世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
北総の小江戸「佐原」の景観散歩とヨーロッパの水郷
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 一昨日(6月22日)は鬱陶しい梅雨が小休止し、本格的な夏到来を思わせるような晴天の暑い日であった。2年ほど前より入院闘病中の妻の見舞い・介護で明け暮れする毎日だが、気晴らしにと入会している「我孫子の景観を育てる」催行の景観散歩に急遽当日参加した。向かった先は千葉県・香取市の佐原。かつて佐原市として存在したが、2006年3月に他の町々と合併して香取市になった。東京の中心地から約70km、成田国際空港から15kmほどに位置する。

 江戸時代から利根川の水運で栄え、水郷の町として知られる。町の中心を流れる利根川の支流、小野川沿いには、北総の小江戸とも呼ばれる往時の町並みが今も健在だ。何度訪れても同様に感じるのが、小粒ながらも味わいのある水郷の趣だ。江戸優りと呼ばれる独自の華やかな文化を開花させたが、その集大成と言えるのが日本一の大人形が山車で曳き回される「佐原の大祭」である。因みに、佐原を訪れたのは今回初めてではなく、次男の伴侶が同地出身のため何度となく赴いている。

 

 さて、町並み散策のスタートは小野川に架かる忠敬橋がオススメだ。この橋から少し南下すると、通称「ジャージャー橋」と呼ばれる樋橋がある。もとは300年近く前の江戸時代に造られた佐原村用水を、小野川の東岸から対岸の水田に送るための大樋であった。橋の下側につけられた大樋を流れる水が、小野川にあふれ落ち音を立てることから、「ジャージャー橋」の通称で親しまれてきた。30分毎の落水は、「残したい日本の音風景100選」にも選ばれているとか。

 

  

       忠敬橋       樋橋より小野川と  ジャージャーと音を立て

               忠敬橋を望む   水があふれ落ちる樋橋

 

 この橋の袂にあるのが伊能忠敬旧宅だ。我が国で初めて日本国土の正確な姿を明らかにした伊能忠敬が、17〜50歳までの約33年を過ごした家である。醸造業などを営んでいた伊能家の土蔵造りの店舗をはじめ、書院、炊事場、土蔵などが残る。特に土蔵は忠敬が婿養子に入る前に建てられていたもので、築後200年以上の貴重な建物だ。小野川に面した旧宅の正面には「だし」と呼ばれる荷揚げ場があり、今では舟巡りの乗り場になっている。

 

 また、忠敬橋に戻って町のメインストリートを東へ行くと、八坂神社の境内の一角に水郷佐原山車会館がある。ビデオシアターの3面パノラマ大画面で佐原の大祭の迫力を体感後、山車展示室で豪華絢爛な山車を間近で見た。山車の上部には歴史上の人物をモチーフにした大人形や鯉の藁細工が据えられ、身の丈は5mほど、山車全体では約9mになり圧倒されそう。

 

   

伊能忠敬旧宅前に立つ筆者    旧宅内の象限儀      山車会館内  

 

 八坂神社からさらに東へ向かうと、創建が2600年以上も前の神代まで遡る香取神宮がある。伊勢神宮や鹿島神宮と共に三神宮の一つで、日本各地にある香取神社の総本社が香取神宮である。短めの参道を進むと朱塗りの大鳥居が見え、さらに総門下石鳥居、総門、楼門をくぐると黒っぽい重厚な感じの本殿に出る。1996年10月、この本殿で今や大学生に成長した初孫のお宮参りや、その後の七五三祝いなどもした想い出深い場所だ。

 

 ところで、時間が無かったので水郷佐原の名物である舟巡  が出来なかったが、17年前には妻や孫と楽しんだことを懐かしく想起する。江戸情緒が残る歴史的町並みを見ながら30分ほどの水上散歩は、まるで時が止まりタイムスリップしたような錯覚に陥るレトロ感を堪能した。

 

  

 香取新宮で初孫のお宮参り     忠敬橋付近の商店    忠敬橋近くの小野川

   1996年10月妻と共に

 

  一方、私ことワールド・トラベラーは世界の水郷、或いは水の都を数多く訪れている。超有名な所ではイタリアのヴェネツィアがあるが、佐原に比較的よく似た、こじんまりとした感じのヨーロッパの水郷の一部を紹介しよう。

 

 先ず、1999年4月に妻と一緒に旅したベルギーのブルージュは、首都ブリュッセルの西北88km、ベルギー北部にある古都で人口は約12万人。運河と橋が多く「北のベニス」と呼ばれ、12〜13世紀にはヨーロッパ第一の貿易港となり、現在も中世に栄えた町並みが残る。かつて水路で北海と繋がっていたブルージュは「橋」を意味し、その名の通り縦横に巡らされた運河に50以上の美しい橋が架かる。

 水都の中心にあるマルクト広場は、ヨーロッパでも美しい広場として5指に入る。広場の周りには47個のカリヨンがヨーロッパ随一の音色を響かせる市庁舎、町のシンボルである高さ88mの 鐘楼などが建ち、運河巡りの船もこの辺りから出ている。ほかに、町の南外れにあるベギン会修道院は1245年に設立され、15世紀当時の修道服を身にまとったベネディクト派の修道女がひっそりと質素に暮らす。また、修道院近くには愛の湖公園が広がり、豊かな緑に包まれた湖に白鳥が戯れる光景は一幅の絵を観るよう。

 

                  −−− ブルージュの想い出 −−−

  

マルクト広場近くの運河   鐘楼付近の運河で  鐘楼やマルクト広場俯瞰

              妻とのツーショット

 

  次に2007年6月に訪れたドイツのバンベルグは、南部ドイツのバイエルン州の北端に位置する、人口7万人ほどの古都である。第二次世界大戦の戦火を免れ、石畳の小道など中世の名残りを現在も色濃く留める。小さな町だが、千年の歴史を持つ水郷の町は見どころが意外に多い。先ず、旧市街の真ん中を流れるレグニッツ川に架かる橋の上にある旧市庁舎は、外壁のフレスコ画が一見の価値がある。

 そこから少しそれて北東方向に進むと、レグニッツ川沿いに小ヴェネツィア地区がある。カラフルな漁師の小さな家も建ち並び、まさに「小ベニス」の佇まいだ。また旧市庁舎に戻り西へ坂を上ったところがドーム広場で、4つの大きな尖塔を持つ1237年完成の大聖堂がそびえ建つ。町中では最も人目を引く建物だが、内部も「バンベルクの騎士」の彫刻など見るべきものが多い。

 

                       −−− バンベルグ3景 −−−

    

 レグニッツ川沿いの      大聖堂    レグニッツ川岸を散策 

 小ヴェネツィア地区

 

 こうして我が佐原とヨーロッパの水郷の写真を見ながら比較すると、外見的にはかなりの違いがある。文化や歴史、風土などの背景も異なるので、当然と言えば当然であろう。だが、水郷の主役である川や運河などが長年にわたり育んできた情緒、或いは詩情はそこはかとなく相通ずるものがあるようだ。と思うと無性に彼の地を旅したくもなるのだが、妻の病状を考えると空しく切ない願望に萎んでしまう。

 

          ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇

 

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世界の人形館 TEL 04−7184−4745
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強暴採決で成立した共謀罪法とパレルモ条約ゆかりの旅
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 最近の安倍政権は尋常でなく、品が無いことが多過ぎるようだ。実際に存在するものを「無い」と言い切ったり、都合の悪い文書を「怪文書」と呼んでみたり、野党側に突っ込まれると「印象操作」を乱発して逃げ切ろうとしたり、告発者を執拗に個人攻撃したり、果ては国会で改憲につき訊かれると「読売新聞を熟読せよ」と言い放つ。肝心の政策論議を棚上げし、まるで低支持率に喘ぐ政権末期?を彷彿させる迷走ぶりである。

 

 計画の時点から犯罪を処罰する共謀罪法が一昨日(6月15日)、参議院本会議で自民党・公明党・日本の維新の会の賛成多数で可決され成立した。その強引なやり方は究極の「中間報告」の手続きを使い、一方的に参議院の委員会審議を打ち切って本会議で採決を強行する奇襲戦法であった。まさに共謀ならぬ強暴採決の趣だが、どうもボタンの掛け違いをしているようだ。

  安倍一強時代に入り、どうも強権発動的な国会での採決や閣議決定が多いようである。数の力で押し切ろうとする政府・与党の姿勢は、驕り以外の何物でもなく、時には嫌悪感すら覚え不愉快だ。メディアにより共謀罪とか、テロ等準備罪と表現されるが、正式名称

は組織的犯罪処罰法改正案である。処罰される行為はテロ集団など組織的犯罪集団の活動として、2人以上による277の犯罪計画が対象だ。

 

 この法案の議論のきっかけは、「多様化するテロは起こってしまったら後の祭りで、未然防止が極めて重要」との指摘である。未然防止は実行後でなく計画と実行準備行為が発見された時に可能につき、テロ等準備罪はテロに対応する有力な法制に成り得るとする。また、政府説明では現行法の予備罪等のみでは足りず、共謀罪等の新たな罪状を新設しなければ国際組織犯罪防止(TOC)条約を批准することができないと主張する。

 因みに、このTOC条約は、組織的な犯罪集団への参加・共謀や犯罪収益の洗浄・司法妨害・腐敗(公務員による汚職)等の処罰、及びそれらへの対処措置などについて定める国際条約である。2000年12月にイタリアのパレルモで署名会議が開催されたので、パレルモ条約とも呼ばれる。2016年10月の時点で、署名国は147、締約国は187だが、我が国は未締結である。因みに、TOC条約の関係者によれば、条約の目的はテロ対策ではないと指摘する。

 

 共謀罪の可否については立場が違えば賛否両論分かれるのは無理もないことだが、加計学園問題と共に国会の会期内(6月18日まで)に強引に幕引きを図ろうとするする政府・与党の傲慢な姿勢には賛同できない。森友学園問題に端を発した昭恵夫人も含めた安倍晋三首相の公私混同ぶり、安倍一強を軸に長期政権安定が続く様々な弊害などが目立ち始め我慢ならぬ昨今だ。

 共謀罪法が成立した当夜、国会前でささやかな抗議デモがあったが、黒白をハッキリとつける傾向がある外国では恐らく大規模且つ過激なデモがあるだろう。隣国の韓国などがその例だ。或いは時の指導者が凶弾の標的になろうが、平和でオメデタイ我が国では斯様な心配はご無用のようだ。これは世界を272の国・地域を制覇した私ことワールド・トラベラーの率直な感想である。

 

 さて、先述のパレルモだが、5月22日付け幣ブログ『G7タオルミーナ・サミット2017開催のシチリア島の旅(イタリア紀行-2』で紹介済みだ。2000年4月に妻と一緒に訪れた懐かしい旅の想い出を、一部重複するが今一度回顧してみよう。

 

   ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆

 

 シチリア島の北西岸にある州都のパレルモは島内最大の都市で、約68万人の人口はイタリア第5位である。かつてフェニキアの植民都市がその起源で、ドイツの文豪ゲーテは「世界で最も美しいイスラム都市」と称えたほどだ。ビザンチン・アラブ・ノルマンの3様式が妙に融合する街は、旧市街と新市街に分かれる。見どころは歴史遺産が集中する旧市街に多い。

 

         

          カテドラーレ前の筆者と妻             クワトロ・カウンティー

 

     

     パラティーナ礼拝堂                サン・ジョヴァン二・デリ・

                                                                  エレミティ教会

 

 先ず、パレルモの歴代王の墓がある大聖堂カテドラーレは、12世紀末に建てられたシチリア・ノルマン様式の壮麗な教会である。世界最大級のパイプオルガンや、大聖堂と鐘楼をつなぐゴシック式のアーチが人目を引く。カテドラーレから西へ約400m行くと、1140年に完成したパラティーナ礼拝堂がある。ノルマン王宮の玄関を入り奥に進むと、壁や祭壇が金色の見事なモザイクで飾られたパラティーナ礼拝堂がある。

 この礼拝堂のすぐ南にあるのが、12世紀中頃建立のサン・ジョヴァン二・デリ・エレミティ教会だ。アラブ・ノルマン様式の赤いドームが愛らしく、イタリアらしからぬ雰囲気がある。一方、大聖堂から東へ500mほど向かうと、クワトロ・カウンティーという交差角がある。外壁がスペイン・バロック様式の建物が並び、様々な彫像で飾られているのが見逃せない。

 

 郊外で見逃せないのは、パレルモ市内から南西へ8kmに位置し、カプート山の中腹にあるモンアーレが一押しだ。1176年に完成したノルマン・アラブ様式のドゥオモは、聖堂内部がアダムとイブなどのモザイクで覆われ、その美しさは思わず息を呑むほどである。また、聖堂の横にあるベネディティーニ修道院では、モザイクで彩られた回廊キオストロが中庭を囲み、イスラム風でスペインのアルハンブラ彷彿させる。

 また、モンアーレから更に53kmほど南西に向かうと、古代ギリシアの都市遺跡、セジェスタ遺跡がある。標高305mのバルバロ山の中腹にあり、広大なブドウ畑が広がる。紀元前5世紀建造のドーリア式のギリシア神殿は立派で保存状態も良いが、円形劇場は意外に小さく少々期待外れであった。

 

      

            モンレアーレの全景             モンレアーレの回廊と中庭

 

    

 セジェスタ遺跡のギリシア神殿前  セジェスタ遺跡の円形劇場

 に立つワールド・トラベラーと妻

 

   ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆

 

 波乱続きの第193通常国会は昨日(16日)事実上閉会した。安倍政権が最重要法案と位置付けた改正組織犯罪処罰法は、参議院法務委員会の採決を省略する乱暴極まりない与党の国会運営によって成立した。5カ月間の会期中は安倍政権の疑惑や失言が相次ぎ、その影響を抑えるため情報の隠蔽と強弁が繰り返された。

 「忖度」とか「印象操作」など今年の流行語大賞の候補になりそうな言葉には、うんざりし辟易もした。安倍晋三首相の空気を読んで忖度し動く与党と官僚たちにより、安倍1強の様々な弊害が顕在化した国会であったようだ。長期安定政権も良いが、そろそろ賞味期限が近付いているようである。

 

                                   ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

世界の人形館のご見学

 筆者ことワールド・トラベラーが館長を務める世界の人形館では、272カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを多数展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。慈善活動につき、入館料は無料です。但し、セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。

TEL:04−7184−4745 又は Eメール: ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

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世界では珍しくない生前退位
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 83歳とご高齢の天皇陛下が今後も公務を続けるのが困難なことを案じ、陛下の生前退位を実現する特例法が、昨日(6月9日)参院本会議で可決され成立した。この生前退位が実現すれば、江戸時代後期の光格天皇以来、約200年ぶりとなる。特例法は将来的に強制的な譲位が起こらないよう退位に至る事情を明記しており、退位後の称号は天皇陛下が「上皇」、皇后さまは「上皇后」、皇位継承順位が1位となる秋篠宮さまは「皇嗣」となる。

 因みに、陛下の退位日は法律の公布から3年を超えない範囲内とされ、政府は2018年12月下旬に退位と皇太子さまの新天皇即位を実現させ、2019年元日に元号を改める日程を軸に検討するとか。また、18人いる皇室の方々の中で女性は14人もおられるだけに、特例法の付帯決議では女性宮家創設の検討が求められている。皇族数の減少が進む折柄、皇室の安定的な維持は今後重要な課題になろう。

 

 一方、過日傘寿を迎えた筆者は元号が改められるまで生き長らえると、昭和・平成・次の元号の3元号を跨ぐことになる。しかし、認知症を患い終末期を迎えた妻は、とてもそれまで存命しないであろう。と思うと、いつもの愚痴で恐縮だが、切なく悲しくもなる。

 

 さて、この生前退位だが、世界では結構あり格別に珍しいものではない。外国の王室では国王らが自らの意思で地位を譲る例が多く、主に高齢や健康上の理由で古くから退位してきた。特に近年のヨーロッパでは、高齢な国王らの退位が相次いでいる。21世紀になってからの退位例を紹介しよう。

 

●カンボジアのシアヌーク国王(2004年10月)

 1941年4月〜1955年3月と1993年9月〜2004年10月と2度も在位した。2度目は高齢や健康問題などを理由に生前退位した。因みに、カンボジアの混乱した歴史にも拘わらず、2度にわたり国王のほかに大統領や首相などになったので、ギネスブックは「世界の政権で最も多くの経歴を持つ政治家」と認定した。

 

●ウータンのワンチュク国王(2005年12月)

 国民向け演説で2008年に総選挙を実施して民主化を進め、退位する方針であることを明らかにした。この年3月にはブータン初の成文憲法制定に向けた草案を発表し、民主的な立憲君主制を政体として明記した。また65歳の国王定年制の導入も掲げ、翌年に息子の皇太子に王位を譲る勅命を出した。

 

●クウェートのサアド首長(2006年1月)

 皇太子時代から体調が思わしくなく、公の場にほとんど姿をみせない状態が続いた。そこでクウェートの国民議会は、サアド首長を健康面で懸念があり、職務が遂行できないとして退位させることを全会一致で決めた。サアド首長の在位はわずか10日であった。

 

    

    天皇陛下   シアヌーク国王  ワンチュク国王       サアド首長

           (インターネットより転用・加工済み)

 

●オランダのベアトリックス女王(2013年1月)

 1980年にユリアナ女王から譲位され、女王に即位した。2013年初頭にテレビ演説し、長男のウィレム・アレキサンダー皇太子に王位を譲ると表明し4月30日に退位した。オランダでは3代女王が続いたので、男性の国王は123年ぶりであった。因みに、オランダの憲法では退位時の継承方法を定めており、ベアトリックス女王まで3代続けて自ら退位した。

 

●バチカンのベネディクト法王(2013年2月)

 ドイツ出身の第265代ローマ法王は、2005年4月に即位した。退位の日は法王庁からヘリコプターでローマ郊外にあるカステルガンドルフォの離宮に移り、「一人の巡礼者として、最後の歩みを始める」と最後の言葉を語った。719年ぶりに自由な意思によって生前退位し、名誉教皇となった。

 

●ベルギーのアルベール2世(2013年7月)

 1993年8月に即位したが、高齢と健康上の理由から退位して長男のブラバント公フィリップに譲位した。1831年に現在のベルギー王室ができて以降、国王が自発的に退位するのは初めてであった。退位後も「ベルギー国王アルベール2世陛下」の称号は維持された。

 

●スペインのフアン・カルロス1世(2014年6月)

 1975年11月に即位し、フランコ独裁後のスペイン民主化の擁護者として信望があった。またヨットの代表選手としてオリンピックに出場し、2002年のユーロ導入まで発行されていたスペイン紙幣に肖像が使用された。しかし、アフリカでの象狩りツアーなどが発覚し、経済危機で苦しむ国民に不満が高まり退位を余儀なくされた。

 

    

ベアトリックス女王  ベネディクト法王  アルベール2世   カルロス1世

 

 因みに、イギリスでは90歳のエリザベス女王が在位64年と歴代最長だが、これまで退位が検討されたことがない。英王室に生前退位の規定はなく、あくまで本人の意思によるとされる。なお、1936年にエリザベス女王の伯父にあたるエドワード8世は、米国人女性と結婚するために在位わずか1年足らずで国王を退位した。

 

 私ことワールド・トラベラーはもちろん、上記の国々をすべて訪問済みで、特にクウェートは商社マンとして1971年〜1974年に駐在したことがある。同国の国王一家、サバーハ家を熟知しているが、隣国のサウジアラビアなどと共に国王は絶対的である。半世紀近く経った今でも、家族(妻・小学生であった長男と次男)と一緒に過ごした貴重なイスラムの生活体験を懐かしく想起する。

 

       −−− クウェート駐在時代の懐かしきスナップ −−− 

 

    サバーハ家の看板前で家族と共に    勤務先の事務所で執務する

       (右端が筆者)         ワールド・トラベラー

 

 因みに、筆者にはクウェートに関する下記著書があり、ご購読願えれば誠に幸甚です。

 

       ワールド・トラベラーだけが 知る素顔のイスラム 

            新潮社 定価1,500円+税 

         シリアやイスラム国(IS)なども詳しく解説

    

 なお、幣著書のお買い求めはアマゾンなどのインターネットショッピングや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。
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世界卓球2017とドイツ・デュッセルドルフの想い出
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 先々月に傘寿を迎えたのを機に、最近またテレビを視聴する時間が激減した。10年ほど前まではサスペンスドラマに嵌まっていたこともあっただけに、隔世の感だ。何故か観たいという気持ちにならないのは、ひょっとしたら認知症の前兆かも知れない。ところが、5月29日からドイツのデュッセルドルフで始まった卓球の世界選手権の番組放映は例外で、連夜遅くまでテレビに釘付けになっている。

 理由は若い日本選手たちの大活躍で、メダル奪取が続くからだ。筆者が若かりし頃は体操と共に卓球日本の全盛時代であったが、その後は中国などに歯が立たなくなってしまった。ところが開催中の世界卓球では、日本勢の連日のメダルラッシュで熱い。特に男子シングルで13歳の中学生の張本智和選手をはじめ、女子シングルの平野美宇選手、男女ダブルスや混合ダブルスでも快進撃が続く。3年後の東京五輪を控えているだけに、頼もしい限りである。

 

             −−− 大活躍の日本選手たち −−−

  

   男子シングル      混合ダブルス     女子シングル

         (インターネットより転用・加工済み)

 

 さて、世界卓球の舞台になっているデュッセルドルフと言えば、今からちょうど10年前の2007年6月に訪れた旅の想い出が沸々と湧いてくる。同市はライン河畔の大商都で、人口は約61万人。日系企業が数多く進出しており、ノルトライン・ヴェストファーレン州の州都である。

 また、ブルーバナナと呼ばれる、経済的にも人口的にも発展した地域内に位置し、金融やファッション、世界的な見本市で知られる。既に2015年3月31日付けの幣ブログ『ドイツ周遊(その1)と衝撃のドイツ航空機墜落事故など』で若干触れているが、今回はもう少し詳しく紹介しよう。

 

    ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆


  著名な作家・詩人のハイネを生んだ街はドイツ有数の大商業都市であるが、観光的には見るべきものは多くない。しかし、ライン川沿いにある旧市街アルトシュタットは古い石畳や小道が歴史を感じさせ、こじんまりとしているが意外に見どころが多い。その中心にあるマルクト広場に面して後期ゴシック様式と初期のルネッサンス様式を取り入れた旧市庁舎が建ち、その前には選帝侯ヨハン・ヴィルヘルム2世、通称ヤン・ヴェレムの騎馬像が立つ。

 

  

ライン川と旧市街の聖ラン  旧市庁舎と騎馬像を     マルクト広場

ベルトゥス教会など俯瞰    背にする筆者

 

 広場から300mほど北には、聖ランベルトゥス教会がある。1380年に建てられた教会は、デュッセルドルフ最古の教会で、バジリカ(中廊が側廊より高い教会)で有名だ。外見は質素なスタイルのレンガ風ゴシック様式だが、印象的な高い尖塔は遠くからでもひときわ目立つ。内部で見逃せないのが黒や灰色のシックな色味のステンドグラスで、彫刻やレリーフも歴史の重さを感じさせる。

 

 一方、騎馬像の前から始まる「世界で一番長いカウンター」と呼ばれるボルカー通りを行くと、右側にハインリヒ・ハイネの生家がある。1797年にユダヤ系商人の家庭に生まれたハイネは、大学卒業後は商人や法律家志望などを経て、ドイツを代表する作家であり抒情詩人になった。また、自由を求めて生涯戦い抜き、行動的な芸術家として世界中に多くの愛読者を持つ。因みに、生家の現在は、ビーアアカデミーというビールレストランになっている。

 

 このレストランから北東およそ1kmには、緑豊かな公園が広がるホーフガルテンがある。かつて宮廷の狩場であった公園では、約2万6000屬旅大の敷地に池や花壇、博物館などが点在して市民の憩いの場となっている。また、この公園の外れにあるイエーガーホーフ城は狩猟用の館であったが、現在はゲーテ博物館になっている。ゲーテにまつわる約3万点に及ぶ資料が集められ、作品『ファウスト』の自筆原稿などが展示され興味深い。

 

  

   ホーフガルテン     ハインリヒ・ハイネの生家   ゲーテ博物館

 

 ヨーロッパで海外在留邦人が多い都市は、1位がロンドン、2位がパリ、3位がデュッセルドルフである。また、ライン河畔の都市としてはケルンやボンのほうが見どころが多いが、ヨーロッパ有数の日系企業の拠点になっているデュッセルドルフには日本の旅行者を懐かしく祖国を想起させる魅力があるようだ。

 特に街の中心を走るインマーマン通りには欧州最大の日本人街があり、飲食店などに「アルバイト募集」という日本語で書かれた外看板やチラシを目にする。日本料理店やラーメン店、スーパーや雑貨店に至るまで、この界隈ではすべて日本語でOKであるとか。 

 

    ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆

 

後記

 混合ダブルスでは吉村真晴・石川佳純のペアが金メダル、男子ダブルスで森薗政崇・大島祐哉のペアが銀メダルと丹羽孝希・吉村真晴ペアが銅メダル、女子シングルスで平野美宇が銅メダル、女子ダブルスで伊藤実誠・早田ひなのカップルが銅メダルを獲得した。いずれも16年〜48年ぶりの快挙だ。(6月5日)

 

                     ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

世界の人形館のご見学

 筆者ことワールド・トラベラーが館長を務める世界の人形館では、272カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを多数展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。慈善活動につき、入館料は無料です。但し、セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。

TEL:04−7184−4745 又は Eメール: ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

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G7タオルミーナ・サミット2017開催のシチリア島の旅(イタリア紀行-2)
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 地中海で最大の島はどこか、ご存知であろうか?広さは北海道の3分の1ほど、2万5702km2の面積を持つイタリアのシチリア島である。

 

 5月26日〜27日、G7サミット首脳会議がシチリア島のタオルミーナで開催される。出席者は我が日本の安倍晋三首相をはじめ、ドイツのアンゲラ・メルケル首相、アメリカのドナルド・トランプ大統領、フランスのエマニュエル・マクロン大統領、イギリスのテリーザ・メイ首相、イタリアのパオロ・ジェンティローニ首相、カナダのジャスティン・トルドー首相の7ヵ国のリーダーたちだ。ほかに、欧州連合(EU)から大統領と欧州委員会委員長が加わる。

  この1年間で各国首脳陣の顔ぶれが大幅に替わり、アメリカ、フランス、イギリス、イタリアは新顔になった。一方、森友学園や加計学園の疑惑問題を抱えながらも相変わらず一強を続ける安倍首相は、メルケル首相に次ぐ古参になった。最近では共謀罪法案や憲法9条の改憲などで世論を無視した強引な政治手法が気懸かりだが、来年のサミットでもその名があるであろうか?

 

   

 

 今年のサミットで主人公になるのは、やはりトランプ大統領であろう。既にサミット前から種々話題を提供し、大いに注目されている。例えば、就任後初の外遊先は歴代大統領たちが出かけたカナダやメキシコではなく、5月20日に訪問したサウジアラビアや22日に入るイスラエル、いわゆる中東である。特に、サウジアラビアでは約1100億ドル(約12兆円)の武器売却を決めるなど、得意のビジネスで商談をまとめてご満悦だ。自身はロシア・ゲート疑惑など様々な内憂を抱えながらの外交デビューだが、三大宗教(キリスト教・イスラム教・ユダヤ教)ゆかりの聖地を訪ねてイスラエルとパレスチナの中東和平の仲介に乗り出すよう。

 中東に加え、ローマ法王と会見するバチカン、北大西洋条約機構(NATO)と話し合うベルギーを訪問後にG7サミットに臨むわけだが、圧力を続ける北朝鮮問題などでは国際的な指導力を発揮したい目論みもあるようである。筆者の私見としては、近年は形骸化して仲良しクラブになり無力化したG7を、トランプ大統領辺りが問題提起(中国やロシアの参加など)して再構築してもらいたいものだ。また、その一部をG7でのキャリアを活かして安倍首相にも担って欲しいが、果たしてその度量があるのであろうか? 

 

  さて、本題のG7サミットに戻ろう。首脳会議はシチリア島随一の景勝地と言われるタオルミーナで開催される。私ことワールド・トラベラーは2000年4月に妻と共に麗しのシチリア島を周遊したことがある。実は2年前より認症で入院中の妻だが、第2のハ

ニームーンを楽しんだかのような彼女との懐かしき想い出はあたかも走馬灯に映る影のよう。以下、その旅の模様を紹介しよう。

 

    ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆

 

 地中海文明の十字路に位置するシチリア島(州)はかつてマフィアで恐れられたが、今は保存状況も良好な古代遺跡も残る平和なリゾートアイランドである。最大都市は島の北西岸にある州都のパレルモで、人口は約68万人はイタリア第5の大都市だ。かつてフェニキアの植民都市がその起源で、ドイツの文豪ゲーテは「世界で最も美しいイスラム都市」と称えた。ビザンチン・アラブ・ノルマン様式が巧く溶け合う街は、旧市街と新市街に分かれるが、見どころは歴史遺産が集中する旧市街だ。

 パレルモの歴代王の墓がある大聖堂カテドラーレは、12世紀末に建てられたシチリア・ノルマン様式の壮麗な教会だ。世界最大級のパイプオルガンや、大聖堂と鐘楼をつなぐゴシック式のアーチがひときわ目立つ。12世紀中頃建立のサン・ジョヴァン二・デリ・エレミティ教会は、アラブ・ノルマン様式の赤いドームが愛らしく、イタリアらしからぬ雰囲気が漂う。「4つ辻」を意味するクワトロ・カウンティーという交差角では、外壁がスペイン・バロック様式の彫刻で飾られた建物が並び興味深い。

 

                                 −−− パレルモ −−−

   

カテドラーレ前の筆者と妻  サン・ジョヴァン二・ モンレアーレの回廊 

             デリ・エレミティ教会  キオストロと中庭

 

 郊外では、パレルモ市街から南西8km、カプート山の中腹にあるモンアーレが一押し。1176年に完成したノルマン・アラブ様式のドゥオモは、聖堂内部がアダムとイブなどのモザイクで覆われ、その美しさは溜め息が出るほど。また、聖堂の横にあるベネディティーニ修道院では、モザイクで彩られた回廊キオストロが中庭を囲み、イスラム風でスペインのアルハンブラに似た感じだ。

 

 次に、サミットが行われるタオルミーナはパレルモから東240kmほど、島の北東部に位置する人口約1万人の小さな町である。エトナ山とイオニア海を望むシチリア島きっての風光明媚なリゾート地で、観光名所の旧市街は標高206mの高台にある。前にはエメラルド色のイオニア海に面し、美しく湾曲する海岸線が遠くまで見渡せ、背後には雄大なエトナ山を望むパノラマが最高に素晴らしい。メインストリートのウンベルト通りでは、洒落たレストランやお店が軒を連ねる。

 ハイネやバイロンも絶賛したギリシア劇場は、シチリアで2番目に大きい収容人員4400人の劇場で保存状態が良好である。劇場舞台の後ろには、シチリアの最高峰3323mのエトナ山がそびえ絶景だ。見晴らし抜群のもうひとつのポイントしてお薦めしたいのが、町の南側の崖の上にある市民公園。ブーゲンビリアなどの熱帯植物も茂る公園テラスから眺めるイオニア海と海岸線は、言葉を失うほどの美しさだ。旧市街がある高台以外では、イオニア海に面したマッファーロ海岸がゆったりと寛げる穴場だ。

 

                                     −−−  タオルミーナ −−−

  

ギリシア劇場とエトナ山  イオニア海を背にする イオニア海沿いの海岸

            妻とワールド・トラベラー

 

 上述のほかに、ギリシア神殿遺跡が残る神殿の谷があるアグリジェント、幾何学者アルキメデスが生まれたシラクーサの古代ギリシア劇場やディオニシオの耳という洞窟、セジェスタのギリシア神殿などが見逃せない。

 

  

    アグリジェント:    シラクーサ: シラクーサ:古代ギリシア劇場  

  コンコルディア神殿    ディオニシオの耳

 

   ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆

 

 1975年にスタートしたG7は、 最盛期には世界全体の国内総生産(GDP)の7割近くを占めたが、近年のG7シェアは半分以下に低下してしまった。一方、ロシアや中国、インドなどの新興国も参加する20カ国・地域(G20)の発足で、G7は単なる「先進国の社交クラブ」と揶揄される始末だ。また、トランプ大統領が自説の「米国第一」に拘るあまりG7で指導力を発揮できなければ、形骸化はさらに進んで無用論が声高に上がろう。

 

(後記)

 G7タオルミーナ・サミットは27日に首脳宣言を採択して閉幕した。「米国第一主義」をとるトランプ米国大統領の初参加で、北朝鮮問題やテロ対策などでは足並みは揃ったが、自由貿易や地球温暖化では意見調整は難航した。米国は最終的に「開かれた市場を堅持し、保護主義と闘う」との文言を首脳宣言に盛り込むことを受け入れたが、G7の形骸化に歯止めをかけることは出来なかったようだ(5月27日)。

 

                   ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

世界の人形館のご見学

 筆者ことワールド・トラベラーが館長を務める世界の人形館では、272カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを多数展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。慈善活動につき、入館料は無料です。

 

    −−− 国境の無い平和な「世界の人形館」の館内風景 −−−    

      

 但し、セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。
 TEL:04−7184−4745 又は Eメール: ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

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アリタリア航空の破綻と麗しのイタリア紀行(1)ローマ編
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 世界遺産が最も多い国をご存知であろうか?答えは51もあるイタリアだ。少し旧聞になるが、そのイタリアの象徴の一つが風前の灯火である。2000年以上も前から歴史と夢を織り成してきた「永遠の都」と呼ばれるローマへ飛ぶフライトと言えば、すぐに思い浮かぶのがイタリアの大手航空会社、アリタリア航空だ。実は同航空が今月初め(5月2日)に、特別管財人の下で事業再建の手続きを政府に申請することを決めたのだ。事実上の経営破綻である。

 因みに、アリタリア航空は慢性的な赤字がずっと続き、2008年にも経営破綻している。2014年にはアラブ首長国連邦(UAE)のエティハド航空の出資を受けて再建に取り組んだが、格安航空などとの競争激化もあり業績が改善しなかった。3月中旬には経営陣から大幅な人員削減を含む再建策が示されたが、従業員側が拒否した。リストラを前提とした増資の見通しも立たなくなり、自力再建を断念したものだ。当面は予定通り運航を続け今後はリストラによる事業継続や売却を目指すが、前途は多難で清算に追い込まれる可能性もある。

 

 一見華やかな航空業界も、近年は格安航空LCC(Low Cost Carrier)の伸びもあり経営環境が厳しいようである。古くはアメリカを代表する企業の一つであったパンナム(Pan Am)航空が、1991年12月に倒産した例が有名だ。全盛時は世界中に路線を張り、一時は米国繁栄の象徴にもなった黄金時代があった。しかし、日本航空(JAL)のような国営会社ではなかったため、様々な悪条件に対処できなかったのが命取りになった。

 同社はインター・コンチネンタル・ホテル系列や、ニューヨークのPan Am ビルの売却を始め、太平洋路線を同業他社(UAL)に売却するなど、様々な手段を講じて生き延びようとした矢先に、援助を申し出ていたデルタ航空が土壇場で約束を翻したのが致命傷で倒産を余儀なくされた。パンナムが営業停止を宣言した時には、世界各地に停泊中であったパイロットや客室乗務員はそのまま置いてきぼりにされたとか。まさに突然の倒産劇は、25年以上経った今でも当時のショックを筆者は鮮明に脳裏に焼き付いている。

 

  

 空港駐機のアリタリア機 飛行するアリタリア機  パンナム本社を背に

                        する筆者(1983年)

 

 さて、アリタリア航空の本拠地イタリアへは1974年12月の初訪問以降、直近の2010年8月まで6回も訪れているほど大好きな国だ。今回は同国観光のハイライトであるローマの旅の想い出などを綴ってみよう。

 

   ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆

 

 イタリアの地を初めて踏んだのは商社マン時代の1974年12月で、駐在地のクウェートから家族(妻と当時小学生であった2人の息子)を引率して旅行したものだ。首都ローマは夢誘う大都会の華やかな装いの中にも、2000年の歴史と伝統が脈打つ。古代ローマ帝国から、中世・ルネッサンスを経て現代まで膨大な遺産が、街のあちこちに残されている。

 2000年4月の旅は、妻と26年ぶりに訪れたセンチメンタル・ジャーニーであった。「街そのものが博物館」「ファッションと芸術の故郷」など、様々な形容詞で飾られるが、あまり変貌しておらずホッとした。2005年3月に一人で訪れた時は、従来観光しなかった所を回った。どこから見学したらよいのか頭を悩ますほど、見どころが実に多いのがローマの魅力である。必見のスポットを筆者の独断と偏見で紹介しよう。

 

 何度観てもスケールが大きいと実感するのが、「コロッセオがある限りローマはえ、コロッセオが滅びる時はローマが滅びる」の諺で知られるコロッセオだ。西暦80年に完成した楕円形のローマ帝国の競技場は、高さ57mの4階建て、周囲527m、収容人員5万人と、とにかく圧倒されるほど巨大である。またアーチが重なる外観は迫力があり、すり鉢上の観客席を囲う壁の頂上高は48mで、登るだけで息が切れるほどだ。

 

           −−− コロッセオ3景 −−−

  

家族と共に(1974年)    コロッセオ全景      妻と剣闘士(?)

                         と筆者(2000年)

 

 古代ローマ遺跡の壮大さについては、広場という意味を持つフォロ・ロマーノも見劣りしない。広い敷地内に円柱が並ぶ商取引の場エミリアのバジリカ、レンガ造りの4階建ての元老院、高さ23mの堂々としたセヴェルス帝の凱旋門、フォロの中央部を抜けるメインストリートの聖なる道など、見どころが目白押しだ。古代ローマの民主政治の中心であったフォロ・ロマーノは、元老院・凱旋門・神殿の保存状況が良く、パラティーノの丘からこの遺跡全体が一望できる。

 世界最大の浴場、カラカラ浴場もなかなかスケールが大きい。217年に完成したカラカラ帝の浴場の今は廃墟化しているが、随所に往時の面影を残す。入口から中に入ると広大な庭園が広がり、正面に見える石垣はかつての水道施設だ。浴場と言えども場内には、図書館・体育館・礼拝堂などがある。いわゆる社交場にもなっていたようだ。

 

  

 フォロ・ロマーノ全景  妻とフォロ・ロマーノ散策   カラカラ浴場

 

  ローマ有数の観光名所とされるスペイン広場では、ピンクや白の鮮やかな花で飾られたスペイン階段に大勢の若い人達が座り込み、華やかで明るい雰囲気が心地良い。この広場の近くにあるトレヴィの泉は、肩越しにコインを泉に投げ入れると再度ローマに来ることができるというエピソードがある。宮殿をバックに海神ネプチューンとトリトーネが躍動する泉は、記念撮影をする人たちでいっぱいだ。

 街の西側を南北に蛇行するように流れるのがテヴェレ川である。パラティーノ橋付近と、川に浮かぶ船のようなティベリーナ島を散策したが、静かで落ち着いた風情が最高であった。ローマのランドマークと言われるヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂は、16の円柱が弧を描くコロナーデがネオ・クラシック様式で圧巻だ。

 

  

   トレヴィの泉         真実の口  ヴィットリオ・エマヌエーレ

                          2世記念堂

 

 「すべての道はローマンに通ず」のひとつアッピア街道沿いにあるサン・カッリストのカタコンベは、地下4層で長さ10km以上もあり、約10万人が葬られている最大の地下墓地である。歴代の法王などが祭られており、内部のフレスコ画や装飾は見逃せない。ほかに、映画「ローマの休日」で有名になった真実の口、内部モザイクが必見のサンタマリア・マッジョーレ大聖堂も見逃せない。

 

   ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…☆━…━☆

 

 上記の写真で筆者のパートナーが4度も元気な頃の姿をお披露目した。だが、2年前より不治の病、認知症を患い、来世への旅立ちは時間の問題という悲しく切ない現実だ。アリタリア航空の破綻といい、会社も人も未来永劫ではないのが世の常なのであろう。

 

                ◇◇◇ お知らせ ◇◇◇
              

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緊迫する北朝鮮情勢と平壌の今昔
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 その後も北朝鮮の一触即発の挑発は止む気配が無く、朝鮮半島はもちろん我が日本でも緊張度が増す昨今である。特に去る4月25日に行われた金日成国家主席生誕105周年祝いを挟み、北朝鮮は(作為的に?)失敗したものの度々弾道ミサイルの発射を続ける。過日傘寿を迎えた筆者から見れば弱冠33歳は孫に等しいが、超大国の米国に臆することなく敢然と立ち向かう金正恩朝鮮労働党委員長の度胸には、むしろ畏敬の念すら持たざるを得ない。

 彼らのもっともな言い分として、最近では米韓合同軍事演習や米軍による韓国での弾道弾迎撃ミサイルシステム・THAAD配備などに対抗するためとする。国際社会では北朝鮮が悪者視されているようだが、果たして真相はそうであろうか?同国の後ろ盾になっている中国もさすがに手を焼いている模様だが、真意はそうであろうか?もし、中国が北朝鮮を見放せば、手ぐすねを引いて自陣に引き込もうとする抜け目ないパトロンがいるはずだ。例えば、ロシアのプーチン大統領である。

 

 過去の米国政権は北朝鮮問題につき、6者協議などのソフトな対話路線を採ってきた。しかし、核実験を繰り返し、ミサイルも米国本土まで飛ぶ恐れが出てきた。そこでトランプ米国大統領は従前の対話は失敗であったとし、「全ての選択肢がテーブル上にある」という転換をしようとしている。具体的には、北朝鮮の核・ミサイル施設への先制攻撃や金正恩政権崩壊が検討されているとか。また、米国は北朝鮮に大きな影響力を持つ中国の協力を期待するが、中国が真剣に取り組むか極めて疑問が残る。

 

           北朝鮮の弾道ミサイル射程図(韓国国防省資料等から) 

   

 

 昨日(5月1日)トランプ政権は発足後100日を迎えたが、大統領選で公約した案件がほとんど実現されていないのが現実のようだ。いわゆる、内政の失敗(と決めつけるのは早計だが)を外交で一気に挽回しようとするのであろうか?もし、米軍が先制攻撃すれば、北朝鮮は先ず韓国や日本にある米軍基地などに反撃するであろう。そうなれば多数の死傷者を出すのは不可避であり、米国も簡単に攻撃できず戦争に至らないであろう。楽観的な見方かも知れないが・・・。

 

 それにしても我が国の反応は些か過敏すぎるようだ。4月29日の北朝鮮ミサイル発射(失敗したが)後に東京の地下鉄などが一時運行を見合わせたが、一方では同時刻の韓国のソウルは普段通りで変わらなかったと聞く。また、米国は北朝鮮に圧力を強めるため、巨大な原子力空母カール・ビンソンを日本海に派遣したが、我が海上自衛隊は護衛艦「あしがら」と「さみだれ」を日米共同訓練と称して護衛させた。

 さらに昨日には安全保障関連法に基づく任務として米艦防護を行うため、海上自衛隊最大級のヘリコプター搭載型護衛艦「いずも」が横須賀基地を出港し米国の補給艦と合流した。昨年11月には南スーダン国連平和維持活動(PKO)に派遣された陸上自衛隊の部隊に駆け付け警護が付与されたのに続く実任務で、安保法に基づく自衛隊の活動がいよいよ本格化する。しかし、米国と北朝鮮との軍事的緊張が高まりつつあるだけに、米軍との一体化は北朝鮮の我が国への攻撃の懸念が一層強まったと言えよう。

 

 さて、物騒な事この上ない北朝鮮だが、今から22年前の1995年の今日、私ことワールド・トラベラーは同国に滞在していた。ちょうど訪問時に平壌で「平和のための国際スポーツ及び文化祭典」が開催され、アントニオ猪木が米国のレスラーとプロレスの試合をして祭典を盛り上げていた。

 その時の模様は2012年1月2日付け幣ブログ『北朝鮮−「社会主義の化石」国家への旅』で詳しく紹介済みである。あれから20年以上も経ち、テレビや新聞など報道される首都・平壌の変貌ぶり、つまりビフォーアフターなどに触れてみたい。

 

 先ず、空の玄関口だが、順安空港という空港が平壌市内から北に約24kmのところにある。しかし、それは驚くほど小さくて貧弱で、1本の滑走路と金日成の肖像画が掲げられたこじんまりとしたターミナルビルがあるだけ。これが一国を代表する国際空港かと目を疑いたくなるほどで、まるで地方空港のような佇まいであった。

 しかし、インターネットなどで調べると、現在は2本の滑走路を持つ立派な平壌国際空港になった。また、国内線と国際線の合計2つの新しいターミナルができ、2階建ての建物は明るく開放的な雰囲気である由。因みに、筆者がかつて降り立った1階建てが寂しかった旧ターミナルは、2011年まで利用されていた。

 

           −−− 平壌空港の今昔 −−−

  

       ビフォー            アフター 

 (1995年4月に訪れた筆者)

 

 さて、市内観光で最初に訪れたのが、都心を流れる大同江西岸の高台に位置する万寿台である。前年の1994年に死去した金日成主席の高さが33mもある堂々たる銅像が立ち、泣きながら献花する人々が絶えなかった。銅像の左右には2つの大記念碑、背景には革命伝統を象徴する白頭山壁画がある。その巨大な壁画(石モザイク)の幅は70m、高さは13m近い。

 一方、現在の万寿台は金日成主席の銅像の左に2011年に死去した息子の金正日総書記の銅像が立ち、親子2代の指導者像が並ぶ。因みに、革命の象徴とも言われる万寿台の付近には、立法機関である最高人民会議が開かれる万寿台議事堂、北朝鮮の芸術の中心地的存在である万寿台芸術劇場、千里馬(チョンリマ)銅像などがある。

 

              (万寿台の今昔)  

           

      ビフォー            アフター   

 

 一方、対岸にある大同江の東岸では、以前は北朝鮮の公式イデオロギーを表現するチュチェ(主体)思想塔以外に特筆すべき建物が無かった。しかし、近年は高層ビルが建ち並び、特に最近話題になっているのが、大同江沿いに建設された未来科学者通りの高層住宅群である。この超モダンなニュータウンには約4000所帯の住宅と150余りの商業施設が設けられ、国家の科学研究機関もあると言うから凄い。

 因みに、この通りの命名者は金正恩委員長自らであるとされ、北朝鮮当局は未来科学者通りの宣伝に余念がない。平壌市内の大学や科学技術研究機関の研究者が入居対象となっているが、彼らは引っ越しをためらっているらしい。理由は冬が寒くて不可欠の暖房設備がなく、温水も出ないという噂が広まっているためだ。さらに、53階建てのアパートがわずか1年で建てられたが、何か大事故が起きるのではないかと懸念の声も出ているとか。

 

         −−− 大同江沿いの今昔 −−−

   

                    ビフォー            アフター

 

 以上、平壌の変貌を簡単に紹介したが、全般的には筆者が訪れた22年前とあまり変わっていないようだ。最も変貌したのは、金正恩委員長により米国や中国が手を焼くほどの超危険な国家になったと言うことであろう。しかし、誰が北朝鮮をかくも変質させたのかにつき、誰も発言しない国際社会の摩訶不思議が気掛かりでならない。

 

             ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇     

 

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私はワールド・トラベラー 
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仏大統領選とフランス紀行−2(南仏編)
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  その後もトランプ・ショックに揺れる世界だが、挑発を続ける異次元の北朝鮮はさておき、次なる焦点はヨーロッパの雄フランスの動向であろう。愈々4月23日にフランス大統領選挙(一回目)が行われるが、今回の選挙で台風の目となるのは、大統領の座が視野に入るところまできたと言われる極右政党・国民戦線の女性党首マリーヌ・ルペン氏であろう。もし反移民・反EU(欧州連合)を掲げる同氏が政権を手にすれば、宗教や民族の違いを克服できないまま、後戻りできない分断に陥る可能性がある。

 また、自国第一を唱えるトランプ米大統領と共通項が多く、ヨーロッパの共存共栄の象徴でもあるEUの土台が根元から揺らぐことになる。フランスは、ドイツとともにEUの最大の支え手であるだだけに、そのショックはイギリスのEU離脱を上回るかも知れない。フランス抜きのEUは、片肺飛行を余儀なくされた危険極まりない航空機のようなものだ。一国のリーダー選びに留まらず、国際社会のパワーバランスをも大きく変えそうなフランス大統領選挙である。ルペン氏がトップを走るのか、或いは反ルペン勢力が阻止するのか世界が注目する。

 

 ところが、ごく最新の世論調査では中道・超党派のマクロン候補と極右政党のルペン候補がトップを争い、中道右派のフィヨン候補と急進左派のメランション候補が僅差で追い上げる展開になっていたが、ここに来てマクロン、ルペン両候補の支持率が減り、四者横並びの混戦らしい。特に、先行していた2人を急追しているのが、もう一つの台風の目となりそうな急進左派のメランション候補だ。得意の話術で各候補を論破し、テレビ討論で最も多くの支持を獲得した。

 順調なら先行しているマクロン候補とルペン候補が5月7日の決選投票(あった場合)に進む趨勢であるが、仮ににトランプ似のルペン候補とメランション候補になる波乱が起これば、EUの崩壊のシナリオが現実味を帯びてこよう。もちろん、その前に国民投票が行われるという高いハードルくぐり抜けなければならないが・・・。

 

 

  マクロン候補   フィヨン候補  ルペン候補  メランション候補

          (ネットより転用・加工済み)

 

 さて、当分は国際政治の耳目を集めそうなフランスの旅の模様を紹介しよう。筆者は1974年12月に初めてフランスを訪れて以降、合計8回も旅した大好きな国の一つだ。首都のパリについては、2015年1月12日付け幣ブログ『Je Sui Charlie とフランス紀行−1(パリ編』で紹介済みである。

 今回はプロヴァンスとコートダジュール地方の南フランスにつき触れてみたい。なお、ニースについては、2016年7月18日付け幣ブログ『花の命は短しタイタンビカスと、人の命は短いニースのテロ』で紹介済みのため割愛する。

 

       ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 南フランス最大の都市マルセイユを起点にし、話を進めよう。人口は約85万人とフランス第2の大都市は、地中海に面するフランス最大の港湾都市である。紀元前600年頃ギリシアの植民地になった古い歴史を持ち、アフリカ大陸に近く様々な人種が往来する港町だ。出会いと別れが交差するフランスで最もエキゾチックで混沌とした雰囲気があり、異国情緒を盛り上げる。街のランドマークは海抜162mの丘の上にあるノートルダム・ド・ラ・ギャルド聖堂で、ローマ・ビザンチン様式の教会は19世紀後半築と比較的新しい。

 航海の無事を祈る船の模型がたくさんある内部よりも、素晴らしいのが聖堂の外側だ。丘の上から眼下の旧港はもちろん、アレクサンドル・デュマの「岩窟島」で有名なイフ島が浮かぶ青い地中海が、はるか彼方まで見渡せ絶景である。一方、この街で最も活気があり華やかなマルセイユらしい香りがするのが、聖堂から約1km下りヨットや遊覧船が停泊する旧港。その中央にあるベルジュ埠頭では、漁師が威勢の良いかけ声で獲り立ての魚を売る。

 

 マルセイユの北約30kmにあるエクス・アン・プロヴァンスは画家セザンヌの故郷として知られ、人口は約15万人。古くからプロヴァンス地方の政治と学問の中心地になった町のハイライトと言えば、この町で生まれ息を引き取ったセザンヌの足跡であろう。町の北外れにあるアトリエは、1901年に彼が設計して建てたものだ。画材になった果物やビンなどの小道具が展示されている。この付近から彼が一生涯描き続けた山、サント・ヴィクトワールが遠くに見える。セザンヌは天気の良い日は1.5kmほど先にあるレ・ローブの丘へ通い、体調に関係なく山を描き続けたとか。

 旧市街の北端にあるサン・ソヴール大聖堂は、2世紀から17世紀までの異なる建築様式が入り組んでいる。中でも洗練された落ち着きのあるロマネスクの回廊、15世紀の画家ニコラ・フロマンの絵が見どころ。散策にもってこいのルートとしてお勧めしたいのは、プラタナスの並み道が美しいメインストリートのミラボー通りと、その突き当たりに町一番の大噴水があるドゴール広場だ。

 

  

マルセイユ:旧港と遠くに マルセイユ:港を    エクス・アン・プロヴァンス

 聖堂を俯瞰         背景にする筆者       :セザンヌのアトリエ

 

 マルセイユから西北98kmに位置するアルルは、ローマ時代の遺跡が多く残る人口5万人ほどの町である。フランス有数の大河ローヌ川が町中を流れ、オランダ出身の画家ゴッホも住んでいた。古代ローマの遺跡が多い町だが、その代表が紀元75年頃建設された円形闘技場で、最大直径は136m、収容人員は約2万人の規模はフランスで一番大きな闘技場である。闘技場のてっぺんに上がると、アルルの赤い町並みと青いローヌ川のコントラストが素晴らしいパノラマが楽しめる。

 一方、近くにある大きな古代劇場は往時の面影もなく、現在は数本の大理石の柱が残るだけで少々期待外れ。遠くスイスに源を発し、町の左岸を流れるローヌ川の畔を散策したが、初秋の風が吹き心地良かった。郊外で見逃せないのは、町から南へ約3km離れた運河に架かるゴッホの跳ね橋だ。橋の周りは牧歌的な風景が広がり情緒がある。

 

 アルルの北西32kmにあるニームはフランス最古のローマ人都市で、人口14万人の中規模の町である。町名は泉の精ネマウススに由来し、いたる所にローマ遺跡が点在する。例えば奴隷同士の闘技も行われた古代闘技場は、現存するローマ闘技場としては中規模だが、アルルの闘技場に劣らず保存状態が良い。また、紀元5年に造られたメゾン・カレは、ギリシア風の神殿でほぼ原形を留める。因みに、デニムの生まれ故郷がこの町である事はあまり知られていない。

 ニームの北東26kmにあるポン・デユ・ガールは、約2000年前のローマ時代の水道橋の一部である。ガール川に架かる橋の長さは275m、3層アーチの高さは49mもあり、周囲の緑濃い大自然との調和が見事だ。また、水源からニームまでの全長は50km、その間の高低差はわずか17mとは驚きで、天才的であった古代ローマ人の水利技術の高さがうかがえる。なお、最下層のアーチは今では道路として使われている。

 

  

  アルル:円形闘技場  ニーム:メゾン・カレ ポン・デユ・ガール:水道橋

                                                

 アルルの北38kmにあるアヴィニョンは、人口約9万人の古都である。中世の城壁に囲まれ、演劇祭で有名な演劇の都の夏は、世界中から訪れる観光客で賑わう。見どころは、 高台にそびえ建つ巨大な法王庁宮殿だ。1334年〜1952年にかけて建てられた巨大なゴシック宮殿はまるで要塞のようで、厚さが4mの強固な外壁の高さは50mもある。その城壁の外に出ると、「輪になって踊ろう」の歌で有名なローヌ川に架かるサンベネゼ橋が見える。
 この町からさらに北29kmにある
オランジェは人口約3万人の田舎町で、かってローマ帝国の町として繁栄した世界で最も保存状態が良いローマ遺跡が残る。旧市街にある古代劇場の舞台背後の石壁は、2000年前と同じ状態という貴重な遺跡である。また、巨石を積み上げた壁面の全長は103m、高さは36mもある。紀元前20年ごろに造られ、
小さな門だがレリーフが美しい凱旋門も見逃せない。

 

 一方、マルセイユから東へ約150kmに位置するカンヌは、コート・ダジュールに臨む高級リゾート地である。人口は約7万人で、映画祭や夏の音楽祭で知られる。見どころは、夜景が美しいカンヌ湾ビーチ、丘の上にあり町を一望できるノートルダム・デスペランス教会と、映画祭の舞台となるパレ・デ・フェスティヴァル。また、散策には全長3kmのクロワゼット大通りが絶好だ。

 

    

アヴィニョン:法王庁宮殿    エズ    カンヌ:カンヌ湾ビーチ散策

 

 カンヌから約43km北東にあるエズは、地中海を望む高い丘の孤立した頂上に城壁を巡らした小さな要塞村だ。鷲の巣のような町並みは、この地方独特の「鷲の村」と呼ばれる。白い石で舗装された迷路のように入り組んだ狭い通りと、石造りの家々のコントラストが特徴的。まるでおとぎの国に迷い込んだかのような錯覚に陥る。かつて村の中心であった高台の城跡は植物園になっており、眼下の地中海の眺望が素晴らしい。

 

       ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 昨日パリの凱旋門付近でで警官3名が死傷する襲撃事件があり、過激派IS(イスラム国)の関係者と見られる犯人は射殺された。選挙直前の不穏な動きが大統領選にどのような影響を与えるのであろうか、少々気掛かりである。

 

(後記)

昨日の大統領選で予想通り4者の僅差激戦となったが、中道のマクロン候補と極右のルペン候補が決戦投票に進むことになった。下馬評ではマクロン候補が優勢のようだが、果たしてトランプ米大統領のような大逆転があるのであろうか?興味深々である(4月23日)。

 昨日の決戦投票でマクロン候補が極右のルペン候補に圧勝した。39歳の最年少の大統領誕生だが、ファーストレディーとなるのは24歳8カ月も年上の妻も話題になっている。リベラルな社会と国際協調を重視する政策が孤立主義や排外主義を掲げる極右を退けた形だが、果たして政権運営は上手く行くのであろうか?(5月8日)。

 

                 ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇     

 

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お問い合わせ:
世界の人形館 TEL 04−7184−4745
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傘寿を迎えて想う
10

 今からちょうど80年前の今日、1937年4月13日に厚かましくもこの世に生を受けた。そして72年前の終戦をはさんで5分の4世紀を生き抜き、正真正銘の傘寿を迎えた。本来の傘寿は数え年で80歳を指すようだが、筆者の場合は現代風の満年齢の80歳である。それにしても月日の経つのが速いことを改めて痛感する昨今だ。

 私たちはある年齢になると、長寿祝いをされるような年齢を迎える年がある。先ず、最初の節目が還暦(60歳)である。以降は古希(70歳)、喜寿(77歳)、傘寿、米寿(88歳)、卒寿(90歳)、白寿(99歳)、百寿(100歳)がある。大相撲の番付で言えば、傘寿は幕下か十両あたりに相当するのであろうか。 

 

 長寿と言えば、長寿を迎えた人を何らかの形でお祝いする、いわゆる長寿祝いがある。しかし、常日頃の精進が悪いのか、或いは人徳が無いためであろうか、筆者の周りにはそのような動きは皆無のようだ。もっとも、長寿祝いをすると、それ以上は長生きしなくなると言うことでお祝いをしない人もいるようである。見栄を張る訳ではないが、出来れば長生きしたい筆者もその類になろう。

 実は、オメデタイ長寿祝いどころでない事情もある。度々幣ブログで触れている通りパートナーである妻が2年前より認知症で入院しており、不帰の人になるのが時間の問題という冷酷な現実がある。最近も肺炎を併発し、点滴を受けるなど少々危篤状態が続くので心配な毎日だ。加えて、2人の息子夫婦と孫5人の合計9人の身内がいるが、恥ずかしながらほとんど没交渉である。親として己の教育が悪かったと、因果応報を全面的に受け入れざるを得ない不甲斐なさだ。

 

 不快な思いをする人がいるかも知れないが、80年の人生をサッと回顧してみよう。大阪市で産声を上げたのは戦前の1937年(昭和12年)で、7月には日中戦争の発端となった盧溝橋事件があった年である。その後第二次世界大戦が勃発し(1939年)、太平洋戦争に突入した(1941年)。1944年に大阪市の国民学校(現小学校)に入学したが戦時色が強くなり、翌年にアメリカ軍の激しい空襲を逃れるため両親の故郷である徳島市へ学童疎開した。

 

 

    5歳の頃

 

 だが、皮肉にも疎開先で大空襲に遭い、幼心ながら戦争の怖さと悲惨さを実体験し、1945年8月15日にあの終生忘れ難い終戦の日を迎えたのである。これを機に戦後の日本は全てが変わったと言っても過言ではない。徳島市の小学校を卒業後、中学校1年の時に大阪市に戻り、同市の中学校、高校、大学を出て憧れの世界に飛躍する商社マンになった。

 その頃から我が日本は右肩上がりの高度経済成長時代に入り、その先兵となって貢献したのが担当の合成繊維の輸出であった。頻繁な海外出張のほかに、1974年〜1984年にはクウェートとインドネシアに駐在した。後にワールド・トラベラーと呼ばれるようになった礎は、この時代に築かれたと言えよう。

 

   

   大学生時代     クウェート駐在時代   インドネシア駐在時代

            右端が筆者、左端が妻
 

 リタイア後も世界各地をかけ巡り、1995年に南極・北極点・北朝鮮、2007年にアフガニスタン・ソマリア、2011年には最新の独立国、南スーダンを訪れた。今まで旅した国・地域は272にもなる。その間、2009年からプライベート・ミュージアム「世界の人形館」を無料公開し、講演活動も含めささやかな社会貢献活動に残り限られた余生を捧げている。主たる目的は、地域の活性化と国際化推進である。 

 「世界の人形館」の運営を支えてくれた妻の姿が消えてから早や2年が経つ。人間死は避けて通れないものとか、会うは別れの始めと分かっていながら、さてその当事者になると切なく悲しくもなる。実のところ、孤独死だけは避けたいと、世代を問わず他人様との交流に心がけている。特にご近所に住む小学校1年生の利発で可愛い女の子、塚本采花(ことは)ちゃんが毎週訪ねて来るのが嬉しく、長生きに必要な元気をもらった上に生甲斐にもなっており誠に有難い。

 

   

  南極でペンギンと仲良く   北極点に立つ       小学校に入学した

                            采花ちゃんと


 80歳と言えば日本の男性の平均寿命だ。今後は余禄と思って気楽に余生を送りたいのだが、入院病床を全国的に1割減らす計画があることを知らされ不安である。各都道府県がまとめた地域医療構想によれば、年間40兆円を超える国民医療費を減らすため入院患者を在宅医療に移行を目指すらしい。

 しかし、病床減に伴う受け皿確保、例えば、どのようにして訪問医などを確保するのであろうか。昔はいざと言う時に駆けつけてくれる町医者が多く、在宅医療や介護は可能であった。しかし、今は訪問医が皆無に近く、課題は多いようだ。筆者もいずれはお世話になろうことでもあり、先行きが気掛かりである。

 

 また、我が国にも深刻な影響を与えそうなアメリカによる北朝鮮への武力行使が囁かれ、国内では森友学園問題などの対応で真相究明に背を向けて無視する安倍政権の傲慢さなど、内外共に穏やかならぬ情勢下では安寧な余生は望めそうもないようだ。

 今後の唯一の楽しみは、やはり認知症防止にもなる執筆活動になろう。昨夏以降は筆を休めているが、ぼちぼち再始動したいと思っている。もっとも売れない本をいつまでも懲りずに書くのは、いささか気恥ずかしいのだが・・・。

 

追記 

 先刻件の女の子、ことはちゃんが来館し、傘寿祝いにとケーキをプレゼントしてくれた。早速一緒に食べてお祝いをしてくれたが、何の血のつながりも無い子供と、ケーキを買って下さったママさん(恵美さん)の優しい心根に感涙した次第である。(4月13日夜)

                 ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇     

 

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爆破テロがあったサンクト・ペテルブルクの旅
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 一昨日(4月5日)首都モスクワに次ぐロシア第二の大都市サンクト・ペテルブルクで、街の中心部を走る地下鉄の車両内で爆発があった。テレビで見た映像によれば、紺色の車両は扉付近が吹き飛ばされたような形でひしゃげ(下の写真、駅構内は煙が立ち込めていた。爆破テロがあった現場は、あの世界的なエルミタージュ美術館から遠からぬ場所だ。本日現在で死者は14人、負傷者は60人以上。容疑者は22歳の中央アジア・キルギス生まれの男が割り出されたが、ほかにも共犯者がいるのであろうか?

 サンクト・ペテルブルクと言えば、先ず思い浮かぶのはこの街出身のウラジーミル・プーチン大統領である。しかも、同大統領は事件当日、ベラルーシ―のルカシェンコ大統領と会談のため同地に滞在していた。常日頃からテロ対策に躍起になっているプーチン氏にしてみれば、お膝元での事件だけに全く面子をつぶされた思いであろう。今世紀に入りロシアで起きた主なテロ事件は、北カフカス地方を除くとモスクワが圧倒的に多い。

 

 それだけに今回サンクト・ペテルブルクが標的になったことは、プーチン大統領をはじめ平和な佇まいの同市に住む市民にとってもショッキングであろう。帝政ロシア時代(1721年〜1917年)に長く首都が置かれた街は、今もなお北の首都と呼ばれる。また、ロシア文化と芸術の都として名高く、日本人の観光客にも人気がある。筆者も大好きな街だ。

 一方、2018年の大統領選挙で4選を目指すプーチン大統領の重要課題は、圧倒的な当選であろう。ソ連が崩壊後に混乱し低迷したロシアを安定・発展させた功績をベースに、「プーチン大帝」という名を後世に残したい野望があるはずだ。この爆破テロを契機にプーチン政権が危機感を煽り、反体制派に対する圧力を強めることもあり得よう。

 

 さて、ロシアには2つの心臓があると言われる。内陸部にある首都モスクワと、バルト海に面した港町サンクト・ペテルブルグだ。高層ビルが林立する無機質な感じの前者に対し、後者は華麗なロマノフ王朝の面影を今も残す。今回の爆破テロ事件の舞台となった街を、私ことワールド・トラベラーは1996年9月と2005年9月に訪れている。

 広大なロシアの最西端近くに位置する一方、バルト海東部のフィンランド湾に注ぐネヴァ川の河口デルタにあるのがサンクト・ペテルブルグである。人口は500万人を超え、ソ連時代はレニングラードと呼ばれた。「北方のベニス」とも称えられ、文化の香りがたっぷり漂う水の都をここで紹介しよう。

 

  ロシア文化を代表するスポットと言えば、ロシアが世界に誇る美術館、エルミタージュ国立美術館がネヴァ川沿いにある。「冬の宮殿」と4つの建物が廊下で結ばれ、なんと1050の部屋を持つ。この巨大な建物内に収蔵されている絵画・彫刻・発掘品などのコレクションは、実に約270万点にのぼる。帝政ロシアの財力をつぎ込み全世界から集めらた収蔵品の内容も、超一流で豪華絢爛である。特に見応えあるのが、琥珀の間、黄金の間、大広間だ。

 因みに、この美術館の創設者は女帝と言われた、エカテリーナ2世(左上の写真、1729年〜1796年)である。ドイツ貴族出身のエカテリーナは皇帝ピョートル3世の妃となるが、クーデーターを起こして即位した。賢明で野心家の彼女は、近隣諸国に侵略して領土拡大する一方、教育や芸術の発展に尽力した。特に絵画については、1764年に国際紛争の影響で行き場を失ったベルリンの実業家の絵画コレクション317点を入手し、展示する場所として造ったのがエルミタージュ美術館とされる。 

 

 この美術館から西へ700mほど行くと、金色の丸屋根が輝く高さ102mの聖イサク寺院が威風堂々として建つ。必見は寺院内部で、特に有名なモザイク画や多数のレリーフなどが見逃せない。南の入り口から階段を上るとドームの展望台に出られ、ここから眺める市街地のパノラマが素晴らしい。

 

  

 エルミタージュ美術館   エルミタージュ美術館   聖イサク聖堂 

     とネヴァ川      とワールド・トラベラー

 

 この街が文句なしの水の都であるのを実感するなら、遊覧船による運河巡りが一押しだ。アンチコフ橋で乗船し、フォンタンカ運河・エカテリーナ運河・モイカ運河を通過し、市庁舎前で下船した。遊覧途中で見かけた最も印象的な建物は、モスクワの聖ワシリー寺院に似た血の上の救世主教会である。教会はアレクサンドル2世の暗殺というロマノフ王朝の悲劇がきっかけで建立されたので、内部は悲劇的な雰囲気のモザイク画が壁面を飾る。

 一方、街の象徴として知られるのが、ネヴァ川を挟んでエルミタージュ国立美術館の対岸にあるペトロパブロスク要塞。1703年5月に要塞建設が始まったが、この日はサンクト・ペテルブルグ誕生の日でもあるのだ。この堅固な要塞を眺めるなら、トロイッキー橋が架かる付近のネヴァ川南岸をお薦めしたい。この界隈を散策すると、この街が「水の都」と呼ばれる由縁が改めて分かる。

 

 近郊のペトロドヴァリェツにある夏の宮殿も必見である。エルミタージュ美術館前のネヴァ川の船着場から高速艇で40分ほどで着く。約1000ヘクタールの敷地に180の噴水を持ち、特に滝と噴水で飾られた下の公園は、「芸術の真珠」と言われるほど美しい。また300mもある大宮殿の正面は壮観で、明るい黄色の壁は白い彫像で飾られている。

 

  

 ペトロパブロスク要塞   血の上の救世主教会  夏の宮殿を訪れた筆者(中央)

 

 ロマノフ王朝の名残を今も残す街には、ほかにも見どころが多い。例えば、ピョートル大帝の像「青銅の騎士」で有名なデカブリスト広場、エカテリーナ2世によって建てられたスモーリヌイ修道院、チャイコフスキーやドフトエフスキーなど著名人の墓があるアレクサンドルネフスキー寺院とチテフビン墓地、オペラとバレエ専用の劇場であるマリインスキー劇場 など。機会があれば、再訪したくなる魅力を秘めた麗しの古都である。

 

ネットより転用・加工済み

 

                            ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

世界の人形館のご見学

 筆者ことワールド・トラベラーが館長を務める世界の人形館では、272カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを多数展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。慈善活動につき、入館料は無料です。

 

    −−− 国境の無い平和な「世界の人形館」の館内風景 −−−    

      

 但し、セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。
 TEL:04−7184−4745 又は Eメール: ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

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