世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
安倍首相、森友学園に絡むアッキード事件で辞任か
9

 間もなく傘寿を迎える高齢の身だが、長年サラリーマンをしていた性であろうか、今もなお現役時代の失敗談を夢見ることがある。例えば、取引先との名刺交換だが、夢では自分の名刺を相手側に容易に渡せないのだ。だが昨夜は、まことに奇妙な夢を見た。それは一強と呼ばれて久しい安倍晋三首相が国会で何度も断言した通り、森友学園への国有地売却問題で責任を取った潔い辞任であった。

 いつの世も魑魅魍魎で溢れているのが政界のようだ。まるでバナナの叩き売りをするような不透明な国有地売却問題が発覚してから1ヵ月以上が経つが、真相の解明が進むどころか逆に疑惑は深まる一方である。民意に背を向けるかのように、傲慢とも思える自民・公明両党は頑なに籠池学園理事長などの参考人招致を拒否してきた。

 

 しかし、籠池氏が「安倍首相から妻の昭惠夫人を通じて100万円の寄付を受けた」と爆弾発言したことから急転直下し、3月23日に同氏の証人喚問が行われる。対する首相側は、首相自身はもちろん、妻や事務所なども多額の寄付はしていないと言い切る。両者の言い分が真向から違う以上は、公の場で黒白を付けていただく他ない。大体この種の話は、「火の気のない所に煙りは立たぬ」に落ち着くのではなかろうか?

 公人か私人で物議を醸している昭惠夫人だが、諸外国の例を見てもファーストレディーとして限りなく公人に近いと見るのが妥当であろう。奔放と言われる同夫人が籠池夫人とさかんにメール交信していたのも、首相側と籠池氏側両者の親密ぶりを立証するに足りよう。件の寄付も昭惠夫人は記憶にないとのことだが、第三者から見れば寄付に関与したと疑わざるを得ない。こうした中で森友問題は、ロッキード事件になぞられ「アッキード事件」とも巷間では囁かれている。

 

       

      疑惑の舞台:森友学園が進めていた小学校建設現場

           (ネットより転用・加工)

 

 森友学園問題の火の粉を払うようにして、安倍晋三首相は昨日(3月19日)欧州歴訪に旅立った。ドイツ、フランス、イタリア、ベルギー4ヵ国を訪問し、ドイツのメルケル首相らと首脳会談をして22日に帰国する。2012年12月に首相に再登板してから4年3ヵ月で52回目の外遊となり、歴代最多となる。訪問国数も歴代首相では最多の66ヵ国に上り、筆者の272ヵ国・地域に遠く及ばないが、ご立派な記録である。

 安倍政権は発足直後から威勢よく、アベノミクス、デフレ脱却、1億総活躍プランなど次々と政策をぶち上げてきた。だが、肝心の実績や成果は皆無に近いと言っても過言ではなかろう。また、ごり押した安保法制を正当化しようと、駆けつけ警護を付与した南スーダンのPKOも近々撤退する。このように大半の案件が中途半端で挫折、と言うより途中で投げ出しており、首相の外遊回数最多が数少ない実績とはお粗末ではないかと思うのだが・・・。

 

 過日自民党は総裁の任期を3期9年としたが、安倍一強ありきの任期延長と受け取らざるを得ない。金ファミリーを神格化し、世襲を続ける独裁国家の北朝鮮と何か似ているようである。今回の魑魅魍魎とした森友問題は、長期政権の腐敗と驕りによる弊害に他ならない。また、この森友学園疑惑は巨悪の氷山の一角とも言われ、他にも「第2の森友事件」と囁かれる加計学園の土地無償譲渡問題などという火薬庫が今後注目されよう。

 外遊から帰国の翌日、注目の籠池氏の証人喚問が行われる。同氏の過日の爆弾発言が、さらに炸裂するのであろうか?欧州歴訪中の首相の心境は如何のものか、また筆者が見た冒頭の夢は本当に正夢になるのであろうか、興味深々である。「私や妻は一切関わっていない。もし関わっていたら、首相も国会議員も辞任する」と啖呵を切る首相だけに、言い逃れしない堂々とした対応を期待したい。

 

(追記)

 籠池理事長への証人喚問が本日午前は参議院、午後は衆議院で行われ、安倍首相から妻の昭惠夫人を通じて100万円の寄付を受けたことを改めて強調した。こうなれば一つしかない真実を明らかにするため、安倍昭恵夫人の証人喚問も不可欠である。早期実現を望みたい(3月23日)。 

 

             ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

世界の人形館のご見学

 筆者ことワールド・トラベラーが館長を務める世界の人形館では、272カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを多数展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。慈善活動につき、入館料は無料です。

 

    −−− 国境の無い平和な「世界の人形館」の館内風景 −−−    

      

 但し、セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。
 TEL:04−7184−4745 又は Eメール: ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

Copyright ©The World Doll Museum WDM. All Rights Reserved 

| - | 02:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
46年ぶりに国王が来日のサウジアラビアの旅
9

الله أكبر 

 神アッラーは偉大なりを日々信奉するイスラムの守護者の国王が来日する。日産1050万バーレルの世界最大級の石油産出量を誇るサウジアラビアの国王が、明日(3月12日)約半世紀ぶりに日本を訪れる。15日まで滞在し、安倍晋三首相とも13日に会談する予定である。今回のサルマン国王(81)の訪日は、1971年のファイサル国王以来46年ぶりのこと。

 因みに、国王と言っても、日本の天皇陛下などのような象徴的なものではない。サウジアラビアはサウード家を国王に戴く政教一致の絶対君主国家で、世界でも数少ない統治王家の名前を国名にする。従い、サルマン国王は大統領も兼ねているような文字通りの実力者であり大富豪でもある。 

 

 中東アラブの産油国の首長の外遊は、超豪勢なことで有名だ。今回も王子と閣僚それぞれ約10人のほかに、王族や企業幹部なども同行し総勢1200人とみられる。お陰で東京都内の高級ホテルの客室は予約で埋まり、移動のための高級ハイヤーが400台も確保されるなど、ちょっとした「サウジ特需」になっているようだ。

 

  サウジアラビアは産油国が多いアラブ諸国の中でも最大の経済規模を誇り、世界でも第20位である。国土面積は世界13位の約215万k屐米本の約6倍)で、人口は約3200万人の大国である。しかし、長引く原油安で財政状況は悪化しており、石油に代わる産業として製造業やサービス業の成長を目論んでいる。 

 (サウジアラビア国旗)

  サウジアラビア・日本の両国首脳会談では「日・サウジ・ビジョン2030」を発表し、海水の淡水化や太陽光発電などで数十件の協力事業を盛り込む。このビジョン2030のサウジ側の推進者が、サルマン国王の七男のムハンマド副皇太子(31)だ。一方、日本側は同国の石油依存か

らの脱オイル改革を支援しながら、ビジネスチャンスの拡大を画策する。

 

 サウジアラビアと言えば、すぐに石油を思い浮かぶ人が多いが、もう一つ忘れてならないのは聖地メッカを擁するイスラム発祥の地であること。私ことワールド・トラベラーは1974年〜1977年に商社マン(三井物産)として隣国のクウェートに駐在したが、ビザ問題や同国が観光の鎖国政策によりサウジ訪問は叶わなかった。

 しかし、1999年11月に経済視察団の一員と称し、業務ビザを取得し入国する特殊なツアーに参加することができた。このツアーの全責任を負うサウジアラビア航空のフライトに搭乗し、首都リヤドの空港に着いた。約2週間にわたる特別な意味を持つ観光旅行の模様を紹介しよう。

 

   ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 

   聖地メッカを擁するイスラムの発祥地であるイスラム世界の顔、そして現代は世界有数の石油大国になったが、今もベールに包まれた知られざる沙漠の国をほぼ一周した。サウジアラビア航空便で成田空港から出発し、バンコク経由で首都リヤドの空港に着いた。到着早々成田の数十倍はありそうな世界最大級の規模を持つ、豪華なキング・ハリッド空港に度肝を抜かされた。 

 リヤドや近郊の遺跡などを訪れた後、東部のアラビア湾沿いの町ダーランへ向かい、同地をベースにして国営石油会社やアラビア半島で最も古い町などを訪ねた。その後空路でイエメン国境に近い南部の高原都市アブハへ飛び、サウジアラビア最大の国立公園を観光後、今度はリヤド経由でヨルダン国境に近い北部のタブクへ飛んだ。

 

            (サウジアラビア各地を巡るワールド・トラベラー)

  

リヤド:キング・ファハド ダーラン郊外:世界  アブハ:アシール国立

   ・スタジアム    最大のナツメヤシ林   公園のアルマ博物館前

 

 この後聖地メディナに向け、「アラビアのローレンス」で知られるへジャズ鉄道沿いの砂漠道路を南下した。途中今回の旅のハイライト、およそ2000年前にナパテア人が築いた壮大で美しい岩窟墓遺跡マダイン・サーリをたっぷり見学。その後も南下を続けてイスラム第二の聖地メディナに入り、ドライバーの機転で異教徒は禁止されている神聖なスポットを車窓より眺めることができた。

 最終訪問地は、サウジ最大の街、商都ジェッダであった。到着後は紅海に面した港町の情緒豊かな旧市街などを散策したが、同国の他の町々にはない魅力がある。偶々日本のプロサッカーチーム(ジュビロ磐田)の試合があったので急遽応援に出かけ、中山雅史選手らと面会して激励した。観戦後すぐにバンコク経由で帰国した。

   

    マダイン・サーリ遺跡      メディナ:預言者モスク      リヤド:内務省ビル

 

 さて、ベールを脱いでくれたサウジアラビアは、予期以上に観光資源が豊富な国である。たとえば、絶対に見逃せないものとして、リヤドの充実した博物館と奇抜なデザインの建物、近郊の砂漠で楽しんだ乗馬、サウジアラビアとバーレーンを結ぶ長大な海上大橋、世界最大のナツメヤシ林、イエメンとの国境に近い2500m前後の険しい山岳地帯と独特のストーンハウス、かって巡礼で賑わったであろうヒジャズ鉄道夢の跡、奇岩が多い山々に囲まれ彫られた壮麗にして広大なマダイン・サーリ遺跡、最もアラブらしい雰囲気が漂うジェッダの旧市街と特徴的な出窓などが挙げられる。

 ほかに、枯れた海藻で赤く染まるという名前の由来とは違ってどこまでも青かった紅海、その海に浮かぶ白亜のモスク、アラブ料理ではサウジ風炊き込みご飯「カプサ」を賞味したグルメ、男性ばかりでお色気がなかったが素朴さがかえって良かった民族舞踊なども印象的であった。良き思い出が満載で、期待以上に楽しい旅となった。一方、アルコール類はご法度、女性にアバヤという黒いマントやニカブというスカーフを着用させる服装規定があるなど、敬虔なコーランの国の厳しい制約は、隣国クウェートに在住したことがあり違和感は無かった。

   

   

ダーラン:海上大橋キング・  ジェッダ:旧市街   アブハ近郊:観光村で

  ファハド・コーズウェイ             民族舞踊ショー出演者と

 

 しかし、突然のフライトキャンセル、完成済みと聞かされていた新築ホテルが実は未完成のため強いられた数々の不便、一部のスポットでは写真撮影制限で思う存分撮れなかったことなど、想定外のトラブルに困惑し失望もした。やはりアラブはアラブである。まだまだ観光後進国の実情を認識したが、サウジ旅行の最たる特徴である「異文化体験」を実感する貴重な旅となったのは確かだ。特に紀元前3世紀から紀元後1世紀ごろにアラビア半島を中心に、栄華を極めた隊商民族ナバテア人の古代遺跡マダイン・サーリーは見事というほかなかい。

 北の首都がヨルダンのぺトラ、対する南の首都はマダイン・サーリであったナバテアの壮大な栄華が偲ばれた。荒涼たる砂漠の中に佇む壮麗な古代遺跡は、かの有名なヨルダンのぺトラにも劣らない。巨大な岩山を削って造られた墳墓群の壮大さと美しさは圧倒的で、「呪われた都」の伝説が人々を寄せ付けず、妖しく謎めいた魅力を持つ遺跡だ。これほどのスケールの遺跡なら、他国ならとっくに観光化されるのが普通。だが、この遺跡には遺跡内を一周する遊歩道と説明の看板がぽつんと立つだけで、勿体ないことこの上ない。

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 

  筆者がクウェート駐在時代からずっと懸念してきた産油国でのポストオイルの件だが、サウジアラビアの将来はどうなるのであろうか? サルマン国王と同年配で間もなく80歳を迎える身として、存命中はやはり本件がいつまでも気掛かりである。

 

               ◇◇◇ お知らせ ◇◇◇

             (筆者の著書紹介)
     
ワールド・トラベラーだけが知る素顔のイスラム

 

            イスラムの本質と変質を分かり易く詳述し、サウジアラビア、

    シリア、イスラム国のことも詳しく紹介するイスラムの手引書

     

  定価本体1,500円+税 最寄りの書店でお買い求め又は注文可能 アマゾンなどインターネットショッピングもできます。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫十分な世界の人形館でお買い求めできます。ご連絡下さい。

Copyright ©The World Doll Museum WDM. All Rights Reserved     

| - | 12:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
天皇、皇后両陛下ご訪問のベトナムの旅(1)−古都ハノイとフエ
8

 世界で南米のチリに次ぎ、南北に細長い国はどこであろうか?それは東南アジアのベトナムであり、天皇、皇后両陛下が一昨日(2月28日)から3月5日までそのベトナムを初めて訪問中である。第二次世界大戦中は旧日本軍が同国を支配した歴史があり、その後の東西冷戦下では国交の無い時代もあったが、今は重要な友好国だ。両陛下はこの後タイに立ち寄り、昨年10月に死去したプミポン前国王の弔問をされる。

 今回の外国訪問は、天皇陛下の即位後20回目である。これで訪問先はアジアや欧米など36ヵ国になる。天皇、皇后両陛下の外国訪問は、政治的な交渉などを行う外交とは一線を画した純粋な国際親善活動と位置づけられ、各国の国民などとの交流を通じて友好関係を築く姿勢を一貫して来られた。最近話題の退位云々の件はさて置き、ご立派と言うほかない。

 

 S字状の天秤棒のような形をしたベトナムの国土面積は日本とほぼ同じだが、南北が実に2,300kmもある。東西は平均で300kmほどしかなく、最も狭い東西幅はわずか50kmに過ぎない。我々日本人にとっては、得意のゲリラ戦を武器にして超大国アメリカを苦しめたベトナム戦争や、豊かな稲作地帯が広がるお米の国というイメ

ハノイの国家主席府の歓迎式典

(ネットより転用・加工)

ージ以外は馴染みが薄いようである。

 

 因みに、1976年に南北ベトナムが統一後、同国は共産党を軸にした社会主義の政治体制を構築し、官僚主義的な分配経済を進めてきた。だが、10年間の社会主義体制下で新しい国づくりが進まず、1986年の第6回ベトナム共産党大会で ー匆饉腟創線の見直し ∋唆叛策の見直し 市場経済導入 す餾欟力への参加を進めるという4つのスローガンが決定され、「ドイモイ(刷新)」という言葉が作られた。

 ドイモイの特徴は、従来型の社会主義(マルクス・レーニン主義)を捨て、新しい国づくりの変化の模索を開始したことである。また、ドイモイ政策の目玉とも言えるのが計画経済から市場経済への転換だ。これによって国営や公営以外の私企業の存在を認めるだけでなく、私有財産についても一部認めることになった。これにより国民のやる気を大いに喚起し、ベトナム経済活性化の最大の原動力となっている。

 

 私ことワールド・トラベラーはベトナムの経済発展が目覚ましくなった1994年9月から2002年12月まで3度も訪れており、南北に細長いベトナム全土をほぼ周遊済みである。今回は両陛下が滞在する首都ハノイと古都フエを紹介する。南部にある同国最大の都市ホーチミンや、多様なベトナムを如実に物語るその他の地方、例えば古都ホイアン、天下の絶景ハロン湾などについては後日としたい。

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 

 ダイナミックなベトナム南部の大都市ホーチミンと対照的に、1760kmも北に位置するハノイは落ち着きのある古都で人口は約450万人。11〜13世紀の李朝の都になった街には、由緒ある寺も多い。ベトナム有数の川・ホン川(紅河)の右岸にあり、この川の近くにあるのがホアンキエム湖 で街のほぼ中心にある。度々ホン川の氾濫でできた湖は、かつて川とも繋がっていた。

 湖の北岸近くにある島では、18世紀に建てられた玉山祠が建っている。岸から赤く塗装された木製の太鼓橋・フク橋を渡ると、島に着く。そこでは文学の神スオン王や、13世紀モンゴルの侵略を撃退し活躍したチャンフンダオなどが祭られている。また、湖の中央に浮かぶ小島には亀の塔が建つ。湖の北側は古い家並みが続く旧市街になっており、一帯はハノイ36通りと呼ばれて様々な店が並ぶ。

  

     ホアンキエム湖       玉山祠       文廟前に立つ筆者

 

 ホアンキエム湖から西へ約2km行くと、1070年建立の文廟(孔子廟)がある。1076年には国内初の大学・国子監が敷地内に置かれ、王族と貴族の子弟や官僚が学んだ。学問にご利益のある場所として、観光客だけでなく多くのベトナム人が訪れる。必見はハノイの象徴の一つになっており、19世紀の阮(グエン)朝時代に出来た奎文閣の池の両側に、82の石碑がずらりと並ぶ。昔の官僚登用試験、科挙の合格者の名前と出身地が刻まれた石碑が、石造りの亀の上に乗っている。

 文廟から1kmほど北上すると、一柱寺がある。李王朝時代の11世紀に建てられた小さな寺は一本柱で支えられ、池に浮かぶ蓮の花のようと形容される。そのユニークな外観からフランス統治時代の建物と並び、ハノイを代表する歴史建造物として有名だ。李朝の王が世継ぎに恵まれていなかった頃、蓮の上で子供を抱いた観音菩薩の夢を見て待望の子供を授かったとされ、王が謝恩にと建てた由。子宝に恵まれるご利益を祈願する人々で賑わう。

 

  

   文廟の奎文閣       一柱寺    ホー・チ・ミン博物館 

 

 一柱寺の南側には、1990年に建てられたホー・チ・ミン博物館がある。ベトナム人指導者の故ホー・チ・ミン主席および外国の支配に抵抗するベトナムの革命闘争に捧げられた博物館で、主席の遺品や革命の歴史などを展示している。一方、北側には1975年に建てられたホー・チ・ミン廟がある。総大理石造りの堂々たる建物がひときわ目立ち、廟内には主席の遺体が安置されている。

 ほかに、ベトナム名物として有名なタンロン水上人形劇場が、ホアンキエム湖の玉山祠の近くにある。会場はホーチミンのような屋外ではなく屋内で、水をはったステージが設置され華やかなショーを堪能した。またグルメでは、ハノイが本場と言われるベトナム風うどんの米麺、フォーに舌鼓を打った。特に鶏がらスープに鶏肉が入ったフォーガーが格別に美味く、ハノイ滞在中は毎日食べたほどだ。

 

  

  ホー・チ・ミン廟     水上人形劇       フォーガー

 

 次にフエだが、ハノイの南およそ700kmにあり、ベトナム最後王朝、グエン朝(1802年〜1945年)の都であった。町はフォン川を挟んで北側の旧市街と南側の新市街に分かれるが、見どころは旧市街が多い。新市街から橋を渡って旧市街に入ると、先ず目に入るのが高さ約30mのフラッグタワーである。この後ろに阮(グエン)朝王宮があり、一辺が2.2kmの方形で、高さ6.6m、幅21mもある堅固な城壁に囲まれ、その外には濠が掘られている。

 先ず、入口になっている王宮門から入ると、右側にザーロン帝時代の1804年に造られた大砲がある。入門後すぐに門の上に上がり見渡すと王宮全体の概要が良く分かる。特に目立つのが正面にある大きな赤い屋根の大和殿で、中国の紫禁城を模しているが規模はずっと小さい。大和殿の左には、阮朝の菩提寺である顕臨閣がある。王宮の見学を終えてフォン川に架かるチャンティエン橋に向かうと、そばに賑わいを見せるドンバ市場がある。

 

       −− フエを散策するワールド・トラベラー −−

  

     阮朝王宮の王宮門     王宮門前       ウォック・ホック高校

 

 橋を渡って新市街に戻り訪れたのがホー・チ・ミンも通ったクオック・ホックという高校。男女の高校生たちに出会ったが、女性の制服はきれいなアオザイであった。古都の情緒を盛り上げるフォン川遊覧は、川の流れがゆったりとしているためか時が止まったかのような錯覚に陥った。この遊覧で見かけたのがティエンムー寺で、高さ21mほどの7層八角形の塔が川面に映す姿が美しい。ほかに、約4km南郊外には別荘風のトゥドゥック廟、12km南郊外には中国風のミンマン帝廟がある。

 古都フエで最も忘れ難いのは、フォンザンホテルのレストランで煌びやかな宮廷衣装を着て宮廷音楽を聴きながら、名物の宮廷料理を賞味したことだ。阮朝時代にタイムスリップしたかのような気分になった。阮朝時代の皇帝や皇族が食べていた料理は「宮廷料理」と呼ばれ、現在では高級料理の一つとしてベトナム人や外国人観光客から親しまれている。日本料理と似た点があり、見た目の飾りつけがポイントとされる。

 

  

フォン川とティエンムー寺  宮廷衣装を着る筆者  飾付が美しい宮廷料理 

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 

 天皇、皇后両陛下がご高齢だけに、旅の安寧を祈念するのみである。

 

 

                ◇◇◇ お知らせ ◇◇◇

         (ワールド・トラベラーの著書紹介)
           
世界を動かす少数民族


 超大国アメリカの真の実力者は誰か?台頭著しい中国を支える東南アジア経済界の覇者は誰か?イスラム国に敢然と立ち向かう勇者は誰か?ベトナムの少数民族も詳述し、少数民族から現代世界の縮図と課題が克明に分かる。詳しくは好評発売中の『世界を動かす少数民族(幻冬舎)』をご購読下さい。定価本体1,350円+税

    

 お買い求め又はご注文は、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。
お問い合わせ:

世界の人形館 TEL 04−7184−4745
        E−MAIL 
 ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

Copyright ©The World Doll Museum WDM. All Rights Reserved 

| - | 00:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
北朝鮮の政変−金正恩体制の崩壊近し!?
10

 ひょっとすれば、今後どんでん返しがあるかも知れないミステリーな事件だ。まるでサスペンスドラマを観ているような想いである。この謎めいた事件については、既に2月15日付け幣ブログ「金正男氏が殺害されたマレーシアの旅(2)クアラルンプール編」で紹介済みだ。

 

 2月13日に北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長の異母兄である金正男(キム・ジョンナム)氏が、マレーシアのクアラルンプール空港で猛毒の神経剤VXで襲撃され殺害された。弟の金正恩氏の関与(と言うより指示)は99.999%の確率で間違いないであろう。組織ぐるみ、いや北朝鮮と言う国家ぐるみの非情な暗殺である。

 韓国・北朝鮮を問わず朝鮮半島では、今も長幼を重んじる儒教思想が根付いていると言われる。たとえ腹違いの兄弟とはいえ、また仮に兄が放蕩であったといえ、弟が敬うべき兄を葬り去るとは儒教社会ではあり得ない事なのであろう。恐ろしい暗殺事件と言える。

  現時点では故人の身元確認などにつき、北朝鮮側の妨害により確認されたことが未だ少なく、捜査は遅れ難航している。一方では、正男氏の腹部には刺青があるらしいが、公開された遺体には見当たらない。刺青の有無次第では、北朝鮮側が主張する別人(影武者)説が正しいことにもなり、マレーシア警察もDNA鑑定による身元確認を急いでいる。

遺体のみが真実を知る

(ネットより転用・加工)

 

 いずれにせよ、金正恩委員長にしてみれば、兄を抹殺する目的は一応達成したものの、想定外のこともあったようだ。例えば、北朝鮮の国内では無名に近いらしいが、国外では有名人である金正男氏の殺害事件の国際的な波紋である。暗殺の直接的な動機は脱北者による亡命政権樹立構想の阻止と、血統では「白頭」と言われる正統な直系の兄、正男氏への個人的な妬みであろうか。

 因みに、白頭とは北朝鮮と中国国境にまたがる標高2744mの火山・白頭山を指し、北朝鮮にとりシンボリックな「聖山」である。中国名は長白山といい、2009年6月に登ったことがある。底にあるカルデラ湖・天池が青く輝き、その神秘的な美しさは言葉を失うほど。南北約4.4km、東西約3.5kmの巨大な火山湖と、湖を取り囲む灰色の16の峰々とのコントラストが鮮やか。

 

 また、故金正日総書記と二番目の妻であった成薫琳の間に平壌で生まれた正男氏に対し、大阪生まれの在日朝鮮人二世で三番目の妻であった高英姫を母として生まれた弟の正恩氏の出生地は定かではないとのこと。実は大阪生まれの筆者の姓(高)が正恩氏の母と同じで、彼女が生活拠点とした大阪・鶴橋のコリアタウンへ若かりし10代の頃によく出かけたものだ。街角で見かけたあの小さな可愛い女の子が、今にして思えば高英姫であったかも・・・。

 

   

     金正男氏の正統な血統・白頭の    金正恩氏の母、高英姫が生まれ

    舞台・白頭山に抱かれた天池     育った大阪・鶴橋のコリアタウン

 

 一方、今まで金正男氏を保護下に置いて来たと言われる中国は、北朝鮮とマレーシア両国の友好国だけに板挟みになっているフシがある。特に、北朝鮮とは朝鮮戦争以来の「血の同盟」という特殊な友好関係があるほか、アメリカ軍が駐留する韓国との間にある緩衝地帯としての戦略的な価値がある。

 だが、近年の北朝鮮は中国の忠告や苦言を聞き入れず、核・ミサイル開発を続けるので黙認できない存在になりつつあるようだ。もし、今後も核実験などで北朝鮮の挑発が更にエスカレートするようであれば、彼らが金正恩を消して現在の独裁体制が崩壊することもあり得よう。

 

 金正恩政権は決して盤石ではない見方もあり、中国が本気で北朝鮮の政権交代を望めば可能であろう。その時期は意外に早く来るかも知れない。彼らの戦略目標はあくまで北朝鮮国家自体の維持であり、いずれ北朝鮮でクーデターが発生して内戦の末に新政権が発足するというシナリオも書いているのではなかろうか。我々が想像も付かないような政変が起きるのが、北朝鮮であり中国でもある。

 加えて国際的な圧力、例えば奇想天外なことを平然とやってのける米国のトランプ大統領による金正恩体制の転覆工作も、その選択肢の一つになるのでは・・・。また、伝統的な友好国だが不気味に沈黙するロシアも、策略家のプーチン大統領の動きが気になる次第である。

 

(後記)

 マレーシア警察は、殺害された遺体が金正男氏本人であることを確認した。今後は誰が遺体を引き取るのか、また北朝鮮が息子の金ハンソル氏を次のターゲットにするのか注目される。(3月9日)

 

                ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇ 

 

 北朝鮮を訪問したことがある筆者(ペンネーム:高 やすはる)には、北朝鮮に関する下記著書があります。ご興味があれば是非ご愛読ください。

 

   私はワールド・トラベラー      272の国と地域を制覇した77歳のワールド

     世界257ヵ国・地域を旅した男    ・トラベラーは たった1人で紛争地を旅した   

      文芸社 定価1,500円+税          幻冬舎  定価1,400円+税

  

 

 なお、幣著書のお買い求めは、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。
お問い合わせ:
世界の人形館 TEL 04−7184−4745
        E−MAIL  
ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

Copyright ©The World Doll Museum WDM. All Rights Reserved

| - | 21:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
外国人初のプロ棋士を生んだポーランドの旅(1)‐ワルシャワ編
8

 本日の朝日新聞でオヤッと思う記事が目に留まった。東欧・ポーランド出身の女流棋士カロリーナ・ステチェンスカさん(25)が、昨日(2月20日)東京の将棋会館で行われた対局で勝利したのである。日本将棋連盟の規定により、正規の女流棋士として認められる女流2級への昇級を決めた。男性棋士も含めて外国人が将棋のプロになるのは初めてという快挙だ。

 

 彼女は16歳の時に大好きな漫画「NARUTO」の登場人物が将棋を指しているのを見て興味を持ったとか。その後インターネットで将棋のルールを覚え、ネット対局で腕を上げ2013年に来日して2年後に女流3級になった。彼女にとって将棋は、チェスと違い相手から取った駒が使え、終盤がダイナックなことが面白く大きな魅力らしい。彼女のプロデビューによって日本の将棋も、チェスのように国際化が進むのであろうか?

 

 因みに、将棋のルーツは諸説あるが、紀元前200〜300年ごろ古代インドで遊ばれたチャトランガという四人制のさいころ将棋と言われる。このチャトランガが西方に伝わりチェスに、東方は中国将棋や日本将棋に姿を変えて世界各国に広まったとされる。インド ⇒ 東南アジア ⇒ 中国を経て平安時代に日本に伝わったようで、貴族の間で将棋が遊ばれていたこととか。

 

 さて、ステチェンスカ棋士の母国ポーランドはドイツとロシアの二大国に挟まれ、国名は「平原、牧草地」を意味する広大で肥沃な平原を持つが故に絶えず他国の支配を受けてきた。東西ヨーロッパの間で揺れた悲劇の歴史を刻んだバルト海の国で、彼女が生まれたのは首都ワルシャワである。今回は同国の最大都市でもあるワルシャワを紹介し、その他の地方は後日としたい。

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 

 私ことワールド・トラベラーは米ソ間の東西冷戦の最中であった1975年8月、商社マンとして中東のクウェート駐在時代に家族(妻と2人の息子)を連れて1か月もヨーロッパを周遊し、その途中初めてワルシャワを訪れた。2度目は1977年4月、駐在地のクウェートからルーマニアやブルガリアへ業務出張した時に寄ったものだ。

 3度目は44年もの続いた東西冷戦が終わり、平和を取り戻した2002年5月に2週間近いポーランド周遊のツアーに参加した際に立ち寄った。実に25年振りの再訪となったが、1989年民主化後に加速した街の大変貌に驚き、魅力的なポーランドを再発見する懐かしのセンチメンタル・ジャーニーでもあった。

 

 度重なる他国の占領にも屈せず「不死鳥」と言われるワルシャワは、人口約180万人の東欧随一の大都市である。ヴィスワ川が市内を南北に貫通する。13世紀に建造された街は、1596年ポーランド王国の都となって以来、破壊と再生を繰り返してきた。異民族や敵国による侵攻とそれに対する抵抗によって造られたポーランドの歴史の縮図を、この首都で見ることができる。

 4半世紀前に比べて3度目の訪問で見た街並みは、第二次世界大戦の傷跡を全く感じさせないほど完璧に復元されていた。市民は壊滅状態にあった第二次世界大戦後も不屈の精神で、特にクラコフから遷都された16世紀末以来の古い建物が残っていた旧市街をレンガのひびに至るまで忠実に原状回復したのだ。1980年には、「ワルシャワ歴史地区」として世界遺産に登録された。

 

 石畳の路地にガス灯、バロック風の家々が往時を偲ばせる珠玉の旧市街の歴史地区は、中世そのままの雰囲気が満ち溢れている。その中心となるのがレンガ造りの美しい建物で囲まれた市場広場だ。剣を振り上げる人魚像が中央に立ち、周囲には露店のカフェや画商などが並び活気がある。1975年に初訪問時した時にはこの広場で、絵を売ってその日暮らしをしていた貧しい画家から水彩画を買ったが、その絵は今も我が家で飾られている。

 

          −−− ワルシャワ旧市街 −−− 

   

   市場広場の中心  1975年家族と散策   市場広場で買った

                                                                 王宮広場を描いた絵

 

 この広場から少し南へ歩くと、14世紀に建てられたワルシャワ最古の教会、聖ヤン大聖堂がある。歴代王の戴冠式など、多くの歴史的行事が行われた。ここから更に南下すると王宮広場があり、その一角に観光案内所を兼ねるワルシャワ歴史博物館がある。この脇の道を入って行くと、赤レンガ造りの円形をしたバロック様式の砦バルバカンが現れる。旧市街を守るために造られた15〜16世紀の城壁で、かって牢獄や火薬庫として使われたこともある。

 

 ヴィスワ川沿いの旧市街の西側や南側に広がるのが新市街である。旧市街のすぐ北側にはキュリー夫人博物館がある。ノーベル賞学者のキュリー夫人の生家で、実際に使用した実験道具などが展示されている。旧市街から1kmほど南にある聖十字架教会は、ショパンの心臓が納められていることで有名だ。

 ワルシャワの中心部で最も目立つのが、高さ234mもある37階建ての高層ビル、文化科学宮殿である。ソ連のスターリンのプレゼントで1952年から4年を要して建てられ、部屋数は3300近くもある。高層ビルが比較的少ない街では不釣合いな感じで、「ソ連の墓石」と揶揄されて市民には不評のようだ。

  

   バルバカン前の筆者  キュリー夫人博物館    文化科学宮殿

           

 近郊では、約5km南にあるワジェンキ公園が見逃せない。ヨーロッパで最も美しい公園の一つとして知られ、ワルシャワ市民の憩いの場にもなっている。この公園はポーランド最後の王となったポニャトフスキにより、30年の歳月を経て1796年に完成した。見どころは王の夏の離宮として建てられたワジェンキ宮殿で、池の水面に優美な姿を投影する。

 郊外では、ワルシャワから西54kmのジェラゾヴァ・ヴォーラにあるショパンの生家が必見だ。ポプラ並木が続く公園の中に佇み、意外なほど質素な建物は博物館になっている。ショパンの出生や洗礼証明書、少年時代に書いた楽譜(複製)などが展示され、興味深いものが多い。約30分のピアノコンサートを聴いたが、聞き惚れて時間が経つのも忘れるほどであった。

 

  

       ヴィスワ川     ワジェンキ宮殿   ジェラゾヴァ・ヴォーラ

                        にあるショパンの生家

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 

 以上ワルシャワを概説したが、ポーランドの地方へ行くと、この街に劣らない観光スポットが多々ある。例えば、古都クラコフ、アウシュヴィッツ収容所などがあり、次回に紹介したい。乞うご期待! 

 

                ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

世界の人形館のご見学

 筆者ことワールド・トラベラーが館長を務める世界の人形館では、272カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを多数展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。慈善活動につき、入館料は無料です。

 

    −−− 国境の無い平和な「世界の人形館」の館内風景 −−−    

      

 但し、セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。
 TEL:04−7184−4745 又は Eメール: ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

Copyright ©The World Doll Museum WDM. All Rights Reserved 

| - | 14:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
金正男氏が殺害されたマレーシアの旅(2)クアラルンプール編
10

 以前からずっと抱いていた懸念が現実のもになる事件が発生した。北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄になる金正男 キムジョンナム氏(45)が、一昨日の2月13日マレーシアで殺害されたのである。クアラルンプール国際空港内でスプレー噴射され、一瞬で毒殺されたらしい。犯人は2人の女で、1人は逮捕されたが、残り1人は男4人(北朝鮮工作員の関係者であろう)と共に逃走中。

 弟の金正恩政権になってから、北朝鮮では粛清が相次いでいるようだ。その最たる例は叔父でかつて北朝鮮ナンバー2と言われた張成沢氏の処刑だが、同氏は金正男氏を金正日総書記の後継者にしようと画策したためマークされたらしい。腹違いとは言え、兄を葬り去るとは33歳の若輩ながら恐ろしき人物である。虚勢を張り気味の金王朝の栄華はいつまで続くのであろうか?意外に早い結末が来るかも知れない。

 

           (クアラルンプール国際空港)

    

      ターミナルビル内       買い物する筆者(2014年)

 

 弟の金正恩氏との後継者争いに敗れた金正男氏だが、2000年頃から中国の保護下に入った。中国当局から護衛されながら、北京、マカオと東南アジアを行き来する生活を送っていた。中国政府系の企業から生活費の一部を提供されていたと言われ、中国にとって正男氏は対北朝鮮外交の重要な切り札だった。父の金正日氏が健在な時代には一種の人質となり、正恩時代に入ると朝鮮半島での有事に備えるため「いつでも首をすげ替えられるトップの代役」という存在でもあったようだ。

 しかし、正男氏を庇護していることは正恩氏の対中不信を募らせ、中朝関係悪化の一因ともなった。シンガポールやマレーシアなど東南アジアで移動する際には、中国は護衛チームを送り、万全の態勢を敷いたとされる。しかし、中国当局はなぜ今回守れなかったのであろうか。暗殺情報を知りながら、中国が北朝鮮との関係修復のため正男氏を見捨てた可能性さえも見え隠れする。

 

 さて、金正恩氏が殺害された舞台のマレーシアは1978年11月に初訪問以降、6回も訪れている大好きな国の一つである。その最大の理由は、商社マンとして1979年〜1984年に隣国のインドネシアのジャカルタ駐在時代に習得したインドネシア語が、マレーシアのどこへ行っても通用するからだ。

 既に2015年6月7日付けのブログ「キナバルの地震と悲劇(?)」で、コタ・キナバルなどのサバ州を紹介ずみである。今回は4回滞在したことがある首都クアラルンプールに絞り、エキゾチックな多民族の街に触れてみたい。

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 

 1978年に初めてクアラルンプールを訪れてから4回目の訪問となった2008年6月までの30年間は、近代的な超高層ビルが増えたとは言え、変わらないものが多い不思議で魅力的な大都会である。マレー系、華僑系、インド系など多民族が平和的に共存するマレーシアの首都らしく、世界有数の摩天楼、英国統治時代の面影を残す歴史地区、イスラム建築、チャイナタウンなど様々な文化が混ざり合った独特の雰囲気を持っている。

 

 クアラルンプール観光のスタート地点して是非おススメしたいのが、国営の石油公社ペトロナスが所有するオフィスビル、ペトロナス・ツイン・タワーである。1998年に完成した2本のトウモロコシ形の超高層ビルは452mの高さを誇り、市内で最も目立つ建物である。タワーのちょうど中間付近の41階には2つのビルを繋ぐ渡り廊下があり、地上より170mのスカイブリッジと呼ばれる展望フロアから発展を続けるクアラルンプールの壮大なパノラマが眺望できる。

 

    

  ツインタワーやKLタワーがそびえる   ツインタワーを背にする

    クアラルンプールの摩天楼  

 

 イギリス統治時代の面影が残る歴史地区の中心は、1957年に独立宣言されたムルデカ・スクエアという独立広場だ。広々とした芝生で整備された広場の東向かいに建つのが、近代的な街中でエキゾチックな顔をのぞかせるスルタン・アブドゥル・サマド・ビル(旧連邦庁舎)である 。1894年築のムーア様式のレンガ造りで、中央にある時計塔の高さは40mで街のシンボルになっている。

 

  

         ムルデカ・スクエア        旧連邦庁舎付近

 

 ムルデカ広場の南東にある2階建てのショッピングセンターはセントラル・マーケットで、 かつての生鮮市場を改装したものだ。マレーシア各地の民芸品や雑貨などの店がずらりと並び、2階の奥にあるフードコートでは地方料理も食べられるなど、マレーシアが凝縮されたスポットだ。

 このマーケットの南に隣接するチャイナ・タウンは、雑然としている中国系住民の町である。プタリン通りやハン・レキル通りの目抜き通りを中心にして、細い路地が入り組む。数多くの屋台や安食堂、庶民的なショッピングセンターやホテルなどがひしめき、夜遅くまで人通りが絶えず活況を呈している。

 

 

   セントラル・マーケット     チャイナタウンのプタリン通り

 

 ほかに、イスラム教国としてモスクがあるが、この街のそれは意外に小さい、むしろ、地方で立派なモスクが多い(例えばアロースター)ので、別の機会に紹介したい。

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 

 金正男氏殺害現場となったクアラルンプール国際空港第2ターミナルは、アジアで台頭著しい格安航空会社(LCC)のために2014年6月にオープンした。第1ターミナルをしのぐ年間3千万人の利用者があり、24時間休むことなく開かれた空港という看板の裏をかいた犯行のようだ。

 実は2014年3月〜4月、インドの離島、シンガポール、太平洋の島々巡りをした時にトランジットでクアラルンプール国際空港に寄ったことがある。クアラルンプールの市街地から57kmも外れ少々不便だが、その規模の大きさや設備の素晴らしさに驚いた。金正男氏殺害でふと同空港のことを懐かしく想い出した次第だ。

 

後記

金正男氏を殺害した実行犯の2人目の女性も逮捕された。インドネシア国籍で、先に逮捕された女性はベトナムのパスポートを持っているが容貌から国籍は不明のようだ。一方、男たち4人の行方は依然として分からない。いずれにせよ、巧妙な北朝鮮による嘱託暗殺であろう(2月16日)。

その後、マレーシア在住の北朝鮮国籍の男が逮捕され、さらに北朝鮮国籍の男4人を容疑者として特定したが、事件当日に出国して平壌に戻ったらしい。マレーシア警察はさらに北朝鮮国籍の人物3人が事件に関与していると見ており、また猛毒の神経剤VXによって殺害されたと発表した。ここまでくると北朝鮮の組織的な関与があり、それは最高指導者である金正恩朝鮮労働党委員長の指示に基づくものであろう(2月25日)。 

  

                   ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇ 

 

 私ことワールド・トラベラーには、北朝鮮に関する下記著書があります。ご興味があればご愛読ください。

 

   私はワールド・トラベラー      272の国と地域を制覇した77歳のワールド

     世界257ヵ国・地域を旅した男    ・トラベラーは たった1人で紛争地を旅した   

      文芸社 定価1,500円+税          幻冬舎  定価1,400円+税

    

 

 なお、幣著書のお買い求めは、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。
お問い合わせ:
世界の人形館 TEL 04−7184−4745
        E−MAIL  
ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

Copyright ©The World Doll Museum WDM. All Rights Reserved   

| - | 14:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
トランプ米大統領令の乱発とアメリカの入国制限
11

 今、世界で最も暗殺されるリスクが高い人物は誰かと問われれば、大よその察しが付くであろう。冒頭から不謹慎な話で恐縮だが・・・。

 

 去る1月20日に就任したアメリカのトランプ大統領だが、その直後から米国内は勿論、ヨーロッパなど世界各地で抗議デモがあった。さらに矢継ぎ早に大統領令を出すが、中には物議を醸すようなものもある。特に問題になっているのが、中東・アフリカ7カ国の国民のアメリカ入国を90日間禁止する大統領令である。その対象国とはイラン、イラク、リビア、ソマリア、スーダン、シリア、イエメンの7カ国。総人口は2億人以上で、しかも国民の大半がイスラム教徒だ。早速この影響でアメリカに入国できずに拘束されたり、航空機に搭乗拒否された人が数百人もいた。因みに、私ことワールド・トラベラーはこれら諸国をすべて何度も訪れているが、いずれも想い出深い国々だ。

 これに対し、全米各地で激しい抗議デモが行われ、国務省や州政府、大企業などからも批判の声が出ている。特に注目すべきは大統領令の合法性に敢然として違法性を唱えた司法省トップのイェイツ司法長官代理。この人、男性ならぬ女性だが、トランプ大統領に歯向かうとはあっ晴れである。だが、さすが同大統領は得意のセリフ”You are fired (お前はクビだ)!”と言って解任したばかりでなく、空席の連邦最高裁判事に保守派人物を指名して最高裁を身内で固めた。これは一連の大統領令が違憲訴訟されても、合憲とされることを意図したものであろう。

 

  

署名するトランプ大統領  各地で激しい抗議デモ(ネットより転用・加工)

 

 アメリカのビザ免除プログラムは、38ヵ国の国民に対して90日間のビザなし入国を認める。英国、フランス、ドイツなどと共に日本は含まれ、渡航者は電子渡航認証システム(ESTA)を使い事前申請する。ところが、2015年12月に連邦議会は超党派の議員立法でこの制度を変更する法案を可決し、2011年3月以降に特定の国々に渡航した人は、ESTAによるビザ免除が適用されなくなった。特定国とは当初指定されたイラン、イラク、シリア、スーダンに加え、2016年年2月にはリビア、ソマリア、イエメンも対象となった。これら7ヵ国が、トランプ氏の大統領令でも規制対象となった。
 さて、これら7ヵ国の国民が本当に危険なのであろうか?同氏の大統領令は、2001年の9.11米同時多発テロ以来、外国生まれの人物たちが多数のテロ関連犯罪を起こしたと主張する。だが、ニュー・アメリカ財団というシンクタンクの資料によれば、イスラム聖戦主義攻撃に関与、或いは斯様な攻撃の実行者として死亡したテロ犯のうち、82%は米国籍か永住権を保有。つまり、近年のアメリカ国内で起きた重大な無差別大量殺人事件の犯人はいずれも、入国制限対象の7ヵ国の市民ではなかったのである。これには国際社会も反旗を翻しており、国連のグテーレス事務総長も入国禁止令の解除を求めた。

 

 本来は自由の国であるはずのアメリカの入国制限に関し、筆者もゾッとするような苦い体験がある。同時多発テロ後にアメリカを初めて訪れたのは2004年6月で、大統領はジョージ・ブッシュであった。その時の主な目的はメキシコ旅行でツアーに参加していた。途中抜け出して単独でアメリカ南部を旅するため、メキシコ・シティ空港からニューオリンズに向かおうとした。ところが空港の出国検査(実際はアメリカの入国検査)で驚いたことにテロリストとして扱われたようで、2度も厳しい検査を受けた。別コーナーで厳しい身体検査が行われ、最後はズボンまで脱がされてパンツ姿の屈辱的な検査を強いられた。

 アメリカ入国後にサンアントニオ空港からメキシコ・シティに戻る時にも、空港で同様の厳しい検査を強要された。空港で搭乗の際、搭乗券にテロリストまたは要注意人物を意味するSという特殊マークが入っていることに気付いた。この特殊マークを見た検査官は急に目付きが鋭くなり、筆者のスーツケース・手荷物・身体に対し、テロリスト待遇の過酷かつ長時間の保安検査を強要。帰国後すぐに米国系の航空会社に手紙を書いてクレームしたが、アメリカ運輸保安局(TSA)のせいにして一切謝罪しないのはもちろん、情報公開に一切応じなかった。この悪夢のようなアメリカの空港での厳しい保安検査が、次に出かけたアリ地獄のような全米旅行の序曲になるとは想像だにしなかった。

 

    

    パンツだけになった屈辱的な     特殊マークが入った搭乗券(左)   

     姿のワールド・トラベラー      TSAの一方的な通告書(右)

         (筆者の著書『トラベル・イズ・トラブル』より抜粋)

 

 わずか1週間後の2004年6月下旬にまたアメリカに向かった。今度は1ヵ月を掛けて広大な同国のほぼ全土を回る全米周遊であった。9・11同時多発テロに懲りてか、どの空港でもTSAによる度重なる厳しい保安検査には閉口した。特に何故か知らぬが、筆者の搭乗券にテロリスト又は要注意人物を意味するSSSSという特殊マークが入っていた。十数度の搭乗でスーツケース・手荷物・身体に対し、テロリスト並みに長時間の過酷で保安検査を強要され、またズボンまで脱がされる屈辱感も味わった。とくに、ニューヨークと南部のチャールストンの空港検査が異常なくらい厳しかった。

 このトラブルの影響でストレスが蓄積し病気になり、ミネアポリスでは急遽病院にかけこんだほどだ。保安検査が長すぎるため、乗り遅れそうになったフライトも度々あった。また、スーツケースに入れていた土産物が壊されたり、スーツケース到着が遅れた上にカギが破損していたり、まったく散々であった。 帰国後すぐに航空会社に苦情を申し入れたが、相変わらずTSAのせいにして補償しないはもちろん、情報公開にも応じなかった。いくら国の安全保障のための検査とはいえ、個人の人権をふみにじり、荷物などを損傷させながらまったく謝罪しない強引なやり方はとても民主主義の模範国ではない。

 

 筆者がTSAにマークされたのは、1974年〜1977年にはクウェート、1979年〜1984年はインドネシアというイスラム諸国に駐在したほか、長年イスラム圏を旅したキャリアなどを調べ上げてイスラム過激派の関係者と見做したのであろう。しかし、皮肉にも米国の徹底したテロとの戦いは、逆に宗教や民族間の対立の激化を煽っていると言えよう。

 今回のトランプ大統領令による入国禁止は、むしろイスラム世界では益々反米感情が高まり、キリスト教vsイスラム教という永年の文明間対立の様相も帯びてきている。また、トランプ大統領が親イスラエルの隠れユダヤ教徒!?と目されるだけに、ユダヤ教のイスラエルvsイスラム教のアラブ諸国の対峙を中心に中東和平の行方が気掛かりでならない。

 

 最後に、暴言王の名を欲しいままにして過激な我が道を行くトランプ大統領閣下が、過激な者の凶弾に倒れないよう、4年間のご無事と安寧を祈念したい。

 

後記

 大統領令による米国政府がイスラム圏7カ国出身者やシリアなどの難民の入国を一時禁止した措置に連邦地裁が差し止めを命じた問題につき、司法省は地裁命令の効力の即時停止を上級審の控訴裁判所に訴えた。控訴裁はすぐに訴えを退ける判断を下し、7カ国出身者や難民の入国は当面禁止されないことになった。暫くはトランプ大統領vs司法のバトルが続きそうだ(2月5日)。

 

              ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇

 

 アメリカの入国規制トラブルなどをルポした幣著書を下記紹介します。

 

   『272の国と地域を制覇した     トラベル・イズ・トラブル

77歳のワールド・トラベラーは      安全な旅は退屈だ!!

 たった1人で紛争地を旅した 

     

    幻冬舎 定価1,400円+税  ルネッサンス・アイ 定価1,300円+税

 

 幣著書のお買い求めは、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。
お問い合わせ:
世界の人形館 
TEL 
04−7184−4745
        E−MAIL  
ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

Copyright ©The World Doll Museum WDM. All Rights Reserved

| - | 13:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
トランプ大統領ゆかりのユダヤ教の国、イスラエルの旅
10

 中学生時代から浮気もせず朝日新聞を一途に購読して来たが、最近は看板の天声人語をはじめ面白くない記事が多いようだ。そのためか昔のように毎日几帳面に目を凝らすように読むことはなく、半月ほど溜めてサッと乱読することが多い。今日もその溜め読みを始めたのだが、真っ先に目に飛び込んで来たのが1月23日付け夕刊1面トップ。『「禁断」の豚骨イスラエル魅了』という見出しの記事だが、かつて中東に駐在経験のある筆者にとり大変興味深い。

 記事によれば、このたび豚骨スープを売り物にする日本のラーメン店が、中東のイスラエルに初めて進出したのだ。地中海に面する商都テルアビブでラーメン専門店がオープンし、満席の客たちから一斉に歓声が上がったそうだ。しかし、イスラエルと言えばエルサレムというユダヤ教の聖地があり、国民の8割近くがユダヤ教徒である。しかもユダヤ教はイスラム教と同様に豚の類は厳禁につき、まさに「禁断の豚骨ラーメン」になる。だが、美食には宗教や国境の壁も無いようだ。宗教のタブーに拘らない世俗派を狙った大胆な新手のイスラエル商法が注目される。

 

       

 

 ユダヤ教=イスラエルと言えば、今や世界中で時の人となり怖い者知らずの感があるトランプ米国大統領を思い出す。同大統領が「秘密兵器」と自慢する長女のイヴァンカさんが、ユダヤ教徒のクシュナー氏との結婚に先立ちキリスト教徒からユダヤ教徒に改宗し、ヤエルというユダヤ名を持っているのだ。因みに、クシュナー氏の祖父母はポーランドから米国へ移民したユダヤ人で、トランプ政権発足に伴い大統領上級顧問に就任している。トランプ大統領はオバマ前政権よりもイスラエル寄りは鮮明であり、どうも隠れキリシタンならぬ「隠れユダヤ教徒」の趣があるようだ。

 同大統領が殊の外イスラム教徒に対して厳しいのは、永年のイスラエルvsイスラム諸国対峙の背景があるからに他ならない。イスラエル重視の証左として、2月初めに同大統領はイスラエルのネタニヤフ大統領と会談するとも聞く。我が安倍晋三首相は先を越される感じで、アメリカという大国は依然としてユダヤ系に牛耳られているのだ。しかも、最近厄介な問題がある。トランプ大統領がパレスチナ側主張のエルサレムをイスラエルの首都として、アメリカ大使館を現在のテルアビブからエルサレムに移すと表明した。また、イスラム教徒や難民の入国を阻止する動きだ。中東和平に水を差すような火種になりかねない。

 

 上述の詳細は幣著書『世界を動かす少数民族』でユダヤ系アメリカ人を紹介しており、イスラエルの旅をレポートした『ワールド・トラベラーだけが知る素顔のイスラム』と共にご購読願えれば幸甚である。

 

       世界を動かす少数民族              ワールド・トラベラーだけが 

  少数民族から世界の課題が分かる          知る素顔のイスラム 』

   

       幻冬舎 定価1,350円+税                    新潮社 定価1,500円+税

 

 以上の次第で世界中に話題を提供し続けるトランプ大統領と共に、注目したいのが小国だが隠然たる実力と影響力を秘めたイスラエルである。1994年12月と2005年2月に、筆者はユダヤ人の国イスラエルとアラブ人が住むパレスチナ自治区を訪れたが、その旅の模様を紹介しよう。

 

   ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆ 

 

 パレスチナの語源になったペリシテ人が住んでいた「カナン」という地で、旧約聖書や新約聖書に書かれた場所が今も残る。それは1948年に建国されたユダヤ人の国イスラエルと、その土地を追われイスラム教を信仰するアラブ人が住むパレスチナ自治区だ。 筆者は商社マンとして1970代のクウェート駐在員時代から、2つの民が1つの国土に相克する四千年の歴史を辿る旅を熱望し続けた。しかし、中東戦争によりクウェートなどアラブ諸国と、イスラエルが敵対関係にあったため実現しなかった。

 その後1993年になり、「オスロ合意」という暫定自治協定が成立した。この機会を逃すまいと、また現地の治安も問題なかろうと判断した。そこで翌年の暮れに出発した訳だが、現地への直行便がないため往復路ともにローマ経由になった。待望のイスラエルの商都テルアビブに到着し、「ノー・スタンピング」で入国手続きした。入国審査でこのことを言わないとパスポートにイスラエルのスタンプが押され、以降はアラブ諸国に入国できなくなるからだ。

 

 入国後すぐに首都エルサレムへ向かい、ユダヤ教・イスラム教・キリスト教の三聖地が混在する旧市街や、郊外にあるキリスト生誕地ベツレヘムなどを観光。その後は荒涼たる土漠や奇景の山地を南下して、海抜マイナス400mの死海に向かった。保養地のエンボケックでは、誰もが海に浮いてしまうという珍しい浮遊体験などに挑戦した。

 

  

エルサレム:旧市街。手前 死海:浮遊する筆者 死海付近:月の谷のような 

が嘆きの壁、奥が岩のドーム           ソドム山地の奇景

 

 死海を後にし今度は北上してヨルダン渓谷を経由し、世界最古の町エリコなどを訪れてイエス伝道活動の中心地ガリラヤ湖に向かった。聖母マリアが受胎告知を受けた教会など見学後、テルアビブに戻り帰国した。面積は九州の半分しかない小国だが、見どころが見事に凝縮され毎日がエキサイティングであった。実に多様で変化がある観光大国だ。

 

 エルサレムでは旧市街がイチオシだ。わずか1km四方の狭い地区に、歴史的なモニュメントが集まる。たとえば、敬虔なユダヤ教徒が一心不乱に祈り続ける「嘆きの壁」、 預言者ムハンマドが昇天したという伝説があるイスラム教の「岩のドーム」、キリスト教はイエス復活前に遺体が安置されたとされる場所に建つ「聖墳墓教会」という3宗教の聖地が集まっており実に興味深い。

 

         

 これらの中でも、黄金色に燦然と輝く岩のドームが旧市街などと共に、東1kmほど離れた標高818mのオリーブ山からバッチリと一望できる。

 

 因みに、エルサレムに就いてだが、イスラエルは1948年の第1次中東戦争で西エルサレムを獲得し、さらに1967年の第3次中東戦争で東エルサレムを併合した。エルサレム全域を不可分の首都とするが、国際的には認められていない。一方、パレスチナ側は、東エルサレムを将来のパレスチナ国家の首都とする方針を堅持してきた。東西エルサレムの境界にあるのが旧市街である。

 

  

 エルサレム:嘆きの壁 ベツレヘム:キリストが   ヨルダン川渓谷

             生まれた生誕教会地下 

 

 エルサレム以外では、一面赤茶けた丘陵が続く死海の畔に突如として現れる岩山の要塞マサダ、みぞれが降り寒さで震えたエルサレムから一転して暖かい死海で楽しんだ浮遊体験と泥のエステ、意外に小さいので驚いたヨルダン川渓谷、数々の説教と奇跡を起こしたイエス伝道拠点の湖畔の教会群、茶色の荒涼とした大地と対照的な真っ青なガリラヤ湖、テルアビブのダイアモンド研磨工場見学なども興味が尽きない。また、2005年に訪れたイスラエル最南端のリゾート地エイラットも忘れがたい。  

 

 一方、パレスチナが支配する地域で必見の町はベツレヘムだ。エルサレムの南10kmにあり、ダビデ王もこの町の出身とされる。町のハイライトと言えば、イエスが生まれたとされる洞窟の上に建てられた聖誕教会だ。また、エルサレムの北東約50kmにある世界最古の町エリコは、海抜下350mは世界で最低地にあるので知られる。約1万年くらい前から人類が生活した居住跡があり、古代シナゴーグ(ユダヤ教会)やエリシャの泉が見逃せない。

 

 ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆ 

 

 因みに、1994年に訪れて以降パレスチナを再訪していない。その後イスラエルはパレスチナ自治区の周りに堅固な高さ8m、全長700kmにも及ぶグレートウォールと呼ばれる分離壁を建設した。目的はテロ対策のためとするが、実際はパレスチナ側に食い込むような形で建設され、国際司法裁判所も国際法上違法だとの判断を下した。

 特にヨルダン川西岸ではイスラエルの入植が続き、自治区の総面積5660k屬量鵤恭笋実質的にイスラエル領に組み込まれているとか。飛び地のガザ地区も含め、イスラエルの実効支配地域の拡大が続けば、イスラエル&パレスチナ自治区の和平は遠のくばかりだ。親イスラエルとされるトランプ大統領の中東政策が気掛かりである。

 

            ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇  

 

 幣著書のお買い求めは、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、筆者が無料公開で運営するプライベートミュージアム世界の人形館でお求め下さい。
お問い合わせ:
世界の人形館 TEL 04−7184−4745
        E−MAIL  
ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

Copyright ©The World Doll Museum WDM. All Rights Reserve   

| - | 13:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
死語になった(?)民主主義とゆかりの地
9

 本年冒頭に思ったのは、民主主義という言葉が死語になったのでは?である。米国のオバマ大統領は一昨日の退任演説で自身が成し遂げたレガシー(遺産)を強調し、さらに民主主義についても触れたが何か空虚なものを感じた。世界を見渡しても、近年の民主主義は国民のために、また国民のものになっているであろうか?

 一方、過日新年の挨拶に来られた自民党の衆議院議員の秘書から、平成29年 2017のカレンダーを頂戴した。そのカレンダーの左下部は安倍晋三首相の大きな上半身写真が載っており、寛いだ余裕あるポーズである。一方、右下端に「政治は国民のもの 自民党」と立派な名文が記されているが、「政治は国民のもの」の字が見落としかねないほど極端に小さい。何故もっと目立つような大きな字にしなかったのか、不思議でならない。

今年の自民党カレンダー

 もっとも自民党一強(と言うより安倍一強)になってから、安全保障関連法成立、駆けつけ警護付与の閣議決定、環太平洋経済連携協定(TPP)成立、統合型リゾート推進(IR)法案(いわゆるカジノ法案)成立など、数の力に任せた強引なやり方が気掛かりでならない。どう客観的、或いは公平に見ても国民不在の、今流行りで言えば、「国民ファースト」を無視した政治手法と言わざるを得ない。自民党もこの件は自覚し、遠慮して「政治は国民のもの」を小文字にしたのであろうか?

 

 戦前生まれの筆者は国民学校2年の時に、原爆投下などで多数の犠牲者を出した終戦を迎えた。学童疎開の経験もある、いわゆる戦中派である。敗戦後、国民学校は小学校になり、中学校まで耳にした最も新鮮な言葉は「民主主義」であった。民主主義とは、とどのつまり多数決であることを学んだものだ。クラスなどでの話し合いも、最後は全員挙手して決めたので文句は出なかった。この民主的とも言える多数決につき、世界が大揺れする激動の時代を迎えている。

 例えば、昨年のアメリカ大統領選挙や欧州連合(EU)離脱を決めたイギリスの国民投票では、終わった後でこんな結果は受け入れがたいと言い出す人たちが大勢現れた。また、街頭デモをして”民主主義って何だ”と叫び、選挙結果を受け入れようとしない。多数決で出た結論は多少不満があっても従うのが一応の民主主義だが、近年は多数決に基づく民主主義が国を分断するような憂うべき事象が起きている。特に、トランプ次期大統領を誕生させた過日の米大統領選が代表例。

 

 さて、難しいお話はこれくらいにし、民主主義ゆかりの地をいくつか紹介しよう。先ず、Democracyの訳語は民主主義だが、この源となった言葉がギリシア語のDemokratiaである。demoは「人民」を、kratiaは「権力や支配」を意味する。つまり民主主義は、人民が権力を有する人民主体の政治を意味することになる。その舞台となったのは、古代ギリシアの都市国家、アテネとされる。

 ギリシアに関しては、2012年6月26日付けのブログ「ギリシアへの誘い−神話と太陽の国の経済危機 」で紹介済みだ。一部重複するが、今回はアテネに絞ってみたい。この街を訪れたのは1975年1月と2001年5月の2回だけだが、ほぼ隈なく回った。同国の首都であり同国最大の都市でもあるアテネは、古代遺跡が数多くあるヨーロッパ文明の源流の街として知られる。見どころがタップリで、世界の旅人を飽きさせない。

 

 いくつかの小丘からなる市街地の中心は、標高165mのアクロポリスだ。「高い丘の上の都市」を意味し、神殿がある聖域や都市国家ポリス防衛の要塞として約2500年前に建造された。参道を登って行くと前門のプロピレアが建ち、重厚なドーリア式と優雅なイオニア式の対照的な柱がある。また、アクロポリスの丘の上から眺めるアテネの街並みが美しい。

 ここを通過して進むと目前に建つのが、紀元前438年に完成した古代アテネの栄光を象徴するパルテノン神殿である。アテネの守護神アテナを祀った神殿は、横31m、縦70m、高さが10mもある柱の下部直径は2mもある。ドーリア式の石柱に囲まれて建つ雄大な姿は、巨大な列柱と46本の柱の数に文句なしに圧倒される。

 

   

         アクロポリスを望む       パルテノン前に立つ筆者

 

 丘の南側にあるイロド・アティコス音楽堂は161年に造られたが、今も使われて現役で頑張るからスゴイ。ここで夏になると、様々なコンサートやオペラ、演劇やギリシア古典劇が上演される。この音楽堂から東へ少し歩くと、ディオニソス劇場がある。紀元前6世紀にできた劇場は15000人も収容する大きなものであったが、今は遺跡として残されているだけだ。

 

 ギリシア各地の古代遺跡を見学に出かける前にお薦めしたいのが国立考古学博物館。壮麗な外観の建物に加え、クレタ島を除くギリシア各地ほとんどの遺跡の出土品が数多く展示されている。特に先史時代からミケーネ時代のコレクションが充実しており、ミケーネ時代のアガメムノンの黄金の仮面や長い間海中に沈んでいたギリシア神話のポセイドン像などが見逃せない。

 ギリシアと言えば、オリンピックの発祥地であろう。アクロポリスから1km余り東へ向かうと、1896年に第1回近代オリンピックの会場になったアテネ競技場がある。古代の競技場に近い形で復元されており、トラックは現代のものとは違う馬蹄形をしているのが興味深い。因みに、古代では観客席は無く、観客は土手の斜面に立っていたとか。

 

   

         イロド・アティコス音楽堂           アテネ競技場:1974年12月

                      クウェート駐在時代に家族と旅行

 

 次に、世界最初の民主議会が開かれた地をご存知であろうか?それはアイスランドのシンクヴェトリルで、「議会平原」という意味である。筆者は1996年2月と2003年8月〜9月の2度にわたりアイスランドを訪れたが、記憶に残るスポットがあった。それはシンクヴェトリル国立公園で、首都レイキャビクの北東50kmほどにあり世界遺産にも登録されている。間欠泉のゲイシール、豪快な滝のグトルフォスとともにゴールデンサークルと呼ばれ、人気の観光地だ。

 歴史的には、930年に世界最初の民主議会「アルシング」が開かれた平原として有名である。アルシングの開かれた場所の後ろには高い崖がそびえており、また岩に囲まれていることで遠くまで声が届くことからこの地でアルシングが開かれたそうだ。因みに、この辺りではギャウという地球の割れ目を見ることができる。このギャウはユーラシアプレートと北アメリカプレートに引っ張られることでできた巨大な割れ目で、アイスランドのほぼ中央を南北に貫きシンクヴェトリルが最大規模だ。

 

   

         地球の割れ目ギャウ       シンクヴェトリルのギャウに

                       恐る恐る近づく

 

                                  ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

世界の人形館のご見学

 筆者ことワールド・トラベラーが館長を務める世界の人形館では、272カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを多数展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。慈善活動につき、入館料は無料です。

 

    −−− 国境の無い平和な「世界の人形館」の館内風景 −−−    

      

 但し、セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。
 TEL:04−7184−4745 又は Eメール: ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

Copyright ©The World Doll Museum WDM. All Rights Reserved   

| - | 11:09 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
2017年初頭に想うトラポノミクスvsアベノミクス
11

     謹 2017年(平成29年)!
           A Happy New Year !

                 新年好!

                Feliz Año Nuevo ! 
                         Selamat Tahun Baru !
                         नया साल मुबारक हो !
                                   ! كل سنة و أنتم بخير

 

 酉年の元日のお天気は終日快晴で、しかも暖かく穏やかであった。自宅があるマンションの屋上から眺望すると、「西の富士、東の筑波」と称される筑波山の稜線がハッキリと見えるほど、空気も澄み切っていた。877mは並みの標高だが、この日はいつもより高く見えた。これは年の初めから縁起の良い一年になるのでは・・・。

 と思ったのも束の間、トルコの最大都市イスタンブールで銃乱射事件が1日未明に起きたとの報をテレビで知らされた。ボスポラス海峡沿いの高級ナイトクラブで外国人を含む39人が死亡し、すぐにイスラム過激組織「イスラム国(IS)」が犯行声明を出した。残念ながら、今年も世界各地で凶悪な事件が絶えないようである。

 

   

    自宅マンションより筑波山を遠望  イスタンブールの銃乱射事件で

                     搬送される負傷者(ネット転用)

 

 一方、私事で誠に恐縮だが、認知症で2年近く入院中の妻を元日早々から見舞った。来世への旅立ちの助走であろうか、日毎に衰え萎え行く彼女の姿を直視すると、死は必ず訪れるものとは分かっていながら悲しく切なくもなる。また、年末年始の休みに関係なく献身的に働く介護士など関係者のご苦労には、頭が下がる思いである。この人たちに正当に報いる待遇改善が、焦眉の急なることを改めて痛感した次第だ。

 

 さて、トランプバブルで世界中の株価が急上昇した2016年末だが、この勢いで2017年の世界は本格的な繁栄の時代に入るのであろうか?今年も本音でものを言うトランプ氏の過激な言動が世界が動かしそうである。特に国益優先の「アメリカ第一主義」を掲げるトランプ次期大統領は、経済成長率の目標として4%を掲げ、大規模減税の実施で少なくとも2500万人の新たな雇用を創出する経済政策「トランポノミクス」を掲げる。
 また、貿易政策に関しては、TPP=環太平洋パートナーシップ協定はアメリカの雇用を奪うため離脱し、メキシコやカナダと結んでいるNAFTA=北米自由貿易協定も割安な製品の流入で製造業が打撃を受けているとして再交渉するとのこと。さらに、中国に対しては膨らむ貿易赤字は意図的な為替誘導によるものと認定するなど各国に厳しい姿勢を示す。

 

 ところで、日本経済に与える影響だが、トランプ氏の政策、即ちトラポノミクスによりアメリカで個人消費が伸びれば、日本からアメリカ向けの輸出などでメリットが出そうだ。しかし、アメリカが保護主義的な政策を進めて関税障壁を作り日本の得意分野に関わる場合は、直接的な影響を受けよう。さらに世界的にモノの動きが止まれば、世界同時不況になる可能性もある。

 為替の方は日米間の金利差を考えると、当分は円安ドル高の基調は続くであろう。このため企業の業績は、輸出関連産業は円安の恩恵を受けて増益の見通しだが、円安に伴い輸入価格は当然上昇しよう。また、内需関連産業はデフレ脱却が困難な背景もあり高額品が売れそうにもなく、若干のマイナス見込みとなりそうである。
 以上がエコノミストなどの常識的な予測だが、筆者の見方は少し異なり後日詳述する。
       
 
 一方、トラポノミクスより先輩格の我がアベノミクス(別名アホノミクスと揶揄されるが)は、掛け声だけは実に勇ましいが一向に成果が上がらないようである。例えば、日本経済の本格的な成長の決め手になるであろうデフレ脱却は限りなくゼロに近い実績であり、国会承認を急いだTPPは離脱しようとするトランプ次期政権の利害と真向からぶっつかるものだ。ボタンの掛け違いも甚だしいと言わざるを得ない。
 意外に見落としがちなのはGDP国内総生産の伸びである。安倍首相は「民主党政権では経済が衰退した」と言うが、実は民主党(現民進党)政権時代に日本経済は大幅に成長しているのだ。2年間の安倍政権で増えたGDPはわずか1.5%に対し、3年3か月の民主党政権では5%も伸びている。実質賃金も未だにマイナスの自民党政権に対し、民主党政権ではリーマンショック時のマイナス5%から1年でプラス3%に回復させた成果がある。この事実からもアベノミクスの破綻が窺い知れる。
 また、不法移民を排除するためメキシコ国境に壁を作ると強気だが頼もしいトランプ氏に対し、過日の北方領土交渉ではプーチン大統領に食い逃げされ、相手にしてもらえなかった我が安倍晋三首相の頼りなさとは大違いである。一強と言われる同首相は長期安定政権を目指すが、相変わらずうわべだけの美しい言葉に酔いしれる性癖、つまり言行不一致が抜けきれないようである。
 同じ「ミクス」を掲げるが、その質やターゲットは同じようなレベルではなく、お互いにとって「異床異夢」が実態であろう。何と言っても両者間の大きな相違は、トランプ次期大統領が依然として現役バリバリの商売上手なビジネスマンであることである。このことを前提にした然るべき現実的且つ実務的な対応が日本側に求められよう。
(後記)
 1月20日にトランプ第45代米国大統領の就任式がワシントンで行われ演説したが、それはまるで昨年の大統領選キャンペーンを継続する様な厳しいものであった。即ち、「アメリカファースト」という自国第一主義、TPP離脱などの保護主義などの主張は不変であった。アメリカ各地で華やかな祝賀行事が催される一方、反対派による激しい抗議デモが本国のアメリカをはじめ世界各地で繰り広げられた。今後我が日本に対しても、政治的・経済的な影響が少なからず出よう(1月22日)。

 

                 ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇ 


    ☆☆☆ ニューイヤーコンサート2017 ☆☆☆

 筆者が運営しているプライベート・ミュージアム「世界の人形館」の見学者は実に多彩です。国際的なヴァイオリン奏者、アンナ・スタルノフスカヤさんもその一人。日露混血の才能豊かな彼女がプロデュースする第10回みんなで楽しめるクラシック・コンサートが、1月15日(日)に開催されます。世界の人形館はこの素晴らしいコンサートの趣旨に賛同し、後援して7年になります。

 

                    

 

日時: 2017年1月15日(日) 14:00 開演 (13:30開場)

場所:我孫子市けやきプラザふれあいホール

アクセス:常磐線・千代田線 我孫子駅南口徒歩1分

入場料:一般 1300円 子供(4歳以上)・学生 700円

 

 酷寒の折柄ですが、是非ご来場下さい。お待ちします。なお、チケットをお求めの方は下記の所へご連絡下さい。

お問い合わせ:
ジョイ・ファミリーコンサーツ TEL 0297−68−9517 または

世界の人形館 TEL 04−7184−4745 

         E−MAIL  ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

Copyright ©The World Doll Museum WDM. All Rights Reserved

| - | 23:52 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
PR
PROFILE
LINKS
CALENDAR
S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< March 2017 >>
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
新着コメント
MOBILE
qrcode