世界の人形館からの夢メッセージ

夢と寛ぎを紡ぐワールドスクエア
1年ぶりに講演した「新聞・テレビが報道しない世界の真実」
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 最近都内に出かけることが多いが、昨日は麹町の海事センタービルに赴いた。目的はJAPANNOW 観光情報協会主催の第156回観光立国セミナーで講演するためで、ちょうど1年前にもここで講演したことがある。演題は、『275カ国・地域を訪れたワールド・トラベラーが語る新聞・テレビが報道しない世界の真実』と言う超長〜い。筆者の講演はいつも時間オーバーするのだが、この日は猛烈な台風19号接近を踏まえて講演時間は早めに切り上げた。
 悪天候にも拘わらず、会場には面識のあるFacebook親友でシンガーの岡美保子さん、手刺繍家・星野真弓さんのご両親、元名料理長の吉井泰次郎さん、そしてあの有名な櫻田義孝元五輪大臣の小田原暁文秘書などの姿もあり、熱心にご聴講いただき有難かった。悪天候にも拘わらず参加した30名ほどの聴講者の皆さんが、満足されたかどうか些か気懸りだったが、北朝鮮や北方領土問題につき関心が大きかったよう。

 

 

          講演する筆者     熱心な聴講者

 

 講演の要旨を以下紹介しよう。

 

    ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━━…━

 

1.はじめに

 ワールド・トラベラーというニックネームを持つ私ですが、世界の旅のデビューは、総合商社(三井物産)勤務時代の1969年、酷寒の1月〜2月に旧ソ連(現ロシア)のモスクワへの出張でした。以降1974年〜1977年のクウェート駐在、1979年〜1984年のインドネシア駐在などを挟み、2014年4月まで45年間ずっと外国に出かけていました。しかし、その後は認知症を患う妻の見舞い・介護などに追われ海外旅行は中断していましたが、今年6月に5年ぶりに再開。旅行先はスペイン領のモロッコ内にある飛び地領セウタとメリリャ、地中海に浮かぶイビサ島、本土のマラガ。この旅を終えて踏破した国・地域は、下表の通り275です。

 

アフリカ アジア 欧州 米州

大洋州

&極地

合計

国数

地域数

55

48

12

47

24

35

17

16

20

201

74

合計 56 60 71 52 36 275

 

 さて、帰国後に待ち受けていたのが、朝日新聞の熱心な取材です。3時間の面接のほかに、20回近い電話及びメールによる頻繁な補充取材があり、約40日後に掲載報道されました。詳細は配布した掲載紙をご覧下さい。かなり大々的な報道でしたが、内容的には私にとり不満足でした。今回の朝日新聞取材を通して痛感したことや、直近の旅に絡んだ様々な「世界の真実」に焦点を絞りお話します。これらの大半は新聞・テレビが報道しないため、国民にとっては未知のものでしょう。

 

 

  モスクワ:赤の広場   クウェート:スーク(市場)で家族

             (妻・長男・次男)と買い物

 

2.北朝鮮は国ではない!?

 私が訪れた国の数は、1995年に訪れた北朝鮮を含めて国際的に認められている196ヵ国のほかに、実質的に国と言えるのが5ヵ国あります。即ち、北キプロス、西サハラ、アブハジア、沿ドニエストル、ナゴルノ・カラバフです。これら全て訪れており、合計すれば201ヵ国になります。後者の5ヵ国は日本も承認していないので除外するとしても、我が国以外の世界の国の数は196であるべきが、朝日新聞報道では195になっています。これは国連加盟国でありながら、日本政府が北朝鮮を承認していないからでしょう。私が世界の全ての国、196ヵ国を訪れているにも拘わらず195ヵ国と報道したのは、朝日が政府の方針を忖度したのでしょう。一方、世界では実に162ヵ国が北朝鮮を承認し、外交関係を持っています。

 世界の8割以上の国々が北朝鮮を承認している現実を直視せず、ひたすら金太郎飴のように日本政府は拉致被害者の帰国を北朝鮮に求めています。しかし、我が国が北朝鮮を一人前の国として認めない、つまり子供扱いする限り、金正恩朝鮮労働党委員長は拉致被害者を返さないでしょう。安倍晋三首相が北朝鮮との外交を従来の圧力から「条件を付けずに北朝鮮と対話する」と方針転換後も、金正恩委員長は安倍首相を全く相手にしないのは、子供扱いされている事への明白なしっぺ返しでしょう。被害者家族の高齢化が進む一方だけに、極めて残念な憂慮すべきことです。

 

3.地域の捉え方とグリーンランド

 国ではない地域の数についても、私と取材記者とでは見解が真っ向から分れました。私は地政学的・民族的・文化的・歴史的な考察などをベースに見做した地域を74も訪れ、1995年に探検旅行した南極と北極点がその代表です。記者もこの両極は地域として認めましたが、その他の72地域は認めませんでした。では、1997年と2003年の2度訪れ、面積が約216万km2(日本の6倍近い)と世界最大の島、グリーンランドはどうでしょうか?確かにデンマークの領土ですが、面積は本国の4万km2余の50倍もあります。自治権も付与されており、地域としてカウントするのが妥当です。デンマークの首都コペンハーゲンを訪れだけでグリーンランドも行ったとは言えず、逆にグリーンランドを訪れたと言ってデンマークに行った事になりません。国(デンマーク)と地域(グリーンランド)は区別すべきです。

 因みに、トランプ米国大統領がグリーンランド買収に関心があることが報じられ、最近話題になっています。実は地理区分は北米に属しており、1946年に米国は買収しようとしたが不成立に終わった経緯があります。元不動産王の同大統領はグリーンランドの天然資源や地政学上の重要性に興味を示し、米国の購入が可能かどうか顧問などに相談したとか。近年は温暖化により北極海の氷が解けて航路も開発されており、石油や天然ガスなどのエネルギー資源、ダイヤモンドや金などの鉱物資源開発が容易になっています。また、近年は中国も進出し始め、レアアース鉱山などへの投資はグリーンランドのGDPの1割を超えます。島北部のチューレに米空軍基地を持つ米国は危機感を持っており、チキンレース化した米中対立は極地でもしのぎを削っています。

 

 

  北朝鮮:板門店    グリーンランド:ラッセル

              氷河でスノーモービルに乗る

 

4.実効支配

 安倍晋三首相は「外交の安倍」と言われ、ロシアのプーチン大統領と27度も首脳会談していますが、成果は皆無に等しいと言っても過言ではない。北方領土に関しても当初建前の4島返還から、最近は歯舞群島と色丹島の2島返還に絞って大筋合意を画策していますが、交渉は全く進展していません。これは現地では年月を経ると共に着々とロシア化が進み、同国の実効支配により領土返還が至難だからです。因みに、北方4島(ロシア名:クリル諸島)を管轄するサハリンを2009年6月に訪れましたが、戦前日本が残した遺物はほとんど見かけず完全にロシア化していました。

 この実効支配による既成事実化の例は、世界で多々あります。例えば、徴用工問題で端を発して対立する日韓では、竹島を我が国の固有の領土と繰り返す日本に対し、韓国は島を独島と呼び占拠して実効支配しています。逆に、中国と台湾が領有権を主張する尖閣諸島は、日本が実効支配していると国際社会では受け止められている様です。先述の未承認国についても、アブハジアと沿ドニエストルはロシア、西サハラはモロッコ、北キプロスはトルコ、ナゴルノ・カラバフはアルメニアが実効支配しています。ほかに、2008年7月に旅したカシミールはインド・パキスタン・中国、1995年2月に訪れたフォークランド諸島はアルゼンチンの代わりに英国が実効支配しています。

 

5.飛び地領

 世界には或る国の領土の中に別の国の領土がある、いわゆる「飛び地」と呼ばれるところが多数存在します。この6月にアフリカのモロッコ北部にあるスペインの飛び地領メリリャとセウタを旅しましたが、地中海貿易の拠点として様々な勢力に支配されてきました。15世紀末にイベリア半島からイスラム勢力を追い出したスペイン王国がアフリカ大陸に上陸し、メリリャとセウタを自国領として今日に至っています。モロッコは領有権を主張しますが、スペインは軍事戦略上重要であるとして応じる気配はありません。一方、両都市を経由してヨーロッパを目指す不法移民が多く、1998年にモロッコとの国境にフェンスが造られました。この付近にはほかにも飛び地領があり、英国のジブラルタルが有名です。今度は逆にスペイン内(南端)にあり、2002年5月に訪れました。1713年ユトレヒト条約でスペインはジブラルタルの町・城・港や、要塞の所有と軍事的使用をイギリスに認め、英国総督が統治する植民地になりました。その後スペインはジブラルタル奪回を試みたが、失敗して今日まで紛争が続いています。

 世界最大の飛び地領と言えば、文句なしに米国領のアラスカです。2度訪れていますが、面積は148万km2と日本の約4倍もあり資源も豊かです。元々はロシア領でしたが、クリミア戦争に負けた痛手から回復するため、ロシアは領土の一部であったアラスカを720万ドルで売りました。ところが、約30年後に金鉱が見つかり、その後は米国有数の石油・天然ガスの供給地になりました。後にこの事実を知ったロシアは歯噛みしたらしく、わずか面積が5003km2の北方4島を返還しないのも理解できます。因みに、ロシアはバルト3国の西隣にカリーニングラードという飛び地を持っており、2005年8月に訪れました。元々は東プロイセンの北側にあり第二次世界大戦後は分割され、北側が旧ソ連に割譲されて飛び地が誕生しました。琥珀の産地として、また軍事的にもソ連崩壊後もその重要性は揺らぎません。

 

 

ジャム・カシミール:インド    ジブラルタル:ロック

  支配のシュリナガル郊外    マウンテン展望台

 

6.誇張された海外取材番組

 テレビではほとんど毎日のように海外取材番組がありますが、一般的に非日常的且つ誇張気味なバラエティー番組が多い様です。その国の実態にそぐわない報道も多く、あまり参考になりません。中には海外の実情に疎い視聴者を明らかにミスリードする様な番組も数多く見受けられ、相手国につき誤解を与えることを懸念します。私も気晴らし目的で時々その種の番組を観ますが、内容が明らかにやらせ的なものが多いため直ぐに興ざめし、途中で視聴を止めます。例えば、数日間(70〜80時間)も掛けて僻地に住む日本人を訪ねる番組がありますが、ITと航空網が世界中に満遍なく普及している現在では、南極などの極地を除き数十時間もあれば世界どこへでも行ける便利な時代になりました。また、日本に比べて一般に外国の地番表示は整然としており、住所探しは容易で時間もかかりません。

 

7.日韓対立

 1974年4月に商社マン時代の出張を皮切りに、合計5回にわたり韓国を訪問してほぼ全土を回りました。1970年代までは貧しかったですが、その後は日本人以上の勤勉さで工業化と輸出振興のために頑張り、家電や電子工業などでは日本を追い抜いて全般的に元気があります。日本に似た美しい自然やお寺も魅力ですが、何と言っても素晴らしいのが若い人たち(特に男性)の礼儀正しさです。過去3度個人旅行しましたが、年長者の私を気遣い地下鉄ではさっと席を譲ってくれました。また、街で重いスーツケースを運んでいると、青年がさっと来て担いで運んでくれました。これは年長者を敬う儒教思想、躾けが厳しい徴兵制の影響でしょう。私は茨城県に近い千葉県に住んでいますが、都内に出ると憂鬱になります。と言うのは電車に乗っても、高齢の私を気遣って席を譲ってくれる優しい若者がいないからです。韓国のことを良く思わない人が日本では多い様ですが、私にとっては印象が極めて好い国です。

 徴用工問題に端を発した日韓関係は、日本の輸出規制、韓国の軍事情報に関する包括的保全協定(GSOMIA)破棄、韓国のWTO提訴と悪化の一途です。両国にはそれなりの言い分がありますが、日本の古来の文化や仏教伝来などはどこから来たのでしょうか?それは朝鮮半島経由で我が国に入って来たもので、この点では韓国は我々の先輩として敬意を表するのが必要です。また、現役時代に韓国人とのビジネス経験がありますが、時々彼らのプライドを傷つけたのか激怒された記憶があります。儒教精神が今も健在なことを認識した対応が望まれ、近くて遠い国にならないようよう是非とも仲良くしたい隣人です。

 

 

  韓国:光州郊外の白羊寺    世界の人形館

 

8.終わりに

 人生100年時代を迎えた長寿社会とは言え、82歳という人生の最終章を迎えながら、なぜ私は世界の旅を続けるのでしょうか?答えは 「其処に世界があるから」です。この世に生を受けている限り、現役のワールド・トラベラーを続けざるを得ない運命かも知れません。また、私の分身であるプライベート・ミュージアム「世界の人形館」を彩る世界の民俗人形や紙幣・コインなど、コレクション収集の旅も来世に行く直前まで続くでしょう。時間がありましたら、真のグローバル化推進を目指し、ささやかながら国際交流の実践の場である世界の人形館を是非お訪ねください下さい。ご来館を熱烈歓迎します。

 

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ラグビーW杯2019で注目されるアイルランドの旅(1)
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 今や国内で最も熱くなるスポーツと言えば、ラグビーの第9回ワールドカップ(W杯)であろう。最初の対ロシア戦に勝利した我が日本チームは続く2戦目で、なんと優勝候補のアイルランドを19−12で破ったのである。過去9度の対戦で全く歯が立たなかった相手で、10回目の試合で初めて勝利したジャイアントキリング(大番狂わせ)だ。この2連勝でA組の首位に立ち、悲願のベスト8入りが濃厚になって来た。ラグビーの丸くないボールと同様に、試合のルールも他のスポーツに比べ複雑である。だが、それも忘れさせるほど興奮させる、意外に面白い競技のようだ。

 さらに興味深いのは、日本チーム31人中、15人外国人選手であることだ。特にニュージーランドランド出身のリーチマイケル主将は、古武士のような風格がある。大相撲も外国人が多いが、それを上回り最も国際化が進んだチームと言えよう。

 一方、日本に負けて却って注目度が上がったアイルランドだが、実はアイルランド共和国だけの単独チームではないのである。チームの中にはイギリス領の北アイルランドの選手もおり、 両者の統一

チーム(写真)なのだ。試合前に選手たちが歌ったのはアイルランド共和国の国歌でなく、代表チームの歌「アイランズ・コール」であった。

 

 私ことワールド・トラベラーは、1975年8月と1999年7月〜8月にアイルランド共和国、2004年10月に北アイルランドを訪れている。今回は1999年に旅したアイルランド共和国の模様(前編)を紹介しよう。 

 

   ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━

 

 44 年前の1975年に訪れた時のダブリンは1000年以上の歴史と伝統を持つ街とは言え、ヨーロッパの最果ての首都という寂しいイメージがあった。しかし、久し振りに再会した街は従前の重厚さに加え、情報化時代に即応した活力が漲っていた。市街地の中心をリフィー川が東西に流れ、見どころは数ある歴史的な建造物が多い川の南側に多い。中でも絶対に必見は、ケルト文化・芸術の最高峰を有するトリニティー・カレッジだ。

 1592年にエリザベス1世により創設された由緒ある大学の目印は、正門を通り抜けて正面にそびえ建つ高さ30mの鐘楼である。その右に図書館があり、アイルランド最高の宝と呼ばれる「ケルズの書」などが展示されている。その壮観さに驚いたのが2階にある長さ65mのロングルームで、約20万冊の古い蔵書が高い天井までびっしりと積み上げられており見事というほかない。

 

    −− トリニティ−・カレッジ −−

 

  鐘楼を背にする筆者   ロングルーム

 

 カレッジから500mほど南に、「ダブリンのオアシス」と呼ばれるセント・スティーブンス・グリーンがある。広さ9ヘクタールとかなり大きく、四季を通じて美しい草花が咲き乱れる。ダブリンと言えば、ギネスである。独特なモルトの味とクリームに似た泡がきめ細かい黒ビール・スタウトで有名なギネス・ビールは、ここダブリンが発祥地である。カレッジから約2km西にあるギネス・ビール工場を訪れて製造過程など見学後、1パイント(568ミリリットル)の試飲を楽しんだ。

 

 

リフィー川とハーフ・ペニー橋 ギネス・ビール工場前

 

 ダブリンの西127kmほど、水の豊かな町アスローン の南近郊にクロンマクノイズ修道院 がある。545年に聖キアランが教会を建てて以来、タラの丘と同様に神聖な場所とされて7〜12世紀に全盛を極めた。後に英国軍に占領され、現在は一部分の教会跡が残るのみ。見ものは3つのケルトの十字架と、高さ19mもある2つの円塔。特に高さ3mもあるハイクロスという石造高十字架は、繊細に浮き彫りされ重厚さも持ち合わせる。近くにシャノン川が流れ、のどかで牧歌的な風景が広がる。

 

   −− クロンマクノイズ修道院 −−

 

    修道院の全景    ケルトの十字架と円塔

 

 アスローンから西へ向かうと大西洋に出る。沖合には、アランセーターの故郷で知られるアラン諸島が浮かぶ。アイルランドで最も人気のある観光地で、僻地だが観光客が多い。諸島の最大の島、イニシェモア島では、石灰岩の地に石垣が延々と続き、まるでミニ万里の長城のよう。石と石の割れ目には寒冷地の植物が可憐に咲き短い夏を彩る。因みに丹念に石を積み上げた石の壁は、動物達がよその土地に侵入して草を食べるのを防いでいる。ゴールウェイの西近郊にある小さな港町ロッサヴィールからフェリーに乗り、約20分で島の中心地キルロナンに着いた。

 島内観光のハイライトは、半円の古代遺跡ドン・エンガスの砦。埠頭から北西へ約8kmの村キルマーヴィから丘を上がる。約2000年前に造られた砦の先は大西洋に面する断崖絶壁で、海面から100m近い高さがあり、身もすくむ大迫力に圧倒された。だが折角のチャンスを逃すまいと、身を乗り出し崖上から荒波が押し寄せる海を見下ろし、命が縮みそうなスリリングな思いをした。ほかに見どころとして、有史以前の墓群がある聖キーラン修道院跡、7つの教会などがある。

 

          −− アラン諸島のイニシェモア島 −−

 

  ドン・エンガスの砦   砦近くの断崖絶壁を

                見下ろす筆者

 

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                  ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

 筆者は以下の要旨で講演します。

●主催:JAPAN NOW観光情報協会 Tel 03-5989-0902
●日時:10月11日(金)12:00〜14:00
●場所:海事センタービル2階会議室 Tel 03-3265-2961
東京都千代田区麹町4-5 東京メトロ有楽町線麹町駅2番出口より徒歩2分...
●演題:275カ国・地域を旅したワールド・トラベラーが語る『 新聞・テレビが報道しない世界の真実 』
 新聞やテレビなどのメディアが報道しない、驚くような『 世界の真実 』を世界の全ての国々を踏破して得た知見や体験などをベースに、他人様の情報をコピペしないノンフィクションを語ります。
例えば、近くて遠い北朝鮮と韓国、北方4島などの実効支配、温暖化で脚光を浴びるグリーンランド、火種が絶えない飛び地領、誇張された海外取材番組etc。

 講演に興味があり、お時間のある方は是非ご聴講下さい。お問い合わせ・申し込みはJAPAN NOW 観光情報協会へどうぞ。 

 

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| 世界の旅−ヨーロッパ(西欧・中欧) | 18:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
トランプ大統領とタリバーンの和平協議に想うアフガニスタンの旅(1)
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 アメリカのトランプ大統領が、同国の外交安全保障政策の司令塔であるボルトン大統領補佐官を解任した。トランプ政権の発足以来気まぐれな大統領の思い付きで、数々の政権幹部の更迭が行われて来た。強固派のボルトン氏退任で、トランプ大統領が来年の大統領再選狙いの実績づくりのため動き出しそうなのが、北朝鮮やイラン、そしてアフガニスタンとの交渉であろう。両者の不仲を決定的にしたのは、アフガニスタンの反政府勢力タリバーンとの和平協議であったとか。

 トランプ大統領は米軍のアフガニスタンからの段階的な撤退を考えたが、ボルトン氏はタリバーンを信用してはダメと反対した由。さらにタリバーン指導者をワシントン郊外のキャンプデービッド山荘に招くことまで反対されたので、同氏の解任を決断したとされる。もっとも和平協議の最終段階で米兵を含む12人が殺害されたタリバーンのテロを受け、「和平協議は死んだ」とツイートしたが本音ではなかろう。

 

 紛争が今も続くアフガニスタンでは、政府軍と支援する駐留米軍の支配下にあるのは全国土の半分に過ぎない。残りは武装勢力の影響下にあり、中でも最大の勢力を持つのがタリバーンだ。現地語で「学生たち」を意味し、1994年にイスラム教指導者のオマール幹部が結成した。当時は旧ソ連軍の侵攻が終わったが軍閥同士の内戦が続き、荒廃状態にあった国土を世直しするのが当初の活動目的であった。1996年には政権を樹立したが、それを支えたのがパキスタンでイスラム学生をタリバーンに送り込んだ。2001年9月のアメリカ同時多発テロでは、主導した国際テロ組織アルカイダをかくまったとして米軍に空爆され、同年12月に政権を追われた。

 だが、彼らはパキスタン北西部に逃れて態勢を立て直し、2005年頃から自爆テロを戦術として再びアフガニスタン国内で勢力を回復した。現在の指導者は3代目のアクンザダ最高幹部

       カンダハル

で、構成員は数万人いる模様。南部のカンダハルを本拠地とし、麻薬や天然資源の密売などを資金源とする。アフガニスタンではほかに、アルカイダやイスラム国の支部などの武装勢力が現存する。トランプ大統領は就任前から「アフガニスタン駐留は金の無駄」と言って来ただけに、最大の武装勢力タリバーンとの和平協議に拘るようだ。そんな危険この上ないアフガニスタンを筆者は2007年4月に訪れている。今回は首都カブールの模様を紹介しよう。

 

 ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…

 

 アフガニスタン入国に際し、幾多の紆余曲折があった。渡航前に最新の現地情報入手のため、首都カブールの日本大使館にコンタクトした。しかし、大使館より危険過ぎるとして再三旅行中止を求められ、押し問答を繰り返した。結局自己責任で同国を訪れるとハッキリ言い切り、最後通告を出すような形で入国した。現地到着後また大使館員より旅行を中止し、即刻日本への帰国を促された。話し合いの結果、日本でも持たない携帯電話を所持して各地を回った。

 確かに現地の治安は悪く、カブール市内でも破壊された建物を多く見かけた。街の中心の大通りでは自爆テロが多く、乗ったタクシーの運転手は猛スピードで走り抜けた。日本大使館はテロに備え周りを高さ約1mの分厚いコンクリート防護壁で何重にもガードし、検問は厳重を極めたので大使館の出入りは時間がかかり容易ではなかった。一方、出国時でも、カブール空港で職員の悪質なたかりと言うトラブルがあった。乗り遅れそうになったが、何とかチェックインが間に合い出国できた。

 

 

 破壊された建物付近で  自爆テロを恐れタクシーは

 遊ぶ子供たちと仲良く   猛スピードで走り抜ける

 

 さて、カブールは一国の首都としては高層ビルが少なく、町の南部や東部の一部で破壊されたままの建物が残る。長かった内戦の傷跡を今も留めるが、全般的には意外に平和な感じだ。丘が多い街の観光の近道は、何はともあれ丘に上ることで、3つの展望ポイントがある。最も見晴らしが良いのが町の南外れにあり、5世紀に造られた旧壁があるシェール・ダルワザ山。山麓や中腹の急斜面に民家がへばり付くようにして建ち、かなり急な山道を登り切ると山頂に出る。そこからは360度のパノラマが広がり、眼下に市街地や蛇行するカブール川などが一望でき絶景だ。

 

 

 シェール・ダルワザ山の  シェール・ダルワザ山麓

山頂よりカブール市内を望む   を散策す筆者

 

 ホテルは町の西外れの丘の上に建つ、アフガニスタン随一と言われるインターコンチネンタルホテルに泊まった。市内の中心から遠く不便だが、部屋から水墨画を見るような景色が朝夕に眺望できる。一方、東外れにあるマランジャン丘も見晴らし抜群で、付近には破壊されたままのナーデル・シャー廟がひっそりと佇む。

 

             −−− マランジャ丘 −−−

 

左端がナーデル・シャー廟 丘よりカブール市街地を俯瞰

 

 破壊されたままの建物が目立つ市南部のダルラマンでは、国立博物館が修復工事中であったが、館内見学ができた。内戦で略奪され展示品は少ないが、パキスタンと国境を接する東部のヌーリスタン地方の出土品が目を引いた。道を挟んで博物館の対面の小高い丘に聳えるように建つダルラマン宮殿は、内戦前は壮麗な建物だったらしいが、修復もされず残骸が虚しく横たわっていた。

 

 

   ダルラマン宮殿      国立博物館内

 

  ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…

 

 私ことワールド・トラベラーには、アフガニスタンに関する著書が下記の通りあります。ご購読願えれば幸甚です。

 

書名 出版社 定価

272の国と地域を制覇した

77歳のワールド・トラベラーは
たった1人で紛争地を旅した

 幻冬舎 1,400円
トラベル・イズ・トラブル 
安全な旅は退屈だ!!

 ルネッサ

ンス・アイ 

1,300円

ワールド・トラベラーだけが知る

素顔のイスラム

 新潮社 1,500円

世界を動かす少数民族

知られざる少数民族の世界から

世界の縮図と課題が見えてくる

 幻冬舎 1,350円

 

 著書のお買い求めは、アマゾンなどインターネットショッピン、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。
お問い合わせ:
世界の人形館 
TEL 04−7184−4745 または 

                       携帯 090-8726-5599
          E−MAIL 
 ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

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| 世界の旅−アジア | 19:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
アフリカ開発会議(TICAD7)に想うアフリカの問題点と魅力
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 TICAD7、即ち第7回アフリカ開発会議の宴は終幕した。アフリカ42ヵ国の首脳級を含む53ヵ国の関係者など総勢1万名が参加した大々的な会議が、8月28日〜30日に横浜で開催された。会議では、中国の過剰な貸し付けで返済が出来なくなる、いわゆる「債務の罠」も主要テーマになった。最終日に採択された首脳宣言も、インド洋への海洋進出を狙い、アフリカで着々と実績を積み上げる中国を暗に牽制した感じである。豊富な資金力にものを言わせてアフリカ大陸を席巻する中国に対し、我が日本は量より質の内容で挑むが、どう見ても劣勢は否めない。むしろ、その差は広がる一方だ。

 

TICAD7に出席した首脳陣の記念撮影(ネットより転用加工)   

 

 実はアフリカへの進出は、我が日本より中国のほうが遥かにキャリアのある大先輩なのだ。戦後に経済進出した日本に対し、中国の華僑は戦前からアフリカのほぼ全土で中華料理店をやるなど根を生やして来た。どんな不便なアフリカの奥地に行っても中華料理店がちゃんとあるが、日本料理店は無い。筆者が食事に困った時に救われたのが中華料理店であり、命の恩人と思ったことも多々ある。急速に発展した戦後は世界の工場となり、中国商品がアフリカ市場で氾濫する。近年は石油など資源確保のため、習近平主席など首脳外交を展開して頻繁にアフリカを歴訪する。日中両国の力の入れようには雲泥の差があるのだ。

 

 加えて、主にアフリカの東部や南部を牛耳るイギリス、アフリカの西部や北部に強いフランスのほかに、ポルトガル・イタリア・ドイツなど植民地時代を制覇した旧宗主国の欧州勢の影響力が依然として健在だ。オリンピックなどで活躍するヨーロッパ選手の肌の色を見ると黒人がいかに多いか、そのほとんどがアフリカ出身であることを知らされる。かつてヨーロッパ諸国に搾取されたと言いながら、彼らは依然として旧宗主国に憧れを持っているのだ。また、白人の支配に耐えて鍛えられたアフリカ人は、ビジネスでも意外なほどの強かさを持ち侮れない。

 

 

 日本政府としては、今後は国からの援助よりも民間投資を重視する意向だが、受け皿になる日本企業はリスクが大きいため困惑しよう。将来性のあるビッグマーケットと認識していても、インフラ不足や横行する賄賂要求で進出に二の足を踏むようだ。実際に日本とアフリカの貿易は10年前の半分で、中国のわずか10分の1以下である。貿易が増えなければ、当然に投資も増えないであろう。政府の掛け声だけは勇ましいが、民間企業がフォローするかは疑問だ。また、アフリカと言っても、サハラ砂漠を挟んで北部と南部では一様ではない。イスラム教国が多いアフリカ北部は、むしろ中東諸国に近い。

 

 斯様に多様で広大なアフリカ大陸を、私ことワールド・トラベラーは1973年3月に初めてエジプトを訪れて以来、2011年11月にスーダンへ旅するまでアフリカ55ヵ国全てを踏破した。詳細は下表の通りである。因みに、現役時代の商社マン(三井物産)時代は、実際にアフリカで商売した経験がある。例えば、エジプト、エチオピア、ケニア、南アフリカなど。

 

アフリカ  55ヵ国・3地域
北アフリカ 南スーダン ニジェール
アルジェリア 中央アフリカ 西サハラ
エジプト ガボン ブルキナファソ
エチオピア カメルーン ベナン
エリトリア コンゴ マリ
ジプチ コンゴ民主 モーリタニア
スーダン サントメプリンシペ リベリア
チュニジア 赤道ギニア 南アフリカ
モロッコ チャド アンゴラ
リビア 中央アフリカ ザンビア
メリリャ 西アフリカ ジンバブエ
セウタ カーボベルデ エスワティニ  
東アフリカ ガーナ レソト
ウガンダ ガンビア ナミビアナ
コモロ ギニア ボツワナ
ケニア ギニアビサウ マダガスカル
セイシェル ートジボアール マラウイ
ソマリア シエラレオネ 南アフリカ
タンザニア セネガル モーリシャス
ブルンジ トーゴ モザンビーク
ルワンダ ナイジェリア レユニオン

註:は地域

 

 ビジネス面でリスクが多いアフリカは、観光面でも様々なトラブルと言うリスクを抱えるが、同時にサファリなど旅人を魅了する見どころも実に多い。要するに、様々な問題点と魅力が背中合わせになっているのだ。トラブルに就いては、筆者(ペンネーム:高やすはる)には下記の著書がある。お求めはAmazon、書店、世界の人形館で可能。

 

トラベル・イズ・トラブル  安全な旅は退屈だ! 

 ルネッサンス・アイ  本体定価 1,300円

トラベル・イズ・トラブル パート2  楽でない旅こそ最高だ!

 ルネッサンス・アイ  本体定価 1,300円 

たった272の国と地域を制覇した77歳のワールド・トラベラーはたった1人で紛争地を旅した

 幻冬舎 本体定価 1,400円

 

 最後に、筆者の印象に強く残ったエキサイティングなアフリカの観光スポットと写真を紹介しよう。

 

 

 エジプト:スフィンクスと リビア:レプティス・マグナス

    ピラミッド       遺跡の円形劇場

 

 

エチオピア:ラリベラ岩窟教会 モロッコ:サハラ砂漠で

                 ラクダ乗り

 

 

  ケニア:ナイロビ郊外の  マリ:ドゴン族の仮面踊り

         ジラフセンター

 

 

マダガスカル:モロンダバ ウガンダ:ブウィンディ国立
 近郊のバオバブの並木道  公園のマウンテンゴリラ探検

 

 

南アフリカ:アフリカの南端、ジンバブエ・ザンビア国境:

 ケープ半島の喜望峰     ビクトリアの大瀑布

 

アフリカ万歳! Viva Africa !

 

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| 世界の旅ーアフリカ | 11:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
三世代旅行に想い盛岡を訪ねて
13

 また8月20日〜22日に東北へ旅した。今年に入り3回目のこと。この旅のきっかけは筆者が無料公開しているプライベートミュージアム「世界の人形館」の愛好者であり、3.11大震災の被災地を支援する星野真弓さんからお誘いがあったため。旅の目的はご両親・ご主人・3人の子供さん(孫)の合計7人から成る家族旅行で、親孝行な彼女が感謝の意を込めて両親を招待されたそうで、斯様な特別な旅行に他人の筆者が招かれるとは正に至上の喜びであった。

 一方、ちょうど夏休み中であった元気なお孫さんたち(3人とも男の子)も参加した訳だが、彼らにとっては2人のおじいちゃんがいる様な紛らわしい形になり、さぞかし迷惑したで

あろう。20日〜21日の2日間は

我が娘の様な星野さんと

宿泊や食事を含めほとんど行動を共にし、和気あいあいとした写真も一緒に随分たくさん撮った。一人だけ場違いな人間が紛れ込んだ割には違和感が無さそうであったのは、星野ファミリーの温かみのある包容力に依るものであろう。感謝、感謝しかない。

 

  −−− 星野ファミリーに紛れ込んで!?−−−

 

   前列中央が筆者     右側の一番手前が筆者

 

 投宿した南三陸のホテル観洋で賞味した様々な海の幸、豪華な夕食後に楽しんだカラオケ、ウミネコと戯れることが出来た志津川湾遊覧など、終生忘れ難い想い出がいっぱいで尽きない。南三陸を発ち仙台に向かう途中で石巻に寄り、いしかわ珈琲の石川社長と再会し、また各種ブレンドのコーヒーのお土産を頂戴した。来る10月上旬に星野さんは東京・月島に新店舗をオープンの予定だが、本業の不動産のほかにカフェショップも兼業するだけに石川氏はキーマンになりそう。同店の繁盛を祈念したい。

 

                (観洋で賞味した海の幸)

 

 

 

  ウミネコと戯れる     いしかわ珈琲店


 今や星野家の素晴らしい三世代旅行が羨ましく恵まれない境遇だが、斯く言う私ことワールド・トラベラーもかつて三世代旅行を8回もしている。しかも、それは相当豪華で、楽しい夢のような海外旅行であった。妻、次男夫婦、2人の孫の総勢6人でアメリカ・カリブ海・ヨーロッパ・シンガポール・オーストラリア・グアムなどを訪れた。

 しかし、妻の不治の病(認知症)により、2010年8月を最後に途絶えてしまった。快癒の見込みは皆無でただ延命中の実情では、妻を交えた三世代旅行は、もう2度とあり得ないと思うと悲しく切なくなる。因みに、旅行費用は全額筆者の負担で、恥ずかしながら親孝行してもらった経験が無い。きっと親の教育が悪かったのであろうと自省する毎日である。

 

  (懐かしきワールド・トラベラーの三世代旅行)

 

 2004年7月シンガポール    2010年8月フランスの

                モンサンミッシェル

 

 仙台で星野家と別れた後は東京・上野へは帰らず、新幹線で盛岡に向かった。同地に着くと直ぐにバスに乗り、東郊外にあるつなぎ温泉で降りた。21日の夜は愛真館という大きなホテルに泊まったが、露天風呂が立派であった。思いの外豪華であった夕食のバイキングと翌日の朝食で気付いたのは中国人客が多いことで、インバウンドが地方でも着実に増えていることを実感し、嬉しく頼もしかった。

 翌22日はホテル周辺の御所湖畔などを散策後、盛岡に戻った。時折小雨がぱらつく雨模様の中、「でんでんむし」という循環バスを利用し市内観光した。石川啄木や宮沢賢治が青春時代を過ごした街は、明治期の希少な洋館が建って歴史と文化が息付く。レトロな雰囲気が漂う岩手銀行赤レンガ館、盛岡城跡公園、宮沢賢治像がある材木町など訪れて帰途に就いたが、特にオランダのアムステルダム駅や東京駅に似た赤レンガ館が印象的だった。

 

 

 つなぎ温泉の御所湖畔に  岩手銀行赤レンガ館

   立つシオンの像

 

 地方を活性化するインバウンド好調は、2020東京オリンピック・パラリンピックをひかえて誠に喜ばしいことだ。一方、最近の日韓の関係悪化は、今後のインバウンドの伸びにも影響しそうで残念である。両国首脳がお互いに頭を冷やし、虚心坦懐で話し合いの場を持つことを切に望みたい。

 

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| 国内旅行 | 11:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
有志連合の現場、ホルムズ海峡で泳ぐ
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 貿易摩擦や為替操作などで激しく対立するアメリカ vs 中国の覇権争いは、イランが牛耳るホルムズ海峡でのアメリカ vs イランの対立にも大きな影響を与えている。これら2つの対立で共通するのが、アメリカのトランプ大統領の介入・存在である。トランプ政権は去る7月19日にワシントンの国務省、25日は国防総省、31日はバーレーンの米中央海軍司令部で日本を含む60以上の関係国と会合した。目的は中東のホルムズ海峡などで船舶の安全を確保する有志連合の構想に参加を求め、軍事面や財政面で支援を要請するものだ。だが冷静に考えてみれば、実に虫の良い身勝手な構想だと冷ややかに見做す向きもある。

 アメリカの構想によれば、米軍は有志連合の指揮や情報収集などにあたるが戦闘は行わない一方、タンカーなどの護衛は各国が行うとしている。「原油などがホルムズ海峡を通過して利益を享受している全ての国が、自国利益だけなく、自由で開かれた航路を守る必要がある」として参加を呼び掛けているのだ。特に参加を強く要請されたのは、わが日本のほかにドイツ、イギリス、フランス、韓国、オーストラリアなどだ。アメリカにとってはリスクが少なく、経費もかけずイラン包囲網を築こうとする魂胆のようだ。だが、ホルムズ海峡での緊張はアメリカの核合意からの一方的な離脱によるもので、偏にトランプ政権が引き起こしたものだ。

 

 ペルシャ湾(アラブ諸国側ではアラビア湾と呼ぶ)とオマーン湾の間にあり、イランとオマーンの飛び地に挟まれたホルムズ海峡は、最も狭いところでの幅は約33kmし

かない。この狭い海峡を原油など重要物資の輸送路になっており、特に原油輸入の9割近くを中東に依存する我が日本にとっては生命線とも言うべき海峡である。古来より交通上・戦略上・経済上重要であったホルムズ海峡付近を、筆者は2007年4月のイラン周遊の時に立ち寄っている。その時の模様を紹介しよう。

 

 ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━

 

 イランの首都テヘランより南東1334kmにあるバンダル・アッバスへ、飛行機に乗ること2時間で着いた。ホルモズガーン州の州都は人口約70万人の大都市で、ホルムズ海峡に臨むペルシア湾有数の港町である。だが、高温多湿で過ごし難そうな町は、対岸がオマーンであるためかアラブ系や黒人系の顔立ちを多く見かける。街の中心はハフタヘ・シャフリ・ヴァル広場のバザール付近だが昼休みにかかり閑散としていた。

 

 

  ホルムズ海峡に臨む    バザールを散策する筆者

  バンダル・アッバス

 

 しかし、バンダリーと呼ばれる人々が住む市内の西外れにある魚市場は、一見に値し賑わう。ペルシア湾で獲れた新鮮な魚が並ぶ市場内の売手は男性だが、市場外では黒や赤の仮面を付けたバンダリーの女性や、水タバコを悠然とふかす女性が売り手だ。彼女たちは刺繍入りのズボンをはき、チャードルの色も淡い柄物が多い。内陸部の黒いチャードルだけに比べるとカラフルで魅力的だが、写真を撮られるのを嫌がるので要注意だ。

 

 

   魚市場を見学    魚を売るバンダリーの女性

 

 一方、歴史の舞台によく登場するホルムズ海峡の名となったホルムズ島は、ンダル・アッバスの17km南西沖合いに浮かぶ。島に向かうためスピードボートに乗り、約35分で着いた。面積は40k屐⊆囲は24kmの小島だが、約8000人が住んでおり小学校や中学校もある。日本から約1万1000kmも離れ、雨がほとんど降らない不毛の岩石島だが、見どころが意外に多いので些か驚いた。

 

       −−− ホルムズ島 −−−

 

 カラフルな奇岩や奇峰    ホルムズ海峡で泳ぐ

 

 例えば、まるで月面を思わせるような奇岩や奇峰、白・赤・黄色が鮮やかな山肌、朽ち果てたポルトガル城塞、平和な佇まいの漁村風景などは、旅情を誘うものが十分であった。せっかくホルムズ海峡に来たので泳げるビーチがないのかと探し、少々苦労したが人影もない島の美しい浜で泳ぐことが出来た。ちょうどビーチには3人の少年たちが遊泳しており、談笑したり記念写真を撮ったりして仲良しになった。そこには紛争のかけらも無く透明度が高い海と、平和で波静かなホルムズ海峡が広がっていた。

 

 ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━

 

 世界のエネルギー生命線とも言われるホルムズ海峡だが、アメリカ主導によるイランを包囲するための有志連合結成に対して慎重な国が多いようだ。その中にあってトランプ大統領の親友である我が安倍晋三首相は如何なる決断をするのであろうか、極めて難しい対応を余儀なくされよう。

 

 

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| 世界の旅−中東・北アフリカ | 12:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
朝日新聞が報じた、世界の全ての国を旅したワールド・トラベラー
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 例年になく長かった梅雨が明けた途端、連日猛暑が続く鬱陶しい毎日だが、嬉しくなることが2つあった。一つはいつもより2週間も遅れて開花した大輪の花、タイタンビカスが連日乱舞し、昨日(8月5日)はなんと13輪も咲いた次第だ。この花を観賞していると想起するのが、不治の病に臥して5年目を迎える妻である。彼女は殊の外タイタンビカスを愛好した。早朝に咲き始めるが、夕刻には萎んでしまう儚い移ろいが、妻の若かりし頃の残像にダブってしまうのだ。

 

      −−− タイタンビカス −−−

 

   13輪も同時に乱舞  花の直径が21センチもある

 

 もう一つは、世界の全ての国を踏破した私ことワールド・トラベラーが、昨5日の朝日新聞朝刊の23面(ちば首都圏)で大々的に掲載報道されたことである。見出しは「195カ国 旅行記つづり6冊」で、下欄の広告欄を除けば紙面(23面)の半分近くを占めるほど。掲載紙を見た知人たちは一様に驚いたようで、反響は大きかったようだ。一方、認知症で長期入院している妻のことや、昨年11月には末期に近い大腸がん手術をしたことも取材記者には話したが、私事なので記事にされなかったようだ。

 

      −−− 掲載紙 −−−

 

 取材は6月下旬から始まり、その後10度ほど電話やメールで補充取材が続いたが、一向に掲載される気配がない。てっきり没になったのではと諦めかけていた矢先に掲載・報道され、いささか驚いた次第。筆者のプライベートミュージアム「世界の人形館」などに関し、8年ほど前から新聞・テレビ・ラジオ・雑誌から度々取材を受けてきたが、今回のような度重なる取材を受けたのは初めてであった。

 

 熱心な取材記者(写真右)のお陰で想定外の大々的な報道になったこと、朝日新聞と記者に謝意を表したい。掲載紙を見た読者からの電話による問い合わせ

も殺到しており、当分はその対応で多忙を極めそうだ。因みに、記事の趣旨は、筆者が195ある世界の国を全て訪れ、その体験を語る著書を6冊も出し、日本のグローバル化に貢献してきたワールド・トラベラーとして紹介されている。また、トラベル(旅)にはトラブルが避けて通れず、想定外の各種トラブルが披露されている。最後に、筆者が社会貢献活動として無料公開する世界の人形館が紹介され、読者の興味を引きそうな記事に仕立て上げたのは流石朝日新聞である。

 

       −−− 掲載紙に載った写真 −−−

 

2007年4月、内戦の傷跡が癒えない  世界の人形館の

アフガニスタンのカブールを訪れ、  メインホール

    貧しい子供たちを慰問

 

 ただ、惜しむらくは北朝鮮が国の数に入っていない。筆者が訪れた国の数は195になっているが実際は196で、1995年に訪問済みの北朝鮮が除外されているのだ。朝日 or 日本政府、いずれの方針に沿ったのか定かでないが、国交が無いとは言え北朝鮮を国扱いしない限り、懸案の拉致問題解決はあり得ないであろう。我が国が北朝鮮を一人前の国ではなく子供扱いするようでは、金正恩朝鮮労働党委員長もお返しとばかり安倍晋三首相を相手にしていないようだ。政治的な背景も含んだ取材にもなったようである。

 

 さらに、国ではない地域については南極と北極点だけが紹介されたが、筆者は74地域を旅している。また、国際的には広く認められていないが、ロシアなどが実効支配する実質的な国、例えば沿ドニエストル、アブハジア、ナゴルノカラバフ、西サハラ、北キプロスも紹介されていない。実際に現地に赴き確認した筆者にとり解せない点が多々あり、真のグローバル化にはまだまだほど遠いことを実感した新聞報道であった。

 

                ◇◇◇  ご案内  ◇◇◇

 

 掲載紙で紹介された筆者の6冊の著書は次の通りです。ご関心ある方は是非ご愛読下さい。

 

書名 出版社 定価
私はワールド・トラベラー
世界257ヵ国・地域を旅した男
 文芸社 1,500円

272の国と地域を制覇した

77歳のワールド・トラベラーは
たった1人で紛争地を旅した

 幻冬舎 1,400円
トラベル・イズ・トラブル 
安全な旅は退屈だ!!

 ルネッサンス

・アイ 

1,300円

ワールド・トラベラーだけが知る

素顔のイスラム

イスラム国(IS)やシリア内戦も詳述

 新潮社 1,500円

世界を動かす少数民族

知られざる少数民族の世界から

現代世界の縮図と課題が見えてくる

 幻冬舎 1,350円
トラベル・イズ・トラブル パート2 
楽でない旅こそ最高だ!!

 ルネッサンス

・アイ

1,300円

 

 著書のお買い求めは、アマゾンなどインターネットショッピンや、最寄りの書店で可能です。なお、書店やネットショッピングで入手不可能の場合は、在庫が十分な世界の人形館でお求めできます。
お問い合わせ:
世界の人形館 
TEL 04−7184−4745 または 

                       携帯 090-8726-5599
          E−MAIL 
 ko-yasu@maple.ocn.ne.jp

 

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| メディア取材・出演 | 11:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
北朝鮮の船が拘留されている米領サモアの旅
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 最近は世界各地で外国船が拿捕・拘留され、国際的に問題になっている、例えば、イベリア半島南端にあるイギリス領のジブラルタルでイランのタンカーが拿捕され、そのお返しとばかりイランがホルムズ海峡でイギリスのタンカーを拿捕して拘束している。これら事件よりも前に、北朝鮮の貨物船が3か月近くアメリカ領サモアで拘留され続けている由。

 元々この北朝鮮籍船は国連安全保障理事会の対北朝鮮制裁決議に違反、石炭を北朝鮮から輸出した容疑で1年4か月前にインドネシアに拿捕された。その後

アメリカの司法当局の押収令状に基づく執行によりインドネシアからアメリカにき渡された経緯がある。件の貨物船は米領サモアの最大の港、ツツイラ島パゴ・パゴ港の真ん中で拘留(写真)されているため、危険だとして地元住民も不安がり困惑しているとか。

 

 そんなアメリカ領サモアを、筆者は2009年9月に訪れている。サモアと言えば、実は2つあるから紛らわしい。一般的に知られるのはサモアという独立国で、イギリス連邦の加盟国だ。前回の7月21日付幣ブログ『プラスチックごみ削減に乗り出したサモアの旅』で詳述済みで、日付変更線を挟んで東方に位置するのが米領サモアだが独立国ではない。同地の旅の模様を紹介しよう。

 

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 米領サモアの面積は197k屐⊃邑は約5.4万人である。主島のツツイラ島はサモア諸島で最も東に位置し、主都のパゴ・パゴは島の中央部にある。見どころは中心地のファガトゴ地区にあるサマセット・モームが宿泊したサーディ・トンプソン・インくらいで、見逃せないスポットは郊外に多い。例えば、サマーセット・モームの小説「雨」の舞台で有名になった標高523mのレインメーカー山はパゴ・パゴの東にあり、山頂付近に雲が集まると雨になるので呼ばれるようになった。幸いにも筆者滞在中は雨にも遭わず、変化に富んだ美しい島内の周遊を堪能した。

 

              −−− レインメーカー山 −−−

 

               ウツレイを散策する筆者

 

       −−−ファガトコ地区 −−−

 

バス停で現地の女子高校生と サーディ・トンプソン・イン

   仲良く歓談

 

 数ある風光明媚なスポットの中でもピカ一の絶景は、パゴ・パゴの東北約8km、島のほぼ中央の北海岸沿いのアフォノ・パス〜パティア間だ。パゴ・パゴからレインメーカー山麓を通過して九十九折の山道を進むと、アフォノ峠からパティアにかけ右側の海の方に細長い岩島が見える。まるでギザギザした櫛の歯のようで、コックス・コームと呼ばれるが正式名はポーラ島。しかし、パティア村のビーチに着くと、櫛の歯のようには見えないので不思議だ。

 

 −−− パティア付近のコックス・コーム−−−

 

 

 火山島のツツイラ島内には、ほかに絶景の海岸がいくつかある。レインメーカー山南麓にあるブレイカーズ・ポイント、パゴ・パゴと空港の中間にあるファツ・ロック、花瓶の形をした小さなロック・アイランドが浜辺にそそり立つタプタプ岬だ。また、島の西部には立派な教会が多いが、優美なレオネの会衆派教会がひときわ目立つ。

 ファガトゴの東、ウツレイでは、岬のようになっているゴート・アイランド・ポイントがなかなか風光明媚で、島の象徴レインメーカー山を正面に見ることが出来る。因みに、ツツイラ島は複雑な海岸線を持つ割に沖合いに浮ぶ島が少ないが、アウヌウ島が島の東側にポツンと浮ぶ。500人ほどが住む面積が3k屬両島で、アウアシから渡し船に乗って約20分で着く。目の前に立派な教会があり。右の方に行くと遊泳に適した美しいビーチがある。

 

 

  レオネの会衆派教会    アウヌウ島のビーチ

 

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 訪れる旅人もまばらな南太平洋の島で長期拘留される北朝鮮の老朽化した貨物船は、地元民から見れば不気味な幽霊船のように映るかも知れない。金正恩委員長はトランプ大統領と直談判して問題解決を図るのであろうか、その行方が興味深々である。

 

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| 世界の旅―オセアニア | 23:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
プラスチックごみ削減に乗り出したサモアの旅
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 妻が不治の病とされる認知症で入院して早や5年目に入り、余儀なくされている不便この上ない独居生活。普通であれば慣れるはずだが、加齢の影響によるのか逆に億劫になることが増えている。特にその一つがごみ出しである。今や我が国ほどゴミ出しのうるさい国は無かろう一方、過剰包装で売られる食品などの商品は減る気配は無さそう。プラスチックごみの整理処分を怠れば、ごみが増える一途の悪循環を繰り返すことになる。

 しかし、世界に目を向けると、プラスチックごみの削減に前向きな国が結構多い。特に太平洋の島国が積極的に乗り出してるのは、地球温暖化に直結する問題があるからである。ごみの埋め立て地が海岸近くにある島国が多く、気候変動で海面が上昇すれば、プラスチックごみが海に流れてしまうからだ。このためサモアの首都アピアに本部がある太平洋地域環境計画事務局(SPREP)は、サモアのほかバヌアツなど8ヵ国・地域でプラスチックごみのレジ袋を禁止している。

 

 スーパーでは紙のレジ袋、カフェでは竹のストローが使われているとか。そんなプラスチックごみ削減の先頭に立ち、この分野では我が日本よりも先進国である南太平洋の島国サモアを、筆者は1995年5月と2008年9月の2度訪れている。その旅の模様を紹介しよう。

 

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 サモアの面積は2381k屬板纂荼の5分の4ほどの広さで、人口は約20万人。9つの島から成るが、メインアイランドは第二の島、ウポル島で、サモア総人口の8割ほどの約16万人が住む。首都のアピアは島の北部中央にあり、人口約5万人はサモア唯一の都市だ。海沿いにコロニアル風の建物が続き、開放的でノンビリした南太平洋のムードが漂う。アピア湾に沿って東西に走るメイン・ビーチ・ロードと、そこから南へのびるバエア・ストリートを中心に、町は半日もあれば歩き回れる。その起点は中心地にある白い時計塔で、大きなロータリーに建ち「アピアのへそ」とも言われる。

 

 

          時計塔        サモア観光局

 

 ここから300mほど東に進むと、フリー・マーケットがある。日本の「蚤の市」と同じで、衣料品や日用雑貨、手工芸品、装身具、化粧品などが売られており賑わう。メイン・ビーチ・ロードを逆に西へ約300m歩くと、サモアの伝統的建物ファレ風のサモア観光局が見えてくる。近くの7階建ての政府庁舎は1993年に中国政府の援助によって建てられ、屋上のファレがひときわ目立つ。一方、 町の北西外れに位置するムリヌウ半島は、ファレ様式を現代風にアレンジした丸屋根が特徴的な国会議事堂などサモアの行政機関が集中する。この半島は古い都があった場所で、王たちの墓や気象台などもある。

 

            −−−アピアを散策する筆者−−−

 

    政府庁舎         国会議事堂

 

 ホラ貝のよな形をした島の内部は未開の熱帯雨林に覆われて標高1000m級の山がいくつかある。島民の多くは海岸沿いに住み、サモアの伝統的な家屋ファレで昔ながらの生活様式を守り通している。アピアから南へ4kmほど行った閑静な場所に、「宝島」や「ジキル博士とハイド氏」で知られる小説家、ロバート・ルイス・スチーブンソンの博物館がある。ここはスーブンソンが晩年過ごした邸宅で、コロニアルスタイルの2階建てがバエア山麓に建つ。入口から邸宅に至る広大な芝生を歩くと、ヨーロッパにいるかのような錯覚に陥る。また手入れされた芝生の緑と、博物館の赤い屋根のコントラストが何とも妙である。

 

 

  ロバート・ルイス・    パパセーアの滑り台

 スチーブンソン博物館

 

 また、南西約6kmの山麓にあるパパセーアの滑り台は天然の滑り台で、渓流にある3つの岩の間を縫って滝壷に飛び下りるのだ。筆者はあいにく水着を持参していなかったので試せなかったが、元気なニュージーランドの若者達が楽しんでいた。ほかに、島の西岸沖に浮かぶ小島、マノノ島へ小さなボートに乗ること30分で着いたが、1台の車もない長閑な島であった。空港を出てアピアに向かう途中にある1905年築のカトリック大聖堂も見逃せないスポットだ。さらに島の西端、アレイパタからラロマヌ・ビーチに至る海岸は綺麗な白砂ビーチが続き、ダイビングやシュノーケルも楽しめる。

 

 

    マノノ島        ラロマヌ・ビーチ

 

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 海に流れ出た大量のプラスチックごみが引き起こす環境汚染が、今や世界的な大問題になっている。過日の大阪で開催された主要20カ国・地域(G20)首脳会議でも、主要議題の一つに挙げられた。世界の中でもプラスチックごみ排出が多い我が日本、私たち一人一人が真摯に向き合わなければならない問題であろう。

 

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| 世界の旅―オセアニア | 16:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
275ヵ国・地域を制覇した82歳の一人旅(2)スペインの飛び地領メリリャ&セウタ
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 スペインの離島と言えば、カナリヤ諸島やマジョルカ島が有名である。筆者は2001年10月と2003年5月に夫々訪れている。では、モロッコ内、つまりアフリカにある飛び地領、メリリャとセウタをご存じであろうか?それを知る方は極めて少なかろう。過日6月17日〜25日に5年ぶりに海外旅行した訳だが、先ず最初に訪れたのが地中海に浮かぶイビサ島で、その旅の模様は6月30日 付幣ブログ『275ヵ国・地域を制覇した82歳の一人旅(1)イビサ島など』で詳述済みだ。今回はその続編を紹介しよう。

 

  イビサ島を出発して空路でマドリード経由で向かったのが、1995年に自治権を与えられたメリリャ。面積は20k屬如⊃邑は約8万人。東側は地中海に臨み、三方がモロ

コに囲まれた扇形をしている。スペイン領とは言え、モロッコ系の住民もおりイスラム色も感じる。モロッコが領有権を主張するが、スペインはその要求に応じない。アフリカ諸国からの亡命中継基地になっており、不法移民を防ぐためにモロッコとの国境に高さ6mの金属フェンスが張り巡らされている。最近の情勢は落ち着いているとのことだが、いつまで安定した状況が続くのであろうか気懸りではある。

 メリリャの中心地はビーチ近くにあるスペイン広場。この広場から北東に約5分歩くと文化広場があり、男の子たちがサッカーに興じていた。広場の北側にそびえ立つのがアルカサバ、15世紀末にスペインが築いた要塞である。その城壁は中々立派で、要塞は西側の新しい要塞と東側の新しい要塞から成る。その新旧要塞の間に美しい入江が深く切れ込み、言葉を失うほど絶景だ。また、要塞の南側は古い町並みが残る旧市街で、更に南下すると港に出る。

 

           ーーー 新旧要塞と入江 ーーー

 

 

 一方、スペイン広場から西に広がるのが新市街で、20世紀初頭に建てられた立派な建物が多い。また、キリスト教・イスラム教・ユダヤ教・ヒンドゥー教の寺院が混在し、4つの宗教文化が見事に調和している。スペイン名物の闘牛場は広場から南西へ歩いて10分ほどにあり、入場しなかったが立派な外観はひときわ目立つ。

 

 

 文化広場でサッカーに       闘牛場

 興じる少年達と仲良く

 

 次にメリリャの西およそ250kmにあるセウタは、当初はタクシーやバスを乗り継いでモロッコ領内に入って向かうつもりであった。しかし、メリリャ到着後の調べで陸路は時間がかかるので、代わりにヘリコプター便があることを知り、高いが時間も節約できるので利用した。搭乗後1時間後にセウタに着いたが、その場所はなんと港の中にある狭い駐機場であった。機内から観たセウタは地中海に突き出た半島に位置し、スペイン本土に近い故か本国に似た町並みが眼下に広がっていた。面積は18.5k屐人口は約9万人とセウタとほぼ同じだがイスラム色は無い。セウタにも自治権が与えられている。

 

 セウタ観光の起点は細長い半島の付け根にあるアフリカ広場がオススメ。広場を囲むようにし、セウタ政庁、カテドラル、アフリカ聖母教会などの立派な建物が建つ。西へ約5分歩くと、高くて堅固な城壁とサンフェリペ壕がある。「セウタ地峡」とも呼ばれる最も幅の狭いところで、16世紀にポルトガル人が築いた城跡だ。その地峡にあるのが、サンフェリペ壕という美しい運河である。なお、城跡内には大きな広場があり、その一角に美術館がある。また、壕の南側には広い白砂のチョリージョビーチがあり、大勢の海水浴客で賑わっていた。このビーチ沿いの道を約3km南下するとモロッコとの国境があるが、意外に緊張感は無く国境職員たちと一緒に写真を撮った。

 

           −−− 城壁とサンフェリペ壕 −−−

 

 

 

    セウタ政庁      モロッコとの国境

 

 アフリカ広場から反対方向の東方、半島の最東端には標高204mのアチョ山がそびえる。ギリシャ神話「ヘラクレスの柱」とされ、山頂には城壁が残されている。近くに展望台があり、セウタの町並みと地中海を眺望でき見晴らしが良い。一方、広場から北へ10分ほど歩くと港湾地区になり、ヨットハーバーやマリティモ・デル・メディテラネオ公園という大プールがあるテーマパークに出る。この公園から南へかなり急な坂道を上がると、ヨーロッパ的な旧市街が広がり、いくつかの広場では夏休み中の子供たちがサッカーなどをして遊んでいた。

 

 

  アチョ山展望台    鳩と遊ぶ小さな男の子と

 

 短時間の滞在であったが、メリリャとセウタの観光を楽しんだほかに、地中海で獲れる海の幸も堪能した。定番のエビやイワシのほかに、セウタで賞味したスペイン語でバラダという魚、日本語で言えばクロダイのお味が忘れ難い。

 

 

  メリリャで食べたエビ  セウタで賞味したクロダイ

 

 セウタ観光後はフェリーでジブラルタル海峡を渡ってアルへシラスに着き、バスに乗り継いでコスタ・デル・ソル(太陽海岸)の玄関口、マラガに入った。同地での観光については、別途紹介したいと思っている。

 

 ☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━☆━…━

 

 この旅行前に私ことワールド・トラベラーが訪れた国・地域は272であったが、今回のイビサ島・メリリャ・セウタの3地域を加え275になった。早速だが、朝日新聞の記者が取材に来た。近々掲載予定だが、どんな記事になるのか楽しみである。

 

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