世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
有志連合の現場、ホルムズ海峡で泳ぐ
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 貿易摩擦や為替操作などで激しく対立するアメリカ vs 中国の覇権争いは、イランが牛耳るホルムズ海峡でのアメリカ vs イランの対立にも大きな影響を与えている。これら2つの対立で共通するのが、アメリカのトランプ大統領の介入・存在である。トランプ政権は去る7月19日にワシントンの国務省、25日は国防総省、31日はバーレーンの米中央海軍司令部で日本を含む60以上の関係国と会合した。目的は中東のホルムズ海峡などで船舶の安全を確保する有志連合の構想に参加を求め、軍事面や財政面で支援を要請するものだ。だが冷静に考えてみれば、実に虫の良い身勝手な構想だと冷ややかに見做す向きもある。

 アメリカの構想によれば、米軍は有志連合の指揮や情報収集などにあたるが戦闘は行わない一方、タンカーなどの護衛は各国が行うとしている。「原油などがホルムズ海峡を通過して利益を享受している全ての国が、自国利益だけなく、自由で開かれた航路を守る必要がある」として参加を呼び掛けているのだ。特に参加を強く要請されたのは、わが日本のほかにドイツ、イギリス、フランス、韓国、オーストラリアなどだ。アメリカにとってはリスクが少なく、経費もかけずイラン包囲網を築こうとする魂胆のようだ。だが、ホルムズ海峡での緊張はアメリカの核合意からの一方的な離脱によるもので、偏にトランプ政権が引き起こしたものだ。

 

 ペルシャ湾(アラブ諸国側ではアラビア湾と呼ぶ)とオマーン湾の間にあり、イランとオマーンの飛び地に挟まれたホルムズ海峡は、最も狭いところでの幅は約33kmし

かない。この狭い海峡を原油など重要物資の輸送路になっており、特に原油輸入の9割近くを中東に依存する我が日本にとっては生命線とも言うべき海峡である。古来より交通上・戦略上・経済上重要であったホルムズ海峡付近を、筆者は2007年4月のイラン周遊の時に立ち寄っている。その時の模様を紹介しよう。

 

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 イランの首都テヘランより南東1334kmにあるバンダル・アッバスへ、飛行機に乗ること2時間で着いた。ホルモズガーン州の州都は人口約70万人の大都市で、ホルムズ海峡に臨むペルシア湾有数の港町である。だが、高温多湿で過ごし難そうな町は、対岸がオマーンであるためかアラブ系や黒人系の顔立ちを多く見かける。街の中心はハフタヘ・シャフリ・ヴァル広場のバザール付近だが昼休みにかかり閑散としていた。

 

 

  ホルムズ海峡に臨む    バザールを散策する筆者

  バンダル・アッバス

 

 しかし、バンダリーと呼ばれる人々が住む市内の西外れにある魚市場は、一見に値し賑わう。ペルシア湾で獲れた新鮮な魚が並ぶ市場内の売手は男性だが、市場外では黒や赤の仮面を付けたバンダリーの女性や、水タバコを悠然とふかす女性が売り手だ。彼女たちは刺繍入りのズボンをはき、チャードルの色も淡い柄物が多い。内陸部の黒いチャードルだけに比べるとカラフルで魅力的だが、写真を撮られるのを嫌がるので要注意だ。

 

 

   魚市場を見学    魚を売るバンダリーの女性

 

 一方、歴史の舞台によく登場するホルムズ海峡の名となったホルムズ島は、ンダル・アッバスの17km南西沖合いに浮かぶ。島に向かうためスピードボートに乗り、約35分で着いた。面積は40k屐⊆囲は24kmの小島だが、約8000人が住んでおり小学校や中学校もある。日本から約1万1000kmも離れ、雨がほとんど降らない不毛の岩石島だが、見どころが意外に多いので些か驚いた。

 

       −−− ホルムズ島 −−−

 

 カラフルな奇岩や奇峰    ホルムズ海峡で泳ぐ

 

 例えば、まるで月面を思わせるような奇岩や奇峰、白・赤・黄色が鮮やかな山肌、朽ち果てたポルトガル城塞、平和な佇まいの漁村風景などは、旅情を誘うものが十分であった。せっかくホルムズ海峡に来たので泳げるビーチがないのかと探し、少々苦労したが人影もない島の美しい浜で泳ぐことが出来た。ちょうどビーチには3人の少年たちが遊泳しており、談笑したり記念写真を撮ったりして仲良しになった。そこには紛争のかけらも無く透明度が高い海と、平和で波静かなホルムズ海峡が広がっていた。

 

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 世界のエネルギー生命線とも言われるホルムズ海峡だが、アメリカ主導によるイランを包囲するための有志連合結成に対して慎重な国が多いようだ。その中にあってトランプ大統領の親友である我が安倍晋三首相は如何なる決断をするのであろうか、極めて難しい対応を余儀なくされよう。

 

 

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朝日新聞が報じた、世界の全ての国を旅したワールド・トラベラー
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 例年になく長かった梅雨が明けた途端、連日猛暑が続く鬱陶しい毎日だが、嬉しくなることが2つあった。一つはいつもより2週間も遅れて開花した大輪の花、タイタンビカスが連日乱舞し、昨日(8月5日)はなんと13輪も咲いた次第だ。この花を観賞していると想起するのが、不治の病に臥して5年目を迎える妻である。彼女は殊の外タイタンビカスを愛好した。早朝に咲き始めるが、夕刻には萎んでしまう儚い移ろいが、妻の若かりし頃の残像にダブってしまうのだ。

 

      −−− タイタンビカス −−−

 

   13輪も同時に乱舞  花の直径が21センチもある

 

 もう一つは、世界の全ての国を踏破した私ことワールド・トラベラーが、昨5日の朝日新聞朝刊の23面(ちば首都圏)で大々的に掲載報道されたことである。見出しは「195カ国 旅行記つづり6冊」で、下欄の広告欄を除けば紙面(23面)の半分近くを占めるほど。掲載紙を見た知人たちは一様に驚いたようで、反響は大きかったようだ。一方、認知症で長期入院している妻のことや、昨年11月には末期に近い大腸がん手術をしたことも取材記者には話したが、私事なので記事にされなかったようだ。

 

      −−− 掲載紙 −−−

 

 取材は6月下旬から始まり、その後10度ほど電話やメールで補充取材が続いたが、一向に掲載される気配がない。てっきり没になったのではと諦めかけていた矢先に掲載・報道され、いささか驚いた次第。筆者のプライベートミュージアム「世界の人形館」などに関し、8年ほど前から新聞・テレビ・ラジオ・雑誌から度々取材を受けてきたが、今回のような度重なる取材を受けたのは初めてであった。

 

 熱心な取材記者(写真右)のお陰で想定外の大々的な報道になったこと、朝日新聞と記者に謝意を表したい。掲載紙を見た読者からの電話による問い合わせ

も殺到しており、当分はその対応で多忙を極めそうだ。因みに、記事の趣旨は、筆者が195ある世界の国を全て訪れ、その体験を語る著書を6冊も出し、日本のグローバル化に貢献してきたワールド・トラベラーとして紹介されている。また、トラベル(旅)にはトラブルが避けて通れず、想定外の各種トラブルが披露されている。最後に、筆者が社会貢献活動として無料公開する世界の人形館が紹介され、読者の興味を引きそうな記事に仕立て上げたのは流石朝日新聞である。

 

       −−− 掲載紙に載った写真 −−−

 

2007年4月、内戦の傷跡が癒えない  世界の人形館の

アフガニスタンのカブールを訪れ、  メインホール

    貧しい子供たちを慰問

 

 ただ、惜しむらくは北朝鮮が国の数に入っていない。筆者が訪れた国の数は195になっているが実際は196で、1995年に訪問済みの北朝鮮が除外されているのだ。朝日 or 日本政府、いずれの方針に沿ったのか定かでないが、国交が無いとは言え北朝鮮を国扱いしない限り、懸案の拉致問題解決はあり得ないであろう。我が国が北朝鮮を一人前の国ではなく子供扱いするようでは、金正恩朝鮮労働党委員長もお返しとばかり安倍晋三首相を相手にしていないようだ。政治的な背景も含んだ取材にもなったようである。

 

 さらに、国ではない地域については南極と北極点だけが紹介されたが、筆者は74地域を旅している。また、国際的には広く認められていないが、ロシアなどが実効支配する実質的な国、例えば沿ドニエストル、アブハジア、ナゴルノカラバフ、西サハラ、北キプロスも紹介されていない。実際に現地に赴き確認した筆者にとり解せない点が多々あり、真のグローバル化にはまだまだほど遠いことを実感した新聞報道であった。

 

                ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

 掲載紙で紹介された筆者の6冊の著書は次の通りです。ご関心ある方は是非ご愛読下さい。

 

書名 出版社 定価
私はワールド・トラベラー
世界257ヵ国・地域を旅した男
 文芸社 1,500円

272の国と地域を制覇した

77歳のワールド・トラベラーは
たった1人で紛争地を旅した

 幻冬舎 1,400円
トラベル・イズ・トラブル 
安全な旅は退屈だ!!

 ルネッサンス

・アイ 

1,300円

ワールド・トラベラーだけが知る

素顔のイスラム

イスラム国(IS)やシリア内戦も詳述

 新潮社 1,500円

世界を動かす少数民族

知られざる少数民族の世界から

現代世界の縮図と課題が見えてくる

 幻冬舎 1,350円
トラベル・イズ・トラブル パート2 
楽でない旅こそ最高だ!!

 ルネッサンス

・アイ

1,300円

 

 著書のお買い求めは、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。
お問い合わせ:
世界の人形館 
TEL 04−7184−4745 または 

                       携帯 090-8726-5599
          E−MAIL 
 ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

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| メディア取材・出演 | 11:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
北朝鮮の船が拘留されている米領サモアの旅
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 最近は世界各地で外国船が拿捕・拘留され、国際的に問題になっている、例えば、イベリア半島南端にあるイギリス領のジブラルタルでイランのタンカーが拿捕され、そのお返しとばかりイランがホルムズ海峡でイギリスのタンカーを拿捕して拘束している。これら事件よりも前に、北朝鮮の貨物船が3か月近くアメリカ領サモアで拘留され続けている由。

 元々この北朝鮮籍船は国連安全保障理事会の対北朝鮮制裁決議に違反、石炭を北朝鮮から輸出した容疑で1年4か月前にインドネシアに拿捕された。その後

アメリカの司法当局の押収令状に基づく執行によりインドネシアからアメリカにき渡された経緯がある。件の貨物船は米領サモアの最大の港、ツツイラ島パゴ・パゴ港の真ん中で拘留(写真)されているため、危険だとして地元住民も不安がり困惑しているとか。

 

 そんなアメリカ領サモアを、筆者は2009年9月に訪れている。サモアと言えば、実は2つあるから紛らわしい。一般的に知られるのはサモアという独立国で、イギリス連邦の加盟国だ。前回の7月21日付幣ブログ『プラスチックごみ削減に乗り出したサモアの旅』で詳述済みで、日付変更線を挟んで東方に位置するのが米領サモアだが独立国ではない。同地の旅の模様を紹介しよう。

 

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 米領サモアの面積は197k屐⊃邑は約5.4万人である。主島のツツイラ島はサモア諸島で最も東に位置し、主都のパゴ・パゴは島の中央部にある。見どころは中心地のファガトゴ地区にあるサマセット・モームが宿泊したサーディ・トンプソン・インくらいで、見逃せないスポットは郊外に多い。例えば、サマーセット・モームの小説「雨」の舞台で有名になった標高523mのレインメーカー山はパゴ・パゴの東にあり、山頂付近に雲が集まると雨になるので呼ばれるようになった。幸いにも筆者滞在中は雨にも遭わず、変化に富んだ美しい島内の周遊を堪能した。

 

              −−− レインメーカー山 −−−

 

               ウツレイを散策する筆者

 

       −−−ファガトコ地区 −−−

 

バス停で現地の女子高校生と サーディ・トンプソン・イン

   仲良く歓談

 

 数ある風光明媚なスポットの中でもピカ一の絶景は、パゴ・パゴの東北約8km、島のほぼ中央の北海岸沿いのアフォノ・パス〜パティア間だ。パゴ・パゴからレインメーカー山麓を通過して九十九折の山道を進むと、アフォノ峠からパティアにかけ右側の海の方に細長い岩島が見える。まるでギザギザした櫛の歯のようで、コックス・コームと呼ばれるが正式名はポーラ島。しかし、パティア村のビーチに着くと、櫛の歯のようには見えないので不思議だ。

 

 −−− パティア付近のコックス・コーム−−−

 

 

 火山島のツツイラ島内には、ほかに絶景の海岸がいくつかある。レインメーカー山南麓にあるブレイカーズ・ポイント、パゴ・パゴと空港の中間にあるファツ・ロック、花瓶の形をした小さなロック・アイランドが浜辺にそそり立つタプタプ岬だ。また、島の西部には立派な教会が多いが、優美なレオネの会衆派教会がひときわ目立つ。

 ファガトゴの東、ウツレイでは、岬のようになっているゴート・アイランド・ポイントがなかなか風光明媚で、島の象徴レインメーカー山を正面に見ることが出来る。因みに、ツツイラ島は複雑な海岸線を持つ割に沖合いに浮ぶ島が少ないが、アウヌウ島が島の東側にポツンと浮ぶ。500人ほどが住む面積が3k屬両島で、アウアシから渡し船に乗って約20分で着く。目の前に立派な教会があり。右の方に行くと遊泳に適した美しいビーチがある。

 

 

  レオネの会衆派教会    アウヌウ島のビーチ

 

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 訪れる旅人もまばらな南太平洋の島で長期拘留される北朝鮮の老朽化した貨物船は、地元民から見れば不気味な幽霊船のように映るかも知れない。金正恩委員長はトランプ大統領と直談判して問題解決を図るのであろうか、その行方が興味深々である。

 

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| 世界の旅―オセアニア | 11:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
プラスチックごみ削減に乗り出したサモアの旅
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 妻が不治の病とされる認知症で入院して早や5年目に入り、余儀なくされている不便この上ない独居生活。普通であれば慣れるはずだが、加齢の影響によるのか逆に億劫になることが増えている。特にその一つがごみ出しである。今や我が国ほどゴミ出しのうるさい国は無かろう一方、過剰包装で売られる食品などの商品は減る気配は無さそう。プラスチックごみの整理処分を怠れば、ごみが増える一途の悪循環を繰り返すことになる。

 しかし、世界に目を向けると、プラスチックごみの削減に前向きな国が結構多い。特に太平洋の島国が積極的に乗り出してるのは、地球温暖化に直結する問題があるからである。ごみの埋め立て地が海岸近くにある島国が多く、気候変動で海面が上昇すれば、プラスチックごみが海に流れてしまうからだ。このためサモアの首都アピアに本部がある太平洋地域環境計画事務局(SPREP)は、サモアのほかバヌアツなど8ヵ国・地域でプラスチックごみのレジ袋を禁止している。

 

 スーパーでは紙のレジ袋、カフェでは竹のストローが使われているとか。そんなプラスチックごみ削減の先頭に立ち、この分野では我が日本よりも先進国である南太平洋の島国サモアを、筆者は1995年5月と2008年9月の2度訪れている。その旅の模様を紹介しよう。

 

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 サモアの面積は2381k屬板纂荼の5分の4ほどの広さで、人口は約20万人。9つの島から成るが、メインアイランドは第二の島、ウポル島で、サモア総人口の8割ほどの約16万人が住む。首都のアピアは島の北部中央にあり、人口約5万人はサモア唯一の都市だ。海沿いにコロニアル風の建物が続き、開放的でノンビリした南太平洋のムードが漂う。アピア湾に沿って東西に走るメイン・ビーチ・ロードと、そこから南へのびるバエア・ストリートを中心に、町は半日もあれば歩き回れる。その起点は中心地にある白い時計塔で、大きなロータリーに建ち「アピアのへそ」とも言われる。

 

 

          時計塔        サモア観光局

 

 ここから300mほど東に進むと、フリー・マーケットがある。日本の「蚤の市」と同じで、衣料品や日用雑貨、手工芸品、装身具、化粧品などが売られており賑わう。メイン・ビーチ・ロードを逆に西へ約300m歩くと、サモアの伝統的建物ファレ風のサモア観光局が見えてくる。近くの7階建ての政府庁舎は1993年に中国政府の援助によって建てられ、屋上のファレがひときわ目立つ。一方、 町の北西外れに位置するムリヌウ半島は、ファレ様式を現代風にアレンジした丸屋根が特徴的な国会議事堂などサモアの行政機関が集中する。この半島は古い都があった場所で、王たちの墓や気象台などもある。

 

            −−−アピアを散策する筆者−−−

 

    政府庁舎         国会議事堂

 

 ホラ貝のよな形をした島の内部は未開の熱帯雨林に覆われて標高1000m級の山がいくつかある。島民の多くは海岸沿いに住み、サモアの伝統的な家屋ファレで昔ながらの生活様式を守り通している。アピアから南へ4kmほど行った閑静な場所に、「宝島」や「ジキル博士とハイド氏」で知られる小説家、ロバート・ルイス・スチーブンソンの博物館がある。ここはスーブンソンが晩年過ごした邸宅で、コロニアルスタイルの2階建てがバエア山麓に建つ。入口から邸宅に至る広大な芝生を歩くと、ヨーロッパにいるかのような錯覚に陥る。また手入れされた芝生の緑と、博物館の赤い屋根のコントラストが何とも妙である。

 

 

  ロバート・ルイス・    パパセーアの滑り台

 スチーブンソン博物館

 

 また、南西約6kmの山麓にあるパパセーアの滑り台は天然の滑り台で、渓流にある3つの岩の間を縫って滝壷に飛び下りるのだ。筆者はあいにく水着を持参していなかったので試せなかったが、元気なニュージーランドの若者達が楽しんでいた。ほかに、島の西岸沖に浮かぶ小島、マノノ島へ小さなボートに乗ること30分で着いたが、1台の車もない長閑な島であった。空港を出てアピアに向かう途中にある1905年築のカトリック大聖堂も見逃せないスポットだ。さらに島の西端、アレイパタからラロマヌ・ビーチに至る海岸は綺麗な白砂ビーチが続き、ダイビングやシュノーケルも楽しめる。

 

 

    マノノ島        ラロマヌ・ビーチ

 

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 海に流れ出た大量のプラスチックごみが引き起こす環境汚染が、今や世界的な大問題になっている。過日の大阪で開催された主要20カ国・地域(G20)首脳会議でも、主要議題の一つに挙げられた。世界の中でもプラスチックごみ排出が多い我が日本、私たち一人一人が真摯に向き合わなければならない問題であろう。

 

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| 世界の旅―オセアニア | 16:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
275ヵ国・地域を制覇した82歳の一人旅(2)スペインの飛び地領メリリャ&セウタ
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 スペインの離島と言えば、カナリヤ諸島やマジョルカ島が有名である。筆者は2001年10月と2003年5月に夫々訪れている。では、モロッコ内、つまりアフリカにある飛び地領、メリリャとセウタをご存じであろうか?それを知る方は極めて少なかろう。過日6月17日〜25日に5年ぶりに海外旅行した訳だが、先ず最初に訪れたのが地中海に浮かぶイビサ島で、その旅の模様は6月30日 付幣ブログ『275ヵ国・地域を制覇した82歳の一人旅(1)イビサ島など』で詳述済みだ。今回はその続編を紹介しよう。

 

  イビサ島を出発して空路でマドリード経由で向かったのが、1995年に自治権を与えられたメリリャ。面積は20k屬如⊃邑は約8万人。東側は地中海に臨み、三方がモロ

コに囲まれた扇形をしている。スペイン領とは言え、モロッコ系の住民もおりイスラム色も感じる。モロッコが領有権を主張するが、スペインはその要求に応じない。アフリカ諸国からの亡命中継基地になっており、不法移民を防ぐためにモロッコとの国境に高さ6mの金属フェンスが張り巡らされている。最近の情勢は落ち着いているとのことだが、いつまで安定した状況が続くのであろうか気懸りではある。

 メリリャの中心地はビーチ近くにあるスペイン広場。この広場から北東に約5分歩くと文化広場があり、男の子たちがサッカーに興じていた。広場の北側にそびえ立つのがアルカサバ、15世紀末にスペインが築いた要塞である。その城壁は中々立派で、要塞は西側の新しい要塞と東側の新しい要塞から成る。その新旧要塞の間に美しい入江が深く切れ込み、言葉を失うほど絶景だ。また、要塞の南側は古い町並みが残る旧市街で、更に南下すると港に出る。

 

           ーーー 新旧要塞と入江 ーーー

 

 

 一方、スペイン広場から西に広がるのが新市街で、20世紀初頭に建てられた立派な建物が多い。また、キリスト教・イスラム教・ユダヤ教・ヒンドゥー教の寺院が混在し、4つの宗教文化が見事に調和している。スペイン名物の闘牛場は広場から南西へ歩いて10分ほどにあり、入場しなかったが立派な外観はひときわ目立つ。

 

 

 文化広場でサッカーに       闘牛場

 興じる少年達と仲良く

 

 次にメリリャの西およそ250kmにあるセウタは、当初はタクシーやバスを乗り継いでモロッコ領内に入って向かうつもりであった。しかし、メリリャ到着後の調べで陸路は時間がかかるので、代わりにヘリコプター便があることを知り、高いが時間も節約できるので利用した。搭乗後1時間後にセウタに着いたが、その場所はなんと港の中にある狭い駐機場であった。機内から観たセウタは地中海に突き出た半島に位置し、スペイン本土に近い故か本国に似た町並みが眼下に広がっていた。面積は18.5k屐人口は約9万人とセウタとほぼ同じだがイスラム色は無い。セウタにも自治権が与えられている。

 

 セウタ観光の起点は細長い半島の付け根にあるアフリカ広場がオススメ。広場を囲むようにし、セウタ政庁、カテドラル、アフリカ聖母教会などの立派な建物が建つ。西へ約5分歩くと、高くて堅固な城壁とサンフェリペ壕がある。「セウタ地峡」とも呼ばれる最も幅の狭いところで、16世紀にポルトガル人が築いた城跡だ。その地峡にあるのが、サンフェリペ壕という美しい運河である。なお、城跡内には大きな広場があり、その一角に美術館がある。また、壕の南側には広い白砂のチョリージョビーチがあり、大勢の海水浴客で賑わっていた。このビーチ沿いの道を約3km南下するとモロッコとの国境があるが、意外に緊張感は無く国境職員たちと一緒に写真を撮った。

 

           −−− 城壁とサンフェリペ壕 −−−

 

 

 

    セウタ政庁      モロッコとの国境

 

 アフリカ広場から反対方向の東方、半島の最東端には標高204mのアチョ山がそびえる。ギリシャ神話「ヘラクレスの柱」とされ、山頂には城壁が残されている。近くに展望台があり、セウタの町並みと地中海を眺望でき見晴らしが良い。一方、広場から北へ10分ほど歩くと港湾地区になり、ヨットハーバーやマリティモ・デル・メディテラネオ公園という大プールがあるテーマパークに出る。この公園から南へかなり急な坂道を上がると、ヨーロッパ的な旧市街が広がり、いくつかの広場では夏休み中の子供たちがサッカーなどをして遊んでいた。

 

 

  アチョ山展望台    鳩と遊ぶ小さな男の子と

 

 短時間の滞在であったが、メリリャとセウタの観光を楽しんだほかに、地中海で獲れる海の幸も堪能した。定番のエビやイワシのほかに、セウタで賞味したスペイン語でバラダという魚、日本語で言えばクロダイのお味が忘れ難い。

 

 

  メリリャで食べたエビ  セウタで賞味したクロダイ

 

 セウタ観光後はフェリーでジブラルタル海峡を渡ってアルへシラスに着き、バスに乗り継いでコスタ・デル・ソル(太陽海岸)の玄関口、マラガに入った。同地での観光については、別途紹介したいと思っている。

 

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 この旅行前に私ことワールド・トラベラーが訪れた国・地域は272であったが、今回のイビサ島・メリリャ・セウタの3地域を加え275になった。早速だが、朝日新聞の記者が取材に来た。近々掲載予定だが、どんな記事になるのか楽しみである。

 

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| 世界の旅−ヨーロッパ(西欧・中欧) | 14:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
275ヵ国・地域を制覇した82歳の一人旅(1)イビサ島など
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 6月17日〜25日、実に5年ぶりの海外旅行をした。それも82歳のかなり高齢の一人旅である。現地のホテルではチェックインの時にパスポート提示を求められるが、それを見たレセプションは一様に驚いた。年齢的には、父または祖父のような存在であるからだ。5年近く前に妻が今のところ不治の病とされる認知症で入院し、しかも2年前から延命措置を受けているため長期の外出による不在が許されない。加えて筆者自身がこの間に2度も手術し、特に昨年11月には末期直前の大腸がん手術をした経緯もあり、私ことワールド・トラベラーの海外渡航記録は272ヵ国・地域で終わると半ば諦めていた。

 しかし、一度しかない人生をこのまま終えるのは不完全燃焼となり悔いが残るため、妻の病院や知人などに根回して1週間程度の旅をすることを決意した。もちろん、知人らの中には筆者の体調などを考えて旅行の是非を問う声もあったが、手術後のリハビリも兼ねて旅に出ることを決断した。ただ、足元には不安があるので、事前のトレーニングが必要と考えた。そこで出発の2週間前からは毎日1〜2時間歩いたり、住んでいる10階のマンションのエレベーターを使わず歩いて階段を上り下りして鍛えた。

 

 目的地は地中海に面したスペイン本土ではない僻地であった。先ず、最初に向かったのが地中海に浮かぶバレアレス諸島の一つ、イビサ島である。成田空港か

らイベリア航空機に搭乗し、マドリード経由で島に着いた。諸島で3番目に大きく、面積は約572k屬覇本の淡路島とほぼ大きさだ。人口が13.3万人の島の歴史は古く紀元前10世紀に遡り、かつてフェニキア人の貿易基地であった。1960年代〜70年代はヒッピーが移住する楽園となり、その後は連夜パーティーが催されるパーティーアイランドとなり、現在は世界中からリゾート客やクラブファンが押し寄せるリゾートアイランドとして有名である。

 世界遺産になっている島内観光のハイライトは、島内最大の町イビサタウンにある旧市街だ。フェリーやヨットなどが停泊する港近くに土産物屋やレストランが軒を連ねるマリーナ地区、漁師たちが暮らすペニャ地区、城壁に囲まれたダルト・ビラ地区から成る。見どころはダルト・ビラ地区で、タウレス門から入り上って行くとサンタ・ルシア砦があり、旧市街や港が一望でき絶景だ。さらに坂道を上って行くとカテドラルに着き、展望台からイビサの町と港が見渡せる。また、町のあちこちの建物で、情熱的なブーゲンビリアが美しく咲き乱れ旅情を添える。

 

            −−− イビサタウン−−−

 

 マリーナ地区:港    マリーナ地区:大通り

 

    ブーゲンビリアが美しい旧市街

 

ダルト・ビラ地区:城壁 ダルト・ビラ地区:展望台

 

 カテドラルを頂にして建物が折り重なるような旧市街の風景を堪能するなら、港内巡りのボートツアーが一押し。港の北側で降りて約10分北西に歩くと、ディスコクラブで有名なパチャがある。午前0時〜6時の営業なので入場は断念したが、お店の外観はけばけばしく独特だ。ここから20分ほど北東へ進むと、一気に視界が開けたタラマンカ海岸に出る。ビーチの幅は数十メートルしかないが、大勢の海水浴客が甲羅干しの日光浴を楽しみ泳ぐ人はわずか。海水パンツに着替えて少し泳いだが、やはりがん手術の傷跡が気になった。

 因みに、イビサらしさを感じるのは夜10時過ぎで、レストランやバーなどは午前3時頃まで営業して大勢のバカンス客で賑わう。通りを歩く人たちの服装や化粧も一種異様で、不夜城の世界が広がる正に享楽の島である。お店の中にはシーシャと言う中東のイスラム圏でお馴染みの水タバコを置いており、現役時代にクウェート駐在の経験がある筆者も、イランなどで吸ったことがあるだけに懐かしかった。

 

 

   パチャ      ディスコバーで美女たちと

               歓談する筆者

   

 港より旧市街を俯瞰     タラマンカ海岸

 

 島の北西部に位置するイビサ第2の町、サン・アントニは、イビサタウンからバスに乗ること約30分で到着した。バスターミナルから西へ約5分歩くと、広場のようなフォンツ通りという遊歩道があり、噴水が見事である。この広場から100m南にはがあり、多数のヨットをはじめ様々な船が停泊し華やかな佇まいだ。この付近から西へ1kmほど行くと、断崖になった海岸に出て地中海が広がる。遊歩道を少し北進すると、チルアウト音楽を世界に広めたカフェ・デル・マールなどの有名バーやレストランが並び、印象的なサンセットを楽しめる。

 

    −−− サン・アントニ−−−

 

 噴水が美しいフォンツ通り  カフェ・デル・マール

 

 イビサ島滞在の最後に南沖合に浮かぶフォルメンテーラ島まで足を延ばした。イビサタウンの港から高速船に乗ること30分で島の玄関口、ラ・サビーナに到着し、バスで島内観光した。先ず最初に訪れたのが島の中心地サン・フランセスクで、次に向かったのが東端にあるモラ灯台。真っ青な海と荒々しい断崖絶壁とのコントラストが鮮やかだったが、バスに乗り遅れてヒッチハイクして向かったのがエス・カロ海岸。イビサ島と違い透明度が高く、エメラルドグリーンとコバルトブルーの海が息を呑むほど美しかった。

 

   −−− フォルメンテーラ島−−−

 

    (透明度が高いエス・カロ海岸)

 

  モラ灯台付近      イビサタウンで賞味したエビ

 

 観光に加えて豊かな海の幸にも舌鼓を打ち、エビやイワシなど賞味するグルメも堪能するイビサ島の旅であった。

 

                (続く)

 

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| 世界の旅−ヨーロッパ(西欧・中欧) | 22:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
一国二制度が骨抜きにされつつある香港の今昔(1)
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 中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」の改正案に反対する大規模デモが香港で行われた。主催者発表では103万人が参加したが、2003年の「国家安全条例」案に反対した50万人規模のデモを大きく上回わる返還後最大となる。条例改正案に反対の声は、学生や労働者、実業界など香港社会の幅広い層に広がっている。今回の改正案が成立すれば、香港市民んはもちろん、香港に住んだり渡航した外国人や中国人までもが、中国側からの要請があれば本土に引き渡されることになる。そうなれば日本人旅行者も対象になり、他人事では済まされない。

 

   激しい反対運動など国内外で圧力が強まる中で、逃亡犯条例改正案は6月12日から立法会で審議が始まる予定。現立法会は親中派の体制派が優勢で、法案は月内(20日ごろ)に可決される見通しだ。因みに、デモ参加者は「中国共産党政府が香港政府に犯罪者を中国に送ることを命

大規模な抗議デモ  

(ネットより転用加工)    

じるのは、香港人にとって非常に恐ろしい」と語っている。今後しばらくは抗議活動を行うデモ隊と、現地警察の間で激しい衝突が続き、最悪は死者も出しかねない雰囲気のようである。

 

 1997年に英国から中国に返還された香港の地位は、当初の50年間は現況を維持するものであった。つまり、社会主義制度を導入せず、従来の資本主義制度や生活様式を保持した状態での「高度の自治」を認めるもの。しかし、返還後は2017年の香港行政長官選挙で普通選挙の採用を決定したが、中国の中央政府に反対する人物の立候補を実質的に排除するなど、徐々に一国二制度が骨抜きにされ崩壊しつつある。もっともこの制度は最終的には台湾統一を視野に入れて構想されただけに、歴史的背景などが異なる香港では無理があったのであろう。

 斯様に騒々しい香港だが、およそ半世紀前は「東洋の真珠」と称えられ、「100万ドルの夜景」は世界的に有名になった。また、当時は大陸側の九龍でビルの中に縫製工場があり、当時商社マン(三井物産)として大阪で繊維を担当していた筆者は1970年10月の初訪以降6回も出張した。その後は旅行なども含め合計10度訪れているほど、大好きなかつての英国植民地だ。1977年7月にはクウェート勤務から帰国の途中、家族(妻・長男・次男)で訪れた。今回は大陸側の対岸にあり、先述の大規模デモが行われた香港島を紹介しよう。

 

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●英国植民地時代(約50年前)

 香港島観光のハイライトは、標高が551mもある最高地点のビクトリアピーク。登山電車の山頂駅(標高389m)の前にある展望台から、対岸の九龍など大陸側を含め香港の全景を見下ろす事ができる。それは壮観で美しく、特に100万ドルの夜景は幻想的だ。

次に、島の西南岸にあるアバディーン(香港仔)は、島陰の入江に住む水上生活者蛋民の基地。香港の水上生活者の大部分がここに集まり、多数の小舟とジャンクがびっしりとひしめき合っていた。人気のフローティング・レストラン「ジャンボ」で、海鮮料理に舌鼓を打った。

 

   ビクトリアピーク展望台

  

友人と一緒の筆者(左)  展望台よりの俯瞰  タイガーバウム庭園

 

                               (アバディーン) 

   

 家族で訪れ、水上生活者が     ジャンボレストラン

  住む小舟を背にして

 

 最も印象的であったのがタイガーバウム庭園である。万能家庭常備薬「万金薬」で巨富を築いた胡文虎という実業家が、1935年に巨費を投じて造った別邸だ。丘の斜面を利用して造った庭園には、仏教の故事から取り入れた仏像・怪物・様々な姿態の裸女などが現れ、地獄極楽の絵巻的パノラマはすべて極彩色でグロテスク。だが、かつては香港観光の代表的スポットも19年前に閉園し、その後は香港政府の管理下に置かれている由で時の移ろいを痛感する。

 

●返還後(2004年)

 中国へ返還後に最も変貌したのが、香港島中央部の北岸に位置するワンチャイ(湾仔)。特にシーサイド・プロムナードは、中環の高層ビル、ビクトリア湾、九龍半島などすべてが近くに見える絶好のロケーションだ。国際的な見本市会場の香港会議展覧中心を取り囲むように海沿いに良く整備された広い遊歩道が付けられ、潮の香りがする心地良い海風に吹かれて最高の気分になる。また、このセンターの前には香港が中国に返還された時に式典が行われた金紫荊広場がある。金色の金紫荊(香港の象徴的な花ハナズオウ)が立ち、観光客の記念撮影ポイントになっている。

 

 

湾仔の香港会議展覧中心など俯瞰 シーサイド・プロムナードを

                   散策する筆者

 

  

   金紫荊広場に立つ金紫荊       レパルスベイ

 

  また、アバディーンは昔の漁村のイメージがほとんど残っておらず、情緒が消え失せていた。さらに、映画「慕情」の舞台になったレパルスベイ、スタンレー・マーケットとビーチ、ビジネスセンターの中環(セントラル)広場、香港島の北端・北角(ノースポント)なども昔の面影は無い。一方、島の西部にあるビクトリアピークの展望台からは、足元は中環(セントラル)の高層ビル群、その後ろに広がるビクトリア湾、遠くに対岸の九龍半島を眺望できる。昼も夜も出かけたが、香港を代表する近代的な佇まいは昔と変わらぬ魅力がある。

 

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 この20年ほどで経済的にも軍事的にも大発展した中国は、米国と貿易摩擦で激しく対立し、国内でも香港、新疆ウイグル自治区やチベットなどの諸問題を抱える内憂外患、多事多難の様である。21世紀の巨龍の動静が何かと気懸りな昨今だ。

 

(追記)

 抗議デモはその後も続き、最近は香港島の対岸、中国本土側にある九龍半島でも大規模な抗議デモが行われている。また、抗議のため自殺者も出ており、収束の目途が立ちそうもない(7月9日)。

 

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| 世界の旅ー中国など | 22:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
世界最大の民主主義国・インドの旅(3)
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 「世界最大の民主主義国」はどこかご存じであろうか?それは表題の通り、なんと約9憶人の有権者がいるインドである。中国に次ぐ約13.6憶人の人口と日本の約9倍もある広大な国土を持つだけに、第17回インド下院総選挙は4月11日から5月19日まで地域ごとに7回に分けて投票が行われた。投票を分けたのは投票所がおよそ100万か所もあり、選挙スタッフや警察官などの要員確保が困難であったためとか。

 開票は一昨日(5月23日)一斉に行われ、現職のモディ首相が率いるインド人民党(BJP)が大勝した。BJPは前回の2014年総選挙の結果を上回り、単独で303議席、連立で348議席を獲得した。BJP単独でも下院議席数543の過半数を上回り、選挙前の下馬評を覆す圧勝となった。一方、かつて政権政党であった国民会議派(INC)も議席数では若干増えたが、単独で52議席、連立でも98議席を獲得するに留まり伸び悩んだ。我が国の安倍政権下の一強多弱に似ている。

 

 今回のインド人民党の大勝の背景には、モディ首相自身の強いリーダーシップとカリスマ性に負うところが大と言われる。同首相がテロへの報復として2019年2月に実施したパキスタン支配地域への空爆などに示された強い指導者像、低所得層に対する大幅減税や医療費

      モディ首相

保障の導入、小規模農家に対する補助金支給など、国民の過半数を占める農民層と低所得層に寄り添った政策が国民に広く受け入れられたようだ。一見混乱も無く終わった総選挙であったが、ヒンドゥー教の身分制度カーストが今も色濃く影を落とし、折角の投票を拒まれた人たちもいたよう。

   本来は有権者として記載されるべきところリストに名前が無い人たちが、驚くなかれおよそ1憶2000万人もいた由。その大部分は不可触民と呼ばれたダリトなどの下位カースト、女性やイスラム教徒だ。また、インドでは子供の出生届が徹底されず、自身の身分を証明できない国民も多い。種々問題を抱えていても、2人の大統領が実存するベネズエラや、大統領選挙の開票結果に抗議するデモと暴動があったインドネシアのような混乱が起こらない。さすがインドであり、故に世界最大の民主主義国と呼ばれるのであろう。

 

 因みに、モディ首相に就いては、2014年8月31日付の幣ブログ『インド首相来日に想うインドの旅(1)』で紹介済みである。また、インドが抱える深刻な大気汚染問題に関し、2016年2月23日付のブログ『PM2.5が世界最悪の国インドの旅(2)』で詳述している。これらブログで、インドの北部・西部・南部の都市や遺跡を紹介したが、今回は1996年3月と2003年4月に訪れた、ヒンドゥー教と仏教の聖地が多いインド北東部について触れてみよう。

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━

 

 世界の屋根ヒマラヤ山脈の南側、インド亜大陸の北東部を流れる母なる大河・ガンジス川流域の中心都市は、ヴァーラーナーシ(英語名ベナレス)である。人口120万人の都市はヒンドゥー教最大の聖地として有名で、静かに流れる悠久の大河ガンジス沿いにある。聖なる河の岸辺で沐浴すれば罪はすべて清められ、ガート(堤)で焼かれた遺体は灰となり、川に流されれば解脱できるとされる。これを信じてインド各地から多数の巡礼者が訪れる。

 

                    (ヴァーラーナーシ)

 

マニカルニカー・ガート付近  ガンジス川遊覧を少年と

                 共に楽しむ筆者

 

 火葬場にもなっているガートで知られるのは、ダシャーシュマメード・ガートとマニカルニカー・ガートである。夜明け前にホテルを出て、早朝のガンジス川の遊覧を楽しんだ。幻想的な日の出を鑑賞し、辺りが明るくなった後にガートを見やると、大勢の老若男女が沐浴に精を出していた。一方、北10km郊外にあるサルナートは仏教四大聖地の一つで、ブッダ(釈迦)が初めて説法した地である。ダメーク・ストゥーパという高さが43mほどある仏塔が立派だ。6世紀にアショカ王によって建てられた遺跡は一部破壊されているが、ストゥーパの外側には今も美しい模様がハッキリと残る。

 

 仏教の聖地と言えば、ヴァーラーナーシの東方郊外に多い。例えば約200km東方に位置するブッダガヤは、釈迦成道(悟り)の地として有名だ。釈迦が菩提樹の下で瞑想に耽り、仏教では最高の聖地のハイライトは、高さが52mもある美しい大塔がひときわ目立つマハーボディー寺院(大菩提寺)だ。ここから約80km北東にあるラジギールは5つの山々に囲まれた盆地にあり、岩山の一つラトナギリ(多宝山)の頂上には世界平和塔 が白く輝いていた.。ラジギールを出て北20kmのナーランダはイスラム教徒に破壊される12世紀まで仏教学の中心地となり、レンガ積みの巨大な仏塔がある仏教大学址が見ごたえがある。

 

  

ブッダガヤ:マハー  ラジギール:世界平和塔 ナーランダ:仏教大学址

 ボディー 寺院                            

 

 ナーランダからビハール州の州都パトナ経由で向かった北西150kmには、釈迦が娼婦から食を受けた地とされるヴァイシャリある。猿が掘ったとされる沐浴池ラーマ・クンドのそばに柱頭がライオンのアショカ王石柱がそびえ、大きなアーナンダ塚もあり夕陽に輝く景色が印象的だった。ヴァイシャリからさらに230kmほど北西に向かうと、釈迦入滅(涅槃)の地クシナガルに着く。釈迦が待者アーナンダに看取られ入滅した沙羅双樹と、綺麗な涅槃像が横たわるパリニルバナ寺が見どころだ。

 

 

   クシナガル:涅槃像     ヴァイシャリ:沐浴池 

 

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━

 

 中国に迫る大国でありながら、中国のように人権問題などで国際的な批判を浴びないのは、ヒンドゥー教や仏教の影響に依る穏やかな国民性がベースにあるようだ。

 

                ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

無料講演を引き受けます。

  筆者は講演・講義を全国各地で行っています。主目的は地域や街の活性化と真の国際化推進、そして三流とも揶揄される日本外交再生などの一助です。そのために世界に関することであれば、旅行、文化芸術、宗教、歴史、政治や外交に関する国際情勢、グルメ、環境、経済や産業などジャンルを問わずワールド・トラベラーとして恥ずかしくない講演をします。しかも272ヵ国・地域を旅した実体験をベースに、他人様の情報をコピペ(切り貼り)しない異色のノンフイクションをありのままにお話します。
 ご希望があれば、ご遠慮無くお申し出下さい。因みに、社会貢献活動のため謝礼は一切不要ですが、ご希望の主旨が筆者の平和的な理念などに反する場合は勝手ながらお断りすることもあります。予めお含み置き下さい。

 

 因みに、主な講演実績(2011年以降)は次の通りです。

2011年1月25日「ケニア」我孫子市立根戸小学校で 我孫子市教育委員会主催
2011年10月2日 「240国・地域を旅して」我孫子市生涯学習センターで 我孫子の文化を守る会主催
2012年4月14日 「PKO派遣の南スーダンと激動アラビアを旅して」 我孫子けやきプラザで 文化を守る会主催
2012年8月5日  「アジアの昔と今」横芝光町立図書館ハイビジョンホールで  横芝光町図書館主催
2012年11月3日 「世界255か国・地域を旅して」中央学院大学の学園祭で 中央学院大学主催
2013年8月10日 「世界の仮面など」けやきプラザで  我孫子南まちづくり協議会主催
2013年9月29日 「グローバル時代を生きる」あびこ市民プラザで  我孫子市国際交流協会主催
2013年11月9日 「世界の紛争地帯を訪れ、平和を語る」あびこ市民プラザで  我孫子の文化を守る会主催
2014年6月19日 「世界の辺境地や紛争地帯を訪れてこそ、本当の世界が分かる」 グラン・レジデンス主催
2014年9月13日 「イスラム世界に住み働き旅して41年」柏市中央公民館で  伸光堂千葉販売主催
2014年12月6日 「世界旅行のススメ」四街道市で 視覚障害者総合支援センターちば主催
2015年2月24日 「イスラムとの腐れ縁」柏市中央公民館で  柏南交友会主催
2018年10月12日 「272ヵ国・地域を旅したワールド・トラベラーが想う真の国際化」東京海事センタービルで  JAPAN NOW 観光情報協会主催 

2019年7月3日  東京都内で講演予定   

                    ― ― ―  講演会風景 ― ― ―
  
プロジェクターを駆使し講演  地球儀を前にして   満席の会場で熱心に聴講
 するワールド・トラベラー スピーチする筆者  する多数の参加者たち 

 

お問い合わせ:世界の人形館 
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| 世界の旅−アジア | 19:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
チキンレース化した米中貿易摩擦
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 今世紀初の新しいタイプの大戦 ? or 新種の冷戦が勃発しようとしている。制裁関税で攻める一方のアメリカのトランプ大統領に対抗、懸命に報復関税で応酬する中国の習近平国家主席。下手をすれば共倒れになるかも知れない覇権争いを、2大国がなりふり構わず繰り広げている。アメリカのトランプ政権は昨日(10日)、中国からの2000憶ドル(約22兆円)分の輸入品に対する関税を引き上げる第3弾の追加制裁関税を発動した。かつて米中の貿易量は年間20憶ドルだったが、現在のそれは1日だけで20憶ドルに達している。

 対立を続けるアメリカと中国の閣僚級、米国側はライハイザー通商代表とムニューシン財務長官、中国側は劉鶴副首相が出席した交渉がワシントンで始まったが、不調に終わり10%の関税が25%に引き上げられた。さらに、対中国制裁の第4弾として追加関税が課されていない約3000億ドル(約33兆円)分にも課税するよう、トランプ大統領は通商代表部(USTR)に指示した。一時は沈静化していた米中貿易摩擦の再燃は避けがたく、世界経済に動揺が広がるチキンレースになりつつある様だ。

 

  

 

 因みに、加熱する米中貿易摩擦の序章は1918年7月6日の第1弾の発動で始まった。アメリカは中国からの輸入品340憶ドル分に対し25%の関税を上乗せしたが、対する中国は同額の報復関税を課した。続く第2弾として160憶ドル分の25%追加関税が同年8月23日に発動され、アメリカの制裁に対して中国も同様の報復をして対抗した。さらに9月24日に第3弾の関税措置が発表されたが、その後関税引き上げは一時的に見送られ、両国間で交渉が続けられていた。今回の突然とも言うべき暗転により、中国の習近平国家主席はこのまま引き下がるとは思えない。下手をすれば、習近平氏が強力に推進する一帯一路(幣ブログ『イタリアが参画する中国の一帯一路』参照)にも少なからず影響を与えるのでは?

 

   トランプ大統領が振り下ろした制裁の代償は、相手方の中国は勿論、アメリカ自体も負いかねないであろう。アメリカ国内でも困惑している様で、中国の報復関税を実際に払うのはアメリカ側の輸入業者であり、そのツケは同国の

 米国の港で陸揚げされた

 輸入貨物(ネットより)

企業や消費者に回ってくる。今回の第3弾は衣料品や食料品など生活必需品が多く、小売業界は閉店が続発するのではとの見方がある。また、中国がアメリカの農産品に報復の高関税を課すため、トランプ大統領の支持層である農家も困窮しているはずだ。

 一方、外野席にいる様な感じの我が日本だが、日本経済への悪い波及も不可避であろう。中国製品の部品の多くは今も日本から供給されており、アメリカ向けの中国製品の輸出が減れば日本からの輸出も減る悪循環に陥るからだ。長く続いている我が国の景気に最近陰りが出ているのは、米中摩擦に依るところが大のようである。従い、対岸の火事として傍観を続ける訳には行くまいが、むしろピンチはチャンスにもなる。外交力を発揮して両大国間の仲裁を買って出れば、意外な展開があるかも知れない。

 

 ところで、交渉が斯様に難航するのは、貿易摩擦だけでなく、先端技術や安全保障を巡る覇権争いも繰り広げているからだ。アメリカは中国による自国産業への補助金支給が外資との自由な競争を妨げているとして見直しを迫まる。まさにチキンレースを彷彿させる両大国の報復合戦がいつまで続くのか予測困難だが、この調子で推移すれば中国で最大1.5%、米国は0.6%、それぞれ国内総生産(GDP)が押し下げられるとの試算がある。いずれにせよ、両国間の交渉がこじれ、世界恐慌と言う最悪のシナリオにならないよう、米中両国の冷静な妥結交渉を期待したい。

 272の国・地域を旅した私ことワールド・トラベラーは駐在こそしていないが、中国(本土)はなんと20回、アメリカは15回も訪れたことがある大好きな国だ。両国は一見、水と油の様な関係だが、実は共通点も意外に多く、特にそれは若い世代に顕著だ。例えば、共にお金と力に頼る拝金主義者が多く、年長者をさほど大事にしないことだ。なんと言っても驚きは英語も中国語も語順などの文法が似ていることで、日本人よりも中国人のほうが英語が上手いと言われるのはこのためだ。
 

 世界の覇権争いでしのぎを削り、貿易戦争の様相を呈している米中摩擦など鬱陶しいことが多い世俗だが、拙宅(世界の人形館)で可愛いイラクの人形、麗しい花、華やかなランプなどを観ていると自然に癒され和む。これこそが令和と実感する次第である。

 

(後記)

(1)中国は今夜600憶ドル分に対し、6月1日に最大25%に引き上げる報復の追加関税を発表した。このエンドレスな米中の制裁合戦は日本の国内景気にも波及し、内閣府は景気の基調判断を6年2か月ぶりに「悪化」へと下方修正した。(5月13日)

(2)トランプ大統領は中国からの輸入品3000憶ドル分に対し、9月1日に10%の追加関税を発動すると表明した。さらにアメリカの財務省は、中国を意図的に通貨安を誘導する「為替操作国」と認定した。米中は貿易に加え通貨でも対立し、国の両大覇権争いは加熱する一方である。(8月6日)

 

 

             ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

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 因みに、主な講演実績(2011年以降)は次の通りです。

2011年1月25日「ケニア」我孫子市立根戸小学校で 我孫子市教育委員会主催
2011年10月2日 「240国・地域を旅して」我孫子市生涯学習センターで 我孫子の文化を守る会主催
2012年4月14日 「PKO派遣の南スーダンと激動アラビアを旅して」 我孫子けやきプラザで 文化を守る会主催
2012年8月5日  「アジアの昔と今」横芝光町立図書館ハイビジョンホールで  横芝光町図書館主催
2012年11月3日 「世界255か国・地域を旅して」中央学院大学の学園祭で 中央学院大学主催
2013年8月10日 「世界の仮面など」けやきプラザで  我孫子南まちづくり協議会主催
2013年9月29日 「グローバル時代を生きる」あびこ市民プラザで  我孫子市国際交流協会主催
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2014年6月19日 「世界の辺境地や紛争地帯を訪れてこそ、本当の世界が分かる」 グラン・レジデンス主催
2014年9月13日 「イスラム世界に住み働き旅して41年」柏市中央公民館で  伸光堂千葉販売主催
2014年12月6日 「世界旅行のススメ」四街道市で 視覚障害者総合支援センターちば主催
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2018年10月12日 「272ヵ国・地域を旅したワールド・トラベラーが想う真の国際化」東京海事センタービルで  JAPAN NOW 観光情報協会主催 

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| 国際経済 | 21:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
10連休の大型GW格差に想う
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 4月27日から5月6日までの超長〜い10連休、史上初の大型GWが間もなく終わろうとしている。正直なところ、やっとと言う感じである。この間に改元があり、5月1日には元号が平成から令和に改められた。前回の30年前の改元時は天皇崩御もあり、むしろ重苦しいムードであったと記憶する。しかし、光格天皇以来202年ぶりに天皇が存命中退位される今回は、翌日に新天皇陛下即位の儀式があり、厳粛ながらも晴れやかな祝賀ムードが漂っていた。

 さて、昭和・平成・令和の3時代を生き抜き、先月82歳になった筆者だが、妻が不治の病(認知症)で4年ほど前から長期入院のため不便この上ない独居生活を強いられている。今まで経験したことが無い10連休をどう過ごすのか、率直に言って連休前は一抹の不安を抱いていた。しかし、それは取り越し苦労に終わったようだが、やはり長過ぎると言うのが偽らざる実感である。筆者的には休みの期間が長かっただけで、内容的にはさほど充実したものにならなかったと反省している。

 

 GWの前半、平成最後の良き想い出となったのが、4月29日〜30日に次男の嫁と唯一の孫娘と一緒に、名古屋と妻の実家がある奈良県の大宇陀に出かけたことだ。初日に新幹線で向かった名古屋では、先ずつつじが咲き誇る名古屋城を訪れた。高校3年生の孫娘とツーショットを撮った時、ふと14年前にシンガポール動物園で抱っこしてやったことを想起し、時の流れを痛感して些か感傷的になった。将来この孫娘が結婚し、出来れば曾孫を抱っこするまでは長生きせねばと想ったりもした。

 

  

 名古屋城の天守閣を    2005年7月シンガポール

  背にして孫娘と      動物園で孫娘を抱っこ

 

 

  つつじが咲き乱れる名古屋城       次男の嫁や孫娘と

 

 その後、伊勢神宮に次ぐ大宮と言われる熱田神宮や、庭園が見事な徳川園を訪れた。観光後は一旦ホテルに帰り、また外出して繁華街・栄の錦通りの台湾料理店で夕食を取った。翌朝は近鉄で奈良県・宇陀市の大宇陀に向かったが、市と言っても少々秘境めいたものすら感じる町である。妻の実兄や実弟に妻の病状説明するなどして去り、夜に帰宅した。因みに、新幹線は往復路共に満席で混雑していたが、嫁が手抜かりなくチケットを手配していたので助かった。感謝である。

 

 

    熱田神宮を参拝      大宇陀の妻の実家前で

 

 令和になったGWの後半は、体調を崩して2日間も寝込む最悪のスタートとなった。先月末に関西方面へ出かけ帰宅直後から両足が浮腫み、しかも体全体の関節が痛み、全く歩行困難になってしまったのだ。GW期間中の病院は休診していると諦めていたが、念のため電話してみると明日(3日)だけ診療を行うとの由。おめでたい令和の幕開けは病院通いから始まった訳だが、医師の診断結果は塩分の過剰摂取によるもので、特に病名は無いと聞かされたが納得しかねた。

 翌日は足の具合が少し良くなったので、都内で下宿する大学4年の初孫に久しぶりに会いたいと電話したところ、早速自宅に来てくれた。連休返上で就職活動中のようだが、幼少時はあれほどやんちゃで活発であった子がすっかり大人しくなり少々驚いた。今となっては14年前の2005年7月にインドネシアのバタム島へ連れて行き、一緒に泳いだことが懐かしくてならない。来春どんな社会人になるのか、期待感もある反面いささか気懸りでもある。

 

 

    世界の人形館で初孫の     インドネシアのバタム島で

     就職活動状況を聴く        一緒に遊泳する 

 

 誰もが初めて経験した10連休というスーパーGWであったが、いいこと尽くめばかりではなく、明暗もあったのではなかろうか?つまり、大型連休格差が生まれたのではなかろうか?GW期間中に数度入院中の妻を見舞ったが、病院で働く看護師や介護士の勤務ぶりは普段通りであった。彼らにとって10連休は無縁だったであろう。足が浮腫んで駆け込んだ病院も、多数の患者で混雑していた。長時間待たされたが、とにかく診てもらった時は有難くホッとした。時折立ち寄る青果店は営業していたが、好物のイチゴが品切れでガッカリした次第だ。

 政府は国民誰もがウィンウィンとなることを期待した今回の10連休と推察するが、現実にはその恩恵に浴することが出来ない人たちが意外に多かったのではなかろうか。医療や介護の関係者は患者を重んずれば長期の連休は取れないし、日給や時間給で働く人たちは収入減は不可避だ。確かに海外旅行組には良いが、その人数は総人口の1割にも満たない少数派であろう。今回の10連休のような半ば強制的な大型連休の推進よりも、むしろ欧米諸国のように各人が取りたい時に長期の連休が自由に取れるよう、社会制度を変革すべきではないかと思料する。

 

 最後にもう一つ気になることがある。新元号「令和」の選定過程などを振り返ってみると、安倍晋三首相が主導したと思われる強い政治色の臭いがすることだ。また、今回の長過ぎた10連休も、7月の参院選や10月の消費税値上げなどを意識した、安易なポピュリズムと受け取らざるを得ない。

 

(後記)

  大手百貨店の10連休の期間中の売上高の伸び率は、前年の同時期に比べて数%増と期待外れに終わったようだ。やはり「休みが長過ぎた」という声があった由。

 

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