世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
史上初の米朝首脳会談が開催されるシンガポールの今昔
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 筆者は1969年1月に旧ソ連を訪れて以来、半世紀近く世界を旅し見聞してきたが、この数十年で大変貌を遂げた都市(国家)が3つある。第一はドバイ、第二は上海、第三はシンガポールである。そのシンガポールだが、史上初の米朝首脳会談が開催される歴史的な場所になろうとしている。来る6月12日に、アメリカのトランプ大統領と金正恩朝鮮労働党委員長が会談するが、過日の南北首脳会談で合意した「板門店宣言」で明記された朝鮮半島の「完全な非核化」に向け、米朝が合意できるかが最大の焦点だ。また、北朝鮮お得意の揺さぶりも予想され、会談実現までの紆余曲折は不可避であろう。

 朝鮮戦争(1950〜1953年)や冷戦時代を通じて約70年にわたり敵対関係にあり、核問題などで対立してきただけに米朝両国の首脳による歴史的な会談となろう。件の板門店宣言には朝鮮戦争の終戦を年内に宣言することが盛り込まれており、米朝首脳が分断状態の続く朝鮮半島に平和をもたらす道筋を示すことができれば、日本を含む北東アジアはもちろん、世界の安全保障体制にとっても大きな転換点となり得よう。また、会談が成功裏に行われば、今年のノーベル平和賞の有力候補になるのではとの声も出ている様。

 

   

                      (ネットより転用・加工済み)

 

 さて、会談場所だが、当初はヨーロッパの都市、モンゴルの首都ウランバートル、板門店あたりも候補地になった様だが、結局シンガポールに落ち着いた。では、何故シンガポールが選ばれたのであろうか?実は北朝鮮とシンガポールは意外に共通点が多いのだ。例えば、金一族の世襲体制が続く前者に対し、後者もリー(李)ファミリーの実質的世襲が続く。また、両国は建国以来、一党優位政党制であり、北朝鮮は朝鮮労働党、シンガポールは人民行動党が議会議席の大多数を占める。

 何と言っても注目すべきは、両国は国交がある友好国であることだ。人権問題などを抱えタカ派的な北朝鮮に対し、民主的なハト派のイメージが強いシンガポール、対照的な一面もあるが・・・。また、カジノ経営者がトランプ大統領の支持者であることや、シンガポールの政治的な中立性が高いことも決め手になったのであろう。ドバイと共に世界的な都市国家になったシンガポールを、筆者は1977年7月の初訪以降11回も訪れている。この40年ほどで様変わりしたシンガポールの今昔を紹介する。

 

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 商社マンとして1974〜1977年に駐在したクウェート勤務を終え、家族と共に帰国途中で立ち寄ったのが最初のシンガポール訪問だ。その後1979〜1984年にジャカルタに駐在時代は、飛行機で1時間半と近いため8回も出かけるほど虜になった。シンガポール最大の魅力はクリーンな「ガーデン・シティ」と呼ばれるほど緑が豊かで、中国系・マレー系・インド系の人々が絶妙に融合する多民族国家であることだ。

 1980年代前半まではまだ古い建物がかなり残り、イギリス植民地であった香りが強く漂う街並みであった。日中は華僑系の取引先と厳しい商談を強いられたが、夜になれば彼らに招待されて大きなナイトクラブに行き歓待されものだ。そこで中国系の歌手が舞台で歌っていたのが大好きな歌謡曲「北国の春」で、外国生活が長い筆者も日本が恋しくなることが往々にしてあった。

 

 2003年11月には約20年ぶりに再訪したが、インド人街を除き再開発が進んで古い街並みが壊され、近代的な都市国家に変身していた。例えば、シンガポール随一の名物である上半身がライオンで下半身が魚のマーライオンは移転し、セントーサ島というレジャーアイランドも開発が随分進んでいた。しかし、昔は大賑わいであったタイガーバウムはハウパーヴィラと改名、すっかりさびれ閑古鳥が鳴いていた。2005年7月は2人の孫などと3世代の家族旅行でナイトサファリなど楽しんだが、シンガポールでの最高の思い出になった。

 

              −−− マーライオンの今昔 −−−

             ビフォー         アフター

 

 

 

1977年7月妻・長男・次男と  2005年7月次男夫婦、孫達と

(マーライオンを背にして) 

 

      −−− セントーサ島の今昔 −−− 

       ビフォー       アフター

 

   妻・長男・次男と       次男夫婦、孫達と

    

 目を見張るような変貌を痛感したのが、2014年4月の旅である。マーライオンがあるマリーナ・ベイ地区で、近未来的でユニークな建物が増えたことだ。その代表がマリーナ・ベイ・サンズである。2010年7月にオープンした総合リゾートホテルは高さ200m、57階建ての3つの塔が屋上で連結し、その屋上には世界一高いプールまである。2561室のホテルのほかに、世界最大のカジノ、広大なコンベンションセンターやショッピングモール、多数のレストランやカフェ、美術館ある。また、アイススケート場や水の都ベニスを彷彿させる室内運河まであり驚いた。

 さらに、ホテルの東側に離接するガーデンズ・バイ・ザ・ベイも驚きを禁じ得なかった。2012年6月に開業したシンガポール最大の植物園施設は、総面積110ヘクタールという広大な敷地を誇る。様々なアトラクションが充実した中でも、一押しのオススメはスーパーツリー・グローブである。高さが25〜50mもあるツリーは、養成植物やシダ類を含め200種、16万本以上の熱帯植物を外壁に巻いた高層庭園だ。18本あるツリーのうち2本のツリーは、全長128mの空中散策路で繋がり、ここからはフラワードームなど含めガーデン全体を見渡せ近未来的な不思議な景色を堪能することができる。

 

      −−− マリーナ・ベイ地区の今昔 −−−

 

      ビフォー            アフター

  

  1980年代    マリーナ・ベイ・サンズ  近未来的な高層庭園

 

 先日81歳になり、足腰の衰えが身に染みる。加えて妻の長期入院もあり、今では海外旅行も容易ではない。もし出かける機会があれば、再訪したい国としてアジアではシンガポールがその最右翼になろう。小さい都市国家ではあるが、旅人をタップリ魅了するものが多々あるからだ。

 

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 振り返れば国際的な約束事を何度も反故にしてきた北朝鮮のこと、たとえ世紀の首脳会談が破談!?になっても驚いてはなるまい。対するアメリカもトランプ大統領は名うてのビジネスマン、あわば良くばノーベル平和賞狙いの会談を一種のディール(取引)と見做している様でもある。6月12日まで気の許せない毎日になろう。
 

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| 世界の旅−アジア | 20:14 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
14年ぶり首相に返り咲くマハティール氏とマレーシアの旅(3)
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 昨日(5月9日)行われたマレーシア総選挙(連邦議会下院、定数222)は即日開票され、マハティール元首相(92歳)が率いる野党連合が過半数の113議席を獲得して勝利した。野党連合の首相候補であるマハティール氏自身も、クダ州ランカウイ選挙区で当選した。2004年以来の国政復帰を果たし、14年ぶりに首相に返り咲くことになる。今後の政権運営の課題は、蔓延する汚職撲滅などであろう。

 一方、ナジブ首相(64歳)が率いる与党連合は79議席にとどまり、1957年イギリスからの独立後、初の政権交代が実現する見通しである。ナジブ政権は2013年の前回総選挙後、政府系ファンド(1MDB)の巨額資金流用疑惑などが発覚した。選挙戦では堅調な高い経済成長率を政権の実績としてアピールしたものの、国民の不信を払拭できなかった様だ。

 

 マハティール氏は我が日本にとっても所縁のある親日家である。医師から政治家に転じ、1981年にマレーシアの第4代首相になった。欧米ではなく、日本の経済成長を見習おうとのルックイースト(東方)政策を唱え、22年もの長期に及ぶ強力な指導力により、マレーシアを飛躍的に増大させた功労者である。92歳で返り咲く同

氏は世界最高齢の首相にもなる。

 

 さて、イスラム教徒が多い点で似通っている隣国のインドネシアに駐在経験がある私ことワールド・トラベラーは、1978年11月にマレーシアを初訪問以降、2008年7月まで6回も同国を訪れている。同国の概要などに就いては、既に2015年6月7日付け幣ブログ『キナバルの地震と悲劇(?』、2017年2月15日付け『金正男氏が殺害されたマレーシアの旅(2)クアラルンプール編』などで紹介済みだ。今回はクアラルンプール以北の西マレーシア(マレー半島)に関し、旅の模様を詳述する。

 

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 先ず、マハティール氏の生誕地、アロースターから始めよう。首都クアラ・ルンプールの北西462km、タイと国境を接するケダー州の州都で人口約22万人。20世紀初めまでタイの勢力下にあり、同国文化の影響も受ける。最初に訪れたのがマハティール氏の生家で博物館になっている、ルマ・クラヒラン・マハティール・モハマドである。かって医師であった同氏の一生やマレー人の生活ぶりなどを物語る展示品を見学したが、生存中に博物館があるのは極めて珍しい。

 この町で最も目立つのが、「アロースターの宝石」と称えられるザヒール・モスクだ。1912年に完成したムガール様式のモスクは、南インドのヒンドゥー建築からも影響を受けている。黒っぽい3つの大きなドームに迫力と美しさがあり、マレーシアで最大級のイスラム建築と言われる。このモスクから町の象徴、アロー・スター・タワー が望め、その展望台から360度の市街地のパノラマが楽しめる。モスクでもうひとつ見逃せないのが、町の北外れのアル・ブカリ・モスクである。地元出身の大富豪が建てたモスクだが、そのドームは言葉を失うほど優美だ。

 

       −−− アロースター散策スナップ −−−

  

        ザヒール・モスク      マハティール博物館を訪れた

                     ワールド・トラベラー

 

 ペラ州の州都でクアラ・ルンプールの北205kmに位置するイポーは、人口70万人を超えるマレーシア第3の大都市だ。1930年代にスズ鉱山の町として発展したが、商社マンであった筆者が訪れた1978年頃は鉱山閉鎖により町は停滞し、「死んだ」都市として知られるほど静かであった。その後現代的な街への再開発が図られ、30年後に再訪した時には旧市街よりも新市街が拡大し活況を呈していた。見どころはスズ景気の名残りを今も留めるイポー鉄道駅である。1917年に建てられたコロニアル風とムーア風の建築様式が混在し、まるで宮殿のような堂々たる建物だ。

 町の周辺には洞窟寺院がいくつかあり、市内から6km北のペラ・トンでは40体ほど仏像が安置され、中でも高さ13m近い金色の仏陀坐像がひときわ目を引く。また、郊外ではイポーから北西約50kmのクアラ・カンサーが見逃せない。風光明媚なペラ川畔に建つウブディア・モスクは、1917年ペラのスルタンの命で建たられた。金色のタマネギ屋根のドームと、聳え立つ尖塔ミナレットが青い天空に鮮やかに映える。イポーから西北へ86kmにあるタイピンでは、元はスズ採鉱場であった人造湖のレイク・ガーデンが見逃せない。緑に包まれた中国的な情景は山水画を鑑賞するよう。

 

    

           イポー鉄道駅     クアラ・カンサーのウブディア・モスク
     

 南シナ海を挟んで今も大自然が残る東マレーシア(ボルネオ島)のサラワクやサバほどではないが、マレー―半島にも緑豊かな自然が残る。例えば、クアラ・ルンプールの北東220kmほどにあるタマン・ネガラ国立公園は、マレー半島中央部の東、パハン州・クランタン州・トレンガヌ州の3州にまたがる。面積4343k屬六獲県に匹敵する広大な自然公園で、1億3千万年前からという世界最古の熱帯雨林に覆われる。巨木が立ちはだかるグプラタン・パヤをトレッキングし、手付かずの自然が満喫できるクアラ・テンベリン〜クアラ・タハン間のテンベリン川ボート遊覧を楽しんだ。

 また、クアラ・ルンプールの北190km、マレー半島中央部の西にあるキャメロン・ハイランドは、マレーシア有数の高原避暑地である。平均標高は約1500mで、年間を通じ気温が20℃前後と涼しい。英国統治時代に国土調査官ウィリアム・キャメロンが開発し、紅茶生産が盛んである。タイガーバームに少し似たユニークなローズセンター、国蝶ラジャ・ブルックがいるバタフライ・ファーム、丘の上に建つ豪華な中国仏教寺院・サンポー寺院などを訪ねた。

 

  

   タマン・ネガラ国立公園のグプラタン   キャメロン・ハイランド

  ・パヤをトレッキングする筆者        紅茶畑が広がる

 

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 マハティール氏が92歳で首相にカムバックするとは、誠にご立派であり驚きでもある。一回り若い81歳で人生を諦めた感のある筆者にとっても、考えさせられる点が多々ある。この人には「老害」という言葉は無関係なのであろう。生涯首相であって欲しい御仁である。

 他方、茶坊主議員たちにヨイショされ、森加計問題などで相変わらず往生際の良くない疑惑だらけのどこかの国の首相には、一刻も早くご退場願いたいものである。賞味期限がとっくに過ぎているにも拘わらず居座るとは、国民の間にどんよりと漂う空気が読めない御仁の様だ。

 

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| 世界の旅−アジア | 11:41 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
南北会談で想起した23年前の板門店と拉致問題で無力な日本外交
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 昨日(4月27日)は朝からほぼ終日、ずっとテレビに釘付けになっていた。また、軍事境界線で両首脳が初めて握手した板門店(パンムンジョム)の中心にある、あの特徴的な青い外壁のプレハブの建物が懐かしくてならなかった。噛みつくだけで滅多に褒めないトランプ大統領が、珍しく韓国と北朝鮮による南北首脳会談を「歴史的だ」と高く評価する。

 6月上旬までに開催予定のトランプ大統領と金正恩朝鮮労働党委員長の米朝会談に先立ち、昨日韓国の文在寅大統領と金委員長は板門店の韓国側にある「平和の家」で11年ぶりの南北首脳会談を行った。会談を終えた両首脳は、朝鮮半島の完全な非核化実現や今年中に終戦宣言し平和体制を構築するなどを目標とした「板門店宣言」に署名した。

 

 

      平和の家        文在寅大統領と金正恩委員長

                   (ネットより転用・加工済み)

 

 一見極めて平和的で歴史的な会談のようだが、肝心の非核化につき具体策はなんら示されなかった。アメリカが直ちに完全な非核化を求めているのに対し、北朝鮮は段階的な非核化と共に既存の核を保有したいのが本心であろう。いずれにせよ、非核化に関する米朝間の同床異夢の決着は来る米朝会談に委ねられた形である。予測不可能なトランプ氏だけに、どんなハプニングがあっても驚いてはなるまい。例えば、米朝会談の開催場所がひょっとすれば、同じ場所、つまり板門店になるかも・・・。

 他方、安倍晋三首相が過日わざわざアメリカへ出向きゴルフまで付き合ってトランプ大統領にお願いし、また南北会談前に電話で文大統領に要請した拉致問題は突っ込んだ話合いは無かったようである。拉致被害者の家族たちはきっと落胆したであろう。やはり2〜3流と揶揄される日本外交の無力を露呈した感じで、当事者意識が希薄な誠に情けないお話である。

 

 さて、筆者は今からちょうど23年前の1995年5月1日に北朝鮮側の板門店を訪れており、概要は2018年1月10日付け幣ブログ『平昌五輪に参加する北朝鮮の思惑』や2016年9月10日付けブログ一理がある(?)核実験とミサイル発射を止めない北朝鮮の旅』で紹介済みだ。今回は歴史的な会談が行われた板門店の北朝鮮側を詳述しよう。

 

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 朝鮮戦争(1950年6月25日〜1953年7月27日)後に北朝鮮と韓国の間には国境線はなく、あるのは1953年の休戦協定当時の戦線に基づく軍事境界線である。北緯38度線を挟み緩衝地帯である非武装地帯DMZは、境界線の南北2km、東西248kmに広がる。その総面積は905k屬發△蝓△修譴蝋畧邯の半分に相当する広さだ。さらに境界線の南5〜20kmには民間人の居住や出入りを制限する民間人統制線がある。

 平壌から車で約4時間、車窓からの風景をぼんやりと眺めながら板門店に向かった。田園地帯を通過し、山が近づいたり遠のいたりする。沿道では子供たちが牛にまたがって遊んでいたり、柴の束を背中に背負って山を下りてくる子供もいる。清らかな小川が畑の間を流れ、一昔前の日本の田舎を思い出させた。その鄙びた風景の中を、どこまでも一直線に道路が走っており、休憩所が1ヵ所あった以外は何もなかった。

 

   軍事境界線に近付くにつれ緊張感が走ったが、板門店に入る手前で「朝鮮は一つ」の看板(右写真)を見かけてホッとした。やがて入口ゲートに到着した。建物内には売店のほかに、停戦ラインの歴史などを説明するパネルがあった。板門店は休戦協定締結後に国連軍と北朝鮮軍の共同警備区域JASとして決められ

、四方が800mもない狭い空間で、北朝鮮・韓国双方の行政管轄権の外にある特殊な地域である。その後いよいよ板門店の敷地内に入った。

 

   

      板門閣(韓国側より)        板門店と韓国側を俯瞰

                       (板門閣より)

 

 先ず板門閣で国連軍所属の旧会議場に通されて説明を受けた後、板門閣の展望台に上り南の韓国側を一望した。展望台からは起伏の大きな丘陵地帯が一望でき、平和な風景が広がっていた。次に歴史的なスポットである停戦協定調印場に向かい、場内のテーブルの上には北朝鮮と国連の旗が立てられていた。また近くの停戦会議場に寄った後、いよいよ板門店の中心にある青い外壁のプレハブの建物に入り、軍事停戦委員会本会議場に案内された。会議場の中心にはテーブルがあり、そこに置かれたマイクのケーブルも軍事境界線を示すように配線されていた。

 

  

軍事停戦委員会本会議場を背にする   停戦委員会本会議場内部

筆者(南北首脳はこの後ろで初握手)

 

  

  停戦協定調印場で北朝鮮兵士と     停戦会議場前での筆者

 

 会議場内では北朝鮮・韓国双方から訪れた見学者が境界線を越えることが認められ、意外なほど平和なムードが漂い緊張感は全く感じなかった。因みに、国連軍は、主力の韓国やアメリカのほかに、イギリス、フランス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、ギリシャ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、コロンビア、トルコ、タイ、フィリピン、エチオピア、南アフリカの17か国から成る。

 

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 北朝鮮の非核化が実現すれば、この交渉に携わるトランプ大統領、文在寅大統領と金正恩金委員長辺りが今年のノーベル賞になるのではとの噂も出ているらしい。吉と出るか凶と出るか未だ分からないのに、誠に気の早い話である。因みに、ノーベル平和賞を受賞したにも拘わらず、なんら解決されていないのがイスラエルvsパレスチナ問題である。実力(実績)が伴わない人気(話題)先行のノーベル賞は、果たして如何なものか?

 一方、蚊帳の外に置かれた感じの我が日本にとり、懸案の拉致問題はアメリカや韓国などの他国頼みに依存するような能天気では根本的な解決にならない。金太郎飴の如く制裁や圧力の継続を遠吠えするのではなく、北朝鮮が真に欲しがる経済援助などにつきズバリ実利的な突っ込んだ交渉が望まれよう。トランプ大統領が持つようなビジネスセンスが、無力な日本外交に必要であろう。拉致被害者の家族の高齢化を考えると、一刻の猶予も許されまい。

 

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| 世界の旅−アジア | 18:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
 国名変更するアフリカ最後の絶対君主国スワジランドの旅
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 「信無くば立たず」「膿を出し切る」などと度々仰るが、一向に潔く退陣しない我が総理。僭越ながら申し上げれば、或る意味では独裁者かも知れない。他方、アフリカの或る国で様々な非難を浴びているユニークな独裁者がいる。

 

 スイスは小学生でも知っている国だが、アフリカ南部のスワジランドを大人でも知っている人は僅かであろう。この両国の国名が紛らわしいとして、このほど同国の国王ムスワティ3世(50歳)が国名を「エスワティニ」に変更すると発表した。つまりスワジランドの国名表記「Swaziland」が、スイスの英語表記「Switzerland」と勘違いされることを防ぐためとか。

 面積は四国とほぼ同じ1万7363k屬如⊃邑は約130万人。南アフリカとモザンビークに囲まれた小さな内陸国は国際社会ではほとんど無名だが、1986年に即位した現国王はアフリカで最後の絶対君主として知られる。なんと夫人は15人もいるが、前国王のソブーブ2世は100人を超す妻がいた豪傑とか。多数の妻のためにいくつもの宮殿を建設するなど豪奢な私生活ぶりや、強権統治に対し人権団体から再三批判されてもいる。

 

 

                                   国王ムスワティ3世

 

 ところで、新国名のエスワティニだが、英語と共に公用語になっているスワティ語の名前で、”スワジの地”を意味する。因みに、国名変更例としては、ローデシア ⇒ ジンバブエ、ビルマ ⇒ ミャンマー、キルギスタン ⇒ キルギス、グルジア ⇒ ジョージアがある。また、最近ではバルカン半島の小国・マケドニアがギリシャから国名変更を迫られており、詳細は2018年3月7日付け幣ブログ『国名変更で揺れるマケドニア紀行』で紹介済みだ。

 さて、1968年にイギリスから独立したスワジランドで有名なのがHIV感染率が世界最高で、エイズ蔓延などで平均寿命は40歳台と言われる。また、近年アフリカで圧倒的に覇権拡大を続ける中国に対し、スワジランドは台湾を国として外交関係を結ぶ数少ない国の一つでもある。日本人も滅多に訪れないであろう稀有な国を、272か国・地域旅した私ことワールド・トラベラーは2001年11月に訪れており、その模様を紹介しよう。

 

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 もちろんスワジランドへの直行便は無く、成田から香港と南アフリカのヨハネスブルグで乗り継いで向かった。先ず同じような内陸国レソトに寄った後、またヨハネスブルグ経由でスワジランドの玄関・マンジニに着いた。首都は人口約6万人のムババーネだが、そこから南東41km、エズルウィニ渓谷の東に位置するのが、最大の町マンジニである。

 同国唯一の商工業都市で、人口は約11万人。ダウンタウンは思いのほか大きく、なかなか活気があるが特に見るべきものはなく、見どころは近郊である。空港があるマツァファは標高が約1000mだが意外に暑く、一面のパイナップルやサトウキビの畑が広がる。また、ろうそく工場やバティック工場があり立ち寄った。

 

   

  マンジニのダウンタウン  マツァファのパイナップル畑

               でのワールド・トラベラー

 

 観光スポットが多いのは、標高1500mほどの高原と渓谷が美しいエズルウィニ渓谷の一帯であるその中心がロバンバで、王宮と議会が置かれている王都である。渓谷内にあるマンテンガ自然保護区の中には、スワジ族の伝統的な村を再現したスワジ民族文化村がある。昔ながらの草葺の家に一夫多妻制のスワジ族家族が実際に住んでおり、興味ある文化や風習を色々見せてれる。

 

  ( マンテンガ自然保護区のスワジ民族文化村を訪れた筆者 )

    

 

 一方、泊まったロイヤル・スワジ・サン・ホテルは、カジノや広大なゴルフ場付きの豪華なリゾートホテルだ。緑の芝生と花が咲き乱れる森に囲まれ、美しいプールサイドでうたた寝をして至福の時を過ごした。また、スワジ文化を展示する国立博物館は質素な佇まいの建物だが、素朴な展示ぶりがむしろ印象に残った。

 

 

        エズルウィニ渓谷     ロイヤル・スワジ・サン・

                  ホテルで寛ぐ

 

 スワジランド各地を回った後は、車で隣国のモザンビークへ向かった。ほぼ一直線のきれいに舗装された道を約100km、2時間走ると標高はどんどん下がり、インド洋に面する首都マプトに着いた。涼しい高原地帯にあるスワジランドに比べ、暑くて湿気があった。この旅ではモザンビークを出た後は、ザンビア・タンザニア・コモロ・南アフリカを周遊し、3週間に及ぶ刺激的なアフリカ紀行を堪能した。

 

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 スワジランドでは、国王に強大な権力が集約され、政府の要職の多くを王家が占めるなど絶対君主制の様相を呈している。また、国民の僅か1%ほどの白人が経済の実権を握り、私有地の大半を保有する。人々の生活水準は低く、電力の約80%を南アフリカからの輸入に依存する。更に国民の1/3が貧困層の窮状を無視し、王室費だけでは飽き足らず少ない国家予算に手をつける始末だ。

 特に多数の妻のためにいくつもの宮殿を建設するなど、その散財癖が各国の非難を呼んでいる。また、処女のみが参加を許されるリード・ダンスという国王のためのダンス儀式も毎年恒例となっており、数万人もの処女が参加する。しかも、参加した女性の中から、国王は新しい妻を選ぶようだ。一方、国王は自分より強い者とは戦わないと言う不戦も貫いており、何かと話題の多い御仁のようである。

 

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81歳と春の花と国会混迷
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 私事で恐縮だが、本日(4月13日)は筆者の誕生日である。満81歳になったが、これは我が国の男性平均寿命と同じで、厚かましくも人並みに生き抜いてきたことになる誕生日には妻と外で会食するのが慣例だが、その妻も3年前から認知症で入院中のため傍にはいない。そこで病院を訪れ彼女に81歳になったことを伝えたところ、”お父さん、もっと長生きしてね”と言い、ふと右目を見るとうっすらと涙が流れていた。一方、妻に年を聞くと、分からないと言う。

 実は75歳だが、アルツハイマー病を患って脳の萎縮が止まらず、自分の年さえも分からないのだ。残念ながら1年ほど前から寝た切りになり、経口摂取も出来ない終末期を迎えている。元気な時はあれほど快活に笑った笑顔も、悲しい時はあれほど流した涙も、最近は共に無く無表情である。ところが、本日は珍しく饒舌になり、少しだが涙も流してくれた。既に他界は時間の問題と言う結論が出ながら、なお延命医療を続けざるを得ない悲しい現実に葛藤する毎日を送っている。

 

 このような中途半端な介護・見舞いがいつまで続くのであろうかと思うと、切なく虚しくもなる。その行き場の無いはけ口を求めるかのように、妻が入院後はガーデニングに精を出している。マンション住まいだが、幸いにルーフバルコニーと玄関ポーチを合わせて70屬曚匹里なり広いスペースがあり、四季折々の花を咲かせようと様々な鉢やプランターを置いている。今の季節柄、春の花として、遅咲きの八重桜や枝垂桜、チューリップ、つつじ、ストック、パンジーなどがある。

 

  

 ポーチで咲くチューリップ、つつじ、バルコニーで咲く八重桜、つつじなど

  ストック、パンジーなど

 

 時々(男性なのにと言いたげに)なぜ花いじりに精を出すのですか?と来客に問われるが、妻の代わりとして生甲斐を花に求めているのかも知れない。また、花は人間のように物は言わないが、水をやるなど丹精を込めて手入れすれば、それに応えるかのように美しい花を咲かせてくれる。人間様のように裏切ることが絶対に無いのだ。誠に嬉しいではないか。

 

 裏切りと言えば、最近の安倍政権は堕落し、私物化は目に余る酷いものだ。例えば、財務省関係では森友学園問題で国有地取引に関する決済文書の改ざん、文部科学省では加計学園問題で首相案件と発言した首相秘書官、防衛省では南スーダンPKOと陸上自衛隊のイラク派遣の日報問題、厚生労働省では裁量労働制の不適切データ問題など目白押しで、国会は混迷して形骸化している実情だ。税金の無駄遣いの何物でもなく、国民に対する背信である

 今や1億総疑念を抱いているにも拘わらず、安倍晋三首相はじめ誰一人潔く大臣を辞めようとせず、厚顔にも居座り続ける。3月16日付け幣ブログ『森友文書の改ざんと男の美学』の通り、黒白をハッキリ付ける欧米諸国では、この種スキャンダルは即退陣である。発展途上国ではクーデターが起こり命が狙われたりもするが、誠にオメデタイ平和ボケした我が日本では斯様な過激なことは起こりにくい。と言って現政権に甘えてもらっては国民は迷惑千万である。安倍内閣の消費期限がとっくに切れていることを忘れてはなるまい。

 

 国内では数々の不祥事を抱えるが、外交だけが得意とされる安倍首相は確かにキャリアは長くなったが、具体的な成果は何一つ上げていない。例えば、北朝鮮の拉致問題、ロシアとの北方領土問題、アメリカのTPP復帰等の通商問題など諸問題が山積だ。にも拘わらず、4月17日からの訪米では、またトランプ大統領とのゴルフにうつつを抜かす見通しのよう。その無神経さはとても理解し難く、いい加減にしてもらいたいものだ。

 

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| ワールド・トラベラーの人生 | 22:51 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
It's Sho-Time ! 二刀流の大谷翔平選手が活躍するロサンゼルスを懐かしむ
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 世間には血液型に拘る人が多いそうだが、間もなく81歳になる筆者は若い時からその血液型には全く無頓着であった。しかし、最近気になる孫のような存在の若者がおり、それはアメリカのメージャーリーグ野球のロサンゼルス・エンゼルスで大活躍する大谷翔平選手(23歳)である。30センチ近く背が高い彼とは一つだけ共通点があり、血液型がB型であることだ。常人では出来ない二刀流に果敢に「挑戦」する同選手だが、筆者も大好きな言葉だ。

 今年から日本ハムからロサンゼルス・エンゼルスに移籍したが、開幕当初から投手と打者を共に本格的に行う二刀流選手として見事にプレーしている。開幕後エンゼルスが戦った8試合で、投手として2勝、打者として3本塁打という凄すぎる結果を出しているのだ。オープン戦では投打共に散々であったため厳しい批評をしていたメディアも、今では手のひらを返したような絶賛ぶりで、全米が熱狂しているようだ。

 

 ロサンゼルス・エンゼルスの本拠地があるのはロサンゼルスの中心ダウンタウンから南東約45km、アナハイムという町である。ロサンゼルス大都市圏では第4位で、人口は約33万人。町の名物と言えば、

エンゼルスタジアム

ディズニーランド・パークである。「ミッキーマウス」の生みの親であるウォルト・ディズニーが1955年にオープンした本格的なテーマパークで、この近くにエンゼルスタジアムがある。

 筆者は商社マン時代の1983年5月、1986年1月と9月にロサンゼルスに業務出張したほか、1998年12月には妻・次男夫婦・2歳になる初孫(男児)を引率してディズニーランドをはじめ、ロサンゼルス各地を訪れたことがある。長年の夢が実現した初めての3世代にわたる至福の家族旅行を堪能した訳だが、その出張や旅の模様を紹介しよう。

 

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 アメリカの都市には夫々その街なりのイメージがある。例えば、摩天楼がそびえ立つニューヨーク、霧と坂の街サンフランシスコなどだ。しかし、人口が全米第二の大都市だが、これと言った決定的なイメージが無いのがロサンゼルスと言えよう。例えば、映画のハリウッド、豪邸のビバリーヒルズ、雑然としたダウンタウン、世界的なテーマパークのディズニーランドやユニバーサル・スタジオなど観光スポットは結構多いが、つかみどころが無く摩訶不思議な街がロサンゼルスである。それが却って旅人を魅了し、虜にするのであろう。

 人口が1600万人を超えるロサンゼルス大都市圏のほぼ中心に位置するダウンタウンの見どころとしては、アメリカ最大の日本人街であるリトル東京があり、日本人として郷愁を覚えるスポットだ。ここから約400m西進するとシビック・センターがあり、建物の上部が日本の国会議事堂に似た市庁舎などの行政機関が集中する。また、ダウンタウンの北外れにはメージャーリーグのロスアンゼルス・ドジャースの本拠地ドジャース・スタジアムがあり、場内見学ができる。

 

        −−− 家族でダウンタウン散策 −−−

  

    リトル東京      市庁舎      ドジャース・スタジアム

 

 このスタジアムから西へ5kmほど行くと、映画の都ハリウッドがある。メインストリートのハリウッド大通りに面して建つチャイニーズ・シアターは赤と緑が鮮やかな中国風の建物で、話題の映画が上映される。この大通りに面するウォーク・オブ・フェイムという歩道には、ショービジネスで有名になった人たちの名前を記した星形のブロンズがはめ込まれている。ハリウッドから少し西へ向かうと、豪邸が建ち並ぶビバリーヒルズがある。

 一方、ハリウッドから約4km北上するとユニバーサル・スタジオがあり、お馴染みのハリウッド映画のセットを見学できる。6500万年前に迷い込むジュラシック・パーク・ザ・ライド、炎の嵐が吹き荒れるバックドラフト、映像とライドを組み合わせたバック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド、4両編成のバスに乗って映画のセットやワンシーンを体験するするバックロット・トラムツアー、1950年代を再現した華やかなショッピングゾーンのユニバーサル・シティウォークなどを回った。

 

            −−− ・ユニバーサル・スタジオ−−−

  

   チャイニーズ・        ジュラシック・パーク      玄関前

 シアター前の筆者

 

 ダウンタウンから西へ約15km、太平洋に臨むサンタモニカは、美しいビーチに爽やかな潮風が吹き、どこを歩いても開放的な海を感じる。砂浜で寛ぐ祖母・娘・孫の3世代ファミリーと仲良くなり、しばらく屈託なく談笑した。他方、東約66kmにあるオンタリオ・ミルズは、総敷地面積16万坪、テナント数が210以上もある大きなショッピングセンターだ。買物だけでなく、アミューズメント重視のショッパ−テイメント(ショップ+エンターテイメント)となっており、楽しくなる雰囲気がある。

 最後にアナハイムにあるディズニーランドでは、シンボルである眠れる森の美女の城、タウンスクエア、セントラルプラザ、西部開拓時代を再現したビッグ・サンダー・マウンテン鉄道、アニメーションの宇宙をめぐるアストローオービター、ミッキーと記念撮影できるトゥーンタウンなどを訪れた。巨大なテーマパークの先駆けだが意外に狭く、日本の東京ディズニーランドの方が広くて面白いのが率直な実感であった。

 

  

      サンタモニカ    オンタリオ・ミルズ  妻とディズニーランドで

             を散策する筆者     童心に帰り遊ぶ

 

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  最後のロサンゼルス旅行から早や20年が経つ。初孫は大学生になり、同行した妻は悲しくも3年前からずっと入院中で終末期を迎えている。他方、日本の若者が外国で輝くように活躍する姿を見ると、時の流れと己の老いを痛感する昨今である。

 記録達成も大事だが、先ずは大谷選手が怪我無くシーズンを終えることを祈念したい。また、今後ずっと順風満帆は至難であろうし、あるかも知れない挫折を前向き志向で乗り越えて欲しい。It's Sho-Time 頑張れ、

 

 

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| 世界の旅−北米 | 13:28 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
金正恩委員長の電撃訪中と国境の街・丹東の想い出
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 北朝鮮も参加した過日の平昌五輪のビフォーアフターが注視されているが、5月末までの実現を目指す米朝首脳会談に続くサプライズがあった。北朝鮮の金正恩北朝鮮労働党委員長が今月の25日から28日まで夫人と共に特別列車で中国を電撃訪問し、北京で習近平国家主席と会談したのだ。金正恩氏が2012年4月に北朝鮮のトップに就任後の初めての外遊で、同国の最高指導者が北京を訪問したのは父の金正日総書記以来で7年ぶりのこと。

 人民大会堂で行われた両首脳の会談では、中国と北朝鮮の伝統的な友好関係を継続することなどを確認したほか、来月の南北(韓国と北朝鮮)首脳会談、5月のアメリカと北朝鮮の首脳会談についても協議した由。また、金正恩氏は懸案の非核化に向け意欲を示したが、自らの安全保障と体制維持のために中国の後ろ盾を求めたのであろう。国際社会による圧力を切り崩すためにも、朝鮮戦争時に築いた血の同盟国・中国の協力が不可欠と計算したようだ。

 

   

 握手する習近平主席と金正恩委員長 丹東〜新義州に架かる中朝友誼橋を

                     渡る特別列車

           (ネットより転用・加工済み)

 

 中国は金正恩委員長の訪中で、朝鮮半島での影響力を発揮できる足場を固めることが出来たよう。また、アメリカのトランプ大統領が仕掛けた貿易戦争に対して中国が報復措置を取る中で、中国に北朝鮮が近寄ればアメリカに対する中国の立場が強くなるメリットがある。中国にとっても北朝鮮にとっても、今回の中朝首脳会談はウィン、ウィンをもたらしたと言えよう。また、金正恩委員長が基本的に非核化に同意しても、北朝鮮は決して核を放棄せず保有し続けるであろう。

 一方、ビジネスが好きなトランプ大統領は北朝鮮の非核化に合意したとの建前を取りながら、同国の核保有を実質的に容認する可能性が大である。そのために北朝鮮は国際原子力機関(IAEA)査察の受け入れが必要だが、この査察の期間は約10年と見込まれる。この間はアメリカは武力行使出来ず、金正恩体制は保証され安泰であろう。一方、圧力を続けることに固執する我が日本は、北朝鮮を巡る各国の動きから完全に取り残される恐れがある。本格的な経済支援が出来るのは、日本だと踏んでいる北朝鮮の胸算用を忘れてはなるまい。

 

  さて、金正恩氏が乗った豪華な特別列車は平壌を出発し、中朝国境の中国側の街、丹東や瀋陽などを経由して1300kmほど走行して北京に着いた。因みに、列車は「走る特急ホテル」とも言われ、防弾設備はもちろん、車内には豪華な応接室や最高級のベッドルームなどが設置されているという。アメリカの

 大統領専用機「エアフォースワン」の列車版と言えよう。その沿線の街々を私ことワールド・トラベラーは数度旅している。本ブログでは2009年6月に訪れた国境の街、丹東を紹介する。

 

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 謎めいた北朝鮮に最も近くて最大の都市と言えば、鴨緑江を挟んで北朝鮮と国境を接する丹東になろう。人口は約24万人で、その1割近くの約2万人が朝鮮族である。中国と北朝鮮国境にまたがる長白山の南麓で源を発する全長790kmの鴨緑江は、この国境都市で黄海に注ぐ。街のランドマークは何と言っても、鴨緑江に架かる2つの大橋である。中朝間の重要な物流ルートになっている全長946mの中朝友誼橋は、丹東と対岸の北朝鮮の新義州を結ぶ。

 

 

  鴨緑江に架かる中朝友誼橋    鴨緑江断橋のそばに立つ筆者

                    左の橋が中朝友誼橋

 

 金正恩北朝鮮労働党委員長を乗せた特別列車も、この橋をゆっくりと渡った。1931年に橋の建設が始まり、12年後に完成した橋には鉄道と道路の各1本が敷かれた。橋の中央が国境になっており、列車や車、人々の往来に利用されている。この橋の南側にあるもう1つの橋が、丹東随一の観光スポットになっている鴨緑江断橋である。橋の中央部が回転する珍しい橋であったが、朝鮮戦争で米軍の爆撃によって破壊された。橋が折れた地点まで歩いて行くと、北朝鮮にぐっと近付く。

 

 また対岸の北朝鮮側の町、新義州にさらに接近したいなら、断橋近くの川岸から出る遊覧船がおススメだ。高層ビルが多い丹東に比べ、対照的に高い建物が見当たらない新義州の様子を垣間見ることができ、両岸の経済格差が明白である。因みに、大橋を眺めるポイントはいくつかあるが、河畔にある鴨緑江公園がおススメだ。様々なオブジェや噴水などがあり、散策にも絶好である。

 ほかに丹東市内で見逃せないスポットとして、炭火焼のハマグリが美味かった屋台が並ぶ繁華街の七経街、街の北外れにあり頂上からは丹東の市街地が一望できる錦江山公園などがある

 

 

  鴨緑江断橋から丹東側を望む  鴨緑江の遊覧船から新義州を望む  

 

 郊外では、約20km北にある虎山の山麓にある虎山長城がイチ押しだ。明時代の1469年に築城が始まった長城は、2009年4月に総延長が8852kmと修正された万里の長城の東端と確認された。良く整備された立派な長城の頂からは北朝鮮がバッチリ見渡せ、なかなかの絶景であった。

 

 

     虎山長城の門       虎山長城内でのワールド・トラベラー

 

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 トランプ大統領と金正恩委員長の会談は予定通り5月末までに行われる見通しだが、もし一波乱があるとすれば「非核化」の定義につき両者の思惑違いがハッキリと露呈することであろう。最悪の場合は、決裂するかも知れない。

 他方、金太郎飴のように北朝鮮への圧力継続を声高に主張し続けるが、北朝鮮の変化自在の変わり身に覚束ないのは安倍政権。早急に森友文書改ざんのケジメを付け、長年懸案の拉致問題の早期解決を実現して欲しいものである。

 

(後記)

 トランプ大統領と金正恩委員長の米朝会談に先立ち、昨日韓国の文在寅大統領と金委員長は板門店で11年ぶりの南北首脳会談を行った。会談を終えた両首脳は、朝鮮半島の完全な非核化実現などを目標とした「板門店宣言」に署名した。一見歴史的な会談のようだが、肝心の非核化につき具体策は示されなかった。

 一方、残念ながら我が日本が期待した拉致問題は話し合われなかった様で、拉致被害者の会の関係者はきっと落胆したであろう。やはり2〜3流と揶揄される日本外交の無力を露呈した感じで、情けないお話で誠に遺憾である(4月28日)。

 

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| 世界の旅ー中国など | 17:37 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
森友文書の改ざんと男の美学
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 また、トカゲのしっぽが切られた。かつて財務省の理財局長から国税庁長官に栄転した佐川宣寿氏だが、突然辞任し退職したのだ。政府は遅まきながら12日に、財務省が森友学園への国有地売却に関する決裁文書14件で約300か所も書き換えていたと国会に報告した。実態は書き換えと言うよりも、或る関係者 or 黒幕を忖度する悪質な改ざんである。いずれにせよ、天下の公文書を改ざんするとは、民主主義の根幹を揺るがす国民への背信であり、重大犯罪と言うべきであろう。

 昨年2月に森友学園への国有地売却に関する問題が発覚後、佐川前局長による国会答弁との整合性を図るために財務省理財局の指示に基づいて改ざんが行われたと政府は認定した。土地取引について「特例的」と記した部分や、「価格等について協議した」と価格交渉を示唆する部分、さらに安倍晋三首相や妻の昭恵氏、麻生太郎財務大臣ら複数の政治家の名前も削除されていたことが分かった。加えて財務省近畿財務局の本件担当職員が自殺し、政界は一気に重大な局面を迎えようとしている。

 

 一般的に本件が民間の会社なら、経営者は即辞任である。しかし、財務省の最高責任者である麻生財務相は、現時点では責任を取って辞めようとはしない。むしろ、事ある毎に「佐川、佐川・・・」と呼び捨てて佐川氏のせいと強弁する。自民党関係筋によれば、麻生氏は安倍晋三首相に辞意を漏らしたが、同首相は全力で慰留したとか。麻生氏は安倍内閣の要であり、各省庁に睨みを利かせられるのは同氏しかいないと辞任させず守っている由。

 しかし、深く考察すれば、今回の森友問題から端を発した公文書改ざんなど、諸悪の根源は何と言っても名誉校長として名を連ね、講演もして森友学園と直接関わり合いを持った安倍昭恵首相夫人であろう。しかも、安倍首相はこれまでの国会答弁で破格の安値で契約した国有地売却に就き、「私や妻が関係したと言うことになれば、首相も国会議員も辞める」と強気な大見えを切っている。改ざんの動機は佐川氏答弁の齟齬もあるが、本丸は安部首相の大見えとの整合性ではなかろうか。

 

「安倍一強」の功罪は長期安定政権と言うプラスもあるが、反面この数年おごりが目立つ負をもたらしている。昨夏の東京都議選大敗直後は謙虚になったが、3か月後の衆院選で大勝してからはまた傲慢になってし

まったよう。安倍政権の根本的な問題点については、2017年7月4日付け幣ブログ『おごり、私物化、トカゲのしっぽ切りを重ね逃避行のG20ハンブルグ』で言及済みだ。最初のトカゲのしっぽ切りの対象になったのは森友学園の籠池元理事長であり、次に標的になったのが今回の佐川氏である。

 私事になるが、間もなく81歳になる筆者にとって最近の最大の関心事は終活である。いずれ死はやって来るものであり、同じ冥土に行くなら晩節を汚さず、男の美学を全うしたいと思っている。名も無き一市井の人間が助言するのは些か僭越かも知れないが、安倍首相も麻生大臣も共に潔く男の美学を貫いて欲しいと、同じ男として祈念する。もし、政治家として真に国を想うなら・・・。閣僚経験者からも公然と批判が出るなど、自民党内でも厳しい意見が渦巻いているようだ。無理もない。

 

 改ざんの動機については種々憶測されているが、内閣人事局を設けるなど官邸主導による官僚の締め上げが忖度を育む風土を醸成したのであろう。ひょっとすれば、忖度以上の介入や口利きがあったかも知れない。もし事実なら、官

邸を取り仕切る菅 義偉官房長官が忖度のキーパーソンと言わざるを得ない。 国民はこのことを感知してか、首相官邸前で総辞職などを迫る抗議デモ(写真)が激しさを増している。内閣支持率も30%台に急落し、風雲急を告げる趣である。

 因みに、Yes or Noがハッキリしている欧米諸国では、この種のスキャンダルがあれば即退陣である。発展途上国では命が狙われたり、亡命することもあるが、平和な我が日本では斯様な過激なことは起こりにくい。誠にオメデタイ、平和ボケした国である。麻生氏が辞任すれば、安倍内閣は持たないであろう。そろそろ安倍政権の賞味期限切れが間近いようだ。結論として、4月以降にも総辞職が望まれよう。それは早ければ早いほど、男の美学と言うものになろう。

 

 結論を申そう。森友学園問題と同類項なのが加計学園問題であり、地下茎で繋がる人脈が私物化のベースになっていると言うべきであろう。安倍首相にとって約40年前の南カリフォルニア大学留学時代の学友関係はあくまでプライベートのはずであったが、加計問題でその人脈が政治と繋がっていることが露呈した訳だ森友学園は昭恵首相夫人、加計学園は理事長の加計孝太郎氏のお友達である安倍首相と、いわゆる夫婦仲良く関与した公私混同が種々大問題を惹起しているのが真相であろう。
 改ざん問題で責任を感じて命を絶った自殺者は前出の近畿財務局職員のほかに、安倍首相や佐川局長の国会答弁を作成した理財局国有財産業務課の係長もいた由。2人の犠牲者まで出しながら白を切って逃げ切ろうとうする首相らが、そのケジメをどうするかは明白だ。どう見ても自殺者の残された家族を気遣う思いやりが欠如しており、人格と人間性を疑いたくもなる。最後に敢えて言えば、プライバシーの問題になり誠に失礼になろうが、首相&夫人に子供や孫がいればもっと早く進退に関する結論が出ていたであろう。

 

後記

 見事な茶番劇である。森友問題を巡る決裁文書改ざんに関し、本日(3月27日)衆参両院の予算委員会で佐川宣寿前国税庁長官の証人喚問が行われた。同氏は安倍晋三首相をはじめ首相官邸側の指示と関与を否定したが、改ざんについては「刑事訴追の恐れ」を理由に徹底的に証言拒否した。ある程度の証言拒否は予想されたが、それが約50回にも及び、開いた口が塞がらなかった。

 これでは益々安倍政権に対する疑惑と不信感は増幅するばかりであり、いずれ何らかのケジメを付ける要があろう。“安倍丸”という船の実態は正に沈没寸前のよう。今秋の総裁3選はもうあり得ないであろうし、来年の参院選などは違う顔でやるしかないようだ。辞任は安倍首相がどのタイミングで決断するか次第になろう。

 

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| 国内政治 | 23:53 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
国名変更で揺れるマケドニア紀行
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 マケドニアという国をご存知の方はごく僅かではなかろうか?。むしろ、アレキサンダー大王(紀元前356〜323年)ゆかりの地がマケドニア王国であることを知る識者のほうが多いのではと推察する。ギリシャの北に位置するバルカン半島の内陸国マケドニアの国名は古代マケドニア王国に由来するが、当時の領地であったギリシャにも同じ地名があり、マケドニア独立時から反発してきた。一方のマケドニア側でも、国名変更に反対して激しいデモが行われている。

 

 因みに、マケドニア王国は紀元前7世紀に古代ギリシャ人によって建国され、紀元前168年に滅亡した。その領土は現在のギリシャのマケドニア地方と中央マケドニア地方、1991年に旧ユーゴスラビアから独立したマケドニアのほかに、ブルガリヤや

アルバニアの一部にもまたがる。欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)への加盟を目指すマケドニア政府は新しい国名を巡りギリシャと交渉中だが、国民には抵抗感が根強いようである。

 

 そこで、EUはマケドニアのEU加盟交渉に向け両国に協議を促し、両国は今年1月に国連の仲介で協議を再開した。マケドニアのザエフ首相は国名を巡るギリシャとの対立解消に向け、改称を受け入れる準備があると表明。今月中にギリシャのチプラス首相と会談し、新国名案で合意すれば国民投票を実施して最終決定する意向である。新国名として「北マケドニア」「北マケドニア」など4案が挙がっているとか。

 面積は日本の約15分の1の2万5713 km²、人口は約200万人の小国だが、最近のヨーロッパでは注目を浴びているマケドニア共和国を筆者は2003年6月に旅しており、その概要を紹介する。

 

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      首都のスコピエは旧ユーゴ諸国々の中でも最もトルコ文化の香りがする街で、人口は約70万人。ヴァルダル川がほぼ東西に悠々と流れ、15世紀に建造され13のアーチで支える長さ214mの石橋・トルコ橋が架かる。この橋から北へ400mほど歩くとオールド・バザールがあり、迷路のような通りに日用品などの店が並び庶民的で落ち着いた雰囲気が漂う。この市場の西にあるカレ城砦の丘は芝生が美しい公園で、11世紀の城塞跡が一部残りスコピエ市街のパノラマが楽しめる。

 展望ポイントは他にもある。例えば、南近郊にある標高1066mのヴォドゥノ山の頂にあるパンテレイモン修道院は、1146年の創建で赤レンガ造りの外壁が周りの緑と見事なコントラストを描く。ビザンチン壁画で装飾された内部は、ピエタ(聖母の嘆き)のシーンが素晴らしい。近くにあるレストランからは、スコピエ市街地や周囲の山並みがくっきりと眺望でき絶景である。

 

  

 スコピエ:トルコ橋が架かる     カレ城砦の丘  パンテレイモン修道院

  ヴァルダル川を散策の筆者   より市街地俯瞰

 

 スコピエから南西へ約100kmに位置するオフリドは、アルバニア国境にあり世界最古の美しい湖の一つに数えられるオフリド湖に面する。人口約3万人の小さな町だが、先史時代から人々が住み紀元前144年にローマ帝国の支配下に入ると、西のアドリア海と東のエーゲ海を結ぶイグナチア街道の拠点として繁栄した。3世紀にキリスト教が伝来し、9世紀末頃〜14世紀に360もの教会が建てられた。その後オスマン帝国の支配によりその多くが破壊されたが、澄み切った湖と壮麗なフレスコ画が共存する場所としていくつかの美しい教会が今も残る。

 その代表である14世紀築の小さな聖ヨハネ・カネヨ教会は、湖に突き出た崖の上に建つ。可愛い赤い建物が真っ青な湖に映え絵葉書を見るよう。町から約30km南、アルバニアとの国境近くにある聖ナウム僧院は900年頃に創建され、美しいフレスコ画が保存されている。珍しい白い孔雀がおり、清水がこんこんと湧き湖に注ぐ池がある。一方、オフリド旧市街の丘の上に堂々とそびえるサミュエル城砦は、11世紀にブルガリア帝国の皇帝によって建てられた。外壁の上を散歩すると360°のパノラマが楽しめ、オフリドの町並みと湖などが見渡せ最高の眺めだ。

 

  

オフリドの町とオフリド湖  湖畔に建つ聖ヨハネ・    サミュエル城砦

              カネヨ教会と筆者

 

 アルバニアと国境を接するマケドニア西部は、シャール山脈の険しい尾根が走り深山幽谷の世界が広がる。特に2つの美しいダム湖、マヴロヴォ湖とデバル湖.の間を流れるラディカ川は、V字型の峡谷を造り秘境の趣を呈する。この川の中ほど静かな山奥に佇むのが聖ヨハネ・ビゴルスキー修道院で、重厚な感じそのものの僧院だ。廊下の壁に描かれた鮮やかなフレスコ画や木彫りのイコン(聖画像)が残る内部が素晴らしい。因みに、リアス式海岸のような美しい景観が延々と続くデバル湖から流れ出た水はドゥリム川となり、ちょっとした海のようなオフリド湖に注ぐ。

 ところで、マケドニア出身の最たる著名人とは誰であろうか?それはマザー・テレサ ことアグネス・ゴンジャ・ボヤジュである。スコピエのアルバニア人の家庭で生まれた彼女はインドに渡り、カトリック教会の修道女として修道会「神の愛の宣教者会」を創立した。カルカッタ(現在のコルカタ)で貧民救済活動を行い、1979年ノーベル平和賞を受賞した。インドでは超有名だが、スコピエの中心にあるショッピングセンター近くでマザーテレサ像がひっそりと建つだけで、マケドニア人はさほど関心がないようであった。

 

  

  ラディカ川付近の筆者 イコンが見事な聖ヨハネ・ スコピエ市内に立つ

              ビゴルスキー修道院   マザー・テレサ像

 

 岩手県と秋田県を合わせたほどの小さな国だが、見どころが意外にあり、再訪したくなる魅力を秘めた国である。

 

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 国名変更しようとするのはマケドニアだけではなく、最近でも先例がある。2015年4月に、南コーカサスにあるグルジアがジョージアに改称された。マケドニアの国名変更によりギリシャとの関係が良くなれば、両国はハッピーとしなければならぬであろう。

 

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政治混乱が続く『インド洋の真珠』モルディブの旅
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 例年になく寒かった今年の冬も間もなく終わりそうで、春の到来を告げる日差しが眩い。我が家(マンション)のルーフバルコニーにある梅も漸く開花し、その脇にあるストックも咲き乱れ、早春に華を添える。

 日本選手団の大活躍により国中が湧き、北朝鮮も参加するなど何かと話題の多かった平昌オリンピックも無事終わった。だが、この間も世界では大国が関与する内戦や紛争が続いている。ごく最近ではモルディブがある。

 

 

                   梅              ストック

 

 インド洋に浮かぶ小さいが美しい島国モルディブの政治混乱が、中國とインドの両大国を巻き込み波紋を広げている。野党側はインドに軍事行使を含む支援を呼びかけるのに対し、ヤーミン大統領の政権側は援助を頼る中国に特使を派遣し支持を訴える。人口わずか40万人と小国ながらインド洋屈指のリゾートアイランドの政局不安は、対抗する2大国を後ろ盾にして一触即発の恐れが懸念される。

 具体的には野党指導者のナシード元大統領が「中国により土地が収奪されている」と批判する。その理由は不透明な土地取引が行われ、投資には高額の金利が課され、いずれモルディブは返済に窮するとの主張である。野党指導者のナシード元大統領は、メディアとのインタビューで、「中国のモルディブでのプロジェクトは土地の収奪だ」などと主張する。   


 野党側が根拠にするのが、スリランカ南部ハンバントタ港の事例である。中国の出資で港湾設備が建設されたが、スリランカは巨額の金利返済に苦しみ、最終的に2017年末に99年間の長期リースの形で中国側に明け渡すことになった。援助を受けていたはずが奪い取られた格好なのだ。ナシード氏は中国のやり方は「債務のわなだ」と主張し、憲法を改正して外国人への土地販売を容認したヤミーン大統領に対し批判を強めている。
 最高裁によるナシード氏ら政治犯9人の釈放命令に端を発したモルディブの混乱を巡り、ヤミーン氏は2月5日に発令した15日間の非常事態宣言をさらに30日間延長することを決定した。中国に頼ろうとするヤミーン大統領の政権側と、インドに助けを求めるナシード元大統領の野党側の両者だが、両大国を巻き込みながら与野党の対立は深まる一方だ。さて、今回の政治混乱の舞台モルディブは1999年12月に旅しており、その概要を紹介しよう。

 

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 スリランカの南西沖合い675kmの洋上に浮かび、美しいサンゴ礁に囲まれた赤道直下のモルディブは、26のアトール(環礁、日本の都道府県に相当)と1196の島々から成る。南北約900km、東西約150kmに散らばるが、人が住む島は200ほどだ。その多くは、島を一周するのに数分から数十分程度ですむ小さな島ばかりである。

 空港があるのはフルル島で、到着すると直ぐにスピードボートで宿泊するパラダイス・アイランド という島に向かった。15分ほどで島に着き、パラダイス・アイランド・リゾートで旅装を解いた。島の周りは美しく魚が泳いでいるのがよく見えるが、遠浅でサンゴの砂のビーチであるので水泳やスノーケリングに最適ではなく、見どころはあまり無い。

 

  

  フルル島を俯瞰  パラダイス・アイランド パラダイス・アイランド

              で泳ぐ筆者        ・リゾート

 

 このため観光はマーレ島にある首都マーレになり、ボートに乗ること20分で着いた。マーレの町の中心は島の北側である。島に上陸するとサガレ・パークがあり、公園を南下すると近代的な装いのイスラミック・センターがある。モルディブはイスラム教徒が多く、マーレでは最も重要な場所である。ここから300mほど東へ行くと、モルディブ最古の建物である金曜モスク、クルミスキー・モスクがある。

 1656年に建立されたモスクの内外にはアラビア文字と装飾的な模様が非常に複雑に彫刻されており、サンゴ礁を積み上げて建てたモルディブ独特の伝統建築は興味深い。また、モスクの横には古い墓石がいくつも並んでおり、丸いカーブをした墓石は男性用、とがった形の墓石は女性用とのこと。このモスクから歩いて約10分、海岸通りボドゥタクルファヌ・マグに面する魚市場は、活気がある上に珍しい魚も見られ面白い。

 

    

  マーレ島を俯瞰  イスラミック・センター   クルミスキー・モスクを

                         を訪ねた筆者

 

 因みに、モルディブでは一つの島は一つの役割しか持ってない。例えば、飛行場の島(フルレ島)や町だけの島(マーレ島)のほかに、マグロ缶詰工場の島、スイカ畑の島、洋服工場、金・銀細工を作る島など。ホテルの島にはホテルしかなく、1島1ホテルである。要するに、モルディブ滞在を楽しむ最大のポイントは、島選びが決め手になろう。

 

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 今も続くシリア内戦はアメリカ vs ロシア、シリアから遠からずのイエメン内戦はサウジアラビア vs イランなど、大国間の代理戦争になっているのが実情である。いつも犠牲になるのは市民や子供たちであり、根本的な解決のために動こうとしない国連の無力や形骸化を想うと、空しく悲しくもなる。

 

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