世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
平昌五輪とトンガ紀行
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 第23回平昌冬季オリンピックの開会式が、一昨日(2月9日)午後8時から韓国の北東部にある平昌オリンピックスタジアムで行われ、17日間の熱戦の幕が切って落とされた。今回の平昌冬季五輪には、世界92カ国・地域から約3,000人の選手が参加している。これは歴代最多である。また、この冬季オリンピックの大きな特徴の一つは、何と言っても、北朝鮮が韓国の提案を受け入れて平昌オリンピックに参加することだ。

 これに呼応するように、北朝鮮の高官級代表団が9日午後、専用機で韓国の仁川国際空港に到着した。平昌五輪開幕に合わせた来韓で、代表団は憲法上の国家元首、金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長を団長に、金正恩朝鮮労働党委員長の妹で補佐役として存在感を高めている金与正(キム・ヨジョン)などから成る。北朝鮮指導者の金ファミリーの来韓は初めてだ。また、注目の北朝鮮の女性応援団、通称「美女軍団」も韓国入りした。

 

 さて、華やかな開会式のハイライトである入場行進では、韓国・北朝鮮合同チームが朝鮮半島の統一旗を掲げて行進したほか、いくつか人目を引くようなものがあった。例えば、アフリカや東南アジアなど、雪が降らない温暖な地域からの参加が増えたことだ。また、ドーピング問題で国としての出場が認められず個人資格で参加するロシアの選手たちには国旗が無く、五輪旗に先導された。

  しかし、何と言ってもあっと驚かせたのは、南太平洋の島国、トンガの旗手であろう。ちょっと小島よしお似の男性が気温がマイナス2.7度の冷え込みをものともせず、上半身裸で場内を歩いたからだ。因みに、入場行進した国・地域は筆者にとっては全てお馴染みで懐かしい。と言うのは、272の国・地域を訪れているからだ。

 

  

  日本選手団の入場行進  北朝鮮の美女応援団  上半身裸のトンガの旗手

            (ネットより転用・加工済み)

 

 さて、人口わずか10万人ほどの小国だが、この開会式で話題をさらった南海の楽園トンガを、筆者は1999年5月に旅している。この時にはサモア、ソロモン、フィジーも回った訳だが、最も印象的であったのがトンガだ。その旅の模様を紹介しよう。

 

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 総面積は748k屬如我が国の対馬とほぼ同じ広さである。首都ヌクアアロファがあるのはトンガ最大の島、トンガタプ島で、人口は約7万人。町のほぼ真ん中にある王宮は一国の王宮かと疑いたくなるほど小さく、町中には見どころは少ない。しかし、同国随一と言われる近代建築のバシリカ教会は、ひときわ人目を引き見応えがある。堂々たる銀色の屋根の建物は、とても教会とは思えないユニークさがある。近くには王家の墓がある公園があり、その目の前にあるトンガ゙自由教会も立派な教会で、内部はステンドグラスが美しい。

 島内は全般的に平坦だが、島西南岸にあるホウマの潮吹き穴が必見だ。テラスのような岸壁には潮吹き穴がいくつかあり、中には18mもの水柱を吹き上げる。大きな波が岸壁に打ち寄せて砕ける度に、豪快に水柱が立つ様は迫力満点だ。ほかに、島内各地を回って特に印象に残ったのが、昔の風習が今も残る服装である。学校の制服は、女の子が普通のワンピースに対し、男の子はズボンの代わりにツペヌと言う一枚布の巻きスカートを着用する。その上にタオバラ と呼ばれる相撲力士のまわしに似たゴザのような腰巻を付ける。

 

          −−− トンガタブ島 −−− 

  

バシリカ教会前に立つ筆者  ホウマの潮吹き  タオバラとツペヌを着用

                        する男子学生(左側)

 

 一方、トンガタプの北275kmほどに位置するババウ島は、トンガの北の玄関でヨットマンには憧れの島である。大小50あまりの島々から成る火山島は複雑に入り組んだ海岸線と美しい海に加え、山からの眺めも素晴らしい。島の中心地になっているネイアフは島南部に位置し、海に面した高台にある。人口が約5000人の町は特に見どころが無いだけに、立派な建物のカトリック教会が抜きん出て目立つ。また、多くの美しい入江がある島内には、必見の展望ポイントがいくつかある。

 先ず、ネイアフから西へ約2km、半島の先端に位置するマウント・タラワの展望台は、真っ青なネイアフ湾、点在する多くの島々、一面に広がるココナツ林など高さ131mの山頂からの眺めが素晴らしい。因みに、ババウ島は火山島のため、白砂ビーチがほとんど無い。例外は南沖合に浮かぶ無人島のヌク島だ。この島ではキメの細かい白砂ビーチが広がり、その美しさは言葉を失うほど。泊まったパラダイス・インターナショナル・ホテル付近からも、南太平洋で最高のヨットハーバーがある風光明媚なネイアフ湾が見晴らせる。

 

           −−− ババウ島 −−−

  

  ヌク島のビーチ    ヌク島ビーチで寛ぐ   ネイアフ湾を散策

 

 ラグビーが盛んなお国柄ということもあり、恰幅が良く、ふくよかな人たちが多い。トンガでは太っちょの女性が美人だとか。しかし、最近は成人の多くが肥満という現実に対し、生活慣習病を患うリスクを減らそうとする動きが政府にあるようだ。 

 

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 北朝鮮は美女応援団を今回の冬季五輪大会に繰り出すなど微笑み外交を積極的に展開するが、大会終了後は折角の南北融和をホゴにし、また核・ミサイル開発を強力推進するのであろうか?同国のビフォーアフターに注目したい。

 

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スペインの火種、カタルーニャとバスクへの旅(1)
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 旧聞になるが、カタルーニャ自治州が昨年10月にスペインからの一方的な独立を宣言した。しかし、反発した中央政府に解散させられたカタルーニャ自治州議会の出直し選挙が昨年の12月21日に行われ、独立派が過半数を制した。スペインの中央政府はこの選挙結果を受けて対話をほのめかしたが、独立の動きがもたらした混乱がすんなりと収束するかは不透明。と言うのは、国外に逃れている独立の旗手プッチダモン前自治州首相が反逆などの容疑で逮捕状が出ており、帰国して州議会に出席することが困難であるからだ。

 一方、独立と言えば、スペイン北部のバスク自治州のほうが先輩格である。かつて武装組織「バスク祖国と自由(ETA)」が頻繁にテロを繰り返すなど、激しい独立運動があった。しかし、近年は独立を求める住民投票の実施を望む人たちは多くなく、カタルーニャの独立の動向には冷静である。この背景には、バスクが既にカタルーニャ以上の高水準の自治が認められているからだ。例えば、バスク自治州には、所得税や法人税を含むほぼ全ての徴税権があり、バスクは実質的に独立国と言えよう。

 

 ところで、カタルーニャ問題に対し、なぜEU(欧州連合)は沈黙を保つのであろうか?それはEUがカタルーニャと同様の希望があるその他の地域に、独立の門戸を開放したくないからであろう。EUとしてはこのカタルーニャ独立問題をきっかけに、スコットランド、北イタリア、フランドル地方、コルシカ島などにも広がりかねないドミノ倒し効果を何とか避けたい考えのようだ。

 

   独立を巡る問題で対照的な両自治州へは今は病床に臥す妻と一緒に何度も旅行しており、カタルーニャは1976年7月、1998年1月、2003年9月、バスクは2003年9月、2010年8月に訪れている。今回はカタルーニャの旅の模様を紹介し、バスクは次回としたい。

 

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 カタルーニャと言えばバルセロナになり、1992年夏のオリンピック開催で有名になった。マドリードから東北へ約620kmほどに位置し、1977年に自治権を獲得したカタルーニャ地方の中心都市だ。人口約160万人は同国第2の大都会で、地中海に面するスペイン最大の港町として活気がある。海と丘と燦々と降り注ぐ陽光に恵まれた街は、鬼才ガウディの斬新な建物が目立つ芸術の街でもある。その代表が100年以上も前に建設が始まったサグラダ・ファミリア(聖家族)教会で、ガウディの遺志を継ぎ現在も工事が続く。

 このほかにも、ユニークなガウディゆかりのものがある。例えば、市街地や海を見下ろす山の手にあるグエル公園は、蛇行した階段やトカゲの噴水などガウディ独特のデザインが見られ、幻想的な空間を生み出している。ラ・ペレドラ(石切り場)とも呼ばれるカサ・ミラは石を積み上げたような集合住宅だが、ガウディ最後の住宅建築で人工的な直線を嫌い、嵐の海面のような波打つ外壁が圧巻である。

 

        −−− ガウディの遺産建築物 −−−

  

         カサ・ミラ   サグラダ・ファミリア    グエル公園

            教会 右が妻、左が筆者

 

 ほかに、バルセロナで最も古いエリアに建つカタルーニャ・ゴシック様式の象徴カテドラル 前の広場は、カタルーニャ地方の民族舞踊「サルダーナ」の舞台になる。民族の団結を誓い合う踊りで、老若男女や旅行者まで入り混じり、音楽に合わせてステップを踏む光景は楽しげだ。斬新なモニュメントが立つファン・ミロ公園、見晴らしの良いモンジュイックの丘、旧市街の目抜き通りのランブラス通りも見逃せないスポットである。

 

 郊外でも必見のところがある。先ずバルセロナから北西53kmにあるモンセラートは、「のこぎり山」という灰白色の岩山の中腹(標高725m)にあるキリスト教の聖地である。バルセロナを出てなだらかな丘陵が続くが、しばらくすると忽然とニョキニョキと灰白色の奇怪な姿の岩山が立ちはだかる様にそびえ立つ。標高1235mのごつごつとした山の中腹に、カタルーニャ人信仰の聖地、モンセラート修道院が建っており、約80名の修道士が暮らす。ここを訪れる人々のお目当てはラ・モレネータと呼ばれる黒いマリア像で、カタルーニャ地方の人々の守り神として慕われている。ロープウェイで頂上に登ると、素晴らしいパノラマが広がる。

 

 

    モンセラート修道院    モンセラートの岩山を  リポールのサンタ・マリア

             背にする筆者と妻     修道院の石の聖書

 
  バルセロナの北約90kmにある
リポールは、カタルーニャ発祥の地として知られる。人口1.2万人の小さな町だが、かっては北カタルーニャ地方の学問・文化の中心として栄えた。フランスとの国境に近く、ピレネー山麓の谷間に佇む静かな町に、壮麗なサンタ・マリア修道院が建つ。880年に創建された修道院の見どころは何と言っても、約300年かけて12世紀に完成したと言われる正面扉口のロマネスク調のレリーフ群「石の聖書」だ。おもに黙示録・出エジプト記・列王記などが彫られ、中央上部には祝福するキリストが彫られている。その両側には2人の天使が従い、さらに両脇と下側に福音書を書いた4人の聖人達のシンボルが彫られている。このような彫刻を見たのは初めてで、圧巻としか言いようがない。

 

               ( 続く )

 

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 最近のヨーロッパはテロなども無く、全般的に平穏のようだ。だが、カタルーニャなどの独立問題が再燃すると、ヨーロッパの他の諸国にもその影響が波及しかねないであろう。例えば、スコットランドなどの独立がまた脚光を浴びよう。一瞬たりとも目が離せない情勢である。

 

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寒さと病と孤独のトリレンマ
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 また鬱陶しく愚痴るような私事になり誠に恐縮だが、今の筆者はトリレンマ、つまり寒さと病と孤独を負う三重苦に悩む毎日を送っている。遠からず81歳になるかなりの老体にとっては苦行であり、しかも初体験でもあり戸惑うばかりである。

 

 トリレンマの(1)は寒さだ。今週は最強の寒波襲来で、昨日(1月22日)は4年ぶりの大雪になった。積雪も20センチ超となり、マンションに住む我が家のルーフバルコニーではこんもりと綿のような雪が積もった。雪景色の佇まいはなかなか捨てがたい魅力があるが、数年前には滑って捻挫した苦い体験があり、危険なため近付かないで遠くから眺めるだけである。また歴史的とも言われる寒気がしばらく居座りそうにつき、日陰の雪が融けるのには1週間ぐらいは要しよう。

 

    

                     (我が家のルーフバルコニーに積もった雪)

 

 さて、寒くなると朝起きるのが大変である。特に3年前より妻の長期入院で完全な独居生活を強いられているので、以前のように起こしてくれる連れがいない。故に一度は起きても、またベッドに戻ることが度々だ。不規則になりがちな生活を是正してくれるのが、毎週月曜日〜金曜日の朝(10時前後)に電話を掛けて下さるモーニングコールである。我孫子北地区福祉協議会が行っている電話訪問で、うら若き(と想像したい)女性たちが丁寧且つ親切な口調で話しかける。誠に有難いボランティアサービスで感謝に耐えない。

 

 トリレンマの(2)は病であり、2つの問題を抱える。前者は筆者自身で昨年11月初めに、80年の人生で初めて入院・手術した前立腺肥大の結果が思わしくなく、入退院も繰り返した。手術後に併発した尿道炎が治るどころか、最近は悪化する始末だ。具体的には頻尿と、真逆の閉尿を繰り返し、さらに失禁が絶えないためオムツが欠かせない。そこで執刀医に問い詰めると、最初は3か月待って欲しいとの話が間もなく過ぎようとなると、今度は10人に1人の割合しか感染しない悪質な菌に侵されたと弁明して不運を嘆く。結局真相は闇のようである。

 

   後者は幣ブログでも3年ほど前より時々紹介している、認知症で入院中の妻のことである。昨年6月より食べ物や飲み物を口にする経口摂取が一切出来なくなり、代わりにIVHという経管による中心静脈栄養法に依存している。要するに終末期医療であり、換言すれば延命以外の何物でもない。昨秋より病院から「危ない(危篤)、危ない」と言われ通し

次男の嫁や孫娘と共に妻を見舞う

で低空飛行状態を続けるだが、顔色だけは見たところ元気そう。

 だが、首から下は骨だらけの可哀そうな姿で、夫でありながら正視出来ない。介護士もオムツ交換の時は、筆者に見ないようにと席を外すことを促すほどだ。きっと上述の尿道炎が完治するまで、妻は懸命に待っているのかも知れない。そう想うと、愛しい妻が一層いじらしくなり、いつもの如く悲しく切なくなる。

 

 トリレンマの(3)は孤独である。「あなた、孤独ですね」と言われるとショックを受ける人が大半のようだが、実際に孤独であっても一般的には隠す傾向がある。筆者の場合は後述の経緯があり、孤独であることをむしろ公言している。残念ながら時間の問題という終末期を迎えている妻をほぼ毎日見舞い・介護する訳だが、それが3年も続くと実質的に死別状態の心境になる。加えて、共に2時間近く離れた所に住む長男とは実に8年間、次男とは3年間も没交渉である。親の教育が悪かったのであろうか、或いは不徳の致すところか、お恥ずかしい限りだ。唯一の救いと言えば、数か月ごとに訪ねて来る次男の嫁と孫であろうか。

   因みに、最近近くに住む知人で4歳ほど年長の男性からよく電話がかかり、また拙宅に来られて身の上話などを聞かされる。健康の不安や金銭問題などを抱えておられるようだが、娘夫婦宅で同居しているとは言え妻に先立たれた孤独感から逃れることが出来ないようだ。しかも孤独であることを決して吐露しようとしないが、特に用も無いないのに度々電話してくるのは孤独感を癒そうとしたい表れではと思わざるを得ない。人は老年期になれば活動や交際の範囲が狭められ、人や社会

とのりが減り孤独になりがちは至極当然なのだが・・・。 

 

 ところで、大雪が降った昨日は通常国会が召集され、安倍晋三首相は施政方針演説で「人づくり革命」の実現を訴えた。” あらゆる人にチャンスがあふれる1億総活躍社会に向けて、人づくり革命を、皆さんと共に進めていこうではありませんか ”と呼びかけたが、今回も単なる言葉遊びに終わるのではなかろうか?確か数年前にも1億総活躍社会を声高に唱えたが、その後は具体的なフォローアップや成果のレビューも特に無く終わったように記憶している。

 筆者自身は単なる口先や掛け声だけに終わりがちな政府に頼らず、残り19年余がある人生100年時代を見据え、前述のトリレンマを克服してプラス志向で前進したいと念じている。もっとも寒さという自然現象は、いくら人類が進化を遂げてもコントロール出来るものではあるまいが・・・。いずれにせよ、1度しか無い人生を悔いの無いものとし、もし妻が先に他界した場合は彼女の分まで長生きしようと誓っている。親しい友人や知人もそう勧めてくれ、激励もしてくれる。

 

読者の皆さんへ

 今回の幣ブログに対し、ご意見やアドバイスがあれば忌憚なくお寄せ頂きたい。お待ちします。

  連絡先: 世界の人形館 TEL 04−7184−4745
                     E−MAIL  
ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

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平昌五輪に参加する北朝鮮の思惑
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 世界的な冬のスポーツの祭典、平昌(ピョンチャン)オリンピックの開催がちょうど1か月後に迫った。現地会場での準備も整ったと聞くが、今回の冬季オリンピック・パラリンピックは従来の大会と趣を異にしているようだ。それは国際社会に対して挑発を続ける北朝鮮の隣国、韓国で行われるからである。

 その北朝鮮を巡り、新年早々からこれまでの緊張関係が一気に緩和しそうなムードに急転しつつある。例えば、昨日(9日)韓国と北朝鮮の閣僚級当局者会談が、南北の国境にある板門店(パンムンジョム)の韓国側施設「平和の家」で行われた。韓国側は趙明均(チョ・ミョンギュン)統一相ら、北朝鮮側は李善権(リ・ソングォン)祖国平和統一委員会委員長らが出席した。

 

   

       平昌冬季五輪会場のスキージャンプ台

         (ネットより転用・加工)

 

   

         韓国側の板門店:平和の家

 

 この会談で行き詰っていた南北対話が再開された訳だが、北朝鮮は選手団のみならず、高官級代表団、応援団、芸術団、テコンドーの模範演技団などを派遣するとの由。応援団と言えば、南北関係の融和を狙ったと見られるいわゆる「美女軍団」が過去に話題となったが、今回も派遣されるのであろうか。興味津々である。 

 

 実は、272か国・地域を旅した筆者は、1995年5月に北朝鮮を訪れている。その際に、板門店の北朝鮮側も視察している。展望台がある「板門閣」に寄った後、ブルーの外壁が極めて印象的なプレハブの建物に入り、軍事停戦委員会本会議場に案内された。その時のむしろ平和な模様は今も鮮明に記憶しており、懐かしいものがある。詳細は2016年9月10日付け幣ブログ『 一理がある(?)核実験とミサイル発射を止めない北朝鮮の旅 』などで紹介済みである。

 

   

        北朝鮮側の板門店:軍事停戦委員会

           本会議場のそばに立つ筆者

 

 約2年ぶりの両国協議で北朝鮮の平昌冬季五輪の参加が決まったほか、緊張緩和のための軍事当局者会談の開催も合意された。オリンピック開催中は軍事的なオプションの行使も控えざるを得ないアメリカ、特にトランプ大統領の内心は面白くないであろう。北朝鮮が国際的な圧力をかわしながら核兵器を温存し、また核開発を進めるための道具として、本来は政治色を排除しなければならない冬季五輪を利用しようと考えているのでは? 斯様に考えるアメリカの朝鮮半島通の専門家がいるとか。

 つまり、北朝鮮の金正恩(キム・ジョウン)朝鮮労働党委員長は、核兵器・ミサイル実験など重要な点につき妥協する意思が無い様に思われる。五輪参加は飽くまで見せかけの歩み寄りで、同国が何かを手放すわけではないようだ。一方、韓国では朝鮮民族の血が騒ぐ文在寅(ムン・ジェイン)大統領は金正恩氏の真の狙いを100も承知の上で、公約とする南北対話と進めるのであろうか?

 

 いずれにせよ、一時的と見られる北朝鮮を巡る緊張緩和が本物かどうか、或いは同国の融和提案が揺さぶりであるかどうかは、平昌オリンピック・パラリンピックが終了後に何らかの答えが出るのではなかろうかと思料する。

 

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2つのXデー、北朝鮮と我が妻
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       2018年(平成30年)!
           A Happy New Year !

                 新年好!

                Feliz Año Nuevo ! 
                         Selamat Tahun Baru !
                         नया साल मुबारक हो !
                                   ! كل سنة و أنتم بخير

 

 戌年の元旦のお天気は昨年と同様によく晴れ、しかも風は少しあったものの比較的暖かかった。我が家(マンション)のルーフバルコニーではサザンカが咲き乱れているが、「困難に打ち克つ」という花言葉通り寒さに強い花である。半世紀も連れ添った妻が不治の病とされる認知症で2015年半ばに長期入院以降、強いられている独居生活も4年目に入った。訪れる人も無く、静かではあるが孤独な年末年始であった。多少慣れてきたとは言え、寂しくないと言えばウソになる。

 加えて昨年11月に80年の我が人生で初めて入院・手術した前立腺肥大の手術の結果が、入退院を繰り返すなど思わしくない。その後は自宅療養を続けるが、尿道炎と言う想定外の厄介な合併症を患い苦戦中だ。病院の担当医に依れば、完治までには数か月はかかる由だが、本当に治るのであろうか?詳しくは2017年11月10日付け幣ブログ『80歳にして人生初の入院と手術』ご参照。

 

 新年早々から暗くて重い、しかもプライベートな話になり恐縮だが、筆者にとって本年は公私ともに厳しい見通しである。即ち、2つのXデーの到来が大きな関心事になりそうだが、そのXデーとは?


 前者は相変わらず緊張が続く北朝鮮の挑発である。元日早々に北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長は新年の辞を発表し、アメリカ本土を攻撃できる核弾頭を搭載した大陸間弾道ミサイル(ICBM)の実戦配備を宣言した。さらに金正恩氏は「アメリカ本土は核打撃圏にあり、核のボタンは私の事務室の机の上にある。」と強調したことだ。これを受けてトランプ米国大統領はこのまま黙ってはいないであろう。韓国の平昌オリンピックとパラリンピックが行われる2月9日〜3月18日の期間中は平穏であろうが、終了後の3月下旬以降は米朝間で不測の事態が起こるかも知れない。

 

  同大統領の性格などからアメリカ vs 北朝鮮、つまり米朝戦争の確率はかなり高くなったと見るべきであろう。この場合の攻撃手段は従来の考えでは核兵器だが、最近になって北朝鮮が示唆した最強の秘密兵器「電磁パルス(EMP)攻撃」への懸念が増している。もし、アメリカ本土の上空で実行されれば送電

   (ネットより転用・加工)

網が破壊され、1年以内に全米人口の最大90%が死亡するのではないかとの見方もある。また、アメリカのお友達、我が日本も場合によっては巻き込まれるのではないかと思うと、げに恐ろしいことである。果たしてそのXデーはあるのであろうか?

 

  後者のXデーは、妻との永遠の別れであろう。脳の萎縮などの影響で半年以上も前から食べ物や水分を一切口にすることが出来なくなり、代わりにIVHという経管栄養摂取に頼っている。顔色だけを見ると血色も良く元気そうだが、顔から下の体の大部分は骨だらけの正視できない可哀そうな姿である。要するに、いつ墜落してもおかしくない、低空飛行を続ける航空機のようなものだ。それだけに現状の延命措置のタイムリミットなどにつき、実のところ苦悩する毎日である。


     妻が好きなサザンカが咲き誇る

 

 欧米諸国では不必要な延命は、患者本人も家族も望まないと聞く。実際に世界を股に掛けて旅してきた私ことワールド・トラベラーも、海外では認知症状態の老人たちを見かけたことが無い。日本人の平均寿命香港に次ぎ世界第二位と言われるが、平均寿命から10歳近く差し引いた健康寿命は決して世界のトップクラスとは言えない。世界に類を見ない手厚い延命医療のおかげと、実感する次第だ。妻には1日でも長く生きてもらいたいと思う反面、ムダと言わざるを得ない延命を疑問視すると悲しく切なくなる昨今である。

 

               ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇

 

 筆者には下記著書があり、ご関心ある方は是非ご購読下さい。

 

書名 出版社 定価 表紙

私はワールド・トラベラー
世界257ヵ国・地域を

旅した男

 文芸社 1,500円

272の国と地域を制覇した77歳のワールド・トラベラーはたった1人で紛争地を旅した

 幻冬舎 1,400円

トラベル・イズ・トラブル 
安全な旅は退屈だ!!

ルネッサ

ンス・アイ 

1,300円

ワールド・トラベラーだけが

知る素顔のイスラム

シリア内戦等も詳しく紹介

 新潮社 1,500円

世界を動かす少数民族

少数民族の世界から現代世界の縮図と課題が見える

 幻冬舎 1,350円

 

トラベル・イズ・トラブル

パート2 
楽でない旅こそ最高だ!!

ルネッサ

ンス・アイ

1,300円

 

  幣著書のお買い求めは、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。

お問い合わせ:
世界の人形館 TEL 04−7184−4745

        E−MAIL 
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ワールド・トラベラーが選んだ2017年の重大ニュース
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 また私事で恐縮だが、認知症で3年目の入院生活を送り、残念ながら終末期を迎えXデーの到来を待つ妻の見舞い・介護で明け暮れた2017年も、あと僅か数日を残すのみとなった。相も変わらず世界各地で凶悪なテロが絶えないなど今年も国内外で様々な事件があったが、端的に言えば、「トランプと北朝鮮で始まり、トランプと北朝鮮で終わった1年」と言えよう。僭越ながら、例の如く私ことワールド・トラベラーの独断と偏見に基づき、2017年の重大ニュースを列挙しよう。

 

アメリカのトランプ大統領就任

 異色のビジネスマン、ドナルド・トランプ氏が1月20日、第45代米大統領に就任した。米国の国益を追求する「米国第一」をモットーに、オバマ前大統領が推進した国際協調体制を次々覆し、世界各国に大きな衝撃を与えた。例えば、就任直後に環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱、イスラム教徒を標的にした入国制限、6月に地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」からの離脱表明、10月に国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)からの脱退も発表した。詳しくは、2017年2月1日付け幣ブログ『 トランプ大統領令の乱発とアメリカの入国制限 』参照。

 

北朝鮮の度重なる弾道ミサイル発射と核実験強行

 ミサイル能力を飛躍的に高めた北朝鮮は、9月3日に6回目の核実験を実施した。また、アメリカ本土に到達可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星14」を7月4日、「火星15」を11月29日に発射した。国連安保理は核実験を受けて制裁決議を採択するが、北朝鮮はひるむ気配は無い。アメリカよりも遥かに近く、同盟国を信じ切り核の傘の下で雨宿りを決め込む我が政府の平和ボケを憂慮する。2017年5月2日付け『  緊迫する北朝鮮情勢と平壌の今昔 』&8月15日付け『 北朝鮮のミサイル発射計画の標的になったグアムの旅(2』参照。 

 

森友 & 加計問題などで内閣支持率急落

 安部内閣の支持率が6月ごろから急落し、自民党が東京都議選で歴史的惨敗後の7月には36%(読売新聞の全国世論調査)まで下がった。「森友学園」や「加計学園」問題を巡り、安倍晋三首相の答弁や政府の説明が批判された影響だ。しかし、野党側の自ら墓穴を掘るような自滅に救われた形で圧勝した10月の衆院選後に支持率は52%に回復し、その後も5割台を維持した。しかし、直近12月の調査で政府が森友&加計問題を十分に説明していると「思わない」人は78%に上り、一強の安倍内閣に対する不信感は依然として根が深い様である。2017年7月4日付け『 おごり、私物化、トカゲのしっぽ切りを重ね逃避行のG20ハンブルグ 』参照。

 

中国共産党大会と習近平政権の独裁化?

 中国共産党の第19回大会が10月18〜24日に北京で開かれた。習近平総書記の2期目政権を構成する中央委員204人を選出したが、後継者になるような50代の若手の登用は無かった。また、習氏の政治思想を党の最高規則である党規約の「行動指針」に追加する規約改正案を、全会一致で採択した。因みに、中国共産党大会の裏側を覗けば、熾烈な権力闘争の場になっていると言われ、同総書記は2期目の政権基盤を一層堅固にするため、党大会では自画自賛の報告になった感は拭えない。習氏は先達の毛沢東や小平越え、つまり2期以上の長期政権を目論んでいるのであろうか?2017年10月21日付け『 中国共産党大会が開幕した北京の想い出 』参照。 

 

北朝鮮の金正男氏がマレーシアの空港で殺害

 北朝鮮の故金正日朝鮮労働党総書記の長男で、金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男(キムジョンナム)氏が2月13日、マレーシアのクアラルンプール国際空港で殺害された。遺体から化学兵器に使われる猛毒の神経剤VXが検出され、北朝鮮の関与が疑われている。マレーシア警察は正男氏の顔に毒物を塗りつけて殺害したとして、ベトナムとインドネシア国籍の女2人を逮捕。事件直後に国外逃亡した北朝鮮国籍の男4人も事件に関与したとして指名手配したが、身柄拘束に至っていない。『 金正男氏が殺害されたマレーシアの旅(2)クアラルンプール編 』参照。

 

トランプ大統領がエルサレムを首都と認定

 12月6日にトランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定し、アメリカ大使館を現在のテルアビブから移転することを決定した。昨年の大統領選での公約を順守することで、支持基盤の親イスラエル系の保守勢力などをつなぎ留めたい意向が強いようだ。ユダヤ教・イスラム教・キリスト教の三大聖地が混在するエルサレムの首都認定は、「パンドラの箱」を開けたようなもので火種の絶えない中東にまた新しい紛争の種を蒔いた感じだ。イスラム国がほぼ壊滅し、内戦が長く続いたシリア情勢も落ち着き始めた矢先だけに中東がまた混沌化することが懸念される。『 トランプ大統領が首都と認定したエルサレムの想い出 』参照。

 

上野動物園でパンダ誕生
 東京の上野動物園で6月12日に、メスのジャイアントパンダ「シンシン」とオスの「リーリー」の間にメスの赤ちゃん1頭が生まれた。名前は一般公募で選ばれ、「シャンシャン(香香)」に決まった。12月19日から始まった1日約400組限定の一般公開には観覧申し込みが殺到し、初回(19〜28日)は24万組を超える人気ぶりである。それにしても生まれた時の体重、わずか150グラムが今や10キロ超とは驚きである。2017年7月12日付け『 上野動物園パンダの赤ちゃんとパンダの故郷・四川省の旅 』参照。

 

ロヒンギャ難民

 難民と言えば、昨年まではシリア難民を想起したものだ。しかし、日本では話題にならないが、国際社会で問題となったのがミャンマーの少数民族、ロヒンギャの難民である。8月にミャンマーで治安部隊がイスラム系の少数民族ロヒンギャの武装勢力に対する軍事作戦を開始以降、隣国のバングラデシュに約65万人が避難した。ミャンマーから暴力を逃れるため仮設キャンプなどに身を寄せるが、食料や水が不足し悲惨な生活を送っている。ミャンマー民主化の旗手であったアウン・サン・スー・チー国家顧問もロヒンギャ問題の解決に消極的で、民族浄化ではないかと非難されている。2017年9月19日付け『 ロヒンギャ難民を取り巻くミャンマーとバングラデシュの少数民族 』 参照。

 

(番外編)

生まれて初めての入院

 筆者は戦前生まれの戦中派だが、お陰様で大病を患ったことは無いのはもちろん、80歳を超えた今日まで入院したことが無かった。しかし、10年ほど前から頻尿が酷く、病院からも前立腺肥大を度々指摘されたので、11月に思いきって入院し手術を受けた。手術そのものは成功であった様だが、術後に尿道炎を患い深刻な後遺症に苦しんでいる。認知症で終末期を迎えている妻を案じるあまり入院・手術をずっと見合わせてきた訳だが、結果的には遅過ぎて機を逸したかも知れない。しかし、今更ぼやいても得るものは無く、時間を掛けてでも全治を目指し前向きに頑張る他あるまい。2017年11月10日付け『 80歳にして人生初の入院と手術 』参照。

 

 上記以外にもリストアップしたい重大ニュースが多々あるが、あとは読者の皆さんのほうで選んで頂きたい。そして、来たる新しい年は今年よりも明るい話題の多い1年となるよう、祈念したいものである。

 

              ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

世界の人形館のご見学

 筆者が館長を務める世界の人形館では、272カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを多数展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。慈善活動につき、入館料は無料です。

 

    −−− 国境の無い平和な「世界の人形館」の館内風景 −−−

  

 但し、セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。
TEL:04−7184−4745 又は Eメール: ko-yasu@maple.ocn.ne.jp 

 

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内戦が泥沼化するイエメンの幻想紀行(その1)
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 内戦と言えば、誰もがすぐシリアを想起するであろう。だが、世界に知れ渡ったシリア内戦の陰に隠れ、泥沼化する一方の内戦国がある。中東の最貧国と言われるイエメンである。その象徴的なことが2週間ほど前(12月4日)にあり、イエメンのサレハ前大統領が殺害されたのだ。3年前から首都サナアを共に実効支配してきたイスラム教シーア派の反政府勢力「フーシ派」との同盟関係が決裂し、前大統領の自宅が爆破されて死亡した由。

 

  イエメン内戦は、2015年3月に隣国のサウジアラビアが介入してから激化した。サウジアラビアは紅海の石油輸出ルートを守るため、南部を中心に勢力を保つハディ大統領派を支援する。これに対し、北部や中部で支配地を拡大するイスラム教シーア派系の武装組織

  フーシ派は、イランやハディ派と対立するサレハ前大統領派と協力関係にあったとみられている。イエメン内戦は言わば長年敵対関係にある、サウジアラビア VS イランの代理戦争とも言えよう。

 

 一方、国土の一部はテロ組織「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」の勢力圏で、掃討戦を展開するアメリカの空爆も続いている。2012年までの30年にわたってイエメンを統治していたサレハ氏は、2014年にフーシ派が首都サヌアを含む広範な国土を掌握した際に同派に合流した。だが、先月になって同氏とフーシ派との同盟関係が決裂してサナアでの激しい市街戦になり、同氏は激化した市街戦に巻き込まれて死亡した訳だ。

 豊かな産油国が圧倒的に多い中東のアラビア半島にあってイエメンは産油国だが、原油生産量が少ないこともあり人々は貧しい。また、1962年にイエメン王国が崩壊後は南北に分かれて内戦が始まり、1990年に南北イエメンが統一され現在のイエメン共和国ができた。その後南部ではイスラム原理主義の過激派アルカーイダが台頭し、その指導者であったウサーマ・ビン・ラーディンの父親はこの地の出身だ。

 

 近世のイエメンは上述の様に内戦が絶えない貧しい問題国だが、その昔、紀元前8〜2世紀頃は華やかな栄光の時代であった。即ち、ソロモン王とシバの女王のロマンスで知られるシバ王国時代に、特産の乳香などで地中海とインドを結ぶ海のシルクロードの要地として繁栄した。そのためヨーロッパ人から「幸福のアラビア」と呼ばれほど憧れの的となり、アラビア文化発祥の地が現在のイエメンである。


  

 そんな神秘性を秘めた国を私ことワールド・トラベラーは、1998年3月〜4月と2011年12月の2度も旅している。旅の一部は2011年12月19日付け幣ブログ『PKO派遣の南スーダン、危険なイエメンへの旅−245国・地域制覇』で紹介しているが、今回は1998年の最初の旅を中心に詳述しよう。

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆

 

 何千年の歴史を刻んできた首都サナアは、標高約2300mに位置する高原都市で人口は約175万人。その雰囲気は「アラビアンナイト」を彷彿させ、まるでおとぎの国のお菓子の街のよう。世界最古の町の一つとも言われ、1986年にユネスコの世界文化遺産「サナア旧市街」として登録された。この古都は街の中心を南北に走る通称エアポート・ロードと呼ばれるアリ・アブドゥル・モグニ・ストリート通りを境にして、新市街と旧市街に分けられる。

 町全体が生きた博物館のような佇まいの古都の最大の見どころは、もちろん旧市街である。正門とも言うべきバーバル・ヤマン(イエメン門) から入ると、高いもので50mはあろうか、石と日干しレンガで出来た伝統的な中高層建物が密集する。道行く男たちのほとんどは、腰にジャンビーアという短剣を差し、まるでコブ取り爺さんのように片方の頬をふくらませてカートを噛んでいる。あたかも中世の世界にタイムスリップしたような錯覚に陥る。

 

  

  サナア:イエメン門  ジャンビーア   サナア:旧市街を散策の筆者

 

 スーク(市場)の奥へを進むと、細い路地の両側に小さな店が並ぶ。ここでお土産にと名物のジャンビーアを買おうとお店に入り、一目見て気に入ったのがあったので購入した(上の真ん中の写真)。因みに、360度のパノラマが楽しめる絶好の撮影ポイントとしてお勧めしたいのが、旧市街の一角にあるアル・カスビ・ホテルの屋上だ。家々の窓枠には白いレースで縁取りされたように美しいデコレーションが施され、まるで中世のお伽の世界に迷い込んだよう。

 サナア郊外も見逃せないスポットがいくつかある。サナアから北西約15kmにあるワディ・ダハールがお勧めで、乾いた赤茶色の岩山に囲まれ緑が溢れる。必見は小さな丘の上に建つロックパレスで、1930年代のイエーメン支配者の別荘だったものだ。今にも丘から倒れ落ちそうな不安定な感じを受けるが、雲ひとつない青空に鮮やかに映える。マーリブへ向かう途中のアル・ガラス近くで、標高2300mのエブン・ゲイラン峠があり、西部劇に出てくるような雄大なスケールの山岳風景が眺望できる。

 

  

 サナア:旧市街を俯瞰   ワディ・ダハール:  エブン・ゲイラン峠

                   ロックパレス    

 

 中国が造ったサナアからホデイダに向かう急峻な道は230kmほどだが、旅行者を惹きつける魅力に溢れ変化がある。特に首都を出てマナハまでは景勝ルートで、緑豊かなコーヒー畑、遠くに聳える富士山とほぼ同じ高さのナビー・シュアイブ山(3760m)、マトゥナ峠を超えると棚田で埋め尽くされた山の斜面など、見応え十分だ。マナハに着いて大きな石だらけの未舗装の道を5kmほど進むと、険しい岩山の上にハジャラという町がある。

 標高2800mの町には4〜5階建の堅固な石造りの家々が並び、花崗岩や玄武岩が積み上げられ白い漆喰で縁取られているのが美しい。また、町全体が城壁に囲まれており、オスマン・トルコ占領時代は要塞になった。この後3000m近い標高差の山道を一気に下って行くと、緑が急に少なくなりワディが広がる。ひんやりしていた風も熱風に変わり、イエメン西部に広がるティハマという紅海沿いの平野に入った。

 

  

ハジャラ:石造りの家が並ぶ カートを噛む男 タイズ:サビル山より俯瞰

散策するワールド・トラベラ

 

 サナアの南256kmのタイズ昔ながらの古い建物や城壁が残り、イエメン第2の都市らしからぬ落ち着いた風情がある。古都のイメージを早く把握したいならサビル山が一押し。3000mを超える山頂に行かなくても中腹から、南北に迫る険しい山間にあるタイズの町並みが一望でき絶景だ。モスクが林立する旧市街で絶対見逃せないのが、サビル山麓に建つアル・アシュラフィヤ・モスク。2つの白いミナレット(尖塔)がひときわ人目を引き、その尖塔の上から旧市街の素晴らしい眺めが楽しめる。

 因みに、タイズからアデンに向かう途中のオアシスにホエミの温泉があり、プールのような温泉場で地元民が入浴していた。まさか温泉があるとは思っていなかったので、水着は持参していなかったため泳げなかったのが残念至極であった。

 

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 サウジアラビアの攻撃機などによる空爆の激化で、世界遺産のサナアの旧市街が無残にも破壊されたと聞き及ぶ。ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)はイエメンの輝かしい歴史を傷つけていると非難し、国際法にフォローして即時攻撃の停止を呼びかけたが効果は無いようだ。シリアの二の舞になるのではなかろうかと思うと、人類の無智と無恥に腹立たしくもなる。

 

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トランプ大統領が首都と認定したエルサレムの想い出
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 3つの宗教の聖地が集中する都市をご存知であろうか? 火種の絶えない中東で一時は猛威を振るったイスラム国(IS)がやっと崩壊したのも束の間、今度は宗教対立という新たな火種ができた。それは一昨日(12月6日)アメリカのトランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定し、大使館を現在のテルアビブから移転することを決めたのである。昨年の大統領選での公約を順守することで、支持基盤の親イスラエル系の保守勢力などをつなぎ留めたい国内向けの政治判断が強いとの由。

 在イスラエル米国大使館の移転はクリントン政権下の1995年に制定の米国内法で義務付けられて入るが、歴代大統領は中東の安全保障への影響に配慮し、半年ごとに移転判断を先延ばしする大統領令に署名してきた。しかし、トランプ大統領の娘婿でユダヤ教徒でもあるクシュナー大統領上級顧問が取り組んでいる中東和平交渉を軌道に乗せるため、同大統領は一度は表明した「移転の先延ばし」を撤回してエルサレムの首都認定という「パンドラの箱」を開けてしまったようだ。 

  トランプ政権は「過去22年間、米国が大使館の移転を自制したにもかかわらず中東和平は進展しなかった」と述べ、今回の措置は中東和平の行方には影響しないと主張する。また、パレスチナ自治政府が将来の首都と位置づける 東エルサレムについては

 「パレスチナの支配地域だ」と述べ、エルサレム全体がイスラエルの首都だとするイスラエル政府の立場を追認したわけではないと釈明する。さらに、最近はアラブ諸国がイスラエルへの接近姿勢を強める中、今回の措置をアラブ諸国が受け入れ、自治政府も結果として追認するとの計算もあったとみられる。


 だが、現実には身内のティラーソン国務長官やマティス国防長官が懸念していた通り、即座に中東各地で反発が噴出し、クシュナー氏が主導する中東和平交渉は頓挫する公算が大との見方が強まっている。また、アメリカの情報機関も今回の措置がパレスチナやイスラム過激派による反イスラエル闘争に火をつける可能性が大きいほか、中東での米国権益がテロ攻撃の標的にされかねないとの情勢分析を強めているとか。国際社会もパレスチナ自治区をはじめとする中東諸国はもちろん欧州もこぞって反対しており、北朝鮮までが批判する始末だ。

 

 ここで中東通でない限り理解しがたいエルサレムにつき纏めてみよう。イスラエルは1948年の第一次中東戦争で西エルサレム、1967年の第三次中東戦争で東エルサレムを占領して市全体を同国の首都として宣言したが、国際的に認められていない。と言うのは、1948年にイスラエルが建国宣言すると、当時住んでいた多数のパレスチナ人が難民になった。彼らはイスラム教徒が多く、東エルサレムを将来の独立国家の首都と主張する。国際社会もアメリカの歴代政権も、「エルサレムの地位はイスラエルとパレスチナの和平交渉で決めるべき」としてきた。このため各国はテルアビブを事実上の首都とみなし大使館を置く。

 因みに、エルサレムの約1km四方の壁に囲まれた旧市街には、古代ユダヤ王国の神殿の一部とされる嘆きの壁、キリストの墓と言われる場所に建てられた聖墳墓教会、イスラム教の預言者ムハンマドが昇天したとされる岩のドームがある。要するに狭い場所にユダヤ教、イスラム教、キリスト教の聖地が混在するのだ。もし、アメリカがエルサレムを最終的に首都として認め大使館を移転すると、特に聖地を大切にするイスラム教徒の反発を招き、ひいては中東全体を混沌化し不安定にする懸念が大であるからだ。

 

             −−− 嘆きの壁での2人 −−−

  

     トランプ大統領       ワールド・トラベラー

   (ネットより転用・加工)

 

 斯様に複雑な街エルサレムを私こワールド・トラベラーは1994年12月に訪れており、その時の模様は2017年 1月 24日付け幣ブログ「 トランプ大統領ゆかりのユダヤ教の国、イスラエルの旅 」で述べている。一部重複するかも知れないが、今一度エルサレムはどんな都市か紹介しよう。

 

 神の名の下に4000年の昔から民族の興亡を賭けて数え切れない戦いの舞台となる歴史を刻んで来た街は、標高790mの小高い丘の上に位置し、丘と坂が多く変化に富む。見どころが多い旧市街の東にある、ケデロンの谷上にあるのがオリーブ山である。標高825mの丘はユダヤ教徒にとっては聖地巡礼の最終ゴールであり、ここからエルサレムの街並みがばっちり見下ろせる。なだらかないくつもの丘にまたがり、その斜面に薄いベージュのエルサレム石で統一された建物がびっしり建つ。

 訪れたのは朝日が出て間もなくで、街全体が神秘的に輝くような中で、ひときわ目立つのが黄金色が眩い岩のドーム。預言者ムハンマドが天馬に乗り昇天したと伝えられる聖なる岩の上に建ち、預言者の足跡も残る。このドームはユダヤ教も、ダビデ王と神との契約が収められた箱を祀った場所として譲らない。後ほど岩のドームに行き見学し、黄金色のドームを支える八面体の建物のブルータイルの美しさに見惚れたが、ドーム全体の写真を撮るならオリーブ山の方が一押しだ

 

  

  オリーブ山より旧市街を望む筆者 嘆きの壁(手前)と岩のドーム(後方)

 

 岩のドームが建つ神殿の丘は古くはソロモンの神殿があった場所とされ、ユダヤ・イスラム・キリストの3宗教の聖地になっている。岩のドームと共にイスラム教徒にとって重要なのが、銀色のドームを持つアル・アクサー寺院だ。ムハンマドが神と共に夜空を旅した地とされる。この丘を囲む西側の外壁が、ユダヤ民族の永遠の故郷と有名な嘆きの壁である。壁の前で正装姿で聖書を読む人や、壁に顔を押し付けるように祈る人など熱心な信者が絶えない。この壁がある広場で壁の上を見ると、岩のドームが黄金色に輝いていた。

  この嘆きの壁から西北へ600mほど、キリストが十字架の刑場へ最期の道を歩んだヴィア・ドロローサ(苦難の道)進むと、キリスト教徒にとり重要な聖墳墓教会がある。新約聖書には、弟子のユダに裏切られたイエス・キリストが十字架に磔にされたと書かれている場所だ。現在この教会はカトリック教会、アルメニ使徒教会、東方正教会、シリア正教会、コプト正教会の教派により共同管理されており、一日中それぞれ何らかの教派によるなどの祈祷が行われている。

  

神殿の丘、中央に岩のドーム ヴィア・ドロローサ   聖墳墓教会 

 手前がアル・アクサー寺院

 

 我々日本人は一般的に宗教に無関心だが、外国、特にイスラム教やユダヤ教などを信仰する教徒にとっては、宗教は日常生活のベースになっている。それだけに宗教対立は国家間の争いにまでなることが往々にしてあり、その点では我が日本は天下泰平の平和な国と言えよう。

 

(後記)

●トランプ米大統領はエルサレムのイスラエル首都認定撤回を求める国連の緊急特別総会の決議案に賛成票を投じた国に対し、金融支援を打ち切る構えを示した。この暴力団紛いの恫喝に対し、ヨーロッパなど世界各国の首脳が素早く反発した。同大統領が有言実行なのは結構だが、どうも品性が無い御仁のようだ(12月22日)。

●国連の緊急特別総会で、アメリアに方針の撤回を求める決議案を128ヵ国の賛成多数で採択した。しかし、反対9、棄権35、欠席21の合計65ヵ国もあり、賛成国への財政援助援助停止の警告をちらつかせた影響があった様だ。因みに、反対した9か国はグアテマラ、ホンジュラス、マーシャル諸島、ナウル、パラオ、ミクロネシア、イスラエル、トーゴの弱小国である。 

 

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「世界の人形館」の近況−多様な来館者を迎えて
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 「光陰矢の如し」の通り、今年もあと僅か1か月を切った。筆者が無料公開しているプライベート・ミュージアム「世界の人形館」も、オープンして9年近くになる。当館の実情は1年前の2016年12月4日付け幣ブログ『「世界の人形館」の現況と行く末 』で詳述しているが、近況は昨年と大差が無い。

 つまり、今も入院中で且つ終末期を迎えている妻のことを想うと、積極的に来館者を受け入れる気持ちになり難く、またその体制にもなっていない。往時の盛況ぶりに比べれば、閑古鳥が鳴き開店休業の侘しい趣だ。だが、どうしてもと頼まれれば、万難を排してでも見学を引き受けるように努めている。

 

 例えば、最近(11月24日)も昨年と同様に、我孫子市立我孫子第三小学校の4年生の子供たちと保護者の計9名が来館した。見学の主目的は、前回と同じく総合的な学習「ぼく・わたしの我孫子自慢」の調査である。しかし、受け入れる当方の状況は全く異なり、最近手術した前立腺肥大の予後が思わしくなく、閉尿と頻尿を繰り返す始末。

 入院の1か月ほど前から予約が入っていたが、運悪く再入院直後に子供たちの見学が重なってしまった。滅多にない大ピンチに瀕した訳だが、病院の担当医に事情を説明し、特別許可を得て3時間ほど外出して人形館に戻った。子供たちの夢を壊さず、彼らとの約束をなんとか果たした後はすぐに病室に引き返した。それはまさに綱渡りをするような、ギリギリの対応であった。

 

       

          我孫子第三小学校の子供らと仲良く

 

 さて、いずれも聡明そうな7人の子供たちから矢継ぎ早に熱心な質問が出たが、声が小さいのが少々気懸りであった。そこで差し出がましいとは思ったが、彼らにもう少し大きな声を出すよう促した。その序に英語などの外国語会話上達のコツは、先ず母国語の日本語をハッキリと発音するのが望ましいとアドバイスした。

 一方、単に世界の民俗人形などの展示品を観るだけでなく、世界の様々なことを知り見聞を広めようとの子供たちの意欲は旺盛であった。記帳してもらったコメントで多かったのは、人形以外にも多岐にわたる展示品があるのに驚き、特に紙幣やコイン・地球儀・仮面・万華鏡・絵画・螺鈿・絵皿が印象に残ったようだ。

 

 また、一昨日(11月30日)は久しぶりに外国人の珍客があった。タヘルさんと言うパキスタン人で、東京の東麻布で手織りペルシャ絨毯などの商売をしている物静かな御仁である。筆者の友人である東京在住の著名なクロスステッチ刺繍家、星野真弓さんに案内して頂き来館したが、長らくご無沙汰していた英語と少々のウルドゥー語(パキスタンの国語)を駆使して会話が弾んだ。

 

     

                       中央がタヘルさん、その右が星野真弓さん

 

 同氏は2011年3月11日の東日本大震災の被災者を支援する社会貢献を通じ、彼女と知り合った篤志家と聞く。被災者の自立支援を主目的とする活動を続ける一般財団法人、連帯 東北・西南の評議員をしており、大震災直後から宮城県に入って支援活動を続けているとか。一般的に平和ボケしている我々日本人も見習うことを教えられた、貴重な同氏との出会いであった。

 

 生来元気者と言われてきた筆者だが、傘寿を過ぎると体力的にも衰えを感じ、妻不在の長期の独居生活が孤独感を増幅させる。加えて、親の(己の)教育が悪かったのであろう、恥ずかしながら2人の息子をはじめ身内のアプローチもほとんど無い。その救いとなっているのが、今もなお世界の人形館を訪ねて来る見学者かも知れない。誠に有難い次第だ。

 たとえ体調が少々悪くても、或いは妻の見舞い・介護、家事などで多忙であっても、命ある限り来館者の受け入れを続けたいと念じている。ささやかではあるが世界の人形館という舞台を通し、我が日本のグローバル化推進の一助になりたいとの想いがある限り・・・。

 

 最後に、上記2件の来訪者を迎えて種々お手伝いして頂いたのが、常日頃お世話になっている澤田愛子元我孫子市議会議長(上掲写真2葉の左から2番目)である。この場を借りて謝意を表したい。

 

後記

  本日我孫子第三小学校の子供たちより、丁寧なお礼状を頂いた。いずれもシッカリとした字で書いており、世界を見据え心温まる文面で、筆者にとり宝物のようなものである。来年の3学期に発表会があるそうでだが、是非出かけてみたいものだ。7通の中から2通を抜粋して紹介しよう。我孫子第三小学校の子供たちよ、有難う!世界に羽ばたけ!

(12月7日)

 

   

 

               ◇◇◇ ご案内 ◇◇◇ 

 

           ★★★ 展示会 『 美と癒しの世界 』  ☆☆☆

 

 筆者が運営しているプライベート・ミュージアム「世界の人形館」の見学者は実に多彩です。過日渡仏しフランス・パリ美術展で受賞した星野真弓さんもその一人。彼女がタヘルさんと共同企画する展示会が、東京・銀座で近々開催されますのでご案内します。

 因みに、世界の人形館はこの素晴らしい展示会の趣旨に賛同し後援します。当館の照明などの所蔵品も展示され、会場に彩を添えるでしょう。向寒の折柄ですがご来場の上、繊細で歴史あるペルシャ絨毯と、幻想的な刺繍画の美しいコラボレーションをお楽しみ下さい。

 

        

 

日時: 2017年12月12日(水)〜17日(日) 11:30〜18:30

    但し、初日の12日は13:00よりオープン、

    最終日の17日は16:30閉場    
場所:銀座扶桑ギャラリー(東京都中央区銀座1−7−16 扶桑ビル1F)

   TEL・FAX 03−3561−7908 
アクセス:東京メトロ有楽町線「銀座1丁目駅」6番出口より徒歩1分

     銀座線「銀座駅」A13番出口より徒歩5分

     中央通りから1本有楽町寄りのガス灯通り

 

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ムガベ大統領辞任で国民が歓喜するジンバブエの想い出
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 冒頭に私事で誠に恐縮だが、最近気掛かりで仕様が無いことが2つある。1つはこのブログで度々取り上げている終末期を迎えている妻の病状であり、もう1つは今月初めに80歳の人生で初めて入院・手術した前立腺肥大である。その予後が思わしくなく、入退院を度々繰り返していることだ。病院の担当医を信じ、気長く治療に専念する他あるまい。

 

 さて、我が国では必ずしも知名度高くはないが、欧米では「世界最悪の独裁者」として知られるのが、南部アフリカのジンバブエのロバート・ムガベ大統領である。御年がなんと93歳、37年間の長きにわたり独裁者として君臨してきた大統領が、ついに一昨日(11月21日)辞任した。その高齢で最高権力者の地位に長くあることが、腐敗し歪んだジンバブエ政治を象徴していると言えよう。近年は悪評だらけの独裁者と酷評されるムガベ氏だが、かつては多くのジンバブエ国民にとって英雄であり、欧米諸国との関係も良好であった。

 因みに、ジンバブエは19世紀に入植した英国系白人の子孫が支配し1923年に英国の植民地になった後、1965年に少数派の白人がローデシアとして独立した。しかし、1960年代から白人支配に抵抗する黒人ゲリラ組織、ジンバブエ・アフリカ民族同盟・愛国戦線(ZANU-PF)が台頭し、そのリーダーがムガベ氏であった。白人政権とZANU-PFは最終的に、英国政府が仲介して1979年に和平合意し、1980年にジンバブエとして英国から独立した。首相に就任したムガベ氏独立後に欧米諸国との友好関係を確立する一方、国内的には黒人と白人の共存を模索した。

 

 当時のジンバブエは、人口の1%にすぎない白人入植者の子孫が耕作可能な土地の約半分を所有していた。このいびつな社会構造を解消するため政府は希望する白人地主から土地を買い上げ、黒人に配分する政策を実施した。1987年にムガベ氏は大統領に就任し政治や社会の安定をベースにした経済成長は「ジンバブエの奇跡」と呼ばれ、欧米諸国からも高く評価された。しかし、1990年代の末頃から、同大統領には権力の私物化が目につくようになった。例えば、40歳以上も若い妻のグレース夫人による、海外の高級ブランドショップでの爆買いだ。また最近では、妻を副大統領に指名しようとした。

 

   

   大統領を辞任したムガベ氏  天文学的な数字の100兆ジンバブエ・ドル

 (ネットより転用・加工済)

 

 また、2000年に白人の財産を保障なしに没収する法案を議会が可決し、個人の私有財産の侵害という人権問題に欧米は強く反発し、多くの国が経済制裁を科した。その後経済状況は悪化し、膨らんだ財政赤字を解消するため通貨ジンバブエ・ドルを乱発した結果、2009年には2億3千万パーセント以上のハイパーインフレが発生した。100円の缶ジュースが700億円に暴騰する始末で、ジンバブエ・ドルの発行が停止された。だが、ムガベ氏は経済崩壊の責任は自らの失政ではなく、欧米の経済制裁を口実にし欧米諸国との対立は益々深まった。

 

 このような背景のもと反旗を翻したのが軍で政権中枢を掌握し、新大統領には前副大統領であったムナンガグワ氏が就任する。独立の英雄が長期支配の間に強権政治を進めたため独裁者と批判され、挙句の果てはZANU-PFがムガベ大統領の党首解任を決め大統領の座を追われた訳だが、「一強他弱」が続き長期政権を目論むどこかの国の領袖も他人事ではなかろう。筆者はそんな政変劇があったジンバブエを1994年7月と1999年2月に訪れており、その旅の模様を紹介しよう。

 

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  ジンバブエはアフリカ南部にあり、ザンビア・南アフリカ・モザンビーク・ボツワナに囲まれた内陸国である。面積は日本より少し広い39万k嵳召世、人口は我が国の9分の1の約1450万人に過ぎない。綿花やタバコなどの農業が盛んで、金・ダイヤモンド・プラチナなどの鉱物資源にも恵まれている。経済制裁を科す欧米に対し、経済的結び付きを強化して接近するのが中国である。

 見どころは、なんと言ってもザンビアとの国境にあるビクトリアの滝であろう。南米のイグアス滝、北米のナイアガラ滝と共に世界三大瀑布に数えられ、最大幅は約1700m、最大落差は108mもある。1855年イギリス人探検家デビッド・リビングストン によって発見され、現地名はモシ・オ・トゥニャと言う。「雷鳴の轟く水煙」の意味で、見ごろの時期は水量の多い3月〜7月。

 

  

                ビクトリアの滝                  ビクトリアの滝を背にする筆者

 

 滝の全景はジンバブエから見た方が迫力あるが、ザンビア側では中州まで歩いて行け滝壷を眺めることができる。大地の割れ目に落ちる「水のカーテン」と、轟音と共に150m以上も舞い上がる水煙が圧巻だ。また、水煙の中に綺麗な虹がかかり幻想的で、大自然の営みの素晴らしさを肌で感じることができる。一方、緑濃いザンベジ川をゆったりと下るサンセット・クルーズは、夕日に染まる大河の時が止まったかのような悠久の流れに身を任せるような情緒に浸れ、至福のひと時を満喫した。

 

 標高1484mの高原に位置し、人口が200万人を超える近代的な首都ハラレは、南ローデシア時代はソールスベリーと呼ばれた。英国風の街並が美しい高原都市は、夏でも平均気温は20度程度と涼しい。意外と思えるくらい近代的な高層建築物が建つハラレ市内のパノラマを楽しむなら、ザ・コピーという丘が最適だ。オランダ語で「丘」を意味し、ハラレ発祥の地である。ジンバブエ紙幣のデザインになっているチレンバ・バランシング・ロックは、東郊外のエプワース にあり、微妙なバランスを保つ3つの団子状の岩などが見どころ。

 

   

     コピーの丘よりハラレ市内を望む  チレンバ・バランシング・ロック

 

 一方、ハラレの南約310kmの山中にあるジンバブエ大遺跡は黄金伝説を生み、11〜18世紀に栄えた黒人王国、モノマタバ王国時代の独特な石造建築遺跡である。ジンバブエとはショナ族の言葉で「石の家」という意味で、国名はこの遺跡に因んでいる。 丘の上にある高さ120mの精巧な石壁がめぐらされたアクロポリス神殿、50ジンバブエ・ドル紙幣のデザインになっている円錐塔、住居跡であった谷の遺構、ショナ族の文化村ショナ・ビレッジなどがあるが、特に見逃せないのが周囲240mの巨大な囲構エンクロージャーだ。

 

    

        ジンバブエ大遺跡を俯瞰       囲構エンクロージャー

 

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                   ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

世界の人形館のご見学

 筆者が館長を務める世界の人形館では、272カ国・地域の民俗人形、紙幣とコイン、仮面、壷、置物、絵画、木彫り、地球儀、時計、照明ランプ、絵皿、万華鏡などを多数展示しています。ご興味ある方はご遠慮なく、お気軽にご来館下さい。慈善活動につき、入館料は無料です。

 

    −−− 国境の無い平和な「世界の人形館」の館内風景 −−−

  

 但し、セキュリティなどのため、下記要領で必ず予約をお願いします。
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