋条約機構(NATO)と話し合うベルギーを訪問後にG7サミットに臨むわけだが、圧力を続ける北朝鮮問題などでは国際的な指導力を発揮したい目論みもあるようである。筆者の私見としては、近年は形骸化して仲良しクラブになり無力化したG7を、トランプ大統領辺りが問題提起(中国やロシアの参加など)して再構築してもらいたいものだ。また、その一部をG7でのキャリアを活かして安倍首相にも担って欲しいが、果たしてその度量があるのであろうか? 

 

  さて、本題のG7サミットに戻ろう。首脳会議はシチリア島随一の景勝地と言われるタオルミーナで開催される。私ことワールド・トラベラーは2000年4月に妻と共に麗しのシチリア島を周遊したことがある。実は2年前より認症で入院中の妻だが、第2のハ

ニームーンを楽しんだかのような彼女との懐かしき想い出はあたかも走馬灯に映る影のよう。以下、その旅の模様を紹介しよう。

 

    ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆

 

 地中海文明の十字路に位置するシチリア島(州)はかつてマフィアで恐れられたが、今は保存状況も良好な古代遺跡も残る平和なリゾートアイランドである。最大都市は島の北西岸にある州都のパレルモで、人口は約68万人はイタリア第5の大都市だ。かつてフェニキアの植民都市がその起源で、ドイツの文豪ゲーテは「世界で最も美しいイスラム都市」と称えた。ビザンチン・アラブ・ノルマン様式が巧く溶け合う街は、旧市街と新市街に分かれるが、見どころは歴史遺産が集中する旧市街だ。

 パレルモの歴代王の墓がある大聖堂カテドラーレは、12世紀末に建てられたシチリア・ノルマン様式の壮麗な教会だ。世界最大級のパイプオルガンや、大聖堂と鐘楼をつなぐゴシック式のアーチがひときわ目立つ。12世紀中頃建立のサン・ジョヴァン二・デリ・エレミティ教会は、アラブ・ノルマン様式の赤いドームが愛らしく、イタリアらしからぬ雰囲気が漂う。「4つ辻」を意味するクワトロ・カウンティーという交差角では、外壁がスペイン・バロック様式の彫刻で飾られた建物が並び興味深い。

 

                                 −−− パレルモ −−−

   

カテドラーレ前の筆者と妻  サン・ジョヴァン二・ モンレアーレの回廊 

             デリ・エレミティ教会  キオストロと中庭

 

 郊外では、パレルモ市街から南西8km、カプート山の中腹にあるモンアーレが一押し。1176年に完成したノルマン・アラブ様式のドゥオモは、聖堂内部がアダムとイブなどのモザイクで覆われ、その美しさは溜め息が出るほど。また、聖堂の横にあるベネディティーニ修道院では、モザイクで彩られた回廊キオストロが中庭を囲み、イスラム風でスペインのアルハンブラに似た感じだ。

 

 次に、サミットが行われるタオルミーナはパレルモから東240kmほど、島の北東部に位置する人口約1万人の小さな町である。エトナ山とイオニア海を望むシチリア島きっての風光明媚なリゾート地で、観光名所の旧市街は標高206mの高台にある。前にはエメラルド色のイオニア海に面し、美しく湾曲する海岸線が遠くまで見渡せ、背後には雄大なエトナ山を望むパノラマが最高に素晴らしい。メインストリートのウンベルト通りでは、洒落たレストランやお店が軒を連ねる。

 ハイネやバイロンも絶賛したギリシア劇場は、シチリアで2番目に大きい収容人員4400人の劇場で保存状態が良好である。劇場舞台の後ろには、シチリアの最高峰3323mのエトナ山がそびえ絶景だ。見晴らし抜群のもうひとつのポイントしてお薦めしたいのが、町の南側の崖の上にある市民公園。ブーゲンビリアなどの熱帯植物も茂る公園テラスから眺めるイオニア海と海岸線は、言葉を失うほどの美しさだ。旧市街がある高台以外では、イオニア海に面したマッファーロ海岸がゆったりと寛げる穴場だ。

 

                                     −−−  タオルミーナ −−−

  

ギリシア劇場とエトナ山  イオニア海を背にする イオニア海沿いの海岸

            妻とワールド・トラベラー

 

 上述のほかに、ギリシア神殿遺跡が残る神殿の谷があるアグリジェント、幾何学者アルキメデスが生まれたシラクーサの古代ギリシア劇場やディオニシオの耳という洞窟、セジェスタのギリシア神殿などが見逃せない。

 

  

    アグリジェント:    シラクーサ:            シラクーサ:古代  

  コンコルディア神殿    ディオニシオの耳          ギリシア劇場

 

   ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆

 

 1975年にスタートしたG7は、 最盛期には世界全体の国内総生産(GDP)の7割近くを占めたが、近年のG7シェアは半分以下に低下してしまった。一方、ロシアや中国、インドなどの新興国も参加する20カ国・地域(G20)の発足で、G7は単なる「先進国の社交クラブ」と揶揄される始末だ。また、トランプ大統領が自説の「米国第一」に拘るあまりG7で指導力を発揮できなければ、形骸化はさらに進んで無用論が声高に上がろう。

 

(後記)

 G7タオルミーナ・サミットは27日に首脳宣言を採択して閉幕した。「米国第一主義」をとるトランプ米国大統領の初参加で、北朝鮮問題やテロ対策などでは足並みは揃ったが、自由貿易や地球温暖化では意見調整は難航した。米国は最終的に「開かれた市場を堅持し、保護主義と闘う」との文言を首脳宣言に盛り込むことを受け入れたが、G7の形骸化に歯止めをかけることは出来なかったようだ(5月27日)。

 

                   ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

世界の人形館のご見学

 筆者ことワールド・トラベラーが館長を務める世界の人形館では、272カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを多数展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。慈善活動につき、入館料は無料です。

 

    −−− 国境の無い平和な「世界の人形館」の館内風景 −−−    

      

 但し、セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。
 TEL:04−7184−4745 又は Eメール: ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

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